相変わらず尻切れトンボですが書きたいので仕方がない。そして先生の名前は偽名。
先生が死んだとき、多分みんな少しずつ運が悪かった。
ミスが残ってたので改訂しました
苦しい、苦しい、苦しい。それに、怖い。
女であることが苦しい。怖い。人として認められないことが怖い。女であるというだけで平気な顔をして、嬉々として、抑圧しようとする相手が憎い。
「サーヴァント、アサシン。名は……アッティコスとでも呼んでください」
召喚されたのだ、私は。力持つものとして。壊せ、壊せ、壊せ。抑圧を! その目の色を! 恐怖を! 絶望を!
「生きたいのなら、生かして差し上げましょう」
だから手を取ってください、不運な貴女。
「ごめんなさいね、貴方のことは、大切な思い出にして生きていくわ」
その言葉を皮切りに、私は男の死体を解体した。内臓を抜いて、血は絞って、残りはできる限り乾燥させる。獣の処理と大差無い。
「アサシン?」
無心で作業をしていたせいか、マスターが不安そうな声を上げる。安心させないと、この人はまだ死の恐怖から抜けきってないだろう。
「何ですか、マスター」
「ありがとう」
マスターは、至極穏やかに笑った。少しマシになったのかもしれない。原因の男は、もう居ないから。
「いいえ、貴方が無事で何よりです」
血の海になった路地裏で、マスターが笑う。
ただそれだけのやり取りで心を許してしまったような、安心したような表情の彼女に、これからを思って頭を抱えた。大丈夫だろうか、この人は。聖杯大戦に巻き添えたら駄目なタイプだろうに。なんか嫌な予感がする。ちゃんと守らないと。
次の朝、まだ召喚された状態のままなのを確認して私は焦った。
確か、昨日までは現代に戻れたことにホッとして、ご飯のレシピだの小説だの資料だのを漁ってたはずだ。あとトマトが食べたくてトマト缶を買った記憶もある。なんでこのタイミングなんだ。私のトマト缶……
いや、そんなことより、この女性だ。私のマスター。美しい緑髪の人。見たところ生きる気力を感じないけど、それでも生きたいと口に出して言った。なら、私は彼女の願いに応える。生きる意味が見出だせないなら、私が見つけよう。どことなく、古代ギリシャに行く前の私に似ているから、善意で。拒否されたら辞めとくけど、彼女は受け身だろうからまあ大丈夫なはず。
「マスター、提案があるのですが、聴いてもらえますか」
「何かしら」
「私は聖杯への願いの他に、もう一つささやかな望みがあります」
「それは?」
「私と契約したマスターが、幸せになること。敗北しても死ぬことなく、この先の未来を生きること」
「……そう。なら、叶えに行きましょう。いいえ、叶えて頂戴、私のアサシン」
「ええ、よろしくお願いします」
やっぱり、私のマスターはしなやかな人だ。方向転換もちゃんと出来る、しなやかな人。
「駄目ですマスター、私は霊体化しますから!」
「不安なの……だめかしら?」
これからルーマニアに行くという話になったはいいもののの、彼女は私の分のチケットまで買おうとする。彼女のお金なんだから大切にしないといけないのに。断ると迷子の子供のような顔をするので、結局折れた。
「……わかりました。玲霞がそう言うなら」
一人でいると危ない人間が来るのだ、霊体化を解いて一緒についていくのは仕方がないだろう。現代服に着替えないとキトーンは目立つんだけどなぁ……そこらへんで安く売ってるものか、それとも追い剥ぎしたユグドミレニアの人間の服でも構わないんだけど。どうせ現地入りするなら現地の服の方が都合はいい。
なんだが。
「ね、アティ。この服はどうかしら?」
しっかり選んてくれるのは嬉しい。嬉しいけど、そうじゃない……。
「私の服は良いのですが……」
「どうせなら、一緒に街を歩きたいわ」
完全に連れまわす気になっていらっしゃる。いや、マスターと歩くのが嫌なわけではなく、私が歩き回っていいのかとかそういう方面で心配だ。あと単純に荷物増やすのは不合理だろう。サーヴァントである以上は必要なものではないから。マスターの分の荷物を揃えたほうがよほど良い。
「なら、あなたの財布からじゃなくて、ユグドミレニアの彼等から失敬しましょう」
私はサーヴァントだから、マスターの代わりに悪いことを沢山する。人殺しも、窃盗も、人肉食らいも。良心が痛まないでもないが、ここではどうしようもない。
「これ、美味しいわ。ねぇアティ、旅行って、楽しいのね」
「ええ。これからはいくらでも出来ますよ。少しずつ、変えましょうね」
この非力な、そして魔力以外では天才的なマスターを、私は心の底から大事に思う。
マスターには幸せになって欲しい。マスターにだけは。私のように、ちょっと運が悪かっただけで酷くなった最期は迎えてほしくない。
雨が降っている。
シギショアラは悪くない土地だった。どうせならここでのんびり生きてみたいとも思うほど、ここは落ち着く。本当はギリシャのあの山奥に行きたいところだけど、きっと今はしてはいけないことだ。
「ねぇ、アティ」
「何でしょう、マスター」
「あなたの望みは、何?」
聖杯にかける望み。きっと、許されないことだけど、冗談めかして語ることくらいは許されるだろうか。
「私は、弟子の心の傷を消し去りたい。永遠に」
それはつまり、私の存在を消すこと。そのような宝具でもない限り、私は座の登録から逃げられないからきっと難しいことだ。それでも、もしも叶うならば。
「それは、なぜ?」
「彼に、酷いことをしてしまいました」
とても良い弟子だった。私の弟子であることが不思議なほど。何でもできて、優秀な優しい弟子。あのとき、私と出会ってしまったことで可能性を潰したかもしれない。それが、私にとって耐え難かった。最期のあの時なんか、特に。
「彼とは、出会わなければよかった」
その方が、ケイローンにとっては幸せだっただろう。自己満足で一人の人格に悪影響を及ぼすくらいなら、出会わないほうが良かったのだ。可愛い弟子は私を忘れ、私は罪悪感ともども消える。誰も傷つかない幸せな願いだ。
一番最期、ほんの少しだけ私は運が悪かった。あの女の子も少しだけ運が悪くて、神様も信者をないがしろにしなかった。みんな、ちょっとずつ運が悪かっただけ。無くなれば、運が悪かったことすら忘れる。
「あなたは、ひどい人ね」
「知っています」
人の足跡を消すことは残酷なことだけど、なくなってしまえば、その酷さすら無いことになる。そうであってくれればいいのに。
雨が、ひどくなってきた。
やっぱり、私は少し運が悪いらしい。まさかその愛弟子と対峙することになるとは。彼女が無所属である以上孤立は覚悟していたが、これはかなり厳しい。
でも、やらなくてはいけないのだ。弟子と、彼女と、私自身のために。
「マスターは、私が存在を消すことを良しとしてくれた」
これはただの諦めだ。私は、死に際に弟子にこの光景を見せてしまったことが辛かった。それに、私がいることにひどい違和感があった。まるごと受け入れてくれた彼女の優しさが、どれだけ尊かったか。
「それは、そんなマスターはあなたに相応しくないでしょう、先生!」
何故わからない。彼女は私を肯定してくれただけだ。悪いのは、私。すべて私のせい。だから許せない。親しくとも、彼女を否定されるのは全身の血が湧くような心地になる。
「マスターを侮辱するなら、たとえ弟子であっても許さんぞ、貴様」
「っ……!先生!」
私はただ、愛弟子の君の傷で有りたくないだけなのに、何故。どうして、どうしてそんな目で私を見るんだケイローン。私が全て悪いのに、なぜ悲痛な面持ちをする。なぜ、君が救った有象無象を見るのと同じ目をするんだ。
本気でも、きっと私は彼を殺せない。弟子は往々にして師より優秀なもの。君が勝つだろう。なら、早く決着をつけるべきだ。私の望みは絶たれたも同然なのだから。
本気で殺しに来い。マスターは悪くないから、私の選択を恨め、私を殺せ。早く、早く!
頼む、ケイローン。お願いだから、彼女を悪者にしないでくれ。あのときの私のように、運が悪かっただけの彼女を否定しないでくれ。
先生は弱くて脆い人です。できる範囲でしか救えないし、悲観的で、理想の姿を杖にして何とか立って生きている人。属性は混沌・中庸。少しだけ善性に寄ってるかもしれない。