初めてグランドキャスターの名前を知った話。
「嘘だ〜……」
「残念ながら本当よ」
あなた今までものすごくよく話してたのに知りもしなかったの、と顔なじみになった女中さんに笑われて凹む。知りませんでした。名前を呼ぶことも、呼ばれることも、誰かが呼んでるのを聞いたこともなかったから。
憧れの魔法使いがあの、なんというか真っ白爽やか系クズお兄さんとは普通思いませんって。
「そんなのってありなの……詩人の話はすごく好きだったのに、あの落差とか……」
「えっと、まあ、そうでもないと思うわよ……?」
現実が残酷すぎる、とますますため息が大きくなるのを見て、笑っていた女中さんがちょっと慌てだした。ごめんね、児童文学のちょっとしたヒーローがあの人とか考えたくなかったから。あれだ、覆面アーティストの素顔を知っちゃった、みたいな。ちょっとイメージとズレて一方的に気落ちしてるだけの。
「まぁ、騎士には直接売りに行かないしあなた達くらいとしか話さないから、誰がどんな人でもいいよね」
王様にも会いたくないからなぁ。マーリン氏通してだけ薬のやり取りとかをする今が一番楽なのだ。
「え!?会わないの?」
「だって、また勘違いされて斬り殺されるかもしれないでしょ。行きたくないよ。マーリンさんのところでもね」
もちろん。彼女が動けるようになったとしても絶対に会いませんとも。頑張っただけ身の危険度合いが高まりそうで。
あとね、絶対あの騎士控えてるじゃない。ガウェイン卿。私やだよ、絶対死にたくない。
「でも誤解は解けたんじゃ……」
「伝言ゲームで大惨事になってたら起こりかねない。そんなの無理。絶対やだ」
えるしってるか、きがついたらかんちがいされてるからな。迂闊に気を抜けば死ぬ。それはもう見事に悪い方に行く。騎士とかもう本当にやだ。騎士の国しんどい。全員修羅かよ。
「もうそれ染み付いちゃってるのね……」
「そりゃ、首斬られそうになったらね」
綺麗にスパッと飛びそうだよ……罰か、一人暮らし寂しすぎて話し相手になってくれそうな可愛い女の子を助けたのが悪かったのか。バチ当たるのか。
「でも、みんな美形で素敵じゃない?話したくないの?」
「うん、まあ」
「え、なんで?」
「女ばかりのところで勉強してたし、男の人とはあんまり話さなかったからなぁ……商談は圧迫感あって緊張するし、話したいとは思わないな」
ここに来るまでは現代のリアルアマゾネスたる女子大の学生だったんだ……12年間エスカレーター式ではなかったものの2年で十分アマゾネスになるぞ、あれは。それにアルビオンまじで男性がみんな壁。160cmに未満の私じゃ囲まれたら身動きできず死ぬ。
安心と信頼の身長格差。救いはアルトリウス(王様)が同じくらいの身長ってことぐらいだ。ただし彼女のほうが軽い。fate時空の女の子って人体の重量無視してるからこの世界基準にするとリアル現代基準の私はむちむちどころか普通にデブである。つらい。
「あ、鐘が鳴ってる。そろそろお暇するね。ありがとうメアリ」
「もうそんな時間なの。相変わらずよくあんな小さな音が聞こえるわね。じゃあねゴース」
遠くから小さく聞こえた誰かの祈りの鐘の音に、そろそろ退散する時間だと立ち上がる。ごめんね、いつも邪魔して。
「そうだ、王様に近い円卓の誰かに会ったら、ご注文くださいましたら焼き菓子も届けますって伝えてくれ、って言っといてくれる?」
「いいわよ。それじゃあね」
ぽすぽす、と柔らかそうなスカートを軽く払って立ち上がったメアリに、思わず目が奪われる。やっぱり長いスカートの、荒いウールのゴワゴワ布感と使い古しのふんわり布感の混ざった感じ、好きだなぁ。というかいつも柔らかくて真っ白なローブのマーリン氏ってどんだけ服にお金かけてるんだろう。お洒落さんなのか。
まあいいや、帰ろう。隣の村のアン婆様が手伝ってって言ってたし、いい加減帰らないと間に合わない。馬で早駆けしたら間に合うはず。お詫びの馬と必要な量の飼葉、とても役立っております。馬だけでうっかり許しそうになったから私ちょろい。それでも他もちゃんと要求して、今のところ飼葉もしっかりつけてもらってるから負担は少ない。鞍は自分で縫った。ちょっともふもふした、座り心地がいい鞍だ。世界遺産のネムルート王国特集の鞍、見ててよかった。
どうせだし、ハーブクッキー焼いて御持たせの薬もどきとして売ってみようかな。領主向けには肉や乳製品や魚と交換で。農家さん向けには野菜、特に根菜類と交換にしよう。豆は主食だからあんまり引き換えると熱量不足になるからだ。
ああ、お仕事がちょっと楽しみになってきた。これでしばらくお城には行かなくていいから頑張ろう。
そういえば、メアリってどこの貴婦人なんだろうね。下働きって、あんなに上品な動きしないからね。お城でそれなりの女中さんって爵位持ちのお家の人だし、やっぱり仲良くなっても雲の上だな。私も立場がある人なら良かったんだけどなぁ。そしたら、もっと気を許してもらえるだろうか。
「マーリン、どうしましょう……」
「とは言ってもね、彼女が怯えてるからまず無理だと思うよ」
城に呼びたい、と半ば強引に馬と飼料を押し付けて定期的に登城させているアルトリアが頭を抱えた。
なんとかあの食事を作らせたい、という食い意地と、仲良くなりたい下心とで呼んでいるのはいい。しかし、彼女が心を開いたのは女中に扮したマーリンである。髪の毛はその時だけ幻術で体格はもちろんのこと、髪はハチミツ色に、声はアルトリアの声を少し低くしたものに変わっているので彼女は気づいていない。
「メアリは平民と信じてもらえてるみたいですし、私もなんとか……」
「それはさすがにバレるんじゃないかなぁ」
アルトリアは素の姿を知られてしまっているからだ。ハリエニシダの魔女、名前を言わないためそのままゴースと呼ばれている彼女は妙に勘がいい。
「うぅ……マーリンは役得過ぎませんか」
「でも、男性のままだと会えないからどっちもどっちな気がするよ」
思い浮かぶのは、交渉のときの妙にこわばった声。彼女は慣れずに緊張していたのかと話を聞いて初めてわかった。学を修めるために女性ばかりのところで暮らしていたのなら無理もない。そうであるならいい官吏になりそうだのに、登用できないのが残念だ。登用さえできれば優秀な文官になりそうだし、アルトリアもきっと喜ぶだろう。
「とりあえず、焼き菓子は頼んでおいてください。絶対ですよ、マーリン」
「もちろんだとも。どうせなら、いくらか宮廷の厨で作ってくれないか頼んでみようか」
「それはいいですね!」
そう王に提案すれば、目を輝かせて彼女は肯定した。同意するようにそばにいたカヴァスも大きく一つ吠える。カヴァスもゴースからおやつをもらうことがあるからだ。害意もないので、彼女が好きなのだろう。
アルトリアには言わないが、別の理由もあってマーリンも宮廷に彼女を呼びたいと思っている。実は、女性の姿のときに正体を告げたことがある。そうしたら、笑ってじゃあ私の心も食べるかいとあっけらかんと言って食べさせてくれるのだ。彼女は、女性に対してはとても寛容で、理想的な騎士としての性格を持った気風の良い女性だ。主人共々、食事の世話をしてもらっているので、ぜひとも確保したいところなのである。
「まあ、なるようになるだろうね」
この国の、アルトリアの王国の物語のハッピーエンドには、良い魔女もきっと必要だろう。自分はそのために働くのだから、彼女を囲い込んでもまあ、結果が良ければ大丈夫だろう。
「(えらい別嬪さんが困ってる)じゃあ私の心で良ければ食べるかい?」
「(そんなに簡単に食べさせて)いいのかい」
「もち」
ゴース は きづかない!
恋愛フラグが遠いなぁと思いつつ。アルトリアルートとマーリンルートをどうすればいいのか悩みます。書けばいいのかどうなのか……