夜の闇の中、二体の巨人が足元のテントの灯りに照らされていた。
右腕に不恰好なギブスを取り付け、両肩に追加バッテリーを背負った初号機と、今は何も装備していない零号機だ。
その巨人の足元、仮設テントの中に人影がある。作戦開始まで4時間を切り、張り詰めた空気に包まれたシンジとレイは、プラグスーツ姿でミサトと向かい合った。
ミサトは2人が作戦要項を記したしおりを開いたところを確認し、口を開いた。
「作戦としては単純よ。シンジ君が守って、レイが狙撃する。日本最高の火力を用意したわ。人類がやれるって所、見せて上げて頂戴」
ミサトの声に合わせて、日向の指が踊る。
ミーティングルームの壁に、使徒の位置、両エヴァの配置が表示された。
「シンジ君には前回の強化版のシールドを。レイにはポジトロンスナイパーライフルを装備してもらいます。これは先程、初号機の右腕が破損し、精密射撃が行えないため。
──いえ、ここでオブラートに包んでも意味は無いわね。シンクロ率に差はあっても、レイがそれを覆せるほどに射撃技術に秀でているからです。異議はないわね?
それと、今回のエヴァの射撃挙動について、データを提供してくれたドイツのパイロットが衛星通信での面会を求めています。レイ、30分後に面会だから、覚えておいて」
「はい」
「作戦は第3段まであるわ。最初に、使徒の索敵範囲外からの狙撃。作戦成功のパターンの中で、最も可能性が高いのはこれよ。レイにはプレッシャーを与えて悪いけど、何よりも重要な攻撃がこれね。タイミングはこちらで指示するけど、もし使徒が先に撃ってきたら初号機で受け止めてもらいます」
レイに向いていたミサトの視線が、シンジに向いた。
「だから、第2段階になるという事は初号機は万全でなくなっているでしょう。分の悪い戦いになる」
「それでも、策はあるんですよね」
厳しい視線を、シンジは正面から受け止めた。
ミサトはひとつ頷いてから、説明を続ける。
「狙撃と同時に、エヴァ専用輸送飛行機が戦域に侵入します。同機は初号機背面に突撃。初号機とドッキングできれば良し、ダメでもフィールドで受け止めれば、輸送機の運動エネルギーによって一瞬だけほぼ超音速移動ができる計算です」
スクリーンにU4002-01と表示された飛行機の図案が、初号機を使徒に向けて押し出す。
「事前に調べた情報では、使徒のチャージタイムは8秒。それまでに、なんとしてもたどり着いて。使徒が照準行動を行ってから、射撃するまでのタイムは平均して0.3秒ありますから、初号機の機動性があれば合わせて8.3秒の間に一撃を与えることは不可能ではないはずよ」
使徒のマーカーへと突撃した初号機マーカーは、斜めに使徒マーカーを乗り越え、鋭角に曲がり直してから再度突撃する。
「初号機は陽動です。零号機の陽電子砲の再装填に必要な時間は20秒。8秒ごとに撃たれるとすれば、2発を覚悟しなければならないわ。
でも、この時間をシンジ君が生存する事が、人類の生きる道になります。
陽動になるかわからないけど、無人航空兵器を混ぜた全戦力を使徒に向けます。この街、軍、ネルフ。全ての戦力があなたと共に使徒に決戦を挑みます。シンジ君が思ったことは全てやって。その為に何をしても良く、何をどう使ってもシンジ君に責は及びません。勝てなければ人類滅亡よ。必要なら零号機以外の全てを犠牲にしても構いません」
おっかないな、とシンジは震えた。この20秒の為に、きっと人が乗った戦闘機も来るだろう。それすら必要なら投げつけて爆弾代わりにしてもいいとミサトは言っていた。
「作戦の第三段階はやはり、レイの狙撃です。というよりも、これでダメなら後は泥沼よ。使徒を倒すまで、ネルフと日本の戦力が1人残らず死ぬまで戦うしかないわ」
一億総特攻じゃないけど、派手にやってやりましょうとミサトは笑った。爽やかな笑顔が、シンジの恐怖を煽る。少なくともミサトは、本気でやるつもりだとシンジは思った。
「とは言え、最初の狙撃が、確率が一番高い勝ち方よ。リツコ達技術部が総出で準備してるから、今は彼らを信じましょう。では、解散!」
ミサトの声にて、日向以下作戦課が解散する。シンジとレイに頼んだ、や、俺たちも最大限サポートするから、一緒に頑張ろう、などと1人ずつが声を掛けつつ退室していく。
最後に残ったのは、ミサトだった。
「シンジ君、レイを守ってあげて。そしてレイ、あなたも、シンジ君を助けてあげて。使徒と同じフィールドに立てるのはあなたたち2人だけなんだから。こちらからもサポートするけど、実際に戦うあなた達の判断を優先するわ」
先程までの厳しい雰囲気を消した、ミサト本来の柔らかな声だった。
その優しさを感じる声に、シンジも同居人としての温度で答える。
「任せてください。綾波と零号機は、しっかり守り抜きます」
「了解です。碇君は死なせません」
シンジの声に追随して、レイもはっきりとした言葉で答えた。
「うん。じゃあ、一丁目にモノ見せてやりましょう。じゃあ何か食べて元気になっといて!救護課の娘達が差し入れ買ってきてたから、遊びに行くといいわよん」
最後に茶目っ気のある物言いで、ミサトが話を締めた。
少し明るくなったミサトに、シンジは最後に質問を投げた。
「そういえば、ドイツのパイロットってどんな人なんですか?」
それは国を越えて、人類を守る仲間のこと。まだ見ぬ仲間が気になり、あわよくばレイへの通信の席に同席させてもらおうとシンジは期待する。
「あ、気になる?惣流・アスカ・ラングレーって女の子でね。お人形みたいにかっわいい子よ。向こうの了解が得られたら、シンジ君も同席してみる?」
まさかの大当たりを引いしまった。
「いえ、ちょっと興味はありますけど、遠慮しておきます。まずは使徒に集中したいですし」
その名前と美人だという情報に、余りにも嫌な予感がする。
そう?と聞き返すミサトに、シンジは重ねて遠慮した。
◆◆◆
特務機関ネルフのドイツ支部。本部へ使徒の解析支援を行なっている情報管理課のブースの一つに茶色の髪を持つ美しい少女がいた。
「ハロー?ミサト、久しぶりね。そしてファーストチルドレン、アヤナミサン?私がセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。えぇと、日本語だとどーも、って言うんだっけ?」
アスカは会話用ヘッドセットを付けた状態でモニタに向かって話しかける。
『ええ久しぶりね。そして今回はありがとう、最近のアスカのウワサは聞いてるわ。ドイツ最高のガンナーになったって聞いたわよ』
「まぁねえ。ま、才能ってやつよ」
さらり、と賛辞を流し、アスカは言葉を続ける。
「喋りたいことは色々あるけど、またにするわよ。時間ないんでしょ?」
一息吸い、思考を固める。
「今回伝えたいことなんだけど、二号機というか、私の癖みたいなものよ。そっちでも調整してるだろうけど、それでも残るクセってあるからね」
端末に用意しておいたデータを開きつつ、
「エヴァの肩は人間と違うから、少し狙撃体勢が違うのよ。関節自体は柔らかいんだけど、変な力の入り方すると、撃つ事は出来ても発砲の衝撃で肩に小さなダメージが入るわ。だから───」
アスカは自分の知り得た限りの挙動を伝えて行く。事前に設定した30分の間に、早過ぎず、悠長でもないように内容を絞ったアドバイスを続ける。
零号機パイロットのレイは、エヴァのパイロットとしてはライバルだ。しかし、今使徒の目の前にいないアスカは、小さなプライドに拘らなかった。
これで負けたら人類滅亡だということを理解している為でもある。しかし、
(こんな小さな事にこだわってるなんて、アイツに知られる方がムカつくのよ!)
だからアスカは親身になってレイにレクチャーを続けた。
30分で伝えられるように纏めた内容を大体伝え、時計を見る。事前に練習したとおりなら、あと5分残っているはずだ。
(あと4分。まぁまぁね)
予定通り、完璧に自分のノルマをこなしたアスカは、自分の仕事ぶりに満足しつつ、最後に伝えるべきことのために柔らかく微笑んだ。
「そんで最後のアドバイス。初号機のパイロットを信じていいわ。戦闘データを見たけど、あの初号機は要塞かなんかだと思いなさい。アレ、立ってる限りは何があってもアンタを守るわよ」
狙撃をする以上、一番の敵はプレッシャーだ。だからアスカは、異世界で学んだロボット戦闘の鉄則を伝える。巨大ロボは、
「だからアンタは、安心してトリガーを引きなさい。ビビらないでやれば、きっと勝てるわ」
『わかったわ。ありがとう、二号機パイロット』
こちらが笑顔を見せたのに、何も反応しない無表情をアスカは見つめる。少しカンに障るが、切羽詰まっているのだろうとアスカは思い直した。
「アスカよ、アスカ。まぁ、師匠とか先生でも良いけど?じゃあ、
レイと、彼女の後ろで手を振るミサトに小さく手を振り、通信を切る。
「あたしも日本行けないかなぁ」
いつ来るとも分からない使徒の襲撃に怯え、たった一人で戦うプレッシャーがアスカに弱音を吐かせた。
◆◆◆
蛍光灯の光に照らされた双子山に、午前零時を伝える時報が響く。
作戦開始の時間だ、と日向が気合を入れた瞬間、後ろで仁王立ちしている筈のミサトが口を開いた。
「レイ。日本とネルフの全力、あなたに預けるわ。作戦スタート!第一次、接続開始!」
ミサトの号令の下、日向を含めた各オペレーターが一斉に作業を開始する。
ミサトの直属の部下になるのは日向だ。自然、最初に作業を開始するのは日向の役割になる。
「第一から、第803管区まで、送電開始!」
ミサトの号令を、具体的な指示に変換する。ミサトがネルフ本部へ転属されてきてから、一年ほど繰り返してきた日向の仕事だ。
「電圧上昇中、加圧域へ」
「全冷却システム、出力最大」
『温度安定、問題なし!』
『陽電子流入、順調です』
通信越しに報告が上がり、計器の表す数字が一気に増える。メーターが跳ね上がり、情報管制をしていた青葉から、無言で準備完了のハンドサインが出た。
比喩表現ではなく、文字通りの意味で日本中のエネルギーがネルフの手に渡る。
「第二次、接続!」
『全加速器、運転開始』
『全電力、二子山増設変電所へ!第三次接続、問題なし!』
全ての準備が揃う。日向は振り返り、ミサトを見て頷く。
ミサトはモニタへ投げていた視線を一瞬だけ日向に向け、わずかに頷き返した。
「最終安全装置、解除!」
「撃鉄起こせ!」
『地球自転、および、重力の誤差修正、+0.0009。電圧、発射点まで、後0.2』
国中から集められた電力というエネルギーが、暴力の塊へと変換されてゆく。平和に使われていたエネルギーが使徒への殺意に置き換わるまでは、数十秒の時間を必要とした。
「第七次最終接続、全エネルギー、ポジトロンライフルへ!」
ネルフの手によって精錬された巨大なエネルギーが、ついに零号機の手に委ねられる。
その瞬間、待ち構えていたように使徒が反応した。
「目標に高エネルギー反応!」
マヤの報告に、ミサトは飛びつかんばかりに反応した。
「来ると思ってたわ。シンジ君!」
『了解!ATフィールド、展開!』
モニターの中、闇に紛れていた紫の巨人が飛び出す。左手に盾を構え、腰を据えて待ち構える初号機の姿は、ギブスで固定された右腕以外、一度敗戦した事を感じさせないほどに雄大に見えた。
「使徒の砲撃、着弾します!」
「ポジトロンライフル、発射!」
仮設司令部の、全てのモニターが白に染まる。一瞬遅れて耳が潰れそうになるほどの轟音が響き、仮設司令部が揺れる。
強すぎる光と音に意識を持っていかれそうになる中、日向は特別に用意された端末の表示を確認する。
パターン青は、消えていなかった。くそ、と悪態をついた日向は、揺れる視界の中でエンターキーを押し込む。
ネルフから戦自へ、救援要請が発信された。
◆◆◆
芦ノ湖の上空を、集団で旋回する影がある。生き物では到底真似できない高度と速度をもって闇を切り裂く影は、最高速度でマッハ2を超え、満載されたミサイルを自由に発射できる機械の鳥だ。
現代の空を支配する、最強の兵器の乗り手は、眼下で光る巨大な結晶を見つめていた。
「隊長ー。あの化け物、ミサイル効くんですかね」
『知らん。だが、目くらましにはなる。俺たちの任務はあの化け物を倒すことではなく、ネルフの秘密兵器の援護だ。朝倉、幾らでもぶっ放していいが、それだけは忘れるなよ』
通信越しに釘を刺され、朝倉は首をすくめる。結晶体から視線を外して横にずらすと、遠近感が狂った大きさの鎧武者が山陰に横たわっていた。
「アレがネルフの秘密兵器か。巨大ロボットが本当にあるって、こんなにも現実感ないんだな」
時計を見れば、午前零時になるところだった。2体いる巨人のうち、オレンジ色の方に繋がった配線が光を放ち始める。
『ネルフが作戦を開始した!着弾確認後目標が健在ならば攻撃開始だ!」
隊長機から通信が入り、カウントダウンが流れる。
3、2、1と減る数がゼロになった瞬間、眼下の巨人と結晶体の両方から眩い光が発せられた。
二つの光がお互いに向かって走る。一瞬にして互いの敵に到着した光は、轟音を響かせながら破壊を撒き散らす。
「やった!当たった!」
ネルフの光は、間違いなく使徒に着弾した。その証拠に目標の結晶体は、上半分の一部を大きく削り取られている。
『いや、まだだ!作戦成功の通信が来ていない──』
『コントロールより各機!ネルフからの攻撃要請だ。
隊長機からの通信を遮り、本部からの命令が下る。自衛隊としては聞きたくない、しかし訓練を積み続けた身としては一度は聞いてみたいと考えていた通信だ。事前に作戦の危険度を聞いていた朝倉は、それでも全身の血液が沸き立つ感覚に襲われた。
「行くぜ行くぜ行くぜぇ!一番槍は俺たちが貰った!」
音速以下での我慢飛行は終わりだ。朝倉は機体のアフターバーナーを叩き起こす。そして機体を操作して捻るように、機体の鼻先を眼下の結晶体へ向ける。
ネルフがどうやって上層部を説き伏せたか知らないが、今だけは感謝してやる。
紫の巨人が自分を追いかけるように走って来るのを視界の端で確認しつつ、ミサイルのトリガーに指を掛ける。
「時間稼ぎだろうが何だろうが構うか!叩き落としてやるよ!」
翼の下に吊るしたミサイルに火が付く。片翼3本ずつ搭載されたミサイルを、朝倉は1発ずつ結晶体に向けて叩き込んだ。
◆◆◆
使徒の攻撃力は身をもって知っている。だからシンジは、その全てを受け止めきれるとは思っていなかった。
「エヴァ初号機、無事です!」
使徒の攻撃は強力だが、発射してしまえばその後の調整は利かない。ならば、盾が保つ内に零号機ごと使徒の射線から外れてしまえば凌げる。
ミサトの立てた予測を元に、作戦部と技術部が共同で編み出した作戦は、見事に功を奏した。
『こちら零号機。ライフルも無事です』
後ろに居るレイの声が通信に乗る。守るべき戦友の安全も確認できた。
内心で安堵の息を吐き、シンジは前を向く。
『作戦は第2段階へ移行!シンジ君、アタック!』
「行くぞぉぉ──‼︎」
左手に固定された盾を投げ捨てる。身軽になったシンジは、フィールドを全方向に展開しながら突っ込んだ。
『初号機、キャリアードッキング!』
日向のアナウンスに導かれ、シンジは夜の山を跳ぶ。戦自の戦闘機を目標にし、初号機が大きくジャンプする。初号機がジャンプの頂点に達した時、エヴァを覆い隠すほど大きな飛行機が初号機を押し抱いた。
初号機はその衝撃に逆らわずに加速する。山間のため、足場の悪い地面ではなく、抵抗のない空中を初号機は音速を超える速度で進み続ける。
眼前では、使徒へ向かって全方向から光が殺到して行くところだった。
ネルフや、戦自の所有する陸上戦力の全てが使徒へ向けて自慢の兵装を叩きつけるように発射してゆく。
花火が爆発するところを間近で見るような、幻想的にすら思える光へとシンジは突撃した。
『ネルフのパイロット!着弾勧告をします。3・2・1・今です!』
ネルフを介し、戦自から一方通行で開かれた通信からアナウンスが流れる。
気の強そうな女性のアナウンスとともに、使徒へ放たれた弾が届き、使徒を白く染め上げる。
『効果認められず!ネルフの特殊兵器が到着します。誤射に気をつけ、航空戦力は火力支援を!』
シンジは、既に使徒の目の前まで来ていた。レバーを引き、初号機とキャリアーを分離させる。
超低空を飛んでいたため、着地するのは一瞬だった。足の裏に来る衝撃を、膝を曲げることで相殺する。着地の衝撃で地面にめり込んだ足を走らせ、初号機は強引に軌道修正しながら走り出した。
「ポジトロンパイル起動!」
音声入力によって、両肩に装備された追加バッテリーから右腕のギブスへ莫大な電力が流れ込む。膨大なエネルギーを孕んだそれは、右腕を固定するギブスではなく、使徒を刺し殺す陽電子の杭打ち機となって輝いた。
「昼間のお礼だ!まずは一撃!」
第2ラウンド開始だ。そのゴング代りに、シンジはまず渾身の右ストレートをぶち込んだ。
◆◆◆
『───────!!!!!!!』
悲鳴が響き渡る。人間どころか生物らしくなく、合成された音特有の響きを持つ音が戦域を満たした。
「これはまさか、使徒の悲鳴⁉︎」
ミサトの横で、ポジトロンライフルの調整を受け持っていたリツコが叫ぶ。
「へぇ、悲鳴をあげられるようになったんだ。これって、進歩してるのかしらね」
初めて聞く使徒の声にミサトは反応する。加虐的な笑みがミサトの顔に浮かんだ。
「使徒の外周にエネルギー反応!」
「早すぎる!」
だが、その笑顔も一瞬後には凍りつくことになる。ネルフで算出した使徒のチャージは8秒。しかし、使徒のエネルギーの高鳴りは、8秒も掛からない速射を意味した。
(まだ上があったなんて。あくまでも狙いはエヴァって事!?)
「全軍に通達!第2射が来るわよ!」
盛大な一撃を叩き込んだ初号機が、使徒に向き直る。
「エネルギー増大、発射まで2・1・!」
『着弾──…今!』
マヤの射撃予測に被せるように、戦自からの通信が入る。使徒の射撃に合わせ、戦自の砲撃が使徒の外周部分に着弾した。
タイミング良く叩き込まれた砲撃の衝撃か、初号機を狙った使徒の光線は、僅かに狙いをそらして山肌を焼いた。
「今の、狙ったの!?」
自動操縦による戦闘をメインに据えるネルフでは、考えられない精度だった。職人芸のような一撃に、ミサトは背筋が震える感覚を得る。
『戦自よりネルフへ。次弾は5秒後』
「こちらネルフ。感謝します」
ミサトはこれが音声通信であることに感謝した。そうでなければ、引きつった表情を見られてしまう所だ。
そして、この砲撃が効果を示したことは大きな意味を持つ。ダメージを与える事こそ出来はしなかったが、
(シンジ君が接近していてくれるから、使徒のフィールドも弱まっているのか)
だとすればチャンスだ。勝手に使徒のフィールド強度を高く見積もっていたが、初号機が弱体化させている今ならば、作戦時間を圧縮できる。
「ポジトロンライフルのチャージは80%で構わないから、急いで!!」
日向、マヤの行動は早かった。
確認の復唱も、何の反応も行わずに端末の操作を進める。
皆、戦自が稼いでくれた一撃分の時間が蜘蛛の糸だと理解していた。
モニターに映されたレイも、ミサトの命令を聞いて狙撃態勢を整える。
『零号機は狙わせない!行くよ初号機!』
初号機が使徒に肉薄する。プログレッシブナイフを投げつけながら走り、戦自のミサイル攻撃に合わせて2発目のポジトロンパイルを叩き込んでいる。
待ち望んだリロードが完了する。リツコとマヤの2人がキーボードを同時に叩いた。
「ライフルの充電完了よ!」
「誤差修正も完了です!」
二射目の準備は揃った。
だが、これで勝てると考えたミサトの予想はまたも覆される。
「目標、シールドと分離、移動します」
「照準誤差規定値を超えました。撃てません!」
◆◆◆
疾走する初号機と共に、シンジは使徒へ向き直った。
下面から伸びたシールドを切り離し、低速ながら移動し始めた使徒を下から睨みつける。
『シンジ君、あいつを止めて!』
ミサトの声を聞き、シンジは使徒に張り付くように接近する。初号機との意思疎通も問題ない。シンジと初号機は、同族であるレイ/零号機を守るという目的を共有できていた。
(今なら、鉄壁が使えるかもしれない)
今までの初号機は、自分と同格の存在を使徒しか知らなかった。
その為に、初号機には守ると言う概念がうまく理解できていなかった。より正確に言えば、身を守ることは理解できても、シンジの他人を守ると言う感覚を理解出来ていなかった。
だが、今は違う。零号機と言う、味方であり、上手く動くことも出来ない同族を得てから初号機の意識は変わった。
自分ではないエヴァンゲリオンに思いを巡らせ、戦う個体として、弱い個体を護ろうとしている。
それは生き物ならば自然な感情で、その感情を手に入れることを人は成長と呼ぶ。
失いたくないと言う恐怖に、身を呈して戦うことで抗う。シンジの最も強い感情に、初号機が小さく共感してくれた事をシンジは感じた。
これでラストだと、シンジは小さく呟く。
「ポジトロンパイル・起動!」
最後の電力が右腕に流れる。内蔵するエネルギーをすべて失った両肩のバッテリーはその場に投棄され、初号機は輝く右腕一本だけを抱えて使徒へと躍り掛かった。
使徒は動きつつも、今までに比べると弱い光線を放つ。チャージを忘れ、回数を増やした射撃の前に戦自の戦闘機が墜ちる。初号機にも光線が飛んでくるが、シンジは左腕を突き出すことで盾の代わりとした。
激痛が左半身を焼く。しかし、シンジは右腕を守り通そうと、更に半身になって走った。急造の兵器のため、負荷に耐えられずに焼け始めたパイルが有るからこそ、初号機は使徒の注意を引いておける。これを失えば零号機の狙撃が露見し、彼女を危険に晒す。
だからシンジと初号機は体を蝕む痛みを無視して走った。レイを、零号機を守ると意識を同調し、痛みによって分泌されたアドレナリンに酔って意識が沸騰する。
━━【鉄壁】━━
それは、シンジにとって守りの要となるサイキック。一時的にサイキックによって防御能力を増やし、ダメージを軽減する。鋼の要塞として戦ったシンジにとって、ある意味熱血すら超える意味を持つ能力。
そのサイキックと、初号機の持つATフィールドとの相性は言うに及ばず。【鉄壁】を得たシンジと初号機は、この世界において最も堅牢な守護者となる。
シンジと心を通わせた初号機のフィールド強度が、使徒の火力を上回った。
突き出した左手にオレンジ色の結界を発生させる。
「これで終わりだぁ!」
左手のフィールドが使徒のフィールドと干渉する。強い手応えを持つそれを、シンジは大きく手を広げて掴んだ。
引き剥がそうと前に進む使徒を、シンジは必死の形相で押さえつける。
使徒の外周部が二度、三度と輝き、初号機の腹を短い光線で殴打する。内臓が込み上げるような不快感がシンジを襲い、嘔吐させようとシンジの腹をかき乱す。
だが、それが限界だった。内側に響くダメージがあるだけで、初号機の機能は衰えない。
「パイル・発射!」
右腕に残された最後のエネルギーが使徒を捉えた。
急造ゆえに作り込みが甘かった機関が赤熱化し、自身の熱によって融解しながらも機能する。
叩き込んだエネルギーごと、差し込むように右腕を突き出す。右腕が砕けて行く感触に、シンジは吐き気を覚える。
だが、初号機の右腕と引き換えに放った攻撃は、使徒をその場に繫ぎ止める事に成功する。
「綾波──!!」
シンジの叫びが、電波に乗る前にレイは答えた。
「発射します!」
戦自から借り受け、ネルフで改修し、日本中の電力を託された陽電子砲が唸りを上げる。
余りにも多な電力を流し込まれた砲身が、身を捩るように振動した。
一度使用した事によって劣化した部品が異音を発し、重なった異音が悲鳴となってレイの耳に響く。
そして、陽電子砲が弾ける音と共に、光が夜の闇を切り裂いた。
砲撃となった陽電子が空気中の電子を吹き飛ばし、使徒に食らいつく。
零号機の放った光は、使徒の中心を捉えて消し飛ばし、それでも止まる事なく夜の空を駆け上がった。
◆◆◆
地上に炎の花が咲く。それは、エヴァンゲリオンを包み込むほどに大輪の花だった。
使徒が倒れた事を示す爆発。一瞬で咲き誇った炎の中に、一つの影がある。
煙を裂き、炎を踏み越えて姿を現したのは初号機だった。
表面装甲の殆どを溶かし、爛れてしまった鎧を着た巨人が人の灯りの許へ帰る。
炎の中から帰還した初号機を、零号機が出迎えた。零号機が近寄って来た所で、膝から崩れ落ちるように倒れかけた初号機を零号機が支える。
初号機のエントリープラグに、零号機からの通信ウインドウが開く。
「碇君」
務めを果たしたレイが、シンジに宣言する。
「これで、信じてくれる?」
それは、零号機の起動実験の前に交わされた約束。シンジがゲンドウを信じるために、レイは結果を出した。
「うん、信じるよ。ありがとう」
疲れ切ったシンジは、それでもレイに笑いかけた。
「ねぇ、綾波。さっきの病室でも思ったんだけどさ」
あぁ、これもナンパとか言われるのかなぁと胸の中で嘆息し、シンジは続ける。
「綾波の笑った顔って、綺麗だと思うよ」
驚いたように笑みを消し、きょとんとした顔になるレイを見ながら、シンジは意識を失った。
使徒との決戦によって傷ついた初号機は、修理を兼ねて大改装に臨む。
その為、一時的にパイロットとして身軽になったシンジは、ミサトに伴われて海に出る。そこでは、懐かしい顔が待ち構えていた。
次回、戦友来襲。
◆◆◆
お待たせしました。楽しんでもらえたら幸いです。
何時も読んでいただき、ありがとうございます。
感想、誤字報告、評価までしてくれる皆さんには感謝しています。
特に感想欄の皆さんには格別の感謝を。皆さんの感想のお陰でこんなラミエル戦が書けました。作者一人だったら絶対に書けなかったです。感想欄の皆さんや、見に来て貰えたカウント数が直接力になるのは、ネット小説の強みですね。本当にありがとう!