思いつきアンソロジー   作:小森朔

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 しばらくして馴染んできたアッティカ先生と、ぐだ子ちゃんに召喚されたケイローン先生。

 なんであんまり出てこないオリキャラマスターを出したかというと、同じマスターだと逃げ切れないなと思ったからです。多分このあとの話が続くとしたら深堀りします、たぶん。


先生、カルデアに行く2

 たぶん、今の私は盛大に顔が引きつっているだろう。冷や汗が止まらない。

「マスター、私、彼が諦めるまで絶対にシミュレーターから出ませんから。人払いよろしく」

 まだ、まだ大丈夫だ。彼は召喚されたばかり。今のうちに逃げてしまえば顔を合わせずに済む。

「頼むよ!」

「待ちなさい虎茶!」

 サーヴァントになってからだが、こちらとて簡易の未来視はやろうとと思えばできるのだ。なんとしてでも捕まるものか! 弟子に説教されるとか絶対に嫌だ!

 

 

 

「とは言ったものの、まさか此処を再現してしまうとは」

 懐かしい森を歩き回って、ひっそりとため息をつく。ああ、本当に都合が良すぎた。逃げ込みたい先にはぴったりだけど、ここでは嫌な記憶もありあり思い出せる。小さなケイローンと過ごしていた、懐かしのこの森では。

 

 

 シミュレーターをランダムにしたせいで、サーヴァントの記憶準拠のステージになってしまったらしい。

 死んだあの日の、そのときそのままの冬の穏やかな陽気だ。植物が生い茂り、灼熱とは程遠い、穏やかな冬。アポッローン神が里帰りをして、デュオニューソス神が神託を与えたもう季節。

「そうだ。私、このあたりで死んだんだったな」

 少し冷たい川の水に、布を晒しているときだった。暫く布を浸してて置かないといけなくて、この大岩に腰掛けて詩歌の練習をした。

 

 すみれの如き豊髪の、麗しき乙女

 涼やかな光纏いて、喜び歌え

 汝が頬には、恋の喜びが咲き

 我が愛を、芽吹かせるだろう

 

 下手な詩歌だとはわかっていたんだけど、ほら、気分ってあるから歌いたくなるときはある。Jポップばっかりじゃなくて、気付かれないようにアニソン混ぜ込みたくなるとか、そんな感じ。ただ、あのときの私は、何度も恨みたくなって、でも恨めない程度に運が少し悪くて歌を聴かれた。それから、問答の末に神罰で死んだ。

 

 カルデアに来てから知ったけど、彼女は良家の姫だったのだ。姫君であるような、高貴な女性を口説いてしまったら、それは不敬だろう。しかも、相手の私は自分は口説いてないし、まさか口説くはずがないとも言ったのだから腹も立つだろう。その気になって近付いて、寒くて堪らないのも耐えて水浴びで気を引こうとしたのに、それすら自分の勘違いで、無駄なのだからそれは怒る。

 ……あの時代、神と人は共存していた。だから、一定数は願いを叶えていた。美人であるというのは、その点で優位になりうる要素なのだ。しかも、彼女は権力を持っていた。ならば、権力を持たないものに罰を与えるのは、自然なこと。

 

 私は無力だった。そして、迂闊だった。それだけだ。

 

「内臓が散ったのは、この辺か」

 それから、ケイローンが飛び出してきたのは、あのあたり。乙女が嘆き伏したのは、そこの岩の近く。

 鮮明に思い出せるのだ。一度死んで、現代に戻って、それからしばらく経っているのに、とても鮮明に。ケイローンの泣き顔なんて、本当に、胸が痛くなるくらいに、

「…っ、ぁ…!?」

 じくり、と心臓が軋む。腹が、ジンジンと焼けるように痛み出す。ああ、やめろ、そんなところまで再現しなくてもいい。苦しいのは、もうごめんだ。私は死すべき人間なんだ。お願いだから、やめて!

 

「し、にたく、ない……!」

 

 まだ、まだ私は生きている! 腹の痛みも、心臓の軋みも、全部まやかしだ。落ち着け、落ち着くんだ。

「先生っ……!」

「っ、嗚呼」

 駆け寄ってくる影に、デジャヴを覚えて声を上げようとしたが、意識が落ちていくほうが早かった。

 

 だから君には、君にだけは来てほしくなかったんだよ、ケイローン。

 

 

 

「ケイローン先生、アーチャーさんは無事!?」

 シミュレーターで先生が倒れることは、召喚に応じてすぐに見えた未来だった。慌ててマスターである立香達に伝え、急いで駆けつけてみれば、シミュレーターには厳重なロックが掛かっている。しかも、なんとかロックを解除して彼女の元へ向かってみれば、あの時のように膝から崩れ落ちてうずくまって悲鳴を上げているのだから目眩がした。また、彼女を目の前で失うかもしれない恐怖に、まさしく心臓が破裂しそうなほど胸が締め付けられた。

「ええ、苦しんでいましたが幻覚ですね。どこにも異常はありませんでした」

「よかった……」

 ほっと胸をなでおろす立香とセナに、彼女の容態が安定していることを伝えれば、それならしばらく一緒に様子を見てドクター・ロマンに任せよう、と提案された。有り難い限りだ。これで、師が目覚めてくれれば、より良いのだが、すぐには難しいだろう。

「ええ、本当に。……私も、彼女が二度死ぬところは見たくありません」

「「えっ」」

 二人の声が被る。目を丸くしているが、何かおかしなことを言ってしまったのかもしれない。少し不安になったが、直後に、セナが恐る恐る口を開いた。

「ケイローン先生って、もしかして虎茶と知り合いなの?」

「虎茶……? アッティカは、私の師ですが」

 アッティコス、いや、アッティカと呼ぶべきだろうとそちらの名で彼女を現せば、二人とも更に雷に打たれたような顔をした。

「先生ってアッティカって名前だったの!?」

「というか、」

 一気にまくし立てたかと思うと、驚愕の表情で口を開けたままに、マスターとセナが顔を見合わせ、こちらを向く。

「「虎茶はケイローン先生の先生!?」」

 二人の絶叫は、トレーニングルームの開け放たれた扉から広がって、消えた。

 

 

 

 

 夢を見ている。

 少し狭くなったように感じる小屋、煌々と燃える祭壇の火。必要なだけの生贄。それから、すべての祭儀を終わらせて、疲れて暖炉の側で眠る愛弟子。この祭儀のときに傷が癒えていないのは、夢だからだろう。都合の良い情報だけが継ぎ接ぎされてできた、私の夢。

「すぅ、すぅ……せんせい……」

 健やかな寝息は、私はあまり知らなかった。夜は獣が血の匂いで寄ってこないか、彼が寝て、彼が起きるまで心配で警戒し続けていたから。時折眠るにしろ、それは昼間のことだった。今思えば子育てをしているような生活だ。昼も夜も、ずっと世話を焼いていた。でも、それを楽しんていた。一人でいなくていいのだと、安心してしまっていた。

 

 これは夢だ。彼を留めておきたかった、独りでいることを嫌がった、馬鹿な私の夢。

「早く、元気になりなさい。君はこんな所にいるべきじゃない」

 そっと、暖炉のそばの若馬を撫でようと手を伸ばす。早く、自由に野山を駆け巡れるように。彼はクローノスの息子だから、きっと立派な狩人になるだろう。立派に独り立ちして、カリクローを娶り、子を設け、幸せになるべきだ。

 

 艷やかな髪に触れるかと思った瞬間、ケイローンがパチリと目を開けた。何も映さない目は、透き通るような若草を宿している。

 

「せんせいは、また私を傷付けるのですか」

 

 ああ、違うんだケイローン。そんなつもりじゃなかった。あんな風に死んで、君を苦しめたくなかった。ごめんよ、不甲斐ない師を許さないでくれ。

 

 

 

「、っう、あ!」

 夢だ。紛れもなく夢だった。脂汗がひどい。大丈夫だ、ここはカルデア。カルデアの、医務室のベッド。

 ……ん? 医務室? なんで? さっきまでシミュレーターの中にいたんだからシュミレーターの中にいないのはおかしい。

 

 混乱したままに状況を確認しようと周りを見ると、

「先生!」

「ゔっ」

 真横からハシバミ色の衝撃が襲ってきた。

「先生……先生……! やっと会えました……!」

 骨が軋むかと思うほどしっかり抱きしめられて死ぬほど苦しいが、流石に最盛期のステータスだから気を失いはしなかった。

 彼の肩口に顔が固定されてるせいで表情は見えない。嗚咽と、温かいものが降ってくる。

「…久しぶりだね、ケイローン」

 立派な大人になったんだね、君は。体格なんて、もうとっくの昔に貧弱な私よりもずっと上だったんだろう。本当に、もう少し見守れたならよかったのにな。

 

「ひゅーひゅー」

「立香、冷やかす前に助けて。マスターも頼む。そろそろ骨が本当にヤバい」

 少しでも力が緩まらないか、と、ぽんぽん背を叩いてやる。が、聞こえてきた声の呑気さにに思わず必死で助けを求めた。見ているんじゃなくて止めてくれれば良いものを。あ、だめだ、肺まで痛くなってきた。

「えっ」

「あっ」

「すみません!」

 バッ、と音が立つ勢いで離すのはいいけと、もうちょっと私の体にダメージ来ないようなやり方はなかったのだろうか。開放されてなお離された勢いも加わって骨がギシギシする。

「アッティカ、何があったの?」

「ああ、シミュレーターで死に際のステージに居たんだけど、まさか死の再現まであるなんて思わなくてなぁ」

 死にそうになった上に、あんな夢まで見るとは思わなかった。嫌だな、もうあんな夢は見たくない。

 

それよりも、サラリと聞き流していたけど、

「なんでもう真名を……?」

「……先生」

 ハッとして弟子を見れば、にっこりと笑った。あ、やばい。これやっぱり説教コースだ。なんとなく恩師に顔が似てる。穏やかな教師って説教する前に大体こういう顔する。

 

 結局、説教される側になってしまった。可能なら、彼の話が長引かないといいな……。

 どうせなら、ずっと憎んでくれていたほうが許されるよりずっと楽なのにな。

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