思いつきアンソロジー   作:小森朔

14 / 69
ニ回忌にホットサンドを食べたい子と、都合の良い再会をするゲーティア。

そういえば13日と14日(?)に日刊ランキングに載ってたんですね。ご感謝!


夢が現か幻か

 今日も一日平和、なんじゃないだろうか。相変わらず学校で見るもの聞くものはときどき面白くて、だいたいつまらなくて、それにあの神殿から帰ってきてからちょっと鈍い色に見えているけれど。それはきっと、私の気持ちが整理できていないからで、だから一度片付けなければならないと思う。だから、明日はピクニックに行こう。

 補講が無くて、バイトも祝日の定休と重なったから一日だけ暇だし。美味しいスープを作って、サンドイッチを作っていくんだ。蒸し暑い季節ではないけど、ちょっと奮発してトマトをたくさん使うスープを。よくよく煮込めば、それはきっと美味しいスープになると思う。サンドイッチはホットサンドに。あのとき、食べたいと思っていた、チーズとハムだけのシンプルなのと、それからみじん切り玉ねぎとシーチキンとマヨのやつ。美味しいんだ、とっても。

 

 ぼんやりと意識を飛ばして外を見ていると、雀が低く飛んだ。この後雨が降って、明日は晴れるんだって天気予報のお姉さんは言っていた。

 雨は、あまり好きではない。できることなら帰る頃には止んでいてほしい。

 

 とりあえず教室移動のための片付けをしていると、誰かが背中を叩いた。

「ねー、明日ヒマ?」

 振り返ってみると、それなりに仲のいい友達だ。名前は覚えているし、それなりに話すけど、お互いあんまり踏み込まない人。踏み込まないのが良いと知っている人だ。

 

「ごめん、用事ある」

 嘘じゃない。だって明日は、彼が消えて一年だ。彼の、ゲーティアの二回忌だから。だから、話半分に出していたものとかを持って、よく晴れた原っぱで食べたり、見たり、読んだりするんだ。

 彼の死を世界は知らないだろう。でも私は知っているし、短い間だったけど交流して私の世界の一部になった彼は色々引きちぎっていった。弔いになるかは分からないけど、私がそうしたいから、する。

 

 そういうと、ちぇーと言いながらもその子は笑った。深く言及しないでいてくれるのは嬉しい。彼女も、よく気分で出ないことだってあるから気が楽だ。

「ちなみに、なにするの?」

「知り合いの……弔い?」

「それじゃ、ちゃんとやらなきゃだね」

 素直に言っても笑われないのはいい。友達付き合いをするなら、やっぱり、付き合いやすい人だと言いたいことが言える。馴れ合いは良い。やっぱり、深い付き合いは、ゲーティアのときはよかったけど、あんまり好きになれないな。

 

 

 

 

 

 

 その日の帰りに、結局は我慢できなくなって、帰り道にホットサンドを買って、雨の中を歩きながら食べた。外は寒くて、歩くたびにスニーカーに水が染み込んで重くなるけれど、それでもそうしていると、気分が晴れている気がする。気のせいではないと思う。

 人は居ない。歩く人もまばらで、私のことには気づいてる素振りなどない。気軽に、好きに歩いていていい空間だ。

 

 ああ、でも、しょっぱい。それに、食べ進めるごとに妙に湿気てべたべたする。雨だから、仕方ないけど。

 

「泣きながら食べることはないだろう」

 

 ビニール傘の人とすれ違った直後、背後から声がかかった。深みのある、聞き覚えのある声。ずっと聞きたかった声。

 

「久しぶりだな」

 スーツを着込んで、髪は緩く編まれている。鮮やかなシャツが特徴的で、淡い色の髪の毛とよく似合っている。

「ああ、とても。君は元気だったかい、ゲーティア」

「いや、かなり消耗していた。探すのに苦労したぞ」

 近寄ってみると、あの頃と大差なさそうな姿だ。でも、どちらかといえば少し若い。私より少し上ぐらいの年の頃に見える。

「それはご苦労様」

「神殿から抜け出すとき、ほとんど力を使ってしまってな。お前を見つけたのだって偶然だ」

 きっとそれは嘘だ。彼は一度死んでいる。でも、それを指摘するのは良くない気がした。私が話しているのはその時のゲーティアという人物の記憶を持ち、よく似た人格を持つ人であり、その人でないとしても。私は、彼と話を再びできることに対して、とても嬉しく思っているのだから。

「そう、なら、その偶然に感謝しなければいけないんだね、私は」

 涙が落ちる。さっきまで粒になどならないで伝っていたというのに、雫になって次々に落ちる。情けない。みっともない。そんなことは重々承知でも、動くことさえままならない。これだから、駄目なんだ。

 

「私は、君とまた会えて死んでしまってもいいくらい嬉しいよ、ゲーティア」

 本音、その上澄みの美しい、当たり障りのないところに少しだけ深いところに沈んだものを混ぜる。彼が気づくかは、わからないけれど、それでも気づけばいいと思いながら口に出す。

 

「それは困る」

 

 言葉尻をそのまま捉えたのか、そうでないのか、私には今ひとつ判別できなかった。少しだけきゅっと心臓が縮む。ああ、拒否だったらとても嫌だな。私でなければ、彼は笑って言うのだろうか。

「今夜は満月が美しいからな。月見酒が美味いと言ったのはお前だろう。付き合え」

 理由は、拍子抜けするほど簡単だった。私がホットサンドを食べているのと同じ理由。あの場所に関連づいたものを辿っている。私も、ゲーティアも。

「ああ、もちろんだよ。君は、どの酒を好むんだい」

「好みは特に無いが、お前と呑めるのなら、それで目的は達成できる。人と呑むのが一番美味いんだろう?」

「よく覚えていたね」

 本当に、何気ない一言だったはずなのによく覚えているものだと思う。確かにそういった。

 

 とりとめなく巡ろうとした思考は、ふっと彼が微笑んだところで打ち切られた。あの場所ではついぞ見なかった笑顔が、今はある。何か、喜ばしいことや悲しいこと、それらに当てはまらないものもたくさん経験してきたのだろう。よくいる普通の人、といえばそうだが、彼は普通と私達が呼ぶ基準のところにはいなかったから、何やら物悲しい気も、嬉しい気もする。

 

「ああ、お前の呪いで俺はここにいるからな。お前の言葉はよく覚えている」

 のろい。確かにあの時の私の言葉は、ちゃんと彼には効いていたらしい。随分と早い成就だ。彼は、今を生きている生身の人間だろう。いくつもの人格をより合わせた一人ではなく、一人の人格持つ人として。死ぬまで叶わないものと考えていたというのに。

「なら、今度は生き急ぐような計画もなくゆっくり飲めるのかい」

「ああ。それに明日は、仕事も休みだ」

 それならば、ここは多分、大吟醸を飲むのが正解なのだろう。甘くて、彼にとってはそれなりにきつい酒だ。きっと、古い時代に飲むだけだったから、蒸留で度数の高いものはあまり飲めないと考えたほうがいい。それに、少しで事足りるのだから、語り合うにはその程度がちょうどいい。彼はきっと、長い時間をかけてここにたどり着いたのだろうから積もる話もあるだろう。ただ何も考えず酒をかっ食らうのでは味気がない。

 

 

 酒とともに呑み干して消えてしまう夢か幻だとしても構うものか。二度と彼が現れなくとも構わぬように、もう一度だけ楽しい思い出を作ってしまえれば、それでいい。それだけあれば、きっと私はまた歩けるだろう。

 もし、そうじゃなくて。明日も彼がいるのなら、明日は一緒にピクニックに行く。それから、あの時食べたかったホットサンドをたらふく食べようと思う。復活祝いにしては随分質素な、薄っぺらなホットサンドを。




二回忌はその人が死んで一年後。一回忌は死んだとき。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。