負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、輩と出会う

 ウラウラ島はマリエシティ。まるでジョウト地方、特にエンジュシティのような街並み。この町でも結構観光客を見かける。小エンジュという言葉で形容されないのは結構あたし好みだ。エンジュシティのようなものを見たければエンジュに行けばいい。あくまでエンジュに似ているだけで、アローラの植生にも合わせる努力をしているのがなおいい。

「ねーユウケー、ポケモン勝負しよーよ!」

 ちらっとハウ君の腰を見る。ボールは五つ。ハガネールはエーテルパラダイスで回復してもらったから、問題はない。あたしは頷いた。バトルだと聞いて人だかりができてくる。

「何だかひさびさにやる気がするね」

「そうだっけー?」

 実際はそうでもないのだが。

 

 ライチュウ(アローラの姿)に驚愕した以外は、特に問題なく勝利した。なぜ相手のきあいだまは必ず当たるのだろう。自分のポケモンが使ったきあいだまは当たった記憶がないのだが。

「あー、また負けちゃったー!まあ楽しかったからいいよねー!」

「フクスローはそうでもない、かな?」

 どうもハウ君のパートナーはそうでもなさそうだ。あたし相手に白星を取れていないからというのもあるかもしれない。何だかジト目で見られている気もする。

「えー、フクスローは強くなりたい、のかなー?相棒とすれ違うのはやだなー」

「あなたは、昔の私と同じです。考えてください。何のために戦うのかを。……借り物の、言葉だけど」

 歌うように、あたしの口が借り物の言葉を紡ぐ。いや、こんなことを言う気はなかったのだが、つい。ハウ君とフクスローはちょっとぎょっとしたような顔をした。

「うん、ありがとー!フクスロー達とも相談してみるよー!」

 ホクラニ岳の上で、電気タイプの試練に挑むというハウ君を見送る。ああは言ってみたものの、あたしだって何のためにトレーナーをやっているのかなぜバトルをやっているか聞かれたら答える自信はない。一番の理由は、生活のためだが。死ぬのは怖いし、ましてや飢死なんて苦しそうな死因は御免蒙る。

「考えてください、か」

 例えば「何故生きるのですか」と同じような、考えても無駄なことのひとつではないかと思う、無責任極まる言葉。空を見上げ、自分の行為に溜息をついた。今日もアローラの空は快晴のいい青だ。

 

 スマフォを見ると、ククイ博士とリーリエから連絡が入っていた。博士からはホクラニ岳山頂が試練の場所が天文台であり、知り合いと話があるので先に行こうと思う旨。リーリエからは、マリエシティの図書館で予定時間これくらいで合流したいという連絡。あたしは両方に「了解しました」とだけ返信する。

 図書館、と聞いて気が逸る。それもかなり大規模な図書館らしい。あたしは本に目がない。庭園も少しは気になるが、別に後回しで構わないだろう。だが、まずはポケモンセンターだ。

 

 ポケモンセンターでポケモンの回復をしてもらい、情報板を眺める。さほど大したものはない。内心つまらんなと思う。反面、この地方がそれほど危険ではないということなのだろうが。

『トレーナー振付師の弟子募集』……振付?

『ジムオブカントー開店』……ジムなのに開店とはいかに。

「ま、図書館に行くついでに寄るか」

 

 ジムオブカントー。

「クチバジム、か。電気タイプのジムだったね、確か……」

「お客様、いらっしゃいませ。当店はカントーのジムを楽しめるサービスのことね。一回チャレンジ千円、サービスドリンク付きよ」

「サービス?要は、バトルできるってことですか?」

「そうね!ジムトレーナー四人と、ジムリーダーを倒したら素敵なおまけもついてくるのことよ」

 怪しげな片言が気になるが、参加費は賞金で取り返せるだろう。

「では、お願いします」

「はーい、お客様一名ご案内ねー!」

 ゴミ箱かと思ったら、ドリンクやらおつまみやらが冷やされている。これは別料金らしい。つまり、スイッチは探さなくていいと。よし。

 

 電気タイプ統一ちゃうやないか、という言葉を飲み込み、あたしはだいだいバッジを受け取った。そう、あくまでこれは店、サービスであって本物の、ポケモン協会公認のジムではない。だいだいバッジも特に意味のない記念品なのだ。ま、それはそれでよしとしよう。気持ちよく勝てれば、それでいい。

 そして遂にニャヒートが進化した。ガオガエン。人型かー。猫っぽいまま進化してくれたほうがあたし好みではあったが、別にガオガエンのせいではない。思い切りなでてやった。ついでにウツドンも進化させてやることにする。ライチさんの店でアクセサリーだけ買うのが恥ずかしかったので買っておいたリーフの石が火は吹かないが、役に立つ日が来た。こいつも思い切り撫でてやる。あまり草タイプを使わないから、独特の青臭さが懐かしい感じ。

 

 図書館。何とも心躍る施設だ。同行者がいたことと、島巡りが新鮮でメレメレとアーカラの図書館は立ち寄らなかったが、他の地方の図書館に劣らない大きな施設に身震いする。この身震いは歓喜、これは好機である。リーリエとの集合予定までまだ二時間ほどある。

「うふ、うふふ」

「ユウケ、嬉しそうロトー」

「本がね、あたしを呼んでるから。あ、悪いけど、ロトム、入ったら小さめの声でお願い」

「図書館では静かにロトね。わかったロト!」

 本に耽溺する人間に話しかけるという無粋な人間がいないとも限らない。万が一のこともある。あたしはイヤフォンを耳に突っ込む。今日は、カロス地方のバンド、Alcestの"Souvenirs D'un Autre Monde"にしよう。再生ボタンを押して、自動ドアをくぐる。図書館の古びた紙のにおい。あたしはこのにおいが大好きだ。二階建ての広々とした図書館。小説、漫画、それとも論文か。リーリエとは会いたいが、制限時間として二時間は少し短い。本を借りるのも悪くないが、旅の途中で本を借りるのは破損の危険がある。リーリエの目的はほしぐも――ちゃん絡みだろう。となると、生物、特にポケモンか歴史だな。どちらも好きなジャンルだがアローラ地方の図書分類法がわからないので、素直にフロアマップを見ることにした。

 

 『生物(ポケモン)』と、『生物(一般)』は隣接している。どちらもざっと見ただけだが、ほしぐも――ちゃんに類似した生物は見つからなかった。図書館司書に尋ねるという手もあるが、噂になってはかなわない。

 自分で探すことにした。安易すぎるが、まずは『伝説・幻のポケモン 改訂版』を手に取る。奥付を見て直近のものであることを確認し、ぱらぱらとページをめくる。伝説や幻のポケモンというと明確な定義は難しい。ポケモン協会だったかの出版物では『各地方で滅多に見ることの出来ない貴重なポケモン』という漠然とした書き方がされていた。世界リーグ戦で使用を禁止されているポケモンとすると、世界リーグ戦で使用可能なポケモン、例えば、ランドロスやボルトロス、サンダーはそうではないのかということになる。人間の管理下でタマゴを産まず、腕利きのトレーナーでも複数匹揃えるのが難しく、かつ強いポケモン、というところか。カントー地方のロケット団が壊滅してから製造技術が流出したらしいミュウツーや、渡りをしているらしいサンダーやフリーザー、ファイヤー等、複数の地域で見かけるポケモンも含まれているのが編集の苦労を感じられる。生息地は書いていないし、書いてあったところでそれを元に捕まえられるかというと、もちろんそんなことはない。なまじっかなトレーナーでは返り討ちに遭うこともしばしばだし、珍しく強力なポケモンはカネと力になるのでトレーナー間の競争も激しいから、そんなものを本を読んだ程度で捕まえられれば苦労はしない。目当てのポケモンの目の前でバトルに勝って競争相手を追い払ったこともあるし、そのポケモンの巣の近くに人間の死体が大量に転がっているのも目撃したことがある。思い出して気分が悪くなってしまったので、慌てて思考を元に戻そうとする。何だったか――そう、だから、一部の狂人や権力者を除いて、そういったポケモンを見せびらかすということはあまりないし、よほどの事がなければそういったポケモンを人前で使うことはない。

 あたしも使用禁止ポケモンを一揃いは捕まえているが、人に見せたことはない。あたしが世界リーグ戦で使っていたこの本に載っているポケモンはサンダー、ランドロス、スイクン、エンテイ、ユクシー、ヒードラン、クレセリア、ラティアス、ラティオスくらいだが、それでも手持ちポケモン目当てで何度か襲われたことがある。過去の恐怖が蘇り、文字通り身震いする。そいつらは警察に突き出したが、身の程知らずというのは世界には幾らでもいる。あたしの体感では、伝説や幻のポケモンというのは世界に何百匹かはいるはず――そうでなければ種として絶滅してしまうし、あたし程度のトレーナーが何匹も捕まえられるはずもない――ので、それを探したほうがまだ建設的だと思うのだが、労苦や費用を考えれば持ち主を殺したほうが安くて早くて確実なのかもしれない。等々、無関係なことを考えながらも目と指は動く。当然ながら、ほしぐも――ちゃんに関連しそうなポケモンはない。

 意外な収穫もあった。この本にカプ・コケコ、カプ・テテフ、カプ・レヒレ、カプ・ブルルの四柱のカプ神が記載されていたのだ。記述を見ると、捕まえた人間もそれなりにいるらしい。捕まえた後の守り神はどうなるのかというと、分霊(わけみたま)のように、新たにカプ神が現れるのだとか。強力なポケモンの例に漏れず気位が高いので、神が認めた人間でなければ捕獲できないと言われている、と注記されている。認められるとすればだが、あたしがカプ神を捕獲しても問題はないということか。世界リーグ戦のルールを見ても、カプ神は使用禁止枠に入っていないし、統計を見ると使用ポケモンとして登録しているトレーナーもいるらしい。あたしがたまたま当たったことがなかっただけなのか。ともあれ、今時点での調べ物の参考にはならなかった。

「生物からのアプローチはお手上げか」

 絶滅したと思われていたポケモンが再発見される例もあるが、ポケモン自体の種類がそれほど多くないことから、そちらのリストはざっと見たところ該当なし。

 モンスターボールにリーリエが入れていない――モンスターボールに収納されない、つまりはポケットモンスターに分類されない――生物の可能性もあると思ったが、過去の膨大な生物リストを見て匙を投げてしまった。有史以来の種の絶滅の大半は人間の活動そのものの犠牲であり、リストの大半は人間の罪の証人のようだ、などと思ってしまう。もちろん、人間が絶滅させたものだけではなく、ポケモンが非ポケモンを絶滅させる例もしばしばではある。両者が競合種となった場合、ほぼ間違いなく非ポケモンが絶滅する。ポケモンという生き物の攻撃性と攻撃能力は非ポケモンのそれを遥かに上回るからだ。交雑はほとんど起こらないとされており、非ポケモンの生息数や生存地域は年々減少の一途であり、生物多様性の観点からは問題視されている。人間とポケモンの活動が合わさり、「現在は地球史上六度目の大量絶滅期を迎えている」という説も出ている程に。

 ポケモンと競合し生き残った数少ない例外が、ホモ・サピエンスだ。一九二〇年代にニシノモリ教授によりポケモンが「発見」されてから今まで、いや、それ以前から人間とポケモンの関係は単純ではなかった、らしい。聖書や記紀を始めとする世界各地に残る神話に語られた神獣や魔物、脅威や災害のうちいくつかはポケモンだったのではという説もある。ポケモンの「発見」以前にポケモンが存在したのは恐らく間違いないのだろうが、「そうであれば具体的にポケモンを描くのでは」「恐怖心から描写を記録者が忌避したのでは」と諸説紛々で真偽のほどは定かとは言えないが。思考が逸れた。ともあれ、現時点ではホモ・サピエンスがポケモンに対し優位を守っている。もちろん、ポケモンが原因で命を落とす人間は少なくないが、種としての優位は確保していると言えるだろう。

 

 生物学の棚を諦めたあたしは、二階に上がった。

「面白い本、なかったロト?」

「面白そうな本はあったけど、ほしぐも……ちゃん、絡みのはなかったんだよね」

「なるほどロー」

 耳元に顔を出したロトムに小声で囁く。ロトムもあたしの言いつけを守って小声だ。イヤフォンをまた耳へ。

(生物が駄目となると、次は歴史か。ウルトラホール絡みはアローラ地方の民俗学、人類文化学、その辺りとしても。ほしぐも――ちゃんがウルトラホールと関係あるとも限らないのだよな)

 歴史と一様に言ってもとんでもなく広い。世界史、アローラ史、その他の地方史。どれから手をつけたものかな。きょろきょろと辺りを見渡す。紫の髪で前髪を髪結いで纏めた可愛らしい女の子と目が合った。服がつぎはぎのように見えるが、高価そうな腕輪もつけているし、単なる見えるファッションなのか、糞掃衣(ふんぞうえ)のような宗教的な何かなのかもしれない。リーリエを幼いカモシカに例えるなら、あの子は猫だろうか。あたしの視線に気付いたのか、ふにゃりと猫口の愛くるしい笑みを浮かべる。反射的に頭を下げた。いかんいかん、可愛らしい女の子を見に来たわけではない。あたしはかぶりを振って本を探し始めた。

 懐かしい歴史書の背表紙につい手を伸ばしてしまった。『戦争の世界史――技術と軍隊と社会、そしてポケモン』。古典的名著で、小学校の図書館にリクエストして入れてもらった覚えがある。在学中に何回も読み返した。著者はポケモンについて「発見」後しか取り上げない方針を示していたはず。ほしぐも――ちゃんの話は載っていないだろうと思いながらも本を開くと、読みやすさと面白さにたちまち引きずり込まれてしまった。

 

「第三次世界大戦は、ベトナム戦争に端を発した戦争である。ポケモンの軍事利用については、先に述べたとおり伝書鳩、軍用犬の置換という形で低水準で進んでいたが、米国が北ベトナムの兵站システムを破壊すべく、B-52爆撃機の爆弾倉の余剰スペースに、回収機構の省略されたモンスターボールに入れたポケモンを満載し『遭遇した全てのものを攻撃せよ』と命令を与えたうえで空中投下した。当初は爆弾のおまけ程度であったこれが人力や馬匹等に依存していた北ベトナムの兵站システムに極めて大きな打撃を与え、空爆の終盤においては爆弾とモンスターボールの積載比率が逆転するほどの評価を得、北ベトナムの早期崩壊に寄与した。一方、残存ポケモンが北進した米軍、南ベトナム軍及び同盟国軍に損害を与えた例も報告されている。北ベトナムの崩壊は、いわば逆ドミノ理論により冷戦が熱戦に転換する端緒となり、中華人民共和国及びソビエト連邦のベトナム戦争への直接介入という、西側の想定していない状況へエスカレートし、以後、戦争は欧州、朝鮮半島、台湾、ついで北極海へと拡大することとなる。どの国が他国中枢に対し最初に核兵器を使用したかは、国家というものが消滅してからも続いている議論、あるいは責任の押し付け合いの体をなしているが、米国が北ベトナムで、英国が西ドイツで戦術核を数発使用したことが核兵器使用への心理的ハードルを大きく下げたことは間違いない。一九七二年のワシントン及びモスクワへの核投下時刻はほぼ等しいが、その他目標となった主要都市の被攻撃時刻は異なる。(次ページ表のとおり)西側、東側のみならず、非同盟世界の都市、穀倉地帯、資源産出地域も核攻撃の対象となっており、世界人口はおよそ二億人(概算)まで減少し、大戦前の国家はほぼ崩壊、現在の地球連邦政府――地方政府体制が成立した。

 核攻撃による浮遊物及び放射性物質汚染の除去にもポケモンが多数使用され、核の冬と呼ばれる寒冷化の軽減に寄与した。地表の除染については非紛争地域においては約三年でほぼ核攻撃前の水準に戻り、海中の除染についても十年で規定値を下回る数値を達成した。(第三次世界大戦後の主要紛争地域については巻末資料三三を参照)」

 

 人類史上最大の核戦争(パイ投げ)、犠牲となった膨大な都市のリスト。文明が崩壊しなかったのが不思議なほどだ。クレーターを除染してから埋め戻した上で都市を再建するのは、利便性だけではなく死者と、人類の愚かさを埋めて忘れるためではないか、などと思ってしまう。義務教育の歴史の授業でも、このあたりはやらないのも、あたしの想像、否、妄想を肯定するような気がした。

 何年か続いた核の冬による餓死者を減らしたのは、皮肉でも何でもなくその前に大半の人間が死んでしまったからだ。肥沃な土壌、船舶や鉄道等の輸送インフラ、それらを支える製造工場。人類の富があらかた吹き飛び、それらをある程度再建するまで保ったのは、人類史上最大の口減らしだというのが何とも皮肉ではある。紆余曲折、どこに残っていたのか驚くほどの兵器群、兵器として前線で運用されるポケモン、そして権力の正当性を主張する生き残りによる外交により、紛争地域――完全に秩序が失われ、第二の未踏査地域とまで呼ばれる中央アフリカから東欧、中東、インドを経由し旧中華人民共和国奥地、中南米の一部――を除く一帯に連邦政府と、その下部組織である各地方政府が成立した。

 ポケモンという要素が、文明を半壊させる原因となり、同時に個人の武力を歴史上最大化することにより、政体としての民主主義を連邦政府に保証(強要)した。旧中華人民共和国の建国者の一人曰く「権力は銃口から生まれる」、あたしが誤用して引いているのはわかっているが、この言葉が一番適切な説明だ。一部の人間が独占していた権力を民が得たのは何故か。銃という暴力の前には人間は平等であるからだ。王が平民に撃ち殺されたくなければ、権力を委譲するしかなかった。乱暴かつ大雑把な言い方をすればこうなる。現代は、銃がポケモンに置き換わった状況である。一つの町を焼き尽くすような力を個人が持てる時代に、独裁権力の確立は困難であるということだ。富の集中においてもまた似たようなことが言えるだろう。それでもなぜ現実が理想郷になっていないのかというのは、失政であったり、戦争で富の総量が激減してしまったり、色々あるのだろう。加えて、トレーナー制度がガス抜きになっているというのもある。ポケモンさえ持っていれば、ポケモンセンターは無料で使用できるし、トレーナー向けの配給食というパンにありつくこともできる。そして、ポケモンバトルがサーカスの役割を果たす。そこからすらも転落してしまう人間がいるのも事実だし、それはここアローラでも変わらない。裏通りを覗けば、男女問わず娼婦が立っているし、犯罪組織であるスカル団が大手を振って歩いているというのもその証拠だ。テロや暴動等の反動はもちろんそこかしこで散発的に発生し、地方政府の警察力が弱いから我々トレーナーがその一翼を担う。つまり、自分は最悪の反動勢力の一員ということか。自分が秩序側の人間にいつの間にか組み込まれているというのは何ともかんとも、笑いすらこみ上げてくる。

「まるで喜劇(ファルス)だ」

 

 小声で呟くと同時に、ぽんと肩を叩かれて飛び上がりそうになった。そこまで大声を出していただろうか。悲鳴を噛み殺す。振り返るとリーリエがいた。

「び、びっくりした……」

「わたしもです。ユウケさんがあんまりにびっくりするから」

 イヤフォンを外してから小声で囁き、苦笑を交わす。

「一階の自然コーナーを調べてみてたんだけど、あたしが見る限り該当するのはなさそうだね」

「ククイ博士、バーネット博士と相談したのですが、『ほしぐもちゃんがカプ神の遺跡を好むなら、神話を調べてみてはどうか』と」

「神話ね……」

 ほしぐも――ちゃんに類似した存在が語られている可能性もあるか。ホウエン地方の神話を辿った結果の大騒ぎに巻き込まれた経験があたしに釘を刺す。並の強力なポケモンなら、リーリエを庇いながら逃げるくらいはできるだろう。それ以上もしくは天変地異をもたらすようなものなら上手く切り抜けられるか全く自信がない。それに、カプ神のこともある。神があれば禁忌もあるはずだ。

「カプ神を見るところ、恵みを与えるだけでなくて罰を与えることもあるらしいし、調べた結果、危ないなら止めるからね」

 小首を傾げるリーリエ。絵になる。可愛い。後、今更気付いたが、あたしのほうが背が低いのだな。

「ユウケさんが守ってくれるのでは?」

「できる範囲ならね」

「ユウケさんは、とても強いトレーナーさんですから、きっと大丈夫です」

 満面の笑顔と信頼が眩しい。主にお腹の下あたりがキュンと来ると同時に、胸に小さな棘が刺さる。あたしは、棘を溜息と共に吐き出そうと試みながら言葉を継いだ。

「……あたしは、そこまで大したトレーナーじゃない。それに、島一つ軽く吹き飛ばすようなポケモンだっているんだからね。あたしがヤバいと思ったら、連れて逃げるから」

「わかりました」

 あたしは可愛い女の子の笑顔に弱い。何だか、あたしの要求自体が押し戻された気がするが、逃げるだけなら大丈夫だろう。きっと。

 

 ぽんぽんと肩が叩かれる。もう驚かないぞ。結構体がびくんと跳ねた自覚はあるが。

「お姉さん達、この本を探してるんでしょ?読ませてあげる!」

 二階に来た時に目が合った女の子か。近くで見てもやっぱり可愛い。ほんのりいいにおいがする。なぜだろう。どこかからか鋭い視線が刺さってきているような。

「ありがとう。ええと……あたし、ユウケ、こちらはリーリエ。あなたは?」

「アセロラ。よろしくね、お姉さん達!」

「その、探している本というのは?」

「アセロラ、こう見えて大昔すごかった一族の娘なの。家に置いておくとポケモンに本をぼろぼろにされちゃうから、図書館に置いてもらってるの。はい、これ」

 彼女から差し出された本には『アローラの光』と書かれている。アローラを統一王国が支配していた頃の王族か貴族の末裔なのだろうか。

「お父さんが書いた本なんだよ。あ、あたしのことはアセロラでいいから」

「ありがとうございます。では、読ませていただきますね」

 リーリエの隣にちゃっかり座る。本を読む彼女を見ているだけで充分。な訳無いか。ちゃんと読まないと洒落にならなくなる。

 

 『月を誘いし獣、空から開いた穴から姿を現し、島の守り神を従える。王朝に闇をもたらし、生を終えた命を導く。歴代王朝は月輪の祭壇で太陽と月の笛を吹くことでそれに敬意を現していた』――か。

素直に読めば、ウルトラホールらしきものから出現するポケモンはカプ神を従えるほどのポケモンであり、月輪の祭壇太陽と月の笛という祭具を使って干渉できるということか。名前がわからないのが難だが、他の本に載っていたりするのだろうか。駄目元で当たってみる価値はありそうだ。

「ユウケさん、後はわたしが調べておきます。次の試練もあるでしょうし」

 少し躊躇う。不味いかどうかの下調べはしておきたいところもある、が。彼女は賢い。少なくとも、あたしよりも遥かに。危機感が足りないのは、まあ場数の差だろう。

「悪いけど、参考になりそうなところはコピー取っておいてもらえる?特に、危険性がありそうだとか、何をすると危ないかとかね」

「わかりました!」

「じゃあ、アセロラ。悪いけど、リーリエの調べ物を手伝ってもらってもいい?」

「大丈夫。任せて!次の試練は、ホクラニ岳天文台でしょ。頑張ってね!」

「頑張ってください。また後で連絡します」

「ありがとう、二人とも。それじゃあ」

 本と可愛い女の子二人との時間には後ろ髪を引かれるが、仕方がない。

 

 ホクラニ岳麓のバス停を眺めながら、やっぱり図書館で可愛い女の子二人と本を囲んで楽しい時間を過ごしておくべきだったとあたしは悔やんでいた。スカル団員男が二人と、きつめの美人が一人。美人は嬉しいが、残念ながらスカル団の関係者だろう。刺激的な服装に、ボディペイントがいい女という風情を出していて、個人的にも好みなのだが。

「それで、こいつをどうするって?」

「バス停をかっぱらって売り払おうかなって」

「でも重いな、これ」

「あんたらね……」

 あたしは息を吸って吐いて、連中に声をかけた。

「バスに乗らないなら、悪いけど通してくれない?」

「「あ、お前!」」

「……あんたがユウケかい」

「美人に名前を覚えてもらうのは光栄だけど、残念ながらナンパじゃなさそうね?」

「ああ。あたいはプルメリ。あんたはよーく知ってるだろうけど、こいつら馬鹿ばっかりでね。でもさあ、馬鹿だからこそ可愛いってことあるじゃない?だから、連中を可愛がってくれたお礼をしようかなって思ってね」

「お茶かディナーのお誘いだったらよかったのに」

「本気で言ってるのかい?」

「美人のお誘いなら大歓迎だからね」

 お互い言葉のジャブを交わしながら、腰のモンスターボールに手を伸ばす。向こうのボールは三つ。よし。

「後ろの手下は?」

「どっちみちあたいが勝てないなら役に立たないさ」

 あたしは鼻を鳴らして頷いた。それを合図に、お互いがボールを投げる。

 

 あたしのハガネールは、毒タイプ使いのプルメリのポケモンを順当に蹴散らした。

「はん!やってくれるじゃない!」

「相性が悪かったね。次は楽しいお誘いなのを期待してるよ」

「姐さんが負けるなんて……」

「どうでもいいけど、このバス停の重さ、ゴローニャ並だよ!」

 スカル団の組織化は相当なってないのか、まともに幹部の護衛も殿(しんがり)も務められないらしく苦笑いしてしまう。

 

 ホクラニ岳山頂行きのバスはさほど待たずにやって来た。なるほど、アローラ特有の、リージョンフォームのナッシーか。氷弱点四倍は栄華を極めたガブリアスやランドロスのためにどこからともなく飛んでくるれいとうビームやめざめるパワー氷やらのせいで使い勝手が悪いので、あたしは使ったことはないが、見たことはある。アローラの住民曰く、これこそが本物のナッシーの姿だとか。カントー地方生まれのあたしは、ずんぐりむっくりのアレの姿のほうが馴染み深い。などと考えているうちに山頂に着いた。寒い。標高が百メートル上がるごとに大体摂氏〇・七度下がるのだったか、などと考えつつバスを降りると見覚えのある屈強な半裸白衣の人。

「やあ、ユウケ!次は天文台での試練だな!」

「そうですね。博士、寒くないんですか?」

「いや、今の僕はニトロチャージのように熱いからね!」

 はあ、と曖昧な溜息のような返事をするあたしに構わず、博士は言葉を続ける。

「ユウケ、あの山を見てくれないか。神々しい山だろう」

 万年雪の積もるそびえ立つ山。そうか、飛行機で見た二つの山のうち一つが今いるここホクラニ岳で、もう一つが。

「ラナキラマウンテン。僕はね、あの山にポケモンリーグを招聘するんだ。今、工事中のクレーンが見えるかい?」

 頷くあたし。

「聖なる山の上で、かつて島キング達が全ての試練をこなした者に与えた大試練と同様に、神にポケモン勝負を捧げる。そのためにラナキラマウンテンの頂上を選んだんだ。島巡りを終えたアローラのトレーナーに挑んでもらい、トレーナーのレベル底上げを図る。そして、世界にアローラのトレーナーとポケモンの魅力を知ってもらいたいと思ってね」

 再び頷く。現役なら無論、元でもチャンピオンという肩書きは、それなりに価値があるものらしいから、トレーナー誘致にはさぞ役に立つだろう。あたしも金持ちの護衛だの空港警備隊だのに誘われたことはある。人付き合いが煩わしそうなので丁重にお断り申し上げた。

「ここまで言えばもうわかってもらえると思う」

「挑戦する分には、もちろん構いませんけど。もしかして」

 四天王に選ばれる、とかだろうか。余所者のあたしがそんなわけはないとは思うが。となると、四天王前の門番とかだろうか。

「そう!一番最初の挑戦者になってほしいんだ!」

「えっ」

「不服かい?他のリーグでも、初代チャンピオンは四天王を倒した上で認定されているはずだけど」

「いや、そうじゃなくて、アローラのポケモンリーグで初代チャンピオンがあたしってのはちょっと…」

「実力と実績を兼ね備えていて、アローラ在住。充分資格はあると思うよ」

「……少し、考えさせてください」

 過大評価だ。二代目、三代目以降なら構わない。しかし、最初に碑銘に名前を刻まれるのは重い。

「わかった。いい返事を期待しているよ。工事自体はもうほとんど終わっているし、リーグ開設日は君の返事次第だからね」

「……わかりました」

 なかなか重たい釘を刺してくれる。あたしはがっくりと項垂れた。

 

 ククイ博士とあたしを出迎えてくれたのは、金髪に眼鏡のお兄さんだった。

「やあ、我が親友ロイヤルマスク、久しぶり。そして初めましてだね。君がユウケくんかな。ロイヤルマスクから話は聞いているよ」

「ああ、久し振りだな、マーレイン。それと僕はロイヤルマスクじゃない」

「そうそう、ロイヤルマスク。忘れ物を渡しておくよ」

「僕はロイヤルマスクじゃないが、ロイヤルマスクに渡しておこう」

 ロイヤルマスクでしょ。

「初めまして、ユウケです」

「用事っていうのはこれか」

「ああ。例の件はまだ考えさせておいてくれよ」

「わかった。じゃあ、試練の手伝いもあるだろうし、僕はこれで失礼するよ。ユウケ、試練頑張ってくれ」

 立ち去る博士に頭を下げるあたしと、まだ笑っているマーレインさん。

「全く、面白い男だよ。我が親友は。……さて、待たせたね。今、キャプテンは僕の従弟のマーマネがやっているんだ。本来キャプテンは島キングが任命するんだが、この島はちょっと特別でね。さ、入ってくれるかな」

「お邪魔します」

 案内されるまま、天文台の中へ。試練というのは建物の中でやるらしい。室内でポケモンバトルをすると、散らかり方が尋常でなくなるのだが、大丈夫なのだろうか、とキョロキョロしながら着いて行き、奥の一室に通された。中にはあたしより小柄でちょっと太った男の子がいた。一瞬視線が合い、挨拶――をするタイミングを逃した。敵意はないが、微妙に気まずい沈黙が二人の間に流れる。

「「……あの」」

 同時に発言しようとして再度黙ったあたしとマーマネさんに助け船を出すようにマーレインさんが口を開く。

「おほん。ユウケくん、彼がマーマネだ」

「ありがとうございます。マーマネさん、よろしくお願いします」

「……試練だね。ちょうどよかった。さっき、主を呼び出す機械が完成したところなんだ。デンヂムシのご飯も終わってるし」

 試練の内容は、デンヂムシを並べて目の前の機械を動かして主を呼び出すということらしい。

 

 主ポケモン自体は問題なく倒せたが、呼び出しの過程にあたしは驚愕してしまった。そのうちこの天文台は焼け落ちてしまうのではないだろうか。

「電源ケーブルが抜けるなんてね。まだまだこいこいくんは改良の余地がありそうだ。それにしても、ユウケ、強いね」

「……火事だけには気をつけて」

「それと、電気Zのクリスタルを」

「マー君、デンキZのフォームを教えてあげないと」

「あ……そうだった。こうやって……こう」

 心持ち恥ずかしそうなマーマネさん。気持ちはわかる。

「ありがとう」

「次の試練は、マリエシティの南に下って、カプの村だからね」

「気をつけて。今度は、ぼくと勝負してほしい」

「ええ、マーマネさん。喜んで」

 あたしは頭を下げて、嵐の後のような状態になった研究室の状態を見ないようにしながら部屋を後にした。

 

 マリエシティのポケモンセンターでポケモンを回復し、あたしはマリエ庭園を覗いていくことにした。五重塔を遠目に眺めるだけで満腹という気持ちもあるが、折角だし庭園を眺めながら昼食のエナジーバーを食べようと思ったのだ。ざっと入口から覗いただけでもアローラの植生、ポケモン、そしてエンジュ調の建物と庭園、庭が調和するようによく整備されている。庭園の中央にかかる橋の前で、体格のよい男性四人が睨み合っていなければ尚更だ。庭園入口側にいるのはククイ博士、奥にいるのは――スカル団員男が二人と、その上役のような雰囲気を漂わせた白髪に金のサングラス、金のネックレスに金時計と金づくしのガラの悪い男。

「ポケモンリーグだと?正気かよ。キャプテンになれなかったあんたがか?」

「なれなかったんじゃない。夢のためにならなかったんだ」

「ケッ。下らねえ。ポケモンリーグも島巡りも何もかも下らねえよ」

「そうかな。グズマ君も変化を望んでいるんじゃないのか?」

「下らねえ。で、どうすんだ。やるのか?やらねえのか?バトルロイヤルもポケモン三匹を一気にぶっ壊せて悪かねえが、三対一じゃ面白かねえだろう。サシでどうだ?スカル団ボスのグズマとポケモン博士のククイのスペシャルマッチ!涎もののカードだろ?」

 奥のガラの悪い男が、スカル団のボスなのか。ロケット団残党やまだ非公然組織だった頃のアクア団、マグマ団辺りの幹部クラスと比べても覇気というか威圧感というか、そういうものを感じないな。そこらをたむろしてるチンピラのまとめ役、くらいの雰囲気だ。年齢が若く見えるからだろうか。それなり以上の規模の団体を仕切っているうえにククイ博士相手に臆さないところ、トレーナーとしては相当の腕前なのだろうが。

 それはそれとして、ククイ博士のバトルは確かに興味がある。これが三対一なら助太刀も考えたが、両者合意のうえでの一対一なら別にあたしの出る幕はない。完全に野次馬に徹する気だった。

「そうだな。僕がやってもいいんだが、僕より実績も実力もあるトレーナーに興味はないかい?」

「あ?」

「なあ、ユウケ?」

「ええ?あたし?」

 野次馬Cくらいのつもりだったのが、突然肩を博士に抱かれてぐいっと横に立たされて、あたしは混乱してしまう。

「ああ?」

「あっ、あいつです!グズマさん!俺達の邪魔をし続けるやつ!」

「ああ……てめえが例のユウケか。おいおい、お前、他所から来て正義の味方気取りか?」

 あたしはがりがりと後頭部をかいて、グズマを睨みつける。目を合わせると猛烈な嫌悪感が背筋を上ってくる。馬が合わないとか生理的に汚いとかそういうもの由来ではなく、恐怖でもない何か。組織の統率者としてではなく、こいつ個人への何だか、そう、猛然とした気に食わないという感情。何だかわからない嫌悪感を押し殺すためにぎりりと奥歯を噛み締める。熱くなっては負ける。冷静に相手の情報を掴もうとする。ボールは二つか。

 わざとらしく溜息をついた。中指を立てなかったのを褒めてほしい。一瞬の間を置いて言葉を吐き出す。

「無能な下っ端共の暇潰しだの小銭稼ぎだのに巻き込まれて迷惑してるだけさ。正義の味方なんてまっぴらごめんだね」

「へっ、いきがったガキとポケモンまとめて潰してやらあ。ブッ壊してもブッ壊しても手を緩めなくて嫌われるグズマ様がな!」

「やってみな。あたしとあたしのポケモンは堅いよ」

 お互い攻撃的な笑みを浮かべ、ボールに手をかける。

 

 グズマの初手は――見たことのないポケモンだ。あたしはハガネールを繰り出す。見た目は虫タイプっぽいが、複合タイプかもしれない。

「グソクムシャ、シェルブレード」

「ハガネール、ステルスロック!」

 水技となると、虫・水か?どっちにせよあまり相性はよくなさそうだ。ハガネールは悠々と一撃を耐え、空中に尖った岩を撒く。

「ハガネール、よくやった、戻って!行け、ミミッキュ!シャドークロー!」

 もう一発のシェルブレードをミミッキュは皮で耐え、布の下から影の爪を伸ばし斬り付ける。グソクムシャは耐えたが、グズマの命令を待たずにボールに戻っていく。だっしゅつボタンか、特性か?まあ、虫タイプなら交代するのはもう一回出てきた時にステロが刺さるから好都合だ。グズマのもう一匹は――アメモース。虫・飛行タイプなので、ステルスロックで大きく傷を負っている。大きな目に見える羽根の模様で「いかく」してくるポケモンだ。物理攻撃型のミミッキュには都合が悪い。グズマは虫タイプ使いか。

「ミミッキュ、戻れ!ハガネール、もう一回頼む!がんせきふうじ!」

 アメモースのエアスラッシュを悠然と耐えるハガネール。二回目のエアスラッシュにもさしてダメージは受けていなさそうだが、怯む。当てれば食えるので、命令を変更しない。呻くハガネールに三回目のエアスラッシュ。当たり所が悪かったのか、またハガネールが怯む。四度目のエアスラッシュは耐えてがんせきふうじ。岩が放物線を描く頂点で突風が吹き、本来当たるはずだった軌道が大きく逸れ、アメモースをかすめるだけで終わってしまった。アメモースは文字通り虫の息だが、まだやれるらしく、更にエアスラッシュ。ハガネールがよろめく。がんせきふうじの岩が、今度は庭園の木の枝に当たり散らばって一発も命中しない。エアスラッシュでハガネールが轟音を立てて崩れ落ちる。当たりさえすれば、ハガネールで全部食えたはずなのに。流れが悪すぎる。歯噛みしながらハガネールを戻す。

「もう一回頼む、ミミッキュ!かげうち!」

 恐らく先手を取れるはずだが、念には念を入れて先制技。ミミッキュの足下から伸びた影がアメモースを襲い、アメモースが地に落ちた。グソクムシャもステルスロックでダメージを受けている。

「ちっ、グソクムシャ!シェルブレード!」

「ミミッキュ、シャドークロー!」

 両者が刃を振るうがミミッキュのそれが先に届き、黒い爪が甲殻を薙ぎ払ってグソクムシャが崩れ落ちた。

「よくやった、ミミッキュ!」

 あたしはミミッキュを抱き上げてミミッキュを撫でてやる。ミミッキュを褒めてやりたいのはもちろんだが、後ろの下っ端が何か動こうとした時にミミッキュに対処させるというのもある。

 

 グソクムシャが倒れてから頭を抱えうなだれるグズマも下っ端も動かなかった。下っ端のほうは何かを恐れて動けないようだ。グズマが頭を上げ叫ぶ。

「何やってるんだグズマァァァ!自慢のポケモンにもっと破壊させてやれよぉ!」

 癇癪を起こしたかのように足下を蹴りつけるグズマ。ひとしきり蹴り終えるとあたしを睨みつけてきた。

「破壊という言葉が人の形をしているのがこの俺様だ……。次は、てめえも、てめえのポケモンもぶっ壊してやる!

……おい、行くぞ!」

 あたしは鼻を鳴らして応えた。あいつの後ろに従う下っ端は、あたしとグズマの両方を怖がっているようだった。

「よお、ハウじゃねえか。元気してたか?」

「グズマさん……」

「何だ、島巡りかよ。下らねえ。島巡りなんぞして何か見つかるもんじゃねえし、島キングの孫だからって無理にやる必要はねえんだぜ」

「俺は……」

「ふん。またな」

 

 グズマと取り巻きが立ち去ってから、あたしはミミッキュをモンスターボールに戻す。ククイ博士と周りの人垣から拍手が沸き起こる。あたしはククイ博士をジト目で睨む。

「ああいう場面で、あたしを出します?」

「ユウケの実力を信用してるからね!」

 この人は天然だとばかり思っていたが、ひょっとしてとぼけているだけで、今のはもしかして天文台前でのあの話の布石なのではないか。大勢の前でスカル団のボスを退けたとなると、それなりに名も知られるだろう。

「外堀を埋めていくつもりですか?」

「ん?いや、因縁深いスカル団のボスとの顔合わせも必要だろうと思ってね」

「あたしの好みのタイプじゃないですね」

 おかしそうに笑う博士。いや、あたしはおかしくないが。はぐらかされた気がする。

 

 あたしはもう一度ジト目で博士を睨んでから、ハウ君に声をかけた。

「あいつ、知り合いなんだ?」

「……うん。じいちゃんの弟子だったんだよ、グズマさん。すごく強くて。面倒見もいいトレーナーだったんだけど、何でかわからないけど、Zリングがカプ神からもらえなかったらしくて」

 ハウ君の辛そうな表情、初めて見るな。兄弟子か兄貴分か、まあそういうところだったんだろう。Zリングがもらえないことがあるのか。

「それで、今はスカル団のボスか」

 小さく頷くハウ君。こういうのはあたしのガラじゃないんだが、と思いながら、ハウ君の肩をぽんと叩く。

「別に、ハウ君のせいじゃない。ま、落ち込むのはわからなくはないけどね。それよか、アイスでも食べない?あそこに茶店があるじゃない。奢るよ」

 珍しく即答しないハウ君の手を無理に引っ張って、茶店のベンチを目指す。ガラじゃないよ。

 

 赤い和傘の下に据えられたベンチにハウ君とあたしの二人で腰掛け、半ば押し付けるようにソフトクリームを渡す。「しんどいなら話さなくてもいい」というあたしの言葉を遮り、ぽつりぽつりとグズマがハラさんのところにいたときの話と、今に至るまでの話を聞きながら、あたしは抹茶ラテを啜っていた。ありふれた挫折の話だ、と思った。自分自身が散々突きつけられているから陳腐に過ぎると思うが、『世の中は努力にも実力にも比例した結果なんてものがついてくるようにはできていない』という奴だな。確かにあいつは強いんだろう。そして、さっきの自分の感情に何となく察しがついた気がした。そっちは――蓋だな。うん。

「グズマさんの実力なら、キャプテンも島キングもなれるって、周りも、多分本人も思ってたと思うんだ」

「ま、理由なんてもんはそれこそカプ神にでも聞いてみないとわからないってところかね」

 憎らしいほどの快晴を仰ぎ見て、あたしは独り言を呟く。

神託(オラクル)は下らず、ドミナントではなかった。あいつも、きっと私も」

 不思議そうな顔をするハウ君にこれまた似合わない笑顔で返す。笑顔が強ばっているのは常ながら、引きつっていないことを祈りながら。




Alcest - "Les Voyages De L'Âme" (official music video)
https://www.youtube.com/watch?v=AgYkrDQYeZg
フランスの実在のロックバンド。作中で触れているアルバムとは違いますが、Officialでアップしているもの以外は紹介しづらいので。

タイトルの輩は「やから・ともがら」どちらの意味も含んでいます。

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