アッティカ先生は多分話し言葉ではヘラクレスのことをへーラクレースと呼ぶ気がする。あと例によって先生はアマゾネス系狩人。
youちょっと手伝って来て、というような啓示を受けて午睡から目覚めると、私は召喚陣の中に立っていた。魔力光の残り香が、空気のうねりになって肌を撫ぜる。
「おや……まさか私さえも呼ばれるとは。
サーヴァント・アーチャー。真名は、すみませんが伝えられません。トラーキアのアーチャーとでもお呼びください、マスター」
なんとも締まりのない第一声だが、許してほしい。肉体はどうあがいても私のもの。サーヴァントらしい能力はあるらしいが、どうしてわざわざ扱いづらいものを呼び出したんだ、人理よ。
依代ではなく、そのものが来るとは、誰だって思うまい。
「え、え……?」
ほら、目の前のマスターちゃんらしい女の子めちゃめちゃ戸惑ってるじゃないか。サラサラの銀髪に、在りし日の教え子と同じ目の色の子。なんだっけ、聖杯の知識でなんとなくはわかるんだけど……セレニケちゃんぽい? でも冷酷さはなさそう。特に危険も感じない可愛さ。
「あの、本当に名前わからないの?」
もう一人いたマスターさんらしい子も戸惑ってる。鮮やかな橙髪の女の子。黄色い目は、馴染みのニュンペーによく似てるな。快活そうな目をしている、気がする。
「そうですが、なにか不都合が?」
「だって、真名分かんないのにステータスもレアリティもめちゃめちゃ高い!」
「たぶん、私の逸話が本来歩んだ道からずれているんでしょうね。それとも、名前のないものとして話だけ伝わっているか」
銀髪ちゃんが吠えたが、これ私のせいではないから許して欲しい。たぶん、今ここに呼び出されて付加されたステータスは後世の逸話という名の二次創作が原型になってるんじゃないかな。妙に身体能力が上がっている、いや、神代ギリシャにいた頃のような体の軽さに軽く目眩がする。
私の元々いた現代では、神話の多くは二次創作。どの神様も沢山の詩人によって改変された伝承、いや逸話という世間話が残っているんだ。私もその影響で歪んだんじゃなかろうか。
「ところで、私は何をすれば?」
特殊な状況なのはわかるんだけど、このマスターたちに説明してもらえるのかと不安に思っているとドアが開いて白衣の人が出てきた。
「それは僕から伝えます、トラーキアのアーチャー」
やわらかそうなストロベリーブロンドの青年は、穏やかな目をしている。あ、これ苦労人だ。この眼差しは過労による柔らかさと見た。
「貴方……また随分と苦労してるんですね」
胃薬要りますか。もしあれなら胃が荒れないようにハーブティーくらいなら調合できますがいかがですか。
「第一声がそれ!? でも珍しく罵られてないぞぅ!」
「ドクター、ずっと罵られてたのに珍しい」
ドクターと呼ばれてる青年は罵られるのが常なのか。
いや、罵る側も薄らとだけだがなんとなくは分かる。たぶん、本体丸ごと持ってきたせいでそこらへんの感応力だけ低下してるんだろう。逆を言えば、この人はサーヴァントであれば感じ取れる何かを持っている。それが特有の種族であるのか、個人の特性としてなのか、はたまた、この男は何らかの問題に関わる受肉したサーヴァントか。そのどれかかもしれない。
「ああ、なるほど。確かに、他の英霊なら罵っていたでしょうね」
「え、納得なの?」
「サーヴァント特有の感性が一部欠損しているようなので、一応理解できる程度ですけどね」
うっすらと与えられているサーヴァントらしい感性がないだけに、なんとも言い難い。
まあ、そのことはおいおい気をつけていればいいのだ。まず気にすべきは、召喚のとき与えられなかった知識を補完すること。それから、私という人間がどのように記録されていたか、正しく知ることだ。そうでなければ戦える手数が減る。宝具についてはいくつか確認できても、本当に使えるかどうかはいまいち分からない。なんせ、私は野山で狩りをするだけの半野生だったからね。
「さて、そのあたりのことは置いておいて、これまでの特異点と今後起きるであろう戦いについて教えていただけますか」
「それじゃあ、ミーティングルームへ。セナちゃん、リツカちゃん、君たちも」
「「はーい」」
この子たちは、セナとリツカというらしい。今後仲良くなれるといいんだけど。少しだけ敬語を外せる程度には。
「ふふん、私のバーサーカーは強いんだよ!」
一通りの説明が終わると、今度はカルデアに召喚されていた他の英霊たちの紹介があった。ちらほらとギリシャ神話の英雄が見えるからきっと近いうちに真名もバレてしまうかもしれない。ああでも、男性名の方は偽名のさらに偽名だからなぁ。アルテミス様ご登場とかにならない限りはまず大丈夫だろう。それに、かの女神が来るまでには、きっとマスターを信頼することができているはず。きっと、たぶん。
「ヘーラクレースは英雄として名高いですからね。流石に、私も押し負けてしまいそうだ」
内心、これは殺し合いしたら罠を仕掛けないと負けるなとシュミレートしつつ言えば、マスターはぽかんとした表情になった。なぜ?
「え、虎茶は闘うつもりなの? 肉弾戦だよ?」
いや、肉弾戦にならないようにしないと勝てない……いや、死力を尽くせばパンクラチオンでならギリギリ勝てるか。武器があったらリーチの差で多分負ける。
「ええ、必要ならば。最悪死んでもマスターを逃しますよ。……ところで、虎茶とは」
なんか美味しそうだな、虎茶って。バター茶を思い出してしまう。虎のバターのパンケーキ繋がりで、どうしても虎はバターのイメージになってしまう。
「トラキアのアーチャーだから虎茶。ロビンはマントが緑だから緑茶ね。それがどうかしたの?」
「いえ、なんだか美味しそうな名前だなと思ってしまって」
納得した。ならエミヤさんはさしずめ紅茶か。彼は時折イギリス人みたいな皮肉を言うから何だかとても似合う気がする。
後は実践の手合わせを一応やってから解散とのことだけど、シュミレーションルームよりは宛てがわれた部屋に行ってゆっくり休みたいな。
そろそろ実践訓練を、と提案しようと口を開いた時、チリ、と首筋が焼けるような感覚がした。殺気。いや、警戒心か。嫌な感覚がする。
「■■■■■!」
原因、と思う間もなく、髪飾りをつけている側を向けた途端に、ヘラクレスが反応した。と思ったら叫んだ。
ドォン!
「……っ!?」
いきなり振り抜かれた得物に、身をかわして本能的に距離を詰める。すぐ側に他に人間がいる以上は被害を出せない。
狙うは、一点。
「ふざけるなよ、童」
全速力で拳を叩き込みに、跳躍して、
「ストップ!!!」
ライダーに止められた。いや、正確には彼の宝具でヘラクレス共々すっ転ばされた。
確かこのライダーの名前は、アストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士である英傑。美少女にしか見えないが、見かけで判断すべきではない。
「……仕掛けたのはそちらだ。何故止めた」
相応に覚悟してるから一度殺すくらいは許されるだろうに、なぜ止めるのか。私も復活できないから死ぬのは嫌なんだけど、あれは一撃見舞うべきところだろう。
「お、怒んないでよ〜。さっきのはマスターの指示で、奇襲に対応しうるかってテスト!」
「……なるほど、それは申し訳ないことをしました、マスター」
ああ、そんなのも考えてたのか。うーん、こうしたテストはたしかに大事だ。気の緩みは大敵。たとえ味方、同盟者だったとしても。いい判断だ。
「い、いいのよ……こちらこそ、ごめんなさい」
少し怯えている気がするのは気のせいだろうか。マスターとの関係が悪くなるようなことはしたくないんだけど、難しいな。
「ヘーラクレース殿にも申し訳ないことをしました。……それで、私はテストには合格ですか?」
「ええ、もちろんよ。……本当にバーサーカーを倒せるかもしれないわね。でも、肉弾戦もできるアーチャーって……」
「一応形だけですが、弟子にパンクラチオンの技術を仕込むくらいはしてましたからね。多少はできますよ」
まあ、あれは説教の一環でやってたのもあるから本腰入れてはなかったんだけども。半馬体の弟子を相手にしたのだから、これからの旅で野生動物相手でもできるだろう。
「ところで、さっきの雄叫びは何だったのか」
へラクレスには直接関わりがないどころか私はケイローンの幼少期に死んでるからね。一体どうしたと言うんだろうか。
「ああ、何言ってるかはわかんないよ。でも、多分大事なことだと思う」
「そうですか……なら、仕方ありませんね」
気になりますが、と付け加えると、だよねーと返してくれたので空気がちょっぴり軽くなる。そろそろシミュレータールームから出てもいいだろうか?
トラーキアのアーチャーと名乗ったあの弓兵の髪飾りには、少なからず見覚えがあった。青いガラスで出来た繊細なそれは、師傅が片時も離さなかったもの。
あの女性は師が死ぬまで持ち続けていた髪飾りを付けていた。加えて、トラーキアに縁があるということは、つまり、彼女は。
「■■■■■■■……」
ああ、語る口がないというのは、なんと口惜しいことか。自分が生まれるよりも遠い昔に死んだ師傅の師に、見えることが叶ったというのに!