目の前でふわふわしたストロベリーブロンドが大きく波だった。正しくは、向かいから歩いてきていた青年が転けた。
「うわぁ……!」
「おっと!?」
「へぶっ」
とっさに手を、胸の辺りに当たって引っかかるように伸ばした。と思ったらずっしりと米俵くらいの重み。見事にキャッチ出来たは良いけど……軽い……成人男性(?)にしてはやけに軽い。見ず知らずの人だけど、ご飯ちゃんと食べてるのか心配になる軽さだ。
転ばずに済んだ彼は、衝撃が私の腕に当たっただけだったことに混乱していた。……でもさ、焦ったように体制を立て直してこっち見てギョッとするのはどうかと思うよ。
「大丈夫ですか」
「あ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
細っこい兄ちゃんはきょどきょどしてるけど、これ結構特殊な人馴れした人じゃないかな。
いつの間にやら足元に落ちて転がっていた私の林檎と、さっきのはずみでコートのポケットから落ちたらしい本を拾い上げる。林檎はちょっと強めに当たったけど、まあ無事か。
「あっ、ごめん!僕のせいで、」
「違う。運が悪かったんだよ。気にしないで」
取りあえず紙袋の中の、元あった位置に収める。本は雑だけどポケットに捩じ込んだ。元々古書店で買った三文文庫本だし、気にしない。魔女子さんのパンケーキ再現したかったんだけど、林檎は生じゃちょっと危ないかな。引っ越したばっかりの日にはパンケーキとソーセージと生の林檎って決めてたんだけど。
「これはサングリアにするか」
それか、まるっと皮剥いてジャムだ。こっちだと米が高いから、慣れないけどパン食しかない。ちょうどいいっちゃちょうどいいか。
とりあえず帰ろう。家に帰ったら薄めにコーヒーを入れて、ポケットの本の続きを読もう。
とそのまま歩きはじめた途端、はたと気付いた。……コーヒー豆買ってない。
「あの!」
思い切った声に振り返ると、さっきの彼が眉を下げてこちらを見ていた。
「もしよければ、お茶でもどうかな!」
「渡りに船」
どこで読んでも同じだし、暇つぶしにはなるだろうと思う。荷物もそこまで重くないし、まあいいか。
「ってこともあったよね」
「何年前だっけそれ」
「4年前」
薄いコーヒーを啜りながら新しい本を読む。シェアハウスはやっぱり中々快適だ。マーガレットとジェロルドいつ帰ってくるかな。
「まさか同じシェアハウスとは思わないからね」
帰ってきたロマンと廊下で鉢合わせしたときには思わず腹抱えて笑った。こんな偶然あるのかと思ったけど、比較的小さい街だしありえちゃうんだろうなぁ。
「しかも君の方が年上なんて……小さいのに」
「一言余計だよロマン。もう本貸してやらないぞ?」
「ごめん」
あのお茶の誘いは、ロマンが私の持ってた本に惹かれたせいだった。あの本実は貴重なんだとか。まあ、私は読めればいいから気にしないんだけど。
「そういえば、次の休みはレフも来るの?」
「ああ、来るって連絡があったよ」
「なら、夕飯は肉にしようか」
どうにも、二人とも歴史学の一環として魔術の再現とかをしているらしい。私はそういう話とかがすごく好きだから、なんとなく話に混ぜてもらう代わりに二人の好物を差し入れたり、散らかした片付けをして対価にしてる。あとは夜遅くなりがちなロマンやレフに布団被せたりだとか、はよ寝ろと声かけたりとか、苦手な野菜を積極的に料理して食えるような形で食事を提供するとか。……おかんか。
「そういえば、来年はどうするの?もう就職するんだよね」
「一応ね。まあ、一応決まってはいるよ」
「どこ?」
「国連」
ブッ、とコーヒーを吹きそうになったのか変な音がした。吹いたら吹いたで自分で掃除してほしい。
「おか、いやキミが!国連!?」
「待て、ロマン今おかんって言おうとしたろ」
マム、まで言いかけたの確かに聴いたよ?待って。この年でこんなに大きな子供持った覚えはない。
「でも、国連かぁ……」
「一応ね、一応。まあ、そうじゃなくても大学は卒業するんだし、新しいフラット探さなきゃね」
「越す前にはアドレス教えてくれよ?」
「もちろん。風邪とかに気を付けるように手紙も出すからね」
「本当に母親みたいだ……」
頭を抱えるロマンに、傍らに置いてたキャンディーポットから一つ飴玉を取って投げ渡す。レモン味。ビタミン飴だ。
「ロマンも、無理しすぎないようにしたいことしなよ」
「……うん」
飴を舌でモゴモゴさせながら頷いた彼に笑いそうになる。子供っぽい。少し可愛い。……可愛い、んだよなぁ。
「母親役じゃなくて、普通に友人なんだがなぁ」
ぼそっと言ったのは聞こえなかったらしい。少し安心した。
母親に言えない心配事とか、友達だからこそ愚痴れることとか。そういうものをロマンはほとんど言わない。信用されてない。口先では割りと友達って言ってくれるのに、そういうのも分けたりしていいだろうに、やっぱり友人づきあいって難しい。
おかんは大体感づいてる