「ビリー、貴方、とんでもない置き土産つくって逝ったね……」
棺に土が掛けられていく。どんどん箱の色すら見えなくなって、傍らに薔薇が植えられた。墓が完成する。比較的付き合いは短くても、仲の良かったことには変わりない友人が、帰天した。
ちらほらと帰り始めた人の中で、私と、彼の娘だけが残っている。涙の跡を隠さないのは正解だ。きっと今後は泣けなくなる。今のうちに泣くべきだろう。
「オルガ、私は車を回してくるよ。……このあと少し付き合ってくれるかな」
「なによ、哀れんでるつもり?」
涙ながらにオルガマリーが私を睨む。握られた喪服のスカートが、柔らかなシワを刻んだ。
彼女は敵が多かった。政治能力は高く、魔術師としても優れている彼女は、人に弱みを見せるのを嫌うから嫌がらせだと思ったんだろう。この場においても、きっとこのあとでも、彼女を利用しようとする輩が多い。生前付き合いがあった父親の友人なら、余計に警戒する。特に、何者なのか分からなかった私は、警戒されないはずがない。
「いいや、貴女なら一緒に悼んでくれるかと思っただけだよ」
言葉に偽りはない。ただ、私が交流していたことについて詳しい説明をするためには、少しばかり時間がかかる。
「……なら、いいわ。感謝しなさい」
「うん。ありがとう、オルガ」
ウィンクを残して彼女を一人にする。心配はしているけれど、少しばかり、速度を落として大回りして車を回してこよう。一人で大事な人に向き合う時間は、きっと今の彼女にとって何よりも必要なことだ。
「……と、まあ、いろいろあってね。古代ギリシャに行けたらいいのになと思ってたらビリーが拾ってくれたんだよ。あの頃は研究するのが楽しかったなぁ」
前はロマニを交えて3人でよく行っていた店で、今度はオルガとふたりでディナーにありつきながら、ビリーにも伝えたことのある昔話をした。死に際とか教え子とかの一部を除いて伝えると、呆気にとられた様子だったけれど、真剣に聞いてくれるあたり、二人共似ているなぁとしみじみ感じる。
結局、カルデアに所属したあとに神代は難しいと分かったものの、そのまま居着いてマスター候補に収まることで一応話はついた。給料がいいからそれでも構わないと思っているあたり、私も現金な人間だ。
「それ、タイムスリップというよりレイシフトね」
「それにしては、帰ってきたときに年齢の変化がなかったからおかしいんだ。でも、可能性としてはあり得るよね。検査結果だと私のレイシフト適性100%だったから」
つまり、素のままであの時代に行ってしまったのだ。でも、あっちには10年以上いたせいで、本来なら四十路近いのに行ってくる前の姿に戻っていたから、その点は非常に不可解だ。
私は知りたかった。知らないことが多すぎて、ビリーにあったとき、魔術に縋った。それは協力者という形で叶えられたもので、取り入る気も、その必要もなかった。
「だから、私は別に何か政治的意図を持ってビリーやオルガと付き合いはしないよ。知りたいことが分かれば、それでいい」
「信じられない」
「信じなくてもいい。ま、私は地味にエゴの塊だからね。好きに使ってくれればいいから、気楽に考えて欲しいな」
少し考え込んで、オルガはこちらを見る。橙がかった金色の瞳が、私をまっすぐにみつめている。
思わず喉が鳴る。
「……いいわ。じゃあ、これからもたまに付き合って頂戴。同僚としてではなくて、ただの知り合いの一人として」
「もちろん」
そういう関係なら気疲れしなくて、こちらとしても願ったり叶ったりだった。私が持ちかけた共犯者は、艶然と笑って、私が差し出した手を握った。
「って経緯なのよ、オルガとの付き合いは」
「「へ〜」」
いろいろ省いて共犯になったことを中心に経緯を語ると、人類最後のマスターになってしまった律くんと立花ちゃんが笑った。今振り返ってみても、始まり自体は本当に大したことじゃなかったんだよね。
カルデアスに未来が映らなくなって焦りながらも、オルガはすべての任務を遂行した。爆風に吹き飛ばされて死にかけたりもしたけど、彼女は無事だ。シェルターが閉まる前にロマンに救出されて、今は元気に後方から指示を飛ばしている。暗殺対策にエアバッグ的結界作っといて正解だったなぁ……。
「マスター業は荷が勝ちすぎるだろうけど、少しなら力になれるから、いつでも言ってくれるといいよ」
「俺は平気だし、なんとでもなると思うけど」
「瑞樹さんは大丈夫?」
お互いに補うように話す藤丸姉弟に、思わず笑ってしまいそうになる。
「私は平気。だって、これに耐えればきっとまた思い出の場所に行けるかもしれないからね」
笑いかけて、石を渡す。ダ・ヴィンチの星の形の虹色の結晶は、落としたらその瞬間するりと召喚陣に溶けるもの。
「さあ、おなじみの運試しだ。どの英霊が応じてくれるかな」
通算何度目になるか覚えていない召喚のため前に進み出る二人を、私は部屋の隅から眺める。私は優先度低いから後です。マスター適正レイシフト適正共に100%の彼らが優先されるのは当然。
金色の光を放ち、召喚光が召喚陣上で回転する。光は天を衝き、収まったときには二人分の人影がそこにあった。片方は、面差しに見覚えがある。いや、そんな、まさか。
「サーヴァント、アーチャー。ケイローン、参上しました。我が知識が少しは役立てばいいのですが……。ともあれよろしくお願いします。あなたのため、力を尽くしましょう」
「よろしくね、ケイローン」
「いいサーヴァントを引き当てたぜ、アンタ! ってな訳でライダーのサーヴァント、アキレウスだ」
「え、アキレス腱の元ネタの?」
「そうそう、踵が弱点でお馴染みの英霊さ。ま、俺の踵を捉えるなんて、誰にでもできることじゃあねえけどな! 人類最速の足、伊達じゃあないぜ?」
律君がケイローン、立花ちゃんがアキレウスなんて大当たりを引いたことも割と気にならない程度に、目の前の懐かしい彼が圧倒的存在感を放っていて、思わず気配遮断をした。
けど、間に合わなかった。術式が起動する寸前に目があって、思わず後ずさる。いや、まさかね。当人とは限らないし、死に際に女とバレたわけで、まだバレないはず……
「アッティコス先生!」
バレてた。
私を呼んだせいで一気に気配遮断の術式が溶ける。これ、気づかれたら術式がすぐに融解するのがネックなんだよね。
よし、逃げよう。すぐ逃げよう。絶対ややこしいことになる。主に教え子については一切説明してなかったオルガが。
「律君、立花ちゃん、ごめん!」
あと、単純に顔を合わせるには貧弱すぎて恥ずかしいのだ。今の私は鍛える前とさほど変わりないから、先生としては情けないにもほどがある。あの頃の鬼師匠が貧弱な女とか泣けるだろうし、私なら歳なのかなと思ってちょっと泣く。まあ、帰ってきてから頑張ったし、かなり動ける方ではあるけど、前と比べたら全然なのだ。でもパルクールはできるから全力で逃げられるよ、やったね!
ということで、悪いけど逃げさせてもらう。ギャップが激しすぎてグッピーなら死んでるんだよ。心底残念なことに胸しか引き継げてなかったとか泣く。筋肉もあったけど、もう少し鍛えた頃の筋肉が欲しかった。
廊下
「え、ちょっと、瑞樹さん!?」
「どうしたの!?」
ロマンのところなら隠れててもバレないかな。いや、ケイローンは確か千里眼持ちだからバレるか。千里眼とかの阻害術式、神霊にも効くんだろうか……効くといいんだけどな……。
廊下を今までないくらい全力で走るせいで、いろんなサーヴァントやスタッフさんたちが振り返るけど気にしない。たまに殺しに来てるのかみたいな一撃も飛んでくるし、後ろから弟子の矢が飛んできてスレスレのところに刺さっていくんだけど、気にしない。気にして速度を落としたら否応なしに叩き潰される。死ぬ。
「で、大脱走したのはそんな理由ですか、先生」
結果、スカサハ師匠に猫の子のごとく首根っこ掴まれて捕獲されました。今は律君経由で貸し出された部屋で、ケイローンから説教されている。
でも、逃げた私が悪いのはそうなんだけど、なんでこう、正座でお説教になるのかな。君ギリシャ出身だよね。……忘れてるだけで、私がさせた事あったかな。十年以上も一緒に居たから、そういうこともあったかもしれない。歳かな。歳だな。
「……だって、君だって失望するだろ、こんな貧弱なのが教師役だったなんて」
「しませんよ。先生は私をどんなふうに捉えていたんです」
目を逸して言い訳をすると、ケイローンは眉根を寄せたまま、重い重いため息を吐いた。
どんなふうって言われても、答えなんて一つだ。
「明らかに私より数段優れた優秀で、人格者の弟子」
もう、弓ではまず勝てまい。パンクラチオンも、あの頃から体格差で防戦一方になっていた。道徳の授業は簡単なことしか伝えられなかったのに、哲学者のような思慮深い人間性を育んでいた。どこからどう見ても私なんぞより立派な年長者だろう。
そういえば、きっと私よりずっと長生きしてるんだった。才能だけじゃなくて、年齢まで追い越されちゃったか。ちょっと先生寂しい。
「私は先生が思うほど優秀でも、人格者でもないですよ」
嘘だ、と喚き散らしても許されるだろうか。複雑そうな顔をしているが、私の尽くせる言葉全てで褒めて自覚を持つよう促せばいいのか? でも、いかんせん褒めるのは苦手で困る。
「ケイローン、君は」
「先生」
「はい」
よし、褒めるか、と思って口を開いた瞬間に遮られたのでお口にチャック。相手の話は、邪魔しちゃいけない。ケイローンは恨み言の十や二十は抱えてるだろうから、余計にだ。
「あなたは私の師です。どのように姿が変わっても、あなたは私の師であるその人です。……逃げられたら悲しいです」
「ごめん」
謝るしかできない。やっぱり弟子は相変わらずの弟子で、人格者だった。
手を伸ばしても怒られないみたいだったので、昔のように頭をなでる。色は前より落ち着いているけれど、髪の毛が硬いのは成長期からあんまり変わってないみたいだ。
懐かしいなぁ。カルデアで仕切り直しができるとは思っていなかったから、少しばかり嬉しく思う。いつか送還しなきゃいけないにしても、少しくらい、旧交を温めるのは許されるだろうか。
「呼んでくださらないので、嫌われたのかと思いました」
「私は、君のマスターには向いていないからね」
ケイローンは、本当に変わらず気遣いに溢れている。正直に言うとその通りで、あのあとを知りたいけれど、彼には会いたくなかったから正解だ。幸せでいると、幸せだったと知りたかっただけなんだ。
「そんなことは」
「あるよ。君は懐に入れた人を無邪気に信じすぎている」
撫でる手を止めて、立ち上がる。少し足が痺れていて、うっかりすると足がもつれそうだ。
「少なくとも、カルデアにいるうちに君を避けはしない。最優先は君たちのマスターだ。ケイローン、君はそのための判断をしなさい。最悪、私や他の誰かを切り捨ててでも、彼らを守るんだよ」
硬い表情になるのは仕方ないことだろう。私は、律君や立花ちゃんがこの旅の中心になると理解しているし、人類の生存率を上げるために切り捨てられることは受け入れる。それは、少し苦しいことだけど、仕方のないことなのだ。
あの年若く、未来への希望に溢れた二人を主力にするのは心苦しい。サーヴァントもスタッフも、彼らを辛い目に合わせないように、戦いを無理に強いすぎることがないように。ケイローンがどこかでストッパーになってくれたら良いと、私は無責任にも考えている。
顔を見ないように、見られないようにケイローンの方を振り向かずに戸を開ける。
「懐に入れた人間に甘いのはあなたの方でしょう、先生」
恨み言には、答えられなかった。