やる気多めのシンジ君、エヴァに乗る   作:九段下

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殴る相手。

『エントリースタート』

『LCL電荷します』

『発着ロック解除だ!お前ら所定の位置に退避しろ!』

 

初号機の発進準備が進む中、シンジはプラグの中で出撃の時を待った。

ミサトの指示に従い、シンクロ準備が整ったプラグ内で、シンジはエヴァに語りかける。

 

「エヴァ、行くよ。もう誰にも傷ついて欲しくないんだ」

 

シンジの呼びかけを合図として、シンジとエヴァがシンクロを始めた。エヴァの体がシンジの体になり、シンジの心がエヴァの魂となる。

 

シンジの言葉の意味までは読み取れなかった初号機も、シンジがやる気なのは感覚で掴んでいた。前の使徒を殴りつけた時の感覚を思い返して、初号機がシンジを受け入れる。

 

3週間の訓練で、シンジは初号機とのシンクロの回数を重ねていった。その中で初号機や、もう1つの薄い意識とコンタクトを取り続けたシンジ。そのおかげで、今では気負う事なくシンクロすることが出来た。

 

『シンクロ率、70%で安定! シンジ君、頑張ってね』

 

マヤからの通信が入った。シンジは軽く頷く事で返答にする。

マヤの顔のモニターが、厳しい顔のミサトに変化する。

 

『初号機の出撃位置にシールドを出します。でも相手の火力は未知数よ、注意して』

 

初号機にシールドのデータが転送されてくる。

シンジは、今まで完成したとは聞かなかった新装備のデータに目を通す。

 

『技術部の男衆がね、突貫で作ってたものよ。見栄えは悪いけど、前の使徒の火力ならそれなりに耐えられるように出来てるわ』

 

データを確認すると、エヴァの装甲と同じ材質で作られた多重装甲らしい。

計算では、エヴァの火力と合わせれば一国の軍隊とすら殴り合える代物だと、注意書きに書いてある。

 

喧しい技術部の面々のドヤ顔を想像しながら、手早くデータを確認したシンジは、準備完了の意思を放った。

 

「わかりました。お願いします!」

 

ミサトが頷く。その後ろで、作戦部のメンバーが小さく手を振ってくれた。

 

『エヴァ初号機、発進!』

 

発射音と共に初号機がレールを駆け上がる。途中で2度進路変更した初号機は、第3新東京市の南に轟音と共に出現した。

初号機の紫色の装甲が太陽光を弾いて輝く。

 

『シンジ君! まずは使徒のフィールドに干渉してみて。干渉が確認できたら、砲台型ビルからミサイルを撃ちます!』

 

「了解!」

 

前回の使徒とは違い、今回の使徒は通常兵器の全てを無視している。

その為に使徒の性能は一切不明。まずは小手調べが必要だった。

 

そこでミサトの出した作戦は、敵フィールドに干渉し、無効化した上での囮作戦だった。

ATフィールドに関する訓練を行えなかったネルフは、フィールドに関する一切をシンジに頼っている。今回の作戦も、「中距離からならばフィールドに干渉できる」というシンジの言葉を信じたものだった。

 

「ATフィールド、展開。いっけぇ!」

 

相手を離そうとする気合。その不思議な感覚を手に入れる為に、シンジはネルフの協力のもとにシンクロ訓練をし続けた。

 

その結果、エヴァがシンジの気合いに応えてATフィールドを張る事を覚えた。

シンジは結局、フィールドを展開する感覚を完璧には理解できなかったが、それで構わない。シンジが叫びと共に考えた事を、エヴァは忠実に再現してくれた。

 

今回は久しぶりになる本当のエントリーだったが、訓練の時と感覚は変わらない。

初号機が自分の目の前にATフィールドを展開する。

 

(これなら作戦通りやれそうだ)

 

甲高い音を上げて8角形の波紋が空中に浮かぶ。それを確認したシンジは、兵装支援ビルから取り出した盾を構えた。大型の兵装支援ビルを経由して届けられた鉄塊は、中腰のエヴァを丸々覆えるだけの大きさを備えていた。

 

「さて大怪獣。ネルフの決戦兵器の威力、思い知ってもらうよ!」

 

今回はパイロットのシンジも訓練をしっかり積んでいる。前回の様に、簡単に攻撃を食らうつもりは無い。

 

紫の巨体が市街を行く。爆音が鳴り響き、舗装された道をシンジは一直線に走った。

赤い使徒はまだこちらに向き直らない。だが、体の先端をそのままに後端を地面に下ろし始めた。

段々と形態を変える使徒に対してエヴァが踏み込み、盾を振りかぶって跳躍する。

 

「ATフィールド、中和ァ!」

 

使徒が変形して地上に下ろした部分に、初号機は自身のフィールドごと盾を叩きつけた。

エヴァを覆えるサイズの鋼鉄が使徒にめり込む。

 

「まずは、小手調べだ!」

 

そのまま初号機は使徒を吹き飛ばした。

 

 

◆◆◆

 

 

「………」

ネルフ発令所は沈黙していた。

シンジと発令所の意識の違いに、言葉を失っていたのだ。砲撃支援を基本にしていた発令所メンバーは、突然走り出す初号機に対応できず、突撃した初号機を見守っていた。

作戦は進行している。初号機は盾を構え、守りを固めて小手調べをする。

その多くは間違っていないが、初号機がフィールドを中和出来る距離と、シンジの性格が考慮されていなかった。

 

最初にそこへ思い至ったミサトは、発令所の誰よりも早く正気を取り戻し、指示を投げる。

 

「倒れた使徒に対してミサイル発射!直接砲撃は発射準備して待機!」

 

弾かれた様にオペレーターが動き出す。モニターの中、倒れた使徒に向かってミサイルが発射された。

 

その映像を睨みながらミサトはシンジをコールする。

 

「シンジ君、初号機のフィールド中和距離ってどんぐらいなの?格闘距離?」

 

エントリープラグから送られてくる映像の中で、シンジは頷いた。

今までシンジとフィールドの実戦運用について話さなかったツケが回ってきた。

シンジの感覚的な言葉で「中距離」からフィールドを中和出来ると聞いていたミサトだったが、認識を改める。

 

(中距離は中距離でも、戦争の中距離じゃなくて格闘戦としての中距離だったの⁉︎)

 

軍に身を置き戦争を学んだミサトと、格闘戦しか知らないシンジの感覚の差が、悪い形で表面化した。シンジには、初めから頭に射撃戦というものが入っていなかったのだ。

 

「使徒、起き上がります!」

 

ミサイルが着弾した瞬間に立ち上った煙の中から、赤い使徒がゆっくりと起き上がる。イカの頭だけがこちらを向いた、妙な立ち姿が露わになった。使徒の両端から光の帯が地面に向かって伸びる。

 

「砲撃用意!撃てぇ!」

 

発射準備を整えた兵装ビルから、徹甲弾が発射される。自動給弾されたオートキャノン砲が鳴り響き、連射された弾が使徒に殺到する。

 

フィールドに守られるだろうが、そこで一手分の時間をロスしてくれれば御の字とミサトは考えていたが、ATフィールドは展開されずに使徒に直撃する。

 

日向の声が発令所に響く。

 

「着弾確認!」

 

砲撃の効果を調べようと、拡大される画面の中を紫色の光が横切った。

新しく入った情報を日向が報告する。

 

「砲撃型兵装ビル二基、沈黙しました!モニターに出します!」

 

拡大された使徒の両端から光の鞭が垂れ下がっている。先ほどの砲撃が効いたのか、滑らかだった使徒の表面に、いくらかの凹みが見られた。

使徒の映像の右下に、鋭利な刃物で切り裂かれた様に破壊された砲台の映像が挿入される。

 

ミサトは、この使徒が鞭による戦闘を考えた物だと考えた。

 

「この前は殴られたから、今度は近寄らせないってワケ?」

 

使徒が何者で、個体同士の関係も分からない。

しかし、殴り合いで負けた前回の使徒を意識しているようにミサトは感じた。

 

「シンジくん!今の見えた?」

『見えました!鞭ですよねアレ⁉︎』

 

シンジも理解できているようだった。油断なく使徒を睨む横顔に、ミサトは声を投げかける。

 

「兵装ビルも切り刻んだシロモノよ。フィールドでしっかり守らないと、エヴァの装甲でも無事では済まないわ!」

 

先ほどの一撃が効いたのか、使徒はATフィールドを出そうとしない。

どうすればあの光る鞭を攻略できるのか、ミサトは作戦を立て始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

赤い使徒と紫の初号機が対峙する。

静かに佇む使徒に対し、初号機は攻めあぐねていた。

 

(あの鞭の射程じゃ、絶対に何発か食らうことになる。一撃の重さがわからない以上は迂闊に飛び込めないな)

 

使徒とエヴァの距離は、エヴァの足で20歩はある。使徒の鞭の射程外なのか、使徒は一向に動こうとしないが、手がないのはシンジも同じだった。

 

(射撃武器が無い以上、何にしろ飛び込まないと攻撃すらできない。腹をくくるしか無いか)

 

「ミサトさん、もう装甲を信じて突っ込むしか無いと思うんですけど。ミサトさんはどうです?」

 

返事が返ってこない。全神経で使徒に注意している以上、ミサトを伺うこともできないシンジはミサトの答えを待った。

 

『特攻は最後の手段にしましょう。シンジ君、ミサイル砲台が無事で、キャノン砲台が狙われたのが気になるわ。

別の砲台から撃ってみるから、合図したら盾を構えてもう一回アタックして。使徒の攻撃を誘い出せそうな所まででいいから』

 

ミサトに策がありそうだった。戦闘で脳みそが沸騰している身としてはありがたい。

最後は気合いで勝負を決めるシンジでも、よく知らない敵の相手をするのは神経が削れるような負担を強いられる。

冷静な指揮官がいてくれるのはありがたかった。

 

「了解です、ミサトさん」

 

初号機が深く腰を落とし、盾を掲げる。

 

「いつでも行けます!」

 

『砲台の準備もできたわ。合図とともに使徒の左右から砲撃が行きます」

 

すう、と息を吸う音が聞こえる。

 

『アタック!』

 

「─ATフィールドォォ─!」

 

前方の左右から聞こえる発砲音と共に駆け出す。気合いを入れたシンジは、オレンジの光を纏う盾を押し出すようにして走る。

 

使徒の射程に近づく。

盾を構えたままなので前方は見えないが、気を利かせてくれた作戦課が横からの映像を回してくれた。ネルフ謹製の通信技術にタイムラグはほとんど存在しない。シンジは映像を信じて使徒の間合いに走りこむ。

 

初号機の前に砲撃が届いた。

甲高い音と共に、使徒がATフィールドを展開する。使徒の目の前で砲弾がひしゃげた。

そこでシンジは、自分の読みが外れていることに気付いた。

 

「鞭が飛んでこない?」

 

疑問に思った瞬間、シンジの背筋を冷たいものが走った。

急な悪寒に促されるまま、シンジはエヴァを横に倒す。倒れるようにしてエヴァが横方向に飛び去った。

 

視界の端で盾が削り取られたのが見えた。エヴァと同じ材質の装甲が簡単に抉られるという、想像を超える使徒の火力にシンジは身震いする。

 

バックステップを繰り返し、シンジはまた元の距離まで戻る。

使徒も追いすがってくるが、その動きは遅い。

人間に照らし合わせると、超人的な動きを可能とするエヴァの動きに、鞭以外は鈍重な使徒はついてこれていなかった。

 

「ミサトさん! 」

『想像通り、とんでもない威力ね。でも大丈夫よシンジ君』

 

ミサトの声は、強大な使徒を前に力強く響いた。

 

『タネは割れたわ』

 

 

◆◆◆

 

 

発令所に浮かぶ巨大スクリーンでは、先程の使徒の動きがスロー再生されていた。

映像の中、使徒のフィールドが消えるタイミングを見てミサトは確信を得る。

 

「あの鞭の攻撃には、使徒のATフィールドが転用されてると見て間違いないわ」

 

スロー再生された使徒は、ATフィールドで砲弾を受け止め終わるまで光の鞭を仕舞っていた。

再展開されたのはフィールドを消してからだ。

 

「そのせいであの使徒が出来るのは攻撃か防御のどちらか。懸念されてた射撃武器も無し。

オマケに、綺麗に食らった砲撃が意外と効いたのか、一回叩いてきた初号機と同じくらいには怖がっている。つけ狙いたい放題よ」

 

ミサトは口元を吊り上げて笑った。この第3新東京市は、使徒を殺すために作られた要塞都市。まだその機能の全てを発揮しているわけではないが、使徒を抹殺する場所を作るのはお手の物だ。

好きな所から、好きな分だけ撃てる。

 

「さあ、反撃の時間よ」

 

 

◆◆◆

 

 

(やっぱりネルフは凄いや。色んな武器と防衛施設があって、戦いやすい)

 

シンジが内心で感心していると、ミサトから指示が飛んだ。

 

『そこから、もうちょっと東に移動してくれるともう一台からも砲撃できるんだけどね。次の接敵で余裕があったらそっちに動かしてみてくれないかしら?シンジ君から見て、左のほうね』

 

ミサトの声に合わせてマップが表示され、エヴァ、使徒、砲台の位置関係が表示された。

 

『30秒後にもう一回やるわ。いける?』

 

ミサトの声の裏で、青葉や日向の声が聞こえる。2人の声と共にプラグ内にカウントダウンのフレームが浮いた。

 

「行けます!これでトドメにしてやりますよ」

 

強気に発言する。自分を奮い立たせるためには、これくらいがちょうど良かった。

 

『オッケー。あの魚介系みたいなヤツには、さっさとお帰り頂きましょう。

お代は置いていって貰うけどね』

 

物騒な言い方、とリツコの呟きが聞こえた。それには同感するが、戦っているとどうしても変なテンションになる。目を瞑ってもらうしかなかった。

 

『じゃあいくわよ。カウント、スタート!』

 

プラグ内のカウントが減っていく。使徒の頭にある、顔のような模様を見据えて初号機が腰を落とす。

 

残りカウントが5を数えた時、ミサトの号令がかかった。

 

『砲撃!ありったけ撃ち続けなさい!』

『1発だって外しませんよ!シンジ君の道は、僕らで付けます!』

 

ミサトの声に作戦課の雄叫びが聞こえる。

作戦を考える人達だと思ったら、まさか戦闘までこなすのかとシンジは軽く驚いた。

二台の砲台が交互に火を吹き、発砲音が鳴り響く。リズミカルに鳴り響く砲撃を聞きながらシンジは腰を浮かせた。

 

アラートが鳴った。

 

「行きます!」

 

フィールドを全開にして初号機が走った。盾を肩に担ぎ、シンジは最高速度で突撃することだけを考える。相手の武器は鞭しかないとわかった今、敵の懐に潜り込むまでに盾が保てばいい。もはや恐れることはなかった。

 

ATフィールドで砲撃を受け止め続ける使徒が後退する。

 

「逃すかァ!」

 

もっと、もっとだ。更に速く走ろうと、シンジは地面を足の裏で蹴飛ばし続ける。

 

シンジの視線の先、赤い使徒がついにフィールドを解除する。ひしゃげ、地面を汚すだけだった砲弾が使徒の体に喰らい付いた。

 

砲撃に晒された使徒は、少し体を傾けつつも生成した光鞭を振ってくる。兵装ビルを切り裂いた一撃が迫る。

 

しかしシンジは、恐れずに突っ込んだ。

 

「エヴァのフィールドと、この盾があれば!」

 

上から打ち下ろされた光鞭に対し、初号機は盾を下から掬い上げるようにして持ち上げる。

 

フィールドを纏った盾を、使徒の光鞭に叩きつけた。

 

(意外と重いぞ!)

 

フィールドが発生した時特有の、甲高い音が鳴り響く。振り下ろされた光鞭の重さに驚きつつ、シンジは地面を踏みしめて盾を横に振り抜いた。

盾に流され、使徒の光鞭が初号機を捉えることなく地面を弾く。

 

『よっしゃあ!』

 

ミサトの歓声が聞こえる。盾を投げ捨て、初号機が跳躍する。初号機の背後で役目を果たした鉄塊が、着地の衝撃で真っ二つに割れた。

 

跳躍した先、赤い使徒に向かって初号機が両膝を揃えて突き出す。

 

「まずは一撃!」

 

シンジは、使徒の平べったい頭に全体重をかけた両膝を叩き込んだ。

 

初号機がそのまま使徒を押し倒す。

 

『シンジ君、ナイフを使って。赤い玉を狙うのよ!』

 

ミサトのフォローが入る。そのまま使徒を右手で殴りつけたシンジは、ナイフの存在を思い出して左手に装備した。

逆手に持ったプログナイフを使徒のコアに叩きつけようと、腕を振り上げた時に初号機は体勢を崩した。

 

『使徒、光鞭を再展開しました!』

『何ですって⁉︎』

 

使徒のコアにナイフが浅く刺さる。それが限界だった。光鞭を再展開した使徒は、器用に鞭を使って初号機の胴を縛り上げ、軽々と投げ飛ばした。

 

「うわッ!!」

 

驚き、悲鳴を上げるシンジだったが、そのまま倒れるわけには行かない。必死にバランスを整えた初号機が、投げられた勢いを殺しつつ後ろに転がる。

 

「器用な真似をして…!」

 

やっと膝立ちになり、投げ飛ばされた場所を確認する。山の入り口まで投げ飛ばされた初号機の視界は、シンジに見覚えのある景色を伝えた。

 

(ここ、学校の近くじゃないか!って事はシェルターも近い!)

 

シンジの脳裏に、今日初めて会ったクラスメイトが浮かぶ。シェルターが壊れたせいで家族を傷つけられたクラスメイトの顔が頭によぎった。

 

そしてシンジの意識が逸れた隙を使徒は見逃さなかった。

シンジの目の前が暗くなり、使徒が上からのしかかる様に落下してくる。

 

避ければ後ろのシェルターが無事では済まない。そう直感したシンジは、ATフィールドで使徒を受け止めた。

 

(こんな時、鉄壁が使えれば…!)

 

シンジの保有するサイキックの1つに、一定時間、敵の攻撃からの被害を軽減するという能力があった。一時的に機体の防御行動を細やかにし、攻撃を受け流し、うまく受け止める事でその場に立ち続けるギガントパンチャーを支えたシンジのサイキック。

シンジの十八番とも言えるそのサイキックは、初号機が未だに【守る】という概念を理解していないために発動することが出来なかった。

 

「こ、の、重いんだよ!」

 

使徒の下半身に右手を叩き込む。先ほどの攻撃で手を離してしまい、ナイフを失った左手も握り込んで叩きつける。

 

しかし、体勢が悪いために殆ど効いていない。

上から押さえつけられているせいで、初号機はまだ立ち上がれていなかった。

 

紫の光が振り上げられた。鞭の様にではなく、今度は剣のように鋭く突き刺してくる。

 

「それくらいだったら見える!」

 

初号機が光鞭を握りしめて受け止めた。

 

今までは鞭のスタイルをとっていたから視認することすらできなかったが、今は違う。自慢の光鞭は、近距離ではシンジの瞳を振り切れなかった。

 

肉を焼く音が響き、シンジの掌が焼ける。実際に焼けたのは初号機の掌だったが、シンクロ率が高まったシンジにも初号機とほぼ同じ痛みが来た。

 

久しぶりにリツコの声が通信に乗る。

 

『シンクロ率下げて!これでは初号機よりもシンジ君が先にやられるわよ!』

「下げないでください!」

 

リツコのフォローを、シンジは切り捨てた。この痛みから逃げては、初号機からの歩み寄りがなくなるとシンジは感じていた。

まだ初号機の意識は成熟していない。寄り添い続けないと、初号機はまた自分の心を閉ざす予感があった。

 

(あと少しなのに!)

 

シェルターを背にしたシンジの目が、使徒のコアを見据える。投げ飛ばされた時に手を離した為に、使徒のコアには未だにナイフが突き刺さっていた。

 

手の届くところにある使徒のコア。しかも傷さえ付いているソレを前に、後ろのシェルターが傷つく事を恐れたシンジは手を出せない。

だが、使徒と睨み合うシンジに接触する意識があった。初号機の意識がシンジに一撃を重くするサイキック【熱血】をくれと催促する。

 

シンジは素早く問い返した。初めてエヴァが提案してきた作戦に興味があった。

エヴァの希望した場所は頭。両手が埋まっているならば、残っている手段はこれしかない。

 

(……痛いよ?すごく)

 

シンジの問いかけに初号機は即答した。あと少しくらい、我慢して倒してやるという意識がシンジに流れてきた。

 

「うん。君が行けるっていうなら。君と僕を止められる奴なんていないよ。行くよ、初号機!」

 

初号機の頭部、前に突き出た角にフィールドが展開される。角の根元から順に、何枚ものフィールドが積層される。遂に先端まで初号機の角を覆ったフィールドは、更に高く積み上がり、また根元に降りてフィールドの密度を上げた。

光る。光る。光る。

オレンジに光っていたフィールドはやがて黄色くなり、更に重なる。

 

異変を感じた使徒が大きく動く。光鞭をしならせ、初号機を振り払おうと身を捩らせる。

しかし、シンジは自分から光鞭に手を巻きつけて使徒の逃亡を防いだ。掌だけでなく、手の甲まで焼けるような痛みが広がる。だが、その痛みですら脳がアドレナリンで満たされたシンジの動きを止めることはできなかった。

 

もっと、もっと大きく輝けとばかりに、初号機はフィールドを重ね続けた。

初号機の角が巨大になり、輝く。

遂には、初号機の頭にはプログレッシブナイフを超えるほどの光の角が出来上がっていた。

真っ白に輝く初号機の角に、シンジのサイキックが宿る。

 

──熱血──

 

初号機の顎門が開く。

【オオォオォオオォォ…!!!!】

「うわああぁぁぁぁぁ…!!!!」

 

初号機/シンジの叫びが鳴り響いた。

初号機は使徒の鞭を握りしめ、大きく仰け反る。

 

「食らいなよ神のお使いさん。この一撃が止められるのなら、止めてみせろ……!」

 

目指すはコア一点。夕暮れの空を切り裂き、白い輝きが弧を描く。

赤い玉を睨みつけたシンジは、そのまま頭を叩き込んだ。

 

元々亀裂が入っていたコアは、ろくな抵抗もできずに初号機に貫かれる。

 

使徒の悲鳴が上がった。光鞭が脈打ち、必死に初号機から離れようとする。しかし、ここで終わらせる覚悟のシンジは渾身の力で使徒の光鞭を引き絞った。

 

「もう自爆なんてさせない…ッ」

 

使徒のコアに角を突き刺したまま、初号機が使徒を持ち上げる。

 

「僕の、勝ちだ!」

 

初号機の角に宿ったフィールドが解放された。

圧縮された光が解け、重なり続けたフィールドが解放されるごとに使徒のコアを穿つ。

 

初号機の光が使徒を貫いた。コアから、背中まで切り抜かれたように抉られた使徒は、耳をつんざく様な悲鳴をあげた。

 

コアを吹き飛ばす攻撃の余波で、使徒が吹き飛んだ。

第3新東京市の道路に身を横たえた使徒は大きく痙攣し、やがて動きを止める。

 

『パターン青、消失しました!』

 

遠くに青葉の通信が聞こえる。その声で、本当に使徒が倒れたと確信したシンジは、眠るように意識を手放した。

 

 

◆◆◆

 

 

数日後、ネルフで簡単な健康診断を済ませたシンジは、学校の屋上に居た。

目の前には先日と変わらない黒いジャージのトウジが立っている。隣にケンスケを連れたトウジを見て、何となく、シンジはトウジが何をしたいのか予想できる気がした。

そして、その予想は見事に的中する。

「転校生、頼みがある!ワシを殴ってくれ!」

 

そう言い、殴られる体勢になるトウジ。足を肩幅に開き、両手を後ろに回した彼に、シンジは内心で溜息を吐いた。

 

(やっぱり、あの話終わってなかったかー)

 

シンジからすればもう終わった話であり、また掘り返されても面倒という意識が先に立つ。だが、トウジの真っ直ぐさはシンジも嫌いではなかった。彼となら仲良くなれそうだな、と感想を抱いてシンジは先日の会話を続けることにした。

 

「あの話は終わりにしようよ。もし君を殴っても、今度は僕が気に病むんだけど?」

「そいつぁ悪いと思う。でも、それじゃあワシの気が収まらんのや!」

 

トウジは、一切姿勢を変えなかった。意地でも殴られるまでは立っているつもりのようだ。

あまりにも一本気なトウジの意思に、シンジは薄く笑って答えた。

 

「じゃあ1発、ぶん殴るよ。でもそれじゃ僕の気が収まらない。1発食らって、立ってられたら殴り返してきて。それくらい、できるでしょ?」

 

シンジは拳を握り、トウジの前に立った。トウジは一瞬呆気にとられた表情をしたが、すぐにその表情が笑みに染まる。

 

「ワシの根性を試そうってゆうんか?ええぞ、ワシの根性、試してくれ!」

「じゃあ、行くよ!」

 

右の拳を引き、腰だめにトウジの腹を殴る。コンパクトにまとまった拳が、トウジの腹を貫いた。

シンジの、割と本気の一撃がトウジの体をくの字に折り曲げる。

 

「さすがに、いい拳持っとるやないか…!」

 

だが、トウジが崩れ落ちることはなかった。膝が笑い、手を腹に当てているトウジだが、その表情は笑っている。

 

「今度はそっちの番だよ。それとも、もう立てなくなった?」

 

シンジも少し笑った。

トウジならこの一撃を耐えきるという期待があり、トウジはそれに応えた。

 

「まだ全然じゃ!行くぞ転校生!」

 

トウジが拳を振りかぶる。目線はシンジの腹を捉えて居た。馬鹿正直にやり返して来るらしい。

トウジの拳が唸り、シンジの腹を打つ。掬い上げる一撃に、シンジは自分が少しだけ浮き上がった感覚を得た。

 

「シンジだよ」

「ン?」

「僕の名前。転校生じゃなくて、碇シンジだ」

 

シンジの自己紹介に、トウジは笑って返した。

 

「もう一度自己紹介させてもらうで。ワシは鈴原トウジ。よろしくな碇」

 

そこでトウジは手招きをする。

 

「所で、歩けるか碇?ワシはまだ余裕なんやけどな?」

「言ったね?」

 

シンジが腕を引く。一発ずつで終わりにするつもりだったが、誘いがかかっては仕方がなかった。

 

「これで立ててたら、凄いよ鈴原!」

 

今度は左だ。フック気味に放った拳がトウジの腹を狙う。唸り声を上げながら、トウジの膝が落ちかけた。

だが、トウジは気勢を吐いて持ちこたえる。

 

「トウジでええぞ!これで終わりか碇!」

「シンジだよ!ホラ、来なよトウジ。次は君の番だ!」

 

トウジが殴る。シンジが食らう。

シンジが殴り、トウジが受ける。

 

殴り合う理由も忘れ、何も考えずに殴り合う。

7回ほど攻守を交代した辺りで、飽きた顔をしたケンスケから声がかかった。

 

「お前らが仲いいのはわかったけどさ。そろそろ昼休みも終わるぜ?メシ、早く食っちゃいなよ」

 

シンジは、そういえばまだ昼を食べていなかった事を思い出す。

だが、腹は減っていても今食べたら吐くことになる。シンジは、自分の弁当を見てため息を吐いた。今は諦めるしかない。

何となく、横を見る。ちょうどトウジが焼きそばパンを見てため息を吐いている所だった。

 

その動きが余りにも自分に似ていて、シンジは笑った。笑った刺激が空腹に響く。痛い痛い、お腹減ったとシンジが笑う。

つられて、トウジも笑った。なんやそれ、と。

結局、2人は昼飯にありつくことはなく、午後の授業をずっと空腹のままで過ごした。

 




遅れてすみません。少し実生活が逼迫してました。
いつも感想、誤字報告ありがとうございます。そこで言及されたトウジの言葉遣いなのですが、私の周りにいる友人が岡山エリア出身が多く、どうしてもこの話し方になってしまいました。大阪弁という設定に背いてしまいますが、この世界のトウジは少し別の出身という設定にさせてください。大阪近郊の方には申し訳ないのですが、よろしくお願いします。

追伸。たくさんのお気に入り、感想、UAありがとうございます!

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