連載は時系列順にしたいので、一応こっちに先に置くことにしました。死すべき人間であるという感覚が強いので先生はぶっ壊れました。
「先生ってばブッ壊れ過ぎじゃない?」
くったりとテーブルに突っ伏して、セナが呟いた。アッティコスのマスターをしているものの、いまいち彼女のメンタリティが理解できないで疲弊しているのだ。
「私も、あんなに自壊しているとは思いませんでした」
向かい側に腰を下ろしていたケイローンさえも、疲れたように呟いた。数時間前にはお仕置き未遂という名のトラウマスイッチが入っていたので当然である。
そもそも、普段は穏やかに本を読んだり、QPカツアゲに行ったり、素材回収にバスターでカチ込んでいるので、トラウマスイッチを押すのが普通ではないのだが。
「え! あれカルデアに来てからのぶっ壊れ?」
「恐らくは……」
在りし日の師を思い出しながらケイローンは言うが、その実、人間らしいところといえば機織りなどのおとなしい仕事程度しか思い出せなかった。パンクラチオンで馬体に関節技を極める師匠である。仕方がない。
「でもアッティコス先生ってバスターで人間辞めてて、平常運転でトラウマぐりぐりするイメージが強いんだけど」
ぶー、と膨れるマスターに苦笑いしながらも、ケイローンは否定しなかった。それまでの所業のせいでフォローするにできないのだ。
「え、あの子けっこう普通よ?」
が、一石を投じられる存在が、ひょっこりと顔を覗かせた。今日も麗しい月の女神である。
「アルテミス様!」
「こんにちは、お茶を入れましょうか?」
通りすがりに覗いたらしい女神が部屋に来たので、二人共席を増やす準備にかかった。椅子を持ってくるのはセナ、お茶の用意をするのはケイローンである。セナが淹れると渋くなってしまうので、率先して椅子を取りに行った。
「ええ、お願い! あ、そうそうあの子ね。私の土地に来た頃は真っ当に人間してたのよ?」
「そうなのですか!?」
「ぜんっぜん想像付きません!」
女神の口から語られる、にわかに信じがたい内容。
「機織りどころか、狩りも全くできなかったし!」
「嘘ぉ……」
「あら、本当よ? それはいいけどマスター、嘘って言うの、驚いたときでもやめなさい」
「ごめんなさい」
じわ、と後ろから暗い空気が湧き出したような心地がしたためセナが慌てて訂正すると、一気に嫌な空気は霧散する。女神は怒らせてはいけないものである。万国共通の認識だ。
「いいわ! 全然許しちゃう!
あ、それでね。あの子私の山に来たときには何もできなかったんだけど、死にたくたい一心で加護が効きすぎちゃったみたい。かわいそうにね」
全く可哀想でもなんでもないように言うので突っ込みたくなるが、セナには言えなかった。人間と女神の感覚は違いすぎるのである。それを否定するだけの論が、セナにはない。
それまでケイローンが黙っていることに不思議に思ったセナがそちらを伺うと、ティーカップを片手に完全に固まってしまっていた。
「先生が、弱い……?」
「ケイローン先生戻ってきて、アッティコス先生は人間だよ。たぶん根は普通の人だから!」
「すみません、つい……」
「女神の加護って、そういう気持ちとかで変わるんですか?」
「ええ、多少はね。本当に、死ぬほど好きだったり嫌いだったりしたらねじ曲がることもあるわよ〜。あの子、それだけ死にたくなかったみたい。お馬鹿よね、死すべき人間が足掻いたところで、すぐ死ぬわ」
それは彼女にも叩き込まれた女神の視点だった。俯瞰して人間を見る、寿命のない上位存在の視点。そして、それは分かりやすい。
「それで、一人暮らししてたから壊れたんじゃないかしら。神側にいたのもあるけど、人って寂しいと壊れちゃうもの。ケイローンが来て、よっぽど嬉しくて、反動で糸が切れたんじゃない?」
「えっ」
「守りたいものができた人間は、すごく強くて脆くなるわ。それに、あの子は身体が強かったから自分を守るのをやめちゃったみたいだし」
母熊みたいだったわ。昔手元に置いてた子にそっくりだったの。
そう言って女神は、少しばかり慈しむように二人に笑いかけた。少なくとも、彼女はアルテミスにとっても大切だったらしい。
昼間から飲むのははじめてかもしれない。
「自分のことだけでも余裕がないくせに、他人まで守ろうとするから死ぬのよ」
「なんで分かったんだ……」
珍しくアタランテに誘われたので女性陣の集まりに顔を覗かせてみたが、酒まであると思わなかった。全員今日はお休みだからだろうけど、お昼の飲酒は悪いことをしてる気になるな。
現代にいた頃から蒸留酒は飲んでたからいいんだけど、慣れてなかったらしいブーティカはへべれけになってる。たぶん、生前はセーブしながら飲んでたんだろう。
「でも、なぜそこまでした? 汝はそういう類の人間には見えないが」
「子供、すごく好きでね。弟がいたから。仲は悪かったけど、すごく大事だった」
「……一緒にしては哀れに過ぎるぞ」
「だよねぇ。全然似てないし」
質問されたあと返ってきたアタランテの言葉に、同意を込めて深く頷く。弟はどっちかというと小柄な方だから、あの頃のケイローンより小さいし、似てはいない。でもな、子供って守るものだぞ、と聞かされ続けてた身からするとどうしても守らないとという気持ちになる。現代だったら問題ないんだけど、あの時代にやったら奇異なことだったんだな。
もう一杯、とブランデーを注ぐと凄まじい形相で見られた。もうちょっとセーブね、了解。
「男の子だし、あんまり一緒にしたら不貞腐れるかもよ」
「それならそこまで。私の知ることじゃない」
「わぁ急にドライね」
呆れたような顔をされるが仕方ない。だって、どこで地雷踏んづけるかわかんない以上気にしてられないんだよね。踏んだあとの処置ができればそれでいいし、それ以上は無理なのだ。
「わからないからだよ。あの子も他人で、しかも半分神様だからね。部分的に分析して、分かったつもりになってるだけで、基本的に別の生き物は理解できる気がしない」
「言い方酷いわね」
はあっ、とマタ・ハリがため息をつく。
「でも、愛してるな」
「もちろん。命の恩人で教え子だからね。可能な限り理解したいにきまってるじゃないか」
「そういうところよ」
重たいのは知ってるよ。でも、こういうふうにしか考えられないんだよね、あの時代に生きてたから。神様は理解できないけど、素直で可愛い弟子は理解したい。できるとは限らないけど。
「弟子に目をかけ過ぎでは?」
「ええ? ……うん、やばいかも。教育に悪い。やっぱ弟子離れしたほうがいいな。」
いい加減飲むのはやめようか、と思ってグラスを下げると、マタ・ハリとブーティカから新しいグラスを押し付けられる。
……そろそろお腹いっぱいなんだけど、なんで強い酒しこたま注いでくるかなぁ……。
「あなたの場合、離れ方も極端だからやめたほうがいいと思うわ。死に別れは嫌でしょ?」
「死すべき人間だからそのうち死に別れだなとは思ってたけど」
「あー、神さまあるあるね。しかも悲恋モノ」
「分かるな。もう恋じゃないのか? ん?」
恋バナにでも持っていきたいのか、二人共赤い顔でずいっと寄ってくる。アタランテに目線で助けを求めたが、無視された。ひどい。
「親子も死に別れるものだから不思議でもないよ。あと、荊荷は悪乗りしないで、水飲もうな。……恋は馴染みのニュンペーだけでいいよ」
ついポロッと本音が出てしまったので、本当に迫って来た。この軽い口をどうにかしないと。酒のせいかな。流石に飲みすぎか。
「女の子相手?」
「どんな女人だったんだ?」
これは流石に答えないと放さないぞという気配を感じる。昔の話なんて何が楽しいのかわからないけど、酒臭くて更に酔っ払いそうになるからやめてほしい。
「カリクローって言う名前で、控えめだったよ。いつもゆったり笑ってたの。大好きだったなぁ」
亜麻色の髪で、ふわふわ笑う子だったんだ。保母さんみたいな雰囲気もあったっけ。可愛かった。私も男として生きてたから、女の子に恋しても別段何も問題はなかった。性の対象じゃないから信仰的に問題はなかったし。どうにか気を引けないか悩んだりもしたんだった。
押し黙っているので不審に思って他の面子を見ると、みんな下を向いて顔を覆っていた。何がどうした。
「……師弟揃ってか! 業が深い!」
……あ、そうか、ケイローンのお嫁さんもカリクローって名前だったんだっけ。
「いいんじゃないかな、たぶん同名の別のニュンペーでしょ」
「同一だったら目も当てられんがな」
「別にいいんじゃない? あの子、私が懸想してたの知らなかったし」
「なんで分かるんだ?」
「そりゃ、弟子の前ではストイックに先生業してたからね。こういう素の方の見せられないでしょ?」
「そういうところよアッティコス」
どういうところだ。私が何をしたと言うんだ。
いよいよ面倒くさくなってきたので、アタランテには謝って、二人を無理やり引き剥がしてから部屋を出る。部屋を出たところで孫弟子に酒の匂いがきついのを注意されて凹んだので、もう飲まないようにしようと思った。
よくよく考えると先生って古代の頃にSAN値チェック失敗してそう。