思いつきアンソロジー   作:小森朔

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あけましておめでとうございます!
リクエストから、ゲーティアとセラヤのif小話です。
新年もよろしくお願いします。


セラヤとゲーティアの楽しい休日

 

 やはり後一日くらい、一日くらいは生きてみようか。

 

 傍らに置いた毒酒の壺が、何故か今になって怖いものに思えて、セラヤはまさに飲もうとしていた盃をそっと下ろした。ギラギラと月光で光るそれは、恐らく彼女への狂気を写して照り返しているのだと、ぼんやり考える。なら、これは今使ってはいけない。狂気に飲まれた行動は、良いものではない。

 

「今日飲まないなら、破棄しないと」

 窓の外、草のないそこへ、すべて捨てて、こびりついていた毒草は木の枝で引っ掛けてランプへと落とした。容れていた素焼きの瓶は、そのまま床へ叩き落とす。

「すみません、飲もうとして瓶を落としました。布切れと瓶の破片は捨てておいてくれませんか」

「構いませんよ。いや、私が拾えばよかったのですが、気が利かず……」

「いえ、私の注意不足のせいですから。お願いします」

 監視に新しくやってきたらしい青年に、部屋においておいたズタ袋へ片付けた破片を渡す。濡れた布切れは、漬けるのに使っていない酒の残りを含ませたものだ。床は、まあ後で拭いてしまえばいい。危ないかもしれないから念入りにやっておくことにする。

 ああ、もう一回帰るのか。それなら、気づかれることもあるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。暗殺容疑が掛けられたら、それはそれでいいか。ドロップアウトの方法が違うだけだ。

 

 

 帰ってから、シバの女王が何者かについて探そうと試みた。研究はされてるけど諸説ある。でも、私が知る彼女は、たぶんエチオピアの女王ではないはずだ。だって、彼女の力はジンの噂によく似ている。昔話のそれにも。だったら、コーランに出てくるものが彼女の実態に近いかもしれない。ジンの娘であり、帰依を表明する南方の女王。

 彼女について調べて、思い煩うことを絶とうとして、諦めた。これはもう、時間がどうにかしてくれることだ。無心で陛下に仕えてどうにかするしかない。あと百日経てば、この気持ちもきっと、きっと薄れるくらいはしてくれるだろう。なら、私は思い出にして、一生抱えていけばいい。恋心というのは衝動で、それが穏やかになれば、くすぶる火種として残るだけだ。そうなれば、私は余計な事を思うのをやめて我が王に仕えられる。

 ああ、そうだ。ゲーティアにも聴かせられる面白い話は無いだろうか。我が王に呼ばれたときにゲーティアも聞いているかもしれない。子供向けの何かも、少しばかり取り揃えてみることにしよう。

 

 

 

 

 

 

「セラヤ、朝だ」

「……うん?」

 いつも通りに目が覚めるかと思ったら、誰かに呼ばれて意識が覚醒した。

 声のした方を見てみると、寝台の横から、私より少し背丈の小さな少年が顔を覗かせている。金髪に褐色の肌、赤い目。刺青は、我が王のそれによく似ている。

「もしかして、ゲーティア?」

「ああ。我が王は、一日くらい好きにするといいと」

 その言葉で状況が見えてきた。たぶん、私がゲーティアに語った言葉から人間と触れ合わせる必要があると思ったんだろう。で、ゲーティアを使用人達や家臣に触れ合わせようと。

 しかし、果たしてそれでゲーティアは納得するか。否だ。彼は今ひとつ交流方法がわかっていない。だからここに来たんだろう。

「そうだね、今日は休日にしてもらう予定だったんだ。ゲーティア、市場に行ってみるかい」

「行く」

 即答した子供の頭をグリグリ撫でる。本当に普通の人の子供みたいで可愛い。監視に言えば、まあ一人増えるくらいは許容してくれるだろう。だって王自身が好きにしていいとゲーティアに言ったのだから。

 

「これは……」

「活気があるだろう?これが、実際の人の営み」

「皆、楽しそうだな」

「そりゃ、ここでは苦しいことより楽しいことのほうが多いからね」

 バザールで幾らか墨や筆、パピルスなどを買い入れ、それから特に宛もなくゲーティアの手を引いて散策する。

 ここは商売の場だからね。スラムとはまた趣は違う。どんなところにも色々な感情があって、ここでは悲しみはあまり無いだけ。だって揚げ足取られちゃうからね。

 

 色々買ったり、冷やかしたりしている中、行く先々でゲーティアは大人気だった。色々教えてもらいながら、おまけしてもらったり頭を撫でられたり。くすぐったそうに、でも嫌じゃなさそうにはにかんでいて、これで良かったみたいだ。

 と、眺めているとゲーティアの視線が甘い匂いがしている方へ引き寄せられているのに気付いた。

「セラヤ、あれは?」

「練りごまのクッキーだね。ゲーティア、そろそろお腹が空く頃だろう。お茶にしようか」

「いいのか」

「いいのだ。遠慮しないで、食べたいと思ったときわがままを言っていいんだよ。私は、それを望んでいるんだから」

 市場へ連れ出したのも含めてね、と頭を撫でると、にっと笑って私の手を引いた。うん、いい変化だ。

 

 

「我が王には、買わなくてよかったのか」

「いいんだよ。陛下のための菓子は用意されているし、材料もそのために揃えてあるからね。望まれない限りは、構わないだろう」

 おやつを食べてから宮殿へ帰って、寝床に二人して寝転がる。少し高めの子供の体温で、私までウトウトしそうだ。

「昼寝するのも、悪くないよ。そうだね、物語を聞かせてあげよう」

 目をこすっているゲーティアの背をトントンと軽く叩いて、掛け布団を掛けてやる。子供向けの物語も調べててよかった。眠い目をこすって聞こうとしてるのは、とても可愛らしくて、努力が報われた感じがする。

 空飛ぶ豚の話を途中までしたところで聞こえた寝息に、私も少しばかり眠ろうと布団の半分を拝借する。起きたらきっとゲーティアの自由な一日は終わっているだろう。でも、何だか自分に子供ができたみたいで面白かったから、またこんな日が過ごせたらいいのに。

 

 

「そういえば、セラヤ、あの豚は結局どうなったんだ」

「友達のお陰で地面に戻ってきて、めでたしめでたし、だよ」

 カルデアのシュミレーターで日向ぼっこをしてきたらしいゲーティアに訊かれ、随分前に語った話の続きを簡単に話す。もう図体は大きくなって、情緒もしっかり発達してるから、私が死んだあとにも自由時間を貰いながらしっかりいろいろなことを見聞きして考えたんだろうなと判る。

 あの後2、3日して私は死んだ。酒に毒を盛られていたらしく、酒宴の席でころっと死の眠りに落ちたのである。ゲーティアとまた外に遊びに行けなかったのは残念だし、我が王の悲壮な顔は堪えたけど、謀られたことはどうしようもない。

 

「それ、いつの話?」

「ドクター、いつの間に」

 にゅっ、と顔を覗かせたロマンにびっくりして仰け反ったけれど、彼は気にしていない様に先を促した。いきなり出てくると心臓に悪いですよ、ロマン。

「いいから。いつ?」

「報酬に魔導書を借りたあと、目が覚めた日です。身の回りのものが足りなくなったから市場へ行く、と休暇をもらったでしょう?」

「……あの時かぁ」

 どことなくジトっとした目でゲーティアを見ている彼と、見られてビクッとしているゲーティアに、つい笑ってしまう。あのときは子供だったし、そんなに気にするほどでもないだろうに。

「まあ、またおやつにしたかったから、今はとてもいい環境ですね」

 我が王も、ゲーティアも居る。それに、さっき練りごまのクッキーも焼きあがった。あとは甘い紅茶を淹れれば完璧だと思う。

「さあ、あのときの続きにしましょうか、二人とも。お茶の時間くらい親子らしくしてくださいね」

 彼が生み出したなら子も同然。せっかく親子で、あの頃のことを知る臣下もいるんだから、少しは交流して仲を深めていってほしい。それこそ、本当に人の親子みたいに。だって、今ならそれができるのだから。

 

 

「ゲーティア、後できちんと話してもらうよ」

「は、はい……」

 お茶の前の親子の会話は、どうやらセラヤには聞こえなかったようだった。

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