グロ注意。
「立香ちゃん、エリザベート、二人にレイシフトしてほしい」
「何かあったの?」
「チェイテ城付近で少し異変を観測してね。調査してきてほしいんだ。今回は揺らぎのせいもあって少人数、できれば二人くらいのほうが好ましいから、土地勘のあるエリザベートと一緒に行ってほしい」
急に呼び出されて告げられたのは、チェイテに妙な反応があるという内容だった。
レイシフトで降り立った場所は、チェイテ城の周りの森の一角だった。通信を繋ぐ間に、少し見てくると言って、エリちゃんは変化がありそうな所を探している。
「このあたり?」
〈そうそう。……エリザベートが随分静かだけど、何かあったのかい?〉
「あ、ホントだ。エリちゃーん?」
少し遠いところにいたエリちゃんは、何かをじっと見ていた。白くて、キノコみたいな。
「エリちゃん、何し、ひっ!?」
「……これ、ウチの城から捨てた使用人だわ」
キノコだと思ったのは、よく見ると骨だった。しかも、一つじゃない。同じ骨がいくつも、つまり何人分もある。
固まっていると、ガサガサと茂みの中を何かが移動する音がかすかに聞こえた。
「来るわ!」
来たのは、人の形をした化け物だった。
ゾンビみたいで、でも、どっちかというと人間にいろいろなものを付け足した悪趣味な作り物みたいな、そんなエネミーで。
「ァ……エルじェ、ベート、?」
「っ、ルカーチュ……!」
嫌な声だと、そう思った。男と女と子供と大人の声がごちゃまぜになっている、嫌な声。
隣で警戒していたはずのエリちゃんが動かないからおかしいと思って横目で見ると、完全に血の気が引いていた。もしかして、あのエネミーはエリちゃんの知り合いなのか。
「エリちゃん、」
「違う、違う! あれはアイツじゃない! ルカーチュだけじゃない! 何か混じってる!」
「ルカーチュ……?」
目の前の化け物じみた人物は、妙にカクカクした動作だけど、それでも動いている。髪の毛はざんばらに切られたような不揃いさで、目に光が宿っているのに、宿ってない。命の宿った光じゃない、どこまでも無機質な光でしかないんだ。そして、向き合っているというのに、おかしなことに視線が全く合わない。
無数に鞭の跡がついた皮膚は、心臓が見えるほどに深く裂けてる。ずるりと下がった肉の隙間からは肋骨が見えた。白く、半透明なそれは、おそらくガラス製なんだろう。血にまみれているのに、ツヤツヤ輝いてきれい。
「ア……ァ?」
「あっ、まずい」
こちら側に顔を向けてすぐ、化け物、もといルカーシュ(というらしい人)が襲いかかってきた。何あれ、目が見えてなさそうなのにどうしてわかるんだろう。さっきの声? でも、距離までわかるなんて。
「エリちゃん!」
「分かってるわよ!」
いつもの調子で駆け出して、薙ぎ払う。
でも、エリちゃんの斬撃は彼まで届かなかった。何か液体みたいなものを飛ばして、それで槍を跳ね返したからだ。
「あっつぅ……!」
「防がれた……! 何あれ!」
「溶けたガラスよ! ルカーチュはガラス細工師だったの!」
叫びつつ、バックステップで回避してエリちゃんが跳ぶ。斬りつけても斬りつけても、あんまりダメージが入ってるようには見えない。
「うわっ、めっちゃ厄介!」
「やるわよ、子ジカ!」
一撃でだめなら追加、とばかりに斬りつける。エリちゃんは電光石火の一撃を何度も、という方向に切り替えて、防がれるのを避けようとしてるみたいだ。
「アアアアア!!」
「チッ、邪魔っ!」
「ああアッ? あアアぁァア!」
おぞましい。耳を塞ぎたい。これ以上聞きたくないような音の集合みたいな金切り声で化け物が叫んでる。
でも、胴の肉を裂くときには叫ぶのに、肺や肋骨の近くを掠めたときには叫んでいない……?
「エリちゃん! あれ、心臓のあたりは全然叫ばない!」
「えっ!? ……わかったわ!」
すぅ、と深く呼吸をして息を吐いたのを見て、あわてて耳を塞ぐ。あれ、いつも歌い出す前にエリちゃんがしてる呼吸方法だ。
「ルカーチュ、止まりなさい!」
歌うために鍛えられた声で、エリちゃんが叫んだ。マイクなしでも響き渡る。
「そんなことしたら攻撃されっ……あれ?」
あんな大声で叫んだら攻撃されると思ったのに、動きが止まった。
「ぁ……オ、じョウサま……?」
ぐちゃぐちゃに声の高さが混じったノイズのような声で、確かに彼はエリちゃんのことを呼んだ。"お嬢様"と。
わからないけど、たぶんルカーチュさんという人はエリちゃんの使用人だった人なんだと思う。彼は、こんな姿になっても、彼女のことがわかってる。何があったのか、私は知らない。でも、それでもエリちゃんと彼の間には確かに強い、負の感情ではない想いがあったんだと思う。男女とか、友情とかじゃないけど、きっと。
こんな状況なのに、目頭が熱くなる。見なくては、ちゃんと、エリちゃんがケリをつけるところを見届けなくてはと思うのに、視界がぼやけてしまう。
「避けちゃ、だめ」
〈ッ……!!〉
そう宣言して、跳ぶ。
エリちゃんの槍が一直線に心臓に刺さる。生きた人間みたいに血が溢れて、支えを失った体が崩れ落ちた。サポートしてくれていたダ・ヴィンチちゃんの息を呑む音が、どこか作り物じみて聴こえる。
悲鳴は、上がらなかった。あれだけ、途中で切りつけられていたときには金切り声を上げていたのに、一言も発しなかった。
「アンタ、わざわざブタ共に取り込まれてこんなになることないじゃない」
「……お嬢、様」
「ええ、そうよ。アタシよ」
「嗚呼……」
ルカーチュさんが血の涙を流している。それでやっと、ルカーチュさんが視線が合わなかった理由がわかった。彼、ガラスの義眼をしてるんだ。さっきまでは普通の涙だったから本物の目みたいだったけど、血のせいで肋骨と同じガラス製だったのがわかる。
エリちゃんが言う「ブタ共」を押さえているのか、それとももうそれらは消えたのか、どちらか検討もつかないけど、確かにルカーチェさんとしてエリちゃんと話してる。
「お嬢様……主の、御元で、いつか」
「ええ。いつかきっとそちらに行くから、安心して眠ってなさい、ルカーチュ」
「あ、なたに……主の光が……」
そこまで言うと、落ちかけていた瞼が完全に閉じて、ルカーチュさんは塵になって消えてしまった。
遺体が残るんじゃないかと思ったけど、彼には、もう本体は無かったんだ。黒幕が誰かはわからないし、もしかしたら黒幕になるような人物は居なくて、「混じっていた」って言われていた怨念か何かのせいで発生したものだったのかもしれない。
私がぼんやり考えていたうちになにかに気づいたみたいで、エリちゃんは彼がいたあたりの血溜まりにしゃがみこんで、何か拾い上げていた。
血の涙石みたいな形の、でも魔力の光とは違う普通の光沢の、ただの赤い綺麗な石。
「本当に、バカね。ずっと
俯いて、拾ったそれを握りしめるエリちゃんに、その場にいちゃいけないんじゃないかと思った。私が見るんじゃなくて、ルカーチュさんがそこで見ていないと、寄り添っていないといけないような、そんな気がする。
「ねぇ、ロマン、まだ通信繋いでるんでしょ!
ダ・ヴィンチと代わってくれる?」
〈おっと、この天才ダ・ヴィンチちゃんに何か用かな?〉
「これ、絵の具にできない?」
さっきまで握っていた石を見せて、エリちゃんが言った。さっきまでの暗い顔色ではなくて、前を向いて、はっきりとした強い光がある目で。
〈おや、辰砂かい? 出来るよ。というか最高の赤が出せるね〉
「……なら、これで絵を描いてくれない? もちろん報酬は払うわ」
〈うん、いいよ。私も今、ちょうど描きたいものができたところだったからね〉
「ねぇ、マシュ。辰砂ってなに?」
辰砂、というのが何かわからなくて、こっそり通信越しにマシュに尋ねると、快く答えてくれた。
「鉱石の一種で、水銀を伴って産出する、赤くて透明な石です。紀元前から高品質の赤い顔料として使われていたんですよ、先輩」
「へぇ、あの石、古いタイプの絵の具になるんだ」
だったら、ダ・ヴィンチちゃんが手がけるんだし、きっと見事に描かれるんだなと思った。さっきまで対峙していた、いつまでも主人を想う細工師の姿が。
「じゃあ、帰ろうか」
「ええ、早く依頼したいしね」
✩ ✩ ✩ ✩
概念礼装「血涙のルカーチュ」
化生の硝子細工師はまどろむ。かつての主人の声を反芻し、眼に己が主人の愛した義眼を嵌め込んで。
宝具威力5%アップ+与ダメージ500アップ
ルカーシュの語源は(間違ってなければ)ラテン語の「光」
BGMはスザンヌ・ヴェガの「Luka」
追記:名前ミスってたので修正しました。