やる気多めのシンジ君、エヴァに乗る   作:九段下

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晴天のガールフレンド/波乱の転校生

 ネルフ本部司令室。

 弐号機が日本に到着し、加持リョウジが持ってきた戦闘データが映写される。

 この部屋にいるのは加持を含めて3人。ネルフの最高権力者二人組のうち、スクリーンに目をやった冬月がため息混じりに口を開いた。

 

「結局、太平洋艦隊の手柄扱いになったな」

「問題ない。言ってしまえば、我々の使命は使徒殲滅だけだ。弐号機が戦果を残し、ネルフの存在感を示しただけで十分だろう」

 

 不満げに口を歪める冬月とは対照的に、ゲンドウは満足げに頷きながら返答した。

 

「弐号機が使徒のフィールドを無効化した事が人類の勝因なのは明らかだ。それだけでエヴァの存在を無視できる勢力はいなくなる。ただ、問題なのは……」

 

 悩むそぶりを見せるゲンドウの言葉を、食い気味で加持が継いだ。

 

「使徒のサンプルが見つからなかった事ですか。しかしカギ爪の使徒も爆発後にはカケラも残らなかったと聞いていますが」

「確かにその通りだ。だが、使徒の最後が不自然に見える」

 

 ゲンドウが手元のコンソールを操作する。

 弐号機の射撃が使徒の顎門を開いた場面がモニターに表示された。

 

「弍号機によってフィールドを無効化された使徒は、もはやコアを守る盾を持っていなかった。ならば太平洋艦隊の砲撃で決着がつくことは不自然では無い」

 

 ゲンドウの言葉に合わせ、映像が動く。

 艦隊が全力を発揮した砲撃は、雨あられと使徒に降り注ぎ、使徒の断末魔の悲鳴が響いた。

 

 着弾、そして爆発。

 編集された爆音は、見た目に反して着弾したことだけを伝えるような間の抜けた音だった。

 

「だがここからだ」

 

 口腔内に艦砲射撃の直撃を受けた使徒は悲鳴をあげながら海の中へと沈んでゆき、しばらく時間を置いてから爆発する。

 

「今までの使徒は、コアに致命的なダメージが入った瞬間、何かしらの反応があった。

 生き残りをかけて、もしくはこちらの戦力を道連れにしようと死力を尽くしていた。そのどれもが我々にとって危険な、致命的になり得る対応だ」

 

 ゲンドウの言葉に加持は唾を飲んだ。

(待ってくれ。それじゃあ、まさか)

 加持の思いも虚しく、ゲンドウは重々しく宣言した。

「今回、その最後の対応がなかったことが気がかりだ。最悪の場合、我々は一時的に難を逃れた状態だろう」

 

 エヴァが出撃し、太平洋艦隊と共闘して得た勝利。それが小競り合いの勝利だとゲンドウは言い切る。

 その言葉は、勝利を得たにしてはあまりも硬い声として室内に響いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ドイツから引っ越して来た、惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いします」

 

 第二中学2年1組の黒板に、流麗なゲルマン文字が並ぶ。

 自分の名前を書ききったアスカは黒板の前で胸を張り、丁寧ながら自信が滲み出る態度で自己紹介を行なっていた。

(こういうの、ホントにうまいよなぁ。なんでそんなことできるんだろ)

 その見事な挨拶を初対面の顔で見つつ、シンジは心の中で愚痴を吐いた。

 それは愚痴と言うよりも自分に対する批判として続く。

(というよりも僕が苦手なだけなんだ。いろんな人に助けてもらったから僕は今の僕になったけど、僕が自分でできたことなんて、戦うことしかなかったんだから)

 

「元気な自己紹介をありがとうございます。みなさん、惣流さんと仲良くしてくださいね」

 

 シンジが昔から恒例の自己嫌悪に陥る中、アスカの隣でにこやかに笑っていた担任の教師が合いの手を入れる。

 

「それにしても、惣流さんは日本語がお上手ですね。日本にいた経験がおありで?」

「日本は初めてですが、友人の綾波さんと碇くんに教えてもらいました。二人とも大切な友人なので一緒のクラスになれて嬉しいです」

 

 担任の質問に答えたアスカの視線の先、シンジとレイの方向にクラス中の視線が集まった。

 昔よりは慣れたとはいえ、今でも人目を集めることが得意ではないシンジは身を竦ませる。

 

「慣れてないこともあると思いますが、仲良くしてくださいね!」

 

 にこやかに笑うアスカを見ながら、シンジの意識は過去に向かった。

(なんか、最初に会った時より人の話聞いてくれるようになったな……)

 最初に会った時はいつだったか。シンジの記憶が過去に飛ぶ。

(というより、最初に話したのっていつだったっけ?)

 アスカが過去の戦いに途中から参加した事は覚えているものの、詳しい時期がぼんやりとして思い出せない。

 巨大な敵が襲来し、「あの人」がそれを退けた上に戦線離脱してしまった事件。シンジが正式に巨大ロボットのパイロットになったのはそんな時期だった。

 それから幾らかの時間が過ぎ、シンジが名実ともに人類守護の要塞となった時期のどこかでアスカは来たとシンジは思い返す。

(正直に言えば、必死過ぎて戦い続けた記憶はあっても細かくなんか覚えてないんだ。アスカはしっかり覚えているのかな?)

 そこまで考えたところで、シンジの意識が現実に帰還した。

 いくつかの質問と説明を終えた教師が、アスカを席に案内する。

 

「では、席は碇君の隣にお願いします。わからない事があれば、私だけではなく彼や委員長の洞木さんに聞くといいでしょう」

「ありがとうございます」

 

 ふわりと優しげに笑ったアスカは、真っ直ぐにシンジの下まで歩いた。

 愛想を振り向いていたアスカはそのままの笑顔をシンジに向け、

 

「悪いんだけど、昼休みは二人で食べましょ? ほら、一緒に住むんだから決めることはたくさんあるし」

 

 とりあえずとばかりに教室に爆弾を投げ込んだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 クラス中から発生したとてつも無く物騒な視線。それがシンジに集まっていくのを横目で見つつ、アスカは先ほどまで軽く話していた二人組を思い出した。

 同時に、アスカに続いて教室に入ってきていた少年少女が名乗りをあげる。

 

「霧島マナです! よろしくお願いしまーす! 本日、私霧島マナは、碇くんとみんなの為に午前6時に起きてこの制服を着て参りました! 似合うかな?」

「ムサシ・リー・ストラスバーグです。父がアメリカ人だったのでこの名字ですが、今は日本人です。よろしくお願いします」

 

 マナに対して似合うとの男子の歓声や、武蔵に対しても歓迎する女子の声を聞きつつ、アスカは表面上笑いながら思考の海に沈む。

(霧島マナ、ムサシ・リー・ストラスバーグ。二人して明らかに訓練されてる動きしてるんだけど、それを隠す様子もなし。私達をエヴァに乗れるだけの運の悪い民間人と思っているのか、こっちに何か知らせたいのか。わっかんないわね)

 

 ちょうど同時に転校してくる仲間がいることはアスカとしても嬉しいのだが、その二人の思惑が読めず、しかし気づかないフリをするわけにもいかないとなれば困惑するしかない。

 だからこそシンジに爆弾を放り込んで様子見しようと思ったのだが。

(私の投げた爆弾に乗ったのか初めからシンジ狙いなのか、私の自己紹介の後にソレをやった度胸だけは認めてあげるわ)

 

「惣流さん、転校生同士お隣だって! よろしくね!」

 

 突然の声に意識を浮上させると、いつの間に自己紹介を終えたのか、マナがアスカの横に座っていた。

 

「惣流さんって、碇くんと二人暮らしなの? 何、もしかしてすごい関係?」

「まぁ、隠せるようなもんじゃないから言っちゃうけど。私もシンジと同じよ。それで、通じるでしょ?」

 

 わぉ、とマナが呟いた小声はアスカにも届いた。機密になっているはずのこちらの情報を掴んでいる時点でクロと判断したアスカは、マナとムサシの名前を要警戒リストに突っ込む。

 

「シンジも最近こっちにきたばっかりだし、私たち4人、仲良くしましょ?」

 

 シンジとレイだけでも面白いのに転校初日から楽しませてくれるじゃない、と。

 アスカはこれからの新生活に心を踊らせ始めた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「アスカ達はうまくやれてるかしら?」

 

 ぽつり、とつい口に出てしまったミサトの声が12時となって混雑し始めた食堂の雑音に混ざる。

 誰に聞かせようとしたわけでもないが、それは対面に座っていたリツコにとっては会話のタネに聞こえたらしい。切れ長の瞳がミサトを捉えた。

 

「防衛庁から送られてきた子達? 日本政府側の焦りが透けて見えるわね」

 

 まあねぇ、と気のない返事を返しつつ、ミサトは言葉を続けた。

 

「どうにかして情報欲しいってのはわかるけどさ、子供使うのは無いわよねぇ」

 

(人類一丸となって、が無理ってのはわかるのよ。でも、それは子供達とは関係の無いことだわ)

 心の内でため息を押し殺し、ミサトは子供達の保護者としての顔になる。

 

「防衛庁から来た子達の身元は、あちらさんから来てるわ。防衛庁で建造されている試作兵器の関係者。14歳の子供を前線に送った私達が言えた義理じゃ無いけど、あっちも相当よね」

 

 ミサトはここで声のトーンを落として続けた。

 

「リツコの所にはもうちょい詳しいトコ、来てんじゃないの?」

 

 軽く探りを入れた視線の先、金髪を少し揺らせたリツコの答えは素っ気ないものだった。

 

「残念だけどね、この前の技術交換はポジトロンスナイパーライフルを中心としたものよ。私の方には何も来てないわね」

 

 でも、と続けたリツコは視線を動かし、ミサトの横に座った男性を見た。

 

「何だか面白そうな話じゃないか。俺も混ぜてくれよ」

 

 水色のワイシャツを着崩した男性、加持リョウジだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

(厄介なのがきたわね)

 懐かしいといえば懐かしい顔だ。学生時代から色々とあった記憶が一瞬でフラッシュバックし、自分ですら理解できない感情が腹部を押さえつける。

 

 久しぶり、という前置きを置いて、加持は続ける。

「海を越えてアスカについて来てみれば、ずいぶん面倒な事になってるじゃないか。そこら辺、俺も噛ませて欲しいな」

 

 爽やかな笑顔と共に、出歯亀根性丸出しのセリフが吐かれた。

 ゲェ、とミサトは思い切り顔をしかめるが、加持は笑顔のまま続ける。

 

「これでもアスカの保護観察者でね。こっちで集めた話もあるし、ちょっと聞くだけ聞いてってくれよ」

 

(よくもまぁぬけぬけと)

 作戦課長をメインにしながらも、子供達の護衛を受け持つミサトは諜報部にも多少のツテがある。そのミサトから見て、現在の加持は正体不明の男だった。(国連軍、ネルフの両方に同時在籍している一般職員で、主な仕事は両組織の仲介役。普通に考えればスパイとかになるんだけど、どっちが優先なんだかね)

 

「アンタ、日本に来てまだ一週間でしょ? ずいぶん噂好きになったじゃない」

 

「ま、そう言うなって。これでもちゃんと調べてきたんだぜ?」

 

 そこで加持は少し区切り、世間話にしては真剣味を帯びた表情で続けた。

 

「葛城が持ってきた情報、それ自体も一個のカモフラージュになってる。日本政府が進めているエヴァへの対抗プロジェクトは2つあって、その片方が防衛庁が民間と共同開発したジェット計画。もう一つが、戦自が進めているトライデント計画だ」

 

「対抗ってのは穏やかじゃないわね」

 

「実際穏やかじゃないのさ。両方ともエヴァと同サイズの巨大兵器で、実戦投入は数年後にしても、機体の建造自体は済んでいると聞く。ネルフとしては味方が増えて嬉しいんだか、人類同士の競争が面倒なんだか、微妙なところだな」

 

 加持はそこで言葉を切って、皮肉げに口元を歪めた。微妙だとは言いつつ、本心では面倒事扱いなんだろうな、と推測したミサトは、少し話すことにした。

 

「作戦部としては諸手を挙げて歓迎するわよ。政治の分野は司令に任せて私達は使徒殲滅を至上命題にする。人間らしく、分担作業でいきましょう」

 

「ちょっと、上司に丸投げする気?」

 

 リツコの指摘に、ミサトは笑顔で答える。

 

「あったりまえじゃない。人類滅亡するかどうかの瀬戸際なのよ? 全員がベストを尽くさないでどうすんのよ」

 

 政治があるのはわかる。表面上は仲良くしてはいるが、ネルフが日本と言う国から睨まれている状態だと言うことも当然わかっている。だがそれは自分の専門ではないのだと、作戦部長として気楽に言い切ることにした。

 

「だから加持、そっちは任せたからね。アンタが変な動きをしてもちょっとくらいなら気づかないであげる。その代わり、半端なことしたら許さないわよ」

 

 おっかなくなったな、小さく呟かれた加持の言葉を聞き流し、ミサトは脳裏に戦自から来た子供達に思いを馳せる。資料に写っていた子供たちの表情は張り詰めながらも達成感のあるものではなく、緊張感の影に怯えを隠した表情だった。

(最近はある程度順調だったけど、使徒戦に余裕なんて無いって、想像つかないもんかしらね)

 

 その資料からきな臭さを感じたミサトは、一丁追加で働くことを決意する。

 その為にはまず腹ごしらえだ。財布を確認し、ミサトは追加のカレーを頼みに行くことにした。

 

 




読了ありがとうございます。
そして毎度、誤字報告ありがとうございます。
あと、今後は後書き関係は活動報告に載せときますのでよろしくお願いいたします。

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