負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、恋の話をする

 コニコシティはコニコ食堂、中華料理の食欲を刺激する香りが充満する店内で、あたし達は料理に舌鼓を打ち、穏やかな歓談に興じていた。あたしとリーリエが隣り合って座り、マオがさほど大きくはないテーブルを挟んだ向かいだ。あたしは麻婆豆腐と油淋鶏、リーリエは蝦仁鍋巴(エビあんかけ)と半チャーハン、マオはアローラ特産品を使っている何だか形容しがたい色のラーメンを食べている。本人考案らしく小皿で勧められたのをもらったが、味はあまりあたしの口には合わなかった。リーリエも妙な顔をしていたので、まだあたし達が現地の料理に慣れていないということだろうか。

「……それで、ククイ博士ったら何て言ったと思います?『この技はまだ僕にもきついな。鼓膜もウェイトトレーニングしておくべきだった』って」

「板垣漫画のキャラじゃあるまいし」

「あの人らしいけどねー」

 くすくすと笑みを交わしながら料理の最後の一口を食べ、時計を見てはっと気付く。この時間は惜しいが、雑談にだけ興じていては肝心の話が出来ない。あたし達だけでなく、マオもこの後トレーナーの試練をやるらしいし、これはまずい。あたしは話の合間を見てマオに問いかける。

「マオ、相談があるんじゃなかった?」

 それまでの快活な表情を一転させ、顔を朱に染めもじもじとし始めるマオ。

「その前に改めて、一応確認なんだけどさ。ユウケとリーリエは……その、付き合ってる?」

 何を今更という顔でリーリエが頷く。

「そうです。恋人としてお付き合いしています」

 この間ちゃんとリーリエの了解を得て伝えた話なのに、今更何をというのが表情に出ていたらしい。マオは言葉を継ぐ。

「いや、その……マオの好きなのも女の人なんだよね」

 リーリエが目を輝かせて身を乗り出す。あたしはリーリエの前のお皿が邪魔にならないようにテーブルの隅にどける。

「つまり、恋の相談ですか?」

「そ、そうなる……かな?」

「何で疑問形なの?」

 あたしは小さく溜息をつく。これはマオに対してではなくて、自分に対してだが。よくよく考えるまでもなく、これはあたしが初めて聞く恋愛相談だ。

「ま、あたし自身別に偉そうな事言える立場でもないし、そういう経験も無いから」

 だからマオに了解を取ったうえでリーリエを呼んだのだと、リーリエを見て言おうとした時に、リーリエにがしっと両手を握られる。

「わたしが初めてですか?!」

「そ、そうだけど、ちょ、声が大きいって」

「あ、ごめんなさい」

 お互いの目をじっと見ながら手をぎゅっぎゅっと握る。白パンと蜂蜜しか食べていないのではと思える手の柔らかさが心地よい。

「あー、お二人さん?席外したほうがいい?」

 マオの咳払いではっと現実に引き戻される。リーリエの魔性の魅力に完全にやられているのを自覚する。

「ごめんごめん」

「ごめんなさい」

「それでも手は離さないんだ。まあいいや。それで、あたしは」

 マオはお茶を一気に飲み干してから言葉を継ぐ。

「マオは……あたしは、ライチさんが好き。二人の知恵と力を借りたいんだ。この通り!」

 パンっと小さく掌を合わせて拝むマオに、リーリエはわたわたし、あたしは後頭部を小さく掻く。

「ライチさん、穏やかなのに芯が強くて、素敵な方ですものね。わかります」

 リーリエはそのままあたしの耳元に口を寄せ囁く。

「もちろん、ユウケさんが一番ですけど」

 だらしなく顔が緩むのを自覚しながらも、それでもあたしなんかのどこがいいのだろうという思いが小さく胸を刺す。

「それで、マオさん。ライチさんとはどこまで進展しているのですか?」

 えー、と頭を抱えるマオ。

「この間、ユウケと話した時に、お弁当持ってったでしょ。あれ、ライチさんにも作ろうと思って」

「胃袋を掴むのは、大切だと本で読みました」

「昼と、後、夜はライチさん毎日来てるの?」

「島クイーンの仕事とか店の仕入れがない日は毎日」

 悪くないのでは。しかし、毎日ゆっくり関係を進めていくやり方で間に合うのだろうか。あたしは自分の一番得意な――というより、それくらいしかない――ポケモンバトルに仮に当てはめて考えてみる。現状は少しずつスリップダメージを与えているようなものだ。

「ライチさん、『彼氏が欲しい』って言ってましたよね」

「うう、そうなんだよね……」

 少しずつダメージを蓄積しているだけでは落とせないし、意識すらされないままそちらの目標が達成されてしまっては、本人はいいかも知れないが、マオは困る。となると。

「おびき寄せて一気に仕留める」

「「えっ」」

 口に出してしまい、二人に不審な目で見られてあたしは俯く。

「いや、一気に勝負を決めないと、そっちの目標が達成されたら困るなって」

「なるほど……それで、呼び出して一気に告白する、と?」

「む、無理無理無理!無理だって!」

 顔を真っ赤にして両手を突き出すマオを前に、あたしとリーリエは顔を見合わせる。

「マオ、ライチさんのポケモンバトルはどんな感じ?」

 急な話の転換に、マオだけでなくリーリエもきょとんとした顔になる。

「どうって……。うーん、いわタイプの特性を生かしながら、果敢に攻めていく感じかな。搦め手とかはできるんだろうけど、あんまり使わない方だと思う」

「攻撃は正面から受けて、しっかり殴り合う感じだよね。あー、何が言いたいかと言うと。ライチさん自身もそういうやりとりが好きなんじゃないかなって」

「なるほど。つまりマオさんから飛びかかるしか」

 この場合はとびひざげりとかかな、という言葉を飲み込む。

「それも期限が切られてるって思った方がいいよ。ライチさんは優良物件なんだから」

 頬を膨らませて赤くなったり青くなったりするマオ。

「改めてどこかに呼び出すのが難しいなら、あたしから声をかけてもいいし」

「もちろん、今日明日どうこうという話ではないですけど」

 それぞれ違う方向の助け船を出すあたし達。うんうんと唸るマオ。

「あの、ユウケさん、ナッシーアイランドでのいきさつをお話ししてもいいですか」

 少し恥ずかしいが、何かの助けになるならと頷く。

「あの、マオさん。ユウケさんにはわたしから気持ちを伝えたんです」

「え、ええっ?!リーリエが……?意外」

「ライチさんが鈍い方かどうかはわかりませんが、ユウケさんはちゃんと伝えないと駄目だと思ったのです」

「面目次第もない……」

「誰かに取られるのは、それこそユウケさんの言い方ではないですけど、ポケモンも好きな人も同じです。それは、同性、異性であっても同じです」

「う、うん……」

「考えてください。勇気を出せるようになったら、わたし達も応援しますし、手伝えることは手伝いますから」

 うんうんと頷くあたし。

「相手がパートナーが同性でもいいかを探らないといけないかな。弁当と晩ご飯はこのまま続けていくにしても、どこかで聞いておきたいね」

「それも、それとなく聞いてみますか」

「そうだね。あたし達二人でここに晩ご飯食べに来ればいいわけだし」

「ありがとう、二人とも。ちゃんと考えるよ」

「はい。『アローラでは困った時はお互い様』と、ハプウさんも言っていました」

「あたしみたいな優柔不断な奴の言えた義理じゃないけど、後悔しないよう考えて」

 満面の笑顔で頷くマオに釣られて微笑むあたし達。あたしは我ながら大して役に立たなかったが、何かのヒントにはなったと思いたい。

 

 マオに見送られ、あたし達はコニコ食堂を出た。

「あっ、そうそう。さっきマオのとスイレンの花びら、渡してなかった」

「……すっかり忘れてたよ」

 てへ、と舌を出すマオに苦笑いしながら、緑の花びらと青の花びらを受け取る。

 あたしが花びらを受け取ったのを見て、リーリエも鞄から紙袋を取り出してマオに渡した。

「これは?」

「ファッション雑誌と、女性同士の方の恋愛特集が載っている雑誌です。わたしにはもう必要ないですから」

「ありがとう……!」

「あたしは今日何も持ってきてないから、吉報を送れるようにするよ」

 マオは首を横にぶんぶん振ってあたしの手を握り、次いでリーリエの手を握った。

「二人が相談に乗ってくれただけでも嬉しいから。マオ、不安だったし」

「大丈夫です。わたし達二人とも、応援してますから!」

 ちょっと涙ぐむマオにあたし達は手を振って、リザードンに乗る。マオが大きくあたし達のリザードンに手を振っているのが、コニコシティが小さくなるまで見えていた。

 

 ヴェラ火山公園は、今日も観光客で溢れていた。また見世物になるのかと内心うんざりする。もっとも、観光地としてきっちり整備されているからこそ山道もきっちり整備されていて楽に歩けるのも事実だ。約束の時間までまだもう少し時間があるのであたし達はのんびりと登るつもりだったが、観光案内のお姉さんに「カキの踊りを見るんでしょう?急いで急いで!」と急かされ、あたし達は手をつないだままやや急ぎ足で山頂に向かった。あの踊りを見られるなら確かに少々急ぐ価値はある。

「わぁ、すごい人です。カキさんの踊りは初めて見るのですが、すごく人気ですね」

「前、試練の時に見たけど凄かったロー」

 リーリエと、ひょいと飛び出てきたロトムの言葉に頷く。

「確かに、見る価値は充分にあるよ」

「楽しみです」

 にこにこと微笑む彼女が愛くるしい。カキさんの踊りは見応え充分だ。だが、あたし達はさほど背が高くないので、人垣からの隙間から見るのが精一杯だ。

「ロトム、どっか隙間空いてない?」

 あたしの言葉に応えて少し飛び上がったロトムは全身を横に振る。

「しょうがないな。リーリエ、肩車でもしようか?」

「ふえっ?!」

 リーリエの顔がみるみる真っ赤になる。

「い、いえ、そこまでは。でもしてほしいですけど、でもでも体重が」

「おい、ユウケ!こっちだ!」

 人垣の中心から声が掛けられる。カキさんの声だ。

「すみませんが、その子を通してあげてくれませんか」

「連れがいるんですが、一緒に行ってもいいですか?」

「ああ、構わない」

 カキさんの言葉に従って道を開けてくれた観光客達の間をリーリエの手を引きながら通る。前で見られるのはありがたいが、注目が集まって気恥ずかしい。

「紹介しましょう。カントー出身、複数の地方リーグ制覇経験者のつわものユウケと、ポケモンの技研究学の第一人者、ククイ博士の助手、リーリエです!」

 あんまりわかってないながらも好意的な拍手が人垣から起き、手を振ってくれる人もいる。恥ずかしい。やっぱりカキさんもあたしの来歴を知っていたのかと少し頭が痛くなる。リーリエは困ったような顔を浮かべながらも律儀に周りに片手を振っている。紹介されてないのにロトムが一番嬉しそうに飛び回る。あたしは笑顔で大きく手を振るカキさんの耳元で囁く。

「ちょっと、どうするんですかこれ」

「前と同じように踊りが終わったら俺とバトルでいいだろう。ガラガラ達の横にシートを敷いてあるから、そこで見ていてくれ。特等席だぞ。リーリエもバトルが終わるまで座っていてくれて構わない」

「わぁ、カキさん、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 出演者のガラガラの隣という楽屋のような場所で注目を集めるのは嫌だが、だからといって好意を蹴るほどあたしはこの人が嫌いなわけでもないし、リーリエにも気を使ってくれたありがたい申し出に頭を下げ二人でそこに座る。ロトムはポケットに戻らない。ポケットからもレンズが出るから見るのには困らないが、外で見たいという気持ちなのだろうか。それなら膝か肩の上で見ればいいのにと思いながら、背中の方に行くロトムをちらっと見る。

「ユウケ、リーリエ、こっち向いてロ!」

「「??」」

 怪訝に思いながら振り返るあたし達に、ぱしゃという間抜けな音が届く。

「ママさんがカキさんとの写真を撮ってほしいって言ってたロ~」

 なるほど、母さんの差し金か。あたしは苦笑いして頷き、他の人の邪魔にならないよう膝元にロトムを呼び寄せる。今度は素直にロトムも膝元に収まった。

「あっ、わたしも母様や兄様に写真を送ります」

 リーリエはあたしと山の麓から今までずっと繋いでいた手を離してスマフォを取り出してカキさんを何枚か撮ってから、隣で大人しく座っているガラガラ三匹にスマフォを向ける。ガラガラ達は見事に決まっているキメポーズと笑顔で応える。彼らあるいは彼女らが恐るべき戦士でもあることを知っているとこのサービス精神はなおさら面白い。くすりと笑うあたしに小さく手にした骨を振って、カキさんの方へ向かう彼ら。始まるらしい。

 

 ポールの端に点された炎を曳きながら、三匹のガラガラと舞うカキさんの姿は勇壮の一言だった。二度目のあたしでも圧倒される。リーリエは写真を撮るのも忘れて食い入るように見入っていた。カキさんと三匹のガラガラがぴたりと動きを止める。武術でいう残心のようだ。人垣の拍手でようやく踊りが終わったことに気付いたあたし達も拍手する。

 散らばりかける観光客達をカキさんがよく通る声で引き留める。

「さて、皆さん。今日はポニ島の西の端、ポニ島の試練のため、最初に紹介したトレーナーのユウケがやってきました。彼女はトレーナーとしての格で言えば、俺、カキより遙かに上です。トレーナーとしての本気のカキと彼女の一戦、ぜひご覧になっていってください!」

 観客があるのも何だか久し振りな気がする。右手の甲を撫でてくれるリーリエに小さく微笑み、あたしは立ち上がり前に進み出る。歓声と拍手、「キャプテンのカキにそれほど言われるトレーナーとは一体どんなものだろう」という視線が集中するのを感じる。緊張から体が強張るが、バトルが始まれば意識を切り替えることができる。大丈夫、お客さんが近いから気になるだけだ。アリーナやドームよりはずっと少ない。カキさんはにこりと微笑み、モンスターボールが三つ留められている腰のボールホルダに手を掛け、すっと真顔になる。あたしもボールに手を掛けて、双方同時に投げた。

 

 あたしの先手はハガネール、カキさんの先発はウインディだ。地鳴りを立てて着地した直後、ウインディの特性でいかくされて萎縮するハガネール。うなり声も気持ち小さい。だが、あたしは炎タイプ相手にハガネールで善戦できるとは思っていないので構わない。仕事はいつも通りだ。

「ハガネール、ステルスロック!」

「ウインディ、フレアドライブ!」

 ウインディが炎を纏い、全力で体当たりする。熱があたしまで伝わってくる。鋼タイプを持つハガネールは痛打を受けるが、特性のがんじょうで辛うじて耐え、苦しげに巨体を振り回して岩の破片をばらまく。もう先制技を持たないハガネールのできる仕事はない。普通に考えればカキさんの次の手はしんそくだが、あるいは交代読みでおにびを打ってくれないかと期待しながら命令を出す。

「ハガネール、じならし!」

「ウインディ、しんそく!」

 そう甘くはなかった。ウインディの姿が一瞬でかき消え、ハガネールの首元、そして顎に強烈な一撃が打ち込まれ、ハガネールが轟音を立てて倒れる。周囲の感嘆の声とは裏腹に、カキさんもあたしも表情は動かない。まだ始まったばかりだからだ。ハガネールをボールに戻し、あたしは次のポケモンを出す。

「よくやった、ハガネール。行け、サニーゴ!ねっとう!」

「ピュウー!」

「ウインディ、しんそく!」

 岩・水タイプ相手にしんそくか。インファイトは持っていないらしい。サニーゴは不一致の半減攻撃を余裕で耐え、ねっとうを吹き付ける。しんそくを二回受け、サニーゴはきっちり耐えきってねっとうを当て、ウインディがどうと倒れる。今度はサニーゴに向けて歓声が上がる。ウインディを労ったカキさんが繰り出すのはファイアローだ。先ほどハガネールがばらまいた岩がファイアローに深々と突き刺さり、ファイアローは苦悶の鳴き声を上げる。ステルスロックのダメージは体力の半分をおおよそ持って行く計算だ。特性がはやてのつばさであってもダメージが入れば無効になる。もっとも、サニーゴの足の遅さではどっちにせよ先手は取れないが。

「ファイアロー、ブレイブバード!」

「サニーゴ、パワージェム!」

 サニーゴは悠然と耐え、一撃を入れてから素早く飛び去るファイアローの軌道を見越して光線を撃ち、ファイアローを撃墜した。ファイアローが地に落ちる前にカキさんはボールに戻す。テンポの速い攻防に観客はしんと静まりかえる。カキさんの最後の一匹は、あのガラガラ達の中の一体。トレーナー二人の間に歩み寄る中で、岩の破片がガラガラの体を傷つける。

「サニーゴ、ねっとう!」

「ガラガラ、シャドーボーン!」

 さすがにサニーゴも耐えきれず、小さく呻いて倒れる。おお、と小さなどよめきがようやく観客に起こる。頑張ったサニーゴを労ってボールに戻す。あたしの手持ちは後四匹いるが、ポケモンが同数ルールであれば次の一匹が最後だ。勝算は十二分にある。

「ミミッキュ、行け!」

「ガラガラ、おにびだ!」

 手間は取らせん、と口の中で小さく呟いてから、あたしはZリングを撫で、上体をがくりと落とす。お化けが驚かすようにと意識しながら手を伸ばし、揺らすように体を起こす。あたしのZリングから何かの力がミミッキュに持たせたゴーストZを通じ、ミミッキュに注がれる感覚。

「無限暗夜の誘い」

 命令する必要は無いが、あたしは呟くように口に出す。ガラガラが怪しげな炎を出すが、放つより速くミミッキュの足下から影が染み出るように広がり、ガラガラを巻き込む。影から無数の手のようなものが湧き出て来てガラガラをがしがしと掴む。腕が更に増え膨張し、小山のようになって暗い藍色の光を撒き散らして消えた。ガラガラは骨にすがりついて立っているが、どう見ても戦闘不能だ。あたしはミミッキュに待てをし、カキさんの目を見る。カキさんは小さく頷く。

「参りました」

 人垣の小さなどよめきが段々大きくなる。歓声と拍手があたしと、そしてカキさんにおくられる。肩に飛び乗ったミミッキュの顔をくすぐっているとカキさんが歩み寄って来る。握手かなと差し出した手首を取られ、意趣返しをするような人ではないと理性では判りながらも一瞬体が硬くなる。カキさんはあたしの手を格闘家か何かのように掲げさせた。拍手と歓声、口笛が大波のように押し寄せてきて、あたしは顔が真っ赤になった。ちらりとさっきまで座っていたところを見ると、リーリエが目を輝かせながら写真を撮っている。あたしは小さくもう片方の手を振った。

 

 カキさんから赤い花びらを受け取って、お互いのポケモンを治療しようと思った矢先に、握手や記念撮影を求める人にもみくちゃにされて疲れてしまった。またもポケットにはお菓子が山のように詰め込まれているし、帽子におひねりが入っていて苦笑いする。肩に乗っているミミッキュもなで回されて気持ち疲労しているようだ。人垣が散らばり、ようやく一息ついてからあたしはそのおひねりをカキさんに差し出した。カキさんは小さく笑って断ろうとするが、あたしは無理矢理押しつける。

「ここはカキさんの勝ち取った場所でしょう。なら、これはカキさんのものです」

「ユウケも頑固だな。それと、敬語もさん付けも止めてくれ」

「わかり、わかった。でも、これはカキのだからね」

「わかった。そこまで言うなら半分もらおう。踊りのおひねりはもうもらっているからな。二人でバトルしたんだから、半分が妥当だろう」

 そこまで言われるとこれ以上は突っ張れない。カキさん――いや、カキが適当に半分ほど取るのを確認してから、あたしは残りを財布に突っ込んだ。人垣が捌けるまで遠慮していたらしいリーリエが駆け寄ってくる。

「ユウケさん、カキさんも凄かったです!」

「ありがとう。だが、本気でやって負けたのは久々だから悔しいな」

「いや、やっぱ炎タイプはおっかないよ」

 歓談するあたし達に誰かが猛烈な勢いで駆け寄ってきて、あたしは反射的にリーリエの前に出る。見知った山男だった。試練の時に戦った山男だ。

「素晴らしいバトルだった!ぜひ、俺ともバトルしてくれ!行くぞ!」

 あたしの答えを聞かずにボールを投げる山男。あたしは小さく溜息をついて、戦いたがって小さく鳴き声を上げているミミッキュに先発として行かせることにした。

 

 カキさん程ではないが、強いトレーナーだった。結局ミミッキュで三匹を仕留めたが、油断していたらタイプ的に残った面子では厳しくなった可能性もあった。

「ダイチさん、相変わらずですね」

「ありがとう、マイブラザー。やっぱり熱い戦いを見ると駄目だな。すぐに戦いたくなるし、いい勝負が出来た後はこうやって踊りたくなる」

 バトルの腕も悪くなかったが、踊りも確かに見事なものだ。カキに負けないほどの腕前かもしれない。

「踊りの腕も相変わらずです。どうですか、改めて……俺の次のキャプテンになってくれませんか」

「いや、駄目駄目。すぐ踊りたがる俺は向いてない。向いててなりたい奴がなるべきだ」

「そうですか。残念です」

 リーリエは二人に不思議がる目線を向けている。あたしもそうだ。その視線に気付いたカキは笑って口を開く。ダイチさんはまだ踊っている。

「俺の踊りとポケモンバトルの修行法を一緒に考えてくれた師匠のような人だ」

「なるほど、道理で」

 踊りもバトルの腕も大したものだし、見てのとおり負けても引きずらない性格というのはキャプテンやジムリーダーには大事な資質だ。あたしみたいに負けたら荒れるタイプは、力を見極めて関門として負けることも多々あるああいう役職には絶対向いていない。

「いや、とにかく素晴らしいバトルだったよ。ああそうだ、ユウケと言ったね。ヒコウZのクリスタルは持ってるか?」

「ヒコウZですか。いえ、持ってませんね」

「この間、メレメレ島のテンカラットヒルに行った時にクリスタルの台座を見つけたから行ってみるといい」

「テンカラットヒル?」

「研究所のすぐ西です」

「ありがとう、リーリエ。ダイチさん、ありがとうございます」

「何、気にするなって。同じカントー出身者のよしみだ。また会ったらよろしく」

 あたし達はダイチさん、そしてカキとまた握手をしてから、再びリザードンに乗り、アーカラ島を後にした。

 

 きらきらと陽光を反射し輝く穏やかな海を眼下に空の小さな旅は快調に進み、あっという間にウラウラ島の上空に辿り着き、目指す天文台が眼前に迫ってくる。ホクラニ岳の天文台の玄関前の空き地に着陸すると、まだ日が残っているお陰か暖かかった。リザードンに礼を言って軽く背中を撫でてから降り、リーリエの手を取って降りるのを手伝う。

「ありがとうございます。前はバスで来ましたから、空から見下ろすホクラニ岳は新鮮です」

「考えたことなかったな。リザードンで空を飛ぶのはあたしも新鮮だけど」

「リザードンさんでは、『そらをとぶ』は使わないのですか?」

「あたしはポケモンに技を四つしか覚えさせない主義だから、技の選択肢がもったいなくてね。それに、そらをとぶって飛んでからポケモン交代させられるくらい時間が空く技だから、あんまり実用性が無いっていうか」

 なるほどと頷くリーリエ。傾いてきた日の光が彼女を黄金色に彩る。美しさに溜息が出そうだ。彼女と時間が良ければ、夕焼けを見てから星を眺めるのも悪くないかもしれない。そう思いながら天文台に入ったところで、マーレインさんと出会った。

「アローラ!」

「アローラ、です」

「どうも」

 アローラの手の動きをする二人と、頭を軽く下げるあたし。この挨拶もいい加減慣れて使っていかないといけないと思うのだが、こう不意を打たれると駄目だ。

「やあ、ユウケくんにリーリエくん。マツリカの試練だね。マーマネは奥にいるから、頑張って」

「ありがとうございます。マーレインさんはお出かけですか?」

「ああ。我が親友、ククイ博士から呼び出しがあってね」

「博士の?何でしょう……」

「さあ、彼の考える事は突飛だからな。案外、ただの宴会か何かかもしれないが。そういうわけで、ここをしばらく留守にするんだ。おっと、時間がそろそろ危ないな。失礼」

 あたし達は小さく頭を下げ、慌ただしげに出て行くマーレインさんを見送った。




あわせて設定資料集を更新、誤字修正及び人物欄にマオ、スイレンを追加しました。

また、頂いた挿絵も全て設定資料集の後書きに追加しています。

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