やる気多めのシンジ君、エヴァに乗る   作:九段下

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綾波レイという少女

綾波レイ。14歳の女性で、エヴァンゲリオンパイロット。見目麗しいが、口数は少なく、表情にも乏しい。パイロットとしての戦績無し。好きな食べ物不明。趣味不明。胸は大きく、現在クラス最大の霊峰の持ち主。

 

これが、シンジが第壱中学校に転向してから綾波レイについて調べた結果だ。

見事に見た目しか分からなかった。クラスメイト全ての胸を比較したケンスケは勲章ものだとは思うが。

 

「何考えとるのか全く分からん。可愛い顔しとるとは思うけど、愛想のないやつじゃ」

 

というのが最近つるむことになったトウジの談。話しかけたことはあっても、殆ど返された事はないとの補足まで入った。

 

「めっちゃ可愛いよね。っていうか碇も見てみろよ、綾波の胸凄いから。近くでガン見しても怒らないからマジ天使」

 

とはケンスケの談。だから女子はケンスケの事をゴミ扱いしているのかと、シンジは妙に納得した。

 

その2人の意見を聞き、シンジは綾波にアタックしてみた。 その様子を見たケンスケには会話に成功した事を褒められたが、あんまり反応良くなかったなぁというのが正直な感想だった。

 

シンジは綾波とのファーストコンタクトを思い出した。

 

 

◆◆◆

 

 

学校の授業終わり、シンジは真っ先に綾波の所へ向かった。

 

「こんにちは、先輩」

 

椅子に座ったままの綾波に、ジュースを差し出しながら話しかける。

突然の声かけに驚いたのか、それとも黒たまごジュースは外したのか。

綾波が少しだけ瞳を見開いた表情でこちらを見上げた。

 

「先輩?私はあなたの同級生よ」

 

「でも、パイロットとしては先輩でしょ?」

 

親しみを込めて笑いかける。

 

(あんまり笑顔作るのってやったことないんだけど。大丈夫かなぁ)

 

「ちょっと先輩と話してみたくてさ。先輩、時間ある?」

 

シンジの言葉に、綾波は一瞬の躊躇もなく答えた。

 

「それが命令なら、そうするわ」

 

あんまりな反応に、シンジの笑顔が引きつった。因みに、受け取って貰えないせいでシンジは未だに黒たまごジュースを差し出したままである。

 

(これはまた、始めて相手するタイプだ……

さすがロボットのパイロット、マトモなはずもなかったかー)

 

「命令じゃないよ。というか、先輩に命令なんて出来ないしね?もし良ければ、っていう提案」

 

一瞬の反省を入れた後、シンジはなおも食いつく。塩味の効きすぎた対応に折れないシンジに、周囲から声援が飛んだ。

 

「提案…」

 

シンジの言葉を繰り返す綾波に、手元のジュースを回しながらシンジは言葉をつなげた。

 

「そ。先輩の事なんにも知らないからさ。好きなものとか、嫌いなものとか。いつも何してるのか。は、まぁプライベートすぎるかな。でもまぁ、そんなとこ」

 

「何故?」

 

「ん?」

 

「何故、そんな事気にするの」

 

綾波が、相変わらずの無表情で問いを投げてくる。本当に疑問に思っているのかすら分からない鉄面皮が、威圧感まで伴ってシンジを見据えた。

 

だが、生憎と鉄壁具合で負けるシンジではなかった。その場に踏みとどまることに関して、シンジを超える地球人は居ないとすら言われた城壁少年に後退はない。

 

「もちろん、仲良くなりたいから、だよ。これから運命を共にするわけだし、こういう積み重ねがエヴァでも大事だと思うんだよね」

 

若干苦しい言い訳を並べる。まだ学校ではエヴァの名前は知られていない。ネルフのことを隠しながら会話するには、共通点であるエヴァが最後の頼みだった。シンジは、食いついてくれと笑顔の裏で祈った。

 

「エヴァに関係があるの?」

 

(食いついた──!)

 

シンジは心の中でガッツポーズを決める。

 

「あると思うよ。──ほら、これから一緒に動くわけだし、お互いが何考えてるかわかった方がいいと思うんだ。だから、」

「いいわ。今度話しましょう」

 

シンジが意気込んだ瞬間、帰り支度を済ませた綾波が席を立つ。

そのまま綾波はシンジに背を向けて歩いた。

 

「じゃあ、さよなら」

 

突然の展開に動きを止めたシンジに、別れの挨拶が投げられた。

 

「あ、うん。またね」

 

おかしい。どこで会話に失敗したのかとシンジは自省する。明らかにこのまま場所を変えて雑談でも出来そうな勢いだったはずだ。

頭が疑問符で埋め尽くされたシンジにできたのは、少し格好のつかない挨拶だけだった。

 

 

◆◆◆

 

 

(いやでも約束取り付けられたのは良いことなような。というか胸ガン見とかなんでケンスケはできるんだ?)

 

放課後の教室で、シンジは思い思いに羽を伸ばすクラスメイトを眺めながら考えた。

正直、先輩とうまく話す自信が全く持てない。

シンジの前に、2人分の影が落ちた。トウジとケンスケだ。

 

「シンジ、 お前さんやっぱり凄いやつじゃな。あの綾波にあんだけ喋らせるなんて、このクラスで初めての事じゃぞ」

 

トウジを見上げる。女子相手に悪口を言わない、トウジの言葉にシンジは驚いた。陰口のような内容のそれは、余りにもトウジに似合わない言葉だ。しかし、この素直な友人は感情を隠すタイプではないとシンジは知っている。本気で言ったのだろう。

 

「それって、綾波さんに友達いないみたいに聞こえるよ。流石に失礼なんじゃない?」

 

「阿呆。そう言っとるんじゃ。ワシも悪口みたいな事、言いたくないけどな。本当の事ばかりは仕方ないじゃろ」

 

シンジは答えない。トウジにここまで言わせる綾波の遍歴に、興味が出てきた。

 

「ワシの知っとる限りじゃあ、話す相手なんてイインチョくらいのもんじゃ。初めは色んなのが話しかけたけどな、誰とも話が合わずにこの有様よ」

 

トウジの述懐に、ケンスケが補足を入れた。

 

「ま、ミステリアスで良いって、男子の人気はかなり高いけどな。でも突然どうしたんだよ。ナンパ、手慣れてたな」

 

「ナンパ?」

 

ケンスケの言葉に、シンジは聞き返す。いつナンパをしたのか記憶になかった。

 

「さっきのだよ。黒たまごジュースなんて地元のやつじゃ誰も買わないレアものまで探してきて、運命を共にする?なんて言っちゃってさ」

 

おまえ自分の人気自覚しろよな、とケンスケが続けた。

 

確かに、ネルフのことを隠して話した内容だと、そう聞こえないこともないかもしれない。

 

「あ、アレはそんなんじゃなくて!」

 

突然恥ずかしくなったシンジに対し、トウジが手を振りながら答える。

 

「まぁ違うのはわかっとるわ。手口がエゲツないくらい上手いのも本当じゃけどな。

で、なんで綾波んトコ行ったんじゃ。あの関係か?」

 

小声でロボットか、とトウジが呟く。シンジは頷いて答えた。

それを見て、ケンスケの目が光りだす。

 

「マジかよ。それは知らなかったな。実は学校のマドンナが巨大ロボットのパイロットとかマジ燃える展開だな!」

 

トウジとシンジがうるせえ、とケンスケの足を蹴り飛ばす。誰かに聞かれていたら、小声で話しているのが無駄になる所だ。

 

「痛っ!ちょっと2人ともやめろってマジで痛いから痛いから!」

 

シンジが無心でケンスケを蹴り続ける。

トウジから聞いた話だと、エヴァを見るためにシェルターから抜け出そうとまでしたらしい。

馬鹿な事をしないように、シンジとトウジは念入りにケンスケの足を蹴っておく。

シェルターの分も含めて、しっかりとケンスケを蹴り飛ばしたトウジが口を開く。

 

「なるほどのう。しかしあの綾波と仲良くなるとは難儀な事を。そりゃあナンパくらいせんと話にならんな」

 

だからナンパじゃないって、とシンジは抵抗するが、トウジは相手にせずに言葉を続ける。

 

「あー、でもあれじゃ。あいつ何時も教室で飯食ってるんじゃが、肉食ってるところ見た事ないの。嫌いなんか?」

 

久しぶりに有力な情報がきた。流石はトウジだ。仲良くなってから知ったのだが、この黒ジャージはクラス全域に顔を繋ぐ事のできる人間だった。

なぜこの男がまるで女子に人気が無いのか、シンジからすれば学校の七不思議に並ぶ疑問である。

突然の有力情報に対抗心が起きたか、ケンスケが慌てた様子でカバンから写真を出した。

そのまま、小声で叫ぶという妙な技術で熱弁を始める。

 

「それなら、俺は綾波の家知ってるぜ!

見ろよこのボロアパート。他の人間が住んでる様子もない所に住んでるっぽい。前に見たときはスーパーの袋持ってたから、もしかしたら一人暮らしかも!」

 

力強い言葉が、シンジとトウジの頭にゆっくりと浸透する。なぜ知ってるんだ、連絡網か。気になるからって本気で行ったのか、と思考がゆっくりと巡り、

 

『犯罪じゃねぇ(ない)か!』

 

シンジとトウジは、今度こそ手加減なくケンスケを蹴り飛ばした。

 

 

◆◆◆

 

 

ネルフ本部の一画、技術部に与えられた区画にレイはいた。

明るい廊下に面したドアには、技術部長の部屋を示すプレートが掛かっている。

 

「赤木博士。これ、報告書です」

 

扉を開け、レポートを差し出す。

週末の金曜日である今日は、自分の養育者となっているリツコに、生活の報告を提出する日だった。

 

「ご苦労様。今週は何かあった?」

「いえ」

 

こちらを見ずにレポートを受け取るリツコが問いかけてくる。

それに対し、いつも通りに何もない、と答えようとしてレイは止まった。

 

「碇君と話しました」

 

「碇君と?何を?」

「話をしたいと。私を知りたいようでした。エヴァに関わるから私が何を考えているのか興味があると」

 

あぁなるほどね、と納得するリツコに、レイは問いかける。

 

「赤木博士。碇君は何を望んでいたか、わかりますか」

「碇君、こういうの上手いのね。話してきなさい。碇君と仲良くなると、司令もお喜びになるわ」

 

リツコから出た司令という言葉に、体が小さく反応した。

 

「なるべく早く、出来るだけ多く話をしておきなさい。あぁ、シンジ君に関してもレポートを出しておいて。司令が気にしてらしたから」

 

レイの反応を見て、リツコがまた司令、と口に出す。

 

「わかりました」

 

そこで会話が途切れる。

レイは失礼します、と一言だけ残して部屋を去った。

 

「碇シンジ君。ゲンドウさんの為には、彼と仲良くしたほうがいいのかしら」

 

部屋を出る前、リツコの悩む声が聞こえた気がした。

 

 

◆◆◆

 

 

葛城宅の夜は、今日もシンジとミサトが向かい合って食事をしている。

シンジが食事を作る日は手作りの事もあるが、ミサトが作ることはない。

大体が家政婦さんが作りおいてくれたおかずを温めなおして食べる生活だった。

 

「レイがどんな子か?」

 

ミサトは、シンジが改めて切り出した話題について考える。

 

(私も、そんなに知ってるわけじゃないんだけど)

 

ミサトは、手元のビールを傾けながら答えた。

 

「大人しい子よね。自己主張が薄いというか。私が知ってることは、多分シンジ君と変わらないと思うわ」

 

「そう、ですか」

 

視線の先、シンジは少し落ち込んだ様子を見せる。

 

「綾波さんの事、クラスメイトに聞いても全然わからないんですよね。大体みんな、見た目の事しか知りませんでした。本当は僕と同じように転校してきたと思ったくらいです」

 

「それは違うわ。レイがこの街に来たのはもっと昔。私より、全然先輩よ。ちゃんと入学式からあの学校にいたわ」

 

シンジの意外な行動力に驚きつつ、ミサトはレイの略歴を思い出した。中学に入ってからと、エヴァに関係することのみの情報だったが、少なくとも、中学に入学した時点でエヴァと関わっていた筈だ。

 

「ねぇ、レイの事、気になるの?」

 

頬がニヤついている自覚はあるが、少し酔ったミサトはそれを抑えられなかった。

 

「ヘンな顔になってますよ。そりゃ、気になりますって。エヴァに関しては先輩だし、綾波さんのエヴァもあるんでしょ?なら、一緒に戦う事になると思うし…」

 

「そうね。じゃぁ、女の子としては?」

「は?」

 

虚を突かれた顔でシンジが間の抜けた声を出す。表情豊かなシンジを見つつ、ミサトは言葉を続けた。

 

「レイは可愛いし、スタイルいいじゃない?気になったりしないの?」

 

はぁ、とシンジはため息を吐いて答えた。

 

「ミサトさんまでそんなこと言うんですか。僕にそんなこと言われても分かりませんよ。なんでみんな、ソッチに向かわせようとするんですか」

 

ガードが固いな、とミサトは感じる。

しかし、シンジと同居を始めてもう一ヶ月近くなるミサトは、そのガードを下げる方法を知っていた。

 

少し前かがみになり、シンジから胸元が見えるようにする。すぐに視線を感じた。

 

「そりゃあシンジ君の好みの子とか気になるもの。まぁ女の子には興味あるみたいだし?心配はしてないけどねん」

 

「そうやってすぐからかうの、やめて下さい!」

 

「なーんでよ。いいじゃない一緒に住んでるんだから。───あぁ、ごめん、ごめんって。私が悪かったから向こう行かないで。1人でご飯食べるの、嫌いなのよ私」

 

頭を振って部屋に戻ろうとするシンジを引き留める。少しやりすぎたな、とミサトは酔った頭で反省する。

最初に送った写真を返してこないところを見ると、シンジがミサトの事を嫌ってはいないのは分かる。

指揮官とパイロットとしてもいい関係を築いている感覚があるが、ミサトはそれでは少し物足りなく感じていた。一方的に共感を感じている身だからか、シンジの一線引いた態度が寂しく感じる。

 

「あぁそうそう。あの子ね、リツコが保護者なんだけど、それより司令の方に懐いてる感じがあるわよ。司令も悪く思ってないみたいで、声くらいはかけてるみたいよ」

 

本当はもっと親しげだったが、ミサトはその程度の表現に留めた。

シンジと司令の親子関係は相当重い。心情的にはシンジ寄りのミサトは、父親とのコミュニケーションが上手くいっていないシンジに、本当のことは言えなかった。

 

「父さんが、ですか」

 

やはり、シンジは俯いてしまった。内面に向かおうとするシンジを呼び止める意味で、ミサトはシンジに声をかける。

 

「それも聞いてみればいいじゃない。私からもレイに声をかけてみるわ。ホラ、美味しそうなご飯だもの、まずは美味しく頂いちゃいましょ?」

 

ウィンクをしつつ、戯けた調子で話す。腹が減っては考え事も悪い方に進みやすい。シンジの気を紛らわせようと、ミサトは明るい調子で今日のニュースについて語り始めた。

 

暦も夏になってくる。もともと暑かった気温が更に高くなり、学校の授業にプールが追加される時期だ。シンジも気を取り直したのか、ミサトとの雑談混じりの会話に興じる。今度の週末はドライブにでも行こうかと、2人は行き先について語り合った。

 

◆◆◆

 

 

ドイツにて、アスカは送られてきた映像を見返す。モニターの中、使徒と戦う紫色の機体が拳を固めていた。

 

「碇シンジ、か。汎用人型決戦兵器の名前にケンカを売るこのインファイターっぷり。本物っぽいわよね」

 

最初に襲ってきた使徒戦にて、慣れない様子で戦う初号機を眺める。汎用の言葉を忘れたかのように、ただ拳で戦い続ける姿があった。

 

「それに結局、一歩も引かないで立ち続けるこの戦い方。こんなの、街の喧嘩でもないわ。

巨大ロボットで守り続けたクセ、まだ残ってる。次の戦いだと治ってるみたいだけど」

 

第二の使徒との戦いでは、囮に合わせて攻撃、そこから回避に後退と、一戦目に比べて余裕が見える。あの都市自体を、少しは信用した結果だろう。

 

「でも、私達ってまだ会った事無いはずなのよね。どうやって挨拶すればいいんだろう?」

 

昔世話になったことのある格闘バカを思い出してアスカは考える。こちらでどう誘導しても、どこかでポカをやらかすシンジの姿しか想像できない。真っ直ぐすぎるアスカの戦友は、徹底して人を騙す事を苦手としていた。

 

「ま、今から考えてもしょうがないっか。どうせ会うとしたら私の力が必要になる時。上から目線で高い貸しにしてやるんだから」

 

アスカは、またシンジと共に戦う事を確信していた。あの男が戦いに巻き込まれたなら、中心はきっとそこになる。【シンジと共に戦った記憶】を持つアスカは、これから始まる戦いの日々に心を躍らせた。

 

「エヴァに関しては、私が一番なんだから。そこん所をちゃんと教えてあげないとね!」

 

初号機の映像を流しながら、アスカはエヴァに搭載できる射撃武器のデータをチェックする。射程、威力、弾速と、細かいデータを頭に入れて次の実験の為の予習とする。

 

セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーは、エヴァ用射撃兵器の実機訓練の準備を続けた。




遂に綾波さん登場。アスカは番外編に出てきたし、少しお休みです。

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