妖精転生オリ主が原作直前に再会する話。
オベロン視点のような、そうでないような視点。
秋の森の虫の王として生まれ落ち、地道に活動を始めてから15年以上。
マンチェスターの酒場の近くを通りがかったとき、彼は探していたものの一つを見つけました。
ずっとずっと憎かった、探し続けていたのに手がかりのほとんどなかった、わけのわからない生き物がそこにいました。
生まれ落ちてから5ヶ月のころ、自分を見つけた獣混じりの妖精。カウンター奥の席にひっそりと、牙の氏族の女が座っていました。
布の切れ端でくすんだ白色の長い髪を縛って。ボロボロになりつつある鎧を身につけて。かつて短かった髪の毛が長く延びて隠していたけれど、彼は、ちゃんと顔を見ました。まったく同じ顔でした。
その妖精はオベロンなんかお構い無しに、ただそこで、居るのか居ないのかわからないもののように、ひっそりと酒を飲んでいたのです。
これには基本的にすべてがどうでもいい彼でも、ちょっと腹が立ちます。
なんてことだ、こっちは片手間にずっと探していたのにこんなところに居やがって、手間をかけさせて。とんでもないやつだ、と。
というのも、どうしても知りたかったのです。
あのとき、彼女はどうして森に来ていたのか。どうして、中身がどろどろの蛹だった自分の羽化を早めるようなことをしたのか。
それに、羽化を促しておいて、なぜ変化を続けていた自分を放置して森から立ち去ってしまったのか。
それから、自分が魔力を受けて瞬きをした瞬間に、どうして心底嬉しそうな目をしていたのか。
わからないことだらけでした。だから彼女に腹が立っていました。
「オベロン、オベロンだ!」
「やぁ、みんな。良い夜だね! でも今日は妖精王もお休みさ! ちょっと話したい相手がいてね!」
オベロンはもみくちゃにされながらも、奥の席に向かいます。
彼女が騒ぎでこっそり逃げないように、周りの妖精たちがそれとなく出口への流線を遮るように。
そうやって、獣の妖精の前に立ちました。彼女の退路を塞ぎました。そうすると、ひそかに慌てているらしい彼女が滑稽で胸が空きました。
それで良いのです。妖精が負の感情にあればよりよいのです。発生してからこのかたずっと生き地獄でも、多少は気持ちが軽いのです。
だから、そういう視線を投げつけられる彼女に少し気を良くしながら、オベロンは語りかけました。
「久しぶりだね。名前を訊いてもいいかな?」
「……ギャリー。はぐれもののギャリー・トロットだよ、妖精王陛下」
獣の耳と尾を持つ妖精は、ちょっと困ったように笑います。観念したように、気に病むように、苦しそうに。
それでも長い尻尾はふさふさと、控えめに左右に揺れています。
でも、奈落の虫はその言葉と行動に腹を立てました。
彼女は自分を一方的に知っていたのです。たとえ、側面でしかない役のことでも、彼女はどこかで、オベロンという妖精の活動を確かに知っていた。
自分は、その事をまったく知らなかったのに! ずっと、しらみ潰しではないけれど、長い時間をかけて探していたのに!
でも、それも飲み込みます。汚い言葉も、罵りも、妖精王にはまったくふさわしくないので。
酒場の薄暗い中で、ひっそりと酒を飲む彼女は、こちらに気づいて欲しくなさそうでした。
それでも話掛けたのは、あのときの自分に手を出した理由を聴きたかったからです。ここで、癇癪を起こせばそれこそ全部が台無しになります。
ぐっと奥歯を噛み締めて。
「君は、あのときウェールズの森に来た妖精だろう?」
「……そうだよ。そのとき名前を訊かない、きっと相容れないって言ったと思うんだけどな」
「そこはご愛敬。だって僕は妖精王だ。臣民を知るのは義務だろう?」
横の席は空いていたので腰を掛け、カウンターに肘をつきます。逃がさないというポーズさえすれば、ここにはたくさんの妖精がいるので逃げられません。
オベロンは人気者なので、嫉妬混じりの視線も飛んできます。だから、余計に逃げにくいと理解していました。
それに、答えを聴いたら、それでおしまいです。
すぐ終わらせられるのに、逃げられては面倒です。
「それで。なぜ、あんなことを?」
白犬の混じった妖精はため息をつきました。
「楽になりたかったから」
その言葉は、彼には理解できませんでした。
それでも彼女は続けます。歌うように、祈るように。
「あのとき確かに、私は君のお陰で楽になれたんだよ、オベロン殿」
「僕に分け与えたせいで、かなり魔力が抜けたのに?」
「そうだよ、光の冠の貴方。旅の王様。だって、本当に救われた気持ちになったから」
妖精は笑います。今度はなぜか寂しそうに、苦しそうに。
眦に少しだけ涙が溜まって、それが泣き笑いにも見えました。泣けないんだろうとも思えました。
だって、あのときの彼女は本当に苦し気だったのです。
妖精は生理的に嫌なものを避けるのに、彼女はそれでもオベロンに血を分け与えたのです。それも、税を払いきれなくなるかもしれない、ギリギリの魔力を込めて。
彼にはわかりません。わかりたくありません。
だってこの島の生き物は本当に気持ち悪いのです。
妖精の善行はすべてまやかし。紛い物。ありえないもの。その見返りはきちんと求められます。時間が経てば経つほどに、それは肥大化します。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
腹の底がざわめきます。嫌悪で臓腑がよじれてしまいそう。
それでも、目を細めるだけに止めて、改めて彼女をよく見ました。これから滅ぼすとき、これが障害になるかもしれないと思ったからです。
半獣の妖精が何かを企てて邪魔をしては大事も大事。これまで、予言の子がもうすぐ旅立つまで、ずっと彼女はオベロンから逃げ続けていました。ずっといるのに、話すら聞かなかったのです。姿も見つけられませんでした。
目の前の牙の妖精は気づかないで、それかそんなことにはお構い無し。
ただ、ずっと寂しそうな目をしています。鋭い目を、曇らせています。
彼女から魔力を与えられたときもそうでした。
寂しそうな、嬉しそうな目をしていました。心から嬉しそうな、安心したような目付き。それが不思議で、やることの隙間を縫って探してきたのに。
気に触ります。不愉快です。
自分だけで完結したこの生き物を、追いかけてきたことを後悔しました。
「あのとき君がちゃんと瞬きをしたから、お陰で余計な苦しみも少し減ったんだ」
それでもなお、ギャリー・トロットは口を開きます。
「貴方の目が湖面のような光をしていたから、それでいいと思った。瞬きをして、貴方の視界がより鮮明になったようだったから。それで輝いたから、それだけで、私は勝手に救われたんだ」
「……そう。今、君から話を聴いて納得したよ。なんにせよ、助けになれたならよかった。僕も助かったことだしね」
そんなことを言われても、わめき散らしたくなるばかりで仕方ありません。
そんなの理解できるかよ。良いわけあるか、そんなことで救われてるなよ。もっと別な方法で救われろよ。
思うことはいくらでもあります。でも、言えません。
口に出したとたん、すべて取るに足らないなにかになります。そう思っていたかもあやふやな、輪郭がなくなるような、反転するような。
だから、丁寧に気持ちに寄り添うだけです。
「……だから、二度と会いたくなかったんだ」
肯定したはずなのに、なぜか彼女は項垂れています。
寂しげな目もいっそう沈んで、見たかったものは違うなと、彼はぼんやり思いました。
「うん?」
「だって、貴方はそんな風に言うだろう。私は、ただそのときの気持ちだけで、したいことをしたんだ。伝えるべきじゃないと思っていたし、実際に伝えるべきじゃなかった」
(……なんだ、それ。なんなんだよ、その言い種は)
ごうごうと、腹のなかでなにかが煮え立ちます。
いつも感じる気持ち悪さに拍車をかけるように。それとは別の腹立たしさに薪がくべられていくのです。
「……まあ、いいさ。でも、僕は聴いて良かったよ」
「そう。なら、もういいかな。そろそろ宿に戻りたい」
「どこかへ行くのかい」
「うん、まあ……お使いもあるから、次はソールズベリーかな」
これ以上は話す気も、止める気も起きませんでした。
煮えたぎっていた気持ちも、すっかり冷めてしまっています。それは仕方ないことでした。怒りを向ける必要ももう無いのです。
あと少しで、全部が崩れ去る予定なのですから。
「残念だけど、それじゃあここまでか。君なら無事だろう。また縁があれば会おう、ギャリー・トロット」
「ありがとう、妖精王。貴方にも、これからの歩みに幸多からんことを」
その一言だけ置いて、ギャリー・トロットは背を向けます。その鎧の背の部分にはひどく多くの傷がついていました。
それを、ちらとだけ見てオベロンはため息をつきます。どうせ、彼女も含めたこのブリテン島、妖精國は彼の敵なのです。
だからこそ。
「忘れてしまおうかな」
ぽつりと、うっかりそう溢したのでした。
オベロンがカルデアに出会うまでに彼女を見たのはこの夜だけ。
白い獣の騎士もどきが、カルデアに合流する数日前の夜でした。
続きが思い付きません
追記:(8/8)誤字修正とオベロンの二人称を修正しました。
ご協力ありがとうございます。