思いつきアンソロジー   作:小森朔

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 カルデアに弟子が召喚される話。あんまり師匠は出てこない。

 召喚されるぐらいの格をどう与えようかと考えた結果こうなりましたという話。師匠が全裸なら弟子の再臨は下着。似た者師弟。


師匠は居ねぇがやるしかねぇ

 道満法師は弟子の魂が心残りのせいで屋敷に留まっていたことを知り、袖の色が変わってしまうほど大泣きに泣きました。

 しかし、恵祐は喜んで、

「先生、どうか泣かないでください。私の体は朽ち果ててしまいました。ですが、師を慕う心は未だ朽ちてはおりません。ああ、なんと嬉しいことか、先生がようやくお戻りになった!」

 化生となった恵祐はそう申し上げるが早いや否や、煙となって消えてしまいました。

 そこで残された道満法師は、悲しみのあまり恨みを鎮め、門前に転がった骨を人の形に整え、ねんごろに弔ってやりました。

 

──『恵祐』訳文より

 

####

 

 長らく、眠っていた。

 

 どうしようもなく眠たくて、体が重たくて、私は、──おれは、眠り続けている。

 

 でも、ふと誰かに呼ばれた気がしたので目蓋をようやく開ける気になった。

 

 師匠に名を呼ばれるように、心地がよかったから、まあ、起きてもいいかと思ったのだ。

 

 少しばかり、焦げ臭い気もする。近くで小火でもあったのだろうか。

 

 

 

 と、ぼんやりと思ったものの、次の瞬間には目潰しされるほどの光が走ったのでまた目を閉じてしまった。ただ、今度は眠り続けている時よりもはっきりと意識がある。寝坊したような、なんとなくそんな座りの悪さだけは相変わらずあるのだが。

 

 そうして両の目を見開いたときには、もう、知らぬ場所である。

 広がっているのは現実味のない光景だ。それに、異様な匂いが立ち込めている。これまた、随分と厄介なことが起きているようだ。

 

 だが、やるべきことはなんとなくわかっている。脳に必要な情報があるというのは不思議な感じがするが、そう不思議がっている余裕もなさそうであるのだし。

「これは……ああ、名乗らねばならないか。」

 

 そう、新しい自分の主人に、()()()()()()()()()()()()()()()()に、おれはここにいるぞと伝えてやらねばならない。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上つかまつった。名を……っだぁ! めんどくせぇ! ケイとでも呼んでくれや。まあ、その、なんだ。よろしく頼む」

 

 燃え盛る廃墟の町でおれを呼んだのは、どうも目の前の少女たちらしい。

 

「サーヴァントの召喚に成功しました! ですが、ええと……」

「ああ、こんな状況で悪いが、おれは白刃で斬られたからランサーなんだよ。だからそこまで力も強かねぇんだわ。奉公は精一杯やるがな」

 

 おれの答えに想像も実感も追い付かないのだろう、不安そうな二人組の背中を呵呵大笑して張り倒す。まだ頼りない背中だ。いや、頼られるべきではない子供の背だ。

 きっと誰かに呼ばれるのは今回ぐらいだろうし、せめて彼女らを守りきれば、償いにはなるだろうか。

 

 

 

 

 そう思っていたが、どうも前にどうにか手を貸して帰してやったのが原因で縁ができたらしく。冬木から帰還した主らに呼ばれてからは、しばらくカルデア暮らしが続いている。

 あのときからここまで無茶をしっぱなしの主だが、私が現地に赴いて手助けをしていた中で一番無茶をしたのはバビロニアだっただろうか。カルデア経由で応援で行ったから知っていたものの、神秘の濃さは私が生きていた頃の京より上だろう。鬼の類いだってここにいれば元気一杯で手がつけられなくなりそうだ。

 

 

 

 そこで主は敵の群れのど真ん中に、あろうことか飛び降りやがった。

 

「ランサーッ! 着地頼んだ!」

「あ゛あ゛っ!?」

 主はそもそも聞く前に飛び降りていた。現在位置が瞬時に脳内を過って行ったので、ここから城塞まで戻るのはどうにかなるだろう。

 しかし、こんな無茶は頂けない。いくら撤退が急務とはいえどだ。

 

 そもそも、私より逃げ足が早くて時間が稼げる奴なんて他にいるだろ!

 

「なんつぅ無茶苦茶やりやがんだよ主ぃ!!」

「ごめんて!」

 

 見渡す限り、獣、獣、獣。しかもこいつら、群れどころか階級意識すら無いらしい。野の獣の類いではない、か。

「ああクソ、抱きつけ口閉じてろ、舌ァ噛むなよ!」

「ん!」

 赤ん坊よろしく丸まったまま、サムズアップするマスターに場違いな笑いが出そうになるのを堪えて、彼女を抱え直す。

 

 戦略的撤退なんて、今世しかやってないから難しいのにな。マスターも本当に人が悪い。

 

####

 

 そんなことを一緒にやってきたマスターとも、そろそろお別れだ。郷里に帰るらしい。私も、この後一時間もすれば退去だ。私物もあらかた片付けたし、元より備品を借りていたものばかりだから片付けにも困らない。

 

「ケイ、今いい?」

「ん、どうした立香、っぐぇ」

 

 そんな、ほとんど片付いてしまっている私室。たぶん死んだ職員の部屋だったのを遺品片して流用してんだろうが、一年以上居着いてしまっているから最早おれの根城だ。ガラガラになってもそれは変わらない。

 寝台でだらだらと本を読むおれの背をマスターがクッション代わりにするものだから、思わずひしゃげる蛙みたいな声が出た。

 

 柔らかい、肉が相応についている体なのでそう痛くもないから構わない。けど、多少は前振りがあったって良くないか。流石にどんな軽さでも不意にぶつかる衝撃だけはどうしようもない。

 

「いや、さ。ケイって日本の反英霊なんだよね」

「まぁ、そりゃな。というか、そうじゃなきゃここに居られねぇからな、クラスもでたらめだし」

 流石にマスター相手に自分は半端者の英霊です、なんて言えるわけがない。だからとりあえずケイを名乗ったわけだが。召し上げられて半年も経っちまったんだ、今じゃケイと呼ばれる方が妙にしっくり来るから困る。

 

 生きてるときに誰かに名前を呼ばれるのはどうでもよかった。師匠が呼んでくれるときは、まぁ、下人にしては大事にされてる気がして心地がいいとは思っていたが。

 

「うーん……でもさ、そろそろヒントくらいはくれてもいいんじゃない? わからないことだらけだし、そろそろみんな還っちゃうし」

「あー……そう、だよなぁ」

 そう言われてしまっては言わずに済まない、と思う。けど。まだ少し、おれは本性を知られることに恐れを抱いていた。

 

 本来なら正体わかったら嫌がられるのが筋だが、このマスターは違う。それは経験でわかってるし、そこがマスターである立香の長所で短所だと、おれは勝手に思っている。

 でも、おれは知られるのが嫌だ。万が一にでも嫌われたらと思うと、おれが嫌なのだ。この期に及んで。

 はじめて、誰彼構わず醜い過去すら心から打ち解けるような、そんな剛胆な友達ができたせいだろう。その万が一がひどく怖い。

 

 生きてた頃には同じ年頃の友達なんて出来なかったし、出来ても病か鬼かで死ぬのが多かったから安心して関わりにくかったから仕方がない。

 あと、生活の大半は師匠と居た。そのうち一人立ちできるように修練なんて本当に血が滲むまでやらされたからな……おかげでランサーでも自分の火力だけは上げられるから今があるんだが。

 

 

「しゃーねぇな……昔話でいいか? さして面白みもないけどな」

 動く気配のない彼女に、静かに腹を決める。もう、十分すぎるほど待たせてしまったのだし、これ以上はよくないだろう。

「やった」

 

 体を起こして居住いを正すと、同じように姿勢を正していた立香は、思い切り力を込めてポテチの袋を開けた。その隣にはコーラもある。

 

 ……主、おれの昔話を怪談かなにかと間違えてないか?

 

####

 

 ──おれはさ、師匠に拾われたからおれになったんだ。その前も名前があるにはあったんだけどな、もう今じゃろくろく思い出せん。

 

 それでも、最初っから懐ききってたわけじゃねぇよ。人攫いも出るからな。

 でも、師匠は特に売っ払おうとはしなかったし、動けるようになっても飯と屋根の代わりに仕事しかさせなかった。というか、何の得もないのにそれなりに動けるようになるまで飯もくれたんだ、そりゃもうお人好し極まれりだ。

 だから、訊いた。何で拾ったって言ったら、まだ目が死んでないってだけ返されてな。笑っちまったよ。目が死んでねぇ捨て子なんて世の中には山ほどいるんだぜ。勿論、師匠が行く先々でも見たろうに。

 

 でも、嬉しかった。

 まだおれは死んでない、おれを見てくれる人がいるんだって思ったよ。正直、野垂れ死にが決まったもんだと思ってた。

 だから、この人のために生きていこうと思うぐらい、おれを拾って面倒見てくれたのが嬉しかったんだ。大恩だよ。それこそ、師匠の代わりに死んでも返しきれないくらいのだ。

 

 ……けど、仕事習いながら奉公して十年もしねぇのに、師匠がお上に捕まっちまった。

 

 

 

「えっ、なんで?」

 

 首をかしげる立香に、思わず笑う。

 おれもそう。当事者じゃないから、そりゃあわけなんてわかるはずもない。おれは蚊帳の外の人間だった。

 

「謀反だ。師匠は今をときめく、ああいや、もう過去か。殿上人を呪殺しようとしたんだ」

 

 

 

 ──わけがわからなかったよ。だってどこの馬の骨か知らねぇ子供拾って、衆生のために祈ってたんだぜ? それに、生真面目で、ドがつくくらい嘘が下手くそな人だった。

 だから何かの間違いだろってさ、ガサ入れしに来た連中に言ってやったんだよ。

 

 ……いや、悪い、嘘言った。皆まで言う前に斬り殺されたわ。楯突いた途端にグサッ、と一発。最後に見たのが腹に刺さった太刀だったもんで、おれはランサーなわけ。

 

 なんでそんな理由で召喚できるのか、正直おれにはさっぱりわからん!

 

 これでおしまい。おれが話せるのは、まあ大体こんなところだろうな。

 

####

 

 所々ぼかして語りきって主を見ると、ぽかんと口を開けていた。一寸間抜けで可愛らしい。

 

「……え、反英霊の要素無くない? それに、()()()()()()()()()だったよね、あれ何?」

 

 そう、基本的に下人をやっていた頃の姿で活動しているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()である。

 

「ああ……おれ、あの姿で内裏に化けて出たんだよ。師匠が死ぬほど恨んでた奴がいてな、師匠の恨みが強すぎて結局鬼の出来損ないみたいになってさ」

 生成りになるのは女ばかりだ。そのあたりの話もあったし、そのせいでおれの第二臨は下着で半端者の女鬼である。

 まあ、服自体も透けない小袖で豪奢なものだから、現代なら普通の服として通じる格好ではあるはずだが。

 

「うわぁ、マジか」

「ほんとだよ。おれだって本意じゃなかった」

 本当に、本意ではない。師匠のせいと言われればぐうの音も出ないし、もう見つかり次第に首を刎ねて晒されていた可能性すらあった。

 

「化けたあとおれも抵抗してたから人は食ってねぇけど、師匠の法力が強すぎてな。その結果が第二臨の生成りもどきだ。

 ……ま、お陰でおれは反英霊とはいえ召喚できるぐらいの認知度になったからな、まあいい空気吸ってるって言っていいだろ」

「いやそれ呪われてるでしょ」

「まあ最後の親孝行だし死んでるからセーフだろ」

「セーフの意義とは」

 退去前にしてはかなり軽い応酬かもしれない。これなら、気持ちも軽く還ることができるだろう。

 

「うん、でも、名前は教えてくれないんだ」

「これだけヒント出したんだ。がんばって探してくれ。あぁ、そうだ。これやるよ。年頃なんだし、一つくらいあった方がいいだろ」

 

 嘘だ。本当はまだ居たい。そのうち気兼ねなく自分の、師匠にもらった名前が出せるまで。

 その気持ちを噛み砕いて飲み込んで、いよいよ出せなかった品を主に渡す。

 

 視線でおれに尋ねてから躊躇なく包みをほどいた主は、中身の巾着から贈り物を取り出して首をかしげた。

 

「これ、貝殻?」

「紅だよ。塗ったのが乾いたら玉虫色になるんだ」

 

 私が贈ったのは貝に塗りたくった紅だ。玉虫色のやつ。私が生きている頃に使っていたものや、今も塗っているものとよく似ているものだ。

 

「でも、高いんじゃ……」

「気にすんな、高いは高いが全く出せんような値段じゃない」

 

 塗ってみていいか、と尋ねれば、頷きと共に顔が近付く。普通に座っていればいいのに、律儀なとこで。

 

 開封せずにほったらかしていたミネラルウォーターを開けて、ほんの少し筆を湿らせて紅を取る。さて、これを主の唇に塗ったら何色になろうか。さくら色だろうか。それとも、陽のような朱色だろうか。

 

「おれの目元と同じ緑にしたかったら、此限り塗り重ねにゃならんから、この貝の三分の一は要る。」

 

 紅を玉虫のそのまま塗るのは難しい。笹紅のような塗りにするなら唇以外はより難しかろう。

 だが、これから受ける試問に答えるときは、これを塗らせよう。そうだ、退去と引き換えにしようか。そうすれば、この律儀な主は絶対に塗ってくれる。

 

 

 筆を用意してから、霊基を変えて小袖姿になる。この装いだと当時は豪奢とはいえ下着扱いだったのが、今じゃあ普段着だ。まぁ、気にしなくていいからありがたいのだが。

 

「あれ、なんで霊基再臨して」

「何故もなにも、紅と言うのだから、それはこっちの姿だろう?」

 

 小袖の蝶に朱が飛ばないよう気を付けながら主の唇に紅を差す。女同士だ、仲の良い友に見えればいいのに、と思う。角は生えかけだから頭が重たいわけではないし、他人に紅を差すのにも支障はない。

 そうして薄く染めた唇の色は、彼女によく馴染む柔らかなさくら色だった。──決して、鬼に変ずるような赤ではない。

 

「なぁ、主よ。監査のときには私と同じくらい濃く紅を塗って。あと、ここ一番の大勝負のときにも。

 もちろん、監査が全部終わったあと塗るのは目元じゃなくていいし、私のように濃くしなくていい」

 

 化粧に慣れ親しんでいない彼女のことだ、この後紅を落としたら、似たようにするのは難しかろう。

 

「なんで」

 

 苦しげに目を伏せる主は、やはり主として仕えるのに良い人間だった。私のような化生にすら心を砕いてくれる。その心地の良いことよ。

 

「監査の連中に何ぞされて、出したくもない涙が出るかもしれないだろう。だが、血涙ならそいつらも怯む……かもしれない」

「……血の涙かぁ、鬼みたいだね」

 

 彼女がどうにかひねり出した言葉は、私の望むものに近いものだった。

 

「ああ、半端者とはいえ鬼の私がさせるんだ。そりゃあ鬼のように恐ろしいだろうな」

 

 大丈夫だ、彼女は鬼にはならない。私と同じ紅を差しているうちは、私が守ろう。もし立香がこれからの人生の中で私を忘れないなら、私は紅を依代に傍に在り続ける。

 

 師匠とも同じような化粧なのが玉に瑕だが、師匠はいないし、まあいいだろ。

 

「なぁ、主。おれさ、主にケイって呼ばれるの、師匠に呼ばれるのと同じくらい、嬉しかったよ」

 たったふたり、たったふたり分記憶があればいいと思うぐらいには。

 

 

 

 

 

 ──でも、私は立香に黙っていることがある。

 下総の記録で見た黒幕は、私の目では見ることができず、声を訊くことが叶わなかった。

なら、あんなことをやったのは、恐らく……

 




次で平安京書きたいなぁ
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