負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

17 / 23
負け犬、光輝を屠る

 転んだ間抜けの頭の横、床に安全靴の底を叩きつけるような蹴りを入れた。

「ヒッ!悪かった!許してくれ!」

 あたしが欲しいのは抽象的な謝罪ではない。あたし自身に害意を持っていた奴の誠意は具体的な物の形をしている。

「金庫はどこにある?それと、ネタは?」

「き、金庫はない!ね、ネタってのは……?」

 舌打ちが漏れた。金庫がないのは、こいつらのこの支部にはないということだろう。本部か会計部門が持っている可能性が高い。こいつの言葉の信憑性は高いと踏んでいる。リザードンの炎に皮膚を炙られながら平然と嘘をつける奴はそうそういないからだ。

「クスリだ。お子ちゃまじゃないんだ、それくらいわかるだろ」

 半泣きになりながら立ち上がる――何とかとかいうギャングの一員。他の奴は全員あたしのポケモンが叩きのめしたので脅威ではない。

 

 案内された隠し小部屋からあるだけのクスリを、間抜け自身の手で袋に詰めさせた。

「お、お前、こんなことしてどうなるか」

「ここが一つ目じゃない。わかるか、その意味が」

 少し静かにしているだけですぐ下らないたわ言をほざかれるので、あたしはうんざりした。リザードンに顎で命令し、尻尾が間抜けの後頭部に入った。ぶっ倒れた奴を無視して、リザードンに袋を担がせた。

 

 路上で突発開催、末端価格数億円の焚き火で暖まることなく、あたしはピジョットに飛び乗った。クスリを捌くルートがないわけではないが、売ったクスリでドンギマリした奴に後ろから刺されたくはない。コート泥棒と間違えられたくはないものだろう?

 

 マフィアやギャングを乗っ取って上手くやる奴、反社会勢力を中心に強盗まがいを働く奴、そんなトレーナーは散見される。あたしは器用でも剛毅でもないので降りかかる火の粉を払っていただけだが。戦力の底が見えない連中相手に火遊びはご免こうむる。別にあたしは警察官でもないし、ましてや正義の味方気取りではないので、殴って逃げるくらいで丁度いい。クスリを燃やしたのは、シノギを奪ってあわよくば枯死させるため。それ以上でもそれ以下でもない。

 しかし、そこまで場末でもないバーで酒を飲んでいるだけで揉め事になるとは思いもよらなかった。酒を飲む場所で、それ以外のナンパだの強盗だの恐喝だの殺人だのの行為をしないでほしいと思うのはあたしだけだろうか。おちおち酒も飲めないな。

 懸念を片付けた後の酒を飲むために、あたしとしてはかなり高い部類に入るバーを選んだ。揉め事を一つ片付けた後にまた揉めたら笑うに笑えない。いつも通り、コーラのジャックダニエル割を頼む。ジャックダニエルのコーラ割ではなく、酒が七でコーラが三。冷えたコップに口をつけ――ふにゃり、と柔らかい感触。コップが柔らかい?あたしは驚愕した。

 

 夢だったのか。仕事上がりの酒を味わえなかったのは無念極まりない。小さく呻き声を上げて身じろぎしようとしたが、体が動かない。柔らかくて温かい何か、いや、誰かに抱きつかれているのか。仲良くなっている瞼を引き剥がすように目を見開くと、可愛らしい少女に抱きつかれていた。顔が凄く近い。目を閉じていてもわかるくらいまつげが長い。寒かったのだろうか。左手だけを起こさないように気をつけながら抜いて、スマフォで時間を見るとまだかなり早い。まだごろごろしていてもいいかと、あたしは彼女の下ろした髪を撫でた。しばらく撫でていると、彼女が目を開けたので、起こしてしまったかと少し悔やむ。

「あ、ごめん。起こしちゃった……?」

 彼女は首を小さく横に振って、あたしの胸元に顔を埋める。

「寝られそうにありません。何か、歌ってください」

「歌、歌か……」

 子守歌の類がパッと出てきたらいいのだが、あいにくあたしは一人っ子で、子守の経験がない。何か、そうだな。

「Goodnight kiss in you nightgown.Blood and dirt in your bed...」(お休みのキスをナイトガウンに。血と汚れたベッドへ)

 残酷な世界を恐れるあたしが歌うのには相応しい歌、残酷な世界を取り除くことができないあたしには相応しくないかも知れない歌。本来なら強烈なリズム隊が入るところや強い抑揚は抑えて、あたしは左手で彼女の背中をとんとんと優しく叩く。彼女にとっては初めて対峙するであろう伝説のポケモンに対する緊張、不仲になってしまった母との再度の対峙、ネクロズマとの不期遭遇の可能性も含めると、緊張しないはずがない。小さく身じろぎする彼女を抱きしめながら、あたしは小さく穏やかに歌い続けた。

 

 いつの間にか二人とも眠ってしまっていたらしい。スマフォの通知音で目が覚めた。日光を嫌がってあたし達の間に潜り込んで来ていたミミッキュを見てちょっと笑ってしまった。ちゃんと触手がテント出口に伸びているのが、仕事を忘れてはいない証拠だ。

「ミミッキュ、見張りご苦労様。寝てていいからね」

「キュッキュ」

 あたしもミミッキュも、寝ているリーリエを気遣って小声だ。ミミッキュを撫でてやると嬉しそうに身じろぎした。彼女を起こさないようにそっと寝床から抜け出した。

 

 テントから這い出て、伸びをして全身をごきごき鳴らした後、ガオガエンをボールから出す。静かにね、と注意しながら昨日の残りの木の枝に火をつけさせ、湯を沸かし始めた。甘えてくるガオガエンの全身を撫でさすりつつきながら、湯が沸くのを待つ。

「甘えん坊なのは変わらないね。嬉しいけど」

「ガウガウ」

 撫でられるのに突然飽きるのも変わらないのだろうか。まあ、飽きたら飽きたで構わないのだが。

 

 静かめに戯れていたつもりだったのだが、音がしていたのだろうか。リーリエがテントから出てきた。ミミッキュが頭の上に乗っている。

「お。リーリエ、おはよう。眠いならまだ寝ててもいいよ」

「いえ、大丈夫です。おはようございます。ユウケさん、ガオガエンさん。……ポケモンとなら、いちゃついてもノーカウントですよね」

「え、何?」

 最後の方が聞こえなかった。

「いえ、何でもないです。それより、顔を洗いに行きませんか」

「そうだね。ガオガエン、火見ておいて。ミミッキュはそろそろボールに戻る?」

「ガウ」

「キュッキュッ!」

 二匹とも頷いたので、ミミッキュをボールに戻し、ガオガエンに火を任せてあたし達は小川で顔を洗いに行った。

 

「冷た……」

「川の水で顔を洗うの、初めてです!」

「飲んだりはしないようにね。上流に民家もないらしいから汚くはないとは思うけど、慣れないとお腹壊すから」

「それで、ペットボトルの飲み物を買ったのですね」

「そう。後は、ポケモンにここから汲んできてもらった水を、さっきおこした火で沸かしてるから。沸かしたら飲めるから」

「へえー。さすがです」

「そ、そうかな……」

 照れを誤魔化すためにもう一度冷たい水で顔を洗った。遠く川の下流で、ダダリンが跳ねているのが見えた。

 

 お湯はちょうどいい状態になっていたので、リーリエの分の茶を先に淹れてから、見張りを終えて寝ているミミッキュを除いたポケモンを外に出してやり、ポケモン用のご飯を準備した。ミミッキュの分はボールに入れておく。

 人間用のご飯は、昨晩同様に串に刺したりして炙っている。そのまま食べられるものから口をつけることにした。

「「いただきます」」

 味気ないご飯でも、ポケモンと食べると悪くはないし、人と食べるともっと美味しい。自分の分の茶を淹れながら、あたしは顔を綻ばせた。

 

 朝食を取って茶で一服してから、火をサニーゴに消させて、テントと道具を設置した時と逆の手順でしまい、ポケモンを全員ボールに戻した。

「あのテントがバックパックに入るなんて、魔法みたいです」

「モンスターボールみたいに、そのまま小さくなればいいんだけどね」

 目を丸くしたリーリエに、あたしは笑顔で返した。モンスターボールの収納機能はポケモン自体の小さくなる能力に依存しているので、現実性がない。いや、メタモンにテントに変身させればいいのか。「かわりもの」メタモンなら、対戦にも堪えうる――などと、愚にもつかないことを考えながら、あたし達は後片付けを済ませた。

 

 試練の場所で、リーリエが辺りをきょろきょろと見渡している。

「リーリエ?」

「あっ、はい。試練はどうなったのかなって……」

「昨日の夜中に主ポケモンからお誘いがあってね。その時にこなしちゃったよ」

 ぷう、と小さく膨れたリーリエが可愛い。

「起こしてくださったらよかったのに。戦うユウケさんが見たかったです」

「気持ちよさそうに寝てたから。ごめんごめん」

 膨れてはいるが、そこまで怒ってないのは見え見えだ。繋いだ手の甲を、逆の手でさする。小さく跳ねる彼女も可愛い。

「もう、今度は起こしてくださいね」

「わかったよ」

 試練の場所でいちゃついていたら怒られるかもしれないな、と思ったが、今日は主の視線を感じなかった。

 

 試練の場所を抜けると月輪の祭壇であった。雪は降っていない。馬鹿げた規模で連なる石段が天を貫くようにそびえ立っている。ところどころ欠落はしているが、あまり手入れされていない様子と相反するような状態の良さは、建造当時の質の高さを物語っているのだろう。

「おっきいロ!」

「これを登るのか……。見る分には、すごい素敵な建築物だけどね……」

「いよいよですね!」

 感心するロトム、うんざりするあたし、意気込むリーリエ。三者三様の思いを持ったまま、あたしはリーリエの手を強く握った。伝説のポケモンに出会う前に、ちょっとばかり汗をかく必要がありそうだ。

 

 リーリエの状態を見ながら、二回の休憩を挟んで登り切った。ふうふうと息を切らせるリーリエがとても可愛い。汗ばんだ首筋が艶めかしい。とはいえ、ここでリーリエに見惚れているわけにはいかない。あたしはタオルとペットボトルを差し出した。

「あ、ありがとうございます……。ユウケさんは、息、切れてないですね」

「ま、休憩挟んだしね」

 普段歩き回っているのがよかったらしい。全く汗をかかないというほどではないが。

「もう一回、休憩してからにしよう。息切らしたまま笛は吹けないからね」

「はい」

「ついに儀式ロねー。二人ともがんばってロ!」

 気持ちは嬉しいが、笛を吹く以上に頑張りようがないのだよな。その後、どうなるか、何を頑張る羽目になるかはまだわからないのだから。

 

 太陽の笛を吹く人間が左、月の笛を吹く人間が右に陣取るらしい。

「母様と、しっかり話をしたいと思います。一人で全部しようとせずに、みんなで考えるように……。ネクロズマさんのことも、そうです」

 腕試しなんてしている余裕も無さそうだからな。一対二でやるより、一対三でやった方が堅いのも間違いない。

 あの雨の日、はじまりのうみを思い出して恐怖で身震いする。あの時は、もう伝説のポケモンが目を覚まして動き始めた後だった。今回は、まだそうではない。あちらの世界の住人には悪いが、戦場がこちらではないというのは一面ではこちらの利になっている。光が少なくとも十パーセント以上食われれば、恐らくだが地球は数日のうちに雪玉(スノーボール)になってしまう。地球が凍り付かなくても、大規模な寒冷化で農業生産は滅茶苦茶になり、あちこちで戦争が始まるだろう。核の冬再びだ。時限を切られるのは、ネクロズマがこちらに来た時からだ。まだ慌てなくていい。

 あたしは深呼吸し、月の笛を吹く舞台に歩き出した。まずは、月の獣に協力してもらわないといけない。相手に別に利益があるわけでもない話をどう飲んでもらうか。説得も交渉も自信がないが、やるしかない。

 

 二人で笛を吹き始める。穏やかで厳かな音色が響き渡ると、両側の舞台の脇に満たされた水が光り始めた。光は足下の溝を伝い、大きな祭壇に至る。祭壇が輝き、中心が開いて光が溢れ始めた。

「わ……ほしぐもちゃん?!」

 リーリエのリュックサック、いや、ほしぐも――ちゃんが飛び上がり、溢れた光を受ける。

 数秒光を浴びたほしぐも――ちゃんが弾けるように大きくなり、翼を持った大きなシルエットに変わった。これは、進化か。呆然と馬鹿みたいに口を開けて驚いてしまう。

「マヒナペーア!」

 神を慰め、喜ばせるだけではなく、神が不在ならば何らかの力を引き出して、ポケモンに与える儀式でもあったのか。

「ほしぐもちゃん!すごいです!伝説ポケモンに進化させる儀式だったなんて……」

「進化する伝説ポケモンってのは、確かにあたしも初めて見るし、聞く話だね」

「わたしも、本でも読んだことないです」

 感嘆の溜息をつくあたし達。

「ルナアーラさん……いいえ、ほしぐもちゃん。わたし、母様に会いたいです。アローラを守るために、母様一人で全部しようとする必要はないですし、ネクロズマさんもそうです。お願い!」

「マヒナペ!」

 助かる、というのが正直な思いだった。彼……いや、彼女か。彼女は応えてくれるらしい。

 

 安堵の気持ちを吹き飛ばすように、何か、いや、誰かが落ちてきた。

「グズマさん?!ど、どうして……」

 グズマを追うように、もう一人落ちてくる。グズマの上に。ルザミーネ代表だ。

「母様?!」

「リーリエ、二人をお願い!」

 空に穴が、ウルトラホールが開いている。あたしは前に駆け出した。

「駄目!あなた達、お逃げなさい!あいつは化け物よ!」

 タイムリミットが、向こうからやってきたらしい。

 鋭角的なフォルムの、黒いポケモンがウルトラホールの前に現れた。

 

 リーリエはルザミーネ代表とグズマを助け起こそうと駆け寄る。

「母様……!」

「奴が、ネクロズマ……目覚めた途端に荒れ狂って、全てを一瞬で退けた……あいつは、強いわ。わたくしが思っていた以上に!」

 ルザミーネ代表はリーリエを睨んだ。

「お逃げなさい!あなたがいても邪魔になるだけ!」

 あたしと、そしてルナアーラが前に出る。あたしは敢えて、ふんと鼻を鳴らして笑った。

「邪魔になる、って言ったら、あたしとルナアーラ以外の全員が邪魔。あたしらが戦うから、早く下がって」

「マヒナペーア!」

 あたしがボールに手をかけた瞬間に、先を取られた。ルナアーラだけがその瞬間に対応し、銀と黒の軌跡が空に描かれる。あたしは前から考えていたとおり、ミミッキュを繰り出した。

 

 だが、相手の方が上手だったらしい。数合の撃ち合いで、ネクロズマがルナアーラを押さえ込み、鎧として纏わり付くようにルナアーラと一体化したのだ。今日進化して、初めての実戦となると、この結果もやむなしか。見ようによってはルナアーラが鎧を纏っているようにも見えるが、実際の主導権はネクロズマにあるのだろう。先ほどのルナアーラの温和な視線とは違う、あたしへの突き刺すような視線がそれを証明している。

 頼れる味方と思っていたルナアーラが敵の道具のような状態になったが、まだあたしの戦意は折れていなかった。元々、あたし一人でやるつもりだったのだから。

「これがファンタズマって訳?あたしは面倒が嫌いなんだよ!行け、ミミッキュ!黒いところだけを狙え!」

 ミミッキュが飛びかかり、影の爪で切り裂く。ミミッキュの方が早い。相手のタイプはまだわからないが、充分な効果を発揮しているのが見て取れる。大きくカギ裂きを体表に作ったネクロズマが吼え、光球が撃ち込まれる。あの技はパワージェム――こちらに手を見せるつもりがないのか、有効打がそれしかないのかはまだわからない。ミミッキュのばけのかわが一撃を受けた。ネクロズマがミミッキュから目を離し、あたしを見る。

「何だ?動きが悪いな。構わん、付き合う必要も無い。一気に畳んでしまえ、ミミッキュ!」

 押さえ込んだルナアーラの抵抗があるのだろうか、いやに動きが悪い。ミミッキュ自体は元気一杯のまま、もう一撃薙ぎ払う。痛打を受けたのか消耗を嫌ったのか、ネクロズマはルナアーラを押さえ込んだまま、ウルトラホールの向こうに姿を消した。

 あたしは小さく笑みを浮かべた。仕留め損ないこそしたが、ミミッキュのばけのかわを貫いて攻撃することは、今のところできなかったようだ。それなら、必ず勝てる。

 

 ミミッキュをボールに戻した直後、背後から足音が聞こえた。ウルトラ調査隊の二人だ。

「光を操るネクロズマが、アローラの光を食ったのか……」

「失った光を取り戻そうとしてるのかもしれないね」

 ほしぐも――ちゃんを助ける。ネクロズマを弱らせるためにも必要だ。

「どうすればいいのでしょうか。ほしぐもちゃんを助けたいのです。でも、ネクロズマさんも何かを求めているように、苦しそうに見えました」

 リーリエの手にすがるように立ち上がったルザミーネ代表が、小さく笑った。

「ネクロズマのほうまで気にするなんて、あなたは優しくて、優しすぎる。そのせいで、コスモッグを持ち出したというのね。馬鹿な子……」

 言葉とは裏腹に、優しげな笑みを浮かべるルザミーネ代表を見て、あたしは違和感に眉をひそめる。親子和解の可能性が見て取れるのは嬉しいが、ウルトラホールの向こうで何かあったのだろうか。

 

 ウルトラホールを開けるためのガスはもう無い。コスモッグ――今はルナアーラだが――もあちらの世界に連れ去られてしまった。そうなると、蜘蛛の糸になりうるのは、眼前のウルトラ調査隊の二人か。

「あんたらも、ポケモンでこっちの世界に来たんでしょう?」

 それならと口を開きかけたあたしに被せるように、ルザミーネ代表が言葉を発する。

「あなた達の力を貸してほしい。いくつもの世界を行き来する、あなた達の力をね」

「今更、お前がそれを言うのか。我らを欺いて物事を解決しようとしたお前が。大した代表だ」

「やめなよ、ダルス。言ってもしょうがない」

 アマモのツッコミに小さく呻いたダルスに意図して陽気な声をかけた。

「こっちの世界の人間を信用できるかは別としてだ。あたしの腕は買ってくれてもいいんじゃない?現にさっき、ネクロズマを一度退けてる」

「……お前の人間性ではなく、腕を信用しろというのか」

「そう。あたしと、あたしのポケモンの殺し……いや、(いくさ)の腕をね」

 視線を見合わせるダルスとアマモ。

 呻き声を小さく上げて、グズマが目を覚ました。

 

 アマモが頷き、ダルスが小さくかぶりを振る。

「さっきの戦いでは、確かに一方的に推移していたな。お前が強いのは間違いない。だが、もう一つ。ネクロズマはお前の腕輪を……Zパワーリングに目が行っていたようだった」

「ミミッキュの首……じゃないけど、体が折れたのを見て、食ったと勘違いしたから、次を出してくるトレーナーのあたしを警戒したってわけじゃなくて?」

 あたしもそこまで観察眼に自信があるわけではない。

「確証はない。だが、そのリングの放つ光を欲するように見えた」

「……Zクリスタルが目当てってことかよ?」

 Zリングに嵌まっているクリスタルは確かに多い。

「ユウケさんは、島巡りをしていますから……Zクリスタルは沢山お持ちですよね」

「キャプテンや島キングは、一つのタイプを極めようとするから複数のZクリスタルは普段持ち歩いてねえ」

 カプ神の与えたリングそのものに用事があれば、直接カプ神を襲うだろうという推測も成り立つ。

「断言はできないけど、あたし自身が餌になれるってことか」

「あたし達はポケモン勝負が得意じゃないから、ソルガレオと一緒に戦うのは無理だけど、その力を借りて、ウルトラホールを移動することはできる。ポケモンライドっていうんだっけ。ああいう感じでね」

「ウルトラワープライド、という。ネクロズマは恐らくだが、元の世界に戻っているはずだ。我々の世界は、ウルトラホールを抜けた……その先に、更に空間のようなもの、三次元世界に生きる我々にはそう観測できるものがある。そこにあるワープホールを抜け、違う世界に入るのだが……。白いワープホールが、そうだ」

「要するに、ソルガレオに乗せてもらって白いワープホールを探せってことね?」

「ああ。他のワープホールでは、全く異なる世界に行くことになるからな」

「ちなみにだけど。その『空間のようなもの』を通る時に何か危険はあるの?

 ウルトラ調査隊の二人は揃って首を横に振る。

「今まで、ソルガレオに脅威を与えるような存在に遭遇した事例はない。力の場……のようなものがあり、ソルガレオにぶつかると減速してしまうが、それもソルガレオも乗せてもらう我々にも傷を与えるようなことはないからな」

「じゃあ、もう一つ。その『空間のようなもの』でソルガレオから転げ落ちたらどうなる?」

「何とも言えん。ソルガレオが拾えるかどうかもわからん。前例はないと言っておこう」

「じゃあ、転げ落ちないように気をつけるとしよう」

 あたしは薄く笑った。

 

リーリエに肩を掴まれた。

「ユウケさん、わたしも、ほしぐもちゃんと、ネクロズマさんを助けたいのです!一緒に行かせてください!」

 あたしは後ろ頭を掻いた。

「お願い事はなるべく、何でも聞いてあげたいんだけどね。前半分は……そうだね。全力を尽くすよ。後ろ半分は駄目」

 その、上目遣いで見られるとあたしは弱いな。

「ネクロズマは強い。あいつを上手く……大人しくさせられるか、リーリエを連れて行って、安全に気を遣いながらできるかは、自信がない」

 ぐっと唇を噛む彼女を見るのが辛いが、じっと目を見て、心を伝えようと努力する。

「リーリエにも信じてほしい。あたしと、ポケモンの腕をね」

 なおも躊躇うリーリエの肩を、ぽんと叩く。

「朗報を持って帰るよ」

 小さく泣きそうな顔を浮かべて頷く彼女を、あたしはぎゅっと抱きしめる。

「ユウケさん、いつものは……」

「いつもの?」

「『危なくなったら逃げる』と」

「もちろん、そうするさ」

「わたし、わがままです。ユウケさんには無事に帰ってきてほしいですし、ほしぐもちゃんも、ネクロズマさんも……」

 小さく震えるリーリエの背中を、今朝したようにぽんぽんと叩く。

「大丈夫。全力を尽くすよ」

「ユウケさんは、いつも『逃げる』と言ってますが、逃げるユウケさんが想像できなくて。勝つか、それとも大変なことになって倒れてしまうかしか……わたし……」

 信用があるのだかないのだか、と苦笑いしてしまう。

「なるべく高水準で全部こなすように、努力するから。ね」

 リーリエの震えが収まるまで、あたしは柔らかな体を抱きしめていた。彼女の体温が消えてしまいそうな気がして。

 

 あたしは用を足してから、ライドギアに登録されたウルトラ調査隊の服装に着替えた。

「温度管理機能付きってことでいいんだね?」

「ああ。我々の世界に比べ、アローラは比較にならんほど暑いからな。その機能がなければ、行動すらできん」

「逆も然り、ってことか」

「そうだな。少なくとも、我々の世界の空気で凍えることはないだろう」

「お手洗いの機能もついてるからね」

「それはあんまり世話になりたくはないけどね」

 苦笑いするあたし。

「では、ソルガレオ様!」

 ダルスの呼び声に応え、大きく白い獅子のようなポケモンが吠え声と共に姿を現す。手を振ってくれるリーリエとアマモに手を振り返し、他の見送ってくれた面々には目礼し、あたしは異空間に飛び込んだ。

 

 ネクロズマ(タイムリミット)が向こうからやって来た。地球の上にいるなら、もうどこに逃げても同じだ。それに、あたしは家族と恋人という守りたいものがある。逃げを打てるのは、逃げる先がある時だけだ。あたしは嘘をついた。正確には本当のことを言えなかったというところだ。「逃げてもどうしようもない時に、逃げの手が使えない」という当たり前のことを。

 

 ウルトラワープライドは、控え目に言って不快極まる体験だった。装備には問題はない。もちろん、ソルガレオがどうだとか、ワープ空間がどうだとかではない。乗り物酔いというのは、視覚と身体の移動感覚が一致しない時に起きるものらしい。視覚と実際の動き――そもそも三次元空間でいう移動を当てはめるとどう動いているか全くわからないが――が一致せず、さらに身体に与えられる移動している感覚が滅茶苦茶なのだ。胃の中から酸っぱい何かが駆け上がってくる。口元にせり上がってきた装置が当てられ、あたしは安心して上がってきた物を流し込む。

 

 ワープ中に吐瀉物をまき散らしたらどうなるのだろう、という疑問を試さずに済んだだけありがたいと思いながら、あたしは地に足をつける。船乗りもかくやというくらい、不動の大地がありがたい。ソルガレオが心持ち申し訳なさそうな顔をしてすり寄ってきたので、別にソルガレオのせいじゃないという思いを込めて頭を撫でる。

 

 胃が落ち着くまで深呼吸をしてから、あたしは周囲を見渡した。黒く見える建物が林立しており、真っ直ぐ伸びた道路の先に、光を放つ塔がそびえ立っている。

「見たことない建物ロ!」

「ああ。しかし、暗いね……」

 異様な建築物もだが、人気の無さも気になる。これだけの建築物を必要とするからには、住人がいるはずだ。ウルトラ調査隊の衣服が熱を発し、あたしを寒さから守っている。この世界唯一の熱源になっているような錯覚。こつこつと舗装された大地を踏みしめるブーツの音が寂しく反射する。

 

 右手の建物の扉が開き、人影が二つ現れた。

「アローラ地方から人が来るとはな。しかも、ソルガレオに乗って」

 あたしは両手を開いて挙げる。

「ウルトラ調査隊のダルスとアマモから話は聞いてる?」

「ええ、聞いております。ようこそ、ウルトラメガロポリスへ、ユウケさん。私はミリン、彼がウルトラ調査隊隊長のシオニラです。ネクロズマを制するために来てくれたと」

 制する、か。言い得て妙かもしれない。殺すわけでもなく、捕まえるわけでもない。

 建物の中をちらりと見ると、大勢の人が座ったり寝たりしているのが見える。なるほど、避難中というわけか。それを見たうえで言葉を継いだ。

「あんまりにも誰もいないから、もう間に合わなかったのかなと思ったよ」

「そちらの世界から、ルザミーネさんが来られた時にネクロズマが大暴れしましてね」

 痛烈な皮肉だ。あたし達三人、全員が苦笑いする。

「ネクロズマはルナアーラの光を取り込んだようです。ですが、その力を制御しきれずに苦しんでいる。ネクロズマも、我々も、そして恐らくはルナアーラも、望まぬ形で苦しんでいる。我々の科学の力ではどうにもならない……」

「どうか、頼む。力ある異世界の人よ。苦しみを終わらせてやってくれ。そして、我々の世界にも光を取り戻してほしい」

「善処するよ」

 苦々しい表情で言う二人に対し、あたしは溜息をつく。その言い方では、まるで処刑人か延命医療を止める医者ではないか。

 

 塔の頂上。あたしの眼前で、ネクロズマはルナアーラから何らかの水晶のようなものを引き出した。力の源なのか力を制御するための何かなのか、それとも全く違う物なのかあたしにはわからない。

 ただそれが、前回やり合った不完全な合体ではなく、完全な合体のための鍵だったのだろう。ネクロズマとルナアーラの姿が光に包まれ、数秒の後には、二体が重なっているような状態ではなく、完全に一体のポケモンとして現出する。白と黄金、四枚の翼を持った鋭い姿で。左右対称、赤と青の異なる色の目が、あたしを睨みつける。立っているだけで尋常でない熱があたしの体表面を焦がそうとする。纏っている防護スーツがなければ重度の火傷を負って倒れ込み、そのまま死ぬ羽目になっただろう。

「シ……シ……シカリ……!」

 身体を震わせて吠えるネクロズマが何を言いたいのか、こちらの世界の人間を呪っているのか、完全な力を得た、或いは取り戻した喜びに震えているのか。それとも、仮説通りZクリスタルを欲しているだけなのか、あたしにはわからない。

 だが、あたしと戦いたがっていることだけはわかる。だから、あたしはボールを投げた。

「行け、ミミッキュ!」

「ミミッキュ!」

 あたしの頼れる小さな怪物は、いっそ神々しいまでの奴と対峙しても怯まない。もし、姿同様に能力までも大きく変わり、特性までも変わっていたら。かたやぶり染みた何かになっていれば、全ては振り出しに戻る。ミミッキュが出た場所めがけ奴の爪が振るわれ、ミミッキュは飛び退いてそれを躱す。床を抉った破片があたしめがけ飛来したので、転がるように避けた。破片も抉られた床も爪が一瞬触れただけなのに赤熱している。太陽に変わる光源であったということは、つまりは太陽そのものと戦っているようなものなのだろう。冷や汗が流れるのを感じる。早期に決着をつけないと、交戦の余波だけでもあたしが死ぬだろう。

 あたしは、出し惜しみなく今まで一度も使っていなかった切り札を使うことにした。

「ミミッキュ、みちづれ!」

 轟、とミミッキュが応え、禍々しい力が奴とミミッキュの小さな身体を結びつける。奴は構わずに爪を振るい、化けの皮が剥がされた。だが、ミミッキュはまだ健在だ。奴の方が早いからもう無理だろうし、このまま奴がミミッキュを倒せば必要もなくなるが、駄目押しをする。

「のろい!」

 ミミッキュが己が身を削って呪詛をかける前に、ネクロズマの角がミミッキュを弾き飛ばす。ミミッキュが力尽きる直前に、奴の生命力そのものをぞるりと吸い取り――ミミッキュはボールに戻り、ネクロズマは光を失い、倒れた。

 

 どう、と轟音を立てて倒れ込んだネクロズマは、輝く粒子をまき散らし、徐々にその輝きを失う。神々しく尖った一体としての姿から、ルナアーラを押さえ込んだネクロズマとルナアーラの姿に戻り、ネクロズマのみがその姿をウルトラホールの向こうに消す。

「ルナアーラ、大丈夫?」

「マヒナペ!」

 元気そうに振る舞うルナアーラは大丈夫と言っているのだろう。多分だが。あたしは大きく安堵の溜息をついた。

 とはいえ、ネクロズマ自体はまたも逃がしてしまっているのだが。どうすればいいか見当もつかないが、追ってケリをつけなければいけないのかもしれない。

 

 ミミッキュを手当している間に、ウルトラ調査隊のこちら側にいる二人、シオニラとミリンがここまで上がってきた。

「ありがとう、アローラの人、ユウケよ。ネクロズマは再びアローラに渡ったようだが、我らの観測する限りでは、飛ぶこともままならないようだ」

「光を食らうようになってしまったネクロズマがいなくなり、私達も……遠い将来になるでしょうが、ここで光を浴びることになると思います。ユウケさん、そしてZクリスタルの光に感謝します」

 Zクリスタルそのものは今回使わなかったが、餌にはなるのだろうか。

「ネクロズマがどこにいるかわかるの?」

「いや、今、我々からはウルトラホールに入るまでの状態しかわからなかった」

「回復するまでに探さないといけないかもね……」

「あの手傷であれば、一か月は飛べないはずです」

 次の手が読めない以上、あまり悠長にはしていられないだろうが、一か月か。まあ、一週間は見られる、か。またやるべきことが増えてしまった。

 浮かない顔をするあたしをよそに、二人は眼前の課題が去った喜びを隠そうともせず言葉を続ける。

「お前が鎮めたネクロズマ……そうだな、ウルトラネクロズマとでも仮に呼ぶとしよう。光を得て輝いたものの、またも光を失ってしまった。ルナアーラを再び押さえ込む力がなかったのだろう。ルナアーラも別に、アローラに戻っていった。私達の願いを聞いてくれて本当にありがとう。心より感謝する」

「ありがとうございます」

「いいよ。礼はまだ早い」

「ベベ!」

 ベベノムと言ったか。可愛らしい紫のポケモンが、あたしの方を見て騒ぐ、というか、はしゃぐというか、好意的な反応をしている。あたしはベベノムを撫でる。

「礼代わりといっては何だが、ベベノムが君の事を気に入ったようだ。君さえよければ、ベベノムを連れていってやってくれないか。ベベノムも喜ぶ」

「それは嬉しいね。ベベノム、よろしくね」

「ベベベ!」

 あたしは微笑み、ベベノムにモンスターボールを差し出す。ベベノムはボールのボタンを自分で押し、吸い込まれた。

「それでは、アローラにソルガレオ様に送ってもらうとしましょう。あなたは予防接種を受けていないので、建物に避難している同胞と顔を合わせてもらえないのが申し訳ないですが」

 大勢の人に注目されるのは苦手だ。ましてや恐らくだが英雄扱いなんて、考えただけで顔が真っ赤になって卒倒しそうになってくる。あたしは慌てて手を振る。

「いいよそんなの。別に感謝されたくてやったわけじゃない。放っておけばこっちの世界どころかアローラ……というか、地球が凍ってあたしも死ぬだけだったからね」

「同胞に代わり、改めて礼を申し上げます。では、お気をつけて」

 あたしはソルガレオに跨がった。

 

 一難去ってまた一難とはまさにこのことだろう。アローラの月輪の祭壇に降り立ったあたしは、ウルトラ調査隊の装備にまたも吐瀉物を吸い取ってもらう羽目になった。自分でもわかるくらい血の気の引いた顔のまま、ソルガレオに礼を言って撫でていると、リーリエが飛びかかって――もとい、飛び込んできた。

「ユウケさん!ユウケさん!よかった!よかった!」

「リーリエ、ありがとう」

 抱きしめながらも、自分の吐息が胃液臭いのではないかという最低な理由で、あたしはリーリエから顔を背ける。だが、リーリエはそっぽを向いたあたしの顎を捕まえてぐいと引き寄せ、唇を重ねる。

 後ろで小さなどよめきが聞こえ、あたしは色々な意味で顔が赤くなる。熱烈に唇を押し付けるようなキスをするリーリエの背中を軽く叩く。もちろん嬉しいに決まっているが、時と場合があるというか。

 ありありと不満げな顔をして離れるリーリエに小声で「ま、また後で、ね」と囁くと、少しだけ嬉しそうな顔になってくれるのが愛おしい。

 

 えへん、と小さな咳払いをしてからダルスとアマモが歩み寄ってくる。リーリエはあたしの右腕にしがみつくように抱きついたままだ。

「大したものだな、ユウケ。Zパワーリングを持つ者よ。オーラがリングに集まっているのがわかるか」

「ありがとうね、ユウケ。強いアローラの人。ウルトラメガロポリスでネクロズマと向き合ってる時にわかったことがあって」

 続けて、とあたしは頷き、ダルスが言葉を引き取って続ける。

「我々の祖先が光を浴びていた時に、ネクロズマが放っている光が、オーラなのだ。ウルトラホールを通じ、アローラの各地にオーラが降り注ぎ、それがアローラのポケモンに影響を与えていたのではないかと推測される。例えば、試練の場所などがウルトラホールが開きやすい場所だったのだろう」

「Zパワーも、主ポケモンのオーラも、ネクロズマ由来の力らしいよ」

「お前ほどのトレーナーなら、ネクロズマを暴れさせずに光を与えられるのかもしれない」

「『向き合ってる時』って言ったけど、向こうで何があったかはこっちでもわかってる?」

「ああ。ネクロズマを鎮めはしたが、捕らえることができずに悔いていると」

 何度目かわからない溜息が勝手に出る。

「そう。あいつを探すことから振り出しに戻る、だよ」

「ウルトラホールを通って来たネクロズマが、どこに落ちたかは、大体の位置だけどわかるよ」

「ああ。アローラ地方で一番高い山、ラナキラマウンテンのどこかに墜落したはずだ。しばらくは、ウルトラホールを開くどころか、普通に空を飛ぶことすら難しいだろう」

「ありがとう」

 ラナキラマウンテンか。ククイ博士に聞けば工事関係者の目撃情報やらがわかるかもしれない。

 

 話が一段落した時点で悪戯っぽい笑みを浮かべ、アマモが意味深な視線をダルスに送る。

「もう一つ、礼代わりと言っては何だが、これからもソルガレオ様に乗れるように計らおう。ライドギアに登録してあるから、使ってくれ。ウルトラ調査隊の装備も使ってもらって構わん。他の世界のポケモンを探すことができる」

「ウルトラメガロポリスにも、また遊びに来てよね。予防接種たくさん受けてもらわないといけないけど」

「それは有難いね。ウルトラメガロポリスに行くのは、ほとぼりが冷めてからにしたいけどさ」

「悪いことをしたわけではないのに」

 くすくすと微笑むリーリエとアマモ。ダルスも苦笑いを浮かべている。

「注目されたくないんだよ」

 あたしも苦笑いして、後ろ頭を掻いた。

「それで、あんたらはこれからどうするんだ?」

「ネクロズマがアローラに与えた影響とか、調べたいかも」

「俺はポケモンバトルというものが面白くなってきた。トレーナーとしてアローラを旅するのも悪くない」

「へえ。そりゃ面白そうだね。また会ったらよろしく」

「ああ。また会おう」

「じゃあね!」

 両手で四角を描く例のポーズをしてから、ダルスとアマモは立ち去った。

 

 話が終わるのを待っていたのだろう、ルザミーネ代表がリーリエに声をかける。

「リーリエ。ポケモンの痛みに気付き、苦しさを思えるあなたが正しかったのね。コスモッグちゃんを連れ出した時は……」

「わたしは、ただ……」

 言葉を切ったリーリエは、あたしを見る。

「ユウケさんが凄かったんです」

 穏やかに微笑むルザミーネ代表。

「娘をありがとう。リーリエがとても世話になったわ。ポケモンのことだけでなく、世話になっているみたいだけど」

 後半の言葉に棘を感じるのは気のせいではないだろう。ただ、この棘は、彼女自身のエゴからではなく娘を守るための親としてのものだと感じられ、真剣に向き合わないといけないものだ。あたしは息を大きく吐いてから吸って、ルザミーネ代表――ルザミーネさんの目を見据えて口を開く。

「ええ、リーリエさんとは、恋人として真剣にお付き合いさせてもらっています。将来のことも考えて」

 びくりと右腕に抱きついたままのリーリエの身体が震える。嫌だっただろうか、とちらりとリーリエを見ると、満面の笑顔が赤くなった状態で固まっている。

「まだ、あなた達には早いのではなくて?リーリエはまだ十一よ」

「旧日本地域ならもう成人ですよ。あたしももうすぐ十三歳です」

 ルザミーネさんは微笑に少しの困惑を含んだ顔であたしから目を逸らし、固まったままのリーリエに目線を向ける。

「……まあ、詳しい話はまた今度」

「そうですね。正式にご挨拶に伺います」

「子供だとばかり思っていたのだけれども。早いものね」

 感慨深そうに呟くルザミーネさんに、大人だと啖呵を切ったあたしは答えられない。

「そうそう、このウルトラボールを差し上げるわ。ウルトラ調査隊の情報を元に財団で作った、ウルトラホールの向こうに住むポケモン、ウルトラビーストを捕まえるためのボール。ウルトラホールの向こうに行くかどうかは別にして、ウルトラホールを通じてポケモンが出てくる可能性もあるでしょう」

「ありがとうございます」

 なかなかデザインも悪くない。

「普通のモンスターボールとしても使えなくはないわ。性能的には他のボールのほうがいいけど。今度、エーテルパラダイスで限定販売するから、よろしくね」

 意外と商魂逞しかったりするのだろうか。あたしは小さく笑ってしまった。

「それと、もう一つ。光を奪われたせいか、コスモッグちゃん……いえ、ルナアーラちゃん、弱ってしまいましたから、エーテル財団としてパラダイスでお世話をしますから、リーリエも手を貸しなさい。……リーリエ?」

「……リーリエ、大丈夫?」

 まだ固まっていたリーリエがやっと反応してくれた。満面の笑顔で頷く。

「はい、母様!」

 背を向けて、グズマにも声をかけ立ち去るルザミーネさん。

「相手を活かすことが、自分を活かすこと、か……」

 立ち去り際に背を向けて呟いたグズマの言葉が何故か耳に残った。

 

 二人だけになった。何だか騒がしかった気がしたが、神経が張り詰めていたのだろうか。たった六人しかいなかったのだなと思う。

「あの、ユウケさん。わたし、ウルトラ調査隊のお二人が出してくれた映像を見て、応援していたんです。わたし、何もできないけれど。ユウケさんと、ミミッキュさんを……母様と一緒に、です」

「ルザミーネさんと?ああ、それでか。よかったよ。家出したまま、喧嘩したままってのはね。いつ、何があるかわからないし」

 ルザミーネさんとグズマがウルトラホールの向こうから無事に帰って来られたのは僥倖に過ぎない。何かあってもおかしくはなかった。ウルトラホールがなくても、こんな時代だ。いつ、誰が、どこで死んでもおかしくはない。

「はい。色々と母様と話せて、わかったと思います。ユウケさんは、あの世界の人々、そしてこちらの世界のわたし達を助けてくれました。ネクロズマさんも、これからもう一度会うのですよね」

「あたしより先に誰かが接触してたら別だけど、そのつもり。頼まれた物事を途中で捨てる気はないからね」

 リーリエは抱きついたままのあたしの右腕にぎゅっと力を入れて抱きしめる。

「みんなを、笑顔にしてくれました。ユウケさんは本当にすごいです。わたし、ほしぐもちゃんを元気にするため、そして、母様ともっとしっかりお話しするために、一度パラダイスに戻ります。だから、その前にもう一度、元気をください」

 目を閉じるリーリエに、あたしはそっと口づけた。柔らかな感触を味わう、穏やかなキス。

 唇を離すと、リーリエが微笑んで、あたしも自然と笑みがこぼれる。

「元気をもらったのは、お互い様みたいだね」

「はい!ユウケさん、また!連絡しますから!」

 一度言葉を切って、あたしの耳に口を寄せるリーリエ。

「離れている間に、他の(ひと)と遊んだりしないでくださいね?」

「しないよ。あたしはそんなに尻軽じゃない」

 お互い小声で囁いてから、何事もなかったかのように元気に手を大きく振るリーリエに、あたしは小さく手を振って応える。

 階段の踊り場を見ると、ルザミーネさんとグズマが待っていたようだ。穏やかな笑みを浮かべる二人にリーリエが合流し、もう一度振り返ったリーリエが大きく手を振る。

 今度はあたしも、大きく手を上げ――たが、あまり大きくは振らなかった。単に気恥ずかしいというだけだが。この羞恥癖もちゃんと家族の問題にぶつかっていく彼女のように、ぶつかっていかないといけない課題なのだろうなと思いながら。




キヅキアヤサトさんにユウケを描いて頂きました。『祈る』勝利を。(第十六話と同じ挿絵です)


【挿絵表示】


https://www.pixiv.net/member.php?id=2760072
https://twitter.com/sato_Ayasato

Dream Theater - "Goodnight Kiss"
https://www.youtube.com/results?search_query=dream+theater+goodnight+kiss
Officialの画像が出てこなかったので、検索結果のみ。
同じバンドの"The Silent Man"とどちらにするか少し悩みましたが、お休みのキスというところでこちらにしました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。