ちゃんと生きてます。死なない。
騎士モノ、というか騎士物語というものに一種のあこがれを抱く人は、児童ファンタジーをよく読んでいる人に多い気がする。気持ちはわかる、物語はかっこいいのだ。でも史実に近い騎士、テメェはダメだ。実際には、騎士と貴婦人の恋物語を読んでみると不倫愛であることが多いので、受け止められない人はよく脱落するなぁと思う。あと、結構後先考えず突撃して厄介ごと起こしてたりする。かっこいいと思うのは、それは理性的な物語の騎士だけだ。
少なくとも、同じ空間にあっては共感することはないだろう。……と、思ってた認識は正しかったらしい。ふざけんな、関わってくるんじゃない。
「貴様が王を攫った魔女か!」
びりびりと鼓膜を痺れさせる怒声と、一撃で吹き飛ばされ、小屋の壁に叩きつけられて痛む背に返事などできるわけなかった。何がどうしてこうなった。
「っつ、うぅ……」
ああ、熱い。首元が燃えるように脈打っていて、熱い。
(なんでだろう、わたし、なにかわるいことしたっけ?)
人は拾った。でもそれだって、倒れてた女の子を小屋へ連れてきて、さっき川鱒のグリルとクリームスープを飲ませただけ。久しぶりのお客さんだから頑張って作って食べてもらっただけなのに。美味しそうに飲んで、ちゃんと休んでから出ていくと約束してくれたのだ。この小屋も、《湖の乙女》って言われてた恩人から譲られたもの。それに魔法使いにはなったけど、私は悪いことしてないのに。ただ、恩人に教えてもらった薬や呪いで、毎日必死に生きているだけなのに。
(そうだ。薬、塗らなきゃ)
止血して、あ、でも直接圧迫は難しいか。どうしよう、手も動かなくなってきた。
そっか、私ここで死んじゃうのかぁ。
「何をしている! 彼女は恩人だ!傷を癒やして食料まで分け与えてくれた賢き女だ!」
さっきまで寝ていた子が目覚めたのか、半身をベッドから起こして叫んだ。さっきの怒声が原因なんだろう。
でも、駄目だ。まだ彼女の傷は治ってない。軟膏を塗って半分は治ったけど、傷があまりに深くてまだ寝てないといけないのに。
「だ、め……寝て、なきゃ……」
怒声を上げている彼女に少し似た騎士が、わたしをみて、つるぎを、
目覚めた場所は、知らないところだった。起き抜けの気分は最悪。体中痛くて、気持ち悪くて、重い。もう少しまどろんでいたいけど、なんでこんなに痛いんだっけ。体を捻って、痛む箇所をよく見たらどす黒くなっていた。うわぁ……
「あ、起きましたね」
「ヒッ」
すごく情けない声が出たけど、これはどうしようもないと思うんだ。起き抜けのベッドの横にあのめちゃくちゃ怖い騎士に顔が似ている女の子がいたらこんな声だって上げる。
「な、何にもしないから大丈夫ですよ!」
「嘘つけ!」
思い出した。女の子助けただけで顔がいい騎士にブッ飛ばされたんだった。この女性もどうせ仲間だ。こういうときに限って武器も何もない。体は痛くて中々動かせないし、もうやだ帰りたい……
せめてもの抵抗に、サイドテーブルに生けてあったハリエニシダを取った。いつも使ってる杖は無いけど、杖代わりにはなる。
「栄えよ、繁れ、茨の垣よ。根無し草を篭め、閉じよ」
持てる魔術の技術を全部つぎ込んで、茨の種を作り、それを発芽させ、異様な太さ、長さのそれでベッドをドーム状に覆う。今できる、最大限の抵抗だ。
「待っ、えぇっ!?」
驚いてるな。ざまあみろ。
何もないところから茨が茂ったらそりゃあ驚くだろうが、べつにこの時代のこの島は魔力に溢れてるんだから、このくらいのことはできるさ。師匠が優秀だったからね。
この人たちは信用できないから、誰にも邪魔されないように眠ってしまえ。自発的いばら姫、姫って柄じゃないけど、まあ、死ななくていいならそれでいいや。馴染んできてこっちの生活が楽しかったのに、一気に気持ちが萎びる。おうちに帰りたい……。
「キミは、いつまでそうしているんだい?」
「干からびて死ぬまで」
あのあとやってきた交渉役は緩い話し方でこっちを懐柔しようとしてくる。そんな手にかかるものか。私は絶対にお前がいるときは出ていかないぞ。こんな胡散臭いやつに騙されてたまるか。騙されて死ぬくらいならこのまま干からびてやる。せいぜい、変死体の後片付けに困ればいい。
どうせあの時から何も食べてないし飲んでないのだ。緩慢な死。
「それは、苦しいだろう。怯える気持ちはわかるけど、固意地を張っていてもどうしようもないと思うよ」
うるさい、どうせ、あの騎士の仲間のくせに。都合が悪くなれば、あの時と違って簡単に殺すくせに。
『嫌い。大嫌いだ。こっちになんて来ないで。殺したいと思ってるくせに。そんなの、茨に締め上げられて苦しんでしまえ』
日本語で、小さな声で、彼にはわからないように魔法を使う。餓死しようが構うもんか。こいつらがいないときに逃げ出したい。早く、お願いだから早くいなくなって。私が干乾びる前に。
「キミの魔術は僕らの王には優しいのに。なんでこちらを拒むのかな」
「どこが優しいもんか。王なら、優しくしてなかったさ」
嘘。年下の女の子には優しくする。この世界はやっぱり、現代日本よりはマシな気がするけど女の子は抑圧されてる。でも、だから優しくしただけで、王様という恵まれた立場なら絶対に近寄ってなかった。
「キミは、帰りたいのかい」
「こんないつ殺されるかわからないところに誰が居たいもんか」
眠たい。……そういえば、餓死すると言いつつあれからご飯何日食べてないのか知らない。3日水を飲んでないなら、もしかしたら本当に死ぬかも。
ふっ、と苦しくなる。あ、本当にお迎えかもしれない。やだなぁ。家族に会いたかったなぁ。なんで私、こんな目にあったんだろう。
なんだか慌てたみたいな声がする。さっきの交渉役の男、たぶん私の具合が妙なのがわかったんだと思う。私が死にかけているせいか、茨垣が少しだけ緩む。最後に見えた相手の姿は、驚くほど真っ白だった。
……なんか、慌てぶりが哀れだなぁ。最後に随分きれいな衣が見れたから、この人を恨むのは、やっぱりやめておこうかな。ああいう布とか服とか好きだけど、こっちに来てから見られなかったから。なんだか、久しぶりに心が踊った気がしたんだ。
「しっかり、キミ、しっかりするんだ!」
「ざまあ、みろ……」
でも言ってやらない。形の上では許しちゃ、いけない。形だけでもあのひどいことをしたやつの仲間は許したくない。
嗚呼、眠たいな。
緩んだ茨を無理やり切り刻んで、湖の魔女を引っ張り出す。痩せた身体は、数日何も摂っていないせいか元の姿より、ひどくやつれて細くなっている。
彼女はアルトリアの恩人だ。だから、丁重に扱うべきだったのだ。姿が見えなくなったことに焦ったガウェイン卿が、攫ったと思い込み彼女を斬ったのは非常にまずい。
〈来ないで、殺そうと思っているくせに〉
あのとき、たしかに彼女は怯えていた。心の中で殺される可能性に恐怖していた。善行をしただけのはずが、斬り殺されかけたらそうなってもおかしくはない。
しかし、あれは何だったのか。茨が緩んだ直後、こちらを見て、泣きそうな顔で微笑んだのは。私の姿を見て、ひどく安堵したように見えたのは。口先では嘲っていても、誰かを心配しているような顔をしていたのは。
「誰か早く医者を呼ぶんだ!」
彼女が死んだら、アルトリアが悲しむ。バッドエンドは、望むところではないだろう。ぎりぎりのところで力が残っていた手は、今にも力が抜けそうになっている。
「なんで生きているのか」
「キミが倒れたお陰で魔法が緩んでね。ハリエニシダの魔女さん、その力はしばらく封じさせてもらったよ」
あの白い男は魔術師だったみたいだ。ずっと格上の存在だ。逃げ出す隙なんかないし、なけなしの魔力を封じられた以上は抵抗とかできない。
「帰りたい」
「帰してあげるよ。だから、治るまではここにいなさい」
「……わかったよ、居ればいいんだろう」
胡散臭い男だ、本当に。私、ちゃんと生きてあの家に帰れるかな……
このあと恋愛ルートに進むのか、進まないのかは気分次第。怖くない対象は今のところアルトリアとマーリンだけかもしれない。マーリンは胡散臭いと思ってるけど。