街灯は遠くまばらだが、月明かりが十分あたしの視界を確保してくれる。涼やかな夜気が、日焼け止めでも守り切れずちょっと焼けてきた肌のひりつきに心地よい。見たいテレビ番組があるというハウ君と、他のトレーナーが来るまではほしぐも――ちゃんの世話をしたいというリーリエをポケモンセンターに残し、あたしは茂みの洞窟前のポケモンセンターからポケモンや木の実集めに出ることにしたのだ。断じて、このままポケモンセンター前に居座って宿泊しようとする女性トレーナーを追い返せばリーリエと女性用の宿泊スペースが貸し切りになるだなんて思っていない。ハウオリシティまでそこそこ距離があるし、ポケモン勝負に勝って無理を通すのは流石に冗談では済まないのはわかる。女性トレーナーは誰も泊まりに来ないのを祈るくらいはいいだろう。
木の実を食べていたマケンカニをついでに捕獲して、木の実をがさごそと漁る。他の地方なら放っておいてこんなに木の実が生えるなんてことはなかった。植えてホエルコじょうろで世話をした木の実を誰かに盗まれて激怒した思い出、一つだけ足りなくて目当てのポロックが作れなかった悔しさ、野生のポケモンにあらかたついばまれていて落胆した思い出。やめよう。何でろくな思い出が出てこないんだろう。
「何の木の実だっけ、これ……」
「食べてみたらわかるロト?」
「辛いとか酸っぱいとかはわかるけど、効果を体感したりはできないんだよね。錬金術スキルが上がるわけでも無いし。ロトム、食べられる?」
「図鑑から出れば食べられるロト。でも、博士のお家の道具がないと出られないロトー」
「あはは、ごめんごめん。そんなしょんぼりしなくても大丈夫。センターの中の本で調べるから」
努力値――正確には基礎ポイントだったか、を下げる実、オボンの実、カゴの実、ラムの実、後はヤチェの実くらいしか使った記憶がない。ヒメリの実と、自分で食べるモモンの実も旅の最中では重宝した気がするが、リーグ戦で技を撃ちきってポケモンが疲れるまで生きているなんてことは、速攻速決主義のポケモンを好むあたしのパーティではほとんど無かった。そうなる前にどちらかが全滅しているのだ。攻撃を二発もらうころにはどちらかがやられているし、耐えても先制技でどちらかがやっぱり落ちる。そういうスタイルだった。カゴの実はめいそうとねむるを覚えさせたあのポケモンに持たせてやって、目の前で使って絶望させてやるくらいだったが。ホウエンまでの相棒達がやってくるまで、まだ後三日はかかる。もっとも、アローラ地方ならではの面白いポケモンを手に入れるだとか、どうしても今のパーティでは対応できないだとか、そういったよほどの何かがない限り、あたしは手持ちのポケモンを入れ換える予定は無いが。役割を実際に果たせるか不安な子もいるが、ポケモンのタイプだけを見ればパーティとしては完成している。基礎ポイントも数少ない友人を頼って頼んだ一匹を除いては、旅の流れに任せるままでいい。リーグに復帰するなり何なりで鍛え直すのが必要なら、木の実を仕入れて食べさせてやればいいだけの話であるしな。
「よし、木の実もポケモンもこんなものかな。せっかく夜にぶらついてるんだし、三番道路を先に見に行こうか。二人には内緒でね」
「内緒ロトー?」
「事情通っぽくていいと思わない?それに、昼間にしか出歩いてないポケモンだとかトレーナーは、明日ハウ君が試練をこなしてからのお楽しみに取っておけるしね」
「じじょうつう!何だかカッコイイロトー!」
ポケモンがいれば一人の旅で充分、と思っていたが、珍しくできた友達もそうだし、この陽気なロトム図鑑も悪くない。くすぐってやると反応が楽しい。ロトム自体好きなポケモンだし、ウォッシュロトムやヒートロトムにトラウマが無ければ、きっと普及してあたし以外にも気に入る人がたくさん出るだろう。先に道路を偵察しておくのは、リーリエやハウ君に危害を加えそうな奴がいたらあらかじめ掃除しておく目的もある。
まだ二十時にもなっていなかったから、バトルを求めてうろつくトレーナーが結構いて、退屈することがなかった。ちょうど今も、勝負を挑んできた不良っぽいカップルをダブルバトルでのしたところだ。
「よ、四倍ダメージはんぱねえ……!」
「つ、強いし!」
「すごい音がしたね……ポケモンセンターに連れてってやってね。ところで、あなた達はスカル団?」
首を横に同時に振る二人。これがリア充って奴なのか。謎の殺意を押し殺す。
「服装が似てるって言われるんだよな。服装変えっかなー」
「あいつらが着てる服も普通に売ってるやつだかんね。あたしらは群れるの嫌いだし、別にもう島巡りやめたー、ってわけじゃないしさ」
「そう、ありがとう」
「今度は負けないから!」
求められるまま、ハイタッチをして別れる。ハイタッチなんて人生初めてなのでは。あたしはユウケ、陰気の国から来た女――。
エリートトレーナーの男の子――あたしより年上かもしれないが――ががっくりと膝をついた。
「くっ、はねやすめを使えないまま負けるなんて!」
「そもそも、どくどくとかゴツゴツメットとか、そういうのが無いと回復してるだけじゃ押し切られるんじゃない?ま、氷タイプの攻撃を半減もできるから、出方を見るのに使えなくも無いけどさ」
「えっ!?そ、それは……?!」
エリートトレーナーというのは、何を教わったらエリートトレーナーになるのだろう。チャンピオンロードで出会うエリートトレーナーなんかは確かに強いと思うけど、このトレーナーは、うん。あくまで地域による相対的なもので、この地域ではエリートだとか、トレーナーズスクールを首席で出たばかりだとかなのだろうか。そもそもエリートトレーナーの服って涼しそうだしどこで売ってるのか気になったが、「もう少し詳しく教えてください」と肩を揺すって真剣に聞いてくるお兄ちゃんに返事をしないと聞けないだろうと、あたしは溜息をついた。
「はいはい、これ以上は金取るからね。お触りも無しだよ。ああ、技マシンありがとね」
「そんな、先輩!」
先輩になった覚えはない。振り払って逃げ帰る途中、明日この道路を通るのかと嫌になった。
やるべきことは済ませたし、明日の憂鬱の種は一つ出来たとはいえ、悪くない散歩だった。時間は二十一時半。二段ベッドが並べられただけの殺風景極まりない宿泊スペースにノックしてから入ると、リーリエがほしぐも――ちゃんと戯れていた。そうすると、今日は女性用は貸し切りか。あたしみたいに夜行性のポケモンを求めて移動するトレーナーもいるから、まだ断言はできないが。
「ユウケさん、お帰りなさい」
「ただいま、リーリエ。それと、ほしぐも……ちゃん。も」
「ピュイ!」
あまりほしぐも――ちゃんとは仲良くなれていないのだが、あたしは人のポケモンに好かれるタイプじゃない。小さく溜息をついて、リーリエの向かいのベッド、下の方を確保する。好みが分かれるだろうが、二段ベッドは断然下派だ。空調は下を基準に調整されているから暑いか寒いことが多いし、お手洗いに行く時にぎしぎし音を立てないか心配しないといけないのも嫌だからだ。人が少ないし構わないだろうと判断して、あたしはボールからニャビー、マダツボミ、ヘラクロスを出してやる。
「よーしよし、お前達、今日もよく頑張ったよ。さ、順番に並びな。ブラッシングとかしてやるから。お腹減っただろ?飯もお食べ」
大きさだとか、まだ一度も出してないから隠しておこうだとか、そういう子にはボールの中にタイプ別ポケモンフーズのパックを入れてやる。ボールは不思議なもので、主戦で使ったげんきのかけらなんかもそうだが、一部のアイテムはポケモン並のサイズに小さくして中に入れてくれるのだ。まずはごろごろと喉を鳴らすニャビーにブラッシングをしてやる。ふしょふしょつやつや。満足な出来だ。
「ンニャオー!」
ニャビーが体をすりつけてくる。よしよし、愛い奴め。よし、次はマダツボミだな。マダツボミを手招きすると、嬉しそうに足というか根っこというかで寄ってくる。タッツー霧吹きで水滴ができるくらい湿らせてやってから、ぽんぽんと水気を取り過ぎない程度にタオルで軽くはたく。少なくとも気持ちはよさそうだが、あたしはまだこの子のスイートスポットがわかっていない。顔を撫でると嬉しそうなのはわかる。
「ユウケさん、すごくポケモンにも優しいんですね」
「普通のトレーナーならこんなもんじゃないかな。人によるだろうけど、あたしは嫌いなポケモンとは旅をしないしね」
「でも、すごく顔が優しいですし、ふふ。それに、その霧吹き、トレーナーのお手入れセットとは別売りですよね」
「乾燥が苦手なポケモンもいるからね。本当はこの子、ちゃんと土のある植木鉢に入れてやりたいんだけど、荷物が重くなるから」
すまないねえ、と頭をなでてやる。あんまりわかってなさそうだ。明日、時間があるなら土のあるところで出してやろう。
ヘラクロスの手入れも終わって、あたしはじゃれあうほしぐも――ちゃんと、三匹のポケモン、そしてそれを慈母のような顔で見つめるリーリエをちらちら見ながら、戦利品の木の実を取り出す。木の実ポーチを買っておいてよかった。ポケモンセンターに置いてあった本と照らし合わせて分けていく。うーん、知らないというか記憶にない実ばかりだと思ったら、やっぱり使用頻度の低い実が多い。最近売り出されたポケモンお手入れセットに状態異常を治す薬が入っていたからなおさら頻度が下がりそうだ。戦闘中に薬の代わりに使えるから、懐には助かるとはいえ、状態異常なおし系の薬が買えないほど困窮はしていないので、ややありがたみが薄い。大地の恵みに感謝しなくてはいけないのだが。
「それ、木の実ですか?カラフルで美味しそうです」
一種類一個は持っておきたいというこだわりを除けば、別に上げても全然構わないのだが、木の実のにおいからか、遊んでいる四匹がちらちらこっちを見ているのがわかるので、リーリエ一人に食べてもらうのはちょっとどうかな。捧げ物としてなら許されるだろうか。いや、切るなり割るなりすればいいのか。
「じゃあ、一つ食べてみようか。みんなで食べるから、切るからね」
どれにしようか。オレンの実が三個あるから、二つを八個に切ったらいいか。あたしは味を知ってるから別に今はいいとして。鞄から薄いプラスチック製まな板と、腰から愛用のサバイバルナイフを出して木の実を切れ――ない。
「硬い……そうだった、この実、めっちゃ硬いんだった」
「ユウケさん、それ、ペティナイフですか?」
「んんん、この、切れろ、切れろってんだよこんちくしょう!この手に限らない!無理!え、これ?普通のナイフだけど?昔、大会の賞金で買ったんだよ」
あの超有名名作映画『コマンドー』でメイトリクスが使った、"Jack Crain Life Support System 2 Commando"モデル。ハンドガード付きのベネットモデルにしようか、それとも原寸サイズの"System 1"モデルにしようか二日悩んだ覚えがある。あんまり大きいナイフは邪魔になりそうだと思ってこれにした。優勝賞金で四十万円ポンとくれたぜ。しっかり手入れはしているから、綺麗な状態だ。
「ナイフくるくる回すのは、不器用だからできないけどね」
「しなくていいです」
ナイフを拭いて腰の鞘にしまう。ナイフは鞘にしまってろ、口は閉じておけ。無理に体重をかけて刃こぼれでもしたら目も当てられない。さてどうするか。木の実ジュース製造機がカフェスペースにあったが、二個では大した量が作れないし、多分貸してくれないだろう。あ、マダツボミがいる。
「マダツボミ、これを四つに切って。二個お願い」
すぱすぱと器用に切ってくれるマダツボミ。まな板で受け止める。
「よし、じゃあ、切ったマダツボミはリーリエの次に選ぶこと。かじってみて美味しくなかったらあたしが食べるから、無理に全部食べなくていいよ」
ほしぐも――ちゃん、ニャビー、ヘラクロス、リーリエ、マダツボミ、ボールに入った三匹分のポケモンをあたしが、めいめいに手に取る。一番大きく見えるかけらを大きい子、後は大体でボールに入れる。
「これはオレンの実。ポケモンの体力をほんのちょっぴり回復させる効果がある。持たせてると、ポケモンが弱ったら勝手にバトル中に食べてくれる。ポケモンは性格によって好きな実の味が、あくまで傾向的なもんだけど変わってくる。この実は癖は強くないから、嫌うポケモンはあんまりいないね」
見渡すと、特に嫌がらずにみんな食べているようだ。口に合わないってことはなかったらしい。ああ、オレンの実ならまだたくさん手に入るだろうし、ハウ君にも持って行ってあげるとしよう。数がわからないから、七等分……七等分ってどうやって切るんだ。うん、明日とかに実拾ってからにしよう。
「何て表現したらいいんでしょう。複雑な味ですけど、美味しいです」
あたしにとってはその笑顔がごちそうです。心の中で手を合わせる。
「あれ、ユウケさんの分は?」
「あたしは味知ってるから、いいよ」
「あっ、マダツボミさん。これを二つに切ってくれますか?」
女の子の口に合わせて、もっと小さく切るべきだったか。あたしは柔らかい実だとかぶりつくくらいだから全然考えが及ばなかった。女子力って何だろう。めざめるパワーの技マシンをあたしが使ったら使えるかな?
「はい、ユウケさん。わたしが口付けた後でもうしわけないですけど」
「いやいや、とんでもない。ありがと。おっと、あたし、ちょっとお花をつんで」
しっかりと手を握られる。リーリエさん?
「どうしてお手洗いに食べ物を持って行くんですか?それと、ユウケさんの手持ちポケモンに、氷タイプの技を使えるポケモンとかいませんか?」
繰り出してないポケモンにいる。外で氷漬けにしようと思った。私はLです?
「リーリエ、本名はリーリエスパーとか?」
「違います。今食べましょうよ」
凍らせて一生保存しようと思ったのに。渋々座り直して、オレンの実にかぶりつく。美味しい。リーリエと間接キスだと思うと、耳まで赤くなる自覚がある。ああ、オレンの実がこんなに美味しいと思ったのは初めてだ。皮まで食べよう。
「皮は食べられないのでは?」
「だから何でわかるの?」
皮をそっと保存しようとして、ゴミ箱に捨てるまで監視されたのは言うまでもない。
翌朝、試練に挑むハウ君を激励して、そっと洞窟の入り口から見守るイリマさん、あたし、リーリエ。手を出さない限り、一番奥まで着いていっていいという言質は取ってある。マダツボミをボールから出して、見張りを兼ねて根を地面に伸ばさせてやりながら様子を見ているが、何の危なげもない。主ラッタも、あれなら問題ないだろう。
「ふむ、さすがはしまキングの孫というところですかね」
しまキングの孫、か。アローラにいたら、ハウ君はその肩書きとずっと向き合うことになるのだろうか。本人はどう思っているのだろう。あたしはハウ君を、しまキングの孫だからどうこうでなく、一人の友達として尊重したい。あ、最後のコラッタが倒れた。そうだね、二つの巣穴、自分のポケモンに見張りさせてもよかったんだ。直接的に始末してしまおうとしまうのが僕の悪い癖。
「言うまでもないでしょうが、お二人ともお静かに」
ハウ君の精神集中を乱したくないから、言われるまでもないが静かに頷きかけたが、代わりに小声で告げた。
「あたしが応援しに行ってハウ君の運が逃げたら嫌だし、やっぱりあたし、見張りしてるからお二人でどうぞ」
「ユウケさん、今までどんな生活を。おいたわしい」
「ユウケさん、いいから行きましょう」
あっ、リーリエが思ったより力が強い。手を握られる幸せ。手が温かい。リーリエに手を握られるとなぜか腰砕けになってしまい、がんばりきれなかった。結局そーっと奥まで着いていって、小声でハウ君を応援することになったが、幸いあたしのせいで運が逃げるなんてことはなかった。危なげなくコラッタをモクローのこのはで
「そこまで!イリマの試練、達成です!」
拍手するあたし達。おじさんは昨日とは別の人だった。
「あー、みんなありがとー!」
Zクリスタルを取った時の例のポーズをノリノリでキメて、ハウ君が眩しい笑顔で駆け寄ってくる。ナチュラルにハイタッチするハウ君とイリマさん、ちょっとだけ反応が遅れたけど、楽しそうに応えてタッチするリーリエ。おずおずとテンポ遅れて反応するあたし。
「さあ、これで晴れて皆さん三番道路に行けることになりましたね」
「そうだねー。あー、試練楽しかったー!」
「あたしのせいでこのは五回連続で外すとかなくてほっとしたよ」
「過去に一体何があったんですか」
「応援に行った野球チームが、応援に行った試合で勝ったのを見たことない、とか、憧れのトレーナーの試合を見学に行ったらすごい負け方をしたとか、ずっと昔から行きたかった店にはるばる旅して行ったら店主病気で臨時休業からの廃業を決めたりとか、それからそれから」
「聞いたぼくが悪かったです」
あたしのせいで皆の頭のうえにちいさなきのこでも生えそうな雰囲気になってしまったので、何とか方向転換を図って陽気な声を頑張って出そうとする。そう、あたしは今物理最速。
「マダツボミ、見張りご苦労!」
普段出さない声だから上擦ってしまった。土から養分と水もたっぷり吸ってご機嫌なマダツボミを抱きしめてから、ボールにしまう。うん、失笑でも笑いは笑いだから、よしとしよう。
「俺ねー、もっかいビーチ行ってくるね!乗せてくれるかもしれないし!」
「いや、大試練が終わらないと駄目だってい」
凄い勢いで坂を駆け下りていくハウ君。性格はのんきで特性はてんねんか何かなんだろうな。おまけに凄い足が速い。あたしの声では絶対に届かない速度でどんどんハウ君が小さくなっていく。ああ。まあ、別に行ったら危険極まりないとかでもないし、いいか。
「いや、面白いトリオですね。皆さん」
「あたしが年長な分、しっかりしないとと思ってはいるんですが」
「ユウケさんは流されて引きずられるタイプみたいですしね」
いけ好かない服を着たお兄ちゃんに誤解されている気がする。リーダーシップと固い意思には自信があるし、そう、ここは第三者であるリーリエの意見を。あれ、いない。
「リーリエ、見ました?ハウ君と一緒に走ってましたか?」
「いえ、すみません。ぼくもハウくんの見事な走りに見とれていましたが、リーリエさんは一緒ではなかったと思います」
「おーい、イリマくーん、ユウケー!」
暇な筋肉研究博士の登場がこんなにありがたいものだとは思わなかった、という失礼極まりない思いを表に出さないよう努めた。
手分けして探すことになった。ハウ君にも一応メールは入れておいたが、走り回っていて着信に気付かないかもしれないし、しかたない。とにかく、リーリエを探さないといけない。ほしぐも――ちゃんが戦える技を覚えたという話も聞いていないし、何のポケモンなのか見当もつかない以上、完全に想像の域を出ないが、ふしぎなアメの類を大量に与えないと難しいのではないか。ともあれ、あたしは受け持ちの北側へ走る。あたしが当てにできる手持ちのポケモンに鼻が効いて追跡できるポケモンも、空を飛べるポケモンもいない。昨日の晩バトルしたトレーナーに目撃情報を聞ければ早いのだが、と、三番道路を見渡すが、見知った顔がいない。しょうがない。あたしは手近な対戦相手を探しているトレーナーに向かって歩き始めた。
「お嬢さん強いな!大したもんだ!島巡りだろ?」
「あ……どうも」
じれったいが、話の腰を折って鼻白まれるのは本意ではない。別にバトルで悪印象があったわけでもなし、でも急いではいるのだ。せかしたくなる気持ちを抑える。
「それより、女の子を探しているのですが、見かけませんでしたか?白い帽子に白のワンピース、プラチナブロンドの長いストレートヘア、肌が透けるように白くて青い瞳が美しい、モンスターボールマークが印字された大きいスポルディングバッグを抱えた、多分天使が実在したらあんな感じという超絶美少女なんですが」
「お嬢さんそんな大声出るんだ?!しかも早口!よく舌噛まないね!」
残念ながら見てないというおじさんに一礼し、次の獲物を探す。人に話を聞く時に便利だし、あんな写真やこんな写真を盗撮、もとい、一緒の写真でも撮っておけばよかった。後でSDカードが埋まるくらいこっそり撮っておこう。三番道路の先に行くべきか、それとも脇道か何かがあるのか?
「ロトム、地図お願い」
「まかせてロトー!」
ひょい、と飛び出すロトム。GPS機能も嬉しい。西が海だが、この断崖を降りるのはポケモンの力でも借りないと無理だろう。高所恐怖の気がないあたしでも、崖から下を見ているとちょっとおっかない高さだしな。岩塊の上も同じ。そんなところに登る理由も無いだろうが。三番道路の先を見て戻ってくるより、先にこの花畑を見に行くべきだな。どちんぴらが少しでも彼女に触れていたら締め殺してからニャビーの火で焼いてマダツボミの消火液をかけたあと崖から捨てようと固い決意をして、あたしはお花畑の方向に歩き出した。
メレメレの花畑、というらしい。一面の黄色い花が、風になびいてさあっと音を立てる。あまり花に興味のないあたしでも賞賛の溜息が漏れる、美しい場所だ。アブリーや、黄色い鳥ポケモンが蜜を求めてかうろうろしている平和な情景。だが、あたしの捜し物は今は名所でも見知らぬポケモンでもない。人を探しているのだ。急がなければならない。
坂を下ると、そこに尋ね人がいた。真っ白な服とそれに負けない透き通った肌、風をはらんでなびく金髪が輝く。花の甘くよい香り。
「リーリエ?」
リーリエが振り返る。後ろにボケて見える花畑の一面の黄、今日も機嫌よく晴れ渡る青空のコントラスト。初めて出会った時のようだ。そして、あのときのように誰かとはぐれて困った子供のような顔。
「ユウケさん、よかった。ほしぐもちゃんが、勝手にバッグから飛び出しちゃって、追いかけている間にはぐれてしまいました。ほしぐもちゃん、戦えないのに、花園の奥に行っちゃって……」
ポケモンの子供も人間に負けず劣らず好奇心旺盛だが、モンスターボールがトレーナーの命令に一定従うようにという条件付けとあわせてこういった迷子を阻止する。ほしぐも――ちゃんはモンスターボールに入っていないし、リーリエも捕獲して手持ちにするのは嫌だというので、仕方がない。あたしは人に何かを命令するガラじゃないし、そんな権利も意思もない。かぶりを振る。
「リーリエ、次からは声をかけてね。ほしぐも……ちゃんが心配なのはわかるけど。あたし達だって手伝えることもあるよ」
「はい、ごめんなさい」
頭まで下げなくていいのに、と苦笑いしてしまう。
「ともかく、ほしぐも……ちゃん、を連れて帰ってくるから。どうしようかな。待っててもらったほうがいいかな」
頷く彼女。
「お花畑の中でなければ、ポケモンは飛び出してこないようですから」
スマフォは当然のように圏外だ。徒歩で山の上となると、基地局も無し、か。
「何かあったら、電話は死んでるから、大声を出して。すぐ戻るよ。それと、これ」
けむりだまを手渡す。誰かの落とし物だが、リーリエの役に立ったならきっと功徳になる。間違いない。
「万が一ポケモンとか、変な奴が絡んできたら、そいつを投げて。地面にね。ぶつけようとか思わないように。で、大声を出しながら逃げる。わかった?」
くすりと笑って、こくこくと頷く彼女。何か変なことを言っただろうか。
「ユウケさん、お願いします」
「野良の珍しいポケモンだと思われてとっ捕まえられる可能性もあるしね。さっさと行ってくるよ」
自分で言ってからその可能性に気付いた。ボールに入ったポケモンは、ボール自体の防護機能が働いて他のボールを自動的に跳ね返すのだが、ほしぐも――ちゃんには当然それはない。花畑にいるポケモンなら、大抵は虫か草、それを狙う飛行タイプの鳥ポケモンくらいだろう。あたしはニャビーをボールから出した。
「着いてきて、ニャビー!寄ってくるポケモンにはひのこ!」
「ナオー!」
嬉しげに着いてくるニャビー。可愛い。あたしの全速力でもニャビーは充分着いてこられるようだ。大体の方角しかわからないががさがさと走る。静寂を乱されて何匹かのポケモンが跳ねる。悪いね。寄ってこない分のポケモンは無視して、あたしは走る最中、少しでも視界を確保しようと飛んだり跳ねたりする。花園の奥、左手に何か青いもの。花園の色に擬態してないポケモンは少ないはずだ。他のところは後回しにして、青い何かが見えた方向に走る。いた。意気揚々と小さな洞窟だろうか、穴に潜り込んでいくほしぐも――ちゃん。まずい。土地勘のないあたしは引き離されたら追えない。
「ニャビー!あの穴に入って、ほしぐも……ちゃんを探して、引き留めて!」
弾かれたように走って行くニャビー。もちろんあたしも追いかける。もし他のポケモンが来たら、違うポケモンで対処するしかない。
小さな穴と見えたものは、案外と大きな洞窟の入口だった。茂みの洞窟前から走ったりバトルしたり、会話したり、あたしの呼吸器系は限界を訴えていた。歩きは自信があるが、運動は得意なほうではない。もう少し、持ってほしい。ニャビーは賢い子だが、猫ポケモンは物凄く目や鼻が効くわけではない。ニャビーもほしぐも――ちゃんも見失ったら、ポケモンを一匹出しっぱなしにして迷子にしたうえで迷子になった間抜けのできあがりだ。ぜいぜいと喉が上げる悲鳴じみた呼気で耳が効かない。目も慣れるまで少しかかる。数秒、深く呼吸をする。目が慣れてくるころ、少しだけ落ち着いた。あたしは転ばないよう慎重に洞窟の奥へ足を進める。
「ニャー!」
「ピュイー!」
「ニャビー、よくやった!」
じゃれ回るニャビーとほしぐも――ちゃん。ニャビーは無事足止めをしてくれていたらしい。でかした!笑みがこぼれる。笑みとは本来攻撃的なもので、獣が牙を剥く行為が原点らしいが、今はそういう意味はない。
まだ息を整えたいあたしは、二匹のそばに座り込む。煙草やってないのにこの息切れ。洞窟の中の涼しさが、火照った体には気持ちいい。ニャビーがぴょんとあたしの膝の上に乗ってきたので、額を撫でてやる。
「偉いぞー。さすがあたしの可愛い子。本当、どうなるかと思ったよ」
元凶たるほしぐも――ちゃんを見る。野良のポケモンもトレーナーもいるし、襲われた経験もあるだろうに、ずいぶんとのんきな子だ。悪気はないのだろうし、どうにも憎めないが、リーリエの困った顔は見たくない。
「さー、ほしぐも……ちゃん。帰るよ。あんたの女神様が心配してるんだからね」
「ピュイ?」
少しずつあたしにも馴染んではくれたのだろうが、それでもリーリエの言うことを聞かないくらいなのだから、あたしの言うことを聞く雰囲気は薄い。あまり本意ではないが、抱きかかえて戻るか、それともニャビーにメモでも持たせて、虫除けスプレーを使ってリーリエに迎えに来てもらうかだ。
「遊ぶのはいいんだけど、リーリエのバッグの外には危ない世界があるんだよ。わかる?あんたを心配してる人が、少なくとも三人はいるんだよ」
「ピューイ!」
「ロトム、ほしぐも……ちゃんに、今の翻訳してくれない?」
「ビガガケテ!ケテケテケテ!ケテケテ!」
全然わかってないし、ロトム図鑑の言葉も通じたのかどうか。
「スピーカーのせいか、あんまり通じてないロト……」
「ほしぐも……ちゃんが何言ってるかはわかる?」
「それもマイクのせいか、ボクから聞くと雑音だらけなんロトー」
ロトムのせいではないが、もうちょっと何とかならなかったのだろうか、この図鑑の部品。もうちょっと説得して、駄目なら息が整いきった時点で担いで帰ろう。そうあたしが決心した時、あたし達が入ってきたのとは別の入口から足音と話し声が届いてきた。不味い。ほしぐも――ちゃんが誰のポケモンであるか、証明する材料が一つもない。ポケモンの捕獲は当然、取ったものの早い者勝ちだ。最悪、あたしがボールに入れるしかないか。
逡巡する間にも、足音と会話が近付いてくる。
「この世界のモンスターボールを模した我々のボールはうまく機能したようだな」
「そうだね、でも、追いかけっこくたびれたよ。目標を……あれ?ダルス、人がいるよ?」
「そのようだな、アマモ」
一人は男性、一人は女性、少女らしい。白と青の色を除けば、ターミネーターじみた服装の二人が、座り込んだままのあたしの前で立ち止まり、両手で四角を描く。挨拶、らしい。あたしも立ち上がって頭を下げる。挨拶は絶対だ。古事記にもそう書かれている。この強烈な印象の二人、同一人物かは知らないが、リリィタウン前で一度見た気がする。
「質問したいのだが、女性よ」
「答えられる範囲なら」
「そいつは、お前が所有権を持っているのか?」
はいと言えば嘘だし、いいえならどうなるか、火を見るより明らかだ。あたしならボールを投げる。珍しいポケモンは、トレーナーから見たら宝石のようなものなのだ。ステータスであり、可能性であり、力にもなりうる。コスプレ観光客であっても、ポケモンを使う人間ならそう思うだろう。
「まあいい。お前はZクリスタルというものを持っているな。お前がそのポケモンを守ろうとするなら、その力があるかどうか、確かめさせてもらう!」
男はそう言い、ボールに手をかけた。だが、ボールを外す動作がぎこちない。舐めるのは危険だが、呑んでかかれる相手だ。
男が繰り出したのはトリミアン。特性はファーコート。技の範囲が広いし、それなりに足も速い相手だ。今のあたしのポケモンだと、先手を取られる。あたしはニャビーの目を見てから、命令する。
「トリミアン、たいあたりだ!」
「ニャビー、かわしながらひのこ!ひのこだけでいい!殴れそうでも殴るな!」
「トリミアン、つぶらなひとみ!」
ワンテンポ遅い。もとよりトリミアン相手に物理攻撃で殴るつもりはない。物理攻撃が下げられようが、今の時点ではどうでもいいことだ。ニャビーはくるくると跳ね回りながら、ひのこを叩き込み続ける。
「む、いかん……トリミアン、たいあたり!」
「ニャビー、くぐって避けて、足にひのこ!」
多分やけどになったのだろう、トリミアンの動きが怪しくなる。
「降参してください。それとも、まだポケモンはいますか?」
「む……わかった。負けを認めよう。戻れ、トリミアン。しかし、理解できない。ポケモン勝負、調べてはみたが、やってみるのとは大違いだな」
ニャビーはトリミアンの攻撃を何度かかすめただけでほとんど無傷だった。偉い偉い。飛び込んでくるニャビーの体当たりがそろそろ受け止められないくらい、強くなった。元気一杯だ。よしよし、と頭を撫でてやる。抱き上げていたニャビーの体が突然重たくなった。あたしはニャビーをゆっくり地面に下ろしてやる。ニャビーの全身が光り輝いて、シルエットが一回り大きくなった。
「ンゴニャアー!」
「ニャヒートに進化したロト!おめでとロトー!」
「これが、進化?へー、すっごいねー!」
「いや、そうじゃないだろう。お前の強さ、認めよう」
本題から脱線していたらしく、男は一呼吸して続ける。言葉を切ったから話の切れ目かなと、思わずしゃがみ込んでニャヒートを撫でていたので、男を見上げる。一瞬間抜けな雰囲気が漂う。ポケモンの進化といえば、ポケモンの一生にとって凄く大事なことだし、あたしが祝福しろ、進化にはそいつが必要だ――と思ってニャヒートと戯れてしまっても仕方ないのではないか。咳払いして立ち上がる。
「そいつは、危険を感じるとワープする能力を持つ。その時に開ける穴から、危険な連中を招きかねないのだ。だが、お前は強いらしい。お前がそいつを守っていれば、大丈夫だろう」
「あのお姉ちゃんはどうするの?」
「穴が不用意に繋がらなければ、俺らの調査には関係無い。行くぞ、アマモ」
「うん、じゃあね。アローラの人」
四角を描く挨拶。あたしも小さく頭を下げた。
「何だったんだロト?」
「あのアマモという女の子、目元は見えなかったけど、ちょっと可愛かったな。そう思わない?」
「いやいや、そこロト?!」
何だか噛み合わない会話で、どっと疲れが出た。ほしぐも――ちゃんを抱き上げる。抵抗しないから、合意とみてよろしいというところだな。疲労が溜息となって流れていく。
こちらを凝視しているリーリエに向けて、ほしぐも――ちゃんを抱え上げる。あたしも、リーリエに何事もなくて一安心だ。
「ユウケさん、本当にありがとうございました」
「いいよいいよ。でもね」
あたしはさっきの出来事をかいつまんで話した。
「そう、ですか……」
「ボールに入れなくても、首……いや、腕輪か何かで表示しておくってこともできなくはないんだけど。ボールの防護機能はついてないからね」
相手の良心次第ということだ。ただ、相手に良心があったとしても、試しにボールを投げてみて「防護機能が働かなければ捨てられたポケモンであって捕獲してもいい」と判断してもいいというのが慣習だし、腕輪にそもそも気付かない可能性もある。逃げ出したポケモンの所有権を巡った裁判で何だかそんな項目があった気がする。だから育て屋さんは孵化したポケモンが直後に逃げ出しても防護機能が働くよう、生まれたタマゴの時点でボールに入れるのだとか。いや、思考が逸れた。
「ま、今すぐ判断しなくてもいい。考えておいて」
「はい。わかりました」
「じゃ、ククイ博士とイリマさんが探してくれてるから、戻ろう」
アンテナが立った時点でククイ博士とハウ君に連絡して、イリマさんの連絡先は知らないのでククイ博士からの伝言を依頼した。
「さて、あたしはもう三番道路を下って行こうかなって思ってるんだけど」
「博士が迎えに来てくださるらしいので、わたしはここで待ってます」
「そう?それならあたしも博士が来るまで待ってるよ」
「大丈夫ですか?」
「別に急ぐ旅でなし、大丈夫大丈夫。折角だからここのポケモンも捕まえておきたいしね。あんま離れないようにはするけど。ほしぐも……ちゃんから目を離さないでね」
こくりと頷くリーリエ。あたしはさっき見かけた鳥ポケモンを探しに行くことにした。
博士にリーリエを任せて、あたしは一気に三番道路を下ることにした。ハウ君は「明日の昼まで、大試練に向けてイリマさんと特訓する。夕方にはリリィタウンに戻る」ということらしい。三番道路の先、どんなポケモンがいて、どういうトレーナーがいるだろうか。ただ、大試練はあたしも明日にしようと思った。
「ユウケ、あんた帰ってくるなら電話しなさいって言ったでしょ」
「ヌニャア!」
「あれ、ご飯要らないならいいんじゃなかったの」
「そうだったかしら?」
帰ってきてかつご飯がいるなら電話せよ、という条件だったはずだ。どっちにせよ、昼も晩もご飯は携帯食料で済ませてしまった。
「そうよ、あんた、明日の朝ご飯食べていくんでしょ?」
「参りました。次からちゃんと電話します」
「わかればよろしい」
一本取られたというか、迂闊だったな。つまらない意地を張るより、ご飯をちゃんと食べたい意欲が勝った。
朝ご飯を食べて、のんびりとお茶を飲んでいる。手持ちのポケモンは、サイズ的に出せる子は全部あたしの部屋で放してやっている。あんまりどったんばったん大騒ぎはしてないが、ニャースも交えて楽しそうな雰囲気は伝わってくる。一匹だけ出せない子がいるが、許して欲しい。ここは豪邸ではないのだ。
「あんた、今日はどうするの?」
「夕方に、リリィタウンで大試練ってやつを受けてくるよ」
「それでだらけてるんだ」
「だらけてないし……すごいしゃんとしてるし……いつものポーカーフェイスだし」
「ソファに伸びてお菓子つまみながらテレビ見てだらだらしてるのはしゃんとしてるって言わないわよ。あと、あんた、ポーカーフェイスっていうか、表情が固いだけだから」
「えっ」
「えっじゃないわよあんた。あんたの試合、父さんと母さんずっとテレビとかで見てたけど、眉間の皺は深くなるばっかりだし、ただでさえ悪かった目つきはアーボックかサザンドラかみたいになるし、勝ってインタビュー受けててもヨマワール、負けたら瀕死のサマヨール、みたいな感じで、父さんなんか『本当に連れ戻したい』って言ってたんだから」
嫌なことを聞いた。そんなに酷い顔だったのだろうか。
「でもね、あんた、まだ来たばっかりだけど、ちょっとは顔柔らかくなったわよ。やっぱり熱帯の気候のお陰かしら?」
それはそれで、どうかと思う。むにむにと自分の顔を引っ張ってみる。表情筋、ちゃんと働いていると思っていたのだが。というか、目つきの悪さは生まれつきです。
「目つきはお父さんのひいおじいさん似らしいわよ。リングマとにらみ合って追い払ったことがあるなんて聞いたわ」
嫌なことを聞いた。もうサングラスでもしようか。似合わないから嫌だな。
大事な一戦を控えたトレーナーの行動は、大体だが三種類に分かれる。ギリギリまでポケモンを鍛える。ギリギリまでポケモンをリラックスさせる。現実逃避をして出たとこ任せにする。あたしは二番目だ。相手ポケモンや自分のポケモンの攻撃でできた段差に引っかかって攻撃が外れて負け、相手ポケモンの追加効果一割を必ず最初にくらい、こちらの三割は一切発生しないで負け、両壁を貼ったうえで交代させたポケモンが急所に当たりやすい攻撃でないのに急所一撃負け等々、確率の神というものがあるなら多分生まれた瞬間に糞団子かこやし玉でも顔面に投げつけたのだろう。というタイプのあたしは、ポケモンが機嫌よく戦ってくれるのを一番重視する。負けたらしょんぼりするし、焦燥感に駆られて訓練してもろくなことがないというのが、あたしの経験だ。もちろん、ギリギリまで鍛えるのが悪いとは思わない。あたしとあたしのポケモンの性には合ってないと思うだけだ。
昼食を食べてからもソファでだらだらしていた。まだ早いけど、そろそろ出ようかなと思い始めたころ、玄関の呼び鈴が鳴る。シャワーズが三回くらいとけるを使った状態だったあたしは、ソファから体を剥がして座り直した。お客さんに丸見えだからだ。
「ユウケさんのお母さま、こんにちは」
「あらあらあら、リーリエちゃん!よく来てくれたわ!あの子、変なことしてなかった?」
しばしの沈黙。黙らないで。沈黙が耳に痛い。くすりと笑うリーリエ。
「ええ、とっても頼りにさせていただいてます」
「あらあらあら!あの子、人付き合いが苦手だから、会話が成り立たないとかそういうのがひどかったら電話してちょうだいね!」
最悪の協定が締結された気がする。やっぱりとけるを使いたい。あたしは頑張って気配を殺しながら、二階に上がった。ポケモンをボールに戻して出かける準備をするだけで、あまりに恐ろしい情報交換やこれ以上の協定が結ばれる恐怖に耐えられなかったからではない。断じて。準備を整える最中、思い立ってオーディオプレイヤーを立ち上げる。お気に入りの曲、そして験担ぎの曲を聴きたいと思ったのだ。流すのはもちろん、Megadethの"Kill The King"だ。あたしの音楽の趣味を知っているニャース以外は、ちょっと驚いた顔をする。そんなに驚くことかね。
準備と験担ぎを終えて降りてくると、まだ話が盛り上がっていた。
「リーリエ、お待たせ。準備できたよ」
「『わざわざ迎えに来てくれてありがとうございます』くらい言えないの?!まったくもう、あんたって子は!親の顔が見たいわ!」
そうですね。鏡よ鏡。リーリエもくすくす笑っている。あたしは帽子を深めにかぶり直して、ぼりぼりと後頭部をかいた。
「まあ、そろそろ時間だし」
「そうですね。それではお母さま。また興味深いお話を聞かせてくださいね」
「この子のアルバムとか用意して待ってるからね!」
もうやだこの母さん。娘が「心が折れそうだ……」とかになったらどうする気なのだろう。「お前もそう思うだろう?フンッ……フッフッフッ……」いや、洒落にならないか。
午後の一番暑い時間帯、入道雲がにょきにょきと立ち上がり、鳥ポケモンがさえずる。今日もアローラは絶好の島巡りびよりだった。
「大試練の内容は、ご存じですか?」
「しまキングであるところのハラさんとポケモンバトル」
「その、不躾な質問かもしれませんが、自信はありますか?」
「ある」
即答したあたしに、リーリエは少し目を丸くした。あたしは笑う。
「基本的に、挑戦を受ける側、この場合はしまキングだけど、しまキングにせよキャプテンにせよ、何らかの制約があるんだよ。自主規制か法的に規制してるかわからないけどね。だってさ、普通に考えて、島巡りをするポケモン歴一週間とかの人間とそのポケモンが、ポケモン歴五十年とかの人が生涯をかけて育てて来たポケモンに勝てると思う?」
「なるほど、それで規制ですか」
「そういうこと。よその地方だとポケモンジムってのが設けられてるのは知ってるだろうけど、ジムリーダーも規制の下で
「そうなんですね。安心しました。ハラさん、すごくお強い人だと聞いてましたから。怖いですけど、最後まで応援してます」
「ありがとう。ま、運がせめて敵をしなければ、やれるさ」
もちろん、前提は正しい。ハラさんが加減ができない人間には見えないし、完全に偏見だが、ハラさんは多分格闘タイプか岩タイプ、さもなければ地面タイプの専門家だろう。まだ出してない切り札を使って、あたしは切り返すことができる。後は、あたしを単なる島巡り挑戦者として扱ってくれるかどうかだ。ククイ博士がどうあたしを紹介したのか聞きたい。今、リーリエに聞いてもいいのだが、藪からアーボ、噂が野火のように広がって「全力出してオッケーなやつ」というレッテルを貼られたら最悪だ。リーリエに限ってそんなことはないと思いたいが、彼女自身に話す気がなくても、人間何があるかわからない。
そう、あたしは、あたしからは逃げられないから、だから、いつでもここから逃げられるようにしておかないといけない。
大試練はリリィタウンの土俵でやると聞いていたので、町の入口の辺りで待つことにした。ベンチがあったので、リーリエの隣に腰掛ける。直射日光が当たらなければ、結構涼しいものだ。リーリエはほしぐも――ちゃんをバッグ越しに構ってやっている。狭い町とはいえ、出してやるわけにはいかないというのは同情する。詳しい事情を聞いていいものだろうか。いや、本人が話したくなるまで待つとしよう。話したくならないならそれはそれで構わない。あたしは知ってる範囲でできることをするだけでいい。
「あー、ユウケー!リーリエー!」
「おっ、全員揃ってるね!ユウケ、ハウ!今日の大試練、すごい技とバトルを期待してるぜ!」
「ありがとうございます、博士。やるだけやってみます」
「ずいぶん弱気だな。ユウケには実績があるんだから、大丈夫さ!」
逆にそれが不安材料なのだが、わかっているのだろうか。わかっていない顔だな、博士。すごい失礼だが、悩み事が少なそうだ。
あたしのことはもうしょうがない。もしハラさんが全力なら、あたしは二日後の相棒達の到着を待って、そこで再戦をするしかない。今のパーティは、単純に経験が足りていないのだ。パーティバランスがどうだとか、技構成がどうだとか以前の問題だ。悩んでもしょうがない。
「じゃーみんな、行こー!」
「待って、ハウ君」
あたしはハウ君の目をじっと見る。疑心なくあたしを見返すハウ君。
「今日、ちゃんとポケモン達は仕上げてきたんだよね?」
「もちろん!じーちゃんの全力を引き出すためにねー!」
「わかった。この大試練なにゃ」
噛んだ。大事なところで噛んだ。痛い。
「にゃ?」
「ごめん、やり直させて。噛んだ」
深呼吸。あえいうえおあ。青を心に、一、二と数えよ。
「この大試練、あたしとハウ君、どっちが先に挑む?因縁っていうとおかしいけど、ハウ君は一番拘りがある相手でしょ?」
ハウ君は、うんうんそれで、という顔をしている。
「あたしが先にやるなら、ハウ君は有利になる――かもしれない。ハラさんは当然二連戦なのがわかってるから、パーティの中身を変えてくる可能性はあるにしても」
「逆にさー、俺はずっとじーちゃんのポケモンバトル見てるから、ユウケが後のほうがいいんじゃないのー?」
「あたしは、どっちでもいいよ。前でも後でも、どっちでも勝つ自信がある。厳密にいうと、島巡り挑戦者相手に手心を加えないといけないハラさんになら、勝つ自信がある。だから、ハウ君が先に挑むか、後に挑むか、決めてほしい」
「うんー……ちょっとだけ、考えていい?」
「土俵の前までだよ。行こう」
あたしは頷いて、前に立って歩き始めた。
土俵の前で決めるといったが、あれは嘘だった。土俵の更に手前、町の通りでハラさんが待ち構えていたのだ。背中がものを言うという例えがあるが、まさにハラさんがそれだった。自分は強いが、自分を越えていけるかという問いかけを発する背中。
「背中だけで、ハラさんすごい強そうロトー!」
しみじみ同意するが、あたしもそれなり以上には色々やって来てる。気圧されてはない。まだ。あたしはハウ君にちらりと目をやる。
「うん、決めたよ、ユウケ」
「どうする?」
「じゃんけんで決めよう!勝ったほうが先に挑戦で!」
ある意味公正かもしれない。そうかもしれないが。ハラさんに精神攻撃が決まってないか?声が聞こえる距離だし、あたしはハラさんを少し心配してしまった。
じゃんけんは三回あいこをした上で、あたしが勝った。
「ハラさん、あたしから大試練に挑戦させてください。よろしくお願いします」
「わかりました。では、行きますかな」
「見学は大丈夫ですか?」
「おお、構いませんぞ。町の皆も見に来ますでな」
ハラさんの一戦となると、やはり見たい人が多いのだろう。それほど大きくもない町で、結構な人だかりだ。土俵に向かい合って立ち、お互いに一礼。これが二つ目のジムだとしたら、それほど緊張しない気がする。しかし、見知った人が旅の最中に必ず戦って勝たないといけない相手というのは初めてかもしれない。あたしがあまり対戦前に相手を煽るタイプでなくてよかった。ハラさんの腰のボールは、三つ。
「ユウケくん、君には孫がお世話になってますな。ですが、今あなたの前にいるのは、しまキングのハラ。私心なくまいりますぞ。このメレメレ島最後の試練にして、しまキングとのポケモン勝負。その名が大試練!」
威圧するためでも、威嚇するためでもない、はっきりとした大声。腸に響く。この人は強い。強い人と戦える喜びから頬が緩みそうになる。
「では、まいりますぞ!大試練、はじめ!」
お互いがボールに手をかける。
あたしはもう出し惜しみしないことにした。勝てばこの島の試練は問題ないし、手も足も出ないほど負ける状況になるなら、それはそれで仕方がない。次のための偵察だと割切る。なら、小当たりしても仕方ない。
「行け、ハガネール!」
ハラさんの先発は――マンキー。やれる。オコリザルが出てこないということは、制限下ということだ。
「ゴオオッ!」
ハガネールの巨躯が、大質量が土俵を揺らす。いかにも強そうな外見にざわめきが起きる。ハガネールはタイプもだけど見た目で選んでいる節を自覚している。怪獣ポケモン大好き。
「へぇ、ハガネールか。ハガネールは鋼・地面タイプ。相性的には格闘タイプのマンキーには不利だな」
「わー、すっげー!かっこいー!」
「ユウケさん、初めて出したポケモンですね」
あたしはいつも通りやることにした。こっちの数的有利は考えない。あたしのやりかたを押し通す。
「ハガネール、ステルスロック!」
「きあいだめ!」
「ステルスロックは見ての通り、場に尖った石をばらまいて、出てきたポケモンの体力を削る技だ。きあいだめは、次の攻撃が必ず急所に当たる技だね」
「どっちの技も、二回攻撃したほうがいいんじゃない?」
「ところが、そうでもないんだな。ステルスロックは除去しない限り必ず相手の体力を削るから、がんじょうとか、きあいのタスキとかを無力化するし、きあいだめは相手の防御が上がっていても急所に当てて無視してしまう」
正直なところ、マンキーもオコリザルも使ったことのないポケモンでよくわからない。格闘技を持っていないわけがないし、こっちに相性のいい技は一つもない。あたしのハガネールは特性ががんじょうだから、一発もらっても耐えて返すことはできる。だが、確実に食える保証はない。石が土俵上にふよふよと漂ったのを見届けて、ハガネールを戻す。
「ハガネール、戻れ!頼んだ、ミミッキュ!」
格闘技読み交代。交代読みで岩技を打たれても、最悪でも皮を剥がされるだけで済む。あたしならここはマンキーにがんせきふうじを打たせるが――。
「からてチョップ!しまった!」
「ミミッキュ!」
ミミッキュは強力な特性と使い勝手のいいタイプ、器用さから世界リーグ戦でも人気の高いポケモンで、あたしも他のトレーナーとの交換で手に入れた一匹――の子供だ。元々の親は陽気だったが、この子は意地っ張り。ただ、タマゴ技で火力を上げられるようなものや、強力な技は残念ながら持ってない。
アローラ地方では当然有名なポケモンなのだろう。ギャラリーもざわつく。
「ミミッキュ?!ゴースト・フェアリータイプのポケモンだ。相性は最高といっていいだろうね。それにしても、ユウケがアローラ地方の、それもメレメレ島以外のポケモンを出してくるなんてね。これは確かに意表を突けるよ」
「マンキーがすり抜けてったけど、どうなったの?よけた?」
「ゴーストタイプのポケモンに、ノーマルタイプと格闘タイプの技は基本的に当たらないんだ」
ハラさんには悪いが、相性で押し切る。つるぎのまいかいのちのたま、でなければこだわりハチマキがあればもっと安心できるのだが。
「ミミッキュ、ひっかく!」
「みやぶる!」
「みやぶるを使えば、ノーマルタイプも格闘タイプも当たるようになる。でも、当然それだけ時間がかかるからね」
みやぶる持ちか、だがそこまで硬い相手でもないと見え、ミミッキュの一撃でかなりふらついている。
「かげうちで仕留めろ!」
「からてチョップ!」
ミミッキュの足下からずるずると影が這い出て、マンキーを吹き飛ばす。威力のない先制技とはいえ、一致技だ。
「マンキー、戦闘不能!」
審判員の試練サポーターのお姉さんが宣言する前に、ハラさんがマンキーを引っ込めた。当然だが、ダメージに按分がついているということだな。ハラさんの二匹目は、マクノシタ。出てくる時にステルスロックが刺さるが、意に介した気配もない。こいつも押し切る。
「ミミッキュ、動き回りながらかげうち!」
「がんせきふうじ!」
「かげうちは先手を取れるゴーストタイプの技、がんせきふうじは相手の動きを遅くする技だ」
こちらのかげうちが当たるが、タフなポケモンらしくそれほど効いているそぶりがない。がんせきふうじをもらって、ミミッキュのばけのかわが剥がれる。ミミッキュの足が鈍る。
「ミミッキュ、構うな、殴り続けて!」
「すなかけ!」
もう一発。まだ倒れない。マクノシタがまき散らす砂がミミッキュの目に入る。もう一発、かげうち。影があらぬ方向に伸びる。マクノシタはふらついてはいるが動ける。再度すなかけ。
「ミミッキュ、三十度の方向にかげうち!」
速度が落ちて、影の動きが鈍いせいで避けられたが、ぎりぎりかすめた。それでマクノシタは落ち――ない!
「はたきおとす!」
足の遅くなった上に目の見えてないミミッキュはマクノシタの動きに反応できず、オレンの実が落とされる。拾う時間がない。マクノシタを仕留めさせる!
「はたきおとすは持ち物を持っている相手にダメージが二倍入る悪タイプの技だ」
「六十度方向にかげうち!」
もろに入ってマクノシタが倒れる。もうミミッキュはほとんど目が見えてない状況だし、タイプ不一致でも木の実を持たせておいたことが裏目に出てかなり足に来ている。まだやれるなら、先制技をもう一発入れて、いや、駄目だ。ミミッキュがこてんと転ぶ。
「マクノシタ、ミミッキュ、ともに戦闘不能!」
ミミッキュで全抜きするつもりだったのだが、技が足りてなかったか。はたきおとすも読めていなかった。
「ミミッキュ、よくやったよ」
それでも二匹食ったのは小さくない。最後の一匹、残りの隠し球を投げるか?いや、この子は格闘タイプ相手には相性が悪すぎる。
「ニャヒート、お願い!」
「マケンカニ、行きますぞ!」
タイプの相性的にはどちらも有利不利無し。一気に畳みかける。
「ほのおのきば!」
ハラさんはポケモンに指示を出さず、奇妙な構えを――Z技か!かなり効いているはずだが、一撃を堪えたマケンカニが光を帯び、踏み込んできた。
「ニャヒート、右側に飛んで避けて!」
ポケモンでも右利きのほうが多いはず。拳で打つ技なら、右に飛べば。マケンカニが尋常でない速度で突っ込んで来て、ニャヒートが巻き込まれる。
「ニャヒート、戦闘不能!」
ニャヒートを戻す。Z技に不慣れとはいえ、あたしのミスだ。ミミッキュがいれば、無傷でスカせたのだから。
「ニャヒート、ごめん。ありがとう」
もう一度、ハガネールを出す。タイプ相性は悪いが、こちらは無傷で頑丈持ちがいる。対して相手はステルスロックが刺さった上に、意地っ張りニャヒートのほのおのきばをもろに食らっている。少なく見ても三割は体力を削ったはずだ。咆吼を再度上げるハガネール。他に使えるポケモンがいるのに、あえて不利なタイプを最後に出す。普段のあたしなら、何かの技を誘う時にしかしない。
「ほう……あえて不利なポケモンを出すとは、三対三でやりたいということですかな?」
あたしはハラさんをまっすぐ見据えて頷いた。
「ハラさんを馬鹿にしてるとか、そういうことじゃないです。あたしは、同じ数でやるっていうルールで生きてきましたから。それに、ハラさんのマケンカニはもう道具がないですし、体力も削れてます。それに、勝算ゼロの勝負はしない主義ですから」
ハラさんは大きく笑う。
「その意地あっぱれ、ですが、勝負は最後までわからんものです。ハラハラさせますぞ!」
積み技がないなら、ダメージレースで勝てる。せめて、逆風が吹かないことだけを祈る。この島の神、カプ・コケコはきっと勝負に恣意的なことはしないだろう。だから、あたしと、あたしの意地に祈る。お願い。せめて運の天秤を向こうに傾けないで。
「ハガネール、ヘビーボンバー!」
「グロウパンチ!」
「おお、僕としたことが、見とれて解説してなかったね。ヘビーボンバーは重量差で威力が変わる鋼タイプの技だ。グロウパンチは一発の威力は低いが、攻撃しながら攻撃力を一段階上げる技だぜ」
リーリエとハウ君はもう無言だった。重低音が土俵を揺らし、土煙がもうもうと上がる。
がんじょうはもう当てにできないが、タイプ一致でもグロウパンチなら半分も効いてない。充分耐える。
「ハガネール、もう一回ヘビーボンバー!」
「グロウパンチ!」
土煙で見えない。ハガネールが先にもらって、そこからヘビーボンバーが当たった、はずだ。あの技は外さない、はず。土煙を空かして、大きく鉄蛇の影が持ち上がる。ハガネールは持ちこたえている。
「マケンカニ、戦闘不能!よって、ユウケ選手の勝ち!」
「……やった」
「はっはっは、これは一本取られましたな!」
拍手が小さく、段々大きくなる。ジムリーダー戦でも、観客は結構入るので慣れてはいるつもりだったが、こんな大見得を切ったのは初めてだ。ハガネールを戻す。
「よくやった、ハガネール。あとでたっぷり撫でてやるから」
あたしとハラさんは再度場に戻って一礼。
「お互い本気の全力で勝負できるのが楽しみですな。その時も同じ数のポケモンで付き合ってくださいますかな?」
「その時、考えさせてもらっていいですか」
悪意の感じられない「そこは、『喜んで』じゃないのかー!」という野次が飛んでくる。ミミッキュが育っていれば、ハラさんの技次第だが六タテもできなくないので、根性無しと言われればそうなのだが。色々やってきたあたしでも、そこは断言できないくらいハラさんのポケモンは凄いと思ったのだ。
「はっはっは!それでは、挑戦者ユウケを大試練達成者とここに認め、カクトウZのクリスタルを授けます!」
「ありがとうございます」
もう一度一礼して土俵を降りる。休憩を挟んでだが次の一戦がしまキングとその孫の一戦ということで人垣は崩れない。好意的な拍手、「やったな!」という声。「あっ、ど、どうも……ありがとうございます……」と小声で頭を下げながら通るあたし。なぜかポケットに詰め込まれるお菓子やポケマメ、木の実。ハイタッチを求める人に、こわごわと返しながら、リーリエ達の元へ。
「ユウケ、やったな!」
「ユウケー、すごいよー!じーちゃんに勝つなんてさー!」
「ユウケさん、すごかったです。ハガネールさんたちも」
博士にハグを求められる。痛いです。見てわかる、触ってわかるすごい筋肉。これあれかな、このまま阿修羅バスターとか決められる奴かな。幸い殺人技とかはかけられずに解放された。
ハウ君とハグ。マラサダかな?いいにおいがする。
「次、ちゃんと応援してるから」
「ありがとー。じーちゃんの本気出してもらうようがんばるよー!」
おずおずと手を広げるリーリエに、あたしも何だかおずおずと、でもしっかりと抱きつく。
「おめでとうございます。本当に」
「ありがとう」
ハウ君もお菓子のいいにおいがしていたけど、リーリエのこのいいにおい何なんだろう。香水か、それともシャンプーなのか。目が回る。ここに住みたい。
「あらー、よくやったわね、ユウケ!」
至福の場所から飛び離れていつものポーカーフェイスを作り直すまで、主観時間一秒。
「母さんか。まあ、ハラさんは加減してくれてたからさ」
「あんたさっきすごい鼻の下伸びてたわよ」
「マジで?!」
母という生物に指さして笑われている。カマをかけられたか。母さんには勝てる気がしない。母さんのちょうはつであたしは変化技が出せなくなった。
とても大事なことを忘れるところだった。ハウ君を応援したいのは本当なので、あたしは全速力でポケモンセンターに走る。がんばれあたしの呼吸器。ぜいぜい言いながら、受付のジョーイさんにボールを渡す。
「お願いします」
「あら、さっきはおめでとう」
「あ、ど、どうも……」
不意打ちだった。何でも、あたしの試合だけ見て帰りに立ち寄った人がいたらしい。
「ハラさんに勝つくらいのトレーナーさんですものね。これからもがんばってくださいね」
「あっ、はい、ありがとうございます……」
何人かの他のお客さんがあたしを見ている、気がする。注目されるのはやっぱり恥ずかしい。ボールを受け取って、あたしは急ぎ駆け戻ることにした。
さっきの勝者に敬意を表して、ということか、単に全力疾走してきたあたしの顔がアレだったのか、ククイ博士の横、最前列を譲ってもらうことができた。ありがたく見させてもらうことにする。
「おー、ユウケ。間に合ったな。よかった。それにしても、とびだすなかみ発動直前って感じだぜ?」
「結構、坂、きつい、です」
走り込みが足りない。リーリエがさりげなくおいしいみずのペットボトルをくれる。礼を言って受け取る。残念、新品だ。ハウ君が準備運動をしている。いつもの柔和な顔が、明らかに緊張で硬くなっている。偉大な祖父と向き合う勇気の裏返しなのだろう。本人の心は、本人しかわからないから、確実なことは言えないけれど。あたしはさっき一番頑張ったミミッキュをボールから出して抱き上げてやる。
一番気になっていたこの大試練が終わった今なら、あたしでも勇気を出せる、かもしれない。大きく息を吸い込んで、止めて、吐く。落ち着いて、冷静に。周囲の喧噪が今はありがたい。母さんはリーリエとおしゃべりに夢中だし、今が一番いいタイミングだ。ククイ博士にそっと耳打ちして尋ねる。
「あたしの経歴、どこまでしまキングとキャプテンに伝えたんですか?」
「えっ?持ってるバッジと、元チャンピオン防衛歴、それと世界リーグの成績かな」
全部やんけ。めっちゃ素だし、悪意はないんだろうけど。悪意がないだけたちが悪いというやつでは。
「あの、ちなみにどういうルートで……?」
「島巡りの連絡会的な集まりがあってね、しまキングやキャプテンが集まるんだ。ぼくも用事があってこの間出席して、その時にね」
全部やんけ。ククイ博士なら、ハガネールのヘビーボンバーでも耐えるのでは?一発くらいなら許されるのでは?
「大丈夫、ちゃんと『島巡りは一からやると本人から聞いているから特別扱いせず、そのつもりで前向きに善処してほしい』って言っておいたから」
ヘドロウェーブとオーバーヒートで新しい合体技とか実験してみませんか、という言葉を必死に飲み込んだ。
「いや、でも楽しいだろ?さっきのハラさんだって、ちゃんと君のことを受け止めてくれたわけだしね!」
「ああ、やっぱり対策してたんですか」
「ゴーストタイプのポケモン自体はメレメレ島でも捕まえられるから、もともとハラさんも全然対策してないわけじゃない。僕はてっきり、ゴーストかフワンテ、ムウマくらいだとは思ってたけどね。ミミッキュは確かに、隠しておく価値のあるポケモンだよ」
「まあ、今日全部手札出しましたけどね」
「ん?後一匹、まだ見せてもらってないような」
「ああ、その……好きなポケモンなんですけど、いろいろと問題があるといいますか。そのうちお披露目します。可愛いあたしの子だし」
「それは楽しみだな。お、始まるぜ」
さっきはあたし自身が舞台にいて、ハラさんと目の前のバトルに集中できていたからか、それとも祖父と孫の対決ということで注目度がより高いのか、ギャラリーの声がより地鳴りのように聞こえる。大勢の前では上手く動かない喉を必死に酷使する。
「ハウ君、頑張れー!」
「頑張ってくださーい!」
ククイ博士と母さんは、どっちを応援するという感じでもなさそうだ。内心はともかく、あちらを立てればこちらが立たずというやつだろうか。
ハウ君の顔見知りがあちこちにいるのだろう。緊張した面持ちながらも、あっちのほうに手を振り、こっちのほうにも手を振り。手汗をかいたのを察したのか、手(なのだろうか。親とは割と付き合いが長いのに、いまだにわからない)を握ってくれる。あたしもミミッキュの手(?)を握り返して、苦しくないように気をつけながら、ミミッキュを抱きしめた。ゴーストタイプのポケモンだからか、温かくはないけど冷たくもない不思議な感触が、あたしを少し落ち着けてくれる。
ハウ君は終始優勢だった。フクスロー(モクローから進化していた)がタイプの優位を生かし、不利な時には引いて、ピカチュウで状態異常を撒いて、もう一度フクスローを出し、綺麗に決め、ハラさんのマケンカニが倒れた。どよめきが拍手に変わる。ハウ君が勝ったことは嬉しいし、戦いっぷりは確かに上手かった。上手かったが、ハラさんの出したのはさっき、あたしのポケモンと戦った子じゃない。確信はないがそう思った。これが自惚れか、気のせいであってくれれば一番なのだが。
ハウ君がこっちに戻ってくるまでずいぶんかかった。友達や知り合い、親戚なんかも多い分、あたしよりはるかにもみくちゃにされていたからだ。遠くからもみくちゃにされている様がよく見えた。だが、その顔はほんの少しだけ浮かなさそうだった。
「おめでとう、ハウ!いい技出してたぜ!」
「おめでとうございます。上手く言えませんが、すごかったです!」
「あらあらー、ハウ君、よかったじゃない!」
「その……おめでとう」
「ありがとー。でも、じーちゃんの本気、出してもらえなかったなー」
ハウ君もそう思ったか。
「ユウケと戦った時と違う子だったよねー。じーちゃん教えてくれなかったけどさー」
「ハウ君がもっと強くなったら、本気で戦ってくれるよ。ハウ君は強くなれると思う」
不安げな表情を覗かせるハウ君。
「目標があって、ポケモンを好きでいられるなら、きっと大丈夫」
「そーかなー。うーん、そうかも。結局、本気になってもらうためには強くなるしかないもんねー」
「自分と、相棒を疑わないであげて。あたしが今言えるのはそれだけ」
多分この場で、一番それを難しいと思い、ふらつくあたしが言うのは滑稽だけれど、きっと必要なことだと思った。少し強ばった表情のハウ君が、やっと相好を崩してくれた。
「そーだよね。ありがとー、ユウケ!」
土俵の上から、ハラさんがあたしとハウ君を呼んでいる。
「なんだろーね?いこっか」
自然にあたしの手を取って引き、先導してくれるハウ君。いい子だ。
「おお、ユウケくんにハウ。呼び止めてすみませんな。一つ、渡し忘れたものがありましてな」
何だろう。あたしとハウ君に一つずつ。見たことのない緑色の機械。
「アローラ地方では、ポケモンに乗せてもらって旅を助けてもらうというのは知っていますかな?」
パンフレットで見た。頷く。
「このライドギアとライドウェアがあれば、ポケモンに乗れるんですな。ユウケくんには、前に触ってもらったあのケンタロスを連れていってやってほしいんですな。彼もきみが気に入ったようですしな!」
あの道路を塞いでいた子か。あたしとハウ君のどっちに着いていったほうが楽しいか、損得勘定が苦手そうなのが気に入った。鼻先を撫でてやる。
「ハラさん、ありがとうございます。よろしくね、ケンタロス」
「もちろん、ハウにもケンタロスを連れていってもらいますぞ!」
「わー、やったー!」
ライドギア。ロトム図鑑に連携し、ボタンを押すと一瞬でライドウェアに早着替えしたうえでポケモンを呼び出せる便利アイテム。変身もののお約束で、早着替え途中に裸になったらどうしようと恐る恐る試してみたが、幸いそんなことはなかった。競輪の選手みたいな服だ。プロテクターも随所についているし、ヘルメットもしっかりしている。ポケモンに乗るならこれくらいは必要ということだろうな。
「あっ、これで今度こそマンタインに乗れるねー!ねー、ユウケ!」
ハウ君の嬉しそうな笑顔に水を差したくはないが、正直なところなみのりポケモンか、連絡船で行きたい。
「次はアーカラ島だな。僕とリーリエは、ヨットで行くことにするよ。明日の朝……そうだな、九時にカンタイシティの港でどうだろう。マンタインなら三十分もかからないと思うぜ」
苦笑いするリーリエ。
「あの船、大丈夫ですか?」
「ちゃんと修理してあるから大丈夫!」
ぼろいらしいが、正直あたしもそれに乗せてほしい。マリンスポーツなんてしたら体が拒絶反応を起こして死ぬのではないか。
「わー、あんたよかったわねー!サーフィン楽しんでらっしゃいな!」
ばんばんと背中を叩く母さん。その笑みは似合わなさすぎてウケるほうの笑み。完全にサーフィンとか無理なんで、って言うタイミングを逃した。相棒ポケモンに乗ってそらをとぶ?まだ届かない。明後日になれば届くが、明後日の何時かはわからない。
「ユウケ、じゃあ明日の朝八時にビッグウェーブビーチに集合しよー!茂みの洞窟の近くのビーチのほうねー!」
仮病しかない。
「何が何でも叩き起こして追い出すから、任せておいて!あと、ハウくん、この子のサーフィンしてるとこの写真一枚お願いね!メアド渡すわね!」
「はーい!」
あたしは死んだ。前門のエレブー、後門のケンタロスだ。
「そうそう、ユウケはもうハウオリシティのフォトクラブ行った?」
「フォトクラブ?」
「ポケモンとねー、一緒に写真が撮れるんだって!俺はこれから家族と宴会だから行けないけどねー」
「写真かー……ポケモンの写真は撮りたいけど、あたしの写真はどうでも……」
「あんたいつ死ぬかわからないみたいな顔してるんだから撮ってきなさいよ!」
苦笑いする一同。あたしは久々に、母さんと他人になりたいと思った。
ずいぶん長いこと試合をしていたと思ったが、まだ十八時過ぎ。写真を撮ってくるまで晩飯は抜きと宣言されたあたしは、皆と別れてハウオリシティのフォトクラブに――行く前に、リーリエに呼び止められた。
「あの、ユウケさん、お願いがあるんです」
「相棒のポケモンを譲ってほしいっていうお願い以外なら、何でも聞くけど」
「ありがとうございます。あの、ほしぐもちゃんのことで……この子は遠いところから来たポケモンなのです。危ない時にあたしを助けてくれたので、あたしはお礼として、この子を元いたところに帰してあげたくて。でも、わたし、トレーナーじゃないから……」
「遠いところって、具体的にどこなの?手がかりとか、ある?」
首を横に振るリーリエ。手がかりなしか。
「でも、この子、遺跡に行きたがるので、何かヒントがあるのではないかと」
「なるほど。どうせ島巡りは絶対するわけだし、要はあたしがリーリエとほしぐも……ちゃんのことを守りつつ、遺跡にも寄ればいい。構わないよ」
ぱああっと明るくなるリーリエ。可愛い。
「ありがとうございます!では、また明日、アーカラ島で!」
握手してぶんぶんと手を振られる。そんな顔をされたら、あたしまで嬉しくなってしまう。もし、四つの遺跡を回ってもヒントがなければ、知り合いのポケモン研究をしている博士達に聞いてみてもいいか。ほしぐも――ちゃんのことを人に知られたがらないリーリエがうんと言えば、だが。他にああいうのに詳しいとなると、石マニアのホウエンの元チャンピオンとか、か。捕まればだけれども。
リーリエと話がまとまった後、アローラフォトクラブ前にたどり着いて入口に気圧されてしまった。母さんには「トレーナーパスの証明写真を撮ったからそれでいい」と言い返すべきだったと気付いたが、もうここまで来たら入るしかない。店内のキラキラした雰囲気に一瞬で半死半生になってしまった。本当に開店したてらしく、新しいお店のにおいがした。
「いらっしゃいませ!お客様、そのクリスタルがお二つ……大試練達成、おめでとうございます!」
「はぁ、そのう……ありがとうございます」
「特別記念サービスとして、一枚無料で撮らせていただきますね!」
そんな大事を成し遂げたのかという顔で、見知らぬ可愛い花冠のようなポケモンを連れた綺麗なお姉さんが振り返る。可愛いポケモンですね、なんて話しかける勇気はあたしにはないし、いますぐ撮りましょうすぐ撮りましょうという勢いの受付のお姉さんの話を切る勇気も当然あたしにはないのだった。
左側で元気一杯にポーズを決めるニャヒートと、右手に引きつった笑顔のあたし。左側だけを見たらとてもいい写真だと思った。笑顔が硬いと五回くらい言われたのだが、あたしの努力を何とか認めてくれたらしく、こうして写真ができあがったのだ。諦められた可能性も否定はできないが。帰って母さんに見せたら、爆笑してニャースに見せたうえに父さんにその場で送られた。帰りたい。実家なのに。何だかよくわからない事象に打ちのめされたあたしは、サーフィンに備えてさっさと寝ることにしたのだった。