負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、海を渡る

 世界が回り、ぐるぐると揺れる。巨大な何者かがあたしを揺さぶっている。神の近い地方、アローラ地方の裁きなのだろうか。あたしが何をしたかはわからない。強いて言うなら、身の丈の合わないことに挑んだせいだろうか。立っていられなくなり、あたしは波打ち際にへたり込む。体が痙攣し、胃が蠢く。体が言うことを聞いてくれない。

 

 詳しい描写はあたし自身の名誉のためにしたくないが、盛大にマンタイン酔いした。乗り物には強いほうだし、遠足のバスで隣の子が戻しても全然平気だったので、無様にマンタインから転げ落ちるくらいで済むと思っていたのだが、想像以上だった。

「ユウケー、もう大丈夫ー?」

 嫌な顔一つせず(後ろは見えないから推測だけど)背中をさすってくれてくれていたハウ君本当に優しい。あたしが異性愛者なら惚れていたのではないだろうか。

「も、もう大丈夫かな……ひくっ、うっ、やっぱまだごめん」

 小魚ポケモンが元朝食だった何かに寄ってきていて、大自然のたくましさを感じる。申し訳なさそうな顔をするマンタインに、気にしなくていいというジェスチャーを、あ、内容物を見ていたらまだ酸っぱい何かが。

「そういうの意識するとよけい気持ち悪くなるから、景色とか見ておいたらー?」

「集合時間に遅れるから、あたしは置いて先に」

 ここはいいから先に行け、みたいなフラグを立てたせいか、胃が。そういえば使ったこと無いけど、きのみを食べたら使えるゲップって技があったような。

「AMSから光が逆流する……」

「もー、何だかわからないこと言ってるし、落ち着くまで一緒にいるから。ククイ博士とリーリエには連絡しとくからさ」

 

 十五分ほどして、やっと体が落ち着いた。

「ありがと、ハウ君」

「いいよいいよー。ほら、水」

 おいしいみずが焼けた食道を癒やしてくれる気がする。みっともない姿を見せた。もう今更と言えるが。

「やあやあ、初めまして。ククイ博士からポケモン図鑑をもらったトレーナーのお二人さん!」

 知らない――いや、知っている顔だ。いやに日焼けしているが。

「オーキド博士?」

「おじさん、だれー?」

「ああ、はじめまして。私は、ナリヤ・オーキド。お嬢さんとはお目にかかったことがありましたかな?」

「あ、いえ、カントーのオーキド博士とは何度か」

「これは失礼。カントーのオーキドとはいとこにあたります。お二人さん、よろしければ主ポケモンを差し上げましょう」

「えっ、くれるのー?」

「ヌシールはご存じですね。金色のシールを、キャプテンが島のあちこちに貼っています。あれをたくさん集めて、持ってきてください。まずは20枚から」

 ヌシール。ああ、あの金ぴかのシールか。あたしは引っぺがして持ってきた実物をハウ君に見せる。

「そう、それです。カンタイビーチにてお待ちしていますよ。では、また」

 立ち去るオーキドさんを見送りながら、ハウ君が尋ねる。

「ユウケー、オーキド博士って、あのポケモン博士の人ー?」

「そう。あの人の研究所が近くにあって。世話になったよ」

「へー。教科書に名前載ってる人と知り合いって、何だかすごいなー!」

「あんな人があんな田舎に住んでるってのが、奇跡的なだけだよ」

 口下手で無愛想な子供だと言われた――あたしはそうは思ってなかったのだが――あたしにも分け隔ての無い、近所の面倒見のいいおじいさんだという認識しかなかった。今思うと恐ろしい認識だが、子供からしたらそんなものだろう。

 

 待たせてしまうと心配していたのだが、予定の時間には何とか間に合ったらしい。

「ハウ、ユウケ!こっちだ!」

 港の外れ、観光地とは思えないほどあまり人気がない。寂れた場所には見えないから、連絡船が着く時間帯を外れているのだろう。博士とリーリエ、バッグから出されてはしゃいでいるほしぐも――ちゃん。後ろのその、雰囲気のあるヨットが博士のヨットなのだろう。とてもマンタインより早くは無さそうだが、あたしは飛んだり跳ねたりしなさそうなあっちのほうが、いい。

「ユウケさん、大丈夫ですか?」

「生きてる。一応は」

 げっそりしたあたしに苦笑いするリーリエ。彼女にあの酷い様を見られなくてよかったかもしれない。

「ククイ、あんたその白衣引っかけるのやめなって言ったよね」

 ほしぐも――ちゃんを声のした方から遮るようにさりげなく場所をずらす。バッグを開いてほしぐも――ちゃんを招き入れようとするリーリエ。

「リーリエ、ユウケ、この人達は大丈夫だよ。久しぶりだね、ライチ、マオ」

「あんたら、島巡りかい?しまクイーンをしてる、ライチだよ。よろしく」

 褐色に黒髪の迫力のあるお姉さん、プロポーション抜群で見とれてしまう。何故だろう。後ろのリーリエからじとっとした視線を感じるような。

「キャプテンをやってます、マオでっす!よろしくね!」

 緑の髪、ツインテールの元気そうな女の子。こちらも中々、いいスタイル。後ろの視線が段々痛くなってきたような気がした。何故だ。あたしが何だか失礼な態度を取っているのだろうか。真顔、真顔だぞあたし。

「どうも、ユウケです。よろしくお願いします」

 小さく頭を下げる。ライチさんが小さく眉を上げ「そうか、あんたが」と小さく呟いたようなのが聞こえた。隣のマオさんも何だか目が輝いた気がする。やっぱり期待値が上がっているのか。頭が痛い。おくびにも出さなかったハラさんは凄いのか、素が落ち着いているからなのか。

「ハウは久しぶりだね。ハラさんに勝てたんだ。よかったじゃないか」

「じーちゃん本気出してくれなかったし、まだまだだよー」

「いやいや、それでも大したもんっす!あたし達の試練も楽しみにしてるから!」

 意味ありげな視線をあたしに向ける二人。

「ユウケ、あんたは相棒のポケモンを連れてきたの?」

 タオルでさりげなく隠してあるボールホルダーを見せる。法令の限界数の六匹分のボール。

「今の相棒は。アローラに来てからもらった子と、タマゴを孵した子だけです。他のは、役所の手続きの都合で明後日には届くはずですが。今のところ、アローラで捕まえて育てるか、孵化させた子以外は試練で使う予定はないですね」

「いきなりの本気は無し、ってことか。あんた、焦らすのが得意なタイプ?」

 あたしはかぶりを振った。

「焦らすだなんて……他の地方でも、天災並の何かがない限りは、同じようにやってましたから」

「ふうん。ま、それもありかもね。新しい出会いもあるだろうし」

「さて、じゃああたしは用事があるからこれでね。二人とも、島巡り楽しんでね。また会えるのを楽しみにしてるよ」

「ハウはもう知ってると思うけど、ユウケさんには説明しておくと、この島では三つの試練があるっす。一つはあたしの試練。楽しみにしてるっすよ!じゃ!」

 立ち去る二人に小さく頭を下げ、これからどうしますかという意味を込めてククイ博士を見る。

「相変わらず素直じゃないな、ライチは。あれでも二人を心配してるんだよ」

 小さく苦笑いして頷くあたし。あたしに対しては心配四割、全力要求六割ってところだろうが。

「さて、じゃあ僕も用事があるから、失礼するよ。二人とも、島巡りを楽しんでくれよな!」

「俺もマラサダ食べてからリリィタウン目指すねー!ユウケ、リーリエ、リリィタウンで集合しない?」

 頷くあたし。

「あ、すみません。わたしはあそこの、ホテルしおさいで大事な人と待ち合わせがありまして」

 ハウ君と一緒に行く事自体は何の不満もないが、がっかリーリエだよ。

「そっかー、じゃあ俺先に行くねー。ユウケー、リーリエをよろしくねー」

 内心でグッジョブサイン。二人を見送り、リーリエを見る。何だか不機嫌なような。

「さて、じゃあ……ホテルしおさいってあれだよね。送っていくよ」

 何だか頬が少し膨れて不満げな様子だが。可愛い。あたしは何か怒らせるようなことをしただろうか。

「ちんぴらやらに絡まれたら不味いしね。……あの、リーリエ、さん?」

 渋々、という様子で頷く彼女。

「わかりました」

 

 観光案内所の微妙なおみやげを冷やかしたり、ブティックのウィンドウショッピングに付き合っている間に、リーリエは少し機嫌がよくなってきたらしい。よかった。

「ユウケさん、その、昨日のお願いの話なんですが」

「ああ、遺跡ね。大丈夫だよ。そっちの用事が終わったら付き合うから」

「ありがとうございます。アーカラ島の遺跡は『命の遺跡』という名前で、カプ・テテフさんという神が守り神だそうです。無邪気な神様だとか」

「ほしぐも……ちゃんの、何かヒントがあればいいんだけどね」

「そうですね。あ、あの方達は、トレーナーさんでしょうか」

 ホテルしおさいの前に、いかにも観光客然としたカップル。ボールホルダーも持っていて、トレーナーを探している様子。いや、何だか見覚えのある人達だが。

「そこのあなた、お待ちなさいな。トレーナーですわね?」

「やあ、これは失礼。僕はデクシオ」

「麗しいあたくしの麗しい名前は、ジーナ!って、あら?」

 知り合いだった。

「ああ……どうも。お久し振りです。デクシオさん、ジーナさん。ユウケです。こちらは友人のリーリエ」

「はじめまして、リーリエと申します」

「カロス地方で、ちょっとね」

 アローラの挨拶。すさまじい馴染みようだ。彼女達は有名人だし、あたしは別にそこまで長い付き合いでもなかった。むしろ、よく覚えていたなと感心すらする。

「いや、まさか知り合いに出会うとは、世間は狭いものですね」

「以前お目にかかったときより、目つきが悪くなってませんこと?積もる話はともかく、一戦いかがかしら?」

 手元をちらりと確認する。メガバングルはなし。カロスにいた時に、一度も手合わせした記憶がない。デクシオさんはエスパータイプ使いだと聞いたような気がするが…。

「やりましょう」

 昔の知り合いに負けたからどうということは無い。ある意味滅茶苦茶な人達だが、罰ゲームだの何だの言ってくるタイプではなかった。

 

 今の手持ちポケモンでは、経験の差で一蹴されるのも覚悟していたが、終わってみればあたしの一方的な勝ちだった。彼女達もこちらに来てからポケモンを育て直したらしい。

「ハガネールとは、ユウケさんにすごく似合っているポケモンですね」

「目つきとか、鋼タイプとか、ぴったりですわよ。そういえば、」

 褒められているのだろうか、判断に迷う。全く顔に悪意がないから、多分褒めているのだろう。そういえばこんな感じの人達だったな。曖昧に微笑む。

「カルムも会いたがってましたわよ。たまにはリーグに顔を出されては?」

「そうそう、元チャンピオンが返り咲くというのもいいものでは?」

「それでは、ボン・ボヤージュ」

「ボン・ボヤージュ」

「ええ、また」

 軽く頭を下げる。相変わらずマイペースの極みだ。

「お待たせ」

「あの、ユウケさん、元チャンピオンって……?」

 ああ、もう説明してもいいやと思っていたのに、完全にタイミングを逃していた。あたしはいつでも、肝心なところで言葉が足りない。あたしは恐る恐る問いかけの主、リーリエを見る。あたしの予想していた怒りではなく、疑問の眼差し。

「ああ……ごめん。ちゃんと話す。立ち話も何だし、冷房も効いているしね」

 ホテルに目をやる。ホテルしおさい、小綺麗だがそこまで大きいホテルではない。あたしにはドミトリーが似合いだが。

「そうですね」

 ベルボーイなんて普段あたしが泊まる宿ではまず見ることがない。中は程よく冷房が効いている。待ち合わせ場所はロビー横のラウンジでいいらしい。冗談のような値段のコーヒーを二つ頼む。コーヒーが来るまで、あたしにとっては重苦しい沈黙。

「言うのが遅れた。ごめん。タイミングが、その、なくて」

 率直に頭を下げ、バッグの裏をそっと開いてリーリエに見せる。

「どうして謝るのですか?……これは、ジムバッジ?えっ、すごい数……」

「言うのが遅れて、悪かった」

 リーリエは首を横に振ってにっこりと微笑む。

「気にしないでください。ユウケさん、そういうのを見せびらかすのが嫌いなかただと思いますし」

 ほっとするし、同時にちくりと胸が痛む。確かに見せびらかすのは好きではない。ただ、それはあたしが謙虚だからというからではない。あれはイッシュ地方のライモンシティだったと思う。『強いトレーナーはちゃんとバッジを見せて、初心者トレーナーにわからせないといけない。弱い相手を一方的に叩きのめすことになるからだ』というトレーナーの先輩の言葉を真に受けていたあたしは、カントーとジョウトのバッジをぶら下げて歩いていた。そうだ、カミツレさんと戦った後だから、ライモンシティで間違いない。ジムから出てポケモンセンターへ行く直前、トレーナーとして一番消耗している瞬間を襲われたのだ。勝って襲撃者をぶちのめしたあたしが聞いたのは『よその地域から来た強いトレーナーなら、強くて珍しいポケモンを持っているに違いない。だから奪おうと思った』という言葉だった。ポケモンは簡単に人を殺せることを十二分に承知している。請け負ったことはないが、ポケモンを使って人を殺す仕事があるのも知っている。でも、なぜ、どうして。歩いているだけで同じ人間に理不尽に敵意を向けられないといけない?強いというのは、同時にそれ自体が弱いことではないのか。あたしはそれから、よほどのことがない限りバッジを見せないようにした。怖かったのだ。希少なポケモンを見せびらかしたり、他の地方のバッジを大量にぶら下げている人間は正気の沙汰と思えない。自分のポケモンがいくら強力でも、ポケモンを全て失った後には、柔らかくて脆弱な人間しか残らないのだ。

「ありがとう。こういうもんは、見せつけるもんじゃないからね」

 でも、弱いことを見せることもできない。弱いこともまた、襲われることになる。目の前の可愛らしいこの子があたしの敵になるとは到底思えないけれども。弱いことを誰かに知られるのは怖い。弱いことを自分で認めるのは、もっと怖い。

「チャンピオン、というのもこのバッジの中に?」

 かぶりを振る。今この時点ではあたしはどこの地方でのチャンピオンでもない。額縁だったかに入ったあちこちの優勝記念品は実家の押し入れにしまい込んである。

「チャンピオンだった、っていうのが正しいね。カントー、ジョウト、イッシュ、カロス、ホウエンの地方リーグを制して、その時いたチャンピオンを倒したことはあるけど、他のトレーナーに負けた。今のあたしは『元』しか持ってない」

「それでも、すごいことだと思います」

 そうなのだろう。とはいえ、地方リーグは強烈に入れ替わりが激しく、下手をすると一日で何度もチャンピオンの称号が動くくらいだ。四天王が弱いというわけでは無論ないが、四天王はジムリーダーと同じく、一種の制約がかけられている。例えば俗にいう準伝説級以上のポケモン使用禁止なんかがそうだ。ポケモントレーナーの水準全体が底上げされてチャンピオンロードを突破するトレーナーが増えたこともあり、四天王職というのは溢れる挑戦者をさばくのに忙しすぎてそういうポケモンを探しに行くどころではないと聞いたこともあるが――いや、思考が逸れた。とにかく、謙遜するほどでもないが、空前絶後というほどでもないというのが正直なところだと思う。石を投げた程度では無理だろうが、隕石が落ちれば一人くらいは元チャンピオンに当たるのではないだろうか。

「ありがとう。それで、このことなんだけど、あんまり人には言いたくないんだよね。ククイ博士と、博士経由でしまキング、キャプテンは知ってるらしい。ハウ君も当然聞いてはいると思う。お爺さんがそうなんだからね」

 こくこくと頷く彼女。

「わかりました。わたしも、ユウケさんに秘密を守ってもらってます。だから、内緒ですね」

 指切りを求められる。子供だった頃も、指切りなんてしただろうか。少々手を震わせながら、小指を絡ませる。ひんやりした小指の感触が心地よい。

「嘘ついたらハリーセン飲ます、です」

「そのうち、知られることにはなると思うんだけど。ククイ博士、いい人だけどあんまり空気とかこっちの気持ちとか読んでくれるタイプじゃないしね。それで悪意がなくて顔が広いんだから、厄介なもんだ」

「ちょっと言い過ぎじゃないですか?」

 くすくすと笑う彼女は、表情で一部無言の肯定をしていた。怒られると思っていたが、という安心感と同時に、別に隠し事をしていても咎めるほどの相手でもないと思われているのも寂しいという矛盾した気持ち。小人の妬心(しょうじん としん)を上手く飲み込まないといけない。そんな深く付き合える相手を求めるのも、身の丈を過ぎている。

 

 コーヒーを飲み終えた。これ以上座っていると暑い外に出るのが嫌でねをはるを使ってしまいそうだし、

「待ち合わせ相手は、ポケモンを持って自衛できる人?」

「大丈夫です。その後、博士も合流すると聞いています」

 待ち合わせ相手が誰かは聞かないことにした。興味がないといえば嘘になるが。

「何かあったら電話して。すぐ行くから」

「ありがとうございます。あ、あの」

「コーヒー、貸しにしておくよ」

 伝票をさりげなく取って、冗談みたいな金額を支払い外へ。と言っても、そこまで懐が寂しいわけではない。過去の実績って奴(ポケモン協会から少なくない金額が定期的に支払われる)や対戦の報償金(これもポケモン協会から入ってくる。相手の収入や実績等を考慮したうえで翌月以降に入ってくる)から、それなりの収入は入ってくるのだ。世界リーグで蓄えたお金もほとんど手つかずだし。安宿を好むのは貧乏性が抜けないだけだ。

 

 オハナタウンを目指す最中、ピカチュウの谷で思う存分ピカチュウを愛でたり(人には見せられないくらい顔が緩んでいたと思う。このときばかりは一人でよかったと思った)、オハナ牧場でキャプテンのマオさんに再度出会って、ライドギアにムーランドを登録してもらうなどした。

 

 牧場の南端にその施設はあった。特に名所扱いされているわけでも無く、誰も特に教えてくれなかったので、うっかり通り過ぎるところだった。

「預かり屋……育て屋でなくて、か」

「そうなんです。ここはポケモンを預かる施設です。二匹預かると、タマゴができることがあるんですよ。育てない分、料金はお安くなっています。定額500円。ただし、一週間以上お預かりは追加料金がかかります」

 にこやかなお姉さんの説明を相槌を打ちながら聞くまでもなく聞き流す。ポケモンのタマゴは、やはりというべきかここアローラ地方でも発生する瞬間が観測されていないらしい。例えば監視カメラや人間が死角をなくして観測するとタマゴは生まれないというのはポケモンに少しでも詳しい人間なら常識だ。目を離すとどこからともなく生まれてくる。昔、タマゴの発生研究について協力し、X線やらでポケモンの体内を含めて観測していた時もそうだった。ポケットに入るとはいえ、モンスターと称される理由の一つにはこれもあるのではないかと、あたしは勝手に思っている。

「今のところはまだ用事がないけど、きっと世話になりに来る。その時はよろしく」

 喜んで、というお姉さんの営業スマイルを後に、あたしはオハナタウンに向かった。南へ向かう道路はウソッキーがへたり込むように座って封鎖しているから、それしかなかったというのもあるが。特に通りたい人もぱっと見渡した限りいなかったし、あたしも南に急いで出たい用事があるわけでも無いし。

 

 オハナタウンは、いかにも西部劇という雰囲気の町だった。東の大陸の開拓者がそのまま移住してきて作った町なのだろうか。ころころと転がる草――オカヒジキ属だったか、俗にタンブル・ウィードという草が視界を横切っていく。隣が大牧場だし、まさに西部劇という感じだな。何件かの雑貨屋のような店があるだけのそれほど大きくない町で、名所をネットで調べるとキャプテンであるカキさんの家だとか。有名人とはいえ、それはいいのだろうか。

「あっ、ユウケー!着いてそうそうだけど、勝負しよー!西部劇の決闘っぽいしさー!」

「わかった。先にポケモンセンターにだけ寄らせて。と、その前に一つ仕事だ。ちょっと待ってて」

 不思議そうな顔のハウ君に、町の西側を指さす。スカル団の女と男――カップルなのだろうか。つるむな。それだけで舌打ちしそうになる。アローラ地方特有の白い、リージョンフォームのロコンを追い詰めている。奥にトレーナーらしいおばさんがいる。しょうがない。

「ちょっと、あんたら何やってるんだい?トレーナーのいるポケモンに手を出すなって教わらなかったのかい?」

「ああ、悪いねえ、お嬢さん。あたしのポケモンじゃないんだよ」

「そーいうこった。あんたには関係ねえ」

「ちょっと待ちな、『黒にオレンジの帽子、オレンジに黒のシャツ、ダメージドジーンズ、登山靴。黒髪のスプラッシュカール、体つきが貧相なガキ、目つきがアーボのように悪い女トレーナー』……あんたが隣の島で仲間の邪魔をしたユウケかい?」

 服装はともかくとして最後の二つは何だ。

「人の名前を聞く前に、自分から名乗るのがマナーじゃないの?それと、あたしの名前はどうでもいい。そのロコン、野良ならさっさと捕まえなよ。町ん中で手負いのポケモンうろつかせるのは迷惑だろう」

「別にこいつ自体は弱そうだし、ボール買えないからいらねーんだよ!こいつはぎんのおうかんを持ってるから、それをよこせって言ってるんだ!おらっ、ぎんのおうかん出せ!」

「ポケモンを出してどろぼうでも使えばいいだろう」

「そんな技覚えねえし!」

 早い者勝ちの原則でいえば、ボールを投げてもいいが、あたしもアローラのキュウコンは持っているのだ。

「面倒臭いな。あんたら、あたしと勝負しな。負けたらこの子から手を引け。まとめてかかってくるなら二対一でも構わないよ。あたしみたいなガキにびびるならね」

「偉そうに、泣かせてやる!」

 女の方がボールに手をやる。ちょろい。

 

 典型的な捨て台詞を吐いて逃げていくスカル団員二名。結局名前は聞かなかったが、どうでもいい。

「ありがとうね、お嬢さん」

「町の真ん中でポケモンをいたぶるなんて正気の沙汰じゃないですし、構いません」

 強力な親ポケモンが怒り狂って町を襲ったり、窮鼠猫を噛む(鼠と猫のポケモンには諸説ある)という言葉もある。貴重なアイテムを手に入れるためにポケモンをどろぼうで乱獲したりすること自体はあたしもやったことがないかというと嘘になるので、そこは黙っておいた。話しているおばさんとあたしを横目に、ロコンは逃げていく。

「ああ、人間嫌いにならなきゃいいけど」

 それはそれで、仕方のないことかもしれない。あたしはあいつらも、人間が嫌いになるポケモンのことも責められない。

 

 待ってくれていたハウ君に詫びるジェスチャーをして、ポケモンセンターでポケモンを回復させてから、改めて街路の中央へ。隣島であっても、ハウ君は有名人らしく、「メレメレ島のしまキングの孫とトレーナーが一戦やるらしい」と聞いて、人垣ができてきた。

「ますます決闘っぽくない、これ」

「あたし達はどっちも悪党じゃないし、命の取り合いはしないけどね」

 苦笑いしながら頷くあたし。ハウ君の手持ちはどう変わっただろう。それも含めて楽しみだ。

「じゃあ、後ろを向いて三歩歩いて、振り返ってボールを投げる、っていうのでどうだい?」

 別に早く出したから劇的に有利になるかというとそうでもないが、心の余裕は違うだろう。

「いいよー!」

 一、二、三。あたしとハウ君が振り返ってボールを投げる。

 

 手持ちは特に変わっていなかったハウ君を、あたしは難なく下した。

「あははー、負けちゃったー。ユウケはやっぱり強いねー」

「まあ、年季が違うからね。最初はそんなもんさ」

 人垣を意識して、わざと頑張ってちょっと大きめの声。しまキングの孫なのに弱い、なんていう奴がいたらなるべく頑張って睨みつけてやろうと思ったが、幸いそういう奴はいなかった。しかし――なぜ、そこまであたしが彼を意識するのだろう。肩入れしすぎているのではないか。と、考えている間に散っていく人垣。ここは観光地域ではないのか、おひねりはなかった。残念。

「じゃー、俺ー、ポケモンセンター寄ってからスイレンさんの試練行ってくるねー!」

「あたしはのんびり行こうかな……まだポケモンセンターの中のお知らせとか見てないしね。フレンドリィショップも見たいし」

「わかったー!また後でねー!」

 早い。この暑いのにそこまで走らなくても。そういえば、ハウ君はそこまで汗をかいてないな。やっぱり慣れなのだろうか。

 

 ポケモンセンターに入る際に、イヤフォンを耳に突っ込み、音楽を聴き始める。知らない誰かに不意打ちで声をかけられたくないからだ。今日の気分は、うん、Ihsahnだな。"Frozen Lakes on Mars"。火星、宇宙か。あたしは見たことがないが、知り合いのトレーナーは、ポケモンに乗って見たことがあるらしい。地球は青かったそうだし、幸い空は自立兵器では埋まってはいなかったそうだ。今の用事には関係無いが。

 そういえば、カントー最強と呼ばれたあのトレーナーも、あたしと同じく会話が苦手だったらしい。だからというわけではないが、伝言板というシステムはポケモンセンターの情報板という形に変わって健在だった。ポケモンセンター内のお知らせを眺める。ポケモンセンターの予算にもよるが、アローラのそれはタッチパネル式で、利用者が多く補助金が潤沢であることを伺わせる。カントーの端のあるポケモンセンターでは、これはただの張り紙だった。単なる伝言や情報共有、トレーナーへの依頼が雑多に並んでいる。古い順に並べて見てみる。

 『飲食店でギター弾き語りを雇いませんか。ゴニョニョ付』あたしには関係無いな。

 『用心棒やります。反社会勢力はお断り。報酬30%及び弾薬費』マッハで蜂の巣にします。高いな。それに助っ人は要らない。

 『不明勢力排除』ボータウンを占拠している不明勢力を排除してほしい。報酬は前払い。……前払いという時点で騙して悪いが決定、無視。

 『灯台強行偵察』灯台の強行偵察を依頼します。ポケモンによって占拠されている本施設はもともと私たちの管理下のものでした。……命令だ死んでくれ、無視。

 『ポケモン撃破』単独でのポケモン撃破を行いたいが戦力が不足、報酬が多すぎる。……ディアハンターか。無視。

 『夜の墓地では、ゴーストポケモンに不用意に近付かないように!昼もゴーストポケモンには不用意に近付くと危険です!』当たり前すぎる。無視。

 『釣りクラブメンバー募集』ちょっと興味は湧いたが、つりざおを持ってない。

 『バンドメンバー募集』当方ベースとドラム、女子。ギターとボーカル募集。兼任可、電気ポケモンがいればアンプ代浮きます。Offspiringやザ・ドガースが好きです。ギターがない。

 『アルバイト募集、中華料理』店かキャプテンマオまで、賄い付き。マオさんの家は中華料理店なのか。お腹が空いてきた。まだ十秒間チャージのゼリーはあったはず。無関係。

 『パラディン募集』内容は読まなかった。ハックアンドスラッシュのチーム募集なら違法だし、前世のお友達捜しならどっちにせよ正気を疑う。コスプレ友達募集なら関係無いしな。

 『AC6対戦会やりませんか』ACは航空機の中でミサイルを製造する方ではなく、Armored Coreオフライン対戦。PS4コントローラだけ持って来てください。PS4持ってないので我慢。

 『やみのいし売ります』マリエシティにて、ライチさんの宝石店でも滅多に入らない貴重品、要事前連絡。ライチさんとは、あのジムリーダーだろうか。ロトム図鑑のメモ機能でメモ。

 『有害ポケモン駆除』農作物防護のため、トレーナーを雇いたい。格闘タイプ及び炎タイプ使い優遇。追加報酬有。拘束時間が長い。無視。

 『ポケモン図鑑情報提供希望、報酬有』これも使えそうだな、メモ。

 知らない人に話しかけるなんて――どうしても、ジムの情報やらを集めるためでもなければ――あたしには無理だ。イリマさんと戦う時には情報が足りず、ハラさんとは何となく事前情報なしでやりたいと思ったのだ。キャプテンの試練も、できれば誰とも会話せずに情報を集めたい。アーカラ島の島巡り情報誌。これだな。役所が作った雰囲気の、コピー紙をホチキスで留めただけの簡単なもの。奥付を見ると、改訂日が記されている。定期的に更新されるものらしい。試練の詳細は書かれていないが、それぞれが何の試練かを記してある。この間のラッタのように、必ずしも単独のタイプではないが、少なくとも一つが何のタイプかはわかる。アーカラ島の試練は、水、草、炎らしい。大試練は――キャプテンライチは、岩タイプか。おおまかな場所も記してある。せせらぎの丘、ヴェラ火山公園、シェードジャングルの順がお勧め、か。多分難度の問題なのだろうな。また嘘なのね、とかされないといいが、ひとまずそれで行こう。

「ロトム、ナビお願い」

「了解ロトー!まずはせせらぎの丘ロトね。北側の出口からまっすぐロト!」

「ありがとう」

 便利な時代になったものだ。方向感覚にはそこそこ自信があるが、不意の通行止めやら何やらで迷いがちなので、助かる。

 

 ポケモンバトルが終わった直後特有の緊張弛緩。ハウ君の背中には、それが見て取れた。

「あっ、ユウケー。負けちゃったよー。」

 ハウ君を倒すほどのトレーナーとはどんなものだろう。彼は経験こそ浅いが、あたし個人の見立てでいえば筋がいいと思う。お相手は――眼前のあまり雰囲気のよくなさそうなトレーナー。金髪に整った容姿、Rolling Stonesのアルバムが名付けられたスタンド使いのような、ジッパーだらけの服。容姿に関しては、誰かに似ている気がするのが引っかかるが、男だからどうでもいい。

「ユウケだと?そうか、お前がユウケか?」

「アローラだと、人の名前を聞く前に自分が名乗るようには教わらないのかい?」

 ふっ、と相手が笑う。格好付け野郎、いや、義務教育が十歳で一般的に終わる今、何故かあまり一般的ではない学年で呼ばれる病の持ち主なのだろうか。

「俺の名はグラジオ。今はスカル団の用心棒をやっている。お前、ハウとか言ったか。お前は強い。だが、本気を出していない。しまキングの祖父に追いつけない言い訳をするためにな」

 お前にハウ君の何がわかる、と同時に、それはあるかもしれないという相反する気持ちが湧き上がる。さっきもだったが、いくら友人とはいえ熱くなりすぎかもしれない。あたしが人の距離を測るのが苦手だからか、庇護欲的なものを掻き立てる何かがあるのか。

「えー?俺がー?強いー?」

 期せずして、あたしとグラジオが同時に頷く。

「俺はー、強いかどうかより、楽しいのが一番だって思うけどなー」

「力が、強さがなければ、何も守れない」

 どちらも正しいと思う。だが、どちらも今の自分にはないと認めてしまったあたしは、余計なことが言えない。

「ユウケ。お前はどうなんだ?お前、大したトレーナーらしいじゃないか?」

 こいつはどこまで知っている?スカル団からだけの情報か?

「力ってのは何なんだろうね」

 あたしはぼりぼりと後頭部をかいた。絶対的な力なんてものが存在しないのでは、と、何千戦も、何年も戦ってきて得られた唯一の漠然とした答えだった。

「あたしは、弱いからかな。その辺りがよくわからなかった。あたしでも大物食いをできることもあるし、格下に完璧にのされることもある」

 不審そうなハウ君と、侮蔑と怒りが入り交じったような顔をするグラジオ。

「御託は沢山だ。お前が弱いなら、俺に負けて礎になれ!」

 ふ、と鼻で笑うあたし。それが奴の怒りに油を注いだらしい。

「強い弱いなんてものは、相対的なもんさ。証明してみせよう」

 結局、あたし達トレーナーが語るには、これが一番だ。あたしとグラジオは同時にボールに手をかけた。

 

 向こうはボールが三つ、先発はズバット、こっちの先手はハガネール。

「行きな、ハガネール!」

 相性でいえば、こちらが圧倒的に有利だ。ズバットが何を持っていようが、がんじょう持ちのハガネールは一撃で落とせない。ともかくちょろちょろまとわりつかれてうろつかれ余計なことをされるのが一番厄介だ。あたしが相手ならあやしいひかりを入れて引くところだが、ハガネールの足が遅いし、どちらにせよちょうはつは覚えてない。一発や二発もらうのは覚悟して殴るしかない。

「ズバット、だましうち!」

「ハガネール、がんせきふうじ!当たったらステルスロック!」

 だましうちは確かタマゴ技で覚えたはずだ。あたしもクロバットを使っていた時に――は、技の中から外していたな。トレーナーの中では意見が分かれるが、あたしはポケモンに四つしか技を覚えさせないタイプだ。五つ以上の技を使わせるとポケモン自体の反応が遅れるし、技の精度が落ちる場合がある。ただでさえ運の向いてないあたしが欲張ると、命中率が九十五%とされる技でも連続で外しかねない。四つでもこおりのきばを二回以上連続で外したことがあるが。

 関係のないことを考えていてはいけない。一度目のがんせきふうじはズバットが逃げ込んだ木の枝に逸らされて外れた。あたしのポケモンだし、運に見放されているのはわかっているからこそ、当たったらという条件を付けて技を命じたのだ。正直なところズバットのだましうちが二度入ったところでハガネールは小揺るぎもしない。二度目のがんせきふうじがようやく命中したところで、ズバットが光に包まれる。交代ではないが――イリュージョン。ゾロアか。なるほど、毒・飛行タイプのポケモンに化けるというのはいい考えだ。同時に、相手がズバットを持っているというのも割れてしまうし、特殊技があればもっとよかったが。ハガネールが浮遊する岩をばらまき、グラジオは舌打ちする。ゾロアの動きも制限できるし、ハガネールは仮に当たってしまってもさほどの影響はない。向こうにはハガネールへの有効打がないのだろうし、引かせる気もなさそうで、だましうちを続けている。

「ハガネール、ヘビーボンバー」

 ゾロアはお世辞にも耐久力があるポケモンではない。奇襲効果が薄れては辛いだろう。予想通り、一撃でぶっ倒れた。

「くっ、行け、ズバット!」

 ステルスロックで傷を負いながらもズバットが出てくる。こいつもがんせきふうじで動きを封じて片付いた。

「くっ……ヌル!」

 やはりステルスロックで傷を負いながら飛び出す相手の最後の札。グラジオ、実際の年齢は知らないが、若いな。(あたしも正直なところ、あまり実践できている自信がなくなってきたが)余裕のない顔を勝負事の相手に見せてはいけない。切り札があると思わせないと。それにしても、何だ、このポケモンは。外見からもタイプが読めない。鉄仮面のようなものを被っているから、エスパータイプか?尻尾を見ると水タイプのようにも見えるが……。まあいい、ハガネールはまだ元気一杯だ。殴らせてみて手応えで考えよう。

「ハガネール、がんせきふうじで動きを止めて、ヘビーボンバー」

「ヌル!たいあたり!」

 向こうの方が早いが、ハガネールが遅いのは十二分に承知している。耐えて殴り返すポケモンはあまり使ってこなかったので、これも勉強というやつだな。普通・抜群以上の攻撃をもらってないから、まだまだ余裕だ。鋼タイプに格闘タイプが抜群というのは、こう、直接打撃を見る度に不思議に思う。相手のヌルは体当たりするだけで痛そうなのだが。

「小当たりするだけかい?抜群以上の技を持ってないなら、止めた方が良い。可哀想だろう」

 あたしの言葉を無視、か。ま、気持ちはわからないでもない。だが、相性が悪かった。あたしはどのタイプが相手でも穴を空けないようにパーティを組むのが好きなタイプだから、三匹しか持たずに挑んでこれば当然と言えば当然かもしれないが。ハガネールのヘビーボンバーが地面を再び震わせる。

「くそ、ヌル、すまん」

「よくやったよ、ハガネール。戻れ」

「おー、ユウケ、すごいなー!」

 視線で人が殺せるなら、あたしを半殺しにくらいにはできそうな視線を受け止める。受け止めるのはいいが、知らない人間と目を合わせるのは苦手だ。だが、目を逸らせない。強くなりたいと思う気持ち自体は理解できる。たまたま、今の天井があたしだったというだけだ。こいつも、折れたあたしよりは、この熱意を維持できるなら強くなれるかもしれない。

「……フッ、憎い奴だ。お前のようなレベルのトレーナーが、なぜ島巡りなんてことをしてる?」

「『郷に入れば郷に従え』って言うからね。それに、面白いよ。初めての場所、初めてのポケモン、初めての相手」

「俺はお前みたいな、わかったような口をきくスカしたタイプの奴が嫌いだ」

 あんたに言われたくないよ、と思ったが、大人げなさ過ぎる。売り言葉に買い言葉は結構。一呼吸。

「そりゃどうも」

「おいおいおい、あんだけでかい口叩いて、お前負けてんじゃねえか、グラジオさんよお!」

「こりゃ、あたし達が気合い入れてやるしかないね!」

「大体あんた、グズマさんのお気に入りらしいけど、本当は正式なスカル団員じゃねえんだぜ?そこんとこわかってる?」

 さっきシメた奴らだろうか、スカル団のカップルらしき二人。メキシコ人みたいな格好のせいで顔を覚えるのが苦手なあたしは本当に判別がつかない。ハガネールも元気だし、他の五匹は手つかずだ。二対一でも構わないと思った、が。

「止めておけ。俺にもかなわない奴が、あいつに勝てるわけがない」

 しばしあたしとハウ君をそっちのけにして睨み合うスカル団員二名と用心棒。内輪揉め大いに結構。長引きそうならそっとずらかろう、とハウ君の手を取って合図をしようとした時。

「けっ、やめたやめた」

「ヤミカラスが鳴くからかーえろ」

 きびすを返すスカル団員二名。肩をすくめるあたし。

「いいポケモンだな。お前達が旅をするなら、また会うこともあるだろう」

「あたしはもう揉め事は腹一杯なんだけどね」

 無視して格好を付けてから去って行くグラジオ。

「んー?ユウケー、どうしたのー?」

 ぎゅっと手を握られて飛び上がりそうになった。

「んんょあゎっ?!」

「今どこから声出したのー?変なユウケー」

 実際ちょっと飛び上がったらしい。奇跡的に言うことを効いた体が、嫌がってると思われない程度の速度で手を離す。

「あいつらが内輪揉めしてるなら、その隙にそっとずらかろう、って合図をしようとしただけだよ!」

「あーそっかー。ユウケー、そういうの得意そうだよねー」

「得意だよ。何であたしらが揉め事に鼻突っ込まないといけないんだ」

 トレーナーは自警団ではない。社会の要請とやらで、そういった役割を期待されているというのはよく知っているけれども。

「そうかなー?目の前に困った人とかがいたら結構割り込んでないー?」

「知らない。してない。行こう、次」

 あたしは自分と家族と、後は数少ない友達の面倒くらいしか見られないほうだと思う。あたしの手は小さくて短いのだ。

 

「ユウケ、さっきのグラジオって人、怖かったロトー!」

「そうだよねー」

「そうかい?」

 ギラギラした雰囲気が怖かったのだろうか。ああいった雰囲気の手合いは、自分を含めてよく見ていたから、そこまで怖いとは思わなかった。

「ああいう何かに一途ですって手合いは目当てのもんが一つならわかりやすい。カネだとか、強さだとか、異性だとか、権力だとか。あいつは強さだろうね。それなら自分が素直に相手より下って認めるか、勝ってわからせるかすればとりあえずの発作は落ち着くんだよ。他のは知らんけど」

「ほへー」

「へーロトー」

 落ち着くというよりは、厳密に言えば――止めておこう。別の感情に支配されるだけだなんて、言っても惨めになるだけだ。

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