流石に可哀想過ぎるので救済される話書きました。
オリーブグリーンに染められ、金の刺繍がされた衣。あの頃と変わらない、大きな背。
「こっちではライダークラスか。君はこっちの俺も呼んでるからわかるよな? こっちにウチの愚弟がいるみたいなんだけど」
「あ、にうえ……?」
僕の知っている、ぼくの兄上そのものだった。
アキレウスを呼んで数日後、もしかしたら、ということで僕を近くに置いて再度召喚をしてみたら、これだ。僕、本当に触媒だったのかもしれない。
それで、本当に何百年ぶりかに会う兄上は変わらず微笑んで、
「ああ。久しぶりだな、パリス」
ゴンッ!
出会って早々に、とても重い、素晴らしい拳を喰らわせてくれた。なにこれ超痛い。
「い゛っ!」
「……ったく、この愚弟が!」
あ、これ駄目なやつだ。めちゃくちゃ怒ってるときの兄上だよ、懐かしい。王宮に上がったあとに好き勝手走り回って拳骨落とされたときの兄上とほとんど同じだ。
米神をもみほぐしながら叱り飛ばしてくる兄上に、一体どんなお説教をされるか。
「何も、自分の死後を売り飛ばしても守れとは言ってないだろうが!」
実際に言われたのは、予想外の言葉だった。
トロイアのことを任されたのに守れなかったこととか、兄上の仇を取ったのが卑怯だったとか、そういうことで罵られると思ってた。なのに、兄上はそんなこと全然気にしてないみたいに、そんなことをいう。
「だって……! 僕は兄上を守れませんでした! 仇を取れなきゃ、義姉上も……」
「自分を大事にしろって言ったのを忘れたのか、馬鹿。お前がエリュシオンにもいないせいで俺も出てくることになったんだからな?」
確かに、省みろとは言われた。自分を大事にしなきゃいけないって、王宮にいた頃にポツポツ言われていたのも、今思い出した。
「でも……!」
きっかけは僕のせいだったのに。尻拭いまできっちりしろって、耳にタコができるほど言われて、そうするのが普通だから、何をしてでも後始末をつけようとしただけなんだ。
「兄上、僕、頑張ったんです」
言い訳をする声が震える。喉が、中々はっきりとした音を出してくれない。
「ああ」
「義姉上も、ヘレノスも、カッサンドラも、ポリュセクネーも、みんな大事だったんです」
本当なんだ。本当に、僕は取りこぼしたくなかったんだ。兄上も、兄上の傍らで微笑む義姉上も、弟妹たちも、父王と王妃殿下も。心から失いたくなくて、だから自分のことなんて考えられないくらい必死だった。
「ああ」
「僕が、守りたいと思ったんです……」
「……ああ」
「ごめ…なさい……っ、ぼく、何も守れなかった……! 兄上に任されたのに、なんにも……!」
もう、だめだった。その時その時のことを思い出しては視界が歪む。力が抜けて膝から崩れそうになるのを、寸での所で兄上が支えてくれる。
「もういい。頑張らなくていいんだよ、お前は」
「ぅ、あ、ああああああ!」
自分の出した声さえ訳がわからなくて、目元からボタボタ雫が落ちていって、喉が痛くて、心が痛くて、ただ兄上に縋り付くことしかできなかった。
兄上は昔と変わらず大きくて、背中をトントン叩かれると余計に視界がぼやける。僕はもう、誰かを大事にしてもしてもいいのかな。自由に、好きなものを好きって言っていいのかな。
やっと止まった涙とか鼻水とかのせいでぐっしゃぐしゃになった顔を拭って、スッキリした気持ちで顔を上げる。
兄上はそれまで穏やかな顔をしてたけど、顔を上げた僕が大丈夫だと見て顔を険しくした。
……あれ、お説教の続きまで秒読み?
「で、アキレウス引っ張ってきちまったあたり、お前本当はめちゃくちゃ引きずってるだろ?」
「……やっぱり兄上にはモロバレですよね」
こちらを見る兄上は政治家の顔をしていた。うーん、やっぱりこの顔の兄上怖いんだよなぁ。全部見透かされてる感あるから誤魔化すのが大変で。ああ、でも今は誤魔化さないほうがいいよね。
「そりゃあ、あんだけ懐いてきた弟だからわかるに決まってる」
「え、えへへ……」
照れ半分、誤魔化し半分で笑ったら、余計に顔が険しくなった。僕、自覚なしになんかやばいことでもしてたのかな。
本気で思い当たるフシがないから微妙な顔になっていると、兄上は大きなため息をついて僕を見た。視線が鋭い。
「誤魔化すな。アレクサンドロス、お前がズタボロになって帰還したら遠矢の君はお怒りになるぞ。俺達だって黙っちゃいない」
そっちかぁ……。
なんだか余計に心配して損した気分だ。ああでも、また一触即発からの開戦、なんてことしたら無傷じゃすまないから、心配されるのも仕方ないか。
それにしても、兄上は来たばかりだから知らないけろうけど、僕はマスターを、よりわかりやすく大事にしてるんだよ。だって、マスターのことを気に入っちゃったからね。今まで公平にしなきゃと思ってたけど、死に際からガッチリ固まってた首輪は、ついさっき外れた。
「大丈夫だよ。だって、僕、カルデアに来て心底嬉しかったんだもの!」
「そうなのか?」
「うん、だって僕が来たときにね、僕が男の子のままでも、時々女の子になるのも構わないって、マスターが言ってくれたんだ」
もう、素直に認めてもいいと思う。僕はマスターが大事だ。マスターはどっちでもいいようにアレクって呼んでくれるし、僕に合わせて対応を変えてくれたから。普通に生きた人間みたいに、僕のことを尊重してくれたから。だから、僕も彼を尊重する。全力で守る。
彼は僕のトロイアだ。だから、別に大事にしても構わないよね。構わないはずだ。たとえ駄目でも、これだけはもう一度死んでも構わないから、絶対に認めさせる。生きてた頃みたいに、僕の不手際で落とさせたりはしないよ。必ずね。
あ、でもマシュちゃんは別だよ! だってあの子はマスターの特別で、マシュちゃんの特別もマスターだからね。これは大事な人たちで、大事なものだ。
あと、もう一つ。
「それにね、兄上がもういいって言ってくれたから、もう大丈夫。僕はもう、何も未練はない。アキレウスのことも、さっきの一言でスッキリきっぱり思うところもなくなっちゃった」
そう、なんか許されたらどうでも良くなっちゃったんだよね。あれだけ咽び泣いてた昔の私がきれいさっぱり居なくなっちゃったような、そんな感じがする。あとに残ったのは、吹っ切れた従者の僕の精神だけだ。憑き物が落ちたみたいな、凄くさっぱりした気分だ。なんであんなに固執してたのかな。分かんなくなってきた。
「それならいい。……それと、従者契約は私生活まで縛らないからな? それ理由にあれこれ逃げ回ってたのも、還ったらいい加減にしろよ」
「……オイノーネーの二の舞はやだなぁ」
お仕事中に秋波を送られることもちょくちょくあったけど、これは本格的に身を固めろってことだろうなぁ。……冗談みたいだけどあったんだよ。本当に、オイノーネーの二の舞みたいになりそうだったことが。頑張って誤解の少ない言動してたのに。
「勘違いするような振る舞いをしなきゃいいだけだからな?」
「心がけてても駄目だったんだってば。ほら、僕、こんな顔だし」
「まあ、トロイアの血だからなぁ……」
王子らしい麗しい顔、とか若武者らしい堂々とした面立ち、とかは、生前に王宮に上がったあと人との交流が増えてからは言ってもらえていた。……いたんだけど、死んだあとのほうがより酷くなったというか、男性や女の子から褒めてもらえることがとっても多くなった。中には明らかに性的な目もあったから嫌だったけど。トロイア王家、みんな美形だからね。僕もいい面構えを受け継いでるんだよね……。兄上もヘレノスもカッサンドラも主君のお手付きだし。こればかりはどうしようもない。
「まあ、なんだ。こっちではまだ自由にできるから、還ったら身を固めるくらいには考えとけ」
「やだ! カルデア生活がスコレーになるじゃないか! 僕まだ自由の身がいい!」
「良いから覚悟決めろ! お前の二次被害の苦情こっちにも来てるんだぞ!」
「キャンっ!」
反抗したら青筋立てた兄上に拳骨を落とされて、痛みに思わず叫ぶ。やっぱりいい拳です、兄上。本当に生前からお変わりなくて、引っ込んだ涙がまた出て来た。断じて痛みのせいではないよ。うん。まあ、痛いけどさ。
「なぁ、マスター、嬢ちゃん。ちょっといいか」
アレクサンドロスと別れて、彼の兄の方のヘクトールを案内しようとしたマスターとマシュを、一旦引き止めた。
「できれば、現界してるうちはアイツの監視を頼みたい。アレクサンドロスは狙われることも多かったからオジサンどうしても心配なんだ」
「「へ?」」
唐突に告げられた言葉に二人共がフリーズするが、ヘクトールは話を続けた。
「いやぁ、さっき話してたのを聞いてたからわかるだろうけどな、性の対象にされることが多い。アレクサンドロス自身は性に疎いわけじゃないが、変なところで純粋だから妙に狙われやすいんだよ」
ため息をつきつつ弟の防衛について考える兄は、全くマスターを気にしない。
再起動した二人は、いきなりの話題に驚いたものの、思い当たる事例を振り返って納得した。
「あ、前もそんなことあったよ。マシュと一緒に守ったけど」
「やっぱりかぁ……女装させて女の集まりにでも預けておかないとオジサンやヘレノスだけじゃ被害を減らせなくてなぁ」
実は宴の際などにアレクサンドラとして振る舞わせていたのはそういう理由だったりするのだが、当人が知るはずもない。
「確かに、アレクサンドロスさんの見た目は、森の奥の若鹿のような爽やかな美少年ですからね」
マシュも、アレクサンドロスの容姿を思いながら口にすると、苦悩に満ちた顔でヘクトールが首を縦に振る。いかにも、少年愛の文化圏では好まれそうな中性的で整った顔立ちなのである。妙に純粋なところは、口さえ開かなければ人間味の薄い透明感として雰囲気に現れる。人馴れしなさそうで簡単にさらわれてしまいそうな美少年が狙われないわけがなかった。
「見た目もそうだが、実際アイツはどっちつかずだ。いい相手でもいりゃ、少しはどうにかなりそうなんだが……」
「多分無理じゃないかな、それ」
振り切れたパリスは全力でその手の話を避けるはず、と先程のやりとりを聞いて大体の検討がついたマスターが首を横に振る。
暴走特急のような先ほどの様子が素の性格なら、射止められる相手などほとんど居まい。
約一名、誰にでも声をかける王様がいるものの彼女は青少年認定されているのか声が掛からないために相手など早々見つからないだろう。
頭を抱える彼女の兄に、少しだけ同情しつつもこちらの世界のヘクトールとまだ仲が悪いと思っているアキレウスとの関係をどうするか、マスターは頭を抱えた。