やる気多めのシンジ君、エヴァに乗る   作:九段下

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決戦、第3新東京市(前)

ネルフ本部、発令所。

全体的に暗い室内に、大量の情報が集積してゆく。

広い空間に、日向の報告が響いた。

 

「無人機の攻撃、反応ありません!」

 

ミサイルの爆炎に包まれつつ、巨大な青い結晶が悠々と空を進む。

 

「無人機じゃ反応も無しか。少しでも情報が欲しいわね」

 

何の反応もない使徒に、ミサトはほぞを噛んだ。

 

「青葉君、戦自に協力要請をお願い。可能性の話になるけど、有人攻撃なら反応があるかもしれません」

 

「乗ってきますかね」

 

「こっちの持ってる使徒の情報を流しちゃって。危険は十分説明して、下手(したて)に出れば多分乗ってくれるわ。メンツもあるでしょうしね」

 

険しい表情を崩さないまま、ミサトはリツコに向き直る。

 

「戦自に渡す情報の選別、お願いできる?」

 

「もう終わってるわ。マヤ、青葉君にデータ流して」

 

了解です、と小さくマヤが返事が上がる。

オペレーター達のタイピング音が響き、端末の画面が連続して流れ続ける。

受け取ったデータに目を通した青葉が、そのまま戦自との折衝を開始した。

 

無言の室内に、時折爆音だけが遠く響く。ネルフによる無人攻撃だけでなく、戦自による攻撃の音が追加された。

目まぐるしく切り替わる映像の全てに目を通し、オペレーターの3人は情報を抜き取り、洗練させてゆく。

作業を続ける青葉の端末に連絡が入った。青葉は一瞬にして目を通し、戦自によるその情報を即座にまとめて日向に送った。

 

青葉の手によって視認性を上げた情報を、日向の戦術眼が解析する。

 

「有人機からの攻撃も効果有りません!」

 

落胆した冬月のため息が聞こえる。

有人機からの攻撃も効果無しと分かり、ミサトは覚悟を決めた。

後ろを振り返り、ゲンドウへと視線を合わせる。

 

「初号機を出します。よろしいですね」

 

「反対する理由はない。やりたまえ」

 

ゲンドウの熱を持たない、簡潔な返答を聞いて、ミサトは初号機へと通信をつなげた。

 

「シンジ君、出撃よ。今回の使徒は何の反応も無いから、まずは遠距離からスタートです。大型兵装ビルの陰から出すから、地上に着いたら即座に走って。何でもいいから、奴のアクションを引き出して下さい」

 

『了解です!真っ直ぐ突っ込んで良いんですか?』

 

「いえ、斜めに左方向にお願い。防衛ビルとエヴァ射出口があるから、まずはそこ目指して滑り込んでね」

 

物怖じせずに突っ込もうとするシンジを抑えて目的地を示す。

必要なのは戦果ではなく、情報収集だ。データの一つもないと作戦を立てるどころではない。

 

「エヴァ初号機、発進準備よろし!」

 

「エヴァ初号機、発進!」

 

日向の報告を聞き、ミサトは発進の号令を出した。

(シンジ君、どうか無事で帰ってきて)

そう祈った時だった。青葉が大声で報告を上げる。

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

「なんですって!」

「円周部を加速、収束して行きます!」

 

まさか、とリツコの悲鳴がミサトの予感を後押しする。ミサトの思考が走った。

(攻撃?なら回避──ロック解除が先か!)

ならば、時間稼ぎを優先すべきとシンジへの通信に叫んだ。

 

「シンジ君、全力でガード!」

 

続き、日向の肩を叩く。声で伝える時間が惜しい。

 

「初号機のロック外して!シンジ君の判断に委ねます!」

 

初号機が地上に出現した瞬間、目標が光った。

 

 

◆◆◆

 

 

ミサトの防御指示を聞いたシンジは、全力で初号機へと意識を向けた。

 

「初号機、ATフィールド!」

 

初号機が地上に到着した瞬間、青い使徒が光った。シンジは確認できないことだったが、司令部のモニタを焼きかねない程の光量を伴ったそれは一瞬で初号機まで伸びた。

使徒の光線が初号機の隠れていた大型ビルに直撃する。

 

大型の兵装ビルが、バターに直接炎を当てられたかの様に溶ける。1秒も掛からずにビルを溶かした光線が、初号機を襲った。

超高熱の光線が、初号機が展開したATフィールドへと落ちる。

耳障りな、ATフィールドが効果を発揮する瞬間特有の音が響き、初号機の眼前が光り輝く。

 

「止まれ──!」

 

初号機を発射台に固定していたロックが外れる。シンジは、自由になった腕を胸の前で交差させ、腰を落として攻撃を受け止めた。

 

(火力が高すぎる!動くよ初号機!)

 

腰を落とした初号機が左に体重を傾ける。一度受け流そうと足を動かし、体を左に傾けた所でそれは来た。

逃がさないとばかりに使徒が再度光る。光線は倍の太さにまでなり、圧が増えた。

初号機のフィールドが抜かれるのは一瞬だった。甲高い音が響き、初号機の前で輝いていたオレンジの波紋が砕ける。やすやすとフィールドを貫いた光線が、初号機の右肩を捉えた。

ぶちり、と何かが千切れる感覚をシンジは得た。その後、一瞬遅れて激痛が右肩を襲う。

 

「わあぁ───‼︎‼︎」

 

シンジの絶叫がプラグ内に響き渡る。右肩からの激痛は、容易くシンジの意識を真っ白に染め上げた。

膝の力が抜け、崩れ落ちそうになる。だが、うっすらと残った意識が倒れこむのを抑え、初号機に膝立ちの体勢を取らせる。

 

『発射台落として!全パーツを爆破しても初号機の自重で落ちてこれるから、早く!』

『自壊装置作動!初号機、降下します!』

 

浮ついた感覚が、浮遊感に包まれる。視界が恐ろしい速度で落ちてゆき、青い空が遠のいて四角く区切られた所で、シンジの意識は遠のいていった。

 

 

◆◆◆

 

 

蛍光灯に照らされた明るい室内に、10人前後の男女が数々の書類を手にして歩き回っている。

その中心部、大型のテーブルに上げられた地図と情報の目の前にミサトは立っていた。

 

「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するもの、と推測されます」

 

「エヴァ狙撃からこっち、使徒は一気に活性化。エリア侵入と同時に荷粒子砲で100%狙い撃ちです。EVAによる近接戦闘は、いかにシンジ君と言えど危険過ぎます」

 

作戦部の一部、日向も所属する作戦課のメンバーがプリントアウトされた使徒の情報をミサトに手渡す。

 

「A.T.フィールドはどう?」

 

「健在です。相転移空間を肉眼で確認できるほど、強力なものが展開されています」

「誘導火砲、爆撃などの生半可な攻撃では、泣きを見るだけですね。ネルフの全火力でも足りるかどうか」

 

ミサトの問いに日向、青葉が順に答えた。

 

「開発中のものを足しても足りないでしょうね。あのシンジ君の攻撃をくらい続けている使徒が、防御の手を抜くとは思えないわ。と、すると攻守ともにほぼパーペキ…まさに空中要塞ね」

 

ミサトは小さく嘆息する。指揮官が弱いところを見せたくはないが、使徒の持つ、あまりの理不尽な性能を見せつけられては弱気にもなる。

 

「今までの使徒と関係があると思いますか?」

 

「間違いなくね。そうでなければ、今までの戦自の攻撃で反応してるはずよ。一撃必殺の火力だけ用意して、敵と認識したエヴァが出てくるまで何もしないで温存した。何が何でも初号機を倒す、っていう執念を感じるわね」

 

それで、とミサトは日向に報告の続きを促す。

 

「使徒のシールドは、現在目標はわれわれの直上、第3新東京市ゼロエリアに侵攻。直径17.5mの巨大シールドがジオフロント内、NERV本部に向かい穿孔中です。敵はここ、NERV本部へ直接、攻撃を仕掛けるつもりですね」

 

日向が報告と共に新しいプリントを寄越した。技術部から上がってきた報告では、明朝午前0時06分54秒にNERV本部へ到達予想と記載されている。

 

(後10時間足らずか。初号機は右腕が根元から断裂。リツコの話じゃ、武装ギブスで腕を固定すれば機体自体は戦えると言っていた。腕を失ってでも、機能中枢を守って次に繋げてくれたシンジ君に感謝ね)

 

時間制限が明確になり、暗くなった空気の室内に、技術部から時間を見つけて参加してきたマヤが報告を繋ぐ。

 

「零号機の再起動自体に問題はありませんが、フィードバックにまだ誤差が残っています。実戦はまだ辛いかと」

 

「動けるのなら作戦に参加してもらうわ。本人もやる気十分みたいだし」

 

ね、とミサトが声をかけた先。忙しく動き回る作戦部の邪魔にならない部屋の隅で、レイはミサトに強い視線を送っていた。

 

「問題ありません。碇君とは、約束しましたから」

 

「約束?」

 

ミサトがレイに抱いていた、儚げな雰囲気が今のレイにはなかった。司令の命令に忠実な少女ではなく、自らの意思を感じさせる声でレイは答える。

 

「碇君は司令を信じたいと言っていました。だから、エヴァで戦って結果を出します」

 

レイの言葉に、ミサトは軽く目を見開いた。捉えどころがないと思っていたパイロットの、初めて見せた自発的なやる気がミサトに檄を入れた。

 

「えぇ、そうね。シンジ君を狙いすましてやってくれた仕返しをしてやりましょう。レイ、頼んだわよ」

 

敵は強大だが、こちらの士気は高い。今まで華やかな戦績を残したシンジと初号機の脱落は、ネルフに大きなプレッシャーをかけた。だが、ミサトや作戦部が得た感情は恐怖ではなく、怒りだ。

使徒にとって一番の脅威がエヴァなのはわかる。非難されるべきなのは戦場に子供を連れ込んだ自分達だということも。

しかし、まず最初にシンジを、子供を狙われて怒らずにいられるほどミサト以下作戦部は玉無しではなかった。よくもシンジをやりやがったな、と作戦部全体が気炎を上げている。

レイの静かな鼓吹は作戦部の熱気に更なる火をくべる事になり、作戦課の士気は最高潮になっている。物理的にも暑くなってきた室内を見回し、ミサトはいい空気だな、と満足する。

 

「そのシンジ君ですが、身体に異常はありません。神経パルスが0.8上昇していますが、許容範囲内です。起きてくれると良いのですが」

 

日向の不安要素をミサトは笑い飛ばした。

 

「あら、シンジ君は起きるわよ。主役は遅れて来る。でも、絶対に遅刻しないものよ」

 

敵シールド到達まで、後9時間55分。

 

「だから、私たちに出来る事をやりましょう。シンジ君が安心して作戦に参加できるように、彼が起きるまでに全部終わらせるわよ」

 

 

◆◆◆

 

 

鉄で囲まれた巨大な空間に、騒々しく金属を打つ音色と、叫ぶよう張り上げられた声が木霊する。

目の前に鎮座する狂気の兵器を見て、技術課のサングラスが唸り声をあげた。

 

「これが戦自研のプロト自走陽電子砲か。これをエヴァ用の狙撃銃に見立てて、日本中の電力に耐えられるように改造する。浪漫をわかってるねぇ作戦部長殿は」

 

「だが、技術課題は山積みだ。戦自研サンの想定を遥かに上回る過負荷に耐えられるようにするだけでも手一杯なのに、狙撃砲にするなんてよ。プラモデルじゃねえんだぞ」

 

だがまぁ、その無茶に応えてこそロボット技術屋ってもんだと禿頭が笑う。

 

「A.T.フィールドをも貫くエネルギー算出量は、最低1億8千万キロワット。エネルギー兵器特化の技術開発部第三課も精鋭揃いだが、手が足りねぇ。俺はこっち回るから、そっちは頼んだぜ」

 

「初号機専用ギブス・急造陽電子パイルバンカー。シンジの思いつきが6時間で形になるなんてよ、アイツ運がいいよなぁ。俺なんて企画通るまで半年かかんのによ」

 

手元の端末を操作してサングラスが禿頭に背を向けた。ネルフで開発したポジトロンライフルを肩に固定し、破壊された腕に対するギブスへと改修する。だが、そのギブスは超至近距離で3発だけ使用できるという制約の代わりに、その3発だけはネルフで開発できる中で最高の火力を発揮する凶悪な武器でもある。

 

時間的に、そろそろポジトロンライフルが隣のケージに格納される頃だ。サングラスが目を向けると、丁度オレンジ色のエヴァがゆっくりとポジトロンライフルを下ろしている所だった。

 

「一分一秒が惜しいからって、嬢ちゃんまで手伝ってくれてるんだ、おっちゃん頑張らねえとな!」

 

作戦開始まで残り7時間。他のどの部署よりも早く、技術部の戦争が始まった。

 

「シンジ!お前が目を光らせるような凄えのを作ってやる。だから元気に起きてくれよ、俺たちのヒーロー!」

 

 

◆◆◆

 

 

シンジが目を開けると、真っ白な天井が瞳に映った。

 

「知ってる、気がする天井だ」

 

見た事がある。そういえば、エヴァに乗った後は、大体この天井を見ている。

 

「起きたのね」

 

ぼんやりとした頭を声の方に向ける。そこにいたのは銀髪の少女だった。

 

「あぁ、綾波…」

 

声に力が入らない。少し寝すぎたようだ。

 

「明日、午前0時より発動される、ヤシマ作戦のスケジュールを伝えます」

 

赤い瞳がこちらを捉える。

 

「碇・綾波の両パイロットは、本日19:30、ケイジに集合。

20:00初号機および零号機起動、五分後に発進。同30、二子山仮設基地到着。そこで、作戦の説明があります」

 

言葉と共に『ヤシマ作戦』と記されたしおりを手渡された。

(意外とアナログな手段好きなんだ)

起きぬけで、少しばかり気の抜けた感想を抱いたシンジはしおりに目を通す。

戦自から陽電子砲を、日本中から電力を借り受けて、長距離からの狙撃をするらしい。

 

「それで」

 

シンジが一通りしおりに目を通すまで待っていたレイは、一息吸い、こちらに目を合わせてきた。

 

「あなたはどうするの?」

 

感情の見えづらい瞳がシンジを映す。だが、確かな熱を持った瞳に、シンジは力強く笑って答えた。

 

「決まってる。やろう、綾波」

 

少しだけレイの無表情が崩れた。

 

 




ヤシマ作戦書いてたらチョット長引いたので投稿です。
明日、後半予約しておきます。

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