『目標を、センターに入れてスイッチ。
目標をセンターに入れてスイッチ。
目標をセンターに。入らない』
エントリープラグの中でシンジがうわ言のように繰り返す。
メンタルが不安になるシンジをモニター越しに眺めて、マヤは呟いた。
「シンジ君の射撃、全然当たりませんね」
シミュレーションの中で浮き出てくる使徒に、パレットライフルを浴びせかけるシンジ。
しかし、コンピューターで制御されたハズのライフル弾は、シミュレーターの空を引き裂くばかりだった。
(来たばっかりの時は、すごい子だなぁと思ったけど)
シンジがこの街に来てから、3週間の時が過ぎていた。
その間、数日間の検査入院とネルフの説明、エヴァについての座学など、シンジは忙しい毎日を送っている。その中でそれなりに付き合ったから分かったのだが。
(結構抜けてる所があるから可愛いよね)
歓迎会で見せた寝顔は、初号機を見事に操る戦士だとは思えないほどにあどけないので驚いた事をマヤは覚えている。
日常生活でも、シンジはパイロットとしての運動能力や、エヴァとのシンクロ訓練は見事なものだった。
だが、そんなシンジには妙な趣味というか、趣向があった。
(意外と力技でいくというか。使っても減らない武器だってATフィールドに喜んだり、廃材で殴りたがったり)
男の子ってこんな感じなんだぁ、とマヤの中の男子中学生像が組み上がっていく。
そういえば日向が読んでた漫画では、学校でバットや木材を使って喧嘩してたし、青葉の演奏を見に行った時は他のバンドがギターを振り回して壊していた。
ネルフにいる自分よりも学生の方が戦いに慣れてることに、マヤは複雑な気分になる。
(何となく鉄砲も好きなんだと思ってたけど、シンジ君は自分の体でやりたい派の子なんだね)
マヤの視線の先、シンジは豪快に的を外し続けていた。
「静止状態のターゲットに対する命中率が65%です。初号機自身が動き回ることを考えると、実戦での命中率は」
「ほぼ当たらないもの、って考えた方が良さそうね。いいわ、エヴァを動かせるだけでもとんでもない才能なんだから、射撃に関してはこちらでフォローしましょう」
マヤの言葉は、ミサトが継いだ。
シンジの戦闘訓練を、ミサト、リツコ、マヤを含める技術課が眺めていた。
その技術課が口を開く。
「赤木部長、この前の戦闘を見る感じじゃあアイツはバリバリのインファイターだ。そりゃあ銃は強いと思うが、盾と槍ってのも良いんじゃないか?」
「最新の技術で蘇る巨人の古代ローマ兵?
否定できないのが辛いわね」
マヤの視線の先、リツコは頭が痛そうな素振りをした。最先端の技術を使ったエヴァに盾と槍など、マヤの敬愛する先輩のセンスに合うはずもない。
(シンジ君は喜びそうだけど)
素直な感想が口を出そうになったが、マヤは無理矢理に押し留めた。こんな事を聞かれたら、先輩の機嫌が急降下するに違いない。
この前は素手だったから石器時代だな、と技術課は笑った。最初に最先端のナイフを用意した事を、彼らはもう忘れているらしい。
ミサトはため息をついて、シンジに練習の終了を告げた。
「シンジ君?もう上がっていいわ。お疲れ様」
「目標に…………わかりました」
シンジの声と共にエントリープラグが開く。タラップを伝ってプラグスーツのまま上がってきたシンジにマヤは手元に置いてあったジャケットを手渡した。
「ありがとうございます。伊吹さん」
「うん、お疲れさま、シンジ君」
こちらのやり取りを見たミサトは、さて、と一息の溜めを作ってをまとめにかかる。
「残念だけどシンジ君の射撃じゃ、ちょっと使徒に使うのは危険ね。狙ってる間に反撃食らっちゃうわ。
だからシンジ君には使徒のフィールドの中和をしてもらって、こちらの操作する砲台で撃つことにします」
横目でシンジを見ると、分かりやすいほどに落ち込んでいた。最近分かったが、シンジはどちらかと言うと落ち込みやすいタイプだった。
あまりにもタフなせいで気づかなかったが、彼も傷つくし、実は落ち込むことも多い。そんな所に、マヤは親近感を覚えた。
「だからまずエヴァを使徒に近づけなきゃいけないんだけど、その為の装備は次の操縦訓練で見ることにするわ。一応、盾と槍、って意見は出てるけど」
どうする?とミサトが問いかける。
少し俯いたシンジは、間をとってから答えた。
「エヴァに乗って分かったんですけど、それで戦うには僕が盾と槍の戦い方に慣れないとダメだと思います」
確かにそうだ。シンクロは、エヴァを自分の体のように動かすと聞いている。なら、特殊な武器を使うならばまず、シンジが訓練する必要がある。
「それなら、装甲が欲しいなぁと。使徒がどういうのかわからないんですけど、フィールドを破るにはまず、近づかなきゃですし」
シンジの答えは分かりやすいものだった。マヤも、シンジが安全になることはいいことだと無意識に頷く。
リツコとミサトも、この案には賛成のようだ。すぐに納得の態度を返す。
「確かに、シンジ君もまだ素人だものね。守りが厚いに越したことは無いわ」
「最後のパンチの映像見ると、一瞬忘れちゃうけどね。あれが一般に出せれば、人類の守護神とか言ってすごい広報できそうよね」
そこで一同が苦笑した。あの戦いぶりは、今ではネルフの語り草だ。自分たちが関わっているものの大きさを、あの夜の決戦は教えてくれた。
「シンジ君が最後に見せたあの戦い方がシンジ君の戦い方なら、運動性を犠牲にするくらい装甲を増やしちゃってもいいのかも」
ミサトの意見をキーボードに入力しながら、マヤはあの夜を思い出す。
あの夜以来、あの戦いの映像は何度も見返した。
昼間の使徒を見て、本当に人類は滅ぶのだと思ってしまった恐怖を忘れることはできない。けれど、人類は戦える事をシンジと初号機は示してくれた。それ以来、マヤは使徒への恐怖を少しずつ減らしていくことが出来た。
それでも、未だに使徒の夢を見て眠れなくなる時がある。そんな時には必ずその映像を再生している。
「追加装甲ならそんなに時間は貰わねえよ。来週使徒が来るっていうならともかく、そうでないなら間に合うはずだ」
結局、初号機改修案はリツコの技術部に上げられ、小さな初号機改造計画は終了した。
◆◆◆
パレットライフルによる射撃訓練からさらに数日。シンジが初めて登校する日になった。
「ついに今日から学校かぁ」
新しい制服に袖を通し、シンジは呟く。
正直、エヴァの訓練をした方が良いような気がしたのだが、ミサトは譲らなかった。
「エヴァに乗るのも大切だけどね、誰かと繋がっていくのも大切なことよ。将来のためにも、行ってきなさい」
というのがミサトの談。将来の為はわかるのだが、その将来も生き延びてこそじゃないのかとシンジはため息を漏らす。
最初は学校生活にもやる気があったが、エヴァの事があれば話は別だ。学校の勉強など、理由さえあれば一切やりたくないのがシンジの本音だった。
(家の中だからって、あの薄着で話しかけるのは卑怯だよ。何もお風呂あがりに話して来なくてもいいじゃないか)
ミサトの家で世話になり始めて2週間と少し。
最初期こそ部屋掃除やら料理やらで慌ただしかった生活も、作業の分担とネルフ経由で頼んでいる家政婦さんのお陰で余裕が出来て来た。
それもこれも、ミサトに一切家事をやらせずに信頼できる家政婦を雇う事をゴリ押ししてきたリツコのお陰だとシンジは思う。
はじめは大袈裟だと思ったが、今では慧眼だと尊敬していた。そんなにミサトの私生活は有名なのだろうか。
だが、余裕が出来てきたからこそ困ったこともある。今1番困っているのはミサトのガードの薄さだ。意識に余裕が出来たからこそ、気になって仕方がない。
(ノースリーブのシャツ一枚に短パンとか何考えてるんだよ。すごい気になるから話をされても意識がそっちに行っちゃうんだ)
しかもシンジからすればミサトは家事以外に弱点のない大人の女性だ。尊敬もしてるし、最初の手紙に入ってた写真は机の中にしまってある。
そんな女性が、家の中でだけ薄着でガード緩そうに生活している。横にいるシンジとしては、気恥ずかしさと少しばかりの嬉しさで話しかけられても集中していられないのだ。
学校の話だって、ろくに抵抗もできずに言いくるめられてしまった。プライベートでシンジがミサトに勝つには、かなりの努力が必要になりそうだ。
(このままじゃマズい。どうにか抵抗できるようにならないと…)
考え事をしている間に着替えと準備が終わっていた。もう諦めることもできないな、とシンジは玄関を開け、外に出る。
ミサトは早くから出勤している。鍵がちゃんとかかったか、二回確認してシンジは学校に向かう。
空を見上げると、そこは雲ひとつない綺麗な空だった。
◆◆◆
新しい学校生活も、一度クラスに入ってしまえば興味が湧くもの。
友達ができるか、クラスに受け入れられるかの命運をかけたシンジの自己紹介もつつがなく終わり、示された席についたシンジは学校用の端末を開いて、呆としていた。
時間は昼前。この授業が終われば昼休みなのでクラスもソワソワしているように感じる。先生の話がセカンドインパクトについて言及し始めたが、聞いている生徒はほとんどいなかった。
大災害だとはよく聞くが、シンジにとっては教科書の中の出来事だ。特に興味もなくメモだけ取って、視線が教卓から外れる。
(綾波さんともまだ話した事ないんだよな…)
シンジの視線の先、青い髪をショートに切った少女が端末を操作している。
ミサトから聞いた、先輩パイロット。なんでも、重い傷を負っていたにも関わらず、シンジがエヴァに乗る事を拒否した時に備えて待機していたらしいのだ。重傷を押してまで戦おうとした先輩に、シンジはまず挨拶をしたかった。
どれだけ高潔な戦士なのかと、尊敬したのだ。
生憎とその時の傷が重く、面会謝絶の為に今までは挨拶ができなかったが、今は違う。
怪我を覆う包帯に身を包んでいたが、先輩は歩いて学校に来ていた。
学校に来れるくらいなら、もう挨拶しても良いだろうとシンジは自分にゴーサインを出す。
とりあえず、昼休みにジュースを差し入れすれば大丈夫かな、とシンジは差し入れするジュースの選定に入った。
(第3新東京市名物、黒たまごジュースって何味なんだろう…?)
そこまで考えたところで、シンジの端末に着信が入った。
(差出人不明?)
グループ型のネットワークだろうか。
とりあえずメールを開封して読んでみる。
黒たまごジュースの味を聞いてみようかと考えながら開いたメールは、シンジを驚愕させた。
《碇君があのロボットのパイロットって、本当?》
息を呑んだ。いくらなんでもバレるのが早すぎる。
《No》
《嘘。本当なんでしょ。》
返信は、ほとんど間を置かずにやってきた。
断られると分かっていたのか、恐ろしくキータッチが速いのか判別はつかないが、簡単に諦めるつもりはないようだ。
(というか、隠しきれないよね)
隠した方が良いのかシンジは迷うが、シンジは素早く決断した。どうせ使徒が来るたびに消える転校生など、すぐに追及されるに決まっている。
《Yes》
エンターを押す。端末に自分の回答が表示された。
反応は、劇的だった。
「「えぇー⁉︎」」
クラス中から合唱が上がった。
「ちょっと!まだ授業中!」
「いいじゃんいいじゃん!」
「よくないわよ!」
最初に話しかけて来た少女の注意が飛ぶ。確か洞木さんといったか。真面目そうな人だった。
「ねぇねぇ、どうやって選ばれたの?」
「怖くなかった?」
「どうやってあんなの動かしてるの?」
矢継ぎ早に質問が飛んで来る。
とりあえず答えられるものだけ答えることにした。
「なんで選ばれたのかは僕もわからないよ。あと、すごい怖かった」
うわぁ!と過剰な反応が返って来た。楽しそうなクラスメイトに、シンジは知らずと笑顔になる。平和な人を見ると、頑張ってよかったという気になる。
「あのロボット!名前なんていうの?」
「武器で戦うんだよね?」
「すごい!」
感想まで飛んで来る。盛り上がりすぎて、収拾が付いていなかった。
シンジが答えようとしても、どうして良いのか分からないほどに大きな騒ぎになって来た。
だが、その隙間を縫って現れた少年がシンジの目の前に立った。黒いジャージを着込んでいる。
「転校生。すまんがちょっと顔貸してくれんか」
随分と思いつめた表情で言われた頼みに、シンジは素直に頷いた。黒い姿はシンジの反応を見ると、クラスメイトの影に去っていった。
(この騒ぎを散らしてくれてもよかったのに!)
シンジの内心は誰にも知られること無く、シンジは授業が終ってから屋上に向かうまでに、それなりの時間を必要とした。
◆◆◆
屋上は日差しが強く、床からの照り返しもあってひどい暑さだった。
その真ん中で、黒いジャージの姿が仁王立ちしている。
「来たか、転校生」
「呼ばれたからね。それに、君の空気が気になった。軽い用事じゃ、無さそうだったから」
そうか、と黒いジャージ姿の相槌が聞こえた。
「ワシは鈴原トウジじゃ。すまんな転校生、ワシはお前を殴らなあかん。お前をどうしても許せんのや」
黒いジャージが歩いてくる。冗談を言っている顔ではなかった。
トウジ腕を振り上げて殴りかかってくる。突然の事に驚いたシンジだったが、体が対応した。
大振りの一撃の軌道を読み、間に腕を差し込んだ。
重い一撃。シンジは腰に力を入れて耐える。
「突然言われたって分からないよ!何があったのさ!」
「妹が瓦礫の下敷きになったんじゃ!シェルターにおったんだけどな、揺れで落ちて来た天井の破片で怪我した!」
「…ッ!」
シンジの詰問は、更に大きな叫びに塗りつぶされた。
「命は助かったけど、もうずっと入院しててな。お前のせいじゃろう!」
激昂するジャージ姿を前に、シンジは腕を下ろす。
「あの夜に戦ったのは僕だ」
即座に殴られた。先ほどと同じ、大振りの右。渾身の力が入っていたのだろう。倒れないように耐えるのが限界だった。
左の頬が熱い。殴られた時に切ったのか、口の中に血の味が広がった。
「ごめん。君の家族を傷つけた。できるなら、妹さんにも謝りたい」
言い訳が頭を占める。仕方がなかった、僕も知らない。僕だって必死だった。
だが、言うことはできなかった。今にも辛そうにしている人の家族を傷つけたのなら、殴られる必要がある。シンジの、パイロットとしてのプライドが殴られることを選んだ。
「なんやとお前!」
「待てよトウジ!」
さらに激昂する少年、トウジをメガネの少年が押さえつける。
「離せケンスケ!こいつはな!こいつは!」
「もう1発殴ったろ!それにあいつの顔を見てみろ!碇だって、辛いんだよ!」
トウジと呼ばれたジャージがこちらを向く。
トウジの振り上げた拳は、ゆっくりと下がった。
「話せや転校生。ヒドいツラしよって。殴ったぶん聞いてやる」
(そんなひどい顔してるのかな)
自分の顔がどうなっているのか、まるで分からない。怒った顔なのか、泣きそうなのか。まるで顔に力が入らなかった。
「ごめん、話せない…」
シンジの答えに、トウジがさらに激昂する。
「話せ!なんか言ってみい、何があった!」
「碇。俺が言えた話じゃないんだけどさ。マジで話してみろよ。死んじゃいそうな顔してるぞ」
メガネの方が覗き込んでくる。こちらは心配そうな顔をしていた。
我慢しないと。とシンジは腹に力を入れる。転校初日から何をやっているのかと涙が出ないように目に力を入れた。
ただ、被害者のトウジは聞く権利があると思い、シンジは使徒と戦った夜を回想する。
「敵とエヴァの事を知ったのは、当日の昼だよ。僕はパイロットの補欠だったみたいだ。
この街に呼ばれた僕は、そこでエヴァって言うロボットがあると知らされて、僕はそれに乗った」
「なんだよソレ…」
ケンスケが呟く。
「そんなの、無茶苦茶だ!それで碇は戦ったのか!」
憤るケンスケに、反応を返さずにシンジは続けた。感情を吐き出すのは、被害者の権利だ。加害者が出すわけにはいかない。
「妹さんが怪我するほど揺れたのは、多分2回。自衛隊が大きな爆弾を使った時と、敵の攻撃で街ごと吹き飛ばされた時で、昼と夜に一回ずつ」
(最低だ、僕)
話していい範囲がわからない為、シンジの説明は要領を得ないものになった。妹を傷つけられたトウジに対する説明としては、足りないにもほどがある。
「ごめん。僕に言えるのはココまでだ。本当に…」
「昼や」
もう一度謝ろうと思ったシンジに、トウジが割り込んだ。
「妹が下敷きになったのが昼で、それから必死に瓦礫をのけた。夜になって、ギリギリ応急処置はできたんじゃけどな。避難がいつ解除されるから分からんから、遅かったら覚悟してくれとまで言われた」
トウジが頭を下げる。
「すまん。アンタは、妹の命の恩人だったんじゃな。殴って、すまんかった」
そのままトウジは頭を下げ続ける。
怒った側と、謝る側が同時に頭を下げる奇妙な空間が出来上がった。
シンジはネルフに厄介になってる立場として謝り、トウジも筋違いで殴った事を謝る。
そんな奇妙な空間に、特徴的な少女が現れる。
青い髪に赤い瞳の美しい少女。シンジが昼に挨拶に行こうとしていた先輩だった。
綾波が、その場の空気を無視して口を開く。
「非常召集。先、行くから」
綾波の赤い瞳がシンジを見る。一言だけ伝えた綾波は、踵を返して屋上を去った。
『ただいま、東海地方を中心とした関東、中部の全域に特別非常事態宣言が発令されました…』
彼女の言葉を肯定するように、放送が鳴り響く。音は学校だけではなく、近隣全てに聞かせる音量での放送だった。
「ごめん。僕、行くよ」
敵が来たのならばモタモタしていられなかった。トウジのことは気がかりだが、パイロットとしての判断が勝った。自分が遅れた分だけまた誰かが傷つくことになる。
走り出し、屋上を去ろうとするシンジに後ろから声がかかった。
「頑張れよ!」
「…転校生ェ!気張れ!」
元気なメガネの声と、後ろめたそうなジャージの声。
2人のエールを受けてシンジは全力で走った。
◆◆◆
「目標を光学で捕捉。領海内に侵入しました」
「総員!第1種戦闘配置!」
ミサトの声が司令部に響き渡る。
『了解。第3新東京市、戦闘形態に移行します』
アナウンスが流れ、オペレーターの下に情報が集積する。
「中央ブロック、収容開始します」
「目標は依然進行中。対空迎撃システムの稼働率は45%です」
(チョッチ低いわね)
ミサトは内心で舌打ちしたが、嘆いても仕方がない。それよりも部下を安心させる為に、それくらい気にもならないという風を装った。
「陸戦型だと思ってエヴァの修理と改修に予算回したからね。そのぶんは私達でフォローしましょう。民間人の避難状況は!」
「すでに退避完了との報告が入っています」
手元のモニターを眺めながら青葉が答える。青葉の専門は対人関係の情報の処理だった。
流れるように対内閣、対戦自、対民間の処理を終えていく。
「じゃあ隠すもんはないわね。初号機の発進準備進めて!警戒射撃で牽制しながら、初号機の発進を援護するわよ」
一通りの指示を出したミサトは、つい愚痴を吐いた。
「碇司令が居ない間に第四の使徒襲来。意外と早かったわね」
「前は15年のブランク、今回はたったの3週間ですからね。こんなの、誰も予想できませんよ」
小さい声だったはずだが、近くの日向には聞こえて居たらしい。
「こちらの都合はお構いなしか。そういう人、嫌われちゃうわよ?」
おどけた声を出すミサトは、モニターから目を離さない。自衛隊の総攻撃を食らいつつ、悠々と進む使徒が映っていた。
上からため息が聞こえる。冬月副司令だろう。
「税金の無駄遣いだな」
全く同感だった。自衛隊としての意地もわかるが、それよりもエヴァの装備に金をかけたかったのが本音だ。
「委員会より、エヴァンゲリオンの出動要請が届きました!」
「待ってたわ。エヴァンゲリオン、発進!」
人類を背負う、最終兵器の瞳が光った。
◆◆◆
避難シェルターの中は多くの人でごった返していた。このシェルターの中には中学生が多く避難している。騒がしいのも当然だった。
その騒がしい避難シェルターの中で、トウジはシンジの事を考えていた。
(あの転校生。とんでもなく切羽詰まった顔してよった。どんな修羅場だったんじゃ)
転校生の見せた生気のない顔。それを思い出すトウジの横で、ケンスケが必死に携帯端末を操作している。
『本日正午に、東海地方を中心とした関東、中部全域に非常事態宣言が…』
「クソ、まただ!」
手持ちサイズの端末でテレビ電波を拾っていたケンスケが呻く。頭をかきむしるケンスケが気になり、トウジは一旦思考を止めてケンスケの端末を覗いた。
「また文字だけなんか?」
「報道規制ってやつだよ。僕ら民間人には見せるつもりがないんだ。クソ、なんで隠すんだよ!」
そう言ったきり、俯いてブツブツと文句を垂れ流しにしたケンスケは、トウジに振り向く。
「なぁトウジ俺と一緒に…」
「行かんぞ」
トウジはケンスケが何か言う前に切り捨てた。
妹はシェルターにいても怪我した。シェルターを出たら、本当に死ぬ事になるとトウジは考えていた。
「そんなこと言わずにさ。トウジだって気になるんじゃないのか?何も知らないでぶん殴っちゃってさ」
「…だからじゃ」
トウジは言葉少なく返す。昼の一件、相手をよく知りもしないでぶん殴ったトウジが全面的に悪かった。転校生に対して、トウジは借りがある。
(転校生。無事でおれよ。お前にはわしを殴ってもらわにゃいかん)
これ以上転校生の負担を増やすわけには行かない。トウジは、この悪友が面倒事を起こさないように必死になって見張り続けた。
騒がしいシェルターの中で、どんな戦いがあったのか想像するしかないトウジは右の拳を見る。
「人を殴るって、しんどいのぉ」
使徒戦は明日投稿予定。
補足説明。
シンジ君は別宇宙での戦いで、節約戦闘の意識が染み付いております。ギガントシリーズの運用がカツカツだった当時は、負けちゃダメだけど、弾薬なんて手間と金のかかる武器なんて使っていられなかった為。チラホラ出てくるアスカさんは、必中を旨とする運用と類稀なる技術でガンナーのパイロットをしていました。