思いつきアンソロジー   作:小森朔

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 バレンタインの媚薬効果について講義したりする話。

 犯人はなんとなく餌付けする話書きたかったのでついやってしまった、などとと供述しており。


先生のバレンタインよもやま話

 女帝曰く、カカオとは、甘く、冷たく、苦く、芳醇な毒。経口摂取する非日常の異物。

 

「まあ、決定的な変質とは言っても、マスターに対する"文字通りの媚薬効果"なんてありませんよ」

 チャカチャカ、と確保済みチョコレートを湯煎しながら一部の人達の夢をぶち壊すことを言えば、えー! と残念そうな声が上がる。女の子だってそんな話するよね。というか、一部にしろ過激派がいるからそうならないわけがなかった。

 

 バレンタイン。立香ちゃんが日本出身であることから女性サーヴァントの皆様が色めき立つイベントである。祭り好きも、ほのかな恋心を温める人も然り。あと、アルテミス様はオリオンにチョコレートを作るらしい。仲がよろしくて何より。弟君が全力で止めていたのにカルデアでは意味がなく……恐らく頭を抱えていらっしゃるはずだ。

 これまでは読みたいものが多すぎたからイベント事には関わろうとしなかったけど、今回ばかりは私も参加することになった。作るのはブラウニーだ。日頃から魔力に変換する分の電力供給をしてもらっているのと、時折仲の良い職員の方から本を借りていたから。まあ、これくらいでも許されるだろう。コーヒーとも紅茶とも合うし、軽い栄養補給にはいい。

 

 バレンタイン前で大人数でキッチンを使うだろうから、邪魔にならないように誰も使わない夜の時間帯を見計らってキッチンを借りたはずだった。……のだが、興味津々でキッチンに集まってきた女性陣に囲まれた。皆さんもう用意できたんじゃなかったんですか、面白そうだったからですかそうですか。がっくり。

 

 それで、結局見守られながら(手元を凝視されながら)作業してたんだけど、ポロッと誰かの口から、バレンタインの話の中に媚薬の効果のことが転がり出てきた。

 そういえばそんな本この前読んだな、と思い出して、ついうっかり嘴挟んでしまったが運の尽き。アッティカ先生の突発・バレンタイン特別講義が開始されてしまったのである。講義だから話し言葉も丁寧にするように気をつける。こんなことなら不用意なツッコミ入れるんじゃなかった。

 

「なんで効果が無いんですの?」

 清姫ちゃんがソワソワと聞いてくるが、純度100%の貴女ならなんらかの効果はあるんじゃないかな、知らないけど。

 小麦粉やココアパウダーなどの粉類は、まとめて混ぜて、ふるいにかける。チョコレートのテンパリングも上手くいったようで、ちゃんとなめらかに艶が出ている。あまったら自分の分の生チョコにしよう。

 固めるタイプのチョコならテンパリングをしっかりやっておかないと脂肪分が浮いてくるから、不器用な人にはハート型板チョコはおすすめできないな……ケーキを焼くのが苦手な人にはテンパリングの指導をしたほうがいいだろうか。

 

「そもそも、古来から媚薬と言われていたものは、基本的には栄養豊富な食材なんですよ。遊郭などで茹で玉子が売られていたのは良い例ですね。卵は動物性タンパク質で、ビタミンも多く含まれています。1日に2個食べると健康にいいですよ。もちろん、それ以外が偏るのはいけませんけどね。あと、玉ねぎや人参も媚薬として扱われていました」

 

 興奮作用があるから、ということで言えばカフェインの多いコーヒーや紅茶、緑茶、一部のハーブティーも効く。でも、現代人には古い時代ほどは効かない。こういう効果って、玉露で酔っ払う人がいた頃の話らしいのだ。

「現代の一部薬品は除外しますけど、要は元気になれるご飯ですね」

 

 粉類を混ぜ合わせると途端にそれらしくなる。ナッツも混ぜて、天板へ流し込んで、オーブンで20分程度。薄めだからおやつの時間までには焼きあがるだろう。

 

「よし、今のうちに片付けよう」

「え、もう作らないの?」

「作るにしても一旦全部きれいにしてからでしょう、マスター? ……で、話の続きです。媚薬が信じられてた頃は、餓死者が出るような時代が大半です。というか、餓死者がここまで減ったのはごく最近でして」

「それとどんなつながりが?」

「栄養状態が良くないと動物ってちゃんと子供ができないんですよね」

「もっと簡単に!」

「ざっくり乱暴な言い方すると、正常な体になって生殖できる状態に戻れるような、栄養価が高い食べ物が媚薬ってことです」

 よし、片付け終わった。紅茶で休憩すればいい具合になるだろう。

 

「カルデアのご飯はエミヤのおかげでバッチリだから、とくに媚薬の効果はありません。カカオの興奮作用にしても、そもそも皆おやつで食べてるからそうそう効かない。したがって、宵の口に効果が出て急襲される危険はない。良かったね、二人共」

 ジャっ、と蛇口を大きくひねりすぎて、冷たい水道水が手に直撃する。夜中の水道水って、なんでこんなに冷たいんだろう。

「……はい、これで講義は終わりです。生地が焼けるまでお茶にしようか」

 ちなみに精のつくものは本当に精の生成に必要なものもある。亜鉛とかね。亜鉛はハゲにも効くから気にしてる人には牡蠣食わせればいい。

 

 それからはなし崩し的にお茶会になって、残った面々でゆっくりハーブティーを飲んだ。サーヴァントならともかく、マスター組も飲むなら寝付けなくなる紅茶より、カフェインがないものを選んでハーブティーを淹れたほうがいい。あと、途中でのどが渇いた、と突撃してきたナーサリーやジャックたちチビっ子組は、あまり遅くなるといけないからホットミルクを渡して早めに部屋に返した。子供というのはやっぱり可愛いものだ。

「アッティカ先生、お菓子作れたんだね?」

 まあ、一応現代人だからね。これでもお菓子はそれなりに作れる方だと思う。曖昧に笑って濁してるけど、たぶん事前にレシピを見てたのは向こうも知ってるはずだから、怪しまれることはない。

「誕生日ケーキっていうのは、もともとアルテミス様たちへの供物から派生したものだからね。供物なら一通りなんとか、な」

 しかも、毎月誕生日パーティーと言う名の祭儀があるのでどうあがいても作らざるを得ない。そしてそれなりに腕は上がった。

 

「私はこれ焼き終わったらとっとと撤退するから、頑張ってね、マスター」

「えっ?」

「え?」

 お仕事終わり、と言いたいところだったのに、何故か絶望したような顔になるマスター二人。いったい何だ?

「えっと、アッティカは他のサーヴァントにあげる分は作らないの?」

「なにゆえ?」

「だってケイローン先生たち喜ぶでしょ?」

 言われて初めて思い出して、関わりがあるギリシャの面々に、と考えてみた。が、そんなにチョコレートをありがたがらないだろ、あの面子は。食い出のないうえに若干苦いのだ。チョコレートなんかよりも、ボールいっぱいのヨーグルトに蜂蜜たっぷりかけて渡したほうがきっと嬉しいはずだし、それならエミヤに朝食メニューとして頼むほうが手っ取り早い。あとで蜂の巣取りにレイシフトしてこようか。蜂蜜食べ放題は他の人も喜ぶだろう。

「あの面々はチョコレートなんて喜ばなさそうだから止めとくよ。二人も食べたかったら後でブラウニー取っていけばいいから」

 蜂蜜バイキング、驚いてくれるといいな。結局残りはホットチョコレートにして通りすがりのヘクトールに押し付けたので、自分の分はアルテミス様への供物と一緒に明日作ることにしよう。

 

 

 

 はたして次の日、バレンタイン当日。マスターの提案に乗っておけばよかったと後悔した。

「……」

「機嫌直せ、ケイローン」

 本当にへそ曲げるとは思わないだろ、たかだかチョコレート程度で! アタランテとかアキレウスとかヘラクレスは蜂蜜で正解だったけどな!!

 ちなみにアタランテについては、この前書類整理の手伝いをしてもらったからそのお礼だ。つまり、微妙に喜ばなかったのは愛弟子だけである。

「……チョコレート」

「え、欲しかったの」

「欲しかったですよ、ええ! アッティカの作った供物の菓子類、美味しかったんですよ!」

 待って、蜂蜜ケチって作った菓子類がいいのか。というか自然のもののほうがいいんじゃないのかケイローン。あの頃蜂蜜なかなか見つからなくて少なめにしてたけどそっちのがいいって珍しいな。大体ニュンペーたちとかサテュロスとかに喜ばれるのはデロ甘なお菓子だったのに。

「……ケイローン、」

「……もういいです」

 なんか余計に機嫌悪いオーラ出してそっぽ向いて、完全に黙り込んでしまった。見えにくいが、多分、すごく顔が険しい。あと、無言で抗議するのやめような。頼むから言葉で伝えて欲しい。

「なら、このあとチョコレートケーキでも焼こうか。とっておきのやつ。な?」

「!」

 尻尾が控えめに揺れたので、これで間違いではなかったんだろう。

 なんだか甘やかしすぎな気もするけど、勘違いで我慢させてしまったのだから仕方ない。あとは、アルテミス様に献上するホールケーキに、それと孫弟子たちにも少しずつ作るか。

 

 でも、焼きあがって平らげるまで口を利いてくれないのも困るな。ケイローンの分だけ、孫弟子より少し手の込んだものにしたら、早めに機嫌を直してくれるだろうか。




せんせい、たぶんずっとケイローンのこと子馬だと思ってんなと思いながら書いてました。早めにバスターゴリラな先生とかカルガモ師弟とか、あとスカサハ師匠とせんせいとか書きたいです。
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