エヴァの『別荘』に集まった明日菜、木乃香、のどかの三人はネギから与えられた小さな杖を振っていた。近くには教えるためにネギと、護衛の刹那、それに一緒についてきた犬神小太郎が居る。
彼女たちにはすでに簡単に魔力についての説明を施していた。
世界に満ちるエネルギーを自分の体内に取り込み、杖に集中させれば火花くらいは出る初心者用の杖を渡し、頑張って振ってもらっている。
火花が自在に出せるようになれば、後は呪文によって意味を持たせることで魔法の出来上がりだ。
(火花が
そんな光景を遠目にエヴァは少し呆れながら視ていた。
魔力を一定値以上集中させれば
そう、ネギは今日の日の為に修業の片手間、この世に新たな魔法の道具を作り上げてしまったのだ。
「うぅーん、なかなか出ないわね……」
「明日菜さんは特殊な体質ですから、もしかしたら杖の方が不調をきたしているのかもしれないですね」
「えぇーなにそれ」
「でも機能が失われたわけじゃないです。ちょっと魔力の通しが悪いってだけですよ」
「ふーん……?」
自分たちがどれだけ恵まれた環境で練習しているか、彼女たちは分かっていないだろう。
自分たちが教えを乞いているのが、化け物の卵だともきっと自覚していないはずだ。
「せっちゃんはやらへんの?」
「私は呪術という形ですが、出来ますから」
「俺も出来るで」
そう言って刹那と小太郎は指先から炎を灯して見せた。
とても簡単な、寧ろライターでも使った方が速い位の術なのだが、それでもファンタジーを身近に感じた木乃香が騒ぐ。
「……呪術と魔法は、違うものなんですか?」
「そうですね……呪術はどちらかというと氣に近いものですかね。魔法と同じ括りではあるんです。エネルギーに意味を持たせることで事象を引き起こす魔法なんですが、呪術は思念に重視しています。もっと詳しい違いを話すとですね――」
段々初心者用語が離れていき、魔法使い特有の意味や言語で専門的なことを語りだすネギ。
流石にのどかに行き成りそれはキツいだろう、と思いきやかなり呑み込みがいい。
昔からファンタジーに憧れ、夢想してきた読書系美少女は想定外に強かだった。
「――あと、ちなみに派生というか同じ思念でも他者の思念、祈りを重視した神聖魔法というものも」
「おーい、流石に横道に逸れ過ぎじゃないかボーヤ?」
「ぁ……すいません」
「いえいえ、私が聞いたことですから……」
少し頬を染めたのどかの視線はネギに釘付けだった。
教師としてのネギ先生ではなく、魔法使いとしてのネギ先生を知ることが相当嬉しいのだろう。
傍から見ても惚れこんでるんだなぁーと分かって――思わずエヴァの足が滑ってネギの脛を蹴り上げた。
「って、行き成り何するんですかエヴァさん!?」
「全く、親子そろって……そろそろ坊やの修業を始めるぞ、手伝え桜咲刹那」
「へ?私ですか?」
「あぁ折角居るんだ、ずっと初心者に付き合っても暇だろう?」
エヴァは刹那のことをよく評価していた。
色々あったようだが、彼女は妖気を受け入れ、制御する道を選んだ。
代償として髪と瞳が白から変わらなくなったし、服を脱ぐとアーティファクトの効力によって刻まれた呪印がある為、クラスメイトと風呂に入ることも出来なくなったが、彼女は自分が選んだ道だと胸を張っている。
「待てや、修業なら俺も混ぜんかい!」
「ふむ……じゃぁ坊や側に着け、こっちに付かれても貴様にやらせることが無い」
と、いうことで始まった魔法使い状態エヴァ&茶々丸&茶々ゼロ&妖気刹那を相手にした修行は………最初は酷い
援護と遠距離砲撃手と化したエヴァの大火力を抑えるため、ネギと小太郎が茶々丸と茶々ゼロの相手をしながら突貫、しかし護衛として一定距離から離れずエヴァに近づかせない絶妙な刹那の邪魔が入る。
刹那は刹那でアーティファクトを使わなければ、
小太郎はパワーなら負けないと頑張っていたが、その力を技でいなされ完敗。エヴァに近づくことすらままならず、後半は茶々丸と茶々ゼロの相手をしていた。ちなみに茶々丸と茶々ゼロの姉妹機のコンビネーションは言わずもがな最高であり、とてもいい修行になったらしい。
(やはり、ネギ先生は強い……ですがッ)
エヴァの邪魔をしながら刹那と斬り合うネギは異常な強さを持っているといえる。
しかし、やはりまだ発展途上。急造とはいえ相性のいいエヴァと刹那を打倒することは敵わなかった。
だが少年は修業中にもどんどん成長していっているのが、刹那にも分かった。この調子なら、数年後には急造のコンビネーションは通じなくなるだろう、と彼女は予想していた。
「二黒・斬岩剣ッ!」
「ぐっぁああ!!」
妖気で真っ黒になった「夕凪」とアーティファクトである黒刀「童子切安綱」による斬り降ろしによって吹き飛んでいくネギ。
水中に沈んだのを見て、一息つく刹那。
「戯け、気を抜くな!」
「え?」
エヴァに一喝されるも何のことか分からず狼狽えてしまう。
ネギは先ほどの斬撃を防いではいたが、手応えからして骨を砕いていた。
一度治療の為に休憩をはさむのならばともかく、何故?
「――ぇ」
水中から強い魔力を感じたと思ったら、次の瞬間には刹那の視界が縦に一回転していた。
顎を殴られたのだと自覚するよりも卂く、
「ほぉ……坊や、一体何を装填した?」
「――」
エヴァの問いには答えず、一瞬で背後を取ったことで応えた。
移動速度は音速を超えている。エヴァは殆ど勘で背後を蹴り、ネギの拳に殴られながら蹴り飛ばして見せた。
「ごふっ、雷速、か」
「ッ千の雷を、装填しました」
千の雷の無詠唱はネギでもまだ制御しきれておらず、準備に時間がかかる。
しかし吹き飛ばされ距離を取り、刹那が油断した僅かな間を得ることが出来た。
「というか、雷をカウンターするってどういうことですか」
「ふふっこればっかりは経験の差だ。ほら、来るといい」
雷速で動けるネギだが、それを一度勘でカウンターして見せたエヴァはやはり最強格の一人なのだろう。
その後も攻撃を続けるネギとそれをいなし、カウンターするエヴァという二人の攻防が延々と続いた。
雷速で動くネギは接近戦を続けることで魔法を撃たせないようにしていたが、エヴァに決定打を与えられない。
エヴァは雷速で動けない為どうしても後手に回ってしまい、異常な回復力を持つネギを倒せるだけの威力を与える魔法を準備できない―――わけではない。
「リク・ラク・ライラック――」
「ッぅぉおおおおおお!!!!」
流石に雷速の攻撃を対処しながら無詠唱で倒せるとは思っていないエヴァは、容赦も遠慮も情けもなく始動キーから詠唱を紡いでいく。
必死に食らいつくネギだが、残念この魔法には若干弱点があった。
まず、雷速で動くために
ついでに雷速で動けるといっても、常時雷というわけではない。直線で動く場合雷速であるというだけで、曲がったり回り込む際に僅か、本当に僅かな一瞬彼は
「――ま、よく頑張った方だな」
一言いうのならば、相手が悪かった。
エヴァンジェリンでなければネギのワンサイドゲームもありえたが、相手は永い時を生きている真祖の吸血鬼。
長い時間生きていれば雷の大精霊とか相手にすることもあるのだ、と偉そうに氷漬けになったネギに語っていた。
そんな彼らの実戦式修行を遠目に見ていた魔法生徒成り立ての彼女たちの反応は……勿論、何が起こっているのかも分からないので呆けるしかなかったのは仕方がない。
取り合えず地面に埋まった刹那とボロボロになった小太郎の治療を行いながら、ネギの解凍を行う。
明日菜があり得ない光景と容赦なさすぎる惨状に呆れ、木乃香やのどかは半泣きに成りながら手当を頑張りだした。
「丁度いい、近衛木乃香。アーティファクトを使って見ろ」
「ふぇ?うちの?」
「あぁ。お前の素質からして回復能力があるはずだ……描いてある物からして、それ以外もありそうだがな」
木乃香のカードに描かれているのは、黒衣の巫女服と彼女の背後に連なる祭具の数々。
目立つのは弓矢だろう。しかし、他にも鍬やしめ縄のようなものも見られ、だいぶ変わったアーティファクトといえる。
「回復、治療をイメージしてみろ」
「うん……
木乃香の衣装が変わり、彼女の意思によってその手に祭具――扇と鈴が現れた。
「……えっと、どうしたらええん?」
「んー……試しに踊ってみたらどうだ?」
「お、踊る?」
「祭りで見たことあるだろ」
「うち踊ったことあらへんよ~」
「適当でいいんだよてきとーで」
アーティファクトはあくまで素質に合わせて現れる道具。
特に祭具ならば重視されるのは本人の意思だろう。純真なものほど効力が強いはずだ。
実際、木乃香が鈴を鳴らしながら、うろ覚えで舞ってみると――暖かな魔力が傷を癒していった。
どういうわけかネギの冷凍処理も解凍されていく。
(……治癒効果に封印解除か)
木乃香の一生懸命な気持ちが伝わるような暖かい魔力も関係しているのだろうが、これはかなり
下手をすれば彼女が
精神にも作用するのなら、そもそも戦争が始まる前に終わることも考えられる……流石に個人の意思がそこまで大きなことを左右出来るとは思わないが、可能性としてはありうる。
下手をすれば世界に影響を及ぼすものが、少女の手に渡ってしまっていた。
「……す、すごいですお嬢様」
「えへへ、うちじゃなくて凄いのはこっちな気ぃするけどね」
一方で解凍されたネギものどかのアーティファクトを試すことにした。
木乃香のは色々想定できたが、のどかのカードに書かれている眼のアクセサリーがそうなのだと分かるが、それ以外はよく分からない。
「で、では……すぅ、はぁ……っ」
「休憩がてらですから、気を楽にしてください」
「は、はい!」
まだ火花すら出せないのどかにとっては、初めての魔法と言ってもいい出来事に緊張が抑えられていない。
しかしずっとそうしているわけにもいかない。
ゆっくりと、のどかは言葉を紡いだ。
「
大きなフード付きの白いワンピースに身を包み、胸元には六芒星の中心に瞳のアクセサリー。
そして、彼女の
―――瞬間、のどかの意識は暗転した。