弟子がヤンデレになるとか全く想定してない先生の話。ヤンデレ難しいのと、それにこれいいのかと思って没にしたブツ。
嗚呼、ここではいけない。ここに居ては、私は変質してしまう。早く動き出さなくては、一刻も早く、一人でも多く、一匹でも高く獲物を積まねば。
「ミスター、もしご存知なら、お聞きしたいのですが」
「おお! なんですかな、高貴なる教育者殿!吾輩の知ることでしたら何でもお答えしましょう!」
私が廊下を歩いているところを、最高の文筆家が見ていたことに気付いて、これ幸いと話しかける。高貴な教育者と言えば、多くの英雄の師父となったケンタウルスのケイローンだろう。満足に指導もしてやれなかった私などではない。
「あちらのサーヴァントは、どのような攻撃をするのでしょう。当て推量でも、少なからず対策を講じられるかもしれません」
これはただの口実だ。敵の実情、もしくは正体の一つでも知ることができているなら、少しでも精度を上げることができる。これからの特攻を、狂戦士らしい自害を。
「それはまた!
「異なことを仰る。知ることで優位に立てるなら、それはそれで悪くはありません。苦難は我が友。それがなんの障害になるとお思いか」
こちらにいるときは、大体大事なときに少しばかり運が悪いんだ。なら、障害ではなく友とするべきだろう。いつもそばにあるのだからいつも頭の片隅においておく必要があるだろう。
「はっはっは、これは失礼しました。
あちらのサーヴァントは、ヴラド3世らしきランサー、正体不明のキャスターが召喚済みですな。あとは、本日中に出揃うものかと」
キャスター曰く、今日中。ならば、今から行けばハリネズミにでもなれるだろう。ユグドミレニアにしても最高のサーヴァントの手配はできているはずだ。早めに座に帰るに越したことはない。
いや、違う。座にすら戻らず、消滅してしまう。私は本来英霊などではなく、この世界の人間ですらない。異物は、これきり再召喚には与れまい。
「ありがとうございます。少なくとも、ヴラド公については調べることができそうですね」
少しばかり晴れやかな気持ちになって礼を述べると、彼は驚いたように目を見開いた。
「バーサーカー殿は理性的でいらっしゃる」
「おや、そうでもありませんよ。私は、今この瞬間でさえ腸が煮えてしまいそうですから」
「おお怖、しかし、抑えられているというのであればそれは鋼の理性に異なりませんぞ」
「どうでしょうね」
私は、私を殺したい。その一点で狂ってしまっている。相手のランサーのおかげできっとすぐ、確実に死ぬことができるとわかったのだから、余計にだ。
きっと私は今微笑んでいるのだろう。狂戦士の特攻など、たかが知れている。それでも、私は過去の私に、今の私を傷つけ戦うことで復讐するしかないのだ。それがここにいる私の存在を支えているのだから。
教会の図書室は、埃っぽいが人が少ない。古い本はすべて盗難防止のために鎖に繋がれていて、在りし日の姿をそのままにしている。
適当に抜き出した本に、一つ栞を挟む。彼らはきっと、私の痕跡を見つけるだろう。その時のために、私は知り得る魔術をこれに込めておく。顔も合わせたことのないマスターだが、一応関わった人間が死ぬかもしれないというのは気分に関わる。対策を打っておけば、すぐに満足感で忘れてしまえるだろう。
これで、やることはすべて済んだ。そうして残していく同盟の相手のことを考えて、あの鮮やかな若草の髪がふと過る。
「ライダーは、乱暴なところを除けばとても良い青年でしたね」
乱暴、いや血の気があまりに多いのは、きっと生来の性質だ。英雄の多くが備えている、戦いへの渇望。それを統制できないのは、流石に未熟というべきなのだろうが、彼は若い。体に引きずられるサーヴァントの、特に戦で非情を見せた頃だというのなら、あれでもまだマシな方なのだろう。
「立派な大人になっていたのですね、キロン」
やっぱり君は、私にはもったいない教え子だったらしい。
望みは、召喚された端から捨てた。ここから消えたなら、きっと全部無かったことになるだろうからね。ああ、でも、黒のアーチャーの腕前だけは見てみたかったな。アタランテの技量は試し撃ちを見たから満足したが、まだ見ぬ弓使いの技量を知りたくなってしまう。悪い考えだ。愛弟子のように素早く撃ち抜ける者であれば、さぞそのさまは壮観だろうと、未練たらしく考えるなど。
「ところで、重要な話とは」
一通りの話を終えたあと、もう一つ、と真摯な面持ちでマスターにそう切り出された。一体、これほどまでに緊張する事案とは、何なのか。
「アーチャー、赤のバーサーカーは、恐らく貴方に関わりのある人です」
示された資料には、遺跡から盗み出された品の写真資料があった。それは、生前に私が手放さずにいた、見覚えのある髪飾り。
「こ、れは……」
「伝承では、野を駆け、月の女神を厚く信仰した狩人。水浴びをしていた姫君を誘い、天罰に撃たれた、」
「それは違う!」
何という作り話だ、それは。全身の血が煮えたぎって、死んでしまいそうだ。
「彼女は、先生はそのような人ではない……!」
思わず声を荒げてしまったことに気づいたのは、テーブルにティーカップを叩くように下ろしてしまってからだった。
平静を失うとは、なんと情けない。しかし、聞き捨てならないことを知ってしまったからには、訂正しなければ。
「すみませんでした、マスター」
驚いた表情のまま固まってしまっていたマスターに謝罪すると、表情を解くことはなく、緊張だけが抜けたようだった。何か、彼女からすると不思議な内容があったのか。
「あ、いえ、それについては構いません。私も悪かったのですから。
でも、アーチャー……その、訊きづらいことなのですが……アッティコスは女性なのですか?」
「え」
師は、私の勘違いのそのままに、伝説の中に封じ込められてしまっているらしかった。
「ああ……やっぱりどうしても私は運が悪いらしい」
英霊になったせいで得た並外れた視力は、しっかりと黒のアーチャーの姿を捉えることができていた。そして、そのせいで私は今頭を抱えている。きっと、彼の方も私の姿を見つけているだろう。あの頃のままであれば、撃ちにくく思っているかもしれない。哀れなことをしてしまっている自覚はある。まさか自陣に敵になった知人が攻めてくるとは思うまい。だが、たかが知人。殺すになれば躊躇はしないだろう。彼は優秀だからなぁ。
「酷いです、モイライよ……私はただ、死地に赴くだけの心積もりだのに」
多分、今、私の命運は尽きてる。願わくば、彼の矢ではなく彼の見知らぬところで死にたい。
「せんせい、先生、先生……」
ぐず、と嗚咽をこらえる音がする。失態を犯した上に、パスを切られ、拘束され、組み替えられている私を情けなく思っているんだろう。ごめんな、出来の悪い師匠で。
「何故、なぜ貴方は私の前で死のうとするのです。何度も、何度も!」
「……少し、運が悪いんだ」
ああ、喉が痛い。彼の追い縋る腕が痛い。心が、痛い。消えてしまいたい。殺してほしい。
「先生……貴方は、ずっと籠の奥深くに閉じ込めてしまえば、傷つかずにいてくれますか。あの時のようには、ならないでいてくれますか」
……は?
「逃しません。殺させません。だから、傷つかないでください、アッティカ」
弟子の目から、光が消えている。あれほど快活そうだった若草色の目が、底なしに暗い。
そっと撫でられた頬から、ぞっとするほど血の気が引いていく。狂化が解けてしまいそうなくらい、恐怖で頭が一杯になる。何だ、これは。私は、こんな目するケイローンなんて知らない。弟子が訳のわからない成長を遂げてしまった。
なんて、なんて地獄なんだ、ここは。解放して貰える手段が、弟子の好意で潰えてしまうなんて! 弟子が全く知らない顔をするような大人になってしまったなど!
私、一体どこで地雷踏んだんだろう。
タイトルまんま。話の中でキロンと呼んでいるのは誰かに聞かれたとき書物のことと言えるようにするための先生の予防策。
アッティカは先生の偽名。女性のほうがアッティカ。