思いつきアンソロジー   作:小森朔

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触れないほうがいいこともある話。

古代で少しばかり縁のあった人にアカイアの英雄がちょっかいかけるだけの話。


伸ばした指の先

「絶対触らないでください」

 振り向いて注意すれば、いかにも不満と言いたげな顔のギリシャの英雄がいた。

「なんでだよ、いいだろちょっとくらい」

「今後強烈な薬品アレルギーに悩まされても知りませんよ」

「のわっ!?」

 つつこうとした指を引っ込めて固まりかけのレジン細工を見る大英雄に、そろそろ部屋から出ていってくれないかなと頭を抱えた。

 

 

 私はカルデア職員である。名前はあるが秘匿している。それと、他のスタッフみたいな事をする要員ではない。マリスビリー前所長の食客で、鉱石以外などに魔力を蓄積させる研究をしていただけの穀潰しだ。

 

「立夏くんとマシュさんがいれば良かったんでしょうね……」

 

 何が楽しいのかやってきた大英雄は、未だにレジン細工を眺めている。棚の中から試供品を一つ取り出して渡してみようかと思ったが、オリーブグリーンのそれはどうにも私の好きなトロイアの英雄の色であるので渡したくなかった。何か使えるものはあっただろうか。

 

「アイツらはしばらくレイシフトだろ? 何でだ?」

 今は彼らはアメリカの特異点を攻略している。アメリカがインドとか大乱闘ケルティックブラザーズとか言っていたが、あれは半ば狂ってしまったのではなかろうかと密かに思っている。あんまりマスター業務の荷を重くしすぎてはいけないのに過負荷になっているんだろう。

「ここにいても楽しくありませんよ。英雄好みの愉快さならマスター君たちに任せるべきですね」

「……オレがいたら不満かよ」

「ええとても」

「即答か!」

 もちろん。学生生活と今生をトロイア戦争に捧げるつもりで生きてきたんだよ、私は。トロイア勢は絶対不可侵領域です。侵犯は何であれ認めない。ヘクトール殿は聖域。はっきりわかんだね。

 あと、ついでに加えると前世でざっくりすっぱり斬り殺されてる上に浅からぬ縁もあったりする。今生まで関わり合いにはなりたくない。魔術も何もない場所!と思ってやってきたらこれな上に罠だったのだから大人しくしていたいところだ。

 

「基本腰が低いくせに、なんで俺にはそんなに態度キツいんだよお前」

「推しは正義なのですよ、正義」

「そんじゃあのオッサンのことが好きなのかよ」

「地獄の果までついていける程度には慕ってますね」

「心底惚れてんじゃねぇか」

 そりゃそうだ。というか、なんでここまでの対応で分かってくれないのかわからない。一度や二度でもないので適当に対応してたけど、流石に絶対領域トロイア第一王子は譲れない。軍の指揮官として輝かんばかりのトロイアの英雄とか軍門に下らないわけがない。軍勢いないって? 俺たちが兵卒になるんだよ!

 

「それ、触らないでいてくれたら、こっちで良ければ差し上げられますよ」

 とりあえず、他に縁のありそうな色、と深い青色の鉱石型レジンワークをちらつかせると、簡単にそちらの方に食いついてきた。

 

 英雄が気にするのには訳がある。実はこれ、爆薬代わりになる試験作なのだ。しかも、かなり改良がうまく行った自信作。見た目もそれなりにきれいだと思う。ちゃんとした石ほどではないけれど。

 

「ほう……?こういう仕上がりになるのか」

「ええ。顔料に魔力を混ぜて、一度きりの爆薬にします。一つ一つの火力は宝石より低いですが、まとめて叩きつければ人の群れ一つ吹き飛ばせますよ」

「数が必要なのに、貰ってもいいのか」

「出ていっていただけるなら安いですよ。橙のもありますけど、そっちにしますか」

「いや、これでいい。……邪魔したな」

 一番大きい粒を一つ取って嬉しそうに笑う彼は、ぱっと見たところ普通の青年にしか見えなかった。人間、英雄になるのはそうそうできることじゃないが、メンタル強度や感性は多少なりとも似てるものなのかもそれない。

 

 

 

 なぜ私に話しかけてくるのかなんて、私は知る気はなかった。

「ったく、なんで生まれ変わってもずっとそうなんだよ」

 だからこそ、部屋を出て、壁にもたれかかって崩れ落ちた彼の嘆きを、私はこのときは知らなかった。

 

 

 

「名前、今度はヴィエイユにするかな」

 コロコロ変わる名前の由来を、彼は知らない。知らせるつもりも、ない。真名隠しでごまかせるとは思えないけど、縁があることを知られたくはなかった。私はトロイアの女。今日も元気にトロイアを推すだけである。




続くかもしれない。
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