召喚されたわけではなく、普通に国連の職員としてカルデアに赴いて雑務するはずが、我が王らしい人とエンカウントしてメンタル死にそう。いや、メンタルは折れるものであって死ぬものじゃないんだけども。
でだ、あまりにも「原作」そのままで笑っちゃうよね。私がいたイスラエルの世界線、やっぱりこことは別軸だわ、知らんけど。
「ドクター、紅茶飲みます?」
「ああ、うん。ありがとう世良さん」
「どーいたしまして」
妙に勤勉に語学をやったおかげで通った国連職員の座、手放したくないから必死で馴染んだんだよなぁ。行ったり来たりしていた頃に近いものを感じる。あの頃、私四ヶ月で六年ちょっと向こうでお仕事してたんだよね。びっくりだわ。今の年齢が23だから実質三十路近い。うわぁ、思ったより年食ってる。
ちなみにこの世良って名前は偽名だ。一般人なら職場での名前が認められる特殊環境バンザイ。もちろんセラヤから付けた。なんかあったら"彼女"に会えるかもしれないし。そうだったら、わかりやすい方がいい。
「ドクター仕事しすぎです。過労はいい仕事の敵ですよ。貴方も、所長ももっと肩の力を抜けばいいのに」
「ははは……昔、似たことを言われたなぁ」
どきりとするが、きっと気のせいだ。似たことを言った覚えはあるけど、彼にじゃない。彼はただの人間。私の知っている、我が主君ではない。
「そりゃあ、ずっとそんな調子なら言われるでしょうとも。……所長は本当にまずいし、寝物語でも聞かせながら寝かしつけてこようかなぁ」
寝物語のレパートリーだけは、あの頃の仕事のお陰で充実してるのだ。結構所長とも仲良くなれたし、個人的に心配すぎるので早く休ませたい。ヒステリックなのは心身疲労困憊気味なせい。異論は認めない。だって、休んだ後にはちゃんと人を思いやれるし、優しく笑えるんだ。どこかの無機質な王とは大違いなんだよ。心の底からかわいいと思う。心から推せる。所長は可愛い。
乾いた笑いのあとに全く言葉を発しなくなったロマンに何か不審なものを感じたけど、気のせいだろうと違和感に蓋をする。まさか、私の言葉が何かものすごく悪い意味で捉えられたということもないだろう。
ゴクゴクと普段から愛飲するインスタントコーヒーをガブ飲みする。タン、と軽くタンブラーでテーブルを叩いて、それじゃあと退出する。ああ、やっぱりわかっていても苦手。彼、やっぱり我が王に似てる。最期が最期なだけに、どうしても一緒にいるとぞわぞわする。こんなこと思うのは、良くないんだけどなあ。
居なくなった彼女を見送る暗い目に、もう色々と面倒になってきたレオナルドはじっとりした視線を彼に向けた。基本的に爽やかな印象の医療チームのトップは、彼女を見送るときだけ、いつもドロドロとした感情を隠さない。今、緑の目に滲むのは、嫉妬と執着の暗い色だ。まさに緑の目の怪物。濁った双眸が、彼女が立ち去った扉をずっと見つめている。
「ロマン、彼女が来てから本当にずっとその調子だよ。どうしたんだい」
「彼女、昔の部下なんだ。前に話しただろう?イスラエル王国の異邦の語り部。あれは、間違いなく彼女だ」
さらりと言い放った言葉は、天才から言葉を奪うには十分すぎるほど重い。なかなか言葉を紡ぐことはできなかったが、それでもやっと一言、絞り出すように、確認するように発する。
「キミがずっとそんな目で追ってるから嫌な予感はしてたけど、あの子かぁ」
肯定されて、頭を抱えたくなるのを必死に押しとどめる。できることならば嘘だと言ってほしい。
飄々としていて「いのちだいじに」といつも符丁のように唱え続けている彼女が、まさか自死した語り部とは。レオナルドは思わず天を仰いでいた。確かにジェンダーの概念が薄い子だと思ったし、どことなく浮世離れしているとは思った。でもそれは流石に突拍子もなさすぎて思いつかない。
ロマニから彼の正体を聞かされたあと、ずっと探していると話された相手だ。どれほどの執着があるのかなど推し量るのも億劫なほど、暗い思いになっているのは想像に固くない。
「二千年以上ずっと彼女を探したんだけど、まさか人間になってから見つかるとは思わなかったよ」
ズッ、とカップから紅茶を啜る音が立つ。半分くらい飲みきった響きの音だ。
きっと座でも探しに探したんだろうなぁと予想は付く。しかし、自死した彼女は逃げ切った。
もともとこの世界の人でなかったかのように、彼の目からは視えなかったらしい語り部の女性。座に至ったその後、探したところでいるはずも無い。それが今になって見つかったのだ。神は残酷なものであると確信するには十分。あるいは運命力は残酷だと認識するには。
「でもキミさ〜、多分今のままだと逃げられるよ?」
絶対逃さない、と空気から醸されているのだから、彼女は気付いたら逃げるだろう。逃げ足は早い女性だ。素振りで王に気取られず計画を成功させる程度には、彼女は計算高い。そして演技派だ。
「分かってるよ。だから知らないふりで見てるだけなんじゃないか」
「……もう末期だな、それは」
彼女が入れた紅茶を味わいつつ座った目で書類を捌くロマニを見て、レオナルドは嘆息した。この拗らせ男はもはやどうにもならないだろう。彼女自身が直接フラグを立てるか、今立ったフラグを粉砕するしかない。じゃないと死亡フラグが立つ。ほぼ確実に。
「でも、彼女まだ女王一筋っぽいよ?」
以前見たことがあるが、好きな人について他の職員に聞かれ、頬を淡く染めながら、とても美しい黒髪の女性だとはにかんだ。平凡な女性をハッとするような色香が包んだあの瞬間は驚きだった。初恋の少女の様な、酸いも甘いも噛み分けた娼婦のような、不思議な空気はとても新鮮だった。あれは駄目だ。どうしても揺らぐとは思えない。
「絶対振り向かせてみせるから、大丈夫。どんな手を使ってでもやってみせるさ」
「それは……」
どう考えても大丈夫ではない。おそらく彼女が振り向かなくて、焦れてとんでもない手を使った挙句に大事になってしまう。そうなったら被害を被るのは彼一人ではなく関わりのあるスタッフ全員になるだろう。
彼女とて単純な頭脳労働者でもない。所属するにあたって急場しのぎでそうなった魔術使いだ。急ごしらえとはいえ火事場の馬鹿力は特に凄まじいので、抵抗したら発火して施設一つ吹き飛ぶ。
「とりあえず、無理に振り向かせるのだけはだめだぞ、ロマン」
「わかってるよ、レオナルド」
わかってないだろう、人の話をまるごと無視した男は微笑んで、カップを置いて立ち去った。
できれば、彼らの起こすであろう騒動の被害者が、なるべく少なくなるように祈るしかレオナルドにはできなかった。
座に至り、探し回ったもののどこにもいなかった彼女は、人間になる間際にあっさりと見えた。その理由はわからないが、最後の最後に彼女はボクから逃げ損なった。
「まだ、いいとは言ってないからね」
指輪にそっと指を這わせ、瞼の奥の彼女の姿に思いを馳せる。女性らしい服装は、以前はなんとも思わなかったけれど素敵だと思う。女王の色に塗られた爪はとても彼女に似合っていて、今はここにいない女王に嫉妬してしまいそうだ。女王を思って表情を変える様は、本当に嫉妬に狂いそうなほど、艶やかだ。
ただの人間になって不便だと思ったことはたくさんあるけれど、心のコントロールが彼女にだけはうまく効いていないのが一等難しいところだとロマニ・アーキマンは思う。無理矢理にでも奪い去ってしまいたくなる衝動は、ほんとうに些細きっかけからくるものなのだ。
「早く、手元に落としてしまいたいなぁ」
呟いたその手の内には、黄金の装身具のかけらが一つ、収まっていた。
こんなんでいいのかなぁと思う程度にはドクターの性格がつかめていないです。ゲーティアはもっと難しいだろうなぁ……