思いつきアンソロジー   作:小森朔

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抱え上げようにもでかすぎて無理じゃん。



 本当はテオくん(美少年)書く予定だったのに、気づいたら道満殿書いてた。どうして……
平安時代の生活も口調もわからん!


師匠が恵体すぎて腹が立つ。

 おれの師匠は巨躯だ。それはもうばかでかい。独活の大木のようなでかさをしているが、立派な法師である。いや、むしろ師匠のがでかいんじゃないだろうか。

 

「師匠、袈裟ァ洗っちまいますから早ぉ出してください!」

 そしておれは、そのばかでかい法師さまの弟子である。

 

 

 

「恵祐、言葉を改めなさいと何度言わせれば、」

「お師様、御召替えを。出仕の刻です」

「……」

 すげぇ嫌そうな顔をしている。たぶんギリギリアウトなんだろう。上方の言葉どころか、お上品な言葉遣いと言うのはどうも難しい。

 

 お師匠さんは恵体で、その体の大きさに比例するように人が好い。そりゃあもう仏様といってもいいぐらいだ。道を修めた法師さまだから、そりゃ当然といえば当然なんだろう。だが、それだけじゃ言いようもない人の好さをしている。

 なぜって、どこの馬の骨とも知れないのに、おれを拾って、育てて、あまつさえ名前までもくれてしまったからだ。

 

「恵祐」

「はいはいわかっておりますよ。本日は符もご必要とのことでしたので紙と墨も用意してしまっております。お屋敷の結界維持も抜かりなく。留守は申しつかりました通りに。ご心配召されるな」

 口調もだいぶ頑張ったのに、師匠はやっぱり微妙な顔だ。ずいぶんと前に言葉を改めねば馬鹿にされたままだと説教食らって改めてるのに、おれの努力にはちっとも効果がないようだ。

 だがそれでも麗しきかんばせ。柳眉がひそめられるのはまあ絵になる。あれ、柳眉って美女の例えだっけか、まあいいや。大体似たようなもんだろ。女房さま方とかはキャーキャー言うんだろうか。怪人にしか見えない気がするけど宮女にはさほど邪険にされていないようではあるし。

 

 師匠は陰陽師なので、えらく有用だといわれて出仕とかもしたりする。師匠が出家する前のことはあんまりよく知らない。おれの出自にしろ師匠のことにしろ日々色々と言われるが、都言葉は迂遠すぎてわからん。

 

 おれはどこの生まれかなんてわからない身の上だったので、言葉が悪くて学もなく、参内することなど出来ない。指をくわえて、神経すり減らしながら人のために仕事をして、そのあと雇い主の奢りで旨いもの食って帰ってくる師匠を眺めるだけである。

 師匠が何者で、どうして参内できる立場を得て、今の地位に居るかわからないので、立身などとはほど遠い生活だ。

 だからどう頑張っても出仕のときには手伝えない。せめて大学寮に入れたらと思うが、漢籍は読めぬし漢詩も和歌もド下手くそ。希望すらねぇ。

 

 そんな下人でも、ときどき仕事を手伝わせてもらったり、時おり木果物とか持って帰ってきてくれるのでご相伴にあずかっている。でも、ぶっちゃけ師匠の肉体を維持するためには全部食わせなきゃいけない。欲をいえば食っちまいたいが、師匠が倒れるのと天秤にかけたらそりゃあ師匠を取る。あの恵体は維持が大変なのだ。法師なので生臭物は避けねばならないし、飯だって山盛り食わねば倒れてしまう。

 

 

 贅沢言うなら、野菜だけではなくて果物もしこたま食わせて、本当なら宍も卵も食わせたい。嗜好品はほとんど口にしないが、せめて果物くらいは食って欲しい。携帯食にと干すのを頑張ったのに、師匠は柑子にはどうも嫌な顔をする。

 あーあ、せめてミレニアム過ぎたぐらいなら良かったのに。そうすれば、師匠ほどの恵体でも、生臭物を食わなくたって生きていける食事はできるはずなんだ。

 本気で痩けた師匠なんて見たくもねぇ。あの人、思い詰めて絶食なんてしようものなら可哀そうなくらい骨と皮のごとくになっちまうのに。

 

 

「兎追いしかの山ぁ、小鮒釣りしかの川ぁ」

 石鹸様のもので師匠の袈裟をざぶざぶ洗いつつ、ふとその柄をじっと見た。どうにもスートとかピエロとかを思わせる黒と赤の変わり市松のような柄だ。本当に、師匠はどんな生活をしてきたんだろう。

 

 おれが知っている平安時代と呼ばれた時期では、石鹸なんぞなかったはずだし、灰で洗ってしまうのに、こんな鮮やかな袈裟などまず考えられなかった。これ合成染料使ってない?真っ赤はともかく真っ黒とか貴人ぐらいしか手に入れにくいだろ……どんだけ紫根使ってんだよこの衣……。

 

 やはりここは異世界なんだろう。というか、これが灰ならやっぱり植物が違うし異世界だ。どう転んでも知ってる世界ではない。

 

 紙も墨も高けりゃ師匠の召し物も高い。おまけに源氏の棟梁は女なのに男と偽ってるときた。あーあ、もっと安全な世に転生したかったなぁ、なんて。まあ次なんぞ無いだろうから文句など言えんな。

 

 干してしまったらあとはもう楽だ。やることは数える程度、師匠から式神の扱いも習ったので人手はまあ足りる。

 

 

 

 ようやっと主だった仕事は終わったと思ったら、今度はなにやら外がにわかに騒がしくなってきていた。大人数で来るなどとは、よほどの大事か。まあ、師匠ぐらいの大物なら当然。だってこんだけ屋敷もでかいんだし。

「誰ぞある! 誰ぞある!」

 門の前で叫ぶ者があるので、客が来たかと急いで迎えにいく。だいたい方違えの貴人の遣いだろう。

 

 だが、予想に反して門を開けてみれば、待ち構えていたと見える狩衣の男共が雁首揃えて並んでいた。

 物々しいにもほどがある。一体、何の騒ぎだというのか。

「蘆谷道満が謀反を企てた。屋敷の隅々まで調べさせてもらう」

 

 ありえない。師匠はお人好しだ。善人だ。だのに、そんなことがあるわけがない。呪いを人のためにばかり使うというに、何故そんな嫌疑が上がるのか。

 そんな考えが浮かぶが、それより先に、おれの体は立ち入ろうとする検非違使に立ちはだかっていた。

 

「待たれよ! 我が師が斯様なことをするはずが!」

 とめなくては。ここは師匠の家なのだ。私は留守を仰せつかったのだ。なのに、勝手に踏み荒らされてしまうわけにはいかない。

 腕を広げて入り口からの侵入をとめようとして。

 

「ええい、邪魔をするな!」

 

 

 あれ、なんで。おれの腹から、白刃が生えて──

 

####

 

 気づいたときには、もう夕刻だった。烏も飛んでるし、白刃が生えてたはずの腹は何ともない。どうも、うっかり寝入って夢でも見ていたか。

 そうは思ったものの、よくよく目を凝らせば家の中は検非違使に荒らされまくってズタズタだ。

 まとめてどうにかするために、使えるギリギリの数まで式神を飛ばす。物がそう多くない居所だから、まあどうにか帰りつくまでには片付くだろう。

 

 

 

 空気がピンと張り、震える。師匠が帰ってきた。やっと、やっとだ。

「おかえりなさ……ッ!」

 

 迎えようとした途端、土嚢のような重たいものが落ちるような音がする。水気を含んだ土の袋が崩れ落ちたようなそれは、嫌な予感を掻き立てるには十分だった。

 

「し、師匠? ……師匠ッ!」

 

 ──師匠はボロボロだった。

 

 慌てて駆け寄ったが、師匠はろくろく飯を食えなかったのだろう、かなり痩けてしまっている。髪はなぶられたときに切られたか、ざんばらの不揃いで、長着は破れて、なぜか袈裟は朽ちかけている。一体、たったの数刻々でどれ程の責め苦を味わわされたというのか。というより、おれはもしや数日寝転げてしまっていたのか。

 

「けいゆう…恵祐……」

「そうですよ、恵祐ですよ師匠」

「憎い、憎い憎い憎い憎い憎い。晴明が憎い。お前、あの男を呪いなさい」

 顔を上げた師匠はいつもの穏やかな表情なぞしていなかった。もはや妄執の塊と言ってもいいかも知れないほど禍々しい顔をしている。

 

 だが、おれに出来るのは雑用程度だ。飯を作って台盤を整え、湯を沸かし、衣を敷く。庭が荒れすぎないように整えて、使いが来たら決められた受け答えをして、日々の雑務をこなしていくだけだ。

 師匠が教えてくれた式神の使役をやっても、おれではそういうことをさせる程度しか出来ない。拾われて、師事してまだ十年も立たぬからか、否、才がないからだろう。だからそれだけをなんとかやりながら、師匠を宥めることしか出来ない。

 

「師匠、さては腹が減ってまともな思考が出来てませんね。すぐ台盤用意しますからちょいとお待ちを、ああそれに湯浴みも」

「恵祐、」

 わかっている。今の師匠は怨の一字しか持ち合わせていない。だから、獣のような目をしている。獣のように怨敵の喉笛を食いちぎることしか考えていない。

 

「師匠、師匠は疲れてるんですよ。そんなボロボロになってたらまず動けませんって。彼奴憎しの復讐、少し準備してからでもいいじゃないですか。でもその前にたんと食って休んで寝てください」

 止められない。止められるわけがないのだ。

 

「恵祐、何故だ、何故……」

「なあ、頼むよ師匠」

 泣いている。おれの目の前では決して泣かなかった御仁が泣いている。

 

「あんたはおれの師匠だ。名前も、寝床も飯も、あんたがくれたんだ。なあ、だから頼むから聞いてくれよ。おれァ親同然の師を人の道から外れさせたく無いんだよ……」

 

 何の因果かこんな世界に流れ着いて、それをどういう意図か知らんが拾ってくれた。見目は兄とも親とも同然だった。だから、これ以上苦しい思いはさせたくない。

 

 それで、師匠の体を支えようとして手を伸ばした。手当てと言うくらいだ、人間、人に触れられれば多少は心持ちも変わる。だから僅かながらでも落ち着いてくれないかと、そう思って。

 

 

 

 おれの手は、師匠をすり抜けた。

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