if話なので好き勝手書いてます。ここのところバイトと年末のあれこれで忙しくてなかなか書きたいものを書けない……
ジャラジャラと首元で擦れて鳴る鎖が鬱陶しくて、惰眠の誘いのままに瞼を閉じる。どうせ、買われるまではここから出られやしないのだから。
図書館でうっかり寝たと思ったら、なんだかわけのわからないところにいて、人攫いに捕まって、その結果がこれだ。別にもうなんでもいい。ここにいるのも何かの運命だ。うだうだ考えても駄目だから、もう口答えも何もしない。口も閉ざしている。それなりの主人にさえ売られれば、あとは奴隷らしく生きて死ぬ。
そもそも、疫病で死なないだけで丸儲けな時代のようだし。風土病なんて掛かれば一発で死ぬし、今生きてるのだって奇跡だ。予防注射だってしてないんだから。
「……あら、この奴隷は?」
「そちらは、どうも異教徒のようでして。口もきかず、飯も食わずでほとほと手を焼いているのです」
仕方ないでしょ、私ラム苦手だから食べるのきついんだよ。どうせなら穀類少しか野菜でお願いしたいんだけど、気温と湿度からしてここ野菜は高価だと思うし無理だよなって思ったから食べてないんだよ。まだ絶食4日目だし、水だけでも十分なんだけど。
こっちを眺めながら言って、別室で交渉するために二人は出ていった。誰か買われるのか、それとも保留か。
「いいでしょう、あの者を買います」
「し、しかしですな……」
「お代はこの程度でいかが?」
「……貴女様がそれでよろしいとおっしゃるのでしたら」
店主が話している声が聞こえる。商売相手の女性は、ここのところ振るわないらしいこの店としては相当の太客みたいだ。身なりも良かったし、何人か買って、随分お金を落としていくんだろうな。
どこか嬉々とした男の声からして、随分良い値で誰かが買われたんだろう。全体的にボロ雑巾でも相当儲けになるってことなんだろうけど、なんかやだなぁ。
「おい、出てこいガキ!」
奴隷の雑魚寝部屋でうつらうつらしているところで、鎖を引っ張られ一気に覚醒する。買われるとは思わなかったね。びっくりだ。
私なんか買ってなんの得になるんだろうか。安く仕入れたわけでもないし、私も従うかわからないのに、また随分剛毅な女性だ。
……と思ってたらほっぺた引っ掴まれてムニムニされる。地味に痛い。
「あらぁ。絶食していた割には、肌のハリが抜群ですねぇ」
「はぁ……」
そう言われても。ここ来てからほとんど洗顔も何もできてないから肌ボロンボロンなのになんて返せというんだ。
しかし、微妙な顔をしているのに嫌な顔一つせず、それどころか彼女は艶然と微笑んだ。
「じゃあ、行きましょうか」
連れて行かれた先は宮殿だった。とんでもない大旦那様に使えることになってしまったみたいで、本当に頭がおかしくなりそうだ。下働きでも、ここまでの規模の所ではそれなりの身分のものしか使わないだろうに。
私の困惑とは裏腹に、彼女は楽しげだ。まさか、この方は重鎮だったりするのだろうか。とてもいい生地の服を纏っているのはわかるし、この香りは乳香の筈だ。教会のミサで嗅いだことがある。
「なぜ、私を……?」
どえらいことになった、と思ったのがうっかり口から零れ出て、彼女は目を丸くした。小首を傾げるのに合わせ、シャラ、と金の鎖が音を立てる。
商売人なら、もっと価値の有りそうな、没落した商家とか他国の良家の子女だったのとかそういう奴隷を買うんじゃないんだろうか。
「あなた、知識を持っているでしょう?だから買ったんですよぉ」
「知識?」
大したものは持ってない。あるとすれば家庭の医学とか、運転の注意事項とか、洗濯の豆知識とか、そのくらい。
「前に来たとき、鳥目になった男の話を聞いて何か言いたげでしたよねぇ?何か知っているんでしょう?」
「緑黄色野菜をたくさん摂れば、後天性なら回復するでしょう」
「やっぱりぃ!」
満足な様子の彼女に、それでいいのかと考える。この程度なら、いくらかは知識はある。夏休みの家庭科の課題で調べた程度で良ければ、すぐ言えるから大丈夫。
「そういう使える奴隷がいればより良いと思ったの。そういうことで、貴女は当たりですぅ」
「そうですか」
「でも、気が変わったわぁ。貴女、私の侍女に成りなさい」
連れられて行った先には、私よりも身分が上の平民の他の召使の人たち。手を引かれて、衣装を渡される。
ひらひらとしたそれは暑く乾燥した地方に良くある長衣だ。彼女たちが着ているものと同じ意匠。
引こうとした手が止まっているのだから、返事をしなければいけないんだろう。私が言える返答は、ひとつだけ。
「……私は奴隷です。貴方が望むなら」
満足げに笑う彼女と、その召使の女性たちに、多分これで正解だなと分かる。これからは少し忙しく、それから文化的な生活になるだろう。私は、少しでも彼女に恩返しするべきだ。早く、仕事に慣れるよう専念しよう。
このあと、彼女が女王様だと知って驚いた。まさか、国の長があんなところで奴隷取引をすると思わないじゃないですか〜……
「そう言えば、名前を聞いていなかったわ」
仕事着で侍ったとき、思い出したように陛下が言った。
そういえば、名前なんて決めてなかった。ここで生きるなら、ここでだけ使う名前があればいい。
シバ王国の女王の逸話は3つの謎。なら、それに因んだ物語とかから名前を出すといいかもしれない。そうだな、そんな名前は知ってる。
「私はリュー。リューとお呼びください」
トゥーランドットの侍女の名前。ちょっとポジション違うけど、これにしよう。少し先行き不安になる命名だけど、これはこれでいいと思う。
「そう、なら、これからもしっかりと仕えなさい、リュー」
陛下も、特に気にすることもなく私が名を答えたことに応えた。これで、私のこれからの名前はリューになる。帰るまで、もしかしたら死ぬまで、私はずっとこの名前だ。すぐに慣れなくては。
「はい、陛下」
「ということがあったんですよね」
ズッ、と茶をすするリューに、セラヤは遠い目をした。
可能性の抽出、ということで呼び出される可能性は考えていたものの、まさか別時空の自分がやってくるなどとは思ってもいなかったのである。目の前で茶を飲むのは全く同じ顔の同じ人格、しかし歩んだ道が違うために別人としか言いようのない自分だ。
「別世界線の私ってそんな感じだったんだ……」
追加の砂糖たっぷり香辛料マシマシの茶を置くと、リューは目を輝かせる。セラヤとしてはリューは妹分のような気がしてきていたので満更でもない。リューもそれを良しとしている。というか姉と認識して、マスター以上にセラヤに懐いている。
「そうそう。で、あのあとイスラエルに行く前に陛下の代わりに殺されたんだ」
「もしかして、"それは愛の力"?」
トゥーランドットの劇中台詞、拷問されたリューが言った言葉。劇では恋い慕う相手は父王ではなく王子だったが、きっと、なにより女王を大事にしていたのだろう。
「正解。私、陛下のためならなんだってできたからね」
にっこり笑って、おかわり!と元気に言い放った彼女に、セラヤは苦笑いで茶を継ぎ足してやった。この"私"も、たぶん物凄く人生を楽しんだんだろうと思いながら。
「シバ、」
物陰から二人をひっそりと眺めていたロマニは傍らに居たシバの女王に呼びかける。しばらくぶりに見るセラヤの笑顔が眩しいが、あれはどういう事だと。
「別の私のとはいえ、貴方の家臣とは忠誠心の差が大きいですわねぇ」
「僕と出会わなかったら、あんなふうになってたのかぁ」
リューはシバの女王のことを心から慕っているが、それはこじれた恋心ではなく、純粋な忠誠心。ああなっていた可能性を見つけてしまうと、なぜ自分のときもそうならなかったのかと口惜しい気持ちにもなる。
「でも、あなたと出会ったセラヤは、それはそれで楽しそうでしたわぁ」
「そ、うだといいけど……」
女王の言葉に少しばかり生前を振り返って彼女のことを思い出す。それなりに、慕ってくれていたのだろうか。よく働いてはいたが、ロマニ・アーキマンにはその辺りがいまいちわからない。それでも、女王がそう言うなら、そうであったのだと信じたい、と彼は微笑んだ。
そして、
「さっきの二人の写真、如何です?」
「買う」
耳をピコピコ動かして目を輝かせた女王から写真を買うべく、元王は値切り交渉に臨んだのだった。
今年はもうかけないかもしれないので、皆様良いお年を!