負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、最初の試練に挑む

 人、人、人。行き交う観光客らしき人種も性別も年齢も様々な人々。団体客、個人客、バックパッカー、地元民。水着姿の老若男女。店の呼び声と、波の打ち寄せる音、歓声。ハウオリシティは、あたしの中の俗っぽいアローラ地方のイメージそのものだった。「マサラは真っ白、限界集落の白」と揶揄された地域の出身者には眩しい。人酔いするほどではないが、ふらふらといいにおいに引き寄せられてはぐれそうだ。

「ユウケー!こっちこっちー!」

 公設観光案内所、と大書された建物の前で、ハウ君とリーリエが呼んでいる。危うくモモンの実のシャーベットなんて買ってしまうところだった。

「観光じゃあないけど……ああ」

 入り口にでかでかと『ロトム図鑑の新パーツ、無料で差し上げます!』と書いてある。タダほど高いものはないというが、公営施設なら大丈夫だろう。多分。トレーナーの報酬を把握して課税してくるマルウェアなんかが入ってなければだが。

「いや、ちゃんと税申告はしてるからいいんだけど」

「税、ですか?」

「いや、独り言。ごめんごめん」

 温順なホウエンよりもさらに暑いからか、穏やかな雰囲気にあてられてしまっているのか、どうも口が軽くなってしまっていけない。

 観光案内所の中は冷房が効いて快適だった。よくある顔はめパネルもある。新パーツをロトム図鑑に付けてもらっている間に、隣の抽選所でがらがらを回した。当然、ハズレだ。三人とも外れたから、こんなものなのだろう。新しいパーツを受け取ると、係員さんが説明をしてくれた。要は、カメラらしい。見たことのないポケモンに遭遇した時には当然最初にポケモン図鑑を向けるから、スマフォのカメラよりポケモンが撮りやすいという話だ。無料なのも、元々は図鑑の費用に入っているかららしい。カメラパーツはスマフォやタブレットの売れ残りから転用されるから後付けになったのだとか。

「でもあたし、スマフォのカメラも使った記憶があんまないね……」

「ぽけったーとか、ががんぽんとか、いんすたやってないのー?」

「書くことないし」

「わたしも、そういうSNSですか。やったことないですね」

「せっかく旅するんだから、日記みたいにつけてみたらいいんじゃない?」

 一人で旅するトレーナーの日記なんて誰が読むんだ、と口にしかけたが、今回は一人ではないんだな。珍しく賑やかだと思った。

「っていうか、それだとボクのカメラの意味ないロト!」

 ロトム図鑑がぴょい、と飛び出し、ぱしゃっと気の抜けた音を発してからまたポケットに戻った。

「何でしょう、今の?」

「なんだろねー?」

 ああ、うん。使おうと思って覚えさせたけど、結局使わない技のような悲哀のかけらかもしれない。ずぼらせずに、気が向いたら写真撮ってやるか。

 

「あっ、俺ー、マラサダ食べたくなったー!ちょっと行ってくるねー!」

 言うなり駆け出すハウ君。自由だ。

「えっ、マラサダって食べ物だったの?」

「ドーナツみたいな食べ物ですね。甘くて美味しいですよ」

 また要らない恥をかくところだった。少なくとも試練で使う銛や槍でないことがわかっただけで、よしとしよう。甘いものは気になるが、先に試練の中身を知っておきたい。

「あっ、わたしもブティックに寄っていきますね。それと、この間お店でもらったこれ、差し上げます。わたし、同じもの持ってますから」

「これは一体……」

「コスメポーチと、レンズケースです。おそろいですね」

 笑顔にどきっとする。コスメポーチは昔買った適当な奴だが、今廃棄の運命が決まった。レンズケースもコンタクト派のあたしにはありがたいが、使うと惜しいな。どっちかは家宝にしておきたい。そんな悩みをつゆ知らず、彼女は「それじゃ、後でまた」と言い残してブティックに入っていってしまった。よく考えたら島巡りの試練なんて明日に回して、おきがリーリエショーを見ていくべきだったのでは?同性の強みを生かして試着室に入れるかもしれな――やめよう。通報されても文句が言えない。

 

 こんな大きな街で、島巡りの試練とやらを探すにはどうすればいいか。妥当なところで、ポケモンセンターか交番だろう。ポケモンセンターは回復待ちのトレーナーもいるだろうし、島巡り中の人間もいるかもしれない。ぶらぶら店を冷やかしながら、否、情報収集をしながら大通りを歩いて行くと、目当ての赤い看板の建物と、その横でポスターだか何だかを貼っている少年が見えた。公営施設のポケモンセンターにポスターなんて貼るんだな、と横を通り過ぎざまに見ると、金ぴかのド派手なシールだった。思わず、「えっ」と声を漏らす。後ろ姿を見ると若く見えるが、ひょっとして秘密結社きんのたまおじさんの一派か何かかと思ったのだ。あたしの疑念が多々混じった声に反応して、少年が振り返る。整った顔つきだが、既視感のあるスカした服装だ。

「おや、あなた、ひょっとして島巡りの人ですか?」

「はあ、まあ」

「トレーナーズスクールでの五連戦、見てましたよ。いい戦いっぷりでした!」

「はあ、それはどうも」

 アローラの人の距離感の詰め方がわからない。何だかあまりに会う人会う人がフレンドリーだから、一人暮らしが長かったあたしのコミュニケーション能力ががくっと下がっているのではと段々不安になってきた。

「失礼、初めまして、ですね。ぼくは、キャプテンを務めています。イリマといいます」

「どうも、初めまして。ユウケです」

 両手を大きく広げて円を描く彼に対し、ぺこりと頭を下げる。アローラ、の挨拶がまだ気恥ずかしくてできない。これもいずれ慣れるだろうか。何にせよ、キャプテンという役職の人間ということは、試練を管理しているはずだ。

「イリマさん、早速ですけど、試練を受けたいんですが」

「単刀直入ですね。そういう方、好きですよ」

「はあ。どうも」

 コミュニケーション能力を通り越して、自分の方が間抜けなのではという気がしてきた。

「試練を受けてもらうのは構いません。ですが、その前に」

「ヨーヨーヨー、イリマさんによそものさんヨー!」

「お話楽しそうですけど、ちょっといいスカ?よそものさん、僕達スカル団にポケモンくれませんか?」

「試練を受ける資格がユウケさんにあるか、確かめさせてください」

 ドクロのモチーフの帽子に覆面、黒いタンクトップのいかにもメキシコからやってきたチンピラ、みたいな二人組を完全に無視して続けるイリマさん。あたしも正直なところ、チンピラには関わり合いたくない。過去に何回この手の連中とやり合って面倒を引き起こしたか。一人一人が大したことなくても、組織力というものは恐ろしいものだ。短気は損気。イリマさんの陰に隠れてやり過ごそう。最悪、イリマさんが負けても、こいつらは消耗するわけだし。

「よそものさんは弱っちいからビビってんのかな?」

「ポケモンだけ置いてってくれたら大丈夫っスカら!」

 前言撤回。「トレーナーは舐められたら負け」という諺もある。

「ごめんなさい。ちょっとイリマさんとお話ししててよく聞こえなかったのですけど。二人がかりなのにキャプテンとやらにビビって、あたしにだけ的を絞って来たチンピラさん達が何ですって?」

「おっ、やる気出してきたか?」

「イリマなんて顔見飽きてるだけでスカら!ビビってませーん!」

 ガンを返す合間に、ちらりとイリマさんの方を見る。余裕の笑顔。ああ、これも完全スルーの構えだな。やり合おうがイリマさんの陰に隠れようがどっちでも構わないというわけか。

 歯をむき出して嗤い、くいくいと手招きする。

「二対一でよそものとやらに負けて恥かきたいなら、さっさとかかってきな!」

「なんだと!」

 こういう単純な奴らは、単純な誘導に弱い。二対一になっても、こっちも二匹出せば構わないし、サシでやるならそれはそれで上等だ。便宜上スカスカ言ってないほう、したっぱAだけがモンスターボールに手をかける。ボールホルダーにはボールが一つ。やれるな。あたしはボロ橋での一件以来、意識してさりげなく上着で隠したままのボールホルダーから、見えないようにポケモンを引き抜く。厳密に言えば『ボールホルダーは人に見せられる位置につけること』という法律に違反しているのだが。

 

 カッとなってニャビーだけでたこ殴りにしてしまった。どうしてこの手の連中は物理が弱いポケモンに物理攻撃をさせたがるんだろう。

「いやいや、お前強すぎじゃない?!」

「マジスカ?!相棒完敗っスカ!?」

「そこのスカスカ野郎もやるかい?」

 ニャビーはまだ元気一杯だし、他のポケモンも出せる。試練とやらの内容がわからない以上、ニャビーとトレーナーズスクールでイリマさんが見たであろうマダツボミ以外は出したくはないが。

 ぶんぶんと全力で首を横に振りながらフェードアウトしかけるしたっぱBの襟首を掴んで、耳元で囁く。

「イリマさんのポケモンは何のタイプか知ってるんだろ?言いな」

「こいつ目が据わってる!」

「ちょ、ぐえ、襟やめて」

「ノーマルタイプですよ。ぼくはノーマルタイプのキャプテンです」

 意外な助け船というか横槍にしたっぱBを解放する。どのみち腕力では勝ちようがないのだから、長いこと拘束しておくのは無理だったし、助かる。

「相棒がスカスカ言ってるのは記憶に残るためだからな!覚えとけよ!」

 知らんし忘れたけど。ポケモンバトルと見て集まってきた物見高い人垣が散っていく中に、さっきの連中の仲間がいないかだけ、あたしはニャビーをボールに戻さずに警戒していた。意趣返しに撃たれたり刺されたりしたらたまらない。何かの催し物と勘違いしたのか、観光客らしき一団からおひねりが飛んでくる。いやもらうけどさ。

 

 人垣が散った後にはイリマさんとあたししか残らなかった。ほぼ無傷とはいえ、殴り合いをしたニャビーを回復させたかったので、イリマさんを誘ってポケモンセンターに入ることにした。

「いきなりスカル団と事を構えるなんて、豪快な人ですね」

 この場合、ガン無視したイリマさんを責めるべきなのか、あたしの短気自身が責められるべきなのか。まあ、とりあえず置いておこう。何とか団も気にならなくはないが、地元のギャングなら、ハウ君に聞けばいいだろう。チンピラがお友達を連れて戻ってきたりする前に用事を済ませたい。

「試練の前に『試す』って言ってましたよね」

「はい。ぼくと勝負して、実力を証明してもらってから、試練に挑んでもらうことにしています」

「勝負って、ポケモン勝負ですよね?」

「勿論ですけど」

 よかった。時間内にポケモン何匹捕まえられるかとか、伝令を襲って密書を取れだとか、ホエルオーを銛でやってこいだとか、鉄くずを何トン集めろとかでなくて本当によかった。

「それじゃ、始めましょうか」

「ええ、喜んで」

 

 ポケモン勝負が始まる気配でまた人垣ができた。血飛び肉跳ねるポケモンバトルを見るのが嫌いな人間は少ないというのがよくわかる。目抜き通りにあるポケモンセンター前という立地もいいのだろう。ましてや、相手はキャプテンという有名人だ。人垣からイリマさんを応援する黄色い歓声が聞こえる。美形だし、そういうファンも多いんだろう。あたしには関係がないことだが。

「では、お手柔らかにお願いします。キャプテンのイリマ、行きますよ!」

 あたしは応えずにボールを投げる。加減なんてしていたら負けてしまう。初手はもちろん、ニャビーだ。

 

 ドーブルがみずでっぽうを覚えていてニャビーがやられそうになったこと以外は、特に問題がなかった。ドーブルを見た途端、ちょうはつを覚えているポケモンがいないから、ねばねばネットだのキングシールドだのおいかぜだのきのこのほうしだのを覚えていたらどうしようと思ったが、杞憂でよかった。もっとも、加減されていたのは間違いないので、本気の彼とやる時はそういうドーブルが出てくるのかもしれない。ドーブルは恐ろしいポケモンだ。ブーイングだの石だの腐った卵だのがギャラリーから飛んでこなかったのもよかった。

「お見事です!ですが、ドーブルを見た時にひどく動揺してましたね」

「いや、おいかぜからのきのこのほうし連発されたら不味いな、と思っただけです。水技があるなら、他のタイプの技があってもおかしくないですしね」

「はは、まさか。面白そうではありますけどね」

 イリマさんの目が嫌な光を帯びた気がする。余計な事を言ったかもしれない。

 

 肝心の試練そのものを行うのは、少し北に行ったところの茂みの洞窟という場所らしい。「向かいにポケモンセンターがあるから、鋭気を養ってもらって、明日にしましょう」というイリマさんの言葉に従って、ポケモンセンターに泊まることにした。イリマさん戦を見ていたリーリエとは早々に合流できたが、ハウ君はイリマさんと勝負するから先に行っておいてほしいという話になった。ハウ君には悪いが、リーリエと二人で夕暮れの街道を歩くのは最高だったとだけ言っておこう。雑談しただけで、特に手をつないだりとかそういう役得はなかったし、おまけにポケモンセンターのシャワーが一人ずつ入る個室型だったので、シャワーも全く味気なかったのは残念でならない。

 

 シャワーを浴びてから、カフェでリーリエと落ち合って夕飯を突く。ハウ君はまだ合流してこない。

「ユウケさん、イリマさんとのポケモンバトル、見てました」

「すごかったロトー!」

「ドーブルは何してきてもおかしくないポケモンだから、おっかなかったけどね」

「わたし、ポケモンバトルは苦手なんですけど。ポケモンさんが傷つくのが、ちょっと」

 意外な発言に、箸が止まる。年がら年中バトルに明け暮れてきたあたしみたいな人種とは対極的だ。

「でも、お二人と、お二人のポケモンもすごく楽しそうで」

「やってみる気になった?」

「そこまでは、まだちょっと」

 それもそうか。

「まあ、その気になったら教えてよ。ちょっとした手ほどきくらいはできるから」

「気が早いですよ」

 半ば困りながらも、くすりと笑うリーリエが本当に可愛らしいと思った。

 

 くたびれて早々に寝てしまったので、ハウ君とは朝のカフェスペースで顔を合わせることになった。ポケモンセンターの宿泊スペースは男女別なので、カフェスペースかどこかで頑張ってないと出迎えはどちらにせよ無理なのだが。

「ハウさんもイリマさんに勝てましたか?」

「うん、何とかねー」

 ねこだまし/キングシールド/おいかぜ、後何だったか忘れたけど、ドーブルの夢でうなされたあたしは、今日も絶不調な寝起きだった。旅慣れしているあたしではともかくとして、ハウ君とリーリエも何だかまだ疲れが抜けてない顔だ。

「あ、ユウケさん、おはようございます」

「おはよー」

 辛うじておはようと聞こえたであろう声で挨拶をする。

「あー、ごめん……あたし、朝弱くてね……しらふなんだけど」

 リーリエが苦笑い。椅子にがたっと腰掛けて、うめき声のような溜息をつく。それに釣られてか、ハウ君が大きくあくびをする。

「お疲れトリオだね、こりゃ……。ドーブルのせいだわ……」

「えっ?ドーブル?可愛かったけどなー」

 夢の話だと言うのも億劫で、話を合わせることにした。

「いや、あいつ、理論上は知られてる技を全部使えるからね」

「そうなんだー?」

 わかってない。まあ、そうか。まだよくわからないポケモンのよくわからない技を食らったことがないものな。悪いトレーナーに変な戦法でトラウマをすり込まれる前に、あたしが悪夢のような戦法を実演してみてもいいかもしれない。などと考えているのは当然誰にも伝わなかった。よかった。

 

 平和な朝食の時間がこのまま過ぎていってはいけない、ハウ君に何とか団の話を聞いておかないと気付いたのは、コーヒーを飲んだ時だった。あたしは太りたくないのでブラック、リーリエはミルクと砂糖を少々、ハウ君はミルクとコーヒーを一対一で割って砂糖たっぷり。人の味の趣味にケチをつける趣味はないが、あれはコーヒーの味がわかるのだろうかと思いながら啜る、アローラのカフェのコーヒーは、苦い。

「ハウ君さ、えー……何だっけ。ドクロの帽子被って覆面してる黒ずくめのメキシコ人みたいな奴ら知ってる?」

「メキシコ?」

「スカル団、ですか」

 助け船を出してくれるリーリエが眩しい。

「そうそう、そのドクロ島なんとか」

 一瞬、ハウ君が目を伏せたが、いつもの快活な表情に戻る。

「スカル団ねー。道路を勝手にふさいだりとか、人のポケモン取ったりとか、島巡りの場所を荒らしたりとか、島巡りの邪魔をしたりとかしてるんだってー。もともと、島巡りを諦めた人達らしいけど、人の島巡りの邪魔しても、自分が島巡りしたことにはならないのにねー」

「道路封鎖?お……ポリスは?」

「捕まえてるんだろうけどねー」

 また溜息。面倒臭いことになってしまった。あたしは面倒が嫌いなんだ。

「昨日、そいつらとかち合ったんだよね。多分顔は覚えられたし、島巡りの邪魔をする連中なら、またやり合う羽目になるんだろうな」

「ユウケ、強いから大丈夫だよー」

 小さく苦笑いする。本気で言ってくれてるんだろうが、一人一人は大したことがないにしても、ああいうのは組織力と、法律を守らないで済むっていうアドバンテージがあるから厄介なんだ。

「ハウ君は、まだあいつらと関わり合ってないね?」

「でもー、ユウケの言うとおり、島巡りしてたらぶつかるんじゃないかなー?」

「キャプテンかしまキングに押し付けるように。なるべくね。それと、リーリエも手持ちのポケモンがいないんだから、知ってる大人とか、あたしかハウ君、でなきゃしまキングとかキャプテンからは離れないように」

「ピュイー!」

 眉をしかめて真面目な顔をするあたしに、しぶしぶ、という感じでハウ君が頷く。リーリエも小さく頷いてくれたので、大丈夫だろう。抗議の声を上げているほしぐも――ちゃん、は無視。戦える技がないポケモンを前に出す性癖はあたしにはない。しかし、このしまキングをあてにする手、ハラさんなら家族が巻き込まれるから、メレメレ島だとあまり意味がない解決策だが、いまのところしかたない。冷めてしまったコーヒーをあたしは飲み干した。

「辛気臭い話は終わりにして、行こうか。ぼちぼちイリマさんとの約束の時間だしね」

 

 ポケモンセンターから徒歩一分、洞窟前、昨日と違うしゃらくさい服装。にこやかで爽やかな笑顔。イリマさんだ。

「はい、おはようございます!キャプテンのイリマです!」

「アローラ!」

「おはようございます」

「あー……おはようございます」

 リーリエとイリマさんは顔見知りらしい。何だか和やかな雰囲気で雑談をしていて、イリマさんへの謎の妬心が高まってしまう。この妬心は一体。視線で人が殺せたら、きっとイリマさんはそろそろ悶え苦しむであろうあたりで、しゃらくさい服装の正体に気付いて、思わず声を上げた。

「あっ、ミアレの服」

 どや顔をするイリマさん。ファッションにあまり興味のないあたしでも知っている有名なブランドだ。あたし自身、カロス地方にあまりいい思い出がないことは黙っておこう。ミアレシティ、ひとたび田舎者だと思われるとさんざんぼったくられたしな。

 

 雑談に一区切りついたのか、イリマさんが注目と、ぽんと手を叩いた。

「さて、試練の内容ですが、この茂みの洞窟の一番奥にある、Zクリスタルを取ってきてもらいます」

「俺とユウケで行ってもいいのー?」

「駄目です。一人ずつでお願いします。準備や都合もありますので」

「ちぇー。じゃ、どっちから行く?」

「こういうのは後で行く方が有利なんだよ。だから、あたしが先に行く。この試練の内容、後でハウに伝えてもいいんですか?」

 後半はイリマさんに。イリマさんは首を横に振る。

「表向きは、はいとは言えない立場です」

 それもそうか。今のご時世、それこそネットででも試練の内容が出てきかねないものな。多分、ハウ君はそんな小狡いことは思いつかないだろうし、あたしも自分はともかく、ポケモンの腕を信じてやるつもりだから、見てはいないが。

「ハウ君、映画とかのネタバレって嫌い?」

 唐突な質問にきょとんとするハウ君。

「えー、大丈夫だよー。それはそれで楽しめるかなー!」

「わかった、ありがとう」

 ハウ君の手持ちが何だったかわからないが、多分タイプは偏ってないだろう――とは思うものの、もしよっぽど手こずりそうならこっそりスマフォでハウ君にヒントを送ることに決めた。

「さてと、じゃあ派手にやるとしますかね」

 あたしの言葉に反応してぶるりと喜びに震える腰のボール、無反応なボール。小さく笑みを浮かべて、湿っぽいにおいの洞窟に足を踏み入れた。

 

 ざっと洞窟を見回し、襲ってくるコラッタをボールから出しっぱなしにしたニャビーで蹴散らしながら、慎重に奥に進む。見えない床だのテレポーターだの、二回踏んだら割れて転げ落ちる氷の床だの、人間大砲だのがあったら堪らないからだ。幸い、変な仕掛けがなかったので奥の出口らしきところに辿り着く。青いシャツのおじさんが立っているので、無言で横をすり抜けようとすると、体に似合わない素早いブロック。

「奥に用事があるんですけど」

「島巡りのお嬢さん。島巡りサポーターの僕だけど、今は君をサポートして通してあげることができない。君はまだ洞窟ですべき事が終わってないんだよ。ほら、ご覧」

 おじさんの指さす方を見ると、小さな巣穴からコラッタが『僕を見て、僕を見て、僕の中の前歯がこんなに大きくなったよ!』という顔をしてから引っ込んだ。なるほど、あいつを仕留めないといけないということか。しかし、おじさんの角度からあたしの動きが全部見えていたのか。疑問に思い振り返ると、入り口には笑顔のイリマさんがひらひらと手を振る。なるほど、二人いれば目標達成してるかどうかくらいはわかる、と。

 

 コラッタを追いかけながらもう一度地形を観察する。地下で繋がっているらしい巣穴の出口が三か所。誘ってくる割には出口に行くと違う出口に逃げるコラッタ。マダツボミのねむりごなを穴の中に送り込んでいぶし出すか、まだ使ってない子の技であぶり出すか。

「マダツボミがどくどくを覚えていれば、際限なく毒液を流し込んで確実に仕留められるんだけど、そういうのってありなんですか?」

「島の環境を荒らすのはほどほどにしてほしいところですね」

 走り込んできた何か、いや、誰かが二人。足音は聞こえていたが、通り過ぎていくと思っていたのに。

「あんた外道でスカ?!」

「何したらそういう発想が出てくるんだよ?!」

「試練中につき立ち入りお断りの札が見えなかったの?このトイレは今、掃除中だよ。『あんたの名前、公衆トイレ?』とか切り返してきたらニャビーに焼かせるから」

「ユウケさん、トイレではありませんが」

 二人してツッコミを入れてくるなんとか団の二人。イリマさんも含めて三人。

「部外者の立ち入りを何とかするのはキャプテンの仕事には入ってないんですか?」

「ユウケさん、例えばメレシーを捕まえに行って、横からヤミラミに取られてしまったとしましょう。その時、キャプテンだとか、ジュンサーさんだとかに助けを求めたりしますか?」

 イリマさんの目を見てぞっとした。昨日は単にスルースキルが高いだけだと思っていたが、この人は多分、本当にスカル団の、眼前にいるこいつらを存在しないものか、あるいは野生のポケモンだかなんだかくらいに扱っている。イリマさんの立場を考えれば、それが次善手くらいだとしても、それは――ちょっと怖い。

「へっ、俺らルール無用のスカル団でスカら!今からお前の試練の邪魔しまーす!」

「この試練、先にこいつよりポケモン捕まえちまえば何にもできなくなるかんな!」

 吐き捨てて奥に走って行くスカル団二名。賢い気もするが、あたしが倒さないといけないルールなんだろうか?いや、協力者は不可、というルールに引っかかるか。だとすると不味い。あたしも奴らの背中を追って走った。

 

 思ったより賢い奴らかと思ったが、やっぱり馬鹿だった。巣穴のどことどこが繋がっているかまでは知っているんだか覚えているんだかしたようだが、燻り出すか引っ張り出すかする手段がないらしい。それにしてもあの踊りと妙に韻を踏んだ話し方はなんだろう?ギャング文化と関わり深いらしいヒップホップだろうか。ヒップホップはDeath Gripsくらいしか知らないあたしは、とりあえず踊る阿呆を無視して、最後に残った巣穴の前に『あまいみつ』を置く。押して駄目ならもっと押せがあたしの信条だが、折角あいつらが他の穴を見てくれているのだから、いぶり出しより引っ張り出したほうがいい。出てきたコラッタの首根っこをニャビーが叩き付けて、はいおしまい。あたしのトムはジェリーより賢いんだよ。

「あっ、汚ねえ!」

「こうなったら俺がやってやりまスカ!」

 昨日やらなかったからね。あたしは舌なめずりをした。

 

 またニャビー一匹でカタがついた。

「昨日の反省を生かして、水タイプでも持ってくるかなって思ったんだけど」

「俺達には今日しかねっスカら!」

「昨日とかねえし!」

 何格好良いこと言ってるんだ。『明後日、そんな先のことはわからない』とか言ったら捕まえて締め上げるつもりだったが。

「へっ、お前のポケモンとイリマのポケモンまとめて分捕ってやろうと思ったけど、イリマのポケモンなんかいりませーん!」

「そーだそーだ!」

 捨て台詞を吐いて試練サポーターのおじさんをすり抜け、奥の出口に走って行く二人。もう苦笑いしかできない。

 

 奥に走って行ったスカル団したっぱ二人が戻ってきた。

「あの、奥、何かすごいのいるんですけど。お前も逃げたほうがよくないでスカ?」

 敵に忠告なんてするなと返事をする間もなく、とんでもないものを見たという顔で転がるように入り口に逃げていく二人を何とはなく見送ってから、あたしは今度こそ洞窟の奥、光さす出口に向かった。おじさんも今度は通してくれる。

 洞窟を一歩出ると、眩しい陽光があたしの目を刺す。洞窟内も明かりが要らないほど光が入り込んでいたが、遮蔽物がないとアローラの日差しは格別だ。一番奥の物々しい台座に置かれて光っているのがZクリスタルだろう。だが、ただで取らせてくれるつもりはないらしい。何かの強い視線を感じる。なるほど、これはヤバそうだ。えんまくか何かで煙に巻いて逃げるという手もあるが、それは最後の手に取っておくとしよう。ヤバい何かがいるということが、もう楽しみでならない。体がぶるっと喜びで震える。戦うのは好きだし、勝つのはもっと好きだ。だから、強い奴と戦って勝つのはもっともっと好きだ。

 

 台座に近付くと陽が一瞬陰り、馬鹿でかい何かがあたしめがけて降ってきた。ニャビーが何も命令せずとも迎撃に飛び出す。偉い、賢い。後で毛皮綺麗にしてやろう。バックステップで下がったあたしの目の前で、ニャビーと馬鹿でかいラッタがぶつかり、飛び離れる。

「ヌシャシャー!」

「ニャーッ!」

「あ、あれは――主ポケモンロト!」

「ぬし?ふん、でかけりゃ偉いってもんじゃないんだよ」

 コラッタを三匹と、ズバットを二匹ほど食っただけのニャビーならやれなくもない、普通のラッタならだ。だが、何だこいつ、光ってるように見える。でかいだけじゃないな。ねこだましかとんぼがえり、さもなくばまもるがあれば小当たりして様子を見られるんだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。

「主ポケモンの能力上昇を感知ロト!」

「ニャビー、戻れ!」

 赤い光線がニャビーを引き寄せて戻す。悪タイプの定番、おいうちがあれば食われてしまうところだったが、幸い問題はなかった。かわりに、ラッタは天に向かい吠える。アローラのラッタがどんな技を使えるかあたしは知らない。おまけに、今の声に応えてか、あらかじめ待機させていたのか、手下らしいコラッタまでやって来た。この後に備えて隠しておきたかったが、しょうがない。あたしはニャビー、マダツボミに次ぐ三枚目の札を切ることにした。ボールの安全装置を解除、投擲。

「頼んだよ、ヘラクロス!」

「ヘラクローン!」

 虫・格闘タイプのポケモン、ヘラクロスが勢いよく飛び出す。かえんだまを持たせられていないが、充分だろう。しもべのコラッタが体当たりしてくるが、歯牙にもかけず跳ね返す。後ろの方でそっと見ていたおじさんとイリマさんの驚愕する姿がチラリと見えた。意識を正面に戻す。警戒していたラッタが突っ込んで来た!

「ヘラクロス、メガホーン!」

 タイプ一致、物理虫タイプの最強技。だがこの技は、タマゴ技として覚えさせることもできるのだ。悪タイプのラッタなら抜群を取れる。例え倍レベルが違っても、当たれば一発で戦闘不能に持って行けるはずだ。当たれば。そう、ポケモン協会の膨大な統計による命中率は八十五%。外すのだ。

 あたしの視力では全部が全部は見られなかったが、大体こんな流れだ。さっきヘラクロスが弾き飛ばして足下に転がっていたコラッタを、ヘラクロスが踏んづける。ヘラクロスが漫画のように滑る。コラッタが哀れな鳴き声をあげたが、同情するどころではない。ラッタがヘラクロスの上空をかっ飛んでいく。ヘラクロスの必殺のはずの一撃は宙をかすめるだけで終わった。

「ヘラクロス、立て!もう一回メガホーンだ!」

 目の前のラッタが笑ったような気がする。忌々しい。ラッタがその巨体を揺すり、飛ぶ。

「ヘラクロス、飛ばなくていい!着地点を狙え!」

 ヘラクロスは短時間なら空中戦もやってやれないことはない。ラッタよりはよほど上手にこなすだろう。だが、付き合わなくていい。飛べないポケモンは地面に足をつけるしかないのだから。応援に五月雨状に沸いて出るコラッタを片手間に弾き、ヘラクロスはラッタの着地点めがけ、再び強力な一撃を突き刺す。ラッタが高台の際に着地し、足下の石か何かが転げ落ちたのだろう、大きく姿勢を外して転落する。ヘラクロスのメガホーンが大地を抉り、小さくない穴を開けた。要はまた外したということだ。ラッタがヘラクロスに体当たりする。足下にまとわりつくコラッタのせいで躱しきれない。もろに食らうのは避けたが、小さくないダメージを負ったのは間違いない。だが、あたしのヘラクロスはそんなにやわじゃない。

「ヘラクロス、落ち着け!メガホーンを一発当てりゃ食える!」

 持ち前のパワーでコラッタを振り払い、間合いが近すぎるラッタから羽を広げて飛びさがるヘラクロスに、ラッタがおいうちをかける。使えるのにさっきはわざと使わなかったのか?だが、ヘラクロスの方が早い。食われに来てくれたようなものだ。ヘラクロスが羽を畳み、メガホーンのために着地し、誰かの捨てたのか捕獲に失敗したのかわからないモンスターボールの残骸に足を取られた。当然、メガホーンは宙を切る。足下に大穴が開いたのを警戒して、ラッタがヘラクロスから見て右方向に回り込む。コラッタがたたらを踏んだヘラクロスに群がりまとわりつく。ヘラクロスの足なら、もう一度先手を取って打てるはずなのに、邪魔だ。だが、コラッタは倒しても倒してもラッタの呼び声に応えて沸いてくる。雑魚をいくら潰しても意味がない。あたしのヘラクロスは変化技で足を止める器用なタイプじゃない。コラッタを水滴のように振るい飛ばす。ラッタのひっさつまえばを、腕をクロスさせてヘラクロスはガード。距離を詰めたままでいたいだろうラッタに競り勝ち、もう一度ラッタを弾き飛ばした。意地っ張りのヘラクロスが何度か殴っているので、それなりにラッタにダメージは入っているのだろうが、致命傷とは当然ほど遠い。もうあたしが命令するまでもなく、ヘラクロスはメガホーンで決めにかかる。脇の木の上から、さっき振るい飛ばして戦えなくなったコラッタがヘラクロスに転げ落ちてきた。ヘラクロスはわずかに、だが技としては致命的にバランスを崩した。角が木に突き刺さる。ヘラクロスは首を振って引き抜くが、弱っていたこの子にラッタがとどめを刺すのにはその一瞬で十分すぎた。ヘラクロスが前のめりに倒れる。倒れきる前に、あたしはボールで呼び戻す。

「よくやったよ、お前は……」

 信じられないような不運が続く。いつものあたしが、戻ってきた。アローラに来てからやっとせめて人並にはやれるようにと思ったのに。まだ戦える無傷のポケモンが五匹もいるのに、血の気が頭から引いたのか、目の前が真っ暗になってきて、体がふらふらする。奴があたしを嗤った気がする。

「ヌッシャアー!」

「ロト!ユウケ!次の子をロト!」

 駄目だ、あたしは、しっかり準備したこと自体にも、あたしのためにあたしを信じて頑張ったポケモンにも報いることができない。ヘラクロスが落ちてしまっても、ラッタとコラッタ、悪・ノーマルタイプのポケモンに勝てる筋はいくらでも思いつく。でも、その筋は全部、今みたいに不運が持って行くんだ。ポケモンを繰り出そうとしないあたしを、ラッタがまだ見ている。最初に飛び出してきた時も、さっきも本気であたしにぶつかってくる雰囲気はなかった。主という名にふさわしく戦う能力と意思を見極めるつもりなのだろうか。周りの音が遠ざかり頭ががんがんする。冷や汗が止まらない。今は真冬だっただろうか、寒くて吐きそうだ。トレーナーとしての反射神経が、ボールをまさぐる。普段あんなに頼もしいボールの感触が、わからない。

「ユウケさん!しっかりしてください!ニャビーさん達のために!」

 背筋が震えた。目の前のラッタとコラッタの群れも、突然の大声にびくりと反応する。

「ユウケさんは、強いトレーナーなんでしょう?!がんばって!」

「そうだよー!がんばれー!」

 振り向く。リーリエがいる。ハウ君も。リーリエも、ハウ君も、こんなに真剣な表情で。後ろのラッタを指さしている。こっちを見ている場合か、か。あたしは、左手の親指の腹を噛んだ。噛んで、食いちぎる。痛い。痛いに決まっている。痛みと共にあたしの気力が、意識が戻ってくる。血が溢れ、口中一杯に血の味が広がる。あたしは自分の肉と血を吐き捨て、右手で次のポケモンを繰り出した。

「マダツボミ、行ってこい!」

 ラッタはあたしのポケモンに意識を向けているが、コラッタはあたしの血のにおいに意識を取られていて、反応が一瞬遅れた。

「マダツボミ、コラッタどもにねむりごな!終わったらラッタの攻撃を受けながら、ねむりごな!」

 マダツボミは時間を稼ぐために繰り出した囮だ。貴重な時間を惜しんで道具を取り出して、瀕死のヘラクロスのボールに入れる。げんきのかけら。ヘラクロスが意識を取り戻す。マダツボミはあらかたのコラッタにねむりごなをかけ終えたところで、ラッタの執拗な攻撃を受けている。体をしならせて致命打をよく避けてはいるが、マダツボミはそんなに丈夫なポケモンではない。ラッタを眠らせられていたら理想だったのだが、そんな僥倖は望んではいけない。一匹もコラッタが寝てないなんてこともあり得たのだ。

「マダツボミ、戻れ!もう一回、頼む!ヘラクロス!」

 マダツボミが戻ってきたのと入れ替わりに、元気を取り戻したヘラクロスが再び飛び出る。だが、体力は半分だ。ヘラクロスは他にも使える技がある。かくとうタイプの技を打ってもいい。だが、あたしは勇気を振り絞って、命令する。

「メガホーン!」

 飛びかかってくるラッタに備えて、ヘラクロスは足をがっちりと地に食い込ませるように据える。受ける体制も取らずに一撃を角で受けて、耐えた。そのまま頭をしならせ、宙に浮いたままのラッタにメガホーンをたたき込む。肉を叩き付ける、凄まじい音。ラッタが吹き飛んで、地に叩き付けられた。ヘラクロスががくりと膝をつく。ラッタは――起き上がってこない。

「それまで!ユウケさんの勝ちです!」

「やったロトー!」

 こんなに緊張した勝負はどれくらいぶりだろう。あたしは、膝をついたヘラクロスに歩み寄って、抱きしめる。

「よくやったよ、ヘラクロス」

 もぞもぞと嬉しそうにヘラクロスが応える。あたしはきずぐすりを使ってやる。傷が塞がっていく。

「ユウケさん!」

「ユウケー!」

「二人とも」

 ありがとう、と素直に言いたかった。でも、あたしの性格がそれを許してくれない。

「リーリエはいいとして、ハウ君は何で入ってきたわけ?試練はどうなるの?」

 説教臭いことを言ってしまった。そうじゃない。笑顔でありがとう、嬉しかったって言いたかった。その葛藤が顔に出ていたらしい。ハウ君が、ついでリーリエが吹き出す。

「ユウケー、強がってるー」

「心配なのはわかりますけど。何も今言わなくても」

 そんなに笑わなくても。そんなにわかりやすい顔だったのだろうか。顔が赤くなる。

「ユウケさん、おめでとうございます。ですが、試練はまだ終わっていませんよ」

「ああ、やっぱりか。それで?『わからんのか?イレギュラーなんだよ。やり過ぎたんだ、お前はな』?」

 イリマさんがきょとんとした顔でこちらを見る。

「何の話ですか?Zクリスタルを取るまでが試練なので、あなたの手で、そのクリスタルを取ってくださいというだけですが」

 勘違いだった。さっきよりも顔が赤くなったと思う。赤さでオクタンと勝負できただろう。

 

 左手親指の怪我をリーリエに手当してもらって(包帯に頬ずりしていたら引かれた。家宝にしようと思う)から、あたしは台座に歩み寄り、Zクリスタルに手を伸ばした。不思議な光を放っている石が、たくさん入っている。その中の一つに手を伸ばす。手触りは、普通の石だ。うっすらと透き通っていて綺麗だ。

「おめでとうございます。これにて、イリマの試練達成です!素晴らしい技前でしたね!」

 リーリエ、ハウ君、イリマさん、試練サポーターのおじさんが拍手してくれる。何だか気恥ずかしい。

「ですが、Zクリスタルを受け取る時には、受け取り方があるのですよ。今から実演します。こうやって、こう」

 石を胸元に抱きしめるようにしながらしゃがんで、立ち上がって石を大きく掲げる。石がきらりと輝いた。

「人がやってる分を見るのはいいんですが……そう受け取らないと、Zクリスタルが使えないとか?」

「いいえ。大丈夫です。お約束だと思ってください」

 お約束、か。ちょっとあたしのキャラ的に恥ずかしいポーズだが、お約束と言われると心がなぜか揺らぐ。不思議なものだ。

「さて、ぼくがノーマルタイプのキャプテンであることから大体わかるでしょうが、これはノーマルZです。では、今からノーマルZの構えを伝授しますね」

 もっと恥ずかしいことが待っていた。

「言っておきますが、これはやらないとZクリスタルの力を引き出せず、Zパワーも発動させられません!」

 イリマさんのどや顔。この恥ずかしいポーズが、強くなるために必要な犠牲というわけか。Zクリスタル、違う意味で使いこなせる気がしなくなってきた。

「そう、それと。島巡りトレーナーとして、3番道路に行けるようになります」

「洞窟の北の、バリケードみたいなのを通れるってことですか」

「そうです」

「あれ、普通の観光客とか住んでる人は不便じゃないんですか?」

「島巡りトレーナー以外は普通に通してますよ」

 それ、島巡りの証を隠しておけば通れるのでは。特に意味が無いからしないが。

 

 ハウ君は今日試練を見てしまったせいで、明日に改めて挑戦ということになった。あたしが心配をかけなければ、ちゃんと弱らせた後で楽をさせてあげられたものを。それがいいかどうかはさておき。

 今日はハウ君の試練挑戦がお流れになってしまったので、もう一泊同じポケモンセンターの予約を入れて、イリマさんも含めてカフェで一息。余談だが、試練サポーターのおじさんは交代要員が来るまで、あの場所を離れられないらしい。主ラッタに何かされた(ナニカサレタ)ら困るだろうしな。

「ところで、ユウケさん。ぼくの試練に関して、二つお聞きしたいことがあります」

「何ですか。答えられる範囲でなら」

「一つ目は、なぜヘラクロスを最初のぼくとのバトルで使わなかったか」

 今までに見たことのない、イリマさんの真剣な眼差し。手を抜かれた可能性を考えれば、それもわからなくはない。

「試練の内容がわからなかったから、手札を隠しておきたかっただけです。多分、イリマさんともう一回勝負することになるんだろうなって踏んでましたし。ヘラクロスは、その時に使うつもりでした」

「なるほど。今度勝負するときは、対策を考えておくようにしましょう」

 ようやく彼の顔が緩む。

「もう一つは、なぜわざわざげんきのかけらを使ってヘラクロスをもう一回出したか、そして格闘技を使わなかったかです」

「この子の名誉のためです。勝てる勝負なら、勝たせてあげたかっただけのことです。自信を無くしたり、負け癖がつくのも心配ですから。メガホーンを打たせたのも、同じ理由です」

「ずいぶん先のことまで考えて勝負しているんですね。ますます、今度の勝負が楽しみになりました。……おや、失礼」

 二つ目の質問は、ハウ君にも印象的だったらしい。イリマさんは「急用ができた」と詫びて席を立った。キャプテンというのはジムリーダーみたいなものだと思うと、忙しいのも納得だ。しかし、もしイリマさんに「ああ、それからもう一つ、よろしいでしょうか?」と聞かれたらどうしようかと思った。特に身に覚えがない逮捕か死亡かを迫られてしまう。

 

 あたしの心配をよそに、ハウ君とリーリエがあたしの手を取って立ち上がった。

「え?やっぱり逮捕なの?」

 素っ頓狂な声を上げたあたしに、二人が怪訝な目を向ける。逮捕ではないらしい。

 

「来たいところって、ビーチ……?」

 アローラ地方にビーチなんて売るほどあるだろうと思ったが、そんな身も蓋もないことをいうと大体の物事はそうだ。ジョウトに寺が売るほどあるからといって、どの寺の価値も等しいということにはならないだろう。多分。

「昨日、モーテルの横にいたマケンカニに誘われて来たんだよねー」

「ああ……あの坂の上にいた子か……」

 がしっとハウ君の両肩を掴む。

「いいかい、ハウ君。これは忠告だ。あたしみたいになりたくなかったら、カントーのニャースが招きポケモンをやってるキャバレーにだけは行ってはいけない」

「えー、何それー」

「ぼったくりとかじゃなかったんだけど、おさわり自由だし、ポケモンフーズとか、魚とか、おごり放題だったんだよ。キャバレーのポケモンに。あたしはその時、人生で最初の『おだいじん』を……いや、この話はまた夜にしよう」

「何だか、いやらしい話してませんか?」

 リーリエの冷たい視線が辛い。断じていやらしくはない。多分。しかし、あの酒池肉林の場をどう説明すれば誤解が解けるものか。悩んでいる間にハウ君は海に駆け出していく。

「俺ねー、マンタインサーフやりたかったんだー!サーフボード以外でサーフィンするの初めてー!」

「サーフィンね。やったことないな。リーリエは?」

 リーリエも首を横に振る。マリンスポーツやってる肌の色じゃないよな、確かに。ハウ君の日焼けは納得だが。ポケモンに連れられてのなみのりとたきのぼり、後はダイビングか。ダイビングスーツ、持ってきたらよかったかな。捨てた覚えはないから、実家の押し入れを漁ったらあるかもしれない。使わなくなった道具はまとめて段ボールに入れているから、ダウジングマシンが欲しいところだ。

 

 ハウ君が戻ってきた。

「島巡りが一つは終わらないとダメなんだってー」

「マンタインに触れなかったのは惜しいけ」

 続ける前に、絹を裂くような悲鳴。

「だ、誰かー!マンタインを助けてー!」

「んじゃ、俺達勝手に乗りまスカら!」

 深い溜息。

「ちょっと、あんたら」

「何スカ。あっ、お前!」

 遅い。あたしはもうポケモンを出している。マダツボミに潮風をあまり浴びさせたくはないが、ちょっとくらいは平気だろう。

「マンタインはいただきまスカら!」

 

 手持ちのポケモンが変わらなければ、結果が変わるはずがなかった。海というロケーションを生かす戦術を使えるポケモンならまた別だったかもしれないが。

「通りすがりのトレーナーさん、ありがとうございます!」

「はあ、どうも……」

 周りのサーファーやらビキニのお姉さんやらの拍手喝采。気恥ずかしい。

「トレーナーさんもまだ島巡りの最中ですから、マンタインにはまだ乗れませんが、終わったら必ず乗りに来てくださいね!」

「あっ、はぁ……」

 マリンスポーツなんて柄じゃないし、普通に連絡船かなみのりポケモンで移動するつもりだったのだが、何だか断り切れない雰囲気になってしまった。いや、何日かすればきっと忘れてくれる。そう思いたい。

 

「ユウケ、おつかれさまー」

「さっき洞窟にいた人達ですよね」

「暇なんじゃない?」

 自分達もひょっとしてそのカテゴリに含まれるのでは、と気付いてしまった。自分の勘のよさが恨めしい。

「それにしてもさー、大勢の前だとユウケ全然キャラ違うよねー。作りすぎー」

「あれが本当のあたし。シャイで控え目、ツボツボのように静か」

「またまたー」

 流された。人前が苦手なのは本当なのだが。改めて思うと、よくプロトレーナーなんかやっていたな。バトル中は人の目なんてどうでもいいからだけど。

 

 ハウ君の目当てのマンタインサーフはできなかったし、スカル団のポケモンを殴るだけのためにビーチに来たみたいになってしまった。ポケモンをボールから出して遊ばせてやりたいが、結構このビーチに人が多いので諦めた。ああ、夕日が綺麗だ。夕日にきらめく海を背景に、野良らしいスナバァと戯れるハウ君、それを眺めるリーリエ。本当にあたしとリーリエは同じ人間なのだろうか、と不思議に思うくらい綺麗だ。リーリエがあたしの視線に気付いて振り返る。

「どうしました?」

「いや、夕日が、その、きれい」

 あたしは三歳児か。くすくすと笑うリーリエ。可愛い。

 

 そんな穏やかな時間を破るような、背後からの重々しい足音。さっきの連中の意趣返しだと洒落にならないので、さりげなく様子を見る。重々しい筋肉を覆う白衣。不審者か。

「やあ、みんな、探したぜ!」

 ククイ博士だった。筋肉は脂肪より重いから、筋肉質な人が重いというのは本当なのだろうな。遠い目をする。お空が綺麗。この博士、苦手ではないのだが、人間関係の間合いの詰め方があたしみたいな低血圧タイプにはちょっときつい。アローラの人、筋肉を除くと大体こんな感じの気がしてきたが。

「ユウケ、試練達成したんだって?おめでとう!」

「ありがとうございます。ポケモンのお陰で、まあ何とか」

「Zワザはもう試してみたかい?」

「ああ、ええ、一応は」

 野良ポケモンに協力してもらったが、あのポーズは恥ずかしかった。

「そうかそうか、じゃあ、明日からは3番道路を回って、それが終わったら大試練だな!」

「一応聞いておきたいんですけど、この島の大試練って、やっぱりハラさんとポケモンバトルなんですか?」

「そう。ハラさんは強いぜ!」

 そうだろうな。強そうな風格が漂っていた。でも、ポケモンバトルなら大丈夫。ハラさんとアローラ相撲で勝負です、と言われたらあたしは回れ右するところだった。

「ハウは今日、試練受けられなかったんだって?」

「ええ、ちょっとありまして。明日ですね。それが終わったら3番道路のほうを回ってみようかなと」

「イリマくんの試練は見られなかったけど、大試練でユウケのポケモンと技を見られるのを楽しみにしてるぜ。じゃあ、潮風で風邪引くなよ!やあリーリエ、ほしぐもちゃんは元気にしてるかい?」

 忙しい人だ。リーリエのほしぐも――ちゃんの様子も聞いて、ハウ君に明日の激励をして帰るというところだろうな。あたしはもう少し、夕日を眺めることにした。昼と夜のわずかな間にしか見られないこの時間帯があたしは好きだ。アローラのこの時間も、空も海もとても綺麗だった。




メガホーンは命中率85%、5回連続で外す確率は0.0076%です。

(twitter等にアップしている人もいるし大丈夫…か?)

【挿絵表示】

主人公の服装イメージはこんな感じです。目付きをブラックラグーン並に悪くすればユウケ。

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