傷の処置をしたネギは、これからどうするかを考える。
石化の魔法を解くことはネギには無理だ。解呪、回復魔法に関しての才能がないことは誰よりも自分で把握している。
だからこそ、彼は別の方法で解呪のアプローチをする研究を続けていた。
一つは、呪いひいては魔法そのものの破壊。
解くのではなく乱暴に吹き飛ばす方法。ネギの性質から考えて、この方法が一番成功率が高いとふんでいた。
勿論、それ以上に呪われたモノ共々破壊する方が可能性は高いため、この研究は難航していた。
更に一つは最近増えた手札……闇の魔法による、魔法の吸収。
太陰道という、あらゆるエネルギーを吸収し自分のモノにしてしまう究極技法。
だが、これも難しいだろう。エヴァですら断念した魔法……だが、闇の魔法で自身のエネルギーを取り込むことには成功しているという事実がある以上、ネギが諦めることは無いだろう。
そして、最後の一つが魔法無効化。
「………」
「神楽坂さん、これをどうぞ」
「あ、ありがと」
刹那が明日菜に衣服を渡している。
そっぽを向きつつも、彼女、明日菜が起こした事象が脳裏を離れない。
(確実に中った石化の魔法が効かなかった……思い出せば、彼女に解析の魔法だって効かなかった)
魔法無効化に関しては、ネギは考えるだけ考え、断念した。
魔法使いのネギが行使するのは、勿論魔法だ。魔法で魔法を無効化する……かなり無茶苦茶で夢物語同然だと思っていた。
調べたところ、魔法世界には魔法どころか氣だって無力化する場所があるらしいが、何故そんな場所があるのか、どうやって出来たのか……調べてみても分からなかった。
―――彼女を詳しく調べれば、もしかしたら―――
頭を思い切り振ってその考えを払おうとする。
それでも払えない。考えた、考えてしまった。
彼女を、明日菜の氣を、魔力を、身体を、細胞の一片一片その全てを解析し、
自分は魔法使いだ。魔法使いは、魔法は善いことに使うべきだ。
争いがある以上、善いだけではいられないだろうが、それでも自分から進んで悪どころか鬼畜外道になるつもりは、少なくとも今のネギには無かった。
(切り替えろ、切り替えろ、切り替えろ)
脳裏に石化した人がフラッシュバックする。必然と村人を思い出す。
いくら暗示で自分を誤魔化そうと、切り離すことなど出来はしないのだ。
(それでも、切り替えろ)
ギュッと傷口を自分の手で握り、痛みで思考を研ぎ澄ます。
今はそんなときではないだろう、と。
「………刹那さん、少し頼みます」
「え、ネギ先生どこに?」
「ちょっと野暮用です。5分で戻ります」
瞬動でその場から消えると、ネギは地下牢へと向かう。
そこには、縛られた彼が……自分たちを襲った敵の一人、獣人の少年がいた。
流石に地下まで潜りはしなかったのだろう。水辺もないから水の転移はしずらかったのもあり、彼は無事だった。
「ん?なんやえらいボロボロやな」
「キミは傭兵で、金を払えば何でもしてくれるんだったね」
「そうやけど……なんや、依頼か?」
「端的に言おう、近衛木乃香が攫われた」
「……ほぉ」
「こちらは近衛詠春が石化、僕は見ての通りのザマだ」
「大ピンチってやつやな」
「………敵の狙いが分からない以上、事情を知っているであろうキミを頼るしかない。ただ、儀式とか言っていたから時間の勝負だというのはハッキリしている。
つまり、状況は切迫している」
「あーもうハッキリ言いや!」
どうやら、この少年は謀が苦手らしい。
敵だったというのに、何故か好感がもてた。
「報酬は?」
「釈放と、僕に払える最大限の報酬を準備しよう」
「んー……もう一個寄越しな」
「我儘だね」
「元依頼主の情報を喋るんや、信用が重要なオレみたいなやつにとっては、今回の依頼はかなり高いんやで?」
「……いいよ、要求は?」
ニィッと八重歯をのぞかせ、子供以上に子供らしい笑みを浮かべてこちらを指さした。
「再戦や!オレが修行して強ぉなったら、もう一度戦え!」
「………バトルバカ」
「うっさいわ。で、答えは?」
「いいよ、またしよう」
どのみちネギは断れる状況ではない。
「僕はネギ・スプリングフィールド、キミの名前は?」
「オレは犬上小太郎や、よろしくな!」
魔法の契約書にサインした彼らは、握手を交わし自己紹介をすませた。
小太郎を引き連れ刹那達と合流した時に少し騒ぎになりつつも、彼らはこれからのことについて話し合った。
「やっこさんの狙いはリョウメンスクナっていう鬼神の復活や」
「暴力による支配ってことですか」
「まぁ人質の拘束も出来て一石二鳥。お得な作戦やけど、相手はあの近衛。真正面から戦争するわけにもいかんかったし、少数精鋭で事に当たらなあかんかった」
「つまり、敵の戦力は少ない?」
「そうやな、オレに神鳴流の嬢ちゃんに白髪の……ふぇーと言うたかな?それと、依頼主の天ヶ崎千草っていう姉ちゃん」
「キミが契約でこっちに着いたんだから、敵は三人……」
「その天ヶ崎というのはどういう人物なんだ?」
「んー、まあ普通の陰陽師やで?腕は立つんやろうけど、みたとこアンタ等みたいに肉弾戦はそんなできそうになかったわ」
ネギ、小太郎、刹那で会議を進めていく。
鬼神が封じられている場所は小太郎が知っており、その儀式の所要時間はそれなりに掛かるが、一時間も要らないだろうということ。
「あの姉ちゃんは儀式で動けんやろうから、問題は二人やな」
「……神鳴流の相手は同じ神鳴流の私が」
「まぁ互角に戦っとったし、無難にそうやろな。じゃぁオレとネギでふぇーとを儀式が終わる前に倒して」
「それは無理かな」
「あ?なんでや?」
「……もしかして、キミ白髪の……フェイトっていうんだっけ?そいつの実力知らない?」
「あー戦ってるのは見たことないわ」
「キミを倒した状態の僕と、ここの長二人がかりで斃し切れなかったって言えば分かるかな?」
「……ホンマか?」
「正直、僕だけで闘ってた時は甘く見られてたというか、かなり加減されてたように思う。長が来てからは殆ど一瞬だったし、実力は未知数だよ」
うーんと悩む三人。
「……応援は?」
「今から?魔法先生は生徒の相手で手一杯だと思うよ……そもそも、修学旅行について来た先生はほとんど一般人だし」
「そかー」
「………応援なら、二人ほど心当たりがあります」
おずおずと手を挙げた刹那に視線が集まる。
「同じクラスの、龍宮真名と長瀬楓です」
「………余り気乗りしませんね。それに、長瀬さんは魔法に関して知らないのでは?」
「えっと、ですが忍びらしく半分はこちら側の人間と考えていいです」
「…………」
「どうするんや?時間は無いで」
ネギは先生という立場だ。だが、それ以前に魔法使いだ。
先生として生徒を守る義務があり、魔法使いとして今の状況を如何にかしなければいけない。
護らなきゃいけない生徒を頼るなんて、本当は出来ない。でも、今の状況は切迫している。
思考に思考を重ね、短いながらに熟考をしたネギが出した結論は……。
「決めました。刹那さん、龍宮さんの電話番号を教えてください。僕が話します」
「は、はい」
通話をして数分後、彼らは本格的に動き出すこととなる。
「っと、その前にのどかさん、明日菜さん」
「は、はい」
「な、なによ」
「……二人とも、怖い思いをさせてすいません」
頭を下げたネギをみて、あわわと慌てるのどかと明日菜。
「そ、そんな頭を上げてくださいネギ先生!」
「そうよ、アンタのせいじゃないでしょ!?」
「それでも、今回は僕に責任があります。……これ以上怖い思いをさせたくありません、ここで待っていてください。しばらくしたら、石化を解呪する魔法使いが派遣されてきますから、彼らに護ってもらってくださいね」
「先生……」
「大丈夫です。絶対、木乃香さんを連れて帰ります」
そう、敵を斃し、木乃香を連れもどす。
「絶対です」
――だって、ネギ・スプリングフィールドに出来ることなんて、
暗く冷たい眼を幻影で隠した少年は、優しく微笑んで約束を交わした。
そして、優しくも力強いこの青年の姿を見破っている者は、今此処には一人もいない。
誰にも何も本当を告げることも告げられることも出来ない少年は、それでもこの思いは本当だからと、嘘に固まった姿のまま誓いを果たそうと走り出す。