君がため惜しからざりし命さへ【完結】   作:トマトルテ
<< 前の話 次の話 >>

6 / 8
六話:親愛なる庭師

 魂魄妖夢には家族と呼べる者が3人程いる。

 1人は実際に血のつながりのある祖父の魂魄妖忌。

 

 祖父と孫娘の関係と言えば、大体の場合は目に入れても痛くないという可愛がりようを見せるが、この2人にそれは当てはまらない。妖忌は非常に厳格な性格であったために孫であろうと甘やかすことはせずに妖夢を厳しく育ててきた。

 

 今は妖忌がどこぞへと姿をくらましたために教えを受けることは出来ていないが、彼女の剣の師匠でもあったので、最も強い関係性は祖父と孫の関係よりも師弟関係と言えるかもしれない。

 

 

 2人目は(あるじ)である西行寺幽々子だ。

 幽々子から与えられた役職は剣術指南役兼庭師というものであるが、もっぱらは庭師である。

 というか、剣術指南は今までほとんど出来たことが無い。

 

 これは妖夢が不真面目なわけではなく、幽々子が面倒臭がってやらないせいである。

 何度か主に指南しようとしたが、箸より重たいものは持てないと逃げられているのが現状だ。

 もっとも、幽々子は生きている存在相手ならばまず負けないので教わる必要が皆無なのだが。

 

 とは言っても、主従関係が悪いわけではなく、2人の仲は良い。幽々子自身が妖忌との堅苦しい主従関係が苦手だったらしく、現在は母と娘、あるいは姉と妹のような緩い関係を形成している。もっとも、妖夢が幽々子に振り回されたり、からかわれるのがコミュニケーションの基本の形となっているのだが。

 

 

 そして、3人目は同じく主に値する西行寺不人である。

 

「妖夢殿、庭仕事も一段落ついたのなら茶でもいかがかな」

「……あの、そういったことは従者がやるべきことでは?」

「何を、下の者をねぎらうのも上に立つ者の役割。遠慮することはありませんぞ」

「はぁ…そういうことでしたら」

 

 庭に生える木々の剪定(せんてい)を終え、一息をつく妖夢へとにこやかに声をかける不人。生真面目な妖夢はいつものように従者としてそれはどうなのかと反論するが、すぐに丸め込まれてしまう。

 

「では、茶をどうぞ。温めにしているのですぐに飲めますぞ」

「お心遣いありがとうございます」

「茶菓子に羊羹(ようかん)もあるので遠慮なくどうぞ」

「わぁ! …あ、コホン。いただきます」

 

 美味しそうな甘味が出てきたことに目を輝かす妖夢。

 しかし、すぐに顔をキリッと引き締め何とか取り繕う。

 もっとも、不人は優しげな瞳で見つめているので全く誤魔化せていないが。

 

「あ、でもこれって幽々子様に言わずに食べていいものなんですか?」

 

 羊羹(ようかん)を1つ摘まんだところで、妖夢が思い出したように問いかける。

 幽々子は見かけによらずよく食べる。そのため食への執着心は人一倍強い。

 以前、幽々子が取っておいた甘味を誤って食べてしまった時は、酷い目に遭ったと妖夢は遠い目をする。

 

「フ、もちろん。これは妖夢殿のために用意したものですので」

「ほ…それなら遠慮なくいただきますね」

「まったく、幽々子殿とて黙って食べた程度では大人げないことはしないでしょうに」

「で、でも、以前は化けて出てやるって脅されました」

「妖夢殿、それがし達は既に亡霊ですのでこれ以上化けようがありません」

 

 食べ物の恨みは怖いと言うが、菓子を取られた程度で化ける者はいまい。

 

「大方、妖夢殿の反応が楽しくてからかったのでしょう。幽々子殿はそういうお人ですから」

「不人様から止めるように言ってはいただけないんですか?」

「残念なことに、それがしは楽しそうにする幽々子殿の姿が好きなのです」

「知ってました」

 

 いつものように惚気始めた不人に白い目を向ける妖夢。

 だが、その目は何の効果も生み出すことなく、朗らかに笑われることで終わってしまう。

 妖夢はそのことに溜息をつきながらも、羊羹を口に運ぶ。

 

「美味しい…あ、えっと大変美味です」

「それは良かった。ささ、もっとお食べください」

「はい」

 

 羊羹の美味しさに不満げな表情から、一転して顔をほころばす妖夢。

 そんな彼女の姿に不人も頬を緩ませて見つめる。

 彼の顔は主が従者に向けるものとは程遠い、娘を見る父親のような表情である。

 

 これが妖夢と不人の関係性だ。

 妖忌が厳しく妖夢と接していたのなら、不人は妖夢を甘やかして接している。

 妖夢もそれは理解しているので、意識して従者としての立場をしっかりしようとしているが、結局今回のように甘やかされてしまうのだ。

 

 因みにそうした時の妖夢は、不人にとっては精一杯背伸びをしようとしている子どもにしか見えない。故に、さらに可愛がってしまうのも致し方の無いことだ。そう、不人は妖夢にとっては、姪を可愛がる親戚のおじさんのようなものなのだ。

 

「しかし、いつもながら妖夢殿の庭造りは見ていて飽きないですな」

「いえ、自分など未熟者もいいところ。まだまだ、お師匠様の足元にも及びません」

「そう謙遜なさることはない。確かにまだ妖忌殿の技には到底及ばないでしょう。しかし、妖夢殿には妖夢殿の良さがあるのです。未熟さも時には味となるのです」

「そういうものなのでしょうか…?」

「ええ、妖夢殿も長く生きれば分かるようになりますよ」

 

 笑いながらそう言う不人に妖夢は分からないとばかりに首を捻る。

 だが、妖夢に分からないのもある意味で当然と言えば当然だろう。

 不人が飽きないと言ったのは、妖夢が日々成長を遂げて行っているからだ。

 

 妖忌の庭造りや剣術は完成されたものだった。妖夢と比べればまさに月とスッポン。しかしながら、妖夢には成長の余地がある。そこから赤ん坊が初めて立った、歩いたというような感動を得ることが出来るのだ。これは完成された妖忌の庭造りでは味わえないものである。故に、妖夢の庭造りには味があるのだ。

 

「だと良いんですけど……しかし、お師匠様はどこに行ったんでしょうか」

 

 ふと、といった感じに妖夢が呟く。

 

「心配ですか?」

「いえ、お師匠様に心配なんてしたら『それはこっちの言葉だ、未熟者』と言われてしまいます」

「フ、確かに。妖忌殿ならそう言うでしょう」

 

 妖忌に一喝された記憶を思い出したのか、ぶるりと身を震わす妖夢。

 そんな姿に思わず笑いをこぼしながら不人は茶を口に含む。

 

「心配はしていません。でも……まだ学びたいことは山ほどあるんです」

「なるほど……」

 

 己の未熟さを恥じるように唇を噛みしめる妖夢。

 恐らくは異変の際に霊夢達に負けてしまったことで、自分の力の無さを痛感しているのだろう。

 こんな時に妖忌が居れば何と言ったであろうかと不人は考えてみる。

 

 ―――甘えるな、自分で学び取れ。

 

「妖忌殿らしいが……これをそれがしが言うのは…うむ」

「お師匠様がどうかされましたか?」

「いや、独り言だ。気になさるな」

「はぁ…」

 

 妖忌の名前が出たので飛びついてくる妖夢だったが、不人は苦笑いをしながら誤魔化す。何やら納得できない顔をする妖夢だが、不人はあまり厳しい言葉を妖夢に浴びせることが出来ないのだ。こういう所が彼女を甘やかしてしまう所以(ゆえん)なのだろう。

 

「しかし、あの妖忌殿が教えるべきことを教えずに出て行くとは思えませんな」

「どういうことでしょうか?」

 

 なので、不人は厳しく言わずにやんわりと慰めることにする。

 

「思い出してみても、妖忌殿は幽々子殿が苦手にする程の生真面目さを持っていました」

「はい。あの自由奔放な幽々子様もお師匠様はからかえませんでしたからね」

「ええ。ですから、そのような御人が弟子の育成を放棄するとはとても思えません」

 

 今でこそ緩くなっているが、妖忌が居た時の主従関係は硬いものであった。

 これは何も幽々子が妖忌を冷遇していたのではなく、妖忌が硬い関係を望んでいたからである。

 それ故に幽々子は妖忌を信頼しながらも、どことなく苦手としていた。

 

(もっとも、本当に苦手にしていたのはあの目でしょうが)

 

 ただ生真面目過ぎるから苦手にしていたわけではない。時折、ふとした瞬間に妖忌はここではないどこかを、自分ではない誰かを幽々子や不人を通して見るのだ。その目は2人を侮辱しているわけではなく、むしろ妖忌には珍しい優しさを湛えるものである。

 

 恐らくはその理由が何なのか分からなかったので、幽々子は彼を苦手にしていたのだろう。

 

「それで、お師匠様が私の修行を放棄したのでないのなら、どうして出て行ったのでしょうか?」

「……そうですね。考えられる理由があるとすれば」

 

 妖夢に続きを促されて思考の海に沈んでいたところを引き上げられる。

 分からないことを考えても仕方がない。今は分かることの話をしようと不人は口を開く。

 

「教えられることは全て教えたということでしょう」

 

 不人の言葉に妖夢は納得がいかないと首を捻る。

 とてもではないが、自分が師の持つものを全て授かったとは思えないのだ。

 

「……私は未熟者も良いところですよ」

 

 あくまでも未熟者。それが妖夢の自己評価である。

 

「まだ空気も斬れませんし、時も斬れません。お師匠様なら軽く斬ってみせるのに」

「そうでしょう。妖忌殿なら一振りで木を細切れにしますし、最悪、剣が無くとも斬ってみせます。さらには死や呪いすら斬り裂くことができるそうですし」

「……先は長いですね」

「ええ、同じ領域に立つには1000年はかかるでしょう」

 

 途方もなく高い壁を改めて認識し、妖夢がガックリと肩を落とす。

 やはり、自分は未熟で非才で同じ場所まで辿り着けるはずがないと。

 しかし、そんな妖夢に不人は否定の言葉を投げかける。

 

「ですが―――1000年前には妖忌殿も斬れなかったのですよ?」

「え…?」

 

 そんなことは信じられないと、妖夢がキョトンとした顔で見つめてくるが不人は首を振る。

 

「千里の道も1歩から。妖忌殿とて初めは空気すら斬れなかった。

 ですが、1歩ずつ前に進んで果てしなく続く剣の道の(いただき)に立ったのです。

 妖夢殿が未熟者なのは当然のこと。まだ歩き始めたばかりなのですから」

 

「でも、それと私の育成を放棄したことに何の関係が…」

「分からないのですか? 妖夢殿、あなたは1人で歩いて行けると認められたのですよ」

 

 不人の言葉に目を見開く妖夢。

 彼女は今まで一度たりとも妖忌に認められたことなどなかった。

 妖忌はいつも厳しく、現状に甘えることを許さずに彼女を叱咤し続けた。

 そんな彼が何も言わずに弟子の下を去っていった。これを認めたと言わずに何と言うのか。

 

「赤子のように手を引いてやらずとも、自分の足で前に進める。そう信じたからこそここを出て行くことが出来たのです。そうでなければ今もここに居たことでしょう」

「そう…なんでしょうか?」

「ええ。教えることはもう何もない、後は自分で学んでいけということです」

「自分で学ぶ……」

「思い出してください。妖忌殿が常日頃から言われていた言葉を」

 

 不人に言われるがままに、妖夢は妖忌が口にしていた言葉を思い出す。

 普段は何かを尋ねるだけで一喝してくるような師が唯一教えてくれた教えを。

 

 

「―――斬ればわかる」

 

 

 自分の力に不安を持った時、これからどうすればいいか分からない時。

 自らの道標とする言葉。それが斬ればわかる。

 

「真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るもの……悩んでいても結局の所は斬らなければ何も分からない。だから斬る、斬ればわかる。そういうことだったんですね」

「ええ、妖忌殿は妖夢殿が道に迷った時に、再び前に進むことが出来る言葉をしっかりと残していっていたのです。これさえあれば、後は自分で歩いていけるでしょう?」

 

 そう言って妖夢に優しく微笑みかける不人。

 妖夢の方も悩みが晴れたらしく、可愛らしい笑みを浮かべてみせる。

 これで、もうしばらくは何も心配する必要はないだろうと不人が安堵の息を吐く。

 

 だが。

 

「何かわからないことがあれば取りあえず斬ればいいんですね!」

 

「……ん?」

 

 妖夢の言っていることと、妖忌が言っていたことに微妙な食い違いを感じる。

 

「悩んで止まるぐらいなら剣を振ればいい。敵か味方か分からなくても斬ればわかる。

 なんでこんな大切な教えを忘れてたんだろう」

「よ、妖夢殿?」

「不人様、貴重なお話ありがとうございました。それでは、今から剣の修行を始めてきます。

 お茶とお菓子ありがとうございました!」

 

 困惑する不人を置いて一目散に刀を取りに駆け出していく妖夢。

 悩む暇があったら剣を振って修行をする。

 その思考自体は悪くないのだが、何故だかダメな方に吹っ切れてしまった気がする。

 

「……ま、まあ、考え過ぎであろう。うむ」

 

 一抹(いちまつ)の不安を抱きながらも不人は無理に自身を納得させるのだった。

 

 

 その後、博麗神社を訪れた際に妖夢が“辻斬り”扱いされているのを知り、膝をついたのはまた別の話である。

 

 




次書くとしたら幽々子との話です。

感想・評価のほどよろしくお願いいたします!


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。