思いつきアンソロジー   作:小森朔

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幼いケイローン先生のせんせいの話。

 いやまさかここまで更新が滞るとは思ってもいませんでした……。2月はインフルで一ヵ月潰れ、3月はどうしても書けないスランプに潰れて4月は新学期の慌ただしさ……
 ええ、これからは書きますとも。いま性癖を吐き出さずになんとする。


せんせい、ごめんなさい

「いつか、遠くに行きたいんだ。私の故郷に。君も知らないようなところだよ」

 

 先生は、いつもどこか遠くを見ている方でした。綺麗な衣を作っても、それを通して何かを透いて見るような、そんな目をしていました。

 黒い目には、一体何が写っていたのか。

 

 

 生まれ落ちたあと、身寄りのなかった私は野山を駆け巡るようになり、そこで彼女と、先生と出会いました。獣と間違われ、私は撃たれてしまったのです。

 私はその時、先生が女性だとは知りませんでした。そのせいで、自分の知る範囲でひどく罵りました。女のような男、髭も生えない未熟者、と。普通、男なら怒り狂うような言葉を吐いたのです。でも、先生は違いました。なんとも言い難い表情になり、しかし可笑しそうな声で、私に語りかけました。

「そりゃあ、私もそう思うな! 理性ある者よ、誤って射てしまったことを謝罪させてほしい。そして、貴方の手当をさせてはくれまいか」

 その時の驚きは、今でも覚えています。なにしろ、乱暴者として知られていであろうケンタウロス族に、そのようにそのように接する人がいるとは思ってもいませんでしたから。

 先生は、私の姿を見ずにそう言ったようで、茂みを掻き分けこちらにやってくると、目を丸くしました。それから、少し涙をにじませました。

「ああ、本当にすまないことをした。野を駆ける者の足を傷つけるとは」

 それから、先生は私を連れて住まいの小屋へ行き、軟膏を塗り、布を当てて処置してくれました。それから詫びに、と掛けてあった中で一番いい弓をくれました。矢も、鷲羽根の良いものをいくつか、矢筒に入れてくれました。怪我が治るまでは、雨風が凌げるよう、小屋に居させてくれました。

 

 先生は、ひとりぼっちでした。必要に応じて機織りをし、狩りをし、祭壇に生贄を捧げました。酒を造り、竪琴を弾き、詩を唄いました。私が生肉を食べるのだというと、焼いた肉を出すことをやめる代わりに沢山の新鮮な獲物をくれました。ウサギが好きだというと出来る限り仕留めて食べさせてくれました。つかの間、私を家族のように愛してくれました。それこそ、実の子のように。

 そのとき、故郷に行きたいと言う話も聴きました。玉ねぎの皮の如き光沢の布で鮮やかな服を作ったり、とても薄く切れ味のいい剣を作る国。今はもう一部しかそんなことはしないだろうが、そういうところで、とても懐かしい。恋しいのだ、と。

 

 それから、私の怪我が治ると、一人の人として尊重してくれました。種族の違いもないように、ただ一人の友人、もしくは弟子として。

 私は嬉しかった。人とのつながりができたことが、ただ純粋に面白く、先生の教えてくれることが面白かった。何かについて新しい視点を持つようにすることは、先生と関わってから知ったこと。子供を育てるための知識や、人の営みについてのこと、文字についてのことなども、いろいろと教わりました。だからこそ、私は彼女を先生と呼び慕ったのです。

 

「先生……先生」

「そんな目をするな、ケイローン。君が悪いわけじゃないだろう」

 一度、私が人の身に変じたとき、先生は、私を抱こうとはしませんでした。人の世の習いとしては、弟子は慰めると聞いたから、そうするべきだと思ったのに。それなのに、先生はそうしようとはしなかった。むしろ、私をたしなめ、諭すように狩りへ連れ出しました。人の身でも獲物を撃つ技能を損なわないかと確認するために。もし人に変じたままなら、私が自分の速度に頼って狩りをしていたのを改めねばならない、と。

 

 先生は、変わり者でした。暑いのに服をきちんと着て、肌を見せることをあまり好みませんでした。他の男たちは裸体を誇示しているのに、先生はそうしませんでした。いつも胸から腹までを布で固め、肉が薄く頼りない腕で、独りで狩りをして暮らしていました。

 幼かったせいで、私は先生の体に気づかなかったのです。あまりに細いことに。年々自分の体が筋肉を付けて太くなるのに、先生の体はいつまでも細いままであることに。

 

 

「せんせいっ、せんせい……!」

「……ご…めん、ね…ケイローン……」

 

 ぐちゃぐちゃに潰れた先生の腹が、女性だということに気づいた最初で最後の原因でした。

 

 先生は神に捧げ物をするのに、アポッローン様やゼウス様を祀っては居ませんでした。

 だからでしょう。怒りに触れた彼女は、雷を落とされ、腹を裂かれてしまった。

 私は、どのような経緯があったのかまでは知りません。ただ、美しい乙女が傍らに泣き崩れて己の不幸を嘆いていたのは覚えています。それがあまりに腹立たしかったことも。

 そのまま冷たくなる体に、私は追いすがることしかできなかった。もう殆ど力の残らない彼女が、最後の力で私に謝るのを聴くのは、とても苦しかった。私の頬に触れた手が、だらりと垂れ下がった瞬間からその後は、もう何も覚えていません。先生は、もう戻らない。そう考えると悲しかった。

 

 それから、先生の小屋にあったものは、私が譲り受けることになりました。

 棚には、女性が着るようなキトーンやヒマティオン、このあたりでは見かけないような鮮やかな髪飾りなども残っていて、先生は先生たらんとしたのだと知りました。あのとき、私が人の身になったとき、あれだけ悲しそうにした理由も。きっと、彼女は無理強いされる悲しみを知っていたのでしょう。そして、私もそうであると思った。だから、あんな顔をした。

 思い返すと苦しくなるほど、一つ一つのことが鮮明に浮かんできて、私はただ一つ、彼女の形見として髪飾りを選ぶと、小屋には二度と近付きませんでした。

 誰かが困ったときに、助けになったかもしれません。盗賊が居ついて、困ったことになったかもしれません。それからのことを、私は知りません。

 

 もし、またどこかで出会うことができたら、きっと二度と死なせるようなことはしないでしょう。二度と、危険に晒さないように目を配るでしょう。でも、もうそんなことは叶わないのです。二度と。




ケイローン先生の幼少期はよくわからんのですが、とりあえず神々から授けられた以外のもので人との接し方とか教わった人とかいるといいのになと思った結果がこれ。

これ、引き合わせるのが怖くなるなぁ……
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