空間研究所。物理学の研究施設なのだろう。あるいは、数学の研究所かもしれない。
「外から眺めていてもしょうがないぜ。さ、行こう、ユウケ!」
頷いて博士に続く。白で統一された清潔な雰囲気の建物、エレベータのボタンは三階と一階のボタンのみが光っており、博士は当然三階を押す。二階は倉庫か何かなのだろうか。
この手の研究所は来ると目眩がする。まだ三階なのに、バベルの塔に雷が落ちたような気分だ。同じ言語を話し、同じスクリーンを見ていても、知識の有無で違うものが見えるという現実を突きつけられることに由来する目眩ではないかと思う。
「それで、博士、ここであたしに何の用事が?」
「あの、わたしがお願いしたんです。ほしぐもちゃんのことで参考になりそうなお話がありまして」
リーリエとほしぐも――ちゃんの姿。バッグから出ているということは、ここは安全な場所ではあるということか。ほしぐも――ちゃんの前でしゃがみ込んでなでてやる。あんまり嫌がられなくなった。ありがたい。そのまま、リーリエを見上げる。
「この子のことで?」
「はい。わたし、この子を……ほしぐもちゃんをどうしても助けたくて、この子を連れ出したんです。この子の力で、テレポートだと思いますが、した後、浜辺で倒れていたところを、バーネット博士に助けてもらったんです」
「バーネット博士というのが、ここ、空間研究所の所長にして、僕の奥さんだぜ!」
「ハイ、ダーリン。その子がユウケ?」
立ち上がって小さくお辞儀した。銀髪に近い白い髪に日焼けした肌が見事なコントラストを描く。綺麗な人だ。ククイ博士も隅に置けないな。
「さっきリーリエから聞いたわ。凄腕のトレーナーらしいじゃない?」
あたしは首を横に振る。
「別に、そこまで大したことは」
「またまた!それで、そのほしぐもちゃんだけど、空間に関係するポケモンなのではないかと思っているの。あたしは、ここでウルトラホールの研究をしているから、関係資料を見てもらったら、何か助けになるかなと思ってね。それに、リーリエが楽しそうに話す『凄いトレーナーさん』と一度は会っておきたかったしね」
なるほど。リーリエの用事に付き合うなら、トレーナーの視点に、知識を加えたほうが見えてくるものが違ってくるということか。
「ありがとうございます。では、資料を拝見したいのですが」
「棚に入ってる資料に、青色の付せんを貼ってあるから。それを見てみて」
「お忙しいのに、何から何までありがとうございます」
確かにいい人らしい。ずらりと並んだ資料を勝手に引っかき回すわけにもいかないし、向こうも困るというのもあるだろうが。
「バーネット博士は、ククイ博士の研究所のロフトまで手配してくださって……まるで、本当のお母様のようです」
お母様、か。こういった事態で家族を頼れないというのは、何かあるのだろうな。話しづらいことだろうし、今、突っ込んで聞くことはできないな。
「あたしの母さんにも見習ってほしいもんだね」
クスクスと笑うリーリエ。
「ユウケさんのお母様も、お優しいですよ」
「そうかな」
苦笑いしつつ、資料を手に取る。ギラティナ、パルキア、ドータクンか。どれもボックスには入っていたはずだが、ほしぐも――ちゃんに見せてみれば何か反応があるだろうか。『やぶれた世界』そのものは、噂とポケモン図鑑でしか見たことがない。
「バーネット博士、ギラティナやパルキアは、この研究所にいるのですか?」
「まさか」
そうそうあちこちに転がっていないから伝説のポケモンというのだが。
「しかし、そうなると……どれもアローラ地方にいないポケモンなのでは?」
「そう、ドーミラーも今のところ確認されてないわ。ここに研究所を構えているのは、アローラ地方に『ごくごく稀に空に穴が開いて、そこから怖いポケモンがやってくる』という伝承があるからです。ウルトラホール、と我々は呼んでいるけれども」
「空に穴、ですか」
「信じられない?」
「いいえ。似たようなものを、見たことがありますから。ホウエンのまぼろし島とか……」
「あれも興味深い事例ね。ややこしい説明をしなくて済むから、助かるわ」
「あたしも物理学は全然わからないので、経験でしか処理できないというのは申し訳ないですけど」
二次元の生き物は、縦と横の二つしか認識できない。三次元に生きるあたし達は、縦と横、高さの三つを認識できる。二次元の生き物を線で閉じ込めたら、隙間がなければ抜け出すことができない。三次元の生物なら、高さがない線は跨いで通り過ぎることができる。四次元の生物であれば、三次元の生物を閉じ込める檻であっても、同じように認識できない動きではあるが越えることができる。ウルトラホールも、そういった現象なのだろうか。
考えていたことが、口に出ていたらしい。
「四次元の四つ目の方向は時間だという説もあるけど、その辺りは実証されてないからなんともね」
そうだろうな。余剰次元を含む他の理論であっても、実験で証拠が出ているわけではない。今後の研究にご期待ください、ということか。後は、一応連絡先を交換して辞去――しようとしたところで、面白いものを見てしまった。退屈していたのだろう、リーリエがほしぐも――ちゃんと戯れている。
「いけ、ほしぐもちゃん。はねる!です」
「ぴゅい?」
トレーナーごっこというところだろう。
「ユウケさんの真似です」
いいものを見た。でも、見られていたのに気付いたら恥ずかしがるだろう。その顔も見てみたい――と思ったが、自重する。さっき見た資料にもう一度目を通すフリ。わざとらしくパタンと閉じた。
「リーリエ、終わったけど、この後どうする?」
「バーネット博士に今日は泊まっていくように勧められているので、お言葉に甘えようかと」
ククイ博士はいいのだろうか、と思ったが、ククイ博士も別件の用事があるらしい。夫婦で熱烈な――出歯亀はやめよう。あたしはリーリエに頷く。
「じゃあ、あたしはこれからコニコシティに行くから。命の遺跡には、明日でいいかな?」
「そうですね。明日、予定がわかりしだい連絡します」
「うん。じゃあ、気をつけて」
「ユウケさんも」
リーリエには片手を上げて、研究所の他の研究員の人にはお邪魔しましたの意を込めて頭を下げて退出。
「ロトム、コニコシティに行くにはどうすればいい?」
「カンタイシティ南、ディグダトンネルを抜けるロト」
車両用の道路が通ってないのか。海路で事足りるということか。まあ、あたしも原付やらバイクやら車やら
ディグダトンネル。ディグダというポケモンは、どこでも穴を掘って、そこに住みたがる。ディグダ自身がどう思っているかはともかく、トンネルが一定の大きさになると、ズバットや他のポケモン、そして人間が住処や餌場、通路として使うようになる。このトンネルもそうだ。かなり人の手が入っているようで、既に照明や地均し、手すりも付けられている。これだけ整備されていれば、足回りがサンダルだったりする観光客であっても足をくじいたりはしないだろう。
入ってしばらく歩いたところで、白ずくめの二人組に呼び止められる。どことなく、インスティチュート然とした雰囲気だ。モンスターボールでなくて人造人間リレーグレネードを投げてきてもおかしくない。実際に出てきたら絶叫してしまうと思うが。
「あ、トレーナーさん。こんばんは」
「……こんばんは」
「私達は、エーテル財団というポケモン保護に関わる職員です。ディグダトンネルでスカル団がディグダを怖がらせて暴れさせているという情報が入ったので、見に来たのです。コニコシティ側の出口はディグダ達が殺気立っているので、気をつけてください」
「ありがとうございます。その原因のスカル団員は見つかったのですか?」
微妙な顔を見合わせる白ずくめ二人組。見つかっていないのか。それなりに広いトンネルだし、暗がりにでも潜まれたらわからないから無能だとは言えないが、コーサーの一人でも連れてきたらどうなのだ。コーサーがいるか知らないが。
「ご忠告、ありがとうございました。それでは」
「お気をつけて」
あたしはインスティチュートが嫌いなのだ。オリジナルの人間を徹底的に尋問してから人造人間に置き換える組織なのに、何故か人気の高いところも含めて。だから、脳内でエーテル財団という団体に要警戒マークをつける。もちろん、偏見に過ぎないのはわかっているから、口には出したりしない。
それで、出口であたしはスカル団員二名男女に絡まれているわけだ。
「袋叩きってわかります?トンネルで宴会しようと思ったらディグダに囲まれてストレス溜まってるんすよ」
「それで、お嬢ちゃんを袋叩きにしてストレスを解消したいってわけ」
野良ディグダに勝てない奴が、ディグダトンネルを抜けて来たトレーナーに勝てると思うあたりがなかなか面白い。
「ユウケー!俺も一緒に戦うよー!」
後方から思わぬ援軍。ハウ君を巻き込みたくはないが、もう
「こいつがユウケなのか?!」
「一般人にナメられたら終わりなんだ、やっちまえ!」
三下道でも履修しているのだろうか。見事なまでの三下臭だ。あたしはハウ君と同時にボールを投げた。
挨拶する価値もない三下だった。何だか捨て台詞を吐いていく連中をそっちのけにハガネールを撫でてやる。背が――足りない。ぷるぷるする。
「ハウ君、もう試練終わったんだ」
「終わったよー」
やっぱり、大したものだ。
「どうする?あたしはこれからコニコシティに行こうと思うんだけど」
「俺はー、ディグダと遊んでこっかなーって」
頷いて片手をひらひら振って、ハウ君と別れる。コニコシティへ。
道を聞こうと尋ねた交番で人間と入れ替わっているメタモンと遭遇して、もう少しで下着の交換が必要になるところだった。メタモンは何にでも変身できるというのは知っていても、人間に紛れ込まれるのは不気味でならない。さっきインスティチュートっぽい連中と出くわしたし、ここはウェイストランドだったのだろうか。
ともあれ、ぎりぎり醜態を晒さずにコニコシティに到着できた。チャイナタウンという風情だ。いいにおいがあちこちから漂ってくる。あちこちの屋台にふらふらと足を吸い寄せられそうになるのをぐっと堪えながら、まずはポケモンセンターへ。ポケモンセンターの宿泊スペースは無限にあるわけではない。当然、大試練の挑戦者ともなると、それなりに数がいる可能性がある。もう日が落ちているし、さっさと押さえておかないと野宿する羽目になる。どこかの宿に泊まってもいいのだが、貧乏性が無料宿泊を最優先にしたがるのだ。幸い、スペースはまだ残っていた。ベッドは二段目になったが、しょうがない。女性用宿泊スペースの下の人に小さく挨拶をしてベッドに荷物を放り込み、貴重品を取り出し、服を着替えてセンター内のコインランドリーに洗濯物を放り込んで、先にシャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びて、ようやく一息。シャツはお気に入りの
『馬鹿な、行き止まりとは……!』
『それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはライオン、バタフライ、ゲイシャ、イカの見事な墨絵が描かれていた』
『姿を現すがいい、ナイトシェイド=サン……!』
全世界三千万人の読者を誇るという名作小説がアニメ化された人気シリーズだ。
『サヨナラ!』
敵の爆発四散に合わせたかのように、洗濯機が洗濯完了のアラートを鳴らす。あたしはハッと顔を上げた。
「ユウケ、アニメ好きなんロ?」
「そうだね、このアニメは特に好き」
重金属酸性雨の降る暗鬱な都市の情景を思い浮かべながら、ほかほかの洗濯物を取り出す。ベッドの柵に糸を張って折りたたみハンガーに吊しておけば、明日の出発までには乾くだろう。
旅は孤独になるための行為であり、旅は自分の孤独を浮き彫りにし、向かい合う行為である。あたしの好きな女性作家のエッセイにこんな趣旨のことが書いてあった。著者が同性愛者であるということを差し引いても、色々と共感するところがある。旅先で友はできる――こともある。だが、あたしは人の縁を維持するのが得意ではない。手入れしないと長持ちしないそれを腐らせてしまう。これは昔からそうだ。幼馴染み、小学生時代にできた数少ない友達。全然連絡を取ってない。忘却の彼方だろう。それでも構わないと、あたしは思っている。どうせ死ぬ時は一人だ。今回の旅は、思ったより同行者がいて忘れていたが、これがあたしらしい旅だと思う。異郷――といっても、もう隣の島に引っ越してきたのだから、住民になりつつはあるが――の夜はこういう寂寥感が好ましい。そして、誰もいないということはだ。
「飯と酒だね。ロトム、行くよ」
「ロト!」
あたしは洗濯物、貴重品を確認してからポケモンセンターを出た。いい香り。そうだ、マオの家が食堂をやっているはずだ。
コニコ食堂。幸い、そこまで混んでおらず、あたしは二人がけのテーブル席に通された。広々一人で使えるのはありがたい。メニューを眺める。幸い、宿のポケモンセンターは目と鼻の先だ。常軌を逸するほど飲むつもりは全くないが、宿が近いか遠いかは大きく違う。
「相席、よろしいかしら?」
隣は相席らしい。そんなに混んでいるなら席を替わったほうがいいかとメニューから目を上げると、ニコニコと微笑む褐色の女性。美人だ。ライチさん。
「あっ、えっ、あの……」
「お連れがいるなら、遠慮するけど」
あたしは首を横に振った。顔見知り程度の人と食事をするのは、正直なところあまり気が進まなかったが、明日大試練で島クイーンである彼女と対戦することになると聞いている。幸か不幸か、まだ酒を頼んでいない。何ならガッとご飯を食べて出てしまってもいい。今よく知らない人との食事を我慢するほうが、明日気まずい雰囲気で大試練に挑むよりマシだという消極的判断だ。ご飯食べずにサラダか何かだけ食べて、スーパーに寄ってもいい。それくらい腰が引けてしまっていた。
「ど、どうぞ」
「ありがとう。では、失礼するわね」
想像していた以上に柔らかな微笑み。魅力的な外見だとは思う。あたしが人見知りでなければ、だが。
「それで、何を頼むかは決まったの?」
「いえ、何がいいかあまりわからなくて」
「あら、アローラに引っ越してきてからの旅の間は何を食べてたの?」
「携帯食料とか、ポケモンセンターのサンドイッチとか、後はカロリー摂取用のゼリーとか、ですかね……」
そういえば、マラサダもまだ一度も食べていない。我ながら酷い食生活だ。サプリメントはちゃんと摂っているが、どうだろうか。
「駄目よ、そんな食生活じゃ。いくら若くてもお肌荒れちゃうわよ?」
言われて自分の顔に手をやる。肌、荒れているだろうか。目の下のクマはようやく取れたはずだが。思い悩んでいる間に、ライチさんは店員を呼ぶ。
「いつものと、プリモビール」
「あ、あたしはこのロミロミサーモンと、ビールはライチさんと同じのを」
「ちょっとユウケ、あなた何歳?」
「え?十二歳ですけど。成人してますよ?」
「それはカントー地方ででしょう。アローラだと、二十一歳以上でないとアルコールは飲めないわよ」
がーんだな。出鼻をくじかれた。じゃ、じゃあこのビッグウェーヴってビールを――駄目か。流石に元プロトレーナー、未成年飲酒で逮捕なんて書かれたら笑いものだ。
「お酒、飲めないのか……ああ、アローラの欠点じゃないのか、これは……。じゃあ、マゴスムージーお願いします」
「この世の終わりみたいな顔しないでよ。そんなにお酒好きなんだ、ユウケ」
「好きというか……うーん。好き、ですかね。生・老・病・死の四苦を洗い流したいというか」
酔っ払いたい時専用のカイリキーゼロは別として、あたしは旅の先で飲む酒が好きだ。食と同じく文化の一部である酒を味わい、酩酊感を味わうのが好きだ。
「へえ、ユウケはブディストなんだ」
「あんまり熱心に信仰はしてませんがね。だから、カプ神を拝むのにも全然抵抗はありません」
本当は宗教なんて信じてはいないが、仏教徒としておくほうが何かと便利だ。神道は説明しづらいし、そちらにも特に思い入れはない。無神論者は地方によっては本当に人間扱いをされないから、厄介極まりないのだ。
「そんなシャツ着てるから、無神論者なのかと思ってたわ」
「このバンド、ご存じなんですか?」
「ごめん、名前だけしか知らない」
意外なところに同好の士がと思ったのだが。
「じゃあ、乾杯しましょ」
「ええ、アローラに」
「強い島巡りの子に」
「「乾杯」!」
ちん、と澄んだ音。これで酒が入っていれば言うことなしなのだが。マゴスムージー甘くて美味しい。肌に効くだろうか。
「ユウケ、あなた、ククイから聞いてるわよ。すごいトレーナーらしいじゃない」
「そんなことないですよ。ククイ博士は大げさだから」
「ふふ、大試練もだけど、本気でやれるのを楽しみにしてるわ」
あたしも強い人とリスクなくやれるのは楽しみではあるし、自然と顔がほころぶ。
「ああ、何だ。ちゃんと笑えるんじゃない。表情が硬いから、心配してたのよ」
まあ、そうだろうな。今、意外と――というと、メレメレ島の島キングであるハラさんがおかしな人だったのかと誤解を招きそうだが――島クイーンが普通に話せる人だなと安心してきたところなのだ。感情をちゃんと表情に出すのが得意ではないのは、もう嫌というほど自覚している。酒は少なくとも陽気ではないほうのあたしを少しでもマシにしてくれるらしいから、その力を借りようという思いもあった。必要なさそうで安心した。
頼んだ食べ物がきた。野菜たっぷり、魚もたっぷり。野菜が好きなのだ。肌への善し悪しは別として。
「ユウケ、いい食べっぷりだね。やっぱり肌とか気にしてるの?ほら、好きな子とかいるんじゃない?」
さっきの柔らかな微笑みと違う、少し悪戯っぽい笑い。同じ釜の飯を食うと親しみが湧くというのは事実らしく、そういう表情も魅力的に思える。朝出会ったばかりでいきなりこんな話題なら、多分あたしは引いてしまっていただろう。
「好きな人、うーん……」
記憶を探る。可愛い女の子は好きだ。自分が男の子が好きにならないと気付いたのはいつだっただろうか。幼稚園、小学校。小学校を卒業して、旅に出る直前に、あたしにちょっかいをよく出してきていた男の子に告白されて、それをフッた時だっただろうか。その後。その後――旅の記憶を呼び覚ます。あんまりあたしは人と関わってこなかった。カントー、ジョウト、イッシュ、カロスは一人でいたいあたしに優しい土地だった。深く誰かと関わったりなんてしなかった。ホウエンはまあ、色々あった。だが、ハルカは可愛かったが、隣に決まった相手がいたし、あたしもちょっかいをかけようとは思わなかった。アイドルと関わったこともあったが、綺麗なあの子はどうも先輩兼ライバルという感じだった。今は環境保護団体に転じたフレア団、アクア団の幹部に綺麗なお姉さんはいたが、あんまりあたしのタイプではなかった。世界リーグ戦では、周りは敵しかいなかった。時折話をする知り合いはいても、究極的には敵だ。我ながら酷い生き方をしている。
「港で会った時、結構いい雰囲気の子がいたけど?」
悪意のない、でももっとからかってやろうというのが彼女の顔に書いてある。いい雰囲気。いつも通り、可愛い女の子にちょっかいを出してやろうくらいにしか思っていなかったあの子か。あたしは、リーリエが好きなのだろうか。初めて出会った時の印象は、好きというよりも、美そのものが少女の形をしていればああだろうという人を見たという感じだった。裸を見たいというのは、まあ正直なところ、下心だ。可愛い女の子と一緒に入浴したら、誰だってガン見するだろう。あたしだってそうする。助けてあげようと思ったのは、可愛い女の子と旅ができればいいよねという下心が半分、もう半分は単なる親切心だ。でも、リーリエの握ったあの手、柔らかくてひんやりしていてよかったな。いや、そうではなく。
「ユウケ?からかいすぎたかな。あ、ビールおかわり!」
ライチさん、あんまりお酒には強いほうではなさそうだな。結構頬が赤くなっている。頬が赤くなっているのは、あたしも同じだが。いや、待て。なぜ、飲んでいないあたしがこんなに赤くなっている?明確に認識していなかったが、あたしは、あれか?リーリエに、その。
「おー。その反応は図星かね?ユウケ君。あの子はど鈍っぶいけど、裏表のないいい子だし、いいところの子だし、あたしが優良物件だって保証してあげよー!」
おかわりのビールをぐびぐびと飲みながら、あたしの肩をばんばんと叩く。キャラ変わってませんか。まあ確かに、言っちゃ悪いがすごく鋭いというタイプでもないし、隠し事は下手そうだし、良家の子女という雰囲気ありありだしな。
「ライチさんは、あの子のことをご存じなんですか?」
浜辺に倒れていたところをバーネット博士に助けてもらうまで、あの子はどこに住んでいたのだろう。そして、どういう暮らしをしていたのだろう。搦め手から聞くのは卑怯だと思ったが、今、無性に気になった。
「んー?そうだね。おしめを替えてやったこともあるくらいの仲だ」
「えっ、そんなに?!」
思っていたより家が近いのだろうか。実家とトラブルがある様子だから、実家方面からは攻められないが。
「うむ。好きなものはマラサダ」
まあ、甘いものは好きだろうな。アローラに住んでいたら、名物が好きになってもおかしくはない。
「尊敬するのはもちろん祖父で、お。大人の麦ジュースがなくなってしまった。これは困った困った」
「すみません、あ、マオ。お会計、あたしにつけてもらっていいから、ビールおかわり、ライチさんに」
「ユウケ、来てくれたんだ。ありがとー。ビールね。ユウケはなんか、飲んだりとかする?」
「酒が飲めないからな……悲しき熱帯だよ。そうだね、ソクノの実スムージーと、サイミン」
「うちは本格中華だから、サイミン以外もあるよ?」
「商売上手だね。ライチさん、何か食べます?」
「ライチでいいよぉー。あたしはビールあればいいかな」
「脂っこいのはちょっとカロリー気になるしな……棒々鶏、お願いしようかな」
「毎度ー!父さん、ビール、ソクノスムージー、サイミン、バンバンジー!」
伝票を書き終えて、調理場に声をかけてから、マオがあたしにささやく。
「ライチさん、何杯目?」
「今二杯目飲み終えた。次三杯目」
「じゃ、悪いけど次ラストにしてあげて。水出すから」
「はいよ。ライチさんの家、近いの?遠いなら送っていくけど」
「大丈夫。隣だから」
「わかった」
小さく笑い合うあたしとマオ。
「おー?あたしを置いて内緒話かー?恋バナかー?」
「えっ、ユウケの恋バナ?!」
「食いつき早いね。注文取りに行かなくていいの?」
「大丈夫。これでもプロだから」
他の店員さんがビールとスムージー持ってきたが、いいのか。いいのだろうな。店員さんも笑ってるし、それなりに客は入っているが、まだピークタイムではないのだろう。ごまかしてもどうせライチさんがべらべら喋るに決まっている。あたしは諦めた。
「あたしは大人の麦ジュースと引換に、ライチさんから情報を引き出そうとしているところだよ」
「そう、ユウケちゃんはねー、笑顔が素敵な子に弱いんだってさー」
「えー、あたしも笑顔で評判の看板娘だよー?」
ライチさんに聞こえないように、あたしは小声で囁く。
「ライチさんが本命なのに、そんなこと本人の目の前で言って大丈夫?」
ボッ、と頭から煙を噴いて停止するマオ。甘いな。
「んー、そうそう。どこまで話したっけ?」
「ド、ドウシテソレヲ」
「尊敬する人は祖父、まで」
「おねしょをしなくなったのは四歳」
個人的にはすごく嬉しい情報だが、ちょっとクリティカルではないな。
「ネエ、ゆうけ。ナンデワカッタ?」
「何でナニカサレタみたいなしゃべり方してるの。あたしにでもバレバレだよ。好みの人の胃袋を掴むってのは強い。応援してるよ」
これも囁く。途中まではからかいの笑みを浮かべつつ、最後だけは真剣に、マオの目を見て言い切った。大してあたしにできることはないだろうけど、祈ってもいいだろう。
「あ、え、ああ、えええ、その。ありがと」
「かみなりの石が好きって聞いたよ。そう、おそろいのイヤリングとかどう?あたしの店で扱ってるんだよねー。麦のジュースがあったら半額にしてもいいんだけどなー」
「「それは駄目」です」
「ちぇー、けちー」
かみなりの石が好き、か。プラチナブロンドの彼女の髪に似合うかもしれない。しかし、いきなりおそろいの何かって、重たくはないだろうか?
「いきなりお揃いのって、重たくないですかね」
「うーん、その、相手とどれくらい近いかだよね……」
唸るマオと、突然どんよりとするライチさん。
「そういう質問はねー……ごめん、わっかんないわ……あたし、彼氏いたことないし」
意図せず傷を抉ってしまったようだ。だが、それは逆にマオにとっての好機なのではないか。しかし、相手の性的志向を親しくなったとはいえ突っ込んで聞くわけにもいかない。
「ほら、マオがいるじゃないですか」
こういうときは冗談めかして押してみる。どうだ。物理的にもマオの腰を押してやる。役得。
「うう、マオがもらってくれるならいいかも」
またマオが固まった。ライチさん、気付いてないのだろうな。
「マオー、慰めておくれよー」
マオも確かに愛らしい女の子だ。心に決めた相手がいる子に手を出す気は無いので対象外ではあるが。美女が美少女に抱きつくのを見ながら食べる棒々鶏とサイミンは美味い。
ご飯を食べきって、マオがオーバーヒートを通り越して炎上する前にライチさんを引き剥がした。料理は美味しかった。
「また来るよ。美味しかった」
これは掛け値無しに。
「ライチさん、今度、またご一緒しましょう。それと、明日朝、大試練お願いします」
「わかったー!お姉さんにどんと任せなさい!明日のねー、朝十時に、命の遺跡前ね!」
べろべろやないか。
「マオ、任せていいんだね」
「うん、大丈夫。あっ、ユウケ、今日はどこに泊まってるの?明日はいつ出る?」
「向かいのポケモンセンターに場所取ってる。明日は、そうだね、八時半には起きて、九時過ぎには出るかな」
お勘定を済ませて、ご馳走様でしたと店員さんに伝え、マオとライチさんに手を振る。ライチさんは見えているかわからないが。
「いやー、それにしてもユウケが×××××好きだなんてねー!」
×××の下りは、ちょうどあたしと入れ違いで入ってきたお客さん達の喧噪で聞こえなかった。すごく呆れた顔のマオが、窘めるように何かを囁いている。まあそうだろうな。ライチさん、いい人だし面倒見はいいけど酔っ払うとリトル厄介な人。ユウケ覚えた。唯一悔やまれたのは、昼の鍋を本当にライチさんが食べたか聞きそびれたことだ。
あたしがリーリエに親切にしたりするのは、親切心と下心だけなのか、それともやっぱり惚れてしまっているのか。リーリエに明日の予定を送ってから、ベッドに寝転がって答えが出ないまま考えていた。途中でぐっすり寝入ってしまい、睡眠時間は充分、今日も好調だ。寝付きがいいのが、数少ないあたしの長所。野菜とスムージー、鶏肉が効いたのか、心なしか肌の調子もいい――かもしれない。生まれてこのかた、肌の具合なんか考えたことがなかったから、昨晩と比べてどうかなんてわからないが。命の遺跡までは、徒歩十分というところ。ロトムが優しく頬を突いて起こしてくれたので、朝食を食べて出ても全然余裕がある。洗濯物を取り込んで、ベッドを引き払う支度を完全に済ませた。といっても、「宿からは五分で逃げ出せるように」が信条のあたしは、洗濯物以外は寝る前に全部片付けてある。寝込みを襲われたり、ホテルが燃えたり、まあ色々あったのだ。
カフェスペースで朝食を取ろうと思ったら、意外な先客がいた。緑髪で綺麗に日焼けした、活発な笑みが可愛い女の子。マオだ。
「ユウケ、おはよー!」
「おはよう。どうしたの?」
「昨日のお礼に、朝ご飯作ってきたんだ」
お礼。何かしたかな。特に例を言われるようなことをした覚えがないが、結構たくさん食べたからだろうか。ビールをライチさんに奢ったからだろうか。まあ、ありがたくもらうとしよう。カフェスペースは、あまり裕福でないトレーナーが使うことも多いから、食べ物の持込も許されている。何も頼まないと嫌な顔をされるし、あたしも飲み物は欲しいから何か頼むが。
「お互い、がんばろう」
「そうだね」
ハイタッチ。
「じゃ、あたし仕入れがあるから、またね!」
「ああ、今度はマオともご飯を食べたいね」
社交辞令ではなく。こういうのも悪くはない。
「その時は、進展の情報交換をしよう」
「うん、ユウケの好きな人の話も聞きたいしね!」
手を振って別れる。ライチさん、酒に弱いようだし、あたしならビールにウォッカか何か入れてべろべろにして、二階の自室にお持ち帰りが速攻なのだが、マオは多分そういう手を好まないのだろうな。偉そうにいうあたしも、素人相手には経験ないし。
そんなあたしの思いは、返さなくていいように使い捨て弁当箱にあえて入れてある気遣いに改めて感謝したところが頂点だった。フタを開く。閉じる。フタを開く。もう一回閉じる。いやいや、あの変なのはポケモン用だからであって、料理店の手伝いをしているのだからまともな料理が出てくると油断していた。悪夢はフタを開けて閉じても消えてくれない。いや、変なのは見た目だけで、地元の料理としては普通なのかもしれない。そう、イッシュでも原色青色ケーキとか、見てくれはヤバいけど食べたらぎっとぎっと脂と砂糖全開な以外は普通な食べ物もあった。そうだ。そうに違いない。あたしは震える手をもう片方の手で押さえ付けて箸を伸ばす。
五秒後、あたしは口の中のものを吹き散らかして怒られる羽目になった。掃除はたまたま近くにいた見知らぬトレーナーさんのベトベター(アローラのすがた)がやってくれました。ありがとう。半分は食べた。食べたというか、飲み込んだというか、流し込んだというか。残りは体が受け付けなかった。
命の遺跡前。またしても、スカル団とインスティチュート――もとい、エーテル財団、二人ずつが睨み合っている。異物のせいで胃の具合が悪いし、早くどこかで休みたい。邪魔なので横を通っていきたい。
「支部長、何とかしてくださいよ!」
「おお?スカル団とやろうってのか?」
「しかしね、財団最後の砦である私に何かがあったら……おや、そこのトレーナー!我々を助けるという栄誉を与えましょう!」
「お断りします。急いでるので。それでは」
そこのトレーナーというのは多分あたしだろう。だが、カチンと来たので無視することにした。何が栄誉だ。そんなものは求めてないし、インス、もとい何とか財団に表彰なりなんなりされても、ありがたいとも思わない。すがりつくような目で見てくるエーテル財団のお姉さんの表情はぐっと来たが、眼鏡のおっさんの態度が気にくわない。睨み合っている計四人の間をすり抜け――ようとしたところで、スカル団員二名が道を塞ぐ。
「ああ?!お前、やんのか?!」
話を聞いていたのか、こいつは。
「やらないよ。何であたしが偉そうなおっさんを助けないといけないんだ。どいて」
「どけと言われたら、絶対どかないね!」
「どけ」
イライラする。あたしは温厚なほうだと自負しているが、ムカつくおっさんに火をつけられて、この阿呆どもに油をたっぷり注がれてしまった。数秒のガン付けあい。勝ったのはあたしだった。
「ちっ、こんなポケモンもいらねーし!」
「バーカバーカ!」
走り去っていくスカル団員二名。残されたヤドンと、あたし、エーテル財団の二人。大体の事情がわかった。ヤドンなんぞ自分で捕まえればいいものを。
「トレーナーさん、本当にありがとう!」
「このエーテル財団支部長たるザオボーの偉さを見抜いた上で、睨み合いだけで奴らを退ける胆力!お礼に、一トレーナーであるあなたを素晴らしいところに招待しましょう!」
「お断」
あたしの口を手で塞ぐエーテル財団のお姉さん。いいにおいがする。もごもご。
「お願い。支部長はその……アレな人だけど。トレーナーさん、せっかく助けてくださったお礼もしたいですから」
美人なお姉さんの頼みとあれば仕方がない。あたしは口を塞がれたまま頷いた。これで行ったら「戦闘は実弾を使用、なんでそちらが負ければ最悪死ぬけど、まあそのつもりで」とか言われてヘンなのが出てきたら、今度こそあたしはキレていいと思った。
「あたしの名前はトレーナーでもお前でもなく、ユウケです」
聞いているんだか聞いていないんだか、尊大な態度で頷くおっさん。
「それでは、私どもはハノハノリゾートのロビーにおります」
「島巡り、がんばってくださいね、トレーナーさん」
朝から疲れる出来事が多い。しかもお姉さんの名前を聞きそびれた。
「調子のいいおじさんだったロト!」
「ああ。面倒臭そうな奴だったね」
溜息が出る。
予定より少し早い時間に着いた。遺跡内は島キングもしくは島クイーンが許可しないと入られないらしい。あたしは遺跡手前の手頃な日陰に適当な石ころを持ってきて腰かけ、サニーゴをボールから出した。岩タイプが相手なら、この子かヘラクロス、後はハガネールで対応できるはずだ。サニーゴを撫でてやりながら胃をなだめつつ、ぼんやりと寝るまでの自分への問いの答えを探す。珊瑚のポケモンだからか、この子自身岩・水タイプだからか、結構ごつごつしている。くすぐってやってけらけら笑っているサニーゴ。可愛い。あの子も確かに可愛い。下心なのか、恋心なのか。初恋は幼稚園の女の先生だった気がする。その時、それが何であるか自覚はできなかったが。元気にしているだろうか。
「ユウケさん、来ちゃいました」
一瞬、彼女のことを考えていたから幻聴かと思った。目を上げるとリーリエとバーネット博士が立っていた。もちろん、ほしぐも――ちゃんと一緒だ。
「正確にいえば、バーネット博士に連れてきてもらった、ですね。おはようございます、ユウケさん」
「おはよう、ユウケ。そのサニーゴ、ユウケの手持ち?」
「おはようございます。そうです。サニーゴ、挨拶しな」
「サニー!サニ!」
「ピュイ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて挨拶。よくできました。
「サニーゴさん、かわいいですね!」
「あんまりバトル向けの子じゃないとは思うけど、大丈夫なの?」
「この子は特別に鍛えてますから。大丈夫です」
リーリエとあたしに撫でられて嬉しそうなサニーゴ。まあ、可愛い子に撫でてもらうほうがいいよな。サニーゴには悪いが、リーリエの顔を近くでまじまじと見つめられる好機だから、視線が完全に飛んでしまっている。穏やかな表情の彼女。すごくアップに耐えるどころか映える顔だな。ふと、あたしとリーリエの手がサニーゴの上で触れ合い、パッとほぼ同時に手を引く。
「あ、ごめんなさい」
「こちらこそ」
いかんな。考えていたせいで意識しすぎた。逆に手を握るチャンスだったのに。不思議そうに見上げるサニーゴとほしぐも――ちゃん。あたしはごまかすようにほしぐも――ちゃんを撫でた。
リーリエとバーネット博士は、あたしの後、ハウ君の大試練が終わるまで応援してくれるらしい。町外れだから、ギャラリーは美人と美少女だけで、しかもそれが応援してくれるとなると実にありがたい。
などと思っていると、命の遺跡から歩み出てくる、颯爽とした立ち姿が目に入った。ライチさんだ。
「「「おはよう」ございます」」
「おはようございます。ユウケ、待たせた?ごめんね、カプ・テテフに呼ばれて遺跡の掃除をしてたから」
「勝手に先に来てただけですから。大丈夫です」
「この後、ユウケのいい人との予約が入ってるから、そろそろ大試練始めちゃおうか」
いきなり何を言い出すんだ、この人は。遺跡の中を、リーリエに案内するということか?今ここで彼女の顔を見たら、不審がられる。あたしは表情筋をつとめて平静に保とうと努力した。何だ、ささやき戦術か。ライチさんがあたしに耳打ちする。
「あれ、ハウが好きなんでしょ?この後、ハウも大試練の予定なんだけど」
「えっ、全然。あ、いや、人間としては好きですけど」
女の子なら多分かなりストライクゾーンだと思うが、残念ながら興味はない。
「あ、あれ?昨日の話は?」
「ライチさん、酔ってたから……」
「可哀想な人を見る目で見ないで……」
何だか気が抜けてしまった。自分の頬を叩いて気合いを入れ直す。胃の調子も、そろそろマシになってきた。
「やりましょう。大試練、お願いします」
「え、ええ。そうだね。はい。大試練、始めます!」
あたしは外に出しているサニーゴをそのまま一匹目として出す。
「頑張ってきな、サニーゴ」
「サニー!」
「ふうん……サニーゴか」
言葉とは裏腹の油断のない目付き。岩タイプは弱点が多いから、何を相手にしても油断できないというのが正直なところだ。むろん、サニーゴの水技、地面技でもやられてしまう。島クイーンにとっての唯一の救いは、サニーゴ自体それほど強いポケモンではないということだ。
島クイーン、最後の手持ちポケモンが倒れた。終わってみれば、サニーゴがわずかな手傷を負った程度だった。彼女が全力でないのを差し引いても、サニーゴはよくやった。
「すごいね、大したもんだ。あたしがここまでやられるなんて、久々だよ」
あたしはかぶりを振った。砕いたのは小さい岩に過ぎない。本気のライチさんははるかに強いだろう。
「相性がよかっただけです」
「ユウケ、すごかったロトー!」
「それも含めて実力かな。大試練達成おめでとう。イワZのクリスタルを授けるよ。次は、お互い本気でやろう」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
サニーゴを撫でてやり、ボールに戻した。
「ユウケさん、すごいです!」
「ユウケ、おめでとう」
微笑んで頭を小さく下げる。ライチさんは微笑んだ後、ほしぐも――ちゃんに目をやる。
「それにしても、その、ほしぐもちゃん。本当に遺跡に来たがってるみたいだね」
「はい。どうしてなのかわかりませんが」
「普通、カプ神に会いたいなんてのは、大抵の場合は自分のほうがカプ神より強い、ってところなんだけど。まさかね」
「ピュイ?」
ほしぐも――ちゃんは、己を守る技すらないとリーリエが言っていた。おそらく、それは事実だろう。それがそれぞれの島の守護神より強いというのはそう考えられるものではないが。
「ユウケさんは、この後どうするのですか?次の島に行くなら、次は連絡船で一緒に行きますか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど。さっき、エーテル財団の偉そうなおっさんを不本意ながら助けてね。そいつとハノハノリゾートホテルで会うってことになってる」
エーテル財団、の語で、リーリエの肩がびくりと跳ねた。何かあります、と全身で語っている。
「エーテル財団に、何かあるのかい?」
「その、ええと……」
話すべきか、話さざるべきか、というのが彼女の顔に書いてある。本当に隠し事が下手だ。
「言いたくなければ別に構わないよ。言いたくなったら言ってくれればそれでね」
「……ユウケさんは、優しいですね」
優しいわけではなくて、単に人に踏み込めないだけだ。あたしは小さく頭を振った。
「ま、それじゃあ……ウラウラ島で合流、かな」
「そうですね。また到着時間がわかりしだい連絡します」
遠くから走ってくるハウ君が見えた。
「わー!ライチさーん!大試練挑戦させてー!」
「いいよ。やろう、ハウ」
「ハウ君、頑張って。あたしは悪いけど、用事があるから先に行ってるよ」
「ありがとー!わかったー!」
あたしは小さく皆に一礼して、その場を後にした。
ハノハノリゾートホテル。金のないトレーナー、あるいはバックパッカーにしか見えないだろうあたしには不釣り合いな建物が眼前にそびえ立っている。ホテルしおさいよりベルボーイやら踊り子のお姉さんやらの数が断然多い。とはいえ、金銭的には別に泊まろうと思えば泊まれる――ドレスコードか予約の都合で難しいだろうが――ので、あたしは特に躊躇わずに足を踏み入れた。冷房の効いた馬鹿でかいロビーを見渡す。仰々しいホテルの案内板をちらりと見る。あたしは活字中毒者でもあるので、本題に全く関係のないこういったものをつい読んでしまう。『当ホテルは創業百云十年にして、世界中から訪れるVIPや観光客の皆様のみならず、各島の島キング、島クイーンも愛用する由緒正しいホテルです。また、プロゴルファーにしてトレーナー、カヒリ出身の地でもあります』キリッとしたちょっときつそうな美人のお姉さんの写真が小さく載っている。これがカヒリさんなんだろう。有名人なのだろうな。ゴルフは全然知らんからわからないが。後は壺やら美術品やら、この辺りは本物なのだろうか。受付の後ろならともかく、こんなところに本物を置いておいたら、子供やポケモンがいたずらをしないのだろうか。
当初の目的を完全に忘れて、よくわからない美術品を眺めていたら、後ろから肩を叩かれた。びくっとする。
「ユウケー、驚いたー?」
ハウ君か。驚いた。
「ちょっとね。大試練、大丈夫だったんだ」
「何とかなったよー」
「ザオボー……?ああ、あの黄色い眼鏡の?」
「そうそう。友達も一緒でいいかなーって聞いたら、ちょっと嫌そうだったけどねー」
「誰か他の連れを呼んだの?」
「ユウケのことだけどー?」
微妙に話が噛み合ってない気がする。
「俺の連絡見て来たんじゃなかったのー?」
スマフォにハウ君からのメッセージが来ている。なるほど、友達というのはあたしのことか。何だか、ちょっとだけ嬉しい。
「あー……ごめん、スマフォ見てなかった。あのお……ザオボー、さん、あたしも呼びつけてたんだよ」
「ああ。なんかおっかしーなーって思ったんだー」
「おお、そこのトレーナーの少女に少年!知り合いだったのですね!」
お、ザオボーさんにぶんぶん手を振るハウ君と、小さく頭を下げるあたし。
「この唯一のエーテル財団支部長のザオボーを助けた褒美に、君たちをいいところに連れていってあげましょう!」
生きていく中で、ムカつく偉いさんに何とか折り合いをつけることはしょっちゅうあった。だが、この全く具体性のないいいところとは何だ。今時人攫いでもそんな陳腐な言葉は口にしないと思うのだが。
「いいところ、とは一体?」
「科学の粋を尽くしたメガフロート、エーテル財団のエーテルパラダイスです!トレーナーとして、島巡り中の見聞を広めるのにもうってつけだと思いますよ」
実物のメガフロートとなると、確かに興味はある。インスの本拠地というと、最後はリアクターのスイッチを押して過ちを繰り返しそうだが。避難勧告を出しても人工島なら間に合わないよな――もとい。もちろん、この申し出には単なるお礼だけではなくて、広報活動やあわよくば今後も活動協力を要請するつもりだろうが、そこは言質を取られなければよしとしよう。
「マンタインに乗ってでないなら、ぜひお願いします」
「連絡船で行きますから、そこはお任せください」
「わー!船だー!」
「ところで、朝いたお姉さんはどちらに?」
「ああ、彼女はアーカラ島での仕事がありますので。大丈夫ですよ。船中、この支部長のザオボーが財団の偉業を全て解説しますから!」
エーテルパラダイス、可愛いお姉さんがいるといいな。あたしは心中溜息をついた。