やる気多めのシンジ君、エヴァに乗る   作:九段下

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1万文字超えちゃいました。
疲れないように読んでもらえれば。


レイ。心の向こうに。

「シンちゃん、ちょっと理科の観察してみない?」

 

葛城宅。明るいリビングで出前のラーメンをすするシンジに、ミサトの問いが投げかけられた。

 

「なんですか?また変な思いつきじゃないですよね」

 

味噌ラーメンにバターを乗せつつ、シンジが問い返す。長い付き合いではないが、同居相手のにこやかな笑みに嫌な予感がした。綺麗な笑顔の裏を感じ取れるくらいに相手を知る事が出来たのは、良い事なのだろうかと自問する。この笑顔に引っかかってこの街に来た身としては、複雑な気分だった。

 

「明日ね、リツコが言うには司令が前の使徒の研究現場に来るらしいのよ。学校の授業も大事だけど、コッチも大事じゃない?」

「父さんが来るんですか!行きます、行きます!」

 

唐突に出された父親のネタに食いつくシンジ。

 

笑顔の裏で何か企んでいる事は読めるようにはなった。だが、まだ敵わないな、と感想を得たシンジは、ラー油取って来ます、と席を立った。

今、自分はかなり嬉しそうに笑っているのだろう。それを正面からミサトに見られるのは、正直気恥ずかしかった。

 

ミサトからの提案を聞き、シンジは父との再会を期待しながら寝ることになる。

 

 

◆◆◆

 

 

シンジがミサトと会話し、再会を期待した相手であるその父親は、ネルフ本部で冬月と会話していた。

薄暗がりの部屋、ゲンドウの執務室に初号機の戦闘記録が流れる。

 

「初号機の活躍に、老人達は恐れている。エヴァならば可能な戦果とはいえ、シンジは余りにも簡単にその性能を引き出した。制御された暴力としてのエヴァではなく、今やシンジにその注意が向いている」

 

「シンジ君の戦いは見事なものだよ。だが、我々のシナリオとも離れてしまっている。未だユイ君は目覚めてはおるまい」

 

冬月の指摘に、ゲンドウは笑った。少し、的外れな事を話す恩師が可笑しかったからだ。

 

「いや、ユイは目覚めてる。でなければ、初号機があれ程に戦うことはできない。初号機とパイロットは、厳密な意味では意思疎通が行えず、必ず仲介が必要になる」

 

「シンジ君が初号機と意思を通わせたとの報告は見た。ならば、もうユイ君は起きているのか」

 

「間違いなく。シンジは、我々のシナリオを強力に後押ししている。これならば、さらなる前倒しも可能だ。シンジが初号機とユイを刺激し続ける限り、我々に負けはない」

 

「まぁそれも、シンジ君次第だがね。彼の精神は我々の想定から逸脱している。碇、父親として、少し話してきたらどうだ」

 

冬月の提案に、ゲンドウは少し黙った。

目を瞑り、考えをまとめる。数秒程考え込んだゲンドウは、ゆっくりと息を吐いて答えた。

 

「次に会った時、時間を取りましょう。我々に失敗は許されない。何があろうと、ユイと再会しなければならない。この星の未来の為に」

 

 

◆◆◆

 

 

ネルフ、ジオフロント内部。

ミサトの車に送られたシンジは、地上からジオフロント内に収容された使徒の遺骸の下まで来ていた。

 

「いらっしゃいシンジ君。司令が来るまで、少し待ってて頂戴」

 

出迎えたリツコが、柔らかくシンジを歓迎する。シンジは機嫌良さそうに笑うリツコを見て、先日の記憶を引っ張り出した。

 

(前のデブリーフィング─(軍でいう戦闘後の報告の事)─の時も褒められたけど、まだ楽しそうにしてる。そんなに喜んでもらえると、ちょっと嬉しいな)

 

前回の戦闘の後、リツコは飛び上がりかねない程に喜んだ。何から何まで不明だった使徒の肉体を、原型を留めたほぼ完全な形で手に入れたのだ。

その時の、抱きつかんばかりに感謝を伝えてきたリツコの喜びようは初めて見るものだった。

 

(テンション高めのリツコさんをマヤさんが必死に抑えてる姿、ちょっと面白かったな)

 

そして、その流れでリツコ、マヤ、日向にミサトと夕食を食べに行った夜の事をシンジは回想する。ご馳走してもらったハンバーグは、料理ができるシンジをしても真似できると思えないほどに美味しかった。

 

「シンジ君のおかげで毎日が充実してるわ。まさかこんな年になって自分を抑えられないなんて思わなかった程よ」

 

「いえ、自爆させないようにするので必死でしたから。カンでしたけど、当たって良かったです」

 

「本当に良かったわ。それで、前回の戦闘で壊れたものが少なかったから技術部に予算が少し降りてきたの。技術課、えぇと、私たちがそう呼んでる彼らが初号機の装備について話したがっていたから、話を聞いてあげて」

 

連絡するべきことを語ったリツコは、またね、と手を振ってミサトを連れてテントの中へと姿を消した。

あまり睡眠を取っていないのか、眼の下には薄っすらと隈が透けたように見え、シンジはリツコの体調を心配する。仕事が終わればしっかり寝てくれるのだろうが、その仕事がいつ終わるのか見当もつかなかった。

 

残ったシンジを手ぐすね引いて待っていたのは、エヴァや武装の整備・開発に携わる大柄の男性の2人だ。片方はサングラスをかけ、もう1人は禿げた頭を光らせていた。

彼らは軽い調子でシンジに声をかける。

 

「よぉシンジ。学校はうまく行ってるか?」

「はい。友達もできましたよ。いくら殴っても倒れない、使徒より手強い友達が」

 

そりゃあ良い、最高じゃないかと、技術課とリツコに呼ばれた2人が笑う。

 

「よし、んじゃあ付いて来てくれ。俺らの方で開発案を何個か作っててな、シンジがビビっと来たものを教えてほしいのさ」

 

「了解ですっ」

 

シンジは2人について行きながら、先ほどのリツコのセリフで気になった疑問を解消することにする。

 

「そういえば、なんでお二人は技術課、って呼ばれてるんですか?技術部の技術課、って言うのはなんとなく分かるんですけど、リツコさんが不思議な言い方してましたよね?」

 

シンジの質問に対してサングラスをかけた方が答える。

 

「あぁそれか。何というかなぁ、俺らは整備課だったり資材課だったりと転々としたんだけどよ。どーにも一個の事だけするのが苦手でなぁ」

 

「色々な案件に関わったり、手助けしたりしてるうちに便利屋みたいになっちまってよ。エヴァ自体に関わるような専門性が高い奴までやれるようになっちまったあたりで赤木博士にそれなりの裁量を貰えたのさ」

 

サングラスの言葉を禿頭が継いだ。

悪戯小僧のような笑顔を浮かべた彼は、それは楽しそうに話す。

 

「それからは資材課の部署に籍置かせてもらいながら、やれる仕事を色々やらせてもらってるのよ。技術部で困った事、人手が足りない時はいつでも参上の便利屋だから、技術部のどこにでも出てくる技術課って呼ばれてるのさ」

 

ゴキブリみてぇな自己紹介すんじゃねぇ、とサングラスが禿頭を小突く。

 

「俺もこのハゲも、ロボットってのが大好きでな。楽しくて仕方がねえよ。

……さあさあ着いたぜ日本の誇るパイロットさんよ!こっち来てくれよ、お前の気に入りそうな装備が無いか夜も寝ねえで考えたんだぜ!」

 

そういって案内されたテントの中には、大量の書類が置かれた机が鎮座していた。

 

気になって机の上に目を向けると、50メートルと書かれた日本刀やら、杭打ち機の様な図案、果てにはエヴァの原型がないほどにマッチョに改造された人型の図案まで存在している。

 

「凄い──!」

 

シンジがいつか見た情熱。人類を守る為の死力の1つが机上に溢れていた。

寝る暇もない、という言葉は本当だったのだろう。乱雑に置かれた書類に書き込まれた文字は荒れ、読み取れないものも多かった。

だが、研ぎ澄まされた図案が、まるでそこに実物を置いてあるかの様なリアリティで描かれている姿に揺らぎは無く。シンジに自らを使えと訴えているかの様だった。

 

「シンジの戦い方を研究させてもらってな。防御力の増加は真っ先に考えた。だがどうにも使徒の火力が分からねぇのさ。エヴァを基準にしても、パレットライフルとこの前のフィールド頭突きじゃあ火力の桁が違うしな」

 

「そこでだ。防御の方向性を変えちまおうと思ってな。ヤバそうなものは出来るだけ避けて、動きの邪魔にならない程度に装甲を増やす。

それがコイツだ」

 

そう言ってサングラスが見せたのは、エヴァ用の手甲だった。拳を守るナックルガードを追加したそれは、エヴァの前腕部を一回り大きくしたものになっている。

 

「元々あった企画案でな。射撃武器の取り回しが悪くなって、他国のエヴァとの規格が合わないってんでお蔵入りになった物だ。でもまぁ、シンジは撃ったところで当たらないからな!格闘重視で復活よ」

 

「他にも色々とあるんだけどな。突撃しやすいように肩のマウントにブースター取っ付ける計画なんてのもある。ただまぁ、大掛かりなのは赤城博士待ちだな」

 

「リツコさんの?」

 

不意に出たリツコの名前に、シンジが問い返す。

答えたのは禿頭の方だった。

 

「ATフィールドさ。二体目の使徒の時、お前さんの突撃の速度がコッチの予想を超えててな。どうもフィールドが絡んでるんじゃないかって意見が出てる」

 

そこで禿頭が手元の端末に映像を出した。意味のわからないグラフが並んで動いている。

これがATフィールドのデータだとサングラスが補足した。

 

「ただ、このフィールドを理解できてるのが赤木博士と、その弟子の伊吹ちゃんだけなんだよ。エヴァがほぼ一品モノの所以なのかもな。で、だから今は元に戻しやすい小改造が手一杯なんだ。でもまぁ、縛りがあってもやれる事は多いんだ。ちょっくら見てってくれよ」

 

大きく口を開けて笑う2人に、シンジも笑って返した。

乗っているロボットの改造計画に、心が惹かれない筈もない。シンジもパイロットとして少しはリーチも欲しいなどの意見を出し、男三人の会議は短いながらも白熱していった。

 

 

◆◆◆

 

 

1時間ほど経っただろうか。シンジと技術課の3人は、熱した頭を休めている所で、外のざわめきに気がついた。

 

「そろそろ時間かね。シンジ、司令が来たんじゃないのか?」

 

禿頭の言葉に、シンジは明後日の方向を向いていた目を通路側に向けなおした。

 

「遂に、父さんが」

 

「司令によろしくな。いくら偉くたって父ちゃんなら、話してるうちに何とかなるさ」

 

「はい!」

 

禿とサングラスの2人に見送られ、シンジはざわめきの中心に足を進める。

少し歩けば、黒一色の父親の背中はすぐに見つかった。

そう大きくはないゲンドウの背中が使徒の前で揺れている。

 

使徒の紅玉。初号機の頭突きがその殆どを吹き飛ばしたが、一部はまだ残っていた。

人の背にも満たない高さ程の紅玉のかけらに手を触れ、冬月と共に技術部であろう男性から説明を受けている。

 

「父さん」

 

つい、口から言葉が出た。ゲンドウを呼びたかったわけではなく、何かを言いたかったわけでもない。形にできない感情が心から溢れてシンジの口を動かした。

 

この街に来たのが随分前に感じるほど、密度の濃い時間を過ごしたが、その全ての時間はそのまま父と会えない時間だった。

子供の頃に捨てられ、呼ばれたにも関わらず話したのは初号機に乗り込んだ時と、その後に呼ばれた時のみ。

どう話しかければ良いのかすら思いつかない。

先程、技術部に力強く背中を押された言葉を思い出すが、それでもシンジの足は止まってしまった。

 

だが、シンジの声に応えるように黒い背中が振り返る。

 

「シンジか」

 

ゲンドウは一言だけ発し、隣の冬月に後は頼みます、と声をかける。

 

「時間はあるか」

 

断定するような声で聞いてくる声に、シンジは必死に答えた。

 

「う、うん!大丈夫」

 

「そうか。ならばついて来い。昼食を用意してある」

 

ゲンドウの瞳がシンジをまっすぐに捉えた。

サングラス越しに投げられた視線に温かみは無かったが、シンジはそれでも構わないと腹をくくる。

やり直すのだ。子供の頃は、泣いてばかりだったから僕は捨てられた。何もしなかったから捨てられたのだと後悔するシンジは、もう二度と同じ間違いを繰り返したくなかった。

 

「わかった。行こう、父さん」

 

 

◆◆◆

 

 

ネルフ本部。浅い層に用意された来客用の部屋に通されたシンジは、軽く部屋を見回した。

 

柔らかい絨毯と暖かい色の照明に包まれた部屋は、物は少ないがネルフの中では温かみのある部屋だった。

白いテーブルクロスが敷かれた長いテーブルの端に案内されたシンジは、目の前の銀食器の見事な装飾に目を奪われる。

 

(高そうな食器。予想外に格調高いというか、食べ方知らないんだけど、どうしよう)

 

「楽にしろ。この部屋はよく使うために手続きが簡単でな。他意はない」

 

「うん。わかった」

 

テーブルの反対側の席に着いたゲンドウが言葉少なに話しかけてくる。

連れ立って移動するうちに落ち着いたシンジは多少リラックスして返した。

 

「さて」

 

次にゲンドウが口を開いたのは、テーブルに料理やコーヒーが並んだ頃だった。

格調高い部屋に合わず、親しみやすい料理が並んだテーブルの向こうでゲンドウが口を開く。

 

「まずは、ご苦労だった、シンジ。二体の使徒との戦闘、訓練量に対して良い結果だった」

 

まるで褒めているように感じられない冷めた声で、ゲンドウは淡々と語る。

 

「初号機の操作にも慣れたか。シンジ」

 

「うん。初号機は素直なんだ。だから、僕の考えた事を悩まないで聞いてくれる。これから初号機がどうなって行くかは分からないけど、パイロットとして、精一杯頑張るよ」

 

「そうか。初号機と意思疎通が出来ると言っていたな」

 

ゲンドウは数秒程俯き、険しい目でシンジを見た。

 

「その際、他の意識を感じたことはあるか」

 

「あるよ。エヴァに比べて薄い気配だけれど、優しい意識があったのは覚えてる」

 

「そうか」

 

息を吐き、ゲンドウは目を瞑った。数秒間そうしていると、目の前の料理に手をつける。

 

「僕からも聞きたいことがあるんだけど、良い?」

 

「何だ」

 

「父さんが何をしたいのか、教えて欲しい」

 

サングラスの奥から強い眼光が飛んで来る。気圧されそうになりながらも、シンジはその眼光を受け止めた。

 

「人類の存続だ。その為に課題も多いが、今お前に言っても信じないだろう。エヴァに関わるならばお前もいつか知る。その時になり、お前が事実を受けとめられると判断した時、話す」

 

「わかった」

 

「シンジ、お前も食べろ。この味は、知っておいて損はない」

 

「父さん、フレンチ好きなんだ」

 

「母さんが気に入っていた」

 

短く返された返事の内容に、シンジは軽く目を見開いた。

 

(母さんの事、聞けるとは思わなかったな)

 

「そうなんだ」

 

「あぁ」

 

最早、記憶に無い母親の事が気になる。だが、シンジは一度途切れた会話を無理矢理に繋げる事に執着しなかった。

自分とどこか似ているところがあると、ある種の共感を得たシンジは、これ以上踏み込む事を恐れた。

 

静かな部屋に、食器同士がぶつかる微かな音が響く。

 

父親に美味だと推された食事は、あまり味がしなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

第3新東京市の中心から外れた集合住宅区画。

遠く、工事の作業音が響く一画にシンジは来ていた。

 

「ごめんくださーい!」

 

団地型の施設の中層階の端に、綾波と書かれた表札が貼られている。

 

「ごめんくださーい!先輩?綾波さん?届け物あるんだけどー?」

 

(リツコさんに頼まれたIDカード。綾波の事は気になっていたけど、まさかこんな形で綾波の家に来ることになるなんてね)

 

綾波宅に来て5分ほど呼んでいるが、まるで反応が無い。まさか留守か、と心配もしたがドアノブは開いているので、来るのが遅かったというわけでも無い。

 

「しょうがない、か」

 

意を決して、ドアノブに手をかけた。

今日は零号機の機動実験がある。もしかしたら、大きなストレスで体調を崩したのかもしれないと、シンジはドアをくぐった。

 

「勝手に上がってごめん、綾波さん、居ないの?」

 

綾波の部屋は殺風景だった。いや、殺風景というよりも、病院のセットと言われた方がしっくり来る様子だ。日常生活ではまず使わないだろうビーカーが、コップのように使われた形跡が残っていた。

 

(眼鏡?)

 

スチール製の机の上に、男性用の眼鏡が置いてある。

フレームは歪み、レンズは割れてしまったものだ。実用に耐えるものでは無く、何かの記念なのかとシンジは少し悩んだ。少し、その眼鏡に見覚えがあったからだ。

 

(誰のものだろう。いつか、見た事がある気がする)

 

眼鏡を手に取り、遠い記憶を掘り返そうとする。暖かい記憶の気配がしたのだ。

だが、後ろに生じた人の気配が思考を中断させる。

シンジは振り返りつつなんて説明しようかな、と考え、そこで思考が止まった。

 

この家の家主が一糸纏ぬ姿でそこに立っていた。

体を拭くためにか、大きめのボディタオルを手にしたレイは、恥じらう事もなく、シンジを注視していた。

 

「その、勝手に入ってごめん!届け物しに来たんだけど、鍵空いてたから!」

 

シンジの言い訳を聞いているのか、聞いていないのか。まるで反応せずに無表情のままレイはシンジに詰め寄る。

病的な程に白い肌がシンジの目を引いて離さない。シンジはどうすれば良いのか分からずにただ狼狽した。

 

「綾波先輩?本当にごめん!でもお願いだから隠して!」

 

シンジの必死な願いも無言のまま捨てられる。シンジの目の前に立ったレイは、シンジの持つ眼鏡を取り上げようと手を伸ばした。

 

勢いよく迫る手に、シンジの防衛反応が動く。一歩分、横に避けたシンジはそのままレイの横をすり抜けるように動きかけた。

 

「──!」

 

だが、そこでレイが体勢を崩す。目標が急に動いた事で狙う目がシンジの方を向き、急に方向を見失った体幹がバランスを崩して倒れかかる。

 

「危ない!」

 

レイの横をすり抜けようとしたシンジはそこで足を止めた。踏み出した足に力を入れなおし、動きを止めると、よろめいたレイを支えるようにして腕を伸ばす。

結果、シンジの悪あがきは功を奏し、レイを抱きとめることに成功した。

(柔らかっ──‼︎)

レイの素肌に触れ、一瞬だけ感動するシンジ。だが、それ以上はマズイと意識的に思考を止める。そのせいでシンジは固まったように動きを止めてしまった。

 

「眼鏡。返して」

 

シンジの動きに一切の興味を示さなかったレイは、抱きとめられ、動けなくなったために要求を口にした。

 

「眼鏡?──あぁ、ごめん。大事なものなんだね」

 

どうぞ、とレイを抱きとめた手とは逆の手に持っていた眼鏡を差し出す。

そこで今の自分を思い返して思考が煮えた。

 

(やばいやばいやばいやばい。家に勝手に入って裸見て抱きしめてって、最悪だ僕!謝らないと!まずは謝らないと!)

 

「その、ごめ──」

「ありがとう」

 

謝罪を口にしようとしたシンジは、レイの言葉に動きを止められた。

 

平手打ちの一つ二つを覚悟していたシンジは、予想外な言葉の意味を反芻する。

(裸見られたのにありがとう?いや、そんなはずは。じゃあ眼鏡のこと?もしかして、綾波さんって自分の裸見られたりしても気にしない──?)

先日、ケンスケが胸を見ても綾波は怒らないと語っていたことを思い出す。理由は分からないが、先輩の感性は独特なのだとして受け止めることにした。

若干腑に落ちないものを感じつつ、シンジはレイを離し、後ろを向いた。

下着を着ているのだろう、衣擦れの音を聞きつつ、落ち着かないシンジは焦ったように話し始めた。

 

「あー、その、ごめん。本当に。リツコさんからネルフ本部のIDカードが更新されたから届けて来いって言われて。テーブルに置いとくね」

 

「えぇ」

 

「その眼鏡なんだけど、綾波の?」

 

「違うわ。司令のよ」

 

「父さんの?」

 

驚いたシンジはレイの現状を忘れて振り向いた。

下着のみを身につけたレイがシンジを見返す。

 

「そう。以前、実験の失敗の時に司令が駆け寄ってくれたの。その時の物よ」

 

「そっか。父さん、先輩には優しいんだ。──って、ごめん!」

 

少しでも知りたかった父親の情報を貰い、冷静になったシンジは、下着姿のレイを認識してまた後ろを向く。

 

「また謝るのね。何が怖いの?」

 

シンジの背に、レイの問いが投げられる。心底わからない、と言った感情が見える声だった。

 

「先輩に嫌われるのが怖いかな。女の人の肌を勝手に見るのはダメだって怒られたことがあるんだ」

 

「私に嫌われたくない。何故?」

 

「そりゃ、同じエヴァのパイロットだし、大怪我しても戦うつもりでいたって聞いて、尊敬してたし」

 

そこで少し間を置いて、違うな、とシンジは呟いた。

 

「そんなのは後付けかな。なんか、綾波さんって初めて会った気がしなくてさ。気になってたんだ。ごめんね?一方的で」

 

「敬語。いらないわ。それに、謝罪もいらない。私、あなたの事嫌いじゃないもの」

 

布擦れの音が途切れた。

 

「行くわ。起動実験の集合、1300だから」

 

 

◆◆◆

 

 

電車に乗り、ネルフ本部までの直通エレベーターを持つ偽装ビルに入る。

受付嬢に偽装した職員に挨拶し、長い直通エレベーターにシンジとレイは乗り込んだ。

備えつけられた列車用と思われる椅子に、少し離れて2人は腰掛ける。

 

「起動実験、うまく行くと良いね」

 

エレベーターの作動音だけが響く狭い個室に、シンジの声が響く。

 

「成功するわ。あなた、司令の子供でしょう。お父さんの仕事が信じられないの?」

 

元々感情が薄いレイの瞳から、感情の色が消えた。

 

「信じたいよ。でも、僕は今の父さんをまるで知らないんだ。知らないのに、信じるのは無理だよ」

 

「司令のエヴァをあなたが使って、使徒を倒したわ」

 

レイが睨みつけるようにシンジを見据えた。

 

「そうだね。変なこと言ってごめん。僕は、父さんを信じたいんだ」

 

「なら、見ていると良いわ。零号機の起動に成功して、碇司令が信じられると教えてあげる」

 

「ありがと。先輩」

 

 

それきり無言になったエレベーターが地下へ降りる。

スピーカーからポン、と到着を知らせる音が鳴った。

 

『まもなく、ジオフロント東。ジオフロント東に到着いたします。皆さま、お忘れ物の無いようにお願いいたします』

 

 

◆◆◆

 

「レイ、聞こえるか?」

 

零号機が見える室内、実験データが集積する作業室でゲンドウはレイに話しかけた。

 

『はい』

 

レイの返事にゲンドウは頷く。レイの気力も十分だと判断したゲンドウは、小さな不安を押しつぶして口を開いた。

 

「これより、零号機の再起動実験を行う。第一次接続開始」

 

ゲンドウの静かな号令が降り、技術部の面々が粛々と作業を開始する。

 

「主電源コンタクト」

「稼動電圧、臨界点を突破」

 

リツコの具体的な指示のもと、儀式のように厳かに再起動実験が進んでゆく。

 

「フォーマット、フェーズ2へ移行」

「パイロット、零号機と接続を開始」

 

「回線開きます。パルス、ハーモニクス、正常。シンクロ、問題なし。中枢神経素子に異常なし。再計算、修正無し」

 

技術部の面々の端末から流されるマヤが、丁寧に情報を拾い上げて読み上げる。

 

「チェック、2590まで、リストクリア」

 

マヤの報告を受け、リツコが進行を司る。2人は、神官の如く冷静に、丁寧に実験を進める。

 

『絶対境界線まで、あと、2.5。1.7。1.2。1.0。0.8。0.6。0.5。0.4。0.3。0.2。0.1。突破。ボーダーライン、クリア』

 

零号機の単眼に光が灯った。

 

「零号機、起動しました!」

 

マヤの宣言が広い部屋に響く。

ホッとしたように、室内の空気が緩んだ。

だが、すぐに技術部の面々は真剣な表情に戻り、レイの反応を待った。

 

『了解。引き続き、連動試験に入ります』

 

パイロットの安全も確認された。そう分かった瞬間、技術部の総員が拳を握りしめて喜ぶ。

 

その姿を見て、ゲンドウは少しだけ口角を上げた。

前回の実験は、パイロットを傷付ける最悪の結果に終わった。そのために、再起動実験に関わる殆どの職員が初号機のデータを徹底的に洗い、寝食を除く全ての時間を充てて実験に臨んでいる事をゲンドウは報告で知っている。

全ては、二度とレイを傷付けるものかという技術部の意地だった。

 

その努力が報われたとわかり、喜びに浸る室内。

だが、手持ちの端末を耳に当てた冬月の言葉が全職員に緊張を強いる。

 

「未確認飛行物体が接近中だ。おそらく、第5の使徒だな」

 

ゲンドウの判断は早かった。

 

「テスト中断。総員、第一種警戒態勢。非戦闘員は即座に避難区画へ」

 

『了解。総員、第一種警戒態勢。繰り返す、総員、第一種警戒態勢』

 

 

冬月の、零号機を使わないのかという問いにゲンドウは首を横に振って応えた。

 

「まだ戦闘には耐えん。初号機を出せ」

 

「380秒で準備が出来ます。」

 

ゲンドウの言葉に、リツコが応える。室内を見渡すと、先程まで部屋の隅にいたシンジの姿が見えなかった。

 

「シンジ君は、もう出ました。司令の言葉に一番に反応したのは、ご子息です」

 

リツコの補足が入る。やはり、先日までただの中学生だった筈の子供の反応ではなかった。

だが、ゲンドウとしては問題に感じるほどでは無い。ゲンドウの目的に沿うならば、シンジがどんな秘密を隠し持っていても構わない。

 

「司令室に移動する。戦闘スタッフは付いて来い」

 

サングラスを持ち上げ、ゲンドウは身を翻す。人類存続を脅かす使徒のうち、最初の試練となる使徒が来た。

ゲンドウの持つ情報も多くなく、今回は特別苦戦することだろう。

 

(貴様に任せたぞ、シンジ。ユイと共に人類を守れ)

 

傷ついても、一度負けてでも。初号機を失うわけにはいかない。その為の判断を過たないように、ゲンドウは発令所へと急いだ。




お久しぶりです。ただいま。覚えている方いらっしゃいますでしょうか。
ふふふ予想された展開予想以外のお話がやっと書けそうなので帰ってこれましたよ!
見え見えで予想済みの書かれた展開なんて、書いてる作者も読んでる読者も楽しくありませんからね。だから、今書けている内容は皆さんの感想のおかげです。感謝

次回。決戦、炎の第3新東京市。

シンジ「僕一人じゃないから人類だって背負えるんだ!」
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