君がため惜しからざりし命さへ【完結】   作:トマトルテ
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二話:三分咲き

 二度寝をしてしまいたくなる春の陽気に誘われ、どこかから鳥のさえずりが聞こえる朝。

 できることならば、自分もそののどかな声に身を委ねてまどろんで居たい。

 だが、そういうわけにもいかないのがこの身が置かれた現状だ。

 

()()()、朝食の準備ができたので起きてくださいね」

「かたじけない。すぐに行きます故、しばしお待ちを」

 

 ふすま越しに聞こえてきた幽々子殿の声に、昨日の出来事は夢ではなかったのだと改めて理解する。日が変わり2日目になった今でも幽々子殿が何を思って、自分を婿にすると言い出したのかは分からない。やはり一度詳しく尋ねておくべきだ。昨日はもう遅いという理由ではぐらかされたので朝食を取りながら聞いてみるとしよう。そう、考えをまとめながら身支度を整え、食卓へと向かう。

 

「おはようございます、幽々子殿」

「ふふ、昨日はよく眠れたかしら旦那様?」

「……そなたのことが頭から離れず眠れぬ夜を過ごしていました」

「あら、そこまで想って頂けるなんて嬉しいわ」

 

 こちらの皮肉ともとれる冗談にも気にすることなく、微笑みを浮かべる幽々子殿。

 しかし、その顔はすぐに苦しそうに歪み、コホコホと咳き込み始めてしまう。

 

「幽々子殿…!」

「……ごめんなさい。でも、もう大丈夫よ。今日はちょっと朝から張り切っちゃっただけだから」

 

 そう言って並べられた料理を指差す幽々子殿。

 見るだけで美味いとわかる料理達。しかし、それ以上に目を引くのは彼女の手だ。

 細すぎる手にはあかぎれがあった。要するに自分のために手ずから作ってくれたのだ。

 

「……そうですか、それは楽しみです」

「ええ、だから冷めないうちに食べてくださいな」

 

 これは心して食べなければ失礼にあたる。

 そう考え、湧き上がってきた疑問を頭の隅へと追いやる。

 これだけ広い屋敷だというのに、女中の1人も居ないのは何故かという疑問を。

 

「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

 

 聞きたいこともあるが、今は目の前の料理に集中して箸を進めていく。

 幽々子殿の料理はどれも美味しく、それでいて確かな素養を感じさせた。

 恐らくは花嫁修業としてしっかりと母親から仕込まれていたのだろう。

 

「これは大変美味です」

「気に入って頂けて何よりだわ」

 

 だからこそ分かってしまう。

 初めての料理でもないのに、簡単にあかぎれが出来てしまう幽々子殿の体の弱さが。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

 食事をしっかりと味わい尽くし、幽々子殿に向き直る。

 何故、婿になれなどという命を与えたのかの真意を問いたださなければらない。

 

「あら、そんなに見つめられると照れちゃうわ」

「幽々子殿……」

「ふふふ、そんな顔しないで。あなたが聞きたいことは分かってるから。でも、そうね……それを答える前に私の話をさせてもらるかしら?」

「勿論です、幽々子殿」

 

 こちらの了承を得ると、幽々子殿はどこか遠く見つめるように語り始める。

 

「ねえ…あなたは私を見て何を感じるかしら?」

「………死にたくない、生きていたいと。あの桜を見るのと同じく、死を感じます」

「そう。私はあの桜と同じで『死に誘う程度の能力』を持っているの」

 

 見た目はどこまでも儚く美しい姫君。だというのに、彼女は何よりも恐ろしい。生きとし生きる者にとって彼女は天敵だ。常軌を逸した“生きたい”という願望を持つ自分か強い人外でなければ、彼女の前で自ら命を絶ってしまうだろう。それが彼女に近しい者であれば尚更に。

 

「ここもね…本当はもっとたくさんの人が居たの。私の力も最初の頃は強くなかったから。でも、あることを境にどんどん力が強くなって、みんな死んでいったの」

「……あることとは?」

 

【願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ】

 

 幽々子殿は桜がある方角を見つめながら1つの歌を詠む。

 叶うことならば、桜が咲き誇る春の満月の日に死にたいという歌を。

 

「……この歌の願い通りにその人は桜の下で死んだわ。そして、それに感銘を受けた多くの人々がその後に続いた。ただの桜が人の血を啜る妖怪に変わるほどに」

「そして、幽々子殿は桜の影響を受けて同じ力を持つに至ったと……」

「ええ……こんなことなら私もみんなと同じように死に誘われた方が良かったかもしれないわね」

 

 自らの罪深さを嘆く様に憂いのある息を吐く幽々子殿。

 未だに彼女の姿を見るだけで死の恐怖を感じるのに変わりはない。

 しかし、自分は憂いに沈むその姿を見て何も思わぬ程の非道ではない。

 

「少なくとも、それがしはそうは思いませぬ」

「あら、どうしてそう思うの?」

「それがしが幽々子殿に会えてよかったと心の底から思っているからです」

 

 そう言うと、驚いたように瞳をパチクリとさせる幽々子殿。

 

「仮にそなたが死んでいればそれがし達は出会うことは出来なかったでしょう。しかし、出会うことが出来た。それは幽々子殿が今まで生きていたからこそ。ですので、声を大にして言いましょう―――あなたが生きていてくれてよかった、と」

 

 反論を挟ませぬように一気に言い切り、もう一度幽々子殿の顔を見ると呆気にとられたような顔をしていたが、すぐにそれも終わり、実に愉快そうなものになる。

 

「ふふふ…そんなことを言われたのは初めてだわ」

「恐縮です」

「でも、どうしてよかったと思っているの?」

「それがしに役割を与え、自らが何者かを知る機会を作っていただけたからです」

 

 素直に返事をすると何故か渋面を作られる。

 はて、何かマズいことを言ってしまったのだろうかと考えていると額を指で突かれてしまう。

 

「もう、乙女心が分かってないわね。こういう時はあなたに恋をしたからとでも言わないと」

「は、はぁ…申し訳ございません」

「鈍感な旦那様ね、でも許してあげる。生きていてくれてよかったって言われて嬉しかったから」

 

 そう言って幽々子殿は相も変らぬ生気の無い顔で片目をつぶってみせる。そんな茶目っ気のある姿に呆れるべきか、見惚れるべきか判断がつかず話題を変えることにする。

 

「それで…その…それがしを何故婿とするなどと言い出したのでしょうか?」

「ああ、そう言えばそんなお話をしていたわね」

 

 思い出したとばかりにポンと手を叩く幽々子殿。

 その態度に思わずジト目を向けてしまうが、ひょうひょうとした様子で躱されてしまう。

 

 

「私ね、お嫁さんになりたかったの」

 

 

 簡潔な答え。あまりにも簡素な言葉のために続く言葉を待ってみるが続くものはない。

 本当にそれだけなのかと目で問うてみるも、そっけなく頷かれてしまい戸惑ってしまう。

 この身は人間でも妖怪でもないが、婚姻の重さぐらいは理解している。

 故にこんなに適当に婿を決めて良いものなのかと思ってしまうのだ。

 

「本当にそれだけの理由なのでしょうか?」

「嘘じゃないわ。幼い子供の時に抱いた夢。それを叶えたかっただけだもの」

「しかし、幽々子殿ならばそれがしなどではなく、もっと――」

 

 そこまで言って自らの失言に気づき口を閉じる。

 しかし、幽々子殿はそれを気にすることなくあっさりと告げる。

 

「そう、私の傍に居る人はみんな死んでしまうもの」

 

 屋敷に居るはずの従者すら今は妖忌殿しかいない。

 そうだ。幽々子殿の傍に居ることが出来るのは死から逃れる術を持つ者だけ。

 普通の人間では立ちどころに桜の養分となるだけだ。

 

「……他に候補はおられなかったのですか?」

「そうねぇ、紫は同性だし、妖忌は家族でそういう目では見れないから、あなたが初めてよ」

「左様ですか…」

 

 だからこそ、それがしを選んだのだろう。様々な意味で丁度良かったのだ。自分の傍に居ても死ぬことが無く、それでいていきなり婿としても何も問題が起きない身分の存在。この身は既に幽々子殿を主として定めているので、ボロ雑巾のように扱われても何も文句はないが、それでもなお少し呆れてしまう行動だ。

 

「そんなに呆れた目で見ないで。これでもあなたのことは気に入っているのよ?」

「では、さらにご期待に沿えるように努力しましょうか」

「あら? 意外と乗り気ね、それなら――ケホ…ケホ!」

 

 機嫌が良さそうに笑っていた所から一転し、苦しそうな顔で咳き込み始める幽々子殿。

 明らかに先程よりも酷い咳き込みようだ。

 それがしは慌てて立ち上がり幽々子殿の背を擦りに行く。

 

「ご、ごめんなさいね。もう少ししたら収まるはずだから…コホッ」

「……少し休みましょう。今日は朝早くからそれがしのために無理をさせて申し訳ありません」

「でも…お皿の片づけもできていないわ。お嫁さんなんだからそれぐらいしないと」

 

 駄々をこねる子どもの様に引こうとしない幽々子殿。

 その姿に少しの違和感を感じるが、それを頭の隅に追いやり彼女の体を抱きとめる。

 

 同時に“死に誘う程度の能力”が強まり、それがしの“生にしがみつく程度の能力”が『逃げろ!』と悲鳴を上げ始めるが彼女を決して離すつもりはない。

 

「あ……」

「幽々子殿……あまり夫を心配させないでください。夫が望むのは妻の平穏。倒れられては元も子もありません。夫にとって最も大切なのはご自身の身だということをお忘れなきよう」

 

 ほんの少し力を込めれば折れてしまうのではないかと思う肢体を、慎重に抱きしめる。苦しくはないだろうか、痛くはないだろうか。夫とは本当にこのようなことをする者なのだろうかと。そんな不安が湧き上がってくるが抱きしめ続ける。

 

「……そうね、ちょっと舞い上がってたわ。少し休んでからにしようかしら」

「はい、それがいいでしょう」

 

 何とか納得してもらえたようなので、ホッと胸を撫で下ろし幽々子殿を寝室へと連れて行く。

 その途中で幽々子殿が恥ずかしそうに何事かを告げてくる。

 

「ねえ、お願いがあるのだけど」

「何なりとお申し付けください」

「1人で居るのは少し寂しいから、その……傍に居てくれる?」

「もちろんです」

 

 断る理由がないので力強く返事をすると、花が咲いたような笑顔を見せてくれる幽々子殿。

 その美しさに呆けてしまいそうになるが、頭を振りすぐに気を取り直して前を向く。

 

「ふふふ、それじゃあ今度はあなたのお話を聞かせてもらおうかしら」

「話…と言いましても、私に出来るのは旅の話と路銀を稼いだ仕事の話ぐらいですが」

「どんな話も語り手次第よ、楽しみにしてるわ」

「善処いたします」

 

 その後は結局、幽々子殿が疲れて眠るまで2人で話をすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 西行殿の屋敷を訪れた日から3日目、庭の桜が三分咲きとなった頃。

 

 それがしは屋敷から出て食材の買い出しに出ていた。本来ならば買いに出るまではまだ日数があったのだが、それがしという客人と呼ぶべきか家族と呼ぶべきか分からぬ人間が増え、急遽買い足す必要が出てきたのだ。

 

 いつもであれば妖忌殿が買いに出るらしいが、今回は迷惑をかけた詫びも込めてそれがしが行くことにした。何もせずに居るというのも落ち着かないので丁度いい暇つぶしになったと言えばそうなのだが、初めての道に戸惑い昼過ぎに出たというのに帰りの今となっては既に日が傾き始めてしまっている。

 

 急がなければ迷惑をかけてしまうと思い、米を持つ手に力を込め、足を早める。

 

「へぇ、どっちつかずのまま生きている奴も居るんだ」

 

 しかし、風に乗る様に聞こえてきた声に足を止めてしまう。

 どっちつかずというのは自分のことに違いないと思ってしまったが故に。

 

「何者か?」

 

 声を出して声の主を探してみるが、四方を見回しても見つけることが出来ない。はて、空耳だったのだろうかと思い始めてきたところで、目の前に塵のような粒のようなものが集まり始める。驚いてそのまま見つめていると、それはやがて童女の形を取り同時に酒臭い匂いを漂わせ始めた。

 

 明るい髪に、綺麗な瞳と小柄な体躯。だが、そこから感じるのは力強さ。

 強い酒が入っていると思われる瓢箪(ひょうたん)をあおり、美味そうに呑んでいる少女。

 それだけでも強烈な印象を与えるが、何よりも目を引くのは頭に生えた2()()()()

 

「何者かだって? なもん―――鬼に決まってるだろ」

 

 そう、鬼だ。力の象徴、災いの象徴であり、なおかつ、この身を()()()()()呪術を扱う者だ。

 思わぬ出会いに思わず顔が綻んでしまうのも仕方がないことだろう。

 

「…………」

「…? そなた何故それがしの顔を見て呆れた顔をしておるのだ?」

「そりゃあ、こっちの言葉だよ。鬼と名乗っても無反応な奴は見てきたことがあるけど、嬉しそうに笑う奴は初めてだ。あんた、頭おかしいんじゃないのか?」

 

 出会い頭に頭の心配をされてしまうのは流石に傷つく。

 なので、誤解を解くために自分の身の上の話をすることにする。

 

「それがしは不人(ふひと)と申す。既にお気づきやも知れぬが、鬼の呪術によって作られた者だ。それ故に鬼に会ったのならば尋ねたいことがあったのだ。なので、つい喜びが零れてしまったのだろう」

「呪術……ああ、あれか。ん? でも、あれは人間を()()()()()で、どっちつかずにはならなかったような」

 

 それがしの説明に納得しかける鬼だったが、新たな疑問が浮かんだのか小首を傾げている。

 

「何が起きたか分からぬが当初は失敗し、魂が入っていなかったのだ。それゆえに人でも妖でもない存在になり果てた」

「ふーん、そんなこともあるんだ。で、あんたは何が聞きたいの、失敗した理由?」

「いや、鬼は何のために人間を作るのかを聞きたい」

 

 自らが作り出された理由を知りたい。その願いは片時たりとも消えることはない。

 それがしを作った張本人である西行殿は既にこの世におらぬが、同じように人間を作り出す術を使う存在は目の前に居る。ならば、目の前の鬼に人を作る理由を問おう。そうすれば、この身が与えられるはずだった役割が分かるかもしれない。そう期待を込めて鬼を見やるが。

 

「分かるわけないだろ、そんなこと」

 

 鬼はどうでもいいとばかりに酒をあおるだけである。

 

「分からない…? 自分で作るというのにか?」

「んー、なんか勘違いしているみたいだから言うけどさ。人間なんて特定の在り方があるわけじゃないんだよ?」

 

 従者にするつもりだの、話し相手にするためだのといった理由であっても参考にするので、少しでも人間を作る理由が知りたいと思っていた心を見透かすように鬼が目を向けてくる。

 

「あんたが手に持っている米と同じようなもんだ。

 作り手が米を作っているのは誰が見たってわかる。

 でもだ。その米が何に使われるなんて作り手にしか分からない。

 いや、作り手も分かんないかもしれない。

 育てた米を売る。食べる。家畜の餌にする。もしかしたら何かに奉げるのかも。

 ただ食べるにしたって、そのまま食べることもあれば、粥にしたり、酒にすることもある。

 人間だってそうさ。

 用途が広すぎて同じ人間(もの)を作っている奴にすら、他の奴が何作ってるかなんか分かんない」

 

 鬼の言葉に何一つ反論することが出来ずにただ黙って頷くことしかできなかった。結局の所、いかにもな理由があったとしても、それが事実かどうかは分からないのだ。暇つぶしのために作ったのかもしれない。もしかすれば、幽々子殿に与えられた役割が正解やもしれない。

 

 そう。鬼の言う通りに作った張本人以外に理由は分かるはずがないのだ。

 人間という多種多様な在り方を取る存在であればあるほどに。

 

「……目から鱗が取れたようだ。ご教授感謝する」

「いいよ、別に。それよりあんたは何でそんな面倒なことを考えているのさ? こうして生きているなら役割ぐらい()()()()()……ああ、失敗したんだっけ」

「ああ、だからこそ、自分が何者かを知りたいのだ」

「何でそう願う?」

「作り主に人でも妖でもない者と、そなたの言葉で言うなら“どっちつかず”と()()()()からだ」

 

 質問に答えてやった対価だとばかりに尋ねられたので素直に答える。

 

「………ク、ハハ…ハハハハハハッ!」

 

 すると何がおかしいのか、鬼は目をパチクリとさせたかと思うと、唐突にゲラゲラと笑いだす。

 何かおかしいことを言ってしまっただろうかと首を捻るが、やはり心当たりはない。

 

「ハハハ…なるほどね、それで“どっちつかず”なのか」

「何がおかしいのだ?」

 

 そして、ひとしきり笑い終えた後は1人納得したように頷く鬼。

 突然笑われて喜ぶ趣味は持っていないので、若干不機嫌になりながら問いかけてみる。

 

「んにゃ、なんでもないよ」

「なんでもないことはないと思うのだが……」

「まあ、細かいことは気にするなって。ただ、そうだねぇ…人間と妖怪の違いを教えてやるよ」

 

 何を思ってかは知らないがそんなことを語り、グイっと瓢箪をあおって酒を呑む鬼。

 その姿に自分が酒の肴になっているのだなと思いながらも、興味を引かれたので続きを待つ。

 

「妖怪ってのは人間の『こういうものだ』っていう願いっていうか印象みたいなもので在り方が決まる。鬼は強い、強い者は鬼だって思いから私達は生まれた。だから、生まれた時から強いし、弱くなりたいと願ったってまず弱くならない。仮に弱くなったらもうそれは鬼じゃない何かだ」

 

 また一口酒を呑み、口を潤す鬼。

 

「逆に人間は生まれた時はみんな弱い。でも、強くなりたいとも弱くありたいとも願ってそれを叶えることが出来る。誰かを妬んで、殺したい殺したいと願い続けた果てに鬼となった人間だっている。正直、自然に生まれた鬼なんかよりよっぽど恐ろしいものだよ」

 

 つまり、人間と妖怪の違いとはどういうことなのかと目を向けると鬼は分かっているよと頷いて酒を呑む。……本当に分かっているのだろうか。

 

「妖怪は何者か最初から決まった存在で、人間は自分が何者かを決めることが出来る存在なのさ」

「仮に正体不明の妖怪がいる場合はどうなるのだ?」

「“正体不明”っていう正体があるじゃん」

 

 面白そうに笑いながら答えられ、返答に困ってしまう。

 屁理屈と言えば屁理屈だ。しかし、真実ではあるのだろう。

 明確な姿を持たずとも妖怪であるのならば、最初から何者かが決まっている。

 

 しかしそうなると、自分も正体の定まっていない“どっちつかず”という妖怪なのだろうか。

 

「いーや、()()あんたは人間にも妖怪にもなりきれて()()()存在だ。“どっちつかず”なのは変わらないけどな」

「……何故そう断言できるのだ?」

 

 心を見透かされたような言葉に思わず肝が冷えてしまうが、努めて表に出さないようにしながら尋ねる。だが、返ってきたのは人を食ったような返事であった。

 

「さあ? そいつは自分で考えなよ」

 

 鬼の姿が空気に溶けるように薄くなり、風に乗って消え去っていく。

 もう、会話をする気はないのだろうと溜息を吐き、それがしも背を向けて歩き出す。

 

「あ、そうそう忘れてた。私は伊吹(いぶき)萃香(すいか)。ま、あんたがこっち側を()()()()歓迎してやるよ」

 

 どこか楽し気な声が風に乗って聞こえてくる。

 こちらには分からず、相手側だけが分かっている状態での会話。

 本当に鬼と言うものは自分勝手な存在だと、陰鬱な気分になりながら家路へと就くのだった。

 

 

「おかえりなさいませ、旦那様。お夕食にしますか。それともお風呂にしますか?

 ふふふ、一回言ってみたかったのよね、これ」

 

 

 だが、そんな気分も嬉しそうに出迎えてくれた幽々子殿を見ると不思議と消えていくのだった。

 

 




亡霊は、人間が死んで幽霊になったもののうち、未練など生への執着が余りにも強い者がなるものらしいですね。



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