パリスちゃんの様子が……?
マスターが実際に精神を飛ばされる類の夢を見た。どうやら、違う世界の聖杯のせいで夢渡りをしたらしい。目覚めてから「これでアキレウスとケイローンが喚べる!」と嬉しそうにしていたので、戦力が増えると思うと嬉しいが、個人的にはとても複雑だ。パリスと僕が似ていたら困る。身バレはどんなときでも怖いよ。
まあでも、ヘクトールさんは気付いてないみたいだし、まさか僕が知ってるやつが来るわけじゃないんだから、大丈夫だよね。それに、相当喚びにくいだろうし。
「
召喚陣の中心から、こちらにガン飛ばす勢いで見つめてくる英雄に頭を抱えたくなる。僕が触媒になったとか、そんなことないよね?
今日も女の子達にせっつかれて通算何十分回目かになる女性物の服を着たはいいけれど、なぜこのタイミングであの男が来るのか。
しかも、今着せられているのはポリュセクネーと居たときと同じ色の具合の緋の衣だ。まるで争うなとでも言われているような気分。当然ながら別人だろうし、もちろんマスターに迷惑をかけるようなことはしない。ただ、あちらがどう思うかは別だろう。
「お前、ポリュセクネーの!」
「……マスター、席を外しても? 僕はここにいるべきではないでしょう」
僕の姿にアキレウスは目を見開いたのを見て、こいつは僕の世界のアキレウスだと気付き、逃げようと試みる。でも、その前にやたらと通る声がホールに響いた。
「その声、お前まさかパリスか!」
「そうだよ」
ほら、やっぱり。
何でよりによって初めて会う同世界線の相手がアキレウスなんだろう。悔しさでちょっと泣きそうだ。そういえば、さっきの反応からして、もしかして顔(というより女装と男装)と声が一致してなかったのかな。これなら発言しないほうが良かったのかもしれない。遅かれ早かれ口を開くことにはなっていただろうけど。
マスターはマスターで、僕の方を見ながら困惑気味に疑問を口にする。
「アレク、パリスって名前だったの?」
「言ってませんでしたっけ?」
「聴いてないよ!」
とぼけてみたけど、やっぱりだめ。こっちもこっちで面倒なことになったな。なんでこちら側の英雄ではなかったのか。
「お前とまた争うことになるのか」
「ハンッ、そんなことするわけないだろう」
眉をひそめて言うアキレウスに、腹立たしさからどうしても粗野な態度をとってしまう。心底気に入らないときに鼻を鳴らしてしまうのは、羊飼い時代からの僕の悪い癖だ。
「僕らは死人だ。それにここは僕らが生きたのとは違う世界だし、ここまで因縁を持ち込まないさ。もう全部、終わったことだよ」
もう死んでいる。僕たちに先はなく、過去も途切れている。だからこそ、僕はルーラーになったんだから、笑ってしまう。アキレウス、どうせ僕がアーチャーだと思ってるんだろうな。
「今の僕は遠矢の君の従者で、ルーラーだ。勝手な争いは許されない。……だが、君が兄上を戦利品として扱うなら、僕は君を戦利品として戦車で引きずり回してやる。主君からの仕置きも覚悟の上でだ。そのときは覚悟しろよ、半神」
実は持ってるし呼び出せるんだよね、戦車。レムノスのときに将軍してたから、バスター宝具で。ただ、これは水着にならなきゃできないみたいだ。
しかしながら、僕はいざとなったらこの男を引きずり回すためなら腹を括るし、大胆な露出も辞さない。まあ、マスターが魔力のリソース不足で大変なことになりそうだからやらないけど。あと、やっぱり僕みたいなのが水着を着るのは見苦しいだろうから、極力避ける努力はする。選んでもらったから着ないわけにはいかないんだけどね。
ただ、ロゴスが足りなくて抑えが聞かないような男だ。腹立たしそうな表情をしているのは、こちらからも何らかのことを提示しなければ釣り合わないから代わりを出せということなんだろう。
「殴りたければ兄さんじゃなくて、心ゆくまで僕を殴ればいいさ。せいぜいそこそこ保つサンドバッグ程度にしかなれないけど、それで気が済むなら幾らでも。マスターが巻き添え食らうよりはずっと安い」
「……パリス、お前、どうして」
呆然とつぶやく相手に、少しばかり胸がすく。負の感情を全面に出しているこの男を見るのは大変に良い気分だ。でも、同時に昔の僕が、本当はそんなことしたくない、誰かを悪く言いたくないと泣き叫ぶ。昔の心は無視するだけだけど、ちょっとつらい。いや、正直だいぶ辛い。
アキレウスはアキレウスで、従者でルーラーのくせにマスターを大事にしすぎる、って言いたいんだろう。主君を至上としなきゃいけない僕が肩入れしすぎだって思うんだろうな。
「金の矢注ぐ君が評価している方だ。当然だろう?」
僕が肩入れする最低基準は主君たる遠矢の君に関連するかどうか。マスターの場合は遠矢の君の妹君と契約をしているから、多少の目付けも含めてのことだ。それ以上に私情を挟んで肩入れしたら、きっと不幸がある。ただでさえ、人と神との隔たりは大きく、その所持物でも、人間からは確実に変質しているのだから。
「えっと、アレク……部屋に帰ってもいいよ?」
「ありがとう、リツカ。後で埋め合わせをするよ」
前に見た円卓の彼らのように、マスターの手の甲にキスをする。一目で僕たちがマスターを大事にしてるのがわかるように。
アキレウスは、仲良くなったら一気に絆が深まるタイプだから、焼きもち焼かせてちょっと煽ってやろうという魂胆だ。だって、仇敵の方がマスターより仲良くなってたら嫉妬しちゃうよね。僕なら、しがらみがなければ嫉妬するよ。
「なっ、パリス!」
「悔しかったら強くなってリツカの役に立てばいい。それじゃあね」
怒髪天なのか、茹でダコみたいな顔になった相手に思わずニンマリする。
マスターには悪さしないだろうし、これからどれだけ早く強くなるかな。まあ、レベル差がなくなっても殺られかけたらギリシャ特攻で殴りに行くから、早く役に立ってほしいところだ。
ああ、そうだ。エミヤの今日の紅茶は何かな。今日はキーマンの気分だけど、あるかな。
「……なぁ、マスター。アイツ、いつもあんな態度なのか」
「いや、あんな王子様然としたアレクは初めて見た。かっこいいなー、円卓の騎士と同じことしてるのに爽やかさが割増」
動揺することもなくそう言い放つマスターに頭を抱えそうになる。違う、そっちじゃない。
生前は、あんな風に普通に笑いかけるパリスを見たことはなかった。あんな、穏やかに、楽しそうに笑うやつだとは思っちゃいなかった。
「オレの前じゃ、笑ってくれねぇんだろうな」
終わったことだと言うくせに、パリスの奴はオレを見ない。それだけが、何故かとても悔しかった。