五話:幻想郷
幻想郷に春が
帰ってきたであれば詩的な表現で済まされたことだろう。
しかし、今回は違う。文字通りの意味で返ってきたのである。
西行妖を満開にするために幻想郷中から奪われた春が、博麗の巫女により取り返されたのだ。
異変の発端は、西行寺幽々子が西行妖の下に眠る何者かを蘇らせようとしたことである。
そして、庭師である
その結果として幻想郷に春が訪れなくなり、それを異変と見なした巫女やその他の人間が冥界の白玉楼にまで赴き、幽々子の企みは阻止されたのがことの
何とも傍迷惑な行為をした幽々子であるが、ここ幻想郷では異変を起こすのは自由であるし、その解決に使う『スペルカードルール』を遵守してさえいれば、人の生き死にが出るわけでもない。そのため、異変を起こした、退治された、だからそれで終わりといった後に尾を引かない形で決着している。
そして、それをより確固とした形として示すためか、はたまた一仕事が終わったからか、異変解決後には異変の首謀者も招いての宴会が博麗神社で開かれる。今回もその例に
「やっぱり寒いより暖かい方が過ごしやすくていいわね」
「ああ、いつもは気にしないが待たされた分だけ桜も綺麗に見えるしな」
「そう? 私は例年通りの桜に見えるけど」
「おいおい、そいつは余りにも風情ってもんがないんじゃないか霊夢?」
宴会の中心地では2人の少女が桜を見ながら酒を呑んでいた。
1人は絹のように美しい黒髪をリボンでまとめ、脇の空いた紅白の巫女服を着たこの神社の主である
2人は友人と呼ぶべきかライバルと呼ぶべきか分からぬ間柄であるが、こうして絡むことが多く、それなりに気心の知れた仲であることには違いない。そんな彼女達ともう1人の人間が今回の異変の解決に尽力したわけであるが、残りの1人は自らの主の世話で忙しいのかこちらには来ていない。
「風情ねぇ、そんなのは分かる人間だけが味わっていればいいのよ。私はこのお酒を味わうのに忙しいから」
「ははは! まあ、さっきはああ言ったが私も花より団子派だ。今日はとことん呑もうぜ」
「二日酔いになっても知らないわよ」
「その時は優しい巫女様に看病してもらうさ」
「お生憎様だけど、幻想郷には自業自得の人間を助ける程お人好しの巫女は居ないわよ」
そうは言うものの呑むのを止める気はないのか、魔理沙の盃に酒を注ぐ霊夢。
そんな折だった。1人の男が2人に話しかけてきたのは。
「もし。博麗霊夢殿と霧雨魔理沙殿とお見受けするが、少々時間を頂いても?」
何者だと目をやる霊夢。
声をかけてきた男は背は普通、顔も目も髪も普通といった一見すると何の特徴もない男だった。
しかし、纏う空気は人間のそれではなく、浮世離れしたものを感じさせる。
「あんたは?」
「それがしは西行寺
「そ。なら、これで終わりね。付きまとわれると面倒だから、もう謝らなくていいわよ」
簡単な自己紹介と共に頭を下げる男、不人。
霊夢はそれを適当に流し、魔理沙は驚いたように声を上げる。
「家内って、あの亡霊に旦那なんて居たのかよ!?」
「いかにも。それがしは西行寺幽々子の夫だ」
「マジかよ……亡霊にも夫婦ってあるのか。でも、異変の時には見なかったぞ?」
幽々子の旦那とは思えない程に腰の低い不人の姿に、2人が寄り添う姿が想像できないなと内心で呟く。それと同時に、白玉楼に訪れた際には不人の姿が見えなかったことを疑問に思い尋ねる。
「『弾幕ごっこ』は女子供がやるもの。男のそれがしがやるのは不自然極まりないであろう? 故に異変の際は陰ながら見守っていたのだ」
「まあ…そう言われたらそうなんだけどさ」
「第一、それがしは弱いぞ。本気で戦ってもそなたらに勝てるとは思えん」
そう言って肩をすくめてみせる不人。
彼は別に特異な才を持っているわけではないし、戦闘に自信があるわけでもない。
一応は妖忌に剣術を教わったこともあるが、素人に毛が生えた程度だ。
才能が無いとはっきりと告げられたこともある。
「それがしはただの妻と桜をこよなく愛するだけの亡霊なのでな」
「惚気ならよそでやりなさい」
「む、これは失礼した」
興味なさそうに霊夢がしっしとばかりに手を払うが、不人の方は面白そうに笑うだけである。
そんな光景に魔理沙は、また霊夢が人外に好かれているなと心の中で笑う。
いずれ博麗神社から妖怪神社に名前を変える時が来るかもしれない。
「魔理沙、今失礼なこと考えなかった?」
「いや、何も考えてないぜ」
生来の勘の鋭さからか魔理沙の内心に気づき、じろりと睨んでくる霊夢。
それを分厚くなった面の皮で受け流しながらも、魔理沙はやはり霊夢には隠し事などは通用しないなと冷や汗をかく。
「にしても、あんたも謝りに来るぐらいなら最初から止めなさいよ。おかげでこっちは寒い中動き回る羽目になったんだから」
「……止められる機会もあったのは事実なので、そう言われると反論できぬな」
痛いところを突かれたとばかりに苦笑いをする不人。
そんな彼の姿に迷惑料として少しばかり、文句を言わせてもらおうと霊夢は言葉を続ける。
「なに、尻に敷かれてるの? それとも弱みでも握られてるの?」
「そういうことではなく、純粋に家内が異変を起こすのを楽しんでいたので止め辛かったのだ」
「しっかり弱み握られてるじゃない」
「む? そのようなことは1つも言ってはいないが…」
「今、何か弱みになること言ってたか?」
はて、自分の話した内容のどこに弱みを握られている要素があっただろうかと首を捻る不人。隣の魔理沙も意味が分からずに頭に疑問符を浮かべているので、霊夢は面倒くさそうにしながらも答えを告げてやる。
「何って、惚れた弱みを握られているじゃないの、あんた」
盃の中の酒を一気に飲み干し、再びつぎ足す霊夢。
相手が楽しんでいるから悪いことだとは思っても止められない。
これを惚れた弱みと言わずに何と言うのか。
そんなことを霊夢が告げたものだから魔理沙は驚きに満ちた顔を浮かべる。
そして、直接言われた不人は。
「惚れた弱み…か。フ、そうかもしれんな」
どこか納得したような顔で柔らかな笑みを浮かべていた。
「どうもそれがしは、妻の願いは極力叶えてやりたいと無意識のうちに思っているようだな」
「仲が良くて何よりね。それで引っ掻き回される方はいい迷惑だけど」
「違いない。ついで、これからも迷惑をかけることになるので先に謝っておこう」
「そこで意地でも止めるって選択をしない所が腹立つわね」
「弱みを握られているからな。妻には勝てんのだ」
一切悪びれることなく惚気てみせる不人の姿に、魔理沙は自分の誤解に気づく。
不人と幽々子は意外な組み合わせでも何でもない。
こいつらの悪びれない所がそっくりで悪い意味でお似合いの夫婦なのだと。
「あ、不人様! 幽々子様が探していましたよ」
霊夢と魔理沙がそんな不人の本質に呆れているところで、彼を呼ぶ妖夢の声が聞こえてくる。
それを聞き、不人は最後にもう一度ゆっくりと頭を下げる。
「そういうわけだ。それがしはこれで失礼させてもらう。魔理沙殿、霊夢殿、どうかこれからも家内と使用人を含めてよろしく頼む」
「おう、よろしくな」
「まあ、やり過ぎないなら付き合ってあげるわよ」
2人の返事に満足したのか、柔らかな笑みを浮かべて背を向ける不人。
そのまま妖夢の下に歩いていこうと足を踏み出すが、何を思ったのかすぐに止めてしまう。
そして、思い出したように問いかけを1つ送る。
「……そなたらは桜は好きか?」
「綺麗だとは思うけど好きでも、嫌いでもないわね」
「ま、私もそんな感じだな」
何ともそっけない返事に苦笑しながらも、答えはどちらでもよかったのか不人は歌を詠む。
【花のごと 世の常ならば 過ぐしてし 昔はまたも かへりきなまし…】
それは桜への憧れを込めた歌。
たとえ散っても翌年には花を咲かせる桜。
人生もそうであればいいと桜への憧れを描いた歌だ。
「……それがしは桜が好きだ。桜は毎年散るが、来年にはまた花を咲かせてくるからな。
人生もまた、そのように何度も花を咲かせられるものであればいい」
「死んだ亡霊が人生を語るの?」
「亡霊だからこそだ。それに」
「それに?」
霊夢に怪訝な顔でツッコミを入れられるが、不人は真面目な顔で返す。
「
そう最後に言い残し、不人は妖夢を伴って幽々子の待つ場所へ歩いていくのだった。
次は書くとしたら妖夢との絡みですね。