家屋内のポケモンバトルの経験自体はあった。ポケモントレーナーという人種は大抵の場合、頭に血が上りやすいからだ。だが、野生のポケモンとのそれは初めてだ。特に、かつて人間やポケモンだったものの破片が床や壁に散らばるような民家の中では。
あたしは目と足裏が伝えてくる情報から極力意識を逸らしつつ、敵ポケモンの潜んでいる場所を視覚と聴覚で探った。嗅覚は勿論当てにならなかった。ぎしりと左側の壁がきしむ音。あたしは躊躇無く壁の向こうにボールを投げ込んだ。逞しい腕が突き出されて壁が崩れ落ち、血走ったリングマの片方だけ残った目が、餌であるあたしを値踏みするように――いや、事実値踏みしているのだろう――睨み付けた。恐怖に折れそうな心を、あたしの頼れる相棒であるバンギラスの雄叫びと茶色い姿が支えてくれた。砂嵐が室内の空気をかき乱し始め、リングマの注意はバンギラスに向けられた。何とも有難いことに、あたしの前にリングマ退治を請け負ったトレーナーはリングマにやけどを入れてくれたらしい。特性が『こんじょう』にせよ『はやあし』にせよ、厄介なことになったと思った。
このリングマは『眼帯』という名で、近くの山の猟師やトレーナーの間では有名な存在だった。かつてどこかのトレーナーに敗れた時に左目を失ったらしい。その時にとどめを刺さなかった間抜けのせいで、『眼帯』はジョウトの五條楽園と呼ばれた小集落に冬眠失敗した空きっ腹を抱えてやってきて、若い女一人とやり手婆一人、そして床に散らばっている挽肉の中に混じっているであろう間抜けなトレーナーを胃袋に納めることができたわけだ。こんなろくでもない思いをする羽目になるなら止めておけばよかったという思いとこみ上げる吐き気を何とか押し殺し、バンギラスに向けて叫んだ。
「バンギラス、りゅうのまい!」
「ゴオオオッ!」
戦いのための力強く美しい踊りを阻むようにリングマが突進し、バンギラスの手を掴んで足を払った。けたぐりか。バンギラスが地響きを上げて倒れた。いわ・あくタイプのバンギラスには四倍のダメージで、力量差が大きくなければもう終わりの一手だが、あたしはバンギラスが起き上がれることを全く疑わなかった。
「かみくだく!腹の辺りを狙って!」
バンギラスは機敏に起き上がって低い体勢のまま突っ込み、鋭い牙を『眼帯』の腹に突き立てた。奴は大きく悲鳴を上げバンギラスを振り放そうともがいた。
「バンギラス、そのまま持ち上げて!」
全身の力を使って軽々と『眼帯』を持ち上げたバンギラスに礼を言う間も惜しんで、あたしはハイパーボールを投げた。ボールに『眼帯』が吸い込まれると同時に、バンギラスはあたしの方向に飛び退き、揺れ動くボールに警戒の眼差しを向けた。ボールが奴の抵抗を伝えるように大きく三、四回と揺れ動き――止まった。バンギラスをねぎらってやる前に、玄関まで靴底からの粘液質な音を立てながら走って戻り、外の空気を吸い込む前に胃の中身を全部ぶちまけることになった。
砂浴びをして綺麗になったバンギラスを拭いてやってから薬で手当てをし、存分に撫でてやっている最中に、依頼人がやってきた。ここ、全盛期が二つ前の大戦が終わった頃だという、楽園という語を使うにはいささか以上に寂れていた遊郭を取り仕切るやり手婆だ。前大戦の頃には美しかったのだろう、凜とした容姿の年配の女性だ。
「いや、よくやってくれはりました」
あたしの地面へ残した痕跡はポケモンに焼かせたので、平然とした顔を装って頷いて答えた。本来はトレーナーの命令以外で人を傷つけたポケモンはポケモン協会に引き渡して殺処分となるのだが、この依頼では捕まえた『眼帯』は引き渡すことになっていた。勿論、表だってそんなことは言えない。あたしはボールを丁寧に布で拭き取って渡した。このボールも依頼人が買ったボールだ。残りの未使用ハイパーボールも返そうとすると、彼女はそれを引き留めた。
「使っておくんなはれ。報酬が『チョウジの湖そばで人間に化けたメタモンを捕まえたトレーナー』の情報と、ここでの二泊だけとは、よういわんわ」
この集落に来たのは、別に仕事がてら女遊びがしたかったからではない。あたしはジョウトでバッジを全部集めて四天王を下し、チャンピオンの座に三週間ほど留まった後も、未練たらしく惚れた女、ミズハを殺したトレーナーを探していたのだ。
「この後の話に支障が無いなら、ありがたく貰うけど」
「おまはんとおまはんのポケモンはあての『リングマを追い払ってほしい』という仕事をちゃんと成し遂げて、リングマは近くの川に落ちた。リングマは川下であてのキリキザンが捕まえて、それでしまいや。あてはあんさんに報酬の足しにハイパーボールをなんぼか渡したけど、一個残っとった」
「それがリングマの入ってるボールって訳ね」
ありがたく頂くことにした。懐が厳しい訳ではないがボールは消耗品だし、金銭の報酬自体は辞退したので助かる。
「まあ、最後にはこのボールも要らんようになるかもしれまへんけどな。あてのキリキザンは血の気が多いさかい」
『眼帯』の死体を引き渡しても、警察もポケモン協会も気にも留めないだろう。ハイパーボールの購入履歴も残っていないはずだ。実際のところ、遊郭勤めの女性が二人と単なるトレーナーが死んだところで調査に動くはずがないし、こんな口裏を合わせるのも相互の単なる用心に過ぎない。『眼帯』の末路は大体想像がつくが、それに心を痛めるものはこの場に誰もいなかった。
「そのリングマ、誰が教えたのか自分で見て覚えたのか知らないけど、けたぐりを覚えてたから気をつけて。かなり弱ってはいるけどね」
依頼人は鷹揚に頷いた。こんな場所を仕切っているのだから、キリキザン自体も恐らくだがリングマを仕留める力は十二分にあるだろうし、他にも手札はあるに違いない。トレーナーを雇ったのは、万が一があれば彼女の威厳が失墜し抑止力が失われることと、カネ以外の懐が痛まないからだろう。
「そしたら行きまひょ。女の子相手専門のええ子がおります。あんさんの好みちがいますかな」
女の子専門、というのは大抵の場合は『どちらも相手ができる』という程度の言葉に過ぎないが、あたしは小さく笑みを浮かべた。
案内された一軒の家にはやり手婆はおらず(恐らく中座しているのだろう)、迎えてくれた女性は自称十五歳のいかにも京都の美女という雰囲気の、豊かな胸とお尻の膨らみを持つ優しげな人で、確かにあたし好みではあった。だが、結局二日間何もしなかった。実際には余り似ていないのに、ミズハの面影があたしの手とやる気満々だった下心を萎えさせてしまったのだ。彼女は何も聞かず食事と風呂の世話をしてくれ、二日間あたしを抱きしめて一緒に寝てくれた。暖かく柔らかい人の体温はチョウジのみずうみを去った後、荒みきっていたあたしの心身を安らげてくれた。
久し振りに疲れないよい夢を見た。まあ、人にはあまり言えないような夢だったが。あの時あたしと時間を過ごしてくれたのは情の深いいい女だった。あれからその手の場所には全く行かなくなったのであそこにも寄っていないだろうが元気にしているだろうか。目覚ましが鳴って目覚めたわけではないのでもう少し寝ようかと思いを巡らす最中、右腕には柔らかい何かが当たって、しかも腕が全然動かないことに気付いた。仲良しになっている瞼を渋々開いて右腕を見る。金髪の天使があどけない寝顔で眠っている。リーリエだ。うん、リーリエがあたしの右腕に抱きついて眠っているのが見える。
昨晩確かに一週間ぶりくらいに酒を飲んだが、ビールを一缶空けただけだから、幻覚を見るには少なすぎる量だと思う。見間違いでは無いかと疑って目を閉じて、もう一度。リーリエだ。うん、リーリエなら何の問題もないな。ご丁寧に白いパジャマを着ていて、まるであたしの黒いパジャマ――というか、旧ベトナム地域のドーボーをパジャマにしているのだが――との対比を狙ってあつらえたかのようだ。デザインもポケットが付いているだけのドーボーに比べて、リーリエのはふりふりのフリルがたくさん付いた可愛らしいものだ。いや、パジャマもだが、パジャマよりリーリエが可愛い。美人の寝顔は何度見ても飽きないものだ。
とりあえず、拘束されていない左手で軽く自分の頬を抓ってみる。痛覚はあるので、概ね夢で無いと考えていいだろう。もっとも、夢の中でも痛覚がないというのは俗説だし、自身の夢で痛みを感じたこともあるのでいまいち当てにはならないのだが。
何とか体を動かさないように注意しつつ壁時計を見ると八時を回っているので、起こしてもいいと思う。多分。何時くらいに潜り込んだのかがわからないし、この天使のような寝顔をそっとしておきたいのは事実なのだが、右腕が完全にがっちりホールドされていて全く動かせないし、眠気が完全に吹き飛んでしまったし、どっちにせよ目覚ましは後五分ほどで鳴る時間なのだ。
「リーリエ。リーリエ」
ううん、と小さく呻く彼女が可愛い。呼びかけるだけでなくて、そっと肩を揺する。ほっそりとした肩が、同じ人間だと思えないほど儚げだ。
「……あ、おはようございます」
えへへ、と害の無い悪戯を見つけられて笑う子供のような笑顔。可愛い。心臓が鷲掴みにされるような感覚。頬が赤くなる。
「リーリエ、いつ来たの?」
「一時間ほど前に、兄様とライドポケモンさんに送ってもらいました。あまり早いと、ユウケさんのお母様に迷惑をかけてしまいますし」
「なるほど……」
後でグラジオに礼を言っておこう。ともかく、まずは起きないと。今日はシェードジャングルの入口でマオ、スイレンと約束しているから起きてご飯を食べないといけない。
「リーリエ、悪いけど離して。もう起きないと、約束があるしね」
「起きる前に、やらないといけないことがあるのでは」
何だろう。あたしは目を閉じて考える。何かそういった習慣や約束を交わしただろうか。リーリエと泊まった時、何かしたか、リーリエが何かしていたかだ。目を閉じると、温かく柔らかい、心地よい感触が唇に触れる。
「次は、ユウケさんからお願いしますね」
餌を求めて水面に出るコイキングのようにぱくぱくと口を開くが、なかなか言葉が出てこない。多分あたしに負けないくらい頬を染めたリーリエが、にこりと微笑む。もう一度キスしたいという気持ちをぐっと抑え込む。多分、それだけでは済まないからだ。彼女に拒まれないか不安な気持ちもあるし、彼女が受け入れてくれた途端に目覚ましが鳴るなんて間抜けすぎる。
照れを含んだ空気のまま、あたし達はベッドから起き上がり着替え始める。昨日寝るまで着ていた部屋着はHelloweenのダサいカボチャキャラが前面にプリントされた、我ながらどうかと思うくらいダサいシャツだ。このバンドは好きだしダサいシャツには慣れているとはいえ、いくら何でもこのセンスは頂けないと強く思う。色気の一つも無い灰色の下着も恥ずかしいといえば恥ずかしいのだが、こういう機能的なものしか持っていないからこちらは仕方がない。シャツには結局手をつけずに外出用の服を着ようと手を伸ばしたあたしの脇腹を軽く柔らかく少し冷たい手が触り、あたしは飛び上がりそうになる。振り返ると何をどうやってそんなに速く着替えたのか、リーリエが真後ろに立っている。
「あ、Helloweenですか」
「リーリエ、知ってるんだ」
「ええ、昔住んでいたところでも有名でしたから」
「ああそうか。リーリエって、やっぱり元ドイツの方の出身なの?」
「はい。あれ、言ってましたか?」
あたしは小さくかぶりを振って微笑む。何、簡単なことだ。
「わかるよ。名前がドイツ語で百合って意味でしょ」
ぱああっと顔を輝かせるリーリエ。抱きついてくれるのは嬉しいが、着替えられない。でも振りほどくのも惜しい。このジレンマを解決してくれたのは、止め忘れていた目覚まし時計だった。
ようやく着替えて下りると、テレビでは『月色メテノドロップ』の再放送が流れている。あたし自身は食事中にテレビを見る習慣は特にないのだが、父母はどちらもテレビが好きだし、二人ともアニメが好きなのでこの番組も見覚えがある。全体で見ればとてもいい話だったが、中盤まではいまいちわからないのだよな。メタルコアをやるやらないの話のところらしい。実際のメタルコアバンドはこんなクラシカルなヘヴィメタルバンドみたいな棘とレザーみたいな格好はしない、というツッコミを入れたいが、残念ながらこの場にいる誰もわからなさそうだ。
「おはよう。ご飯出来てるよ。顔洗ったら食べな」
「ありがとう」
あたしに似ず朝も強い母さんがご飯を作ってくれていた。実家の有難味をかみしめる。リーリエが洗面所で身支度をしている音を聞きながら、母さんはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、左手で丸を作って右手の人差し指を抜き差しするジェスチャーをする。有難味が一瞬で全部吹き飛んだ。いくらあたしが相手でもこれはないだろう。顔をしかめると、母さんはあからさまにがっかりした顔をつくる。
「ヘタレ。それでもあたしの子供か。玉ついてんのか?」
「ついてないよ。母さんが産んだんでしょ」
「たま?何のたまだロ?」
「お、知りたいかねロトムくん。こんな唐変木とだとしょうもないだろう」
「あーはいはい、ロトム、聞かなくていいからね」
相手にしていると物凄い疲れそうなので、あたしは母さんを相手にせず、取り皿や箸と念のためフォークとナイフ、スプーンを出して茶を淹れる。支度が終わったのでリーリエと入れ替わりに洗面所で身支度をさっと済ませ、席に着く。いかにもアローラ風という具材は特に並んでいないが、リーリエも満足そうで安心した。
ご飯を食べて執拗にからかってくる母さんを躱し歯を磨いてからあたし達は部屋に戻った。出かける支度自体は済んでいるので、鞄を持てばそれで終わりだ。リーリエは興味深そうに部屋を見渡している。心なしか鼻息が荒いような気がするが気のせいだろうか。
「思っていたよりシンプルなお部屋ですね」
ロックフェスのポスターが二、三枚と、パソコン、ゲーム機が幾つか。服はクローゼットに放り込んであるし、シンプルというか殺風景かもしれない。
「本がもっとたくさんあるのかと」
「紙の本は旅の邪魔だから、旅に出る時に電子書籍に切り替えたんだよ」
なるほど、と頷くリーリエ。
「そうだ、リーリエにつまらない話をしないといけないんだった。まだ時間あるよね」
びくりと震えてこわばった表情を浮かべる彼女。時間が危ないのだろうかと時計を改めて見たが大丈夫そうだ。あたしは昨日届いていた紙袋の包みを開く。
「はい、リーリエ。ドイツ語と日本語、それと英語のどれがいいかわからなくて全部買ったんだけど、どれがいい?」
「……本、ですか?」
「あたしがトレーナー始めた時に勉強用に使った本」
目に見えてリーリエの顔が明るくなる。さっきからどうしたのだろう。
「トレーナーになりたいって言うからさ。もちろんちゃんと教えるけど、資料はあったほうがいいかなって」
「嬉しいです!」
そう言ってから固まる彼女。表紙には可愛いイラストが描かれている本を睨み付けている。言語が違うと表紙のポケモンが違うのを初めて知った。日本語版はヒトカゲ、ドイツ語版はピチュー、英語版はツタージャだ。
一分ほど考え込んで硬直してから、リーリエは重々しく口を開いた。
「選ばないと、ダメですか?その……」
「うん?ああ。別にあたしは使わないから全部上げてもいいよ」
「嬉しいです!ありがとうございます!大事にしますね!」
そんなに嬉しいかなと苦笑いしてから、あたしは一つ大事な事を思い出してしまって内心頭を抱える。これが事実上付き合い始めてから最初のプレゼントになるのか。しまった。別に後回しにしてもよかった。ちょっとした失敗に落ち込むあたしと裏腹に彼女はとても嬉しそうなので、まあそれもいいかと思った。
後部座席用のライドギアウェアのリーリエを本人の許可の元じっくりと鑑賞した上で――美人は本当に何を着ても似合う――あたし達はリザードンに跨がりシェードジャングルに向かった。残念ながら風切り音がうるさく、リーリエの感想をその場で聞けなかったし、おまけにバイクなんかと違って席が仕切られているので、リーリエが背中に抱きついてくれるなんてこともない。安全上はこの方がいいだろうから、あまりとやかく言えないが。
「朝はマオさんとスイレンさんですね」
「二人とは面識あるんだっけ?」
「はい。博士のお手伝いをしてる時に何度か」
「そうか。それと、あたし達の事だけど……」
「はい。大丈夫です。スイレンさんはどう仰るかわかりませんけど……」
「大丈夫だとは思うんだけどね」
鬱蒼としたジャングルを歩きながら、あたし達は周囲を見渡す。ひんやりとした空気の中で、リーリエの手の感触が暖かくて心地よい。
「まだ約束よりちょっと速いけど、いないね。入口でって言ってたんだけど」
「電話してみます?」
「右の方から、音がするロ……」
ロトムの言葉とほぼ同時にがさりと右手の藪が揺れ、あたしはリーリエの前に飛び出してボールに手をかける。藪が割れ、人間の手と、見覚えのある緑の髪が現れ、あたしはやや気を緩める。もう一人分の足音と、スイレンの姿も見えて、小さく息をついた。
「やーやー、お二人さん、おはよー。マオですよー」
「おはようございます」
「おはよう、マオ、スイレン」
「マオさん、スイレンさん、おはようございます」
「びっくりしたロー」
「ごめんごめん」
誰だかわかってからロトムはポケットに戻り、リーリエは改めてあたしの左手を取り、それからぎゅっと抱きついた。何がとは言わないが当たっている。柔らかくて気持ちがいい。マオとスイレンの目があたしに、いや、リーリエに向かう。マオは勿論だが、スイレンも少なくとも悪印象という雰囲気ではなく、暖かい目――でもないな。これは悪意は無いけど呆れはある、生暖かい目だ。まあ悪意が無いだけよしとしよう。後で何かからかわれそうな気はするが。
二人の手元にはかごと山盛りになった果実やら野草やら、あまり見覚えのないものがぎっしりだ。
「新しいマツリカさんの試練だそうですね。面白い試みですが、予定が合わない時にどうするか決めておいた方が良さそうです」
「どうしても都合つかないキャプテンがいるときは、花びら全部の種類預かっておいて誰かが複数人分やるのが妥当かなー。今度のキャプテン会で話しよっか」
「いちいち集まってるの?携帯とかでやったらいいのに」
「電話だと面倒臭がって出ない人がいるので……」
「キャプテンだけなら全員大丈夫かな。多分」
多分なのか、と全員が小さく笑う。
「じゃ、始めようか。どっちから先にする?」
「折角なので、二対一ではどうですか?」
「お、ダブル?いいね!じゃ、あたしとスイレンが三匹ずつ、ユウケは六匹でどう?」
「ダブルか……よし。やろう」
ダブルバトルはあまり経験が無いのだが、キャプテンとのダブル戦をやってみたいという気持ちには逆らえない。リーリエが励ますようにあたしの手をぽんぽんと叩いて離れる。リーリエに小さく手を振ってから、あたし達は笑みを浮かべボールに手を掛けた。
あたしの初手はハガネールとミミッキュ、マオはオーロット、スイレンはランターンだ。マオとスイレンは顔を見合わせて、オーロットはミミッキュを、ランターンはハガネールを狙わせるつもりらしい。
「オーロット、シャドークロー!」
「ランターン、ねっとうです!」
「ハガネール、ステルスロック。ミミッキュはつるぎのまい」
ハガネールは一撃をがんじょうで堪えるが、一発でやけどをもらってしまった。きっちり尖った岩を撒いてから、あたしは崩れ落ちる前にボールに戻す。
ミミッキュはばけのかわを剥がされるが、本体は無傷のまま、古兵のように舞う。
「ハガネール、よくやったよ。行け、サニーゴ!」
いわ・みずタイプのサニーゴはくさタイプ使いのマオに対して相性は最悪だが、取っておいてもしょうがない。ぴゅい!と元気に飛び出すサニーゴ。
「ミミッキュ、オーロットにシャドークロー!サニーゴはふぶき!」
「っ!オーロット、サニーゴにウッドハンマー!」
「ランターン、ミミッキュにねっとう!」
ミミッキュの影から染み出るように黒い触手が伸び、オーロットを一撃でえぐり沈める。ランターンのねっとうをミミッキュは余裕をもって耐えるが、またもやけどを引いてしまう。サニーゴのふぶきは――突風に流されて外れた。マオの次のポケモンはマシェード。内心自分の運の悪さに辟易しながら、次の命令を下す。
「ミミッキュ、つるぎのまい。サニーゴももう一度ふぶき!」
マオとスイレンは顔を見合わせて小さく身振りでやりとりし、マオが頷く。
「ランターン、ほうでん!」
「マシェード、サニーゴにギガドレイン!」
まばゆい光がランターン以外の三匹を襲う。さっきの二人のやりとりはマシェードを巻き込む事への了承か。ミミッキュはほうでんも余裕を持って耐え、再び勇壮な踊り。サニーゴも問題なく耐える――が、一発でまひしてしまう。ねっとうといいほうでんといい、統計上三割の確率の追加効果は、あたしに関してはどう考えても三割では無い気がしてならない。
「サニーゴ、頼む!」
あたしの声に応えて、サニーゴはしびれた体を動かし、ふぶきを放つ。今度もランターンには当たらなかったが、マシェードには命中し、一撃でマシェードが沈んだ。マシェードは堅いポケモンなので、恐らくきゅうしょに当たったのだろう。あたしは小さく拳を握り、マオは驚愕する。
「嘘っ?!」
後一匹落とせば、二対一で戦うことが出来る。マオの最後のポケモンはアマージョだ。アローラでしか見かけないポケモンなのであまり詳しくはないが、そこまで足が速いポケモンではなかったはず。
「ミミッキュ、アマージョにじゃれつく!サニーゴはもう一度ふぶき!」
「アマージョ、ミミッキュにパワーウィップ!」
「ランターン、ほうでん!」
女王様然としたアマージョが蔓を鞭のように構える。Call me queenという感じだな。だが、ミミッキュが一番速く動き、アマージョにじゃれつく――実態としては殴りかかるというところだが――を当て、アマージョは一撃で沈む。
「あーっ!」
サニーゴは――動けない。駄目か。ランターンの放つまばゆい光の後、サニーゴもミミッキュも崩れ落ちる。
「二匹とも、よくやった。ウツボット、ガオガエン、頼む!」
ウツボットは甲高い雄叫びを、ガオガエンは低く唸りながら飛び出す。
「二対一ですが、最後まで諦めません」
「はー……スイレン、マオの分までがんばって!」
「悪いけどあたしも負けるつもりはないよ」
あたしはすう、と息を吸って、覚悟を決める。
「新戦術、試させてもらうとしよう。ガオガエンはDDラリアット」
「ランターン、ガオガエンにハイドロポンプ!」
あたしはZリングに手を触れてから、手を交差させ、両手を戻して高く掲げる。恥ずかしい。
「ホノオZ?一体……」
「ウツボット、にほんばれ!」
「「あっ!」」
Zにほんばれ。ウツボットのすばやさが一段階上がり、さらに特性ようりょくそで倍速く動くことができる。しかもみずタイプの技効果は半減なので、ガオガエンはハイドロポンプを余裕で受けきり、突進しラリアットを決める。ランターンは耐えたが、次のウツボットのギガドレインで沈む。パルシェン、オニシズクモもウツボットとガオガエンの同時攻撃には耐えられなかった。
「ユウケさん、すごいです!」
「Z技、攻撃以外も出来るロねー」
「ウツボット、ガオガエン、よくやった。ありがとう、リーリエ」
「変化技をZ技として使うとは……参りました」
「それでマオの方を集中的に狙ってたんだね。いや、参った参った。幼馴染みのコンビネーションで勝てると思ったんだけどなー」
バトル前同様ぎゅっと左腕に抱きつくリーリエの手をぎゅっと握り返しながら、あたしはマオ、次いでスイレンと握手する。この手を使っていなければもっと苦戦しただろうし、隠し球としては悪くなさそうだ。Z技ポーズの恥ずかしさと毎回戦わないといけないのは難ではあるが。
あたしとあたしに抱きついているリーリエ、にこにこしながらそれを眺めているマオを見渡してから、スイレンはわざとらしいほど大きい溜息をついて口を開く。
「では、わたしはこれで」
「ご飯一緒に食べてけばよかったのに」
「そうも行きません。今日は試練挑戦者がいるそうですから」
「あー、じゃあ、試練達成したトレーナーには『草の試練キャプテンは二時間は戻ってこない』って言っといて」
「はいはい。ごゆっくり。それと、リーリエさん」
「はい?」
「そんな餌に食いつく直前のキバニアみたいな顔をしないでください。わたしが興味があるのはユウケの持っている珍しいポケモンだけですから」
「……努力はします」
ん、と思ってリーリエを見るが、そんな表情はしていない。何ですかと問い返すようにこちらを見るのが可愛らしい。
「ほら、マオも催促しないと、この二人永遠にこのままですよ」
「あはは。じゃ、行こうか」
あたし達は頷く。
「コニコシティだね。じゃあ、スイレン、またね」
「それでは」
あたし達は揃ってジャングルを出てからリザードンを呼び出す。ここの気候ならまず問題ないだろうが、万が一火事にでもなったら困るからだ。マオのライドギアウェアは初めて見たな、と眺めていたらリーリエに手の甲を小さくつねられてしまった。
コニコシティ、コニコ食堂前。相変わらずいい匂いが漂ってくる。
「リーリエ、悪いけど先に入って待っててくれない?ちょっと買い物」
「一緒に行ってはだめなのですか?」
「うん、ごめん。すぐ済むから」
「マオもちょっとだけ野暮用があって、十五分くらいで済むから。ごめん」
ちょっとだけむくれるリーリエ。頬を小さく膨らませる姿が可愛い。
「わかりました。二人とも、すぐ戻ってきてくださいね」
店に入り、衝立で仕切られたスペースに通されるリーリエを横目で見ながら、あたしはマオに小さく詫びる。
「ごめんね、付き合わせて」
「いいよいいよ、お互い様だし。で、ジュエリーショップだっけ?」
「そう。買う物はもうサイトで目星つけてるんだけど、実物を見て意見を聞きたいなって」
「あたしのセンスでいいなら喜んで」
「助かるよ。こういうの初めてだし」
見立てが変でなければ買うだけなのだが、自分のセンスはあまり信用できない。マオなら多分大丈夫だろうという読みで頼むことにしたのだ。
島クイーン、ライチさんの経営するジュエリーショップはコニコ食堂の隣だ。買い物目的では初めて入る。店員さんや他のお客さん、品物、ひいては店そのものの華やいだ雰囲気はあたしとは無縁のもので、呻き声を上げて一歩退きそうになるのをぐっと堪え、一番近い店員さんに歩み寄る。スマフォに保存しておいた画面を表示し、目当ての物がどこにあるかを尋ねる。
「で、何にするの?」
「『リーフのいし』のイヤリングにしようと思ってる。一番小さいのが綺麗だなって」
「ピアスじゃなくてイヤリング?」
「磁気式の奴なら今のは落ちにくいらしいし、宗教上の理由だとか金属アレルギーで穴空けられないとかだと困るしね」
「なるほどねー。あ、これ?」
「それだね」
あたしはマオが見つけてくれた品物をリーフのいしは進化に使う緑色に輝くあの石を切断して使っているもので、石の真ん中の葉っぱのようなものが入っていないものだ。もっとも、入っている部分でも小指の先ほどしかないこのサイズでは進化させるのは無理だろう。イヤリング自体はとてもシンプルで、黄金色の細いリングと石を吊すほっそりした鎖、その下に輝く緑の石が綺麗だ。
「へー、いいんじゃない?飾り気がないのがいかにもユウケが好きそう。可愛いと思うよ。お値段も手頃だし」
「まあ値段は別にいいんだけどね」
「ダメだよー、リーリエにプレゼントするんでしょ?いきなりあんまり高い物贈ると引かれるかもしれないしさ」
「う、それは困る……」
「ま、とにかくこれでいいと思うよ。指輪とかなら止めようかと思ったけど」
「ありがとう。そう言ってくれると安心する」
「どういたしまして。じゃ、あたしは五分くらいしてから戻るから」
綺麗にラッピングしてもらった紙袋を潰さないように鞄にしまい込み、カウンター下に並んでいるポケモンの化石をついでに全部買ってから、あたしが先に再びコニコ食堂へ。ここはいつ来てもがやがやとした喧噪と実直な雰囲気にほっとする。マオの名を告げて衝立の奥、擬似的な個室へ。リーリエはお茶を飲みながらスマフォを見ていた。お待たせ、と声を掛けると顔を上げてぱっと微笑む。中華料理店で天使が見られるとは。
「いえ、今来たところですから!」
「いや、まあそうなんだけど」
二人で小さく笑う。店員さんにプーアル茶を頼み、腰掛ける。すぐにやってきた店員さんの注いでくれたお茶から馥郁とした香りが漂う。店員さんに注文はマオが戻ってからと告げ、部屋が二人きりになってから鞄を開き、先ほどの包みを取り出す。今気づいたが、ラッピングされている紙袋に果実のライチが印刷されている。
「リーリエ、これ、プレゼント」
「えっ、何ですか。開けてみていいですか?」
目を見開いて受け取る彼女に頷く。とても嬉しそうで、渡したこちらとしても嬉しい。彼女は一瞬椅子から小さく跳ねそうになった体を落ち着け、包装を綺麗に開く。器用なほっそりした白い指先に見惚れてしまう。あたしならこうはいかないな。
「わあ……!綺麗!ありがとうございます!大事にしますね!さっそく、一つつけます!」
破顔した彼女につられて微笑みつつ、ん、一つ、と首を傾げる間もなく、彼女は説明書を見ながら迷わず左耳にだけイヤリングをつける。どこかの地方由来の風習で、女性の左耳だけの耳飾りは同性愛者。ああ、それで片方か。あたしの得心した表情を見て、先ほどまでとは少し違う、秘密を共有するいたずらっ子のような微笑みを浮かべる彼女。
「ごめんごめん、ってあれっ、ユウケ、今渡したの?!」
「えっ、駄目だった?」
「もうちょっとこう、雰囲気とかないの?」
「あっ、それでお二人で……」
「あっ、いや、まあそうなんだけど。でもほら、選んだのはユウケなんだよ。マオは大丈夫って背中押しただけ」
わたわたするあたし達にくすくす笑うリーリエ、気恥ずかしさでぽりぽりと軽く後頭部を掻くあたし、しょうがないなあと笑うマオ。当初の目論見は崩れてしまったが、こういうのも悪くはないと思った。
キヅキアヤサトさんにユウケを描いて頂きました。美人です。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/member.php?id=2760072
https://twitter.com/sato_Ayasato
クリムゾン(キャット)さんにユウケとニャビーを描いて頂きました。ユウケの顔も綻ぶニャビーの可愛さ。どちらも可愛いです。
【挿絵表示】
https://fantia.jp/fanclubs/3492
https://www.pixiv.net/member.php?id=580581
https://twitter.com/yaogami_cat
ホウ酸さんにユウケとリーリエを描いて頂きました。二人とも読書好きですしポケモンも好きなのでとても話が進みそうです。
【挿絵表示】
https://twitter.com/housandang
Helloween - "I Want Out"
https://www.youtube.com/watch?v=FjV8SHjHvHk
United Pumpkinツアー素晴らしかったですね。
『輝く葉』はZにほんばれ+ようりょくそで爆速で殴りかかれるウツボットと、リーフのいし(真ん中に葉っぱ?が入っている)の事を表現しようと思いました。
Zにほんばれ+ようりょくそは私のオリジナルではありません。発案された方に感謝を。