先生は体罰とか折檻はできるだけ避けるタイプではあるけど、危なくない程度に教材にする人。
「ケイローン、構えなさい」
「え、あ、せんせ」
「構 え な さ い」
流石に優秀で心優しい弟子とはいえ、好奇心が逸りすぎて怪我したら、お仕置きが必要だ。だがしかし、お仕置きの形で相手を凹ませるのも問題。ならば、
「実践だ。今の君が半馬体である以上、全力で技をかけるから耐えろ。まず受け身、慣れたら反撃にかかるんだ。相手を殺す気で抵抗しろ。いいな?」
「……はい、せんせい」
ちょうどいいから授業材料にするまでの話である。
パンクラチオンはそこそこしかできないので、体格差からどうしても全力を出さざるを得ない。勿論、気絶する前には止める。締め落とすようなこともしない。過度な無理もさせない。応用力の高い弟子なだけにすぐ反撃してくるだろうから、そうなったら私は防戦になるし、多少合わせなければいけないな。
子馬とはいえ重種、死なないように本当に気をつけないと私の命が危ない。全力で蹴り飛ばされたらモツがグチャグチャになって死ぬ。……生還できるだろうか。
「これにて終了。いい先まで行ったな」
「ぜー、はー……ありがとうございました……」
私も生き残ったので無事に終了したものの、あの蹴りは凶悪だった。死ぬかと思った。まともに食らってたら死んでただろう。
予想通りに弟子のほうが火力が高くて全力で順応していたので、防戦中心になった。とはいえ何度か関節を極めてるからケイローンの方もボロボロである。馬体に関節極めたの初めてだわ。
息を整えて、せめて師匠の威厳を醸さねばと平静を装う。本当はすぐにごろ寝したいくらい疲弊してるんだけど、流石に教え子の前でゴロ寝はまずかろう。
「さて、ケイローン。パンクラチオンの途中でも変わってなかったから少し指摘させてもらうが、君は本当に死角からの攻撃に弱い」
「う、」
そもそも、お仕置きの原因はケイローンのよそ見癖だった。結構危ないから、と渋っていた実践地の狩りでうっかり反撃されて大怪我しそうになったのだ。
「確かに、私が意図的に視線を誘導していたのもある。だが、立て続けに引っかかるようだと致命傷を与えられかねないんだ。こればかりはどうにかして克服しないと、死ぬぞ」
言葉がきつくなるのはそうなんだけど、目をかけている弟子が死ぬのも黙って見てられない。時間をかけたくはないけど、どうにか少しずつ慣らしていく他ないだろう。急ごしらえでうっかり、なんて目も当てられないか……。
「せんせい、ごめんなさい」
「謝らなくていい。さて、本気でやったから疲れたろう? 食事にしようか」
食事、と聞いてパッと笑顔になるのは素直でいい。今日も弟子は元気だ。
「マスター、パンクラチオンの訓練、する?」
「えっ、いいの?!」
「!?」
あまりに落ち着きがなくてしょっちゅう怪我をし始めた(環境のせいもあるにはある)マスターに、流石に見てられないので教育的指導をすることにした。ケイローンとアキレウスが固まっている。
「せ、先生」
ひと呼吸おいて盛大にむせた弟子が苦しそうに呼ぶので、そちらを向けば真っ青になっていた。本当にどうした。
「うん? ケイローン、なにか言いたいことでも?」
「え、あ、その……セナは悪くないのでは?」
今回の場合は環境のほうが要因としては大きい。でも、落ち着きがないのも問題だし、健全に運動で発散すべきだろうと思ったんだ。
大丈夫。スポーツじゃなくて運動だから、無理も無茶もさせないし、本人が楽しくできるところまでで終わらせる。あの時みたいなデッドオアアライブにする気はない。
「訓練でどうにかなるものならやるべきですよ。マスターは一般人ですからね、あなたの時ほどきつくはしませんよ」
「大先生、教師スイッチ入ってるな……」
孫弟子の方は、私が指導したことがないからのほほんとしている。ケイローンは反応し過ぎではなかろうか。
「私より、軽く……?」
「どうしてそこで衝撃受けるの!?え、ちょっと待って。役得な授業とかにならないの?」
「マスター、確かに授業終わりのおやつは用意しましたけど、妙な学習してませんか?」
いや、終わりにご飯とかおやつとか用意する癖があるからそうしてたけど、マスター人参のために頑張る方向は死ぬかもしれないからよくないよ。疲労でヘロヘロになってるのに詰め込んで吐いたら元も子もないからね?
あとそこ、宇宙人を見るような目で私を見るんじゃない。パンクラチオンの難易度は変えられるぞ、当然だけど!
「先生、先生、考え直しましょう。セナには早いです」
トコトコついてくるケイローンに、後ろから面白そうな視線が向けられている。孫弟子達までついてきてるのだ。君らはカルガモの親子か。
「……ケイローン、君はトレーニングルーム前で待機な」
「えっ」
流石にうるさいので無視をやめて、振り向いて釘を挿す。完全に固まったから一気に玉突き事故になる。ケイローンもぶつかったけど、とりあえず私までで玉突き事故は止まったからマスターに被害はない。うっかり蹴られた背中は痛いけど。
「マスターの気が散るほうが危ない。身に覚えがあるなら、邪魔しないように、ね?」
「うっ、」
たぶん実践を思い出しているであろう白い顔を放ったらかして、トレーニングルームに早足で行く。ケイローンは着いてきてるけど、たぶん外で待機か部屋に戻ってるだろう。
「さて、マスター。無理しない程度の関節技から始めますよ。教えますから、私に技をかけてみてください」
「ひぇっ」
カチャ、と音が鳴るように鍵をすると、マスターが悲鳴を上げた。ごめんね、ケイローンに聞こえるようにと思っただけで怯えさせるつもりはなかったんだけど、だめだったか。
おまけ・その後の弟子たちの会話
「なあ先生、大先生ってそんなに怖ぇの?」
「私が本気で抵抗しても封殺するファイターですよ、怖くないはずがないでしょう」
「うわ……でもマスターだからなぁ……」
「それは、そうですが」
「案外ただのスキンシップだったりして」
「まさか、先生に限ってそれは……」
「ない?」
「ありえますね」