せせらぎの丘前ポケモンセンター。オハナタウンの情報板にあった、サニーゴの図鑑データが欲しいというバイトのデータをいかにも研究者と書いてある風貌の人に引き渡し、臨時収入を得た。
「えっ、ユウケ、どうしたのそれー」
「ポケモンセンターの情報板……って、あたしは勝手に呼んでるんだけど、それに書いてあったよ」
指さす先には、このポケモンセンターの情報板。
「えー、これってそんなこと書いてあるんだー?はじめて見たよー。ポケモンセンターで暇そうな人とお話して大体の話聞いちゃうからなー」
何というコミュニケーション能力の格差か。よく知らない人に話しかけられるな。言葉は不要な情報板助かってるんだけど。
「ま、まあ、その場にいない人の依頼とかもわかるから?そういうのも平行して使ったほうがいいよねって」
ちょっと声が震えた。興味深そうに情報板を眺めるハウ君に先に行くと一声かけて、ボールを預けてポケモンを回復してもらう。
「ハウ君、目はそのままでいいから聞いてほしいんだけど」
「なにー?」
ちゃんとこっちを見てくれるハウ君。躾がいいというのはこういう事なのだろうな。
「次の水の試練は、どっちから先にやる?」
「あー、さっきあそこのお姉さんが挑戦して駄目だったって言ってたなー。どうしようかなー」
数分の間に知らない人とお話しして情報交換を――何者だ。いやハウ君だけど。あたしなら話しかける勇気を出すだけで多分三十分はかかる。
「話は聞かせてもらいました。あなた達が、次の水の試練の挑戦者ですね?」
知らない声が背中からかかったらびくりとしないだろうか?あたしはする。ハウ君はしなかった。あたしじゃなくて他の誰かに声をかけている可能性もある。動揺を抑えて振り返ると、青色の髪、そばかすが散った、だがそれが魅力を損ねていない可愛らしい女の子がいた。
「あー、スイレンさんー、久しぶりー」
「ハウくん、お久し振りです。そして、初めまして。島巡りのかた。わたしがキャプテンをしています、スイレンと申します」
「ど、どうも、ユウケです」
「ああ、あなたがあの!」
大声やめてほしい。ただでさえキャプテンという有名人にセンター内の注目が集まっているのに、その人が「あの」なんていうから、何だかあたしにまで注目が集まっている気がする。
「水があったら入りたい、って顔をしていますね、ユウケさん」
「あははー、ユウケ、泳ぐの好きー?」
「どっちもあんまり……」
可愛らしいこの子(あたしより年上かもしれないが)は、見た目以上の食わせ物らしい。あたしの反応を見て、注目を集めたほうがいいと判断したのだろう。あえて声を大きくしている。水は入りたくないが、穴には入りたい。
「お二人とも、ちゃんともてなす必要があります。水の試練、まずは、ユウケさんからでどうでしょう?」
ちらりとハウ君のほうを見る。彼としては特に問題がなさそうだ。ならば。
「では、お願いします、スイレンさん」
せせらぎの丘。せせらぎというより、小さな滝もあったり、急流のようなものも見えるが、まあいい。
「ところで、ユウケさん、わたし、ここで赤いギャラドスを釣ったことがあるんですよ」
「へえ。ここでも釣れるんだ。色違いは、遺伝子異常によるものらしいですけ」
スイレンさんの目が怪しく光った。衝撃。肩を掴まれている。揺さぶられている。AP三十%減少。回避してください。掴まれているから無理だが。
「ユウケさん、赤いギャラドスお持ちなんですか?!」
「あーうん、昔、ジョウトで。っていうかス、いや舌噛みそう」
「失礼しました。おほん。赤いギャラドスは後で見せていただくとして、それならですよ、カイオーガも釣ったことがあるんですよ!」
ノーリアクションを貫く。カイオーガも持っている。ホウエン地方の異常気象の時に協力したあいつは、カイオーガは倒すので精一杯、と言ったのだ。確かに、捕まえるほうが仕留めるより難しい。生死を問わず、というのは、死体にして運ぶほうが楽だからだ。あの事件の時、活性化していなかったのを好機と見てグラードンを捕まえていたから譲る気だったのだが、頑として聞かないあいつを説得する気力もなく、かといって、放っておくわけにもいかないので、奴と話合った末、あたしが捕まえておいた――のだが、一度もボックスから出したことがない。
肩を掴まれた。さっきより激しく揺さぶられている。AP七十%減少。回避に専念しろ。掴まれているので無理です。
「ユウケさん、あなたもしかして!?」
「知らないわーカイオーガとか見たことも聞いたこともねーわー」
必死で目を逸らす。あれだけは不味い。赤いギャラドスは別にいいとしても。カイオーガ自身、捕まえてからボックスに放り込んでそれっきりだ。はじまりのうみは不味い。
十分ほど揺さぶられながらもしらを切り通したお陰で、カイオーガを見せろというのだけは免れた。赤いギャラドスは約束させられたが。
「言っておくけど、今日は多分見せられないよ。役所からは明日だって聞いてるし」
「別に構いません。さて、試練を始めましょう」
そっちが先じゃないのか。あたしは口を開く気にもならなかった。
「さて、試練ですが、ヨワシを奥に追い込んでもらうことになります」
ざばざばざば、と勢いのいい音。APが減って疲れたあたしは、敬語をやめることにした。
「疲れたから敬語をやめる。ヨワシか。何度か見たことがある」
「おや、ヨワシをご存じですか。では、特性も、単体ではこんな音を立てるポケモンではないということもご存じですよね?」
頷く。
「もし、活きのいい海パン野郎が溺れていたら、救助をお願いします」
知らない人間だから溺れ死んでおいてくれ、というほど薄情な人間ではないつもりだ。了承する。ライドギアにラプラスを登録してくれた。懐かしい。なみのりといえばこの子だった。優雅で美しいポケモン。昔は絶滅危惧種だったらしいが、今、特にアローラでは頻繁に見かけるポケモンだ。
人間などどこにもいなかった。いたのはシズクモとヨワシ。どちらも、そんなに大きな音を立てるポケモンだっただろうか?大きな音を立てるというのは、普通は威嚇だったり、縄張りの誇示だったりする。群れたヨワシは確かに強いが、あれは自衛のための強さだ。縄張りを誇示するための強さではない。もっとも、試練という人為的な行為において、こんなことを考えてもしかたがないのだが。
どん詰まりだ。滝がどうどうと流れ込んでいる。マダツボミから先ほど進化したウツドンを撫でてやりながら、あたしは滝の奥に目を凝らす。上から奇襲なんてされたら死にかねない。
「本当の本当に、これまでは活きのいい海パン野郎はいませんでしたね。ですが、最後の最後、あれこそが活きのいい海パン野郎かもしれません!」
最初の『可愛らしい子』という評価は撤回だ。素で言ってるなら大したものだし、演技としては――いささか人を食いすぎている。まあいい。別に、キャプテンは演技力を問われるものではないのだろう。この島の神が、演芸の神だったりするなら別だが。カプ・テテフ。恐ろしい神だと、調べた限りでは思う。生命を司る神、調停者、無邪気にして全てを焼き尽くす神。黒い鳥役を兼ねる神か。はぁ、と小さく溜息をつく。
「さあ、人命救助のため、お願いしますね、ユウケさん!」
「はいはい」
何だかこのスイレン――もう敬称もうんざりだ、の相手で疲れた。小汚い布団でいいから帰って寝たい。何とか気持ちを奮い立たせるべく、ぴしゃりと自分の両頬を叩く。酒があればベストだったが、アローラは今まで旅してきた地域の中では二番目くらいに治安が悪い。寒い地方ではないから、気付け兼保温用と称して持ち歩いていたスキットルと酒も家に置いてきてしまった。愛しのレッドラム、素敵な風穴よ。レッドラムはアローラに似合いそうな酒だと思う。アローラで何歳から酒が飲めるかはあえて確認してない。ダメ押しとばかりに雨が降り始めた。あたしは目玉が出そうな値段だったレインコートを羽織る。大枚を叩いたゴアテックス製だけあって、通気性は悪くない。調子に乗って走り回ると熱が籠もるが、旧世代や安物とは比べものにならない。命を預ける装備の一つだから、値段を惜しめなかったのだ。
雨下という水ポケモン優位な環境下で、さきほどよりも大きな音、大きな水柱に相対する。こいつが主だろう。ポケモンの調子は良好。
「主ポケモンロト!……ヨワシじゃない、ロト?」
「らしいね、しかし、ちょいと予想外だった」
現れたぬしポケモンは、オニシズクモだった。こいつも、あたしが育てたことのあるポケモンだ。特性はすいほう、水タイプの技が二倍、炎技が半減、火傷を負わないというおまけ付きの強力なポケモンだ。ただし、足は速くない。
「行け、ウツドン!」
作戦は単純。ねむりごな、ねむりごな、そしてねむりごなだ。主と従者が呼んだポケモン一匹目を封じて、アシッドボム二回で片を付ける。
今回は、運が少なくとも敵にならなかった。あたしはあっさりとオニシズクモを沈め、呼ばれたシズクモも片付けた。
「ユウケさん、さすがです!ヨワシを追いやったらオニシズクモになるというのは驚きでしたが」
乾いた笑いが漏れる。
「それでは、試練達成の証を差し上げます。さあ、ポーズを!」
「Zクリスタルはいただきますが、ポーズは辞退します」
ハウ君とかなら似合うかもしれないが、あたしみたいなのがやっても全然似合わない。誰もいないのを確認してから鏡の前で一度やったが、あれは酷かった。
せせらぎの丘前ポケモンセンターへ。ハウ君は何かの飲み物を飲みながらフクスローを撫でていた。小さく手を上げる。
「おー、大丈夫だったー?」
「終わったよ。勝った」
「ささ、ユウケさん、早く早く」
背中をスイレンに振り回される。AP90%減少。おい、マジかよ、夢なら覚め――可愛い女の子に肩を掴まれているのに全然嬉しくない。
「一応、念を押しておくけど、あたしのボックス内を覗き込まないように」
覗き込む気満々だったらしい。舌打ちしそうな顔をしている。カイオーガだけじゃない、あたしが捕まえた天変地異級のポケモンは、あたし以外には誰も見せる気は無い。ポケモンのボックスを人に見せることなんて、ATMの暗証番号を見せるのと同じか、それ以上なのだ。普通なら覗き込まない。ましてや、キャプテンという社会的地位のある人間をや。
「減るもんじゃなし……」
「減るんだよ、あたしのボックスは。ほらほら、見世物じゃないよ」
スイレンをハウ君の隣に座らせて、ハウ君に見張っておくよう頼み、念のためヘラクロスを出して見張らせておく。まだ一度も出してない切り札のポケモンは懐柔されそうだし、炎ポケモンのニャヒートは追い払われるかおやつに釣られそうだし、ハガネールは屋内で出せない。ミミッキュはトレーナーに意図せず害をもたらす可能性がある。体力的には回復したとはいえ、ウツドンにはさっきの試練の休養を取らせたいので消去法だ。ヘラクロスなら人力ではまず勝てないというのもある。
「信用ないですね」
さめざめと泣き真似をする。可愛い女の子に弱いあたしの一部が見せても減らないと囁くが、駄目駄目。まずはボックスにアクセス。
嬉しい驚きだ。なるほど、『遅くて五日』という空港係員の言葉は嘘ではなかったらしい。役所の手続きが終わったのだろう。あたしのポケモンが届いている。が、目当ての赤いギャラドスはなし。カイオーガはボックスに入っているが、こいつを出すのはそれこそグラードン級のポケモンが出てきた時だけだ。
ボックスに目当てのポケモンがいない。となると、ポケモンバンクか。あたしはパソコンを操作し、ポケモンバンクに接続する。色違いポケモン用のボックスへアクセス。
「ああ、いたいた」
色違いポケモン、実戦には向かない性格が多いのだよな。
「いましたか?!」
「悪目立ちするからやめて」
全然聞いてない。効いてもない。席には辛うじて留まっている――というか、ヘラクロスとがっぷり組み合っている。何あの女の子。怖い。もう他人のフリをしたい。
スイレンとハウ君に声をかけて、またポケモンセンター前。あたしは色違いのギャラドスを出す。
「おおー、本当に赤い……素晴らしい……。ユウケさんは、使ってない子なんですか?」
「すげー!色違い、初めて見たよー!」
「性格とか考えると、あんまり実戦向きじゃないんだよね」
おうかんというアイテムがポケモンの能力を向上させると知られたのは、つい最近だった。性格と、場合によってはめざめるパワー。物理型のギャラドスなら、性格さえ問題なければいけるのだが。
「では」
「悪いけど、譲らないからね」
彼女の顔にケチ、ドケチ、と顔に書いてある。
「色違いの希少性は知ってるでしょうに」
あたしはギャラドスをボールに戻した。
「もし、余ったら……」
「まあ、まずそんなことはないと思うけど。その時は考えるよ」
見る間に明るくなる顔。確かに可愛い。物理的にも精神的にも押しが強い子だから、あたしはちょっと遠慮したいところだが。
「じゃあ、ハウ君をよろしくね。ハウ君、頑張って。あたしは次の試練行くから」
「ありがとー、ユウケも気をつけてー」
「もちろん。キャプテンですから。それと、今度はやりましょう、本気で」
「そっちも楽しみにしてる」
二人に手を振って別れる。スイレンの独特な間と押しの強さにはちょっと疲れたが、何だかんだ言って引き気味なあたしとは気楽に話せるという意味ではいいのかもしれない。わからないが。
ロイヤルドーム、という施設があるらしい。あたしの目的地、ヴェラ火山公園に行くには、その前を通らないといけない。ロイヤルドーム自体はまあ、後でいいだろう。入口前、馬鹿でかいポケモン――多分ドロバンコというポケモンの進化形だろう――を連れた農家の作業服っぽい女の子と、スカル団の二人が揉めているのに出くわした。さっきの二人か?もう本当に見分けがつかない。何やら、人の持っているフワンテを奪おうとしているスカル団員とそれを阻止する女の子という図らしい。
「あんたら、暇なのかい?」
「お、いいところに来た。そこなトレーナー、わらわに手伝ってはくれんかの」
わらわ、わらわ。一人称か。なりは可愛らしい女の子だが。あたしより背が低い、太眉が意志の強さを感じる、褐色の可愛らしい女の子。これがのじゃロリというやつか。認めようその力を。今この瞬間、君は美しい。
「あっ、お前?!」
「お前も暇なんじゃないの?!」
スカル団員二名はやっぱりさっきの奴ららしい。
「あたしはさっき一つ試練を済ませて来たとこだよ」
「そんな早く終わるわけねーだろ!」
「ほほう、お主も島巡りか」
スカル団員男の問いを完全に無視して、まあね、と頷く。ポケモンの所有権について真偽は問うまでもない。あたしは可愛い女の子の味方で、興味のない奴の敵だ。小悪党ならもっといい。
「やるんならさっさとやろうか。今失せるなら、見なかったことにするけど」
「スカル団が舐められてたまるか!」
「大口叩いたことを後悔させてやる!」
見事なフラグだ。あたしは笑った。
「なら、教育してやるとしよう」
鎧袖一触だった。あたしは早々に終わった後、隣の女の子のバトルを見ていたが、そちらも不安感のない勝負で、結果は言わずもがな。逃げていくスカル団員二名。既視感がありすぎる。
「そなた、気持ちのいい戦いっぷりじゃったな」
「そちらこそ。ああ、あたしはユウケ。あなたは?」
「おお、わらわはハプウという。またどこかで会いたいものじゃな!」
どうですか、ここらでお茶でも――なんてことは、勝った後のハイ状態が切れたあたしには口が裂けても言えなかった。小さく頷き、彼女とバンバドロ(というポケモンらしい)を見送る。しかし、我ながら揉め事に巻き込まれやすいな。うんざりする。
ロイヤルドーム前のポケモンセンターでポケモンを回復し、スーパーめがやすで安さを訝しみながら買い物をし、ロイヤルドームは入口の様子だけ見て後で先に試練と――しようとしたところ、客引きのポケモンに引きずり込まれるようにしてロイヤルドームへ。Noと言えないカントー人。悲しい。
「ユウケ、ユウケ!さっきの怖い人がいるロ!」
小声で囁くロトム。怖いの――ああ、グラジオね。周囲の人の話を漏れ聞くに、ロイヤルドームでも有名人らしい。ロイヤルドームのシステムをぼんやり眺め、それはそれとしてさっさと出ようとしたところで、いきなり声をかけられて心臓が飛び出そうになる。
「そこの少女よ!」
「ひゃい?!」
変な声を出してしまった。恥ずかしい。消えたい。声のする方向を向くと、いかにもプロレスラーという筋骨隆々な人物が――見覚えのある大胸筋と腹筋だ。
「ククイ博士?」
「私の名は、ロイヤルマスク!」
肉グレートとかじゃないんだから、オーバーボディとかしたらどうですか。という言葉が羞恥心に負けて出てこない。
「そこな島巡り中の少女よ、バトルロイヤルには挑戦しないのか?」
「いや、あの……後でいっかなって……試練もありますし……」
どんどん声が小さくなる。このククイ博、ロイヤルマスクも有名人なのだろう。注目がロイヤルマスクに、ついでに知り合いっぽさを醸し出しているあたしに向けられている。帰りたい。
「あー!ロイヤルマスクだー!」
ハウ君が追いついてきたらしい。もうスイレンの試練をこなしてきたのか。まあ、ピカチュウがいるものな。
「よし、そこの少年!今入ってきた君!そして少女よ!バトルロイヤルの魅力を知るため、試しに一戦してみようではないか!」
グラジオ、ハウ君、ロイヤルマスク、そしてあたしのバトルロイヤル。あたしだけ帰りたい。先に。そうだ、グラジオが「こんな素人どもとはやれん」とか言えばこの場は流れる。すがりつくようにグラジオに目をやる。ほら、早く「そんな素人どもが相手になるか、馬鹿馬鹿しい」とか言え。視線を受けて、グラジオはにやりと笑う。あかん、これは「やる気満々だな。俺の得意なフィールドでさっきの借りを返してやろう」みたいな表情だ。がっくりと項垂れたあたしの肩を抱きかかえるというか、押し込むようにドーム内に連れていくのだった。
満場の熱気。大体七割くらいが埋まっているか。このドームのサイズだと、観客の収容人数は五~六千、概ね四千は入っている。世界リーグ戦はいつものことだったし、心構えができていたのだが、不意打ちのようなこれは、辛い。千人近い人間があたしを見ている可能性があると思うと、右手と右足が同時に前に出てしまう。実況に名前が呼ばれている。ちいさくなるが使えたら。無情にもゴングが鳴り、あたしはさっき読んだルールでの最善手であろうポケモン、ハガネールを繰り出した。グラジオはタイプ:ヌル、ククイ博士もといロイヤルマスクはイワンコ、ハウ君はフクスロー。ハウ君には悪いが、ちょうど四倍を突ける技がある。
「ハガネール、フクスローにこおりのキバ!」
「イワンコ、まもる!」
「フクスロー、イワンコにはっぱカッター!」
「ヌル、イワンコにおいうち!」
技の優先度、次いで早い順にポケモンが動く。イワンコのまもるで二匹分の技が吸われ、最後に動いたハガネールのこおりのキバがフクスローを打ち倒し、試合終了。なるほど、これが三匹分続くのが本来の試合の流れか。まもる、みきり、ふういん、スポットライト辺りが必要になりそうだな。シングルだとあまり使わない技ばかりだ。
観衆視線の重圧からようやく解放された。全然関係ないことで消耗しているあたしと何だか格好を付けているグラジオ、ク、もう面倒臭い、ロイヤルマスクにサインをせがむハウ君。応えるロイヤルマスク。自由すぎる。あたしは最低限の挨拶を済ませてその場を、去れない。
「先ほどの勝負、見させてもらいました」
上半身裸の、燃えるような赤髪、褐色によく焼けた肌、鍛え上げられた肉体のお兄ちゃん。どちら様、と視線を向ける。
「失礼。俺はキャプテンのカキ!炎のように熱い勝負、見事でした!俺の炎の試練、是非受けに来てください!」
「ああ、どうも、はじめまして。島巡り中のトレーナー、ユウケです。今から伺おうと思ってました」
また目立っている。目立っている中、頑張って声が出たほうだと思う。カキさんが、あたしのほうを見て、ああ、例の、みたいな鋭い目線を送ってくる。個人相手ならまあ、いいんですけど。はい。
「カキさん久しぶりー!後で行くからー!」
「フッ……」
自由。屋内なのに、自由だ。アローラ――あたしはまだ、南国の開放感には浸れていないのかもしれない。
「では、ヴェラ火山公園で待ってます!」
機敏な身のこなしで去って行くカキさん。何だか色々あって疲れたが、まだ休憩には早い気がする。今から回れば、夜までに試練三つともこなせそうだし、行くとしよう。今度こそ小さく頭を下げて、ドームを去る。
ヴェラ火山公園、驚くほどの観光客がいる。せせらぎの丘のように、静かに試練をやるという感じではないな。おまけに暑い。バトルで勝った観光客曰く、キャプテンカキの踊り自体が凄いらしい。まあ、そうだろうな。あれだけ鍛えているのだから、踊りも相当鍛錬を積んでいるのだろう。というより、踊りが主で鍛錬は従なのかもしれない。山頂に着いた頃、丁度キャプテンカキの踊りを披露する時間に当たっていたらしく、人垣の端から何とか見ることができた。ファイアーダンス、というのだろうか。
「アローラに伝わる踊りをガラガラと共に学んでいます。カキでした。皆さん、ありがとうございました!」
さっきドームから戻ってきたのは同じはずなのに、全く疲れを感じさせない流麗な踊り。全然踊りを知らないあたしにも、凄さが伝わってくる。BGMは――わからない。地元の伝統音楽だろうか。荘厳さはわかる。パートナーであろうアローラのガラガラとは息ぴったりだ。観光客の人垣に紛れて、あたしもお世辞ではない拍手をする。
踊り終わった直後は疲れているだろうし、人目も気になるしで、この人垣がやや散ってからカキさんに声をかける――前に、カキさんから声をかけられた。
「おお、ユウケさん!さっそく、島巡りの挑戦ですね!これまでの試練とは一風違う内容ですが、受けられますね!」
周りの人垣が、キャプテンの試練目当てか地元の風習目当てかでまた集まってくる。もちろん、とでも言うと思ったかい?この程度、想定の範囲外だよ。
「は、はい……」
「わかりました。では、キャプテンカキの試練、始めます!」
やっぱり茶でも飲んでくるべきだったか。今日は厄日かもしれない。何か観光客っぽい人達からばんばん写真とか撮られているし。まあ、ポケモンバトルとかと同じと思おう。集中しないといけない。
「では、試練の内容を説明します。この試練は観察力を求めます。これから、パートナーであるガラガラにファイアーダンスを踊ってもらいます。二度踊る中で、違う点を見つけてください。よろしいか」
動体視力にはそこそこ自信がある。記憶力にはあまり自信がないが。あたしは頷く。
「では、始め!」
一度目の踊りと、二度目の踊り。
「その、ガラガラの最後のポーズが違いますね?」
「お、お見事!お見事ですから、おいでませ、ガラガラ!」
なるほど、これで一戦目。アローラのガラガラも、数少ないツテに頼って使ったことがある。特性はひらいしんかいしあたま、採用率はあまり高くないと思うがのろわれボディ。タイプは炎・ゴースト。あたしはアローラに来て初めて繰り出す、最後の札となるボールを投げた。
「行け、サニーゴ!」
「ほう?サニーゴとは」
訝しがるような、面白がるようなカキさん。あたしも、あんまり実戦向けのポケモンとは思っていないのだが、好きなのだからしょうがない。
「サニー!」
基礎ポイントを考えてないと言ったな。こいつだけは嘘だ。サニーゴはとても好きなポケモンで、一度は旅に連れていきたかった。だが考えれば考えるほど正直なところ基礎ポイントと技を何とかしておかないと、何ともならないという判断があった。アローラの旅の途中で真っ先に交代する要員にはしたくなかったのだ。体力と特殊攻撃を育てたれいせいな子。技も全て有用で強力なもので充実させてある。卑怯とは言うまいね。ホネこんぼう、ホネブーメランはフォルムチェンジで不一致技になっているから何とか耐えられるはずだ。殴りかかってくるガラガラのホネこんぼうに余裕を持って耐えるサニーゴ。
「サニーゴ、ねっとう!」
一撃。流石にこれでガラガラを食えなかったらやっぱり駄目かも――と思ったが。よかった。
「よくやった、サニーゴ!」
初戦果に喜ぶサニーゴを褒めてからボールに戻す。
「正解に喜んだガラガラは戦いたくなるのです!」
なるほど。倒れたガラガラに手早く薬をあげて回復させるカキさんを見ながら、内心頷く。
「では、早速次の問題、参ります!」
ガラガラの目付き、骨、挙動。全てを見逃さないよう目を見張る。一度目、二度目。
「あの……」
「何ですか?」
「もう一度、というのは大丈夫ですか?」
「いいですとも!」
快く応えてくれるカキさんとガラガラ達。一度目、二度目。あたしは目をこすって深呼吸。
「そ、その、山男、さん?」
「アローラ!」
何故か勝負をしかけてきた、異様に敏捷な動きの山男をバトルで下す。
「サニーゴ、よくやったよ」
人間の愚かさを知らずに微笑むサニーゴを撫でてやり、ボールへ。
「正解に嬉しくなった山男は戦いたくなるのです!」
カキさんは真顔である。何だか嫌な予感がしてきた。
「では、三問目、これが最後の問題です。参ります!」
一問目。当然のように混じっている山男は無視。二問目。頭を抱えて、現実をようく見てから深呼吸。キメで律儀に止まっている四匹のポケモンと、一人の人間。背後のカメラ撮影音が大きく聞こえる。四匹。あたしは震える声を絞り出した。
「ぬ、主のポケモン……?」
「正解です!正解ですから、おいでませ、主ポケモン!」
「ガラーラ!」
でかい。
「でっかいロト!ユウケ、大丈夫ロト?」
「違う意味で大丈夫じゃないけど、行けるよ。頼む、サニーゴ」
「サニー!」
「わ、悪いけど、ロトム、協力お願い」
「頑張るロトー!」
おうえんポン。ロトムの力を出したポケモンに貸してもらう力を、初めて使う。トレーナーであるあたしの動揺がサニーゴに伝わっても、ちゃんと戦ってくれるように。対する主のガラガラは初手みきり。おそらくだが、長期戦を避けるトレーナーなら、水Zを撃つという判断だろう。あたしだってそうしたかった。こんな大勢の前でZ技のポーズを取る勇気が出ないだろうという判断で、サニーゴには木の実を持たせている。主はみきりをスカされた事に特に動揺せず従者のポケモン、エンニュート――毒・炎タイプだったはず――を呼ぶ。どくどくは無いにしても、長期戦はますます不利。
「サニーゴ、ねっとう」
ガラガラは受けて、倒れた。さすがに能力が一段階上がったサニーゴの一致ねっとうは耐えられなかったらしい。残るエンニュートがどくガス、ベノムショックを撃ってくるがサニーゴは耐えきって、ねっとう一撃で勝利。
「お見事でした!」
カキさんは依然真顔。あたしはサニーゴに寄りかかるように、震える腹を抱えて膝をついた。
あたしはツッコミ要員ではないはずだ。特に、何だかすごくいいものを見たねという観光客っぽい人達の拍手に包まれる中では。
「お見事でした。改めて、主ポケモンが守っていた、炎Zのクリスタルを授けます。俺達は踊りを続けます。人とポケモンの思い、Zパワーが何かわかるまで!」
ああ、いい笑顔だ。改めて人垣から拍手。
「それと、ライドポケモンにリザードンを登録します。これで、リザードンの背に乗って飛べるようになります。他の地方で言うそらをとぶですね。今度は本気のあなたと戦ってみたい。それも、楽しみにしています!」
「ありがとうございます。何だか色んな意味で勝てる気がしませんけど、それでよければ」
本音だ。多分、色々な意味で今まで会った人の中で一番腹筋力が強い人だと、あたしは思った。
火山公園を出てすぐに変なおじさんに突然声をかけられた。歩きながら音楽を聞けない――要は対人防護装備であるイヤフォンを装備できない――路上は、あたしにとっては数多い苦手な場所の一つだ。音楽を聴きながら歩くのは危険、聴かずに歩くのも危険。
「私はモーンという。君、カキくんの試練を突破したんだね。おめでとう。君を強いトレーナーと見込んで頼みがあるんだ。アーカラ島外れにあるポケリゾートの開発を手伝ってほしい。それじゃ、頼むよ!詳しくは島で説明するから、リザードンで飛んできてくれ。座標は今、ロトム図鑑に送ったからね。待っている!」
一方的な説明だった。うさんくさい。まあ、後にしよう、大至急という雰囲気ではなかったし。うん。あたしはそう決めた。まだ陽は高い。アーカラ島最後の草の試練に間に合うだろう。
トンネル内は車も通っておらず、涼しくて気持ちがいい。
「えばぐりーん、えばぐりーん、あーあー、えばぐりーん、ふぁみりー、ふふふーん」
「ユウケ、ご機嫌ロトね!」
「まあね。うい、らい、えっばぐり」
二つの試練を突破してご機嫌になり、鼻歌の一つくらい漏れてもおかしくはないだろう。トンネル内に誰もいないことが陽気さに輪をかけ――まずい、トンネルの出口に誰かいる。聞かれなかっただろうか。しかも例のコスプレイヤー二人組だ。ダルスとアマモ、だったと思う。
「エヴァーグリーンファミリーって何、アローラの人?」
ばっちり聞かれていた。頭を抱えたくなる。
「ヴェニデとかシリウスに入ってないなら、気にしなくていい」
頭に疑問符を浮かべているアマモを他所に、ダルスのほうが口を開いた。
「お前は、また試練を突破したのか。そのクリスタルの光……かがやきさまの光に似ているな」
今回は別にやる気はないらしい。顔見知りだから声をかけたというところなのだろうか。かがやきさま?
「行くぞ、アマモ。これからこちらの世界の科学者の力を借りねばならん」
「向こうから来てくれたみたいだよ」
「やあやあ、私に聞きたいことがあるとか?」
また人が増えた。変な髪型をした男性。あたしは関係無いし、さっさと行こうと思ったが、最後にやってきた男性にボディーランゲージで制止される。知らない人に声をかけられるのが多い日だな。嬉しくない。
結局日陰に座り込んで、コスプレイヤー二人と変な髪型の男性の打ち合わせが終わるまで待たされていた。暇な間、ニャヒートと戯れていた。お前で28匹目、恐れるな、もふもふする時間が来ただけだ。ニャヒート可愛い。コスプレイヤー二人はどっかに行ってしまった。
「お待たせしました。あなた、島巡りのトレーナーですね?私はアクロマといいます」
「どうも、ユウケと申します」
「私は、ポケモンと人間の結びつきによって生じる力について研究しています。例えば、メガシンカや、Z技!そう、人とポケモンの力が合わされば、未知なる力が引き出される!それが、私の生涯の研究テーマなのです!」
関わってはいけないタイプの人だった。後半、あたしの方を見てないし、早口だし。
「ともかく、私の研究に興味があれば、ぜひご連絡ください」
「はぁ、どうも……」
またも一方的にロトム図鑑に連絡先データが送られる。メガシンカもZ技も、原理はいまいちわかってないし、確かに興味はある。Z技はそういえばまだ一度も使ってない。この目が危ない人と連絡するかはともかくとして、何かの役には立つかもしれない。今は、あんまり関わりたくはないが。あたしは小さく一礼してから足早にその場を去った。
「何だか、不思議な雰囲気の人達だったロト」
「コスプレの二人は何だかわからないから保留としても、最後の人、ありゃ不思議じゃなくてヤバいっていうんだよ。マッドサイエンティストってやつだね」
ヴェラ火山公園からシェードジャングルまで行くだけで、ずいぶん疲れてしまった。知らない人と話すと本当に疲れる。今日はこの試練で終わりかな。さすがに日が暮れてから大試練は、受けるこっちもだが先方に迷惑がかかりそうだ。
うっそうとしたジャングル。いかにも南国という感じだな。実際、植生を見てみると帰化植物なんかが多いのだろうが。
「あ、毎度!キャプテンのマオでっす!ユウケ、だったよね。マオの試練、受けてく?」
頷く。港で見た時も思ったが、可愛い子だ。活発そうで、笑うと花が咲いたよう。スイレンの例もあるから、あまり油断してはいけないが。あたしは可愛い女の子に弱い。
「いい返事。じゃあ、試練の内容を説明するね。試練の内容は、あたしの料理に使う材料をこのジャングル内で探してもらうこと。ただし、ポケモンが狙っているのと同じ食材を持って行くと、ポケモンと取り合いになるかも。それを考えて、この材料袋に入れてね」
「なるほど。では材料は?」
「マゴの実、甘い蜜、大きな根っこ!」
「手持ちのだと駄目ですよね」
「もちろん、駄目。それだと試練にならないし、味も変わっちゃうよ」
予想はしていた。野菜は土壌によって味が変わるという。蜜はもちろん、植生を直接反映する。納得の上頷く。
三つの材料をポケモンとぶつかることなく集め終えたあたしは、マオさんの料理風景を眺めていた。何だかすごい臭いがしてきたが、大丈夫なのだろうか。
「マオさん?その、これは」
「マオでいいよー!さて、スイレンからもらった美味しい水を入れて、カキから借りた太い骨でかき混ぜて……っと!」
背後からがさがさとすごい音がする。振り返らないと不味いやつだな。わかっていても体が素直に動いてくれるとは限らない。動け――動け――動いた!
「しゃらんしゃらんら!」
「主ポケモンロト!」
確か、ラランテスだったか。この島特有のポケモンで、土産物に採用されたりもする――くらいしかわからない。まあいい。草タイプなのは間違いない。見た目からの偏見だが、多分、草・虫だと思う。
「行け、ヘラクロス!メガホーン!」
期待通り、ヘラクロスは一発耐えて、お返しと打ったメガホーン一発でラランテスを食ってくれた。運が普段通りそっぽを向かなくてよかった。ニャヒートがいるから、多少突っ張ってもいけると判断したところもあるが。
「よくやったよ、ヘラクロス!」
「すごい!ユウケ、素材のよさを引き出しすぎだよ!しかも、ポケモンとぶつからないよう考えてくれたよね!」
ええまあ、と曖昧に微笑む。飛び出して襲いかかってきたポケモンでない限りなるべく傷つけたくはない。
「それだけ、この子達が努力してくれてるお陰」
「またまたー。さあ、じゃあ、試練達成のZクリスタルを差し上げまっす!今度は、あたしとも勝負してね!」
独特な臭いのする中身が大量に詰まった大鍋をひょいと担ぐマオ。
「じゃあ、あたし、これをライチさんに冷める前に持って行かないといけないから!またねー!」
「あ、ど、どうも……」
ライチさんとは一度会ったきりだが、人死にが出るのは目覚めが悪い。ククイ博士かハウ君なら連絡先を知ってそうなので、とりあえず「マオさんが異物入りの鍋を担いでライチさんに食べさせようとしているのでライチさんに警告してあげてください。」――これでよし。
着信音が真後ろでしたので飛び上がりそうになった。
「マオの試練無事達成したんだな。おめでとう!」
「ククイ博士でしたか。びっくりした……ありがとうございます」
「メールは今見たけど、大丈夫。マオの料理は何だ、独特な感性のものもあるけど、ライチはああいう味が好きだからね。マオもライチに褒めてもらおうと思って、ライチ好みの味に仕上げているから」
あたしの感覚がおかしいのだろうか。あれは美味しくないと嗅覚と直感が告げているのだが。
「まあ、料理について僕が語ることはあまりない。コニコシティには行くんだろう?コニコ食堂がマオの家だから、直接味を確かめてみるといい。マオの発案料理は『Z定食』だったと思う。ユウケが胃が丈夫ならね」
ククイ博士らしからぬ、微妙に歯にものが挟まったようなしゃべり方。遠慮しておこう。
「さて、カキの試練も終わったんだろう?悪いけど、カンタイシティの東の端までリザードンに一緒に乗せてくれないかな。案内したいところもあるんだ」
「構いませんが。博士、ライドスーツは?」
「鍛えてるからね!」
寒くないかと聞いているわけではない。落ちたら危なくないか、と聞きたかったのだが、この人なら本当に平気そうな気がしてきたし諦めた。
「わかりました。落ちないようにしてくださいね。あたしもこの子乗るのは初めてですし、上手く空中で拾える自信はありませんから」
「二千メートルくらいまでなら大丈夫さ!」
何だか冗談に聞こえないのがすごい。博士の体力を信じてリザードンを呼び出した。
余談ですが、特性『はりきり』A↑性格で努力値Aぶっぱのサニーゴに「もろはのずつき」を覚えさせて、いやなおとを当ててからイワZを打つとB↑性格HBぶっぱのクレセリアが乱数50%で落とせます。
Z技なので命中率低下も無視できますし、サニーゴはやればできる子。