魂と肉体を侵す魔法、
莫大な力を得る代償は生半可なものではない。
激しい痛みが体を襲う、精神を屈させようと激情に呑まれそうになる。
「フウゥゥ!!!」
それを食いしばり、必死に自分を保つ。
結界の都合もあるが、この魔法を保つにはネギは修練不足だ。
ネギは闇と相性が良すぎる。少しでも気を抜けば彼は彼でなくなってしまうだろう。
「ハッ!」
「GAァア!?」
だがその恩恵は凄まじいの一言に尽きる。
完全獣化し、巨大な黒狼となった少年を殴り飛ばす。
飛んでいく黒狼に瞬動で追いつき、頭を掴み思い切り地面へ叩き付けた。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
「ガ、こ、の」
「来れ雷精風の精、雷を纏いて吹きすさべ」
黒狼の少年は決して弱くない。
その一撃は容易に岩盤を打ち砕き、氣と妖力を用いた全力の一撃は大概のものを消し飛ばすだろう。
「う、グオォオオオオオ!」
四肢と尾の多連続攻撃に加え、隙あらば噛みつき殺そうとしてくる黒狼。
その全てを真正面から弾き、避けながら詠唱を行う。
「南洋の嵐―ッ」
魔法使いの魔法が強力なのは誰もが知っている事実であり、術を得意としていない少年にとって撃たせるわけにはいかない。
黒狼となったことで
(あの紋様が何なのかはわからん、わからんけど――これ以上ナニカさせたら、アカン!!)
確かにパワーとスピードが上がっている。凄まじい強化なのは認めよう。
だが獣人のこちらもパワーは負けていないし、何よりスタミナはこちらの方が上のはず。
このまま長引けば勝てないわけじゃない。それでも、長期戦の危険性は戦って分かる。
この短い戦闘で分かったことがある。このネギという男はまるでびっくり箱の様だ。
転移から始まり魔法使いの癖に格闘術ができ、さらにあの謎の紋様と強化。
長引けば長引くほど何をしてくるかわからない。そして、それは確実にこちらを不利に追い込む。
「グオォオオオオオオオ!!!」
「っ」
詠唱させない為に只管ラッシュを叩き込む。
(これで、終いや!)
ラッシュの防御と詠唱によって動けないネギに対し、黒狼の口から氣と妖力を練り込み、限界まで圧縮したエネルギー球が発射された。
――
黒球はネギの目の前で爆破した。
「「「キャァアア!?」」」
「先生!?」
爆破の衝撃は障壁で守られていた木乃香達にまで届き、その威力は離れていた刹那ですら感じ取れるほどのモノだった。
あの距離でアレを喰らってしまえば流石に……そう誰しもがネギの敗北を確信したその時。
「――雷の暴風、
「んなっ!?」
爆煙の中から、声が聞こえた。
「
爆煙から現れたネギは、風貌が変化していた。赤髪が白髪に変化し、身体から紫電を放っている。
煙の中何をしたのかはわからない、だがその威圧感は増している。
「お前なんで……その腕!」
よく見ればネギの左腕がボロボロになっていた。
あの爆破に対し無事だった理由がそれだ。
避けきれないと判断したネギは、魔力を左腕に集中し、氣と妖力の
爆破と自分が生み出した衝撃波によって左腕は酷い損傷具合だが、逆に言ってしまえば
「は、ハハハ!舐めとったわ西洋魔術師!根性あるやんけ!!――オゴッ!?」
「……」
魔法使いという分類は、攻防を前衛に任せっきりで守ってもらうばかりの腰抜けだと少年は思っていた。
しかしどうだ?自分と殴り合い、自損覚悟で攻撃を相殺し、そして
速い、早い、卂い。さっきとは全く違う速さ。常時瞬動しているのではないか?そう思わせる速度はもう黒狼の彼が追いつけるそれではなくなっていた。
勿論あきらめたわけじゃない。負けじと攻撃するが、そのどれもが当たらない。
躱され、流され、あちらの雷撃付与された拳と脚が黒狼の影装を貫き少年にダメージを与える。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」
「くそ」
「来れ虚空の雷、薙ぎ払え!
「ガッ!」
最早詠唱を止めることはできない。
雷撃を受け痺れた瞬間、ネギが黒狼の懐に入り込んだ。
スッと片腕を押し当てた。
「
「ぐ、おぉおおおおおおおおおお!!!???」
接触状態からの上位攻撃魔法。
黒狼の姿は掻き消え、ボロボロになった少年が地に伏せた。
「闇と魔でブーストですかぁ……こりゃあきまへんなぁ」
「降伏しろっ」
負傷しているとはいえ優秀な後衛であるネギがいる。
前衛だけの彼女だけでは、この状況を打破するのは難しいだろう。
「ん~……? いや、まだ終わりやないみたいですえ?」
「なに……?」
―ピシッ―
何かが割れる音が響いた。
見上げれば、ネギが張った結界に罅が入っている。
時間的にはまだ余裕があるはず、つまり。
「新手か!」
「お迎えどうもです~」
「………退くよ」
結界を破壊し現れたのは白髪の少年だった。
何処か無機質な印象を受けるその少年は、淡々と少女に退却を告げた。
「ええんですか?」
「ここは本山が近い。これ以上騒ぎにすると厄介なことになる」
「でも逆に言えば今が一番のチャンスともいえるんちゃいます?」
「今攫ってしまえば、本山および主力が襲ってくることになるけど?儀式の準備とかを考えると、得策じゃない」
「ほー。ま、術式とか儀式とかウチにはよく分かりませんし、言うとおりにしますえ~」
「ま、待て!」
刹那が追おうとするが、その前に水の転移魔法で転移されてしまった。
別に追跡できないわけではないが、今の状況で敵の懐に突撃するのは得策じゃない。
それに、木乃香達にも説明が必要だろう……。
「……刹那さん、取りあえず今は本山へ行きましょう。親書のこともありますけど、安全地帯はあそこでしょうから。あ、その少年を縛って貰っていいですか?」
「はい……ぁ、ネギ先生、腕を見せてください」
「すいません……皆さんは怪我は?」
「え、あ、ないです!」
「大丈夫、です」
「ウチも大丈夫ですぅ~」
「聞きたいことが沢山あるでしょうけど、今は安全な場所に向かうことを優先しようと思います。歩きながら話すので、付いて来て貰えますか?」
ネギの腕をササッと簡易処置し、刹那が捕まえた少年を背負う。
そしてポカンとこちらを見ている三人を引き連れ、呪術協会の総本山である山の中にある大きな屋敷へと向かった。
道すがら魔法使いや襲ってきた連中、呪術協会についても説明する。これまた意外というか、あり得ない話だと思うのは仕方ないだろうが、目の前で
「流石総本山、大きいですね」
「はい、というかここは……」
「あれ、ここウチの実家や」
「「「えぇ!?」」」
呪術協会の総本山はかなりの御屋敷だったのだが、そこが木乃香の家だとは知らなかったネギ、明日菜、のどかが驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください……えと、木乃香さんのご実家?」
「そうやで~」
「この親書は学園長、つまり木乃香さんの祖父からの手紙で……え?」
「こりゃデキレースってやつだな兄貴」
「い、いえ、こういうのは体裁もあるので別にデキレースというわけでは……」
「あ、ワカッテマスヨ、大丈夫デス」
思わずカタコトになるが、幾らか納得いかないというかなんというか……釈然としない気持ちになりながらもネギは屋敷へと入っていくのだった。
次話は説明会になりそう…?