もしものネギ先生   作:...

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決意

 その日は近衛木乃香にとって怒涛の一晩となった。

誘拐され、手足口を拘束されて行われた儀式。途中で意識が朦朧としていたけれど、彼女はそれでも必死に状況を把握しようとしていた。

魔力という自分にとって未知のそれを使うのは、言われた通り気持ち良いだけだったのが幸いした。もしこれが耐え難い苦痛だったのならば、木乃香は問答無用で気絶していただろう。

 

 そうして認識できたのは、酷い光景だった。

自分の力で召喚されたのは、物語(フィクション)でしか見たことのない数多の妖怪に大きな鬼。

軍勢に翻弄されるクラスメイトと知らない少年。遠くで光がチカチカしているのは、きっと誰かが闘っているのだと伝わってくる力の余波で本能的に理解した。

 ネギ先生は白髪の少年とボロボロになりながら戦っていた。

何時も生徒達の面倒を見てくれるあの優しい先生が、鋭い目つきで見たこともない姿で、血を流して……。

同じように刹那も戦っていた。こちらへ駆けて来た時に凄い攻撃で軍勢を真っ二つにした彼女は、素人目に見て危ない刀を行使していた。

必死に……凄く必死に囚われの木乃香を助けようと、巨大な鬼に吹き飛ばされながらも。

 

(これが全部……うちのせい、で)

 

 初めて自分の弱さを呪った瞬間だった。

何も知らず、何も出来ず守られて……救われようとしていた。

なんて無力で、なんて無知なんだろう。今までずっとこんな風に自分の為に誰かを……刹那達を戦わせていたのか。

自責の念に押し潰されそうになって、目の前の景色が色あせていくような錯覚に陥る。

自分が居なければこんなことにはならなかったのに、とそこまで考えたところで、上空に吹き飛んだ刹那と目線が合った。

 

(せっちゃん……)

 

 傷だらけのボロボロになった彼女は、必死に鬼神へと斬りかかっていく。

そうさせているのが申し訳なくて、自分が情けなくて、遂に涙が零れそうになった。

その時、ふと思い出した言葉があった。

 

 

 ――私たちの選んだ道と、お嬢様達が進む道は、全く関係ありません。

 

 

 木乃香が初めて刹那に突き放されたと思った、冷たい言葉。

確かに今まではそうだったのだろう。何も知らない木乃香は無防備で能天気で……きっと護るのに苦労を掛けてきたんだと思う。

でも、今は違う。木乃香は知った、今見ている。自分の無力さを痛感し、こんなにも皆に傷付いて欲しくないと思っている。

 

(今も、うちは)

 

 刹那の姿が一変した。翼が生えて真っ黒な髪が真っ白になった。身体には木乃香に分からない呪詛が浮かび上がっている。

あぁ、きっと無茶をさせている。無理をしている。こんなのは嫌だ、嫌だ……じゃぁ、どうしたらいい?

 

 答えは、刹那が教えてくれた。

 

 白くなった彼女は、空中で小さく呟いた。

不思議なことに……いや、きっと長い付き合いだからこそ、木乃香には意味が伝わった。

 

(うちも、せっちゃんのところに――)

 

 木乃香が自分を決めた瞬間、彼女を縛っていた全てが黒い剣激によって斬り払われた。

木乃香を救出し、上空へ改めて飛翔する刹那の腕の中で、ギュッと刹那の服を握りしめた。

 

「……ありがと、せっちゃん。白いせっちゃんも、えぇなぁ」

「あ、ありがとうございます……御無事で何よりです」

「……せっちゃん、うち決めたよ」

「はい?」

 

 白い長髪もよく似合う彼女が首を傾げた。あぁもう可愛いなぁと惚気ながら、一大決心を刹那へ告げる。

 

「うち、魔法使いになる」

「! それは」

「だいじょーぶ、わかっとるよ?」

 

 きっと辛いことが沢山ある。悲しいことに出くわすだろう。

今日以上に大変なことがあるかもしれない。でも、それでもただ護られるのは木乃香の性に合わないのだ。

だから、決めた。だから、願い事が出来た。

 

「だから、これからも一緒にいてな?」

「……はい」

「えへへ、ありがとぉ」

 

 木乃香の強い眼差しに意思で負けた刹那は、ぎゅっと抱きしめられながら地上へ戻ろうとして――。

 

 

――轟音が、轟いた。

 

 

「な、なんなん!?」

「ぁ」

 

 刹那だけがその光景が見えていたのだろう。彼女の表情が、一瞬にして陰った。

何か悪いことがあったに違いない。

 

「お嬢様、すいません!」

「ふぇ? ひゃわぁ~~!!??」

 

 木乃香を抱きしめた刹那は、彼女の負担にならないギリギリの速度で飛翔した。

目指すは、吹き飛んでいったネギの場所。

 

 

 木乃香にとって忘れられない長い一晩の、最後の時間が迫っていた。

 

 

*

 

 

 刹那に木乃香、龍宮に小太郎、そしてカモが駆け付けた場所に居たのは、彼らが慕う赤毛の好青年……ではなかった。

血塗れの上に口から血が流れ落ちているのは、赤毛の少年(・・)。見かけ年齢は自分達より三つか四つ下と言ったところだろうか。

 

「兄貴、しっかり!」

 

 カモが兄貴と呼び親しんでいるのは、ネギ・スプリングフィールドのはず。

それ以前にそれ以外に彼の知り合いはこの麻帆良にはいない。

 

「……ネギ先生、なん?」

「これは、どういう?」

「疑問は後だ。刹那、包帯かなにかあるか?」

「あ、あぁ」

 

 龍宮の言葉に我に返った刹那が治療しようと駆け寄る、だが。

 

「……酷いな」

 

 切り傷、裂傷、傷痕はパッと見ただけで全身にあるように見えた。

邪魔にならない程度に持ってきた簡易の治療具だけでは、足りない。

 

「せめて意識が戻ってくれれば」

「兄貴!あにきぃ!!」

 

 カモが必死に呼びかけ、遂には尻尾でペチペチと頬を叩きだしたその時、ピクリとネギが動いた。

ゆっくりと手を動かし、顔へ持って行くと……。

 

「兄貴、おき―」

「うっさい」

「ぷぎゃ!?」

 

 不機嫌そうにカモを握りしめた。

先生モードの暗示が幻覚と共に消失したせいだろう、何時もなら使わない言葉遣いが出ている。

 

「んなに、叫ぶないで……響く」

「あ、あぃさー」

 

 カモが手から抜け出し、心配そうにネギの傍に降りた。

ネギは少し体に意識を集中させ、今の自分の状況を確認する。

最後の最後、あの一瞬幻術を解くことでフェイトのリーチをズラし、捕まれていた腕をすっぽ抜かせることに成功していた。

幾らか衝撃は緩和された……はずだった、が。

 

(……あぁ、これは、まずい)

 

 そもそもの傷が多すぎる上に、魔晶液の副作用で身体の内側がボロボロ。

まともに殴られていたら即死だったが、それ以前に殴られた時点で致命傷だった。

 

「ネギ先生、なんですよね」

「……えぇ、救出、できたんですね」

「はい。傷の様子を見るに、かなり拙そうですが」

「そうですね……」

「そうですねって、何を呑気に」

「言われても、僕は治癒魔法が、苦手、です、し。今は、魔力が―ッ」

 

 そこまで言って、ゲボッと血反吐を吐き散らした。

あぁこれは本当に死ぬかもしれない、なんて頭の片隅で冷静になっている自分が居ることに苦笑を浮かべる。

 

「何を笑っているんですか!?苦手でも、何か手を探さないと――」

「落ち着け刹那」

「そやでー、こればっかりは頭に血ぃ昇らしてもえぇ考えは浮かばんで?」

「ッ」

 

 龍宮と小太郎の言葉に従い、深呼吸をする。

まず、龍宮や小太郎、刹那に治癒の術は使えない。龍宮は銃士で、刹那は剣士。治癒術は軽いものなら出来るが、精々切り傷をある程度塞げる程度。応急処置レベル。

そして小太郎は狗族だからこそ、自前の回復能力で大体の傷が治ってしまう為治癒術なんて会得すらしていないのだという。

 

「龍宮、手伝ってくれ。少しでも傷を塞ごう」

「あぁ、わかっている」

 

 冷静になった刹那と龍宮がネギの身体に術を掛けはじめる。

龍宮は術が苦手なのもあり、自前のちょっとお高い治癒の札を取り出したが、焼け石に水だろう。

 

「せっちゃん、ウチにも何かできへん?」

「……では、ネギ先生の手を握ってあげてください。魔力や氣は意思の力です。お嬢様の意思があれば、きっと治癒の効果を高めてくれると思います」

「わかった!」

 

 一般人で魔力の覚醒も先ほど他者の力で無理やりされたばかりの木乃香に出来ることなんて、と思考が過ったが、このまま瀕死のネギをただ見せるだけというのもまずいと判断した刹那。

言った言葉は本当だが、効果はそこまで期待していなかった。

だが、これは思っていなかった光景を生み出すことになる。

 

「―!?」

 

 パァッと木乃香の魔力が光ったかと思うと、掴んだネギの右手の裂傷がみるみる塞がっていく。

流石に全快といかないまでも、ある程度……右上半身の致命傷がどうにか重傷レベルにまで落ち着いた。

 

「こいつは……」

「はは、凄いな姉さん」

「?」

 

 本人は全く自覚していないだろうが、ただ意思を込めただけで他人を治療できるなどあり得ない才能なのだ。

だが、勿論このままでも間に合わない。現在治療できる者は全員石化されており、その石化を癒す者も手配したばかりで到着までに時間がかかる。

待っている猶予はない。

 

「こうなったら、仮契約(パクティオー)の出番だぜ!」

「ぱくてぃおー?それしたら、ネギ先生治るん?」

「おうよ!仮契約(パクティオー)には潜在能力を一瞬だが解放する。その特性を利用して―ぷぎゃ!?」

「カモくーん、なに、いってるのかなぁ?」

 

 未だ血が滴る左手でカモを再度掴むネギ。

少し殺気が混じっている様に感じるほどの怒気が小柄な少年から醸し出されている。

治癒され少しはマシになったネギだが、その身が危ういことに変わりはない。

だが、今のネギでもカモを氷漬けにすることくらいは容易だろう。

 

「えっと、ネギ先生?なにしとんの?」

「……いいですか、木乃香さん。僕と仮契約するのは、色々と、問題があるんです」

「も、問題?」

「一生徒である、木乃香さんをこれ以上、危ないことには、巻き込めません」

「それなら、大丈夫」

 

 ぎゅっと優しくネギの右手を包み込んだ。

何処までも慈愛を感じさせるその手つきに違和感を感じる。こんなにも躊躇なく魔法に関わろうとしていることに、ネギの脳内で警鐘が鳴り響いていた。

 

「うちな、魔法使い目指すことに決めたから」

「なにを―ッ」

 

 声を荒げようとして、激痛に言葉が押し込められる。

 

「今日で凄く痛感した。うちは、本当に何も知らんで護られてた」

「それは、皆が望んだことです」

「うん。でも、うちは知ったんよ。知ったからには、うちは自分の意思で決めたいんよ」

「……きっと、辛いですよ」

 

 彼女は近衛家という大きな派閥のお嬢様だ。

ネギとはまた違う意味で面倒事が多いだろう。

でも、それでも彼女の意思は変わらない。強くも優しい眼差しでネギを見つめる。

 

「護られてばっかりは嫌や。うちだって護りたい。だから、助けさせて?」

「このか、さん」

 

 ネギはもう何も言えなかった。

自分で強い意思を持って選んだ道を曲げさせることなどできはしない。それは、自分が一番痛感していることだから。

 

「えっと、それでぱくてぃおーってどうするん?」

「……ぇっと、ですね」

「……」

 

 ネギが言い難そうにし、刹那がそっぽを向いた。

そんな二人に疑問符を浮かべる木乃香に、嬉々としてカモがネギの手から脱出して告げた。

 

「キスっすよ!オイラが描く魔法陣の中で、いっちょ熱いキスをしてくだせぇ!」

「……へ!?」

 

 ボッと木乃香の顔が真っ赤になった。

あぁ何時もクラスの皆を優しく見守るお姉さんの様な立ち位置の木乃香が、珍しくも羞恥心を露わにしている。

外見は年下になっているとはいえ、目の前の少年は確かにネギ先生なのだ。

刹那に関する悩みを聞いてくれて、この修学旅行で沢山助けてくれたあのネギ先生なのだ。意識してしまうのも当たり前と言える。

 

「……えっと、嫌ならいいん、ですよ?少し時間はかかりますけど、他に方法が、ありますから」

「~~っええよ!だいじょーぶ、時間は無いんやろ?」

 

 この場合の時間とは、ネギの容態だった。

確かに、今から木乃香の魔力、もしくは血液を採取して馴染ませるのを考えると……チョークでも魔石でもギリギリになるかもしれない。

 

「後悔、しないでくださいね……」

「せんよ。きっと、ここで何もしない方がうちは後悔する」

「そう、ですか」

 

 カモが描いた魔法陣の中、ゆっくりと木乃香はネギの唇へ自分のそれを合わせた。

 

仮契約(パクティオー)~!」

 

 暖かな光に包まれ、カモの声が聞こえる中、木乃香とネギの仮契約が成立した。

現れたカードは……真っ黒な巫女服に包まれ、祭具を手にした木乃香が描かれていた。

 

「……えっと、ありがとう、ございます」

「……い、いえいぇ~」

「「あ、あははは……」」

 

 顔を赤くした木乃香と、少し居心地悪そうなネギは、ぎこちなく笑いあった。

無事傷が癒えたネギを見てホッとした一同は、ひとまず本山へと戻ることにした。

 

(傷は癒えたけど、魔力はまだ回復しない、か。……羨ましいな)

 

 自分には全く適性の無い治癒の才能を持つ木乃香が少し……否、大分羨ましいと感じていた。

自分にあの才能があれば、きっと魔法学校を卒業するまでに村人たちの永久石化を解けたかもしれないのに、と。

考えても仕方ないと気持ちを隅においやって、別のことを考える。

 魔力に関してだが、魔晶液の効果によって魔力の管が太くなった、と例えればいいのだろうか。タンクと蛇口が太くなったと言えば分かり易いかもしれない。

ネギは魔力の放出量が上がっているのを感じ、同時に闇の魔法の効果も相まって容量がだいぶ増えたことを自覚した。

後の問題は、魔力の回復量。……自然回復ではなく、ネギが自分で魔力を練って自活する方の回復の不足だった。

 

(契約者が出来てしまったし、護るためにも修行しないと……あぁでも)

 

 その前に、今から暫くは子供状態なネギはこの姿に関しても本山に戻り次第説明をしないといけないことを思い出した。

 

(………?)

 

 ふと、のどかにも説明をすることを考えると、何故か罪悪感にも近い気持ちが浮かぶ。

どうしてだろうと考え、当たり前のことに気付いた。

 

(あぁそうだ……偽っていた姿に告白させちゃったんだよね)

 

 成長した自分に惹かれたのどかには、本当に悪いことをしたなと思うネギ。

説明して、ちゃんと謝らなければと切り替える。

ここでネギが思い違いをしているのは、のどかは外見にだけ惹かれたわけではないという事なのだが、彼が気づくことは一切無かった。

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