思いつきアンソロジー   作:小森朔

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 天覧聖杯戦争の裏で弟子がぐちゃぐちゃになってる。
 グロシーンが多いので注意。

 書き納まらなかった。師走は忙しいとわかっていたけれどここまでとは思わなかった。あともう書くの投げたいので新年に後半の更新があるかわかりません。
 息抜きに晴明の話書かせて……


お師匠様の言う通り(前編)

 道満法師が捕らえられたのち、内裏に現れた生成りは、緋色の小袖を纏った姿の媛のようであった。その鬼は人を食らうことも脅かすこともなく、ぼんやりと佇み、時折涙を流すばかりであったが、それを見て失神、放心するものが相次ぎ、ついに安倍晴明が呼ばれることとなった。

 しかし、その女は清明の語り掛けに対して涙を流すばかりで話は一向に進まない。

 そこで心当たりのあった清明が法師の名を出すと、鬼は一転して涙を流して答えるようになった。女は自らを「祐」と名乗り、問いかけに答えたのち道満法師の処遇を尋ねると、夜明けと共に消えてしまった。

 

──『祐姫問答』概要より

 

 

 

 

  ぐちゃり。

 

 

 ひどく、眠たい。それに、寒くて、冷たくて、わけもわからず息が苦しい。

 

 だが今日もやらなくてはならないことが多い。それに師匠は、今日からしばらくは参内しなくてはならないのだ。おれも水垢離をして、手伝いをせねばならない。

 

 

  ぐちゃり。ぬち、ぐじゅ。

 

 

「起きましたか、恵祐」

 師匠の呼ぶ声がする。いつもより、どこか優しく聞こえる声音だ。

 ああ、でも、だめだ。体が重たくて、寝床から起きられない。応えなくてはならないのに。

 

 ここ最近、水垢離が嫌な気がしているからだろうか。身を水に浸すたびに、何かがこわいという気持ちがする。だから、起きたくないと思ってしまうのだろうか。

 

「し、しょう……」

 起きないと。起きないと、いけないのに。ここにいてはいけないのに。

「眠りなさい。──寝ていろ、恵祐」

 

 

 まだ外は暗い。本日は師匠が参内する日であったけれど、まだ起きる頃合いではないということなら、良いのだろうか。

 ……きっとこのままではだめだと頭の片隅で溶け落ちかけの思考が働いている。でも、それ以上に眠たくて、体が重たい。だから、うつらうつらとしている。

 

「お前が目を覚ますには、まだ早すぎる」

「は、ぃ……」

 

 鉄の匂いが、する。さっきより少し、四肢が重たい。

 

 

  ぐじゅ、ぐちゃ。ばき、ぼき。……ぁ、すけ、ぇ……。ぽき、ぱき。

 

 

 ああ、でも温かい。温かくなった。まるで湯船に浸っているような。とても気持ちが良い。

 

 屋敷には、おれと師匠以外に誰もいない。物の怪が出ることもない。使役する式神が舞っているわけでもない。

 だからきっと、何か聞こえたように思ったのは風の音か何かだ。そんなことより、眠らなくては。

 

 ──閨は暗い。まだ、夜は明けない。

 

 

 

 香子さんの手引きで入った内裏は、冷え冷えとしていて明るく、広かった。

 だからだろう。冷静にならなければと思うのに、怪僧を前にして、どうしても気持ちが落ち着かなかった。これまでの所業が浮かんでは消え、一向に苛立ちが収まらない。

 

(マスター、おれたちみてぇな相手に馬鹿正直に名前を名乗るんじゃねぇぞ。名乗っても姓だけにしとけ。)

 

 ふ、と彼から言われた言葉が過る。ずっと傍にいてくれた、退去しても守ってくれた彼の、きっと今だからこそ必要な情報だ。

 相手がリンボならあまり意味はなくとも、道満であるならば真名隠しが効く。

 

「藤丸、です」

 

 目の前の男、諸悪の根源である男を睨め付ける。決して、出方を間違えてはいけない。いまここで逃がすわけにも、聖杯戦争を続行させるわけにもいかないのだ。

 

「やはり、突然の祓いは宜しくなかったようだ。拙僧は嫌われてしまったようですね」

「そうではない、です」

 

 心底悲しげに放たれた道満の言葉に偽りの色はない。姓だけを名乗ったことは、唐突な祓いに対して警戒をしたものと思ったらしい。

 

 念を通じて報告してくれる段蔵さんもリンボの霊基ではないと言うのだから、きっと目の前にいるのはリンボではない。

 それでも警戒体制は取る。ただ別人だからといって、目の前に居るこの時代の蘆屋道満を警戒しない理由はなかった。為人を知らないのだから、過ぎたることではない。

 

 空気が揺らぐ。

 ふいに影が増えたのに気付き、立香は其方を向いた。

 

「お師様……儀式の準備が、整いました」

 

 現れたのは、玉虫の化粧をし、白の狩衣を纏った“青年”だった。

 

 彼のことは、よく知っている。まだノウム・カルデアには呼び出せていない彼は。ずっと、退去してなお化粧に仕込んだ術で凶刃を防ぎ支え続けてくれた彼は。

 

「っ、ケイ……!」

 声をあげて、彼に語りかけようとして。

 

「恵祐」

 

 

 空気が張り詰める。動けない。

 

 

 どこか歪んだ気配を感じて、嫌な汗が背を伝った。言葉一つ、声一つにひどい歪みと重みがあった。

 

 

「おや、恵祐とお知り合いでしたか。……お前、何処で彼女と?」

 

 そして、たったの一瞬。しかし確実に、穏やかであった道満の視線が鋭くなったのを立香は見逃さなかった。

 

 だが、恵祐のほうは師の様子には気づいていないようで、ただぼんやりとしたまま首をかしげるに留まっている。なにかが変だ。

 

「? 覚えが、ありませぬ……」

「ふむ? ならば忘れてしまったのでしょうね。本当に仕方のない。……よく覚えていらっしゃるというのであれば弟子がお世話になったことでしょう、大変失礼いたしました、藤丸殿」

 

 恵祐と呼ばれた青年の、伏せられた睫毛が揺れる。どこかしどけなさを感じさせる物腰と言葉に立香は絶句した。それまでカルデアにいて友愛を向け、また向けられていた相手と目の前の相手とが重ならない。

 

 ──確実に、何かされている。

 

 

 そう思いはしたものの、左大臣である藤原道長の登場、またそれに伴って身分の低い恵祐が場を辞して消えてしまったことによって、それ以上のことを探れはしなかった。

 

 

 

 

 内裏を辞した後、大路を徒歩で下りながら腕を擦る。あのあと額を拭うと驚くほど汗が吹き出ていたし、腕には鳥肌がびっしりと立っていた。

 

「立香、お前あの恵祐って奴と知り合いなのか」

「うん。でも、態度が全然違うよ。あんなに元気がなさそうなのはおかしい」

 

 金時に問われてそう返し、立香は彼の態度がやはりおかしいと思った。

 カルデアにいた恵祐は、いつだって快活であった。だが、あの場に姿を表した恵祐は、打ち据えられ続けたかのように生気がない。差異に違和感を覚えないというのは無理な話だ。

 

「そうだな。俺も市中で見かけたことはあるけどよ、あんな殊勝な振る舞いをする御仁じゃなかったぜ」

「だよね。ケイ、普段はもっとぶっきらぼうだよ」

「ええ。恵祐殿は人を気遣ってはくださいますが、人を気にしないお方でしたね」

「じゃ、やっぱり恵祐についても調べた方がいいのかもな」

 

 立香は彼のことを思い返し、笑みをこぼした。彼は子供や他のサーヴァントの求めに応えていたが、反面自分からはあまり積極的に関わることもなかったし、印象を気にして愛想を振り撒くようなこともしなかった。

 

 

「あっ、きんとき!」

「きんちゃーん!」

 

 子供たちが金時の姿を認めると駆け寄ってきてじゃれつく。大人たちにも餅を勧められるやら成長を褒められるやらで気楽に接されつつ、天覧聖杯戦争の始まった頃から現在までの噂を尋ねた。

 京人は噂を好む。何かおかしなこと、目先の変わったことがあればすぐに出回るのだ。鋼の怪の話もそれなりに集まってしまった。必要なことについては、概ね訊いただろう。

 

「鋼の怪か……そうだ。なぁ、恵祐って知ってるか? 道満法師んとこの」

「ああ。恵祐はんかぇ? あのお人はええ人よ。困っとったらいっつも来てくれはるし……」

「でもここ最近見かけんなぁ……お師はんが参内してはるって、手伝いに行かはっとるんやろ?」

 

「なあ、それっていつからだ?」

「ここ数日やなぁ」

「鋼の怪も、恵祐を見かけなくなったのも同じくらいか」

 

「そういや、誰が言ってたか覚えてへんのやけど、道満様のお屋敷、夜中に川の水汲んで運んではるらしいわ」

「川の水?」

 

 それを聴いて金時は思わず聞き返した。確かに不自然な話である。また、誰が聴いたかわからない、どこから出たかわからないというのも妙である。噂には、話した者の大まかな身分がついて回ることが多いが、この話にそれがなかったからだ。

 また、夜中にというのも、ここ数日は怪異が多く、聖杯戦争もあって目撃するものがほとんどない筈であることを加味するとおかしなことである。

 

「そう。化けもんの出だしたんとおんなじ頃。黒牛で運んどるんを誰ぞ見たいうて。それで、そっから昼間も恵祐はんを見かけんようになったわ」

「そりゃおかしいな。お屋敷には井戸くらいあんだろ?」

 

 屋敷を持っているというのに川の水をわざわざ汲みにいくというのはあまり考えられることではなかった。井戸がある筈である。

 

「うちもそう思うんやけど、何かまじないでもしてはるんやろか……」

「ああ、そうかもしんねぇ。世のため人のために祈ってる法師様とそのお弟子だしよ。心配すんな!」

 

 不安そうに語る京女の不安を打ち消さんと豪快に笑った金時は、それを見て喜んだ子供たちに飛びかかられて埋もれる。このときは確かに、心配などないと笑い飛ばせたのだ。

 

 

 

 

 そしてその日から二日。京には、黒い太陽が昇っていた。

 

 

「恵祐、起きなさい」

「、ぅ」

 

 目を覚ましてまず知覚したのは、酷い異臭だった。鉄と、脂と肉の腐った臭いが籠っている。暗くて見えなかったが目が慣れてから見てみれば、どこもかしこも汚れている。

 

 だが、恐ろしいことに、それが心地よいと思っている自分がいる。饐えた臭いの筈なのに、それが旨そうに思えて、腹が減ったような気がするのだ。そこかしこに検非違使の衣が散らばっていて、撒き散らされた血肉を吸っているのが勿体無いと思ってしまう。

 

 そんな自分を、師匠はまじまじと眺めてなにやら満足げな表情をした。

 

「場を整えるのに二日。お前の支度に七日。術を行うに三日。やっと、やっとだ。ようやく、お前を作り替えられた! これほどまでに早く天覧聖杯戦争が中止になることは計算外でしたが、まあ良いでしょう。

 さぁ、衣を変えなさい。お前のための装束ですよ、恵祐」

 

 

 師匠は高価そうな黒い衣を纏い、髑髏の意匠のある冠を戴いている。それなのに、汚れてしまうことに一切の頓着をしていないかのような振る舞いをする。

 すぅ、と指された衣もまた黒だった。黒無垢の、女の装束。

 

 どうしておれがそんなものを着なければならないのだ。おれは、師匠の弟子で、下人で、女のように扱われるものではないのに。なぜ師匠がそのように強いるのか。わからない。わからないから、怖い。

 

 

「ぁ……」

 

 声が出ない。ヒリヒリと喉が痛む。食べ物も飲み物も、口にした記憶がない。

 否。おれは一体、この二週間ほど何をしていた? 参内に伴って手伝いを始めたのは、一体いつのことだ。

 

「もう二度と手離すものか。儂から、拙僧から決して離れてはならぬぞ、恵祐」

 

 長い爪の手指で顎を掴まれ、顔を覗き込まれる。痛い、どうして、と疑問が浮かぶが、それ以上のことを考えることができない。頭が痛い。気持ちが悪い。胃の腑がひっくり返りそうな、喉を掻き毟りたくなりそうな不快感がある。

 

 師匠の眼は、既にして人の眼ではなかった。黒目ばかりの眼は獣のそれとよく似ている。白目が見えたかと思えば、今度は瞳孔が山羊のように横に拡がる。

 そんな師匠の眼がおぞましいと思うのに、どうしても目を離すことができない。これも、おかしい。そのおぞましい眼で眺められるのが、功を誉められているかのように心地よいなどと。

 

 

 怖い。

 

 

 誰か、と叫びたかった。だが、助けなど来るはずがない。だって、これをやったのは、検非違使たちを殺したのは師匠だ。清明殿もいない今、師匠に敵うものなどあるはずもなかった。

 

 叫んだところで、泣いて赦しを請うたところで、誰かに助けてもらえるわけがない。そんなことをしたら最後だと、きっと酷い暴力に晒されるぞと冷静な自分が囁きかけてくる。もう、おれの意思の自由など存在しないのだ。

 

 出掛かった悲鳴と嗚咽を堪え、もつれる舌を必死に馴らして、望まれている答えを考える。

 

 耐えなければ。耐えて、耐えて、どうにか耐えきれれば、きっと。

 

 

「……はい、師匠」

 

 

 逃げ場はどこにもない。血と肉が散りばめられた閨は、“私”のために作られていた。

 

 赤黒くどろどろに汚れていた服を脱ぎ捨て、与えられた衣に袖を通す。体液まみれのまま纏った赤い肌小袖の蝶は、あまりにも滑稽だ。

 これのどこが善いのだ。師は部屋が黒ずむほど人を殺めて、自身は得体の知れないものに作り替えられて。外は、どうなっている。ここはどこだ。なにもわからない。……わかりたくない。理解したくない、理解してしまうのが怖い。

 

 痛む頭で式を手繰って黒無垢の装束を纏うと、師匠は笑みを深めた。

 こんな姿の何に満足などなさるのだろう。わからない。つらい。苦しい。ただひたすらに醜いだけであろうに。だれか。どうしてこんな。

 

「良い子だ。さぁ、行きましょう。お前は特等席にいなければならないのだよ、恵祐」

 

 

 いつぞやに見た鬼の角のように固められた前髪が、私の頭に触れようとした師匠の手の邪魔をする。触れられたそれには確かに神経が通っているようで、師匠の手の感触がまじまじと伝わる。それを師匠はわかっているのかいないのか、やはり場違いな、喜びに満ちた笑みを浮かべている。

 

 撫でられるのが怖いと思うのは、これが始めてだった。

 

 

 

 

 空間の出口に寝そべっていた黒い牛を、師匠に手を取られて跨いで越える。……出てしまって振り替えれば、牛などどこにも居なかったかのように姿を消してしまっている。

 ……嗚呼、成ってしまった。もう人間には戻れはしまい。

 

 

「……お主、恵祐と申したか」

「……左様に、ございまするが」

 外には道長様も居たらしい。返事をしようとしたが、まだ口がいうことを利かない。

 

 それをどう思われたか、血の海に立った公に睨め付けられてしまった。それがどうにも愉快で、悲しくて、楽しくて笑いたくなってしまう。ああ、どうして楽しいのだ。違う、悲しい。いいや、不快なのが愉快だ。

 

 

 先程まで自分がいたものを見やる。

 ……随分と大きな、美しい花の蕾だこと。

 

 

 

 紫式部の登場と共に現れた宙に浮かぶ文字──陰陽師・安倍晴明によってアルターエゴ・リンボと蘆屋道満に関わる不可解な状況は解明された。

 

「清明さん、もしかして恵祐を知ってる?」

〈……ああ、知ってるよ〉

「あっ、何か隠してる」

「隠されていますね」

「隠してんな」

 

 新しい文字に変わるまで歯切れが悪いと感じるような、不自然な間が空いた。流石にこれは、隠し立てしていないと思う方がおかしい。

 

〈京のことは全て知っていると言ったろう? さっきあの大莫迦が言っていたからね。厄介なことに、どうやらあの子は調整されているらしい〉

「調整?」

「ですが、恵祐殿は人間でしょう?」

 

 浮かぶ文字列に嫌な予感がする。

 

〈ああ、あの子は間違いなく人だよ。けれど、奴が川の水で垢離をして瀬織津姫に祈祷したんだろうね。彼女は生身の人間では考えられないほど、身の内に穢れを溜め込んでいる〉

「けど、結界があるんじゃねえのかよ? というか、恵祐の奴は男だったろ」

「それに、瀬織津姫といえば穢れを祓う存在のはずでは……」

 

〈無論。私の結界は機能していたし、瀬織津姫は確かに穢れを祓う神だよ。だが、逆なんだ。

 あの子は君たちが参内した日までは、内裏の穢れの浄化装置になっていたんだ。聖杯戦争のために発生する余計な穢れを拭い去り、術式を内裏から弾き出されないためにね。性別はまあ、別にどうでもいいんじゃないかな〉

 翌日からは大莫迦も危機感を持ったか、仕込みが始まったようで内裏には居なかったけれど。

 

 そう続けられた言葉に体の中心が冷えていく。それじゃあ、恵祐は。あのときにはもう。

 

「つまり、弟子すらも道具として使い捨てたと」

 私の考えを受け取ったのか、段蔵さんの声が震えている。下総での段蔵さん自身への扱いを重ねているのかもしれない。

 けれど、それを否定するように文字が揺らぐ。

 

〈いいや、それも違う。あれは弟子を殺したくないがために穢れを受け止めさせて調整していたらしい〉

「それは、どういう」

 

 段蔵さんの疑問に、切瑳に目を塞ぎたくなる衝動に駆られて慌ててそれを押さえる。聴いてしまいたくない。きっとそれは冒涜的なことだ。でも、知らなくてはならない。私は、あの人のマスターだから。

 

〈なに、穢れを受け続ければその者は遠からず人の道から外れてしまう。ましてや流し込まれたのは宮中の穢れだ。七晩、川の水に身を浸して祈祷し、穢れを受けやすくしていれば鬼になるには事足りるよ。〉

 ──鬼になれば、並のことでは死なないだろう?

 

 ぞわり。

 

「~~~ッ!」

 

 総毛立ち、思わず悲鳴を上げてしまいそうになった口を押さえる。それじゃあ、内裏で彼をそばに置いていたのは。あの時、冷たく張り詰めた気を向けられたのは。

 

「でも、それなら彼はどこに? 内裏に居られたことも驚きですが、鬼に変じるほどあからさまな穢れなら、隠せる場所なんて京には早々にないでしょう」

 

 頼光さんが困惑混じりの疑問を呈する。

 

 それはそうだ。将神の出現だって、彼の結界に弾かれている。そこに穢れがあると判れば排除されるし、どうやって隠したのかと思うのは当たり前だ。

 

〈聖杯戦争における穢れは術式の中で循環して自然と消えるようなものだ。英霊はそもそも死出の旅路の先にあるからね。けれど、宮中も清めて穢れをかき集め、ゴミ箱のように扱っていたのでは当然ながら限界が来る。ならば、そんなものを置いておける場所の候補はひとつしかないだろう〉

 晴明さんの言葉に、やっと彼がどこにいるか想像がついた。きっと、恵祐はずっと同じところにいる。きっと、嫌がって、抗っている。

 

 少し前に生え、根を下ろし聳え立つそれを見上げる。おぞましい姿で天を衝き、花開かんとするそこに。

 

 

〈木を隠すなら森に、穢れを納めるなら聖杯の在処──空想樹に、さ〉

 

 

 

 

 人形ひとつ、釘ひとつ。境内のいちばん立派な桜の木に打ち込み、打ち込み。それで神様は木が台無しになるのを厭うて悲鳴を上げて、聞き届けてくれるという。

 

 本来、人を呪殺するには七日七晩、丑の刻に木に人形を打ち付けなくてはならない。そうやって祈り祟った暁に黒い牛を跨げば、おしまい。黒い牛は呪の現れ。そこで願いは成就を確約される。

 

 いずれ槍兵になるという私は、そういう点でも都合が良かったのだろう。どう頑張ったところで、最後には呪うものになる運命らしい。

 ああでも、本当は……師匠と一緒に穏やかに生きていたかった。

 

 

 みしり。

 

 

「っ、」

 不意に、空気に押し潰される。否、存在に耐えきれなくて地面に沈みこんだ。神気だ。

 

 すぐに師匠に助け起こされるが、息が苦しい。口許を押さえられ、幾つかの呪いをかけてもらって、ようやくまた普通に息ができるようになってきた。

 

「大事ありませんか、恵祐」

「……はい」

 

 見ると、道長様も無事であるらしい。やはり雲上の御方は違うのだ。私のような賤しいものとは、きっとつくりが違うから耐えられるのだろう。ああ、悲しい。羨ましい。妬ましい。

 

 

 それはいいとして、余程の存在がこちらへ来ているのは明らかだった。それならば、私は、必要などないのだろうな。きっと私に求められる最後の役は、贄だ。

 

 

 ……慕っていた気持ちなんぞ、きっと、師匠には厭われていたのだろう。いっそ、早々に腹を割って、こんな風に角を生やす前に、死ねば良かったのだ。

 

 

 大樹の花開くまで、あと少し。

 




今年も一年ありがとうございました。
風邪、インフルエンザ、コロナと様々ありますが、来年こそ良いお年を。

追記:新しい機能をちゃんと使いこなせてなかったので修正いれました。
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