思いつきアンソロジー   作:小森朔

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(注意:LB6のネタバレを多分に含みます)

妖精転生オリ主がウェールズの森から涙の河まで同行する話。
部分的にざっくり場面が飛びます。


語らい明ける夜の底

 所変わって秋の森。

 私にとっても15年ぶりの懐かしきウェールズは、相変わらず寂しくて優しい、温かな土地だった。

 

 先に森に踏み込んだアルトリアたちの後から、私も少し距離をおいて森に入る。

 外から来た追手がいないか気になったし、それに、カルデアの面々とこの森の住民たちとの交流に水を差したくなかったというのもある。

 

 そういうつもりだったんだけど。

 

「##################! (あのときの妖精だ、あのときの妖精だ!)」

「#############! (ぼくらの王様を助けてくれた!)」

「#####! #############! (待ってたよ! オベロンもずっと待ってた!)」

「うーん……ごめんね。やっぱり、君たちの言葉はわからないんだ」

 

 

 ちょっと引いたところから眺めようと思っていたけれど、虫たちには歓迎されているらしいかった。前に来たときみたいに、大きめの虫にじゃれつかれる。

 立ったままだと登ってくるようにじゃれてきた子が苦しそうなので、適当なところに腰を下ろすことにした。

頭にも膝にも乗ってきて、なんとなく昔飼ってた生き物たちのことを思い出す。あの頃は、どういう風に生きていたんだっけ。思い出せることは少ないけれど、懐かしさだけは残っているから不思議だ。

 

 じゃれつかれるのはそのまま、されるがままでいい。でも、ただ彼らを乗せているだけというのも何か違う気がして、少し力を抜いてから擽るように撫でれば嬉しそうなさざめきの声が上がった。自分も自分も、と言わんばかりに他の妖精たちも寄ってくるものだから、ずっと座って撫でることになりそうだ。

 

 

 やっぱり、ここの虫たちは可愛げがあるなぁ……昔暮らしてた頃にはあまり得意ではなかったけど、この子たちは妖精だからだろうか。

 意思の疎通ができる相手でなくては共感できないから、ある意味の同族でないと、こんな風には思えないのだろう。

 

 

 少し離れたところでカルデアの面々も遊んでいるようで、こちらはこちらでゆっくりすることに集中することにした。なにしろ、前は少しの恐怖もあって、長居できなかったというのもある。ここは穏やかで、だからこそ立ち寄ったときに交流ができなかったのは惜しかった。

 

 なにやら皆がいる方から物騒な物音もするが、彼らのことだし大丈夫だろう。さすがに同士討ちはしないだろうし。

 ああでも、ここまで穏やかだと眠たくなってくるな。

 

 

「ギャリー、アルトリアたちの訓練だ! 義理堅い君のことだから、僕の方に着いてくれるだろうね!」

 

 眠気に身を任せかけつつ妖精たち相手にじゃれていると、オベロンからお呼びがかかる。

 

 はて、そんなことをする必要はあるのだろうか? 

 ……まあ、いいか。それぞれがお互いの技量を知ることはこれから必要なことではあるし、私も知ってもらっていた方がやり易い。

 

 少しばかりそういう計算をして、膝に乗せた子達を見る。もう少し触れあいたいが、まだここにしばらくいるのだし、どうにでもなろう。

 

 

「ごめん、この子たちがいるから、ちょっと」

「そんな! 敵役が僕だけになってしまうじゃないか、薄情者!」

「待ってって言いたかったんだけど」

「やっぱり君は頼れるなぁ!」

「掌返しが早いね、オベロン。まぁいいのだけど。……っと、ごめんよ、ちょっと【遊んで】くるから、また後でね」

 

 つぶらな瞳に疑問を浮かべる虫たちを頭やら膝から下ろして立ち上がる。髪の毛は、まあ一応括っているし、そのままでいいか。

 

 足がじんじんして多少辛い。けど、それぐらいで動けないほど柔ではないし、そんなだったらとっくに死んでる。

 とはいえ、さっき言われた通り、これは訓練だ。鉄の武器を抜き身で使うよりは鞘か、あるいは鞘に納めたままの剣を使うべきだろう。

 

「さて、采配は頼むよ、妖精王陛下?」

 

 防具も最低限度必要なもの以外を外し、外套も脱いだ軽装で立つ。剣とナイフは鞘に納めたまま、分かりやすく構えることにした。

 

 それから、待っていたオベロンの前に立つ。

 

 視線を交わすのは一瞬だけ。別に、戦闘スタイルは合流したときにも見たからわかるだろう。典型的な前衛、一人での立ち回り中心だ。

 それならば、後衛中心になる彼の前で、そちらまで被害が届かないように戦えばいい。要はいつも通りでいい。むしろ、サポートがあるだけ助かる。

 

「もちろんだとも。こちらこそ頼んだよ、流浪の騎士殿」

 

 ウィンクや笑顔一つでそれらしくまとめるのは、やはり彼のあり方に由来することなのだろうが、ちょっとずるいんじゃないだろうか。

 

 しかし……やっぱり、どうしてこんなに信頼されているのだろう? 

 

 

 

 

 

 

 結局、模擬戦闘では負けた。それなりに善戦はしたはずだけど、最終的に前衛の守りを崩されたからだ。

 ふてくされつつ村正に絡みにいくオベロンはかなり元気そうだったので、引き際は誤ってなかっただろう。

 

 そのあとは普段通り。森を荒らすものを退けて、いくらかの果物を口にして、夜まで皆で騒いだり、休息を取ったりして、英気を養うことを優先していた。

 

 今は、もう皆寝静まって、起きているのは私くらいだろう。

 オベロンは一人で出立するようだったので、少し離れたところで哨戒をしていた。彼は、今は一人でも問題ない。ならばと、一人で少しばかり遠くから、何か厄介事が来ることがないか見張っていた。

 

 

「あれ、立香、まだ起きてたんだ。大丈夫?」

「うん。なんだか眠れなくて……まだ、もう少ししてから寝ようかな」

 

 だが、実際に来たのは、燃えるような目を少し眠気にゆるませた少女だ。

 異邦の魔術師。ただの女の子だった最後のマスター。もう寝た方がいいのに起きているのは、緊張が解けないからだろうな。

 

 さて、どうしたものか。本当ならホットミルクでも用意できればいいんだけど、あいにくと私の手持ちは干し肉といくらかのドライフルーツ程度だ。昼間の模擬戦の魔力消費もあって、ホットミルクはちょっと用意しづらい。

 

 

「そっか。それなら、それまで話に付き合ってくれないかな。こっちへおいで。一応、小さいけど焚き火をしよう」

「……いいの?」

「もちろん。よければ、あなたの世界について知りたいんだけど、聴いてもいいかな」

 

 立香は戸惑ったようだったけど、私のすぐそばに来て腰を下ろした。

 

 ふたりでランプ一つは少し寒いから、落ち葉を小山にして、枯れ枝を突っ込んで、それまで持っていた小さな火種を入れたランプから火を移す。

 消火は昼のうちに汲んだ水でどうにかしよう。飲み水はまた明日汲めばいい。

 

「わかった。何を話せばいいの?」

「どんな生活をしていたか、どんなことが楽しかったか、それと、悲しかったことも」

 

 ぽつぽつと、ゆっくりと。彼女の小さな星のごとき話が続く。

 

 懐かしい世界。どこかにいた私の故郷に近い世界の話。

 学校のこと、進学のこと、家族のこと。

 運動や勉強、友達との交流で楽しかったこと、悔しかったこと。

 

 どれもいい思い出なのだろう。語る顔は楽しそうで、同時に少し苦しそうだった。

 

 

「立香の世界は、やっぱり素敵な世界だね」

「うん。だから、早く解決しないと」

 

 夜中だから、気持ちが表に出やすいのだろう。表情が彫刻のように冷たくなってしまう。私の言葉に反応して引き結ばれた口元が、固い。

 

 これは、間違えてしまった。

 考えなしに言ってしまったせいだ。失敗した。

 

 

「立香。重たい荷物をもったままじゃ、走りきる前に潰れてしまうよ。それじゃあ無理を厭わない行動になる。何とかする前に、きっとあなたが保たない」

 

 目が、冷えている。燃えていた目の色は灰のごとくに。

 でもそれは夜だからだろう。焚き火をしないと肌寒いくらい、夜の底は冷えるから。だから、仕方のないことなのだ。

 

「……でも、私はマスターだし、これまでも、ちゃんと走ってきたよ。だから、」

「そうだね。でも、このブリテンだって、今までと同じくらい難しい問題がたくさんある。……走り切ることは大事だけど、ペース配分と、補給と、休息が必要だよ。特に休息が肝要かな、心は体に作用するから」

「……うん」

 

 立香が、納得をしきってはいないといった風情でぎこちない笑みを浮かべた。

 あまりにも不器用で笑ってしまいそうなほど固い。でも、私も他人のことは笑えないから、今はそれでいい。

 

「でも、妖精國はきれいなところだから、ちょっと惜しい、かな」

 

 不意に立香の口から溢れた言葉に、火をかき回そうとした手が止まる。

 きれいな世界。確かに、内実を知らなければそうだろう。どこまでも相容れない本性を知らなければ。私たちの原初の罪を悟られなければ、その通りだ。

 

 それは、モルガン女王が苦労して積み上げた成果で、私たちはその上に胡座をかいている。

 どんなかたちであれ、覆い隠してもらっていてこそ、彼女から見た評価が「美しい國」なのだから。

 

「……そうだね。うん。立香が言うならそうかも」

「ギャリー……もしかしてこの國が嫌い?」

「嫌いではないよ。ただ、居心地は良くないかな。私ははぐれものだから」

 

 はぐれたから嫌いなわけじゃなくて、居心地が悪いからはぐれた。それでも、大した差はない。

 要は逃げただけなんだ。自分のいやなところから目をそらして、一人の方が楽だと仲間を捨てて、それでふらふらしているだけ。でも、いつかは私も同じだ。本能に逆らえなければ、私たちは皆、贖罪を果たせない。

 

 一呼吸置いて、立香を見る。

 この國のお客様。私たちの世界とは別の理のなかで育った清い者。この子が、これからの旅路でなるべく害されないようにするために、私に何ができるだろう。

 

「そうだ、受け取ってもらいたいものがある」

「私に?」

「そう。私がいつも持ち歩いてるものでね」

 

 そこまで考えて、思い当たるものがあったと気づいてポケットを漁る。いつも持っているものだし、お古みたいなものになってしまうけど、持ち歩いた年月分、結構な魔力を吸っているはずだ。

 

「はい、これ」

 

 出したのは、青い石だ。

 ずっと昔のものだから、渡しておけば何かの際に彼女の力になるかもしれない。価値は、私には特には無かったけれど。ずっと持ってたのは、なんというか惰性のようなものだ。時々見る程度のものだったし。

 

「きれい……石の中もキラキラしてる」

「でしょう。この青色が好きでずっと持ってたんだ。立香にあげるよ」

「え、でも、これ、」

「これからの旅路のお守りに、ね。立香はこれから危ない目に遭うかもしれないんだ。私なりのプレゼント、受け取ってくれないかな」

 

 といっても、これからお守りになるかもしれない、という代物だから、下手すると詐欺だな。

 まあ、多少は許されるだろう。これを持ってるうちはさほど怪我とかもしなかったし、道に迷うとかのトラブルもなかった。

 

「……私だけもらったってバレたら、アルトリアが拗ねそうだなぁ」

 

 今度こそ、安心した顔で彼女が笑った。

 よかった。これで一安心。それにしても、アルトリアが拗ねるところは目に浮かぶようだな。村正を相手にしているときのような顔とか、あんな感じになりそうだ。

 

「大丈夫、彼女にも渡すものがあるから」

「そうなの?」

「うん。まあ、予定だから、実際に渡すのはもう少し後かな。……そろそろ眠らないと、明日に響くよ。さ、お話はこれでおしまい」

「そうだね。……ふぁあ、おやすみ」

 

 渡すなら、もう少し先。彼女が私たちと行動を共にしてから。安心してくれるようになってからだ。

 それを隠して、立香の安心を優先してから、秘密は夜に溶かし込む。よい子は明日も大忙しだ。

 

 せめて、最後のマスターがあれこれ悩んで眠りを妨げられないように。

 彼女たちだけは、美しいもののみを見てこの世界を走りきれますように。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 朝、みんなよりちょっと早起きをする。

 そのときにはダ・ヴィンチちゃんも起きてて、もう色々なものの準備を始めていた。アルトリアやレッドラたちは、まだ寝息を立ててる。

 

「おはよ、ダ・ヴィンチちゃん。今いい?」

「おはよう立香ちゃん。もちろんさ。どうかした?」

「この石の名前って、わかる?」

 

 私がダ・ヴィンチちゃんに差し出したのは、昨日ギャリーからもらった青い石。

 色んな、でもはっきりとした青色がいくつも重なった不思議な石だった。それに、鱗粉みたいなキラキラも閉じ込められていて、本当に星みたいな見た目をしてる。

 

「おや、アイオライトじゃないか。確かにブリテンでも産出するものだけど、これはちょっと見ないレベルだ。どこで拾ったんだい?」

 

 アイオライト、っていうんだ、これ。

 でも、ギャリーはどこでこれを拾ったんだろう。そこは聞いてなかった。はぐれもの、って言っていたから、いろんな所を歩いていて見つけたんじゃないかなとは思うけど……。

 

「ギャリーがくれたの。珍しいものだったんだ」

「ギャリーが? なるほど、それなら納得だ」

 

 納得するダ・ヴィンチちゃんに、私は理解が追い付いてない。ギャリーなら、ってどう言うことなんだろう。

 うんうん、と一人で頷いているので、私にも教えて欲しくて口を開く。

 

「それって、どういうこと?」

「汎人類史のギャリートロットは財宝を守る白い犬の妖精なんだ。やっぱり、妖精國と汎人類史のブリテンには通ずるものがあるみたいだね」

「財宝を、守る……」

 

 知らなかった。ギャリー・トロットっていう名前が妖精のものだということも、私たちの世界のギャリーのことも。

 でも、それを聞いたら確かにギャリーらしいと思ったから、ギャリートロットはどこでもそんな感じなのかもしれない。

 

 もらった青い石を握る。ひんやりとして、気持ちがいい。

 ギャリートロットがずっと守っていた石は、なんだか持っているだけで安心した。

 

「きっと、大丈夫」

 

 呟いたら、本当にそうなるような気がして笑ってしまう。

 うん、大丈夫。ギャリーは悪い人じゃない。それに、気にしてくれているから。きっと、ギャリーはいい人だ。

 

 でも、これからの作戦で裏切るようなことになるかもしれないということには、少しだけ蓋をすることにした。

 

 ◆◇◆

 

 

 予定調和でガレスが参加したのち、さらに河へ。向かった先では、案の定、涙の河にかかる橋が壊れていた。

 レッドラが馬車なしで渡る案について全力で抵抗したのでどうしたものかと思っていれば、ガレスを皮切りに、立香もダ・ヴィンチもレッドラも、みんな河を見てしまった。

 

「なんで危ないとわかっててみんな見るんだ!」

「見ちゃいけないものほど気になるだろう! 本当は僕もかなり気になるからね!」

「そういうことを聞きたいんじゃないんだ! アルトリア、村正、オベロンも河から離れて!」

 

 河に近い奴から全力疾走されてしまうと、さすがに止めようがない。アルトリアと村正とオベロンは無事なのでそちらを止めようとして──

 

「あっ、」

「おい、待てアルトリア!」

「っ、村正まで!」

 

 大丈夫だったはずの村正までもアルトリアを追いかけて飛び込んでいってしまった。

 

 慌てて後を追い飛び込んだ彼に、足を止めて振り向いてしまう。湖面が光っていて、綺麗だ。

 同時に、冷や汗が吹き出る。

 

 しまった、私まで見てしまった。

 

 

 ……正直なところ、怖いものも、欲しいものも思い当たらない。でも、それでも流れてくるとしたら、一体、何が。

 背を流れ落ちる汗を感じながら、視線は離せないままで。水の聖杯が叶えようとするものを見るしかなかった。

 

 

 湖面に、浮かんでいるのは──。

 

「あ、……」

 

 

 流れてきたのは、銀のナイフと、紫色の液体の入った小瓶だった。

 

 

 瓶のラベルは朽ちかけていたけれど、書かれていた言葉ははっきりと見える。私自身の視力が良かったこともあるだろうが、あれは願望の詰まったもの。だからこそ見えるんだろう。

 

 書かれていたのはただの一語。【解毒薬】だ。

 

 

「っ、」

 

 

 声は、出せなかった。

 

 

 ──ずっと苦しいままだった。

 ──早く死んでしまいたかった。

 ──でも、ほんとうは、私は。

 ──それは、きっと無理だ。

 

 喉の奥から、何かが迫り上がるような感覚がする。

 気持ち悪い、吐きそうだ。でも、それを大人しく堪えていられない。

 

 

 だから、気付いたら河に向かって駆け出していた。

 あれを取れば、きっと、私は。

 

 

 

「ギャリー! っ、しまった、僕まで河を見てしまった! いったい何が流れてくるのかな!」

 

 

 背後で叫ばれた支離滅裂な声に、足がピタリと止まる。

 彼も見た? じゃあ、何か流れてくるのか。

 

 そこまで思考が流れて、正気が戻ってくる。危ういところだった。これだから、こういう願望は恐ろしい。

 でもそれはそれとして、そういうところだよ、オベロン。

 

 振り向いてないから表情はわからないけれど、背後で彼が息をのむ音が聞こえたから、彼としては何か不都合だったんだろうか。たとえば、私が落ちていた方が仕込みができてよかった、とか。

 

 けど、彼の愉快な言動のおかげで今回は助かった。

 その一瞬だけ、欲しいという気持ちよりも先に彼が欲しいと思ったものへの好奇心が勝ったのだ。

 

 

「(オベロンの、欲しいもの……)」

 

 一体、何だったか。どうにも覚えていない、というよりは思い出せない。記憶に靄がかかったような。

 ただ、何かいくつも意味がありそうなものだったような。

 

 腹を決めて、思考をクリアにできるように幾つか対策を打ってから河を見る。だって好奇心は押さえられるものではない。

 

 彼が望んで流れてきたのは【Sold outの木板】だった。

 

「魔力切れ(うりきれ)かっ!!!」

 

 

 そうそう、そういう流れだったな。いや、でも別なものではなかったということは、なにかこれから問題になるだろうか。

 

 しかし木板が流れてくる代わりに、気付けばナイフも小瓶も流れていって消えてしまっていた。これ以上、欲しいものは思い付かない。

 今度こそ、河から目を離して振り向く。

 

 

 心底悔しそうに崩れ落ちる彼がそこにいたが、今回ばかりは笑うに笑えない。

 確かに、それは記憶通りで、これは本来笑うべき一幕なんだろう。でも、水の聖杯が売り切れになる願いはどういうことか、考えてみればいくつも可能性がある。彼の都合を知ってはいても、それがどういうことかは、今、ここにいる私には推し量れないのだ。

 

 だから、それでもあんなものを求める私には、彼が酷く羨ましくて仕方ない。

 

 

 

 けど、タイミングは良かった。これで、一時しのぎではあるけど時間は稼げる。

 ドラケイの妖精領域でなら彼らも陸と同じく息ができるだろうし、流されるまでにタイムラグが生まれる。それなら、その間に対応ができるはずだ。

 

 そう思えばとるべき行動だって決まっている。妖精たちに自殺願望者なんてほとんどいない。いたとしても、こんなところに来ずに戦って死ぬか、戦う前に消失するなりモースになるなりする。

 なら、確実に死んだやつの手持ちのロープがあるだろう。それも、川縁から少し離れた太い木の辺りまで伸びるぐらいの長さのものが。

 

 

 周囲を見て、出来るだけ太い幹の木がある方を探す。

 ──あった。あの辺りだけ草が薄い。なら、きっと。

 

「オベロン! ドラケイが魔力切れを起こしてるうちに落ちた皆に動きがないか監視していてくれないか!」

「それはいいけど、君はどうするつもりなんだい!」

 

 怒鳴るように叫べば同じような返事が来る。

 茶化すようなことをしていたわりに焦っているらしいのだから、まあ彼も面倒な性質に振り回されている。でもさっきの河を見たとき以降の言葉は本音だろうし。

 ここで落伍するはずがないとはいえ大事な駒が二人も沈んだのだから、焦るのも当然か。

 

「ロープを探してくる、先に来ていた連中が残したものがあるはずだ!」

「わかった! でも、君も無理は禁物だからね!」

「了解した!」

 

 走る、走る。

 獣の足は持たずとも、同族たちに劣らない速度で走ることはできる。探せ、探せ。彼らが浮上してくるまでどれぐらい時間があるかわかったものではない。

 

 

 ──焦っていると、何か白いものが飛んできた。

 勢い良く、しかしこちらにぶつかったりしないように思慮深く。ああ、あれは。

 

 

「っ、ブランカ!」

 

 頼もしい白い翅の彼女が飛んできていた。

 彼女は視野が広い。きっとオベロンが彼女に頼んでくれたのだろう。ブランカは優しいから。

 

 目星をつけて当たっていたが、どうにも見つからない。

 けど、彼女がいれば百人力。ロープはブランカが手伝ってくれたおかげで見つかったし、びしょびしょの皆と合流したのは大分後だった。

 

 

 

 オベロンはふてくされているし、皆はめいめいに笑ったり叱られたりしていて、端から見ればとても楽しそうにしている。

 

 少しは役に立ちたかったんだけど、やっぱりあれこれ考えたところでそんなにうまく行くものじゃない。やっぱり、ブランカはすごいな。彼女のようになれたら、どれ程良いだろう。

 

 そう思うと、ちょっとだけ先をどうすべきか悩みが芽吹く。

 

 

 

 

 

 次は、どうなるんだっけ。明日のことも、これからのことも、考えようとすればするほど、なぜだか薄ぼんやりとして思い出せなかった。

 




オベロンなんとか引けました。夏イベのガチャは自重します。


【追記】
豆腐餅さまよりギャリー・トロットのファンアートをいただきました! ありがとうございます!

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