何よりも知りたいと、こんなにも強く想ったことはきっとない。
分からないことが多いからこそ、その気持ちは強くなっていった。
特に好きな相手のことならば、誰だってそうだと思う。
そんな無垢で純粋な少女の願いは……思いもよらない状況で叶って
月明りが無い暗闇を、青白い焔が照らしていた。
蒼い焔以外見当たらないその空間に、のどかは呆然と立ち、そして静かに狼狽えていた。
さっきまで皆と、大好きな先生と一緒に居たのに、一瞬気を失って目を醒ませばこんな状況に放り込まれていた。
泣き出したりしないだけ、彼女の魔法や異能に対する耐性ができ始めていることが伺える。
必要以上に取り乱すことはないが、逆に言えば彼女は、これから何をどうすればいいのかすら分からない。
そして数秒後、何も出来ないまま景色が翻った。
■■
映ったのは小さな一戸建て。
そこに暮らしているのは――現在よりはるかに幼いネギだった。
彼は小さな杖を握りしめ、何か熱心に勉強している。
そんな光景を、のどかは背後で見つめていた。
「これって……?」
自身の格好はアーティファクトのカードに描かれていた状態であり、目の前の景色はさっきとまるで違う。
そして、なぜかネギが幼少となっており、のどかのことなど見えていない様に一心不乱に勉強している。
「あ、あのー……せんせー?」
「……………」
「せんせー……聞こえてない、のかな」
ずっと幼い姿とはいえ、ネギを見て少し安心したのか、彼女はゆっくりと落ち着きを取り戻し始めた。
現状考えられる可能性として挙げられる状況の考察をしながら、部屋を見渡す。
此処が過去そのものならば正直のどかにはさっぱりだが、もし過去の記憶を見ているだけならば、何か出られるヒントを見つけられるかも――そう思ったのだが、不可思議なことに気が付いた。
「なに、これ」
模様か何かだと思っていたが、壁に、床に、ベッドに、机に、ネギが座っている椅子にすら英語、もしくはのどか自身には分からないナニカの言語がびっしりと
「………?」
のどかには何が書いてあるのかさっぱりだったが、見る者が視ればそれが
他にも窓の外に何かないかと窓を開こうとするが、真っ黒な窓はびくともしない。
これ以上は、非力な自分には何も出来そうにはない。そう判断したのどかは、ベッドに座りネギの後姿を見つめていた。
数分ほどだろうか、暫く時間が過ぎると、唐突にネギが立ち上がった。
急な変化に思わずビクッと体を小さく震わせるのどかを無視して、ネギは乱暴に家の扉をあけ放った。
「ね、ネギせんせ……」
「
何かの魔法……先ほどエヴァ達との鍛錬で扱っていた、攻撃魔法で自身を強化・変化させる魔法で、何かを装填した幼いネギ。
そのネギの前には――巨大な化け物が立ち塞がってた。
「…――ッ!?!?」
悲鳴を上げなかったのは驚きが少なかったからか、もしくは急なことに反応が追い付いていないせいだろう。
なにせ、さっきまで
「■■■■■!!!!!」
よく分からない雄たけびを上げながら、化け物は巨大な拳を幼いネギへと振りぬいた。
のどかは止めるどころか声を発することすらできずに、高速で放たれた拳はネギを直撃し幼い少年を潰―――せず、枝の様にか細い片腕に止められていた。
「
不思議だった。ネギが何を言っているのか分からない筈なのに、その意味がのどかには
雷の暴風をメインに千の雷を組み合わせたその一撃は、見事化け物を消し飛ばすことに成功する。
「す、すごい……ぁ」
しかし、余りの威力にネギが耐えられなかったのか、少年の身体は傷だらけになり、全身から血を流していた。
思わず駆け寄ろうと立ち上がったのどかの耳に、小さな呟きが聞こえた。
―――タリナイ。
そしてまた景色が翻り、暗闇に飲み込まれていった。
■
足元の感触が変わったことに気付いたのは、景色がまた変化してからのことだった。
「へ?え――ヒッ」
目の前にはネギの姿が掻き消え、代わりに現れたのは石像達だ。
それも、本物の様に見える程やけに精巧なそれは、何かから逃げ出し、もしくは何かに立ち向かおうと、または泣いているようで、と思えば叫んでいるようにも見えた。
どれも共通しているのは、必死な形相だということ。
そして……その全てが向いている先に、先ほどの化け物なんて幼子に思える程に凶悪で強大な存在が佇んでいた。
「■■■■」
その真正面に、幼いネギの姿があった。
杖を振って呪文を飛ばす――効かない。
強化した拳を叩き付ける――効かない。
オリジナルの呪文を詠唱――効かない。
「――すまねぇな、遅くなっちまった」
文字通り血反吐を吐き、全身から流血しながら化け物に攻撃していたネギの前に、誰かが現れた。
ネギは息絶え絶えになりながらも、その人物を
「……そうかお前、ネギか。ハハ、そうかそうか」
「………」
「ん?なんでもねーよ、それよりコイツをやろう。俺の形見だ」
ふと、のどかはおかしいことに気付く。
ネギは睨みつけているのに、彼は微笑んでいる違い、ではない。
――まるで、只の映像がネギの前で投射されているようだ。
そしてその想像通りと言わんばかりに、男の姿が
「■■■■■ァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
杖を差し出した男の姿が消えると同時に、ネギの言葉が叫びに変わる。
幼子の拳は目の前の化け物にぶつけられ、その衝撃波は背後の石像達に罅を入れ、粉砕した。
ネギ自身の拳はひしゃげ、それでも目の前の化け物は健在のまま。
そんな絶望的状況を受け入れないとでも言うように、彼は目の前を睨みつけ続け、そして―――。
『見つけた』
何時ものネギ先生の声が響いたと同時に、世界が灰色に染まる。
灰色の空間で、黒いグルグル模様が全身に浮かび上がったネギ先生がのどかを見つめていた。
『ごめんね』
のどかは優しく両眼を手で覆われ、次に目を開くと……そこには心配そうに此方を覗き込むネギの姿が。
「………ネギ、せんせー?」
「目が覚めましたか、よかった……どこか痛かったりしませんか?」
「いえ……?」
痛いどころか何だか温かな感じがする。
いや、暖かいはずだ。だって、のどかは今――ネギにお姫様抱っこされていたのだから。
「!?!?!?」
「おっと、のどかさん?」
さっきまで観ていた何かのことが、頭からすっぽ抜けかける程の羞恥心がのどかを襲い、彼女の顔を真っ赤にさせた。
慌てて降りようとするのどかを改めて抱えなおすと、ネギはまた心配そうに見つめなおしてきた。
「やっぱりどこか悪いんですか?顔が真っ赤ですよ?」
「ち、ちが、これは、そのっ」
あわあわと言葉を紡ごうとするも、それに失敗して頭の中で単語が霧散していく。
現実に帰ってきても、のどかは何も出来ずネギに翻弄されていた。