彼女の足跡を探す人は多分結構出てくる。
「セラヤって、どんな人だったんだろうね」
「どしたの、藪から棒に」
「さっきの文学講義で出てきたの。ソロモン王に仕えた異教徒の宦官の語り部」
学食でやたら平べったいパンを食べている友人に話しかけると怪訝な顔と声が返ってきた。
今日聴いた講義で、なんとなく面白そうな人がいたんだけど、たぶんこの子なら知ってるはずだ。宗教関係はやたら詳しいし、ラテン語とかヘブライ語とか古代ギリシャ語とかそういうのにも詳しいし。
「あー、語り部かぁ……どっちかというと普通に宦官だったと思うけどなぁ」
「そうなの?」
「わざわざ流れ着いた後にブツを切り落としたってわけじゃないと思うし、宦官を登用するならやっぱりハレムで使うのが便利だから」
冷静に語ってる割に頬袋出来るぐらいパンを頬張るのはどうなんだろう。それから、これ昼に話す内容じゃなかったな。失敗したか。
というか、お茶が凄くいい匂い。なんだか最近よくお茶を入れてくるようになったけど、何かあったのかな。
「でもそのわりに話とかかなり残ってるよね。二千夜も王の元に通って例え話を聞かせたとか、王は特別心を傾けたとか」
「宦官あるあるだね……語り部である時点でシェヘラザードの亜種みたい」
「でもそれよりかなり昔だし、宦官の語り部って珍しいよ。類を見ないから文学研究結構されてるみたいだし」
一枚目を食べ切って、ドライフルーツを摘んでからお茶を啜る。結構食いついてる?
あんまり詳しくは知らないのかも。でも、その割にはなんか歴史とか先行研究方面には詳しそう。不思議だなぁ。
「えー、意外」
「異邦の女のたとえ、嫌いじゃないけど分かりにくかったなぁ。最後は恋と良心の呵責から自死!」
「"恋は罪悪なのですよ"ってか」
自死って言った途端になんだかつまらなさそうにパンを噛みちぎってるけど、あんまり好きじゃないのかな。と言うか、そのパン何なんだろう。ナンより薄いし。
「何それ」
「マッツア。種無しパン」
モゴモゴやってる。彼女が食べてるだけで、なんとなく美味しそうに見えるのが不思議。
「……って、ちょうどイスラエルの食べ物じゃない!?」
「うん。……なんとなく懐かしい味というか、私は好き」
料理もできるとは知ってたけど、驚いた。というか種無しパンが懐かしいって前世ユダヤ人かよ。……でも、なんとなくわからなくもない、ような?
「一口ちょうだい」
「いいよ。ほれ」
不思議な感じの、彼女がそれを食べる姿があんまりにも自然な気がしてふとドキリとする。まさにソロモン王の治世のそのときにずっと生きて、普段から食べてたみたいな雰囲気。
最近、なんだか前よりずっと彼女が大人びてる気がする。同い年なのに、私よりずっとお姉さんみたい。それに、色々経験した、みたいな空気感。
「セラヤは、王から寵愛を賜ったわけでもないから特に気にする必要なさそうだけどなぁ」
「そう?でも愛多き王でしょ?」
「宗教的に無いでしょ。王の血族は多い方がいいからハレムがあるのは分かる。男を連れてくるかってなると、ありえないよ」
「え〜」
「先行研究は?」
「なんか女性説出てきてるって」
ぐえっほ、げほっ
あ、むせた。すっごく咳き込んでる。
女性とは思ってなかったんだろうな。だからなんかすごく嫌そうだったのかもしれない。でも、びっくりだよね。
「宦官の遺体があったみたい。副葬品が女性のそれだってさ」
「うっそだあ……」
なんか一気に情報に振りまわされてるけど大丈夫なのかな。と言うか、反応から見るに案外キャラ設定固定派だったのかも。わかる。結構ポジションが美味しいキャラだし。
「私、古代イスラエル史研究するのやめようかなあ」
「えー?!やればいいじゃん!?」
「なんかもう、ダメージがでかい。無理」
とうとう机に突っ伏した彼女に憐れを感じて、そっと肩を叩く。やっぱりキャラ設定固定派だったか〜……
「というか何調べるつもりだった?」
「文化史、というか当時の生活文化の考古学」
一応一通り抑えてるんだよねぇ、と見せてくれたノートは、相当先行研究がまとめてあった。……すごく研究が進んでるんだなぁ。
「というかあんたどこに進もうとしてるの」
「解明したいことが多いだけだよ」
ほら、と指されたノートの一部には、生活史で疑問に感じたことがみっちり書き込まれていた。知識欲の権化かよ。
とはいえ、卒論程度なのだからだいたい大した研究はできないと思う。それでも真摯に向き合えるって、すごいことだな。見習わないと。
しかし、セラヤって一体どこから流れ着いて、どういうふうに生きていた人なんだろうね?
目の前でマッツアもふもふしてる彼女がセラヤです。
セラヤの場合は結構メジャーな存在になってる。